今夏の終盤は曇り空が続いている。時折、小雨の降る8月の最終日もまた、どん曇りの日曜となった。 まだ、蝉の声は聴こえるが、これほど、あっさり夏の終わりを感じることは、ここ数年なかったことだ。
日差しがほとんどない、この日の新宿御苑も最早夏の雰囲気ではない。
台湾閣
風景的には、特に夏から変わったようにも見えず、今日も昆虫写真か・・・と思ったが、 天気が悪いせいか、それもあまり見かけない。
アオスジアゲハ
日本庭園にある売店の前で、穴に出入りする虫がいる。
このクロアナバチは、坑道を堀り営巣する蜂なのだという。
ツユムシなどを狩り卵を産み付けるのだとか。
クロアナバチ
蛾らしからぬ淡い色合いとピンクが印象的なベニスズメ。
ベニスズメ
やはり、天候のせいなのか、 昆虫シリーズも一層地味になってきたところで、大木戸門から新宿御苑を後にする。
大木戸門を出ると、新宿通りで、左は新宿駅方面、右は四谷駅だ。
ここからは、久しぶりに四谷の寺町に足を向けてみることにする。
大木戸門
四谷4丁目まで新宿通りを歩き振り返ったところ。
右にカーブするのが新宿通りで、その先には江戸時代 内藤新宿があった。道路が分かれる辺りは宿場の入り口 四谷大木戸があった場所だ。
ここからは、話がガラット変わって、いよいよ時代劇のヒーローも眠る四谷の寺町へと向かう。
新宿通り
四谷3丁目から新宿通りを少し逸れ、左門町に入る。
左門町は江戸からある地名で、御先手組の組屋敷があったとされるが、 ここはまた、四谷怪談ゆかりの地でもある。
なんでも、お岩さんの実家、先手組同心 田宮家のあった場所なのだとか。
道を挟んで、田宮稲荷神社と陽運寺があり、“於岩稲荷”の幟が立っている。
お岩稲荷
田宮稲荷神社の玉垣。
“歌舞伎座”や“明治座”といった名前が見える。
田宮稲荷神社
狭い道に寺院が並ぶ須賀町に入ってきた。
江戸の地図に、四ッ谷南寺町・鮫河橋南寺町と記載がある辺りで、この道は鮫河橋南寺町通りであるらしい。
そこから鮫河橋北町に降りる暗闇坂がある。有りがちな坂名であるが、隣接する寺院の樹木のせいで薄暗かったのだという。今日は、この坂は下りずに先に進む。
暗闇坂
勝興寺には、“首切り朝右衛門"の異名で知られる山田浅右衛門(六代・七代目)の墓がある。
特に七代目は、安政の大獄で吉田松陰など大物を斬首している。
勝興寺
西応寺には、“最後の剣客”榊原鍵吉が眠っている。
直心影流の使い手として幕末・明治に活躍した剣豪であるが、 上田馬之助との兜割り対決でも知られる。
西応寺
榊原鍵吉の墓(向かって左)。
榊原鍵吉の墓所
鮫河橋南寺町通りの先は、戒行寺坂で鮫河橋谷町へと下る坂だ。
坂の上には、坂名の由来である戒行寺があり、ここには鬼平犯科帳で有名な長谷川平蔵が眠るという。
戒行寺坂
境内にある長谷川平蔵の供養碑。
戒行寺には、鬼平の父、長谷川宣雄など歴代の火付盗賊改方 5人が葬られているというが、 鬼平の墓は不明であるらしい。
長谷川平蔵の供養碑
戒行寺坂を下りると新宿区須賀町から若葉に入る。
今度は、観音寺坂を上がると、再び、江戸の四ッ谷南寺町だが、このあたりの区割りはわかりづらい。
この観音坂には、西念寺坂の別名があるという。
今日の最後は、その西念寺へと向かう。
観音坂
西念寺は、伊賀忍者として有名な服部半蔵が眠る寺だ。
江戸の地図によると、四ッ谷中殿町、周囲には四ッ谷南伊賀町(伊賀者組屋敷だったらしい)の記載もある。
西念寺
境内には、服部半蔵の墓がある。
案内板には、家康の長男 信康が切腹する際に介錯を命じられたが果たせず・・・とある。 当時の半蔵の厳しい立場や心情を伝えるものであるが、お家騒動に極力巻き込まれたくない半蔵の処世術も垣間見えるエピソードだ。
服部半蔵の墓

といったところで、今日は、四ツ谷駅のある四谷1丁目に本社を置く会社の株を見てみる。
  • 高千穂交易
    万引き防止システムなど電子情報機器分野の技術商社。
  • 持田製薬
    循環器科系を得意とする中堅医薬品メーカー。
株価単元 PERPBR 配当率四季報コメント
高千穂交易 (東証1部) [卸売業]
1,052円100株 14.25倍0.72倍 2.28%堅 調
株主優待 おこめ券(3kg分)
持田製薬(東証1部) [医薬品]
7,190円100株 16.07倍1.54倍 2.09%減 益
株主優待 特になし