流鉄流山線の平和台駅に降り立った。
ここから流山駅周辺にかけての流山本町(流山1〜7丁目あたり)と呼ばれるエリアは新選組ゆかりの町として知られる場所だ。
時代には抗えず官軍に敗戦し、流山に転戦してきた新選組は、ここで包囲され、出頭した近藤勇は板橋で処刑されている。
新選組ゆかりとはいっても、ここに残るのは輝かしい歴史ではない。
今回はローカル線の1駅区間という、かなりこぢんまりとしたコースになるが、とりあえず歩いてみる。
平和台駅
まず、最初に見えた寺院に入ってみる。
江戸初期の創建だという長流寺には、新選組隊士が分宿した可能性が高いとマップに書いてある。 ただ、それらしい案内板などは見当たらず、七福神の恵比寿さんが立っているくらいか。
長流寺
続いて、一茶双樹記念館なる場所に入ってきた。
流山は、新選組の他にみりんの町でもあるようだ。
そのみりんの開発者の一人が秋元双樹という人物で、小林一茶とは俳句を通して親交があったらしい。 と、いったところを踏まえて復元された秋元家の建物なのだとか。
一茶双樹記念館
光明院の本堂には、「新選組隊士分宿の寺」と明記されている。
ただ、それ以上特に何か分かるわけでもない・・・
光明院
光明院のとなりにある赤城神社に上がってきた。
標高15mだというこの場所だが、1説によると群馬の赤城山が崩れて流れ着いたもので、 流山の地名の由来なのだとか。
赤城神社
鈴が見えるので、お寺の飼い猫だと思われる。
ねこ
赤城神社の大しめ縄。
赤城神社
江戸初期の創建だという流山寺だが、現在は近代建築の本堂が建っている。
ここにも新選組隊士が分宿していたというが、やはり、その話は膨らまないようだ。
流山寺
ここまで、思いの外、新選組は表に出てこないというか、アピールしてくるものがないのだが、 商店の店先でようやく発見?
a12
幟が立つのは新選組グッズなども売っている土産物店で、その奥に見える蔵が、地味に流山を代表する新選組スポットなのかもしれない。
近藤勇の碑
「新選組流山本陣跡」と案内板がある。
ここは、近藤勇が陣屋とした酒造家長岡屋の跡地で、近藤勇と土方歳三の別れの場所であるという。
近藤勇の碑
みりんの町の象徴的な施設が、流山キッコーマンの工場だ。
万上本みりんを製造しているらしいのだが、“当工場は見学を実施しておりません”と書いてある。
キッコーマンの本拠地は野田市であるが、そのルーツは野田の醤油と流山のみりんであるらしく、 歴史的には重要な拠点と言えるだろう。
キッコーマン
旧流山街道に出てきた。
創業、明治30年代という老舗和菓子屋らしいのだが休み。
今日は、こういった商店が、ほとんど休みみたいなのだが・・・
清水屋
この建物は、明治22年に建てられた旧寺田園茶舗の見世蔵であるという。
万華鏡ギャラリーとして、プロの作家の作品が展示されている。
見世蔵
万華鏡というと筒型を連想するが、形状はいろいろあるようだ。
万華鏡
江戸初期創建だという浅間神社に入ってきた。
なんでも、新政府軍が境内裏に仮本陣を敷いていたのだとか。
社殿の裏手には大きな富士塚がある。
浅間神社
流山市立博物館は、よくある郷土博物館で、古代から近代まで地元の歴史を紹介している。 もちろん、新選組や、みりん関連のコーナーもある。
流山市立博物館
流山駅で帰りの電車を待つ。
流山駅

といったところで、今日は、 キッコーマン の株をみてみる。
国内で3割のシェアを持つ醤油のトップメーカーであるが、北米を中心として世界でのシェアも高い。
その歴史は古いもので、江戸前期の寛文元年に野田で醤油醸造が、江戸後期文化11年に流山で万上味醂醸造が始まり、 大正6年に野田醤油と万上味醂が設立されている。 大正14年には野田醤油が万上味醂を合併、昭和2年に商標がキッコーマンになったという。
現在、醤油のキッコーマン・みりんの万上・トマト加工品のデルモンテ・マンズワインといったブランドで商品を販売している。
四季報の業績コメントは「最高益」。 北米での業務用醤油の売れ行きが好調なようだ。

キッコーマン (2015/1/14)
東証1部(食料品)
決算 3月(権利確定月)
株価 2,958円(1000株単位)
PER 42.93倍
PBR 2.73倍
配当 20円(0.68%)
株主優待
2,500円相当の自社グループ商品(しょうゆ等調味料・飲料)