澤田啓司の「ブラーヴォ! 赤ちゃん!!」

小児科医・澤田啓司(三重県津市乙部ヤナセクリニック)のブログ

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 私が小児科医として勤務している産科ヤナセクリニックでは、月1回、いちごママクラスという集まりを開いています。

 生後2-3ヶ月の赤ちゃんとママに来ていただいて、ママ同士のお話やら、スタッフが企画した写真撮影やらをして、育児に奮闘中のママに楽しいひと時を過ごしていただく集まりです。私も出席して、2-3ヶ月以後の赤ちゃんの成長や育児上の注意などをお話しています。

 いちごママクラスの雰囲気は、1ヵ月健診でのママの緊張が無くなって、とても和やかです。私のこころも暖かくなります。

 小児科医を長年続けてきた私ですが、病気でない健康な2-3ヶ月の赤ちゃんを観察する機会はほとんど無かったと思います。いちごママクラスで見る赤ちゃんは、病児のお相手をしてきた小児科医には、驚きと発見の連続です。2-3ヶ月で赤ちゃんがこんなに成長するのかと感心してしまいます。

 2ヶ月の赤ちゃんは、かなり体の動きが増えています。泣く回数が減り、激しい泣き方が治まってきています。授乳後に泣かずに起きている時間、、静かに眠る時間が長くなっています。首を回すこと、肩や腕を動かすことが活発になっています。しかし未だ、うつ伏せで首を挙げることはできません。ママの顔を見て笑いかけますが、声を出して笑うことはありません。

 3ヶ月の赤ちゃんは、だれかれの見極めなく、私の顔を見ても、笑ってくれます。笑い声も出始めます。うつぶせにすると、まだ鼻の頭がマットから離れませんが、懸命に首を挙げようとします。寝返り準備らしく、体をねじり横を向くことはしますが、腕が抜けません。

 授乳の回数が減ってきて、3ヶ月過ぎには、口の動きや表情でオッパイを催促するようになってきます。哺乳時間は短くなって、5-6分しっかり飲んで、遊び飲みをして、そのまましばらく起きていたり、眠ったりしています。

 1ヶ月健診時にはしっかり出ていた乳児湿疹はいちごママクラスの頃には消えています。乳児湿疹、即ち、新生児ニキビや脂漏はおおよそ生後6-8週には消えるものです。それに代わって、アトピー性皮膚炎が頬に出始める赤ちゃんもあります。

 ウンチの回数をママに聞きますと、1か月健診ころとあまり変わらない赤ちゃんもありますが、1日1-2回から3-5日に1回くらいに回数が減っている子もあります。これは便秘ではありません。軟らかいよく消化されたウンチがまとめて出るのですが、赤ちゃんの消化器の成長を示すサインですから、気にする必要はありません。

 3カ月頃には、赤ちゃんは空腹、満腹を自覚するようになります。おっぱいが欲しい時の赤ちゃんからママへのサインも、ママに聞くことにしています。赤ちゃんの頬をママの胸元にすり寄せてくるとか、唇をちゅっちゅ吸って見せるとか、赤ちゃんによっていろいろですが、ママにはそのサインがちゃんと通じるようです。赤ちゃんをいつも見ているママには、赤ちゃんの変化がよくわかるのでしょうし、赤ちゃんもちゃんと意思表示をするのですね。それまで意味もなく泣いていた赤ちゃんが、わずか2カ月くらいで、自分でママに意志を伝えるようになるってすごいことだと思いませんか。人間として絶対必要な社会性の芽生えは、こんなに早く始まるのですね。

 1ヶ月健診前の赤ちゃんは、それほど目だった成長が無いようですが、大脳の発達は急速に進んでいます。
例として、視聴覚の発達を考えてみましょう。

 生まれてすぐの赤ちゃんの眼球はほぼ完成しています。光や色や物の形はちゃんと網膜に投影されています。レンズの焦点はまだ調節ができず、ほぼ40cm弱、ママに抱かれた時ママと赤ちゃんの眼のきょりとほぼ同じです。 だから生まれてすぐの赤ちゃんは、ママに抱かれると、ママの眼をじっと見つめます。光は感じますから、明るい光源をジッと見る事もできます。
 しかし、眼球と大脳の視覚中枢の神経細胞との間はまだ繋がっていませんし、視覚神経の神経線維の髄鞘化(配電工事で言えば、被覆電線で電気の通る道を繋ぐこと)もできていません。左右の眼球は共同して動くことは無く、ばらばらに勝手なほうを見ていますから、寄り目になったり、どこを見ているのか分からないぼんやりした目の表情を見せたりしています。

 1ヶ月過ぎると、左右の眼が共同してひとつのものを見、形や色を脳の視覚中枢で感じるようになり、遠近のものを区別できるようになります。具体的にいうと、1ヵ月過ぎると寄り目はなくなります。授乳中にジッとママの顔を見つめるようになります。
 
 2ヶ月過ぎると、眼球のレンズ焦点距離の幅が広がり、見える範囲が遠近左右とも広がってきます。2ヶ月頃の赤ちゃんは、目の前にいる人の顔を認識するようになり、人の顔を見るとなぜかむやみに笑いかけるようになります。何故、人の顔を見ると泣かずに笑うのか、理由は分かりません。いろいろ調べてみましたが、答えは見つかりませんでした。しかし、4ヶ月になると見慣れた顔と見慣れない顔の区別ができるようになり、見慣れない人の顔を見ると、笑わずに表情がこわばる様になります。人見知りの始まりと考えられます。

 耳も胎内で音を感知できるのですが、胎内でママの腹壁を越えて赤ちゃんに届く音は、出生後胎外で赤ちゃんの耳に届く音のように多彩ではありません。音やリズムを感じることも、出生直後から始まると考えていいでしょう。胎内でママの心音を聴いているから心臓のリズムを聴かせると赤ちゃんが静まるとか、胎内の赤ちゃんは、おママのおなかの外で聴かせた音楽を出生後も覚えているようだとかいわれていますが、どちらも疑問です。記憶力が未発達で、胎児・新生児の記憶は数分単位で消えるともいわれていますしね。

 しかし出生後は急速に大脳の神経細胞が活性化されますから、授乳の度にママの顔や目を見て、ママの声を聞いて、ママの匂いや抱かれる感じを繰り返し経験しながら赤ちゃんは成長し続け、生後2ヶ月になるとママの顔を見て笑うようになります。出生後数週間の無意識なエンジェルスマイルとは違います。エンジェルスマイルは赤ちゃんは何も考えずに自然にママの心に灯を点すのですが、2ヶ月児の笑いは母と子が分かち合う笑いといってよいでしょう。
 

 1ケ月健診までのママは、特に初めての赤ちゃんの場合、心配しなくていい事まで心配の種になり、頻繁な授乳、赤ちゃんのケア、それに伴う心身のストレスで、気持の休まる時の無い1ケ月でしょう。その負担を少しでも少なくしていただこうと考えて、前回までのブログに最初の1ヶ月間の事を述べてきました。

 今回からは、1ヶ月健診以後初誕生までの赤ちゃんの成長を追ってみたいと思います。

 ヤナセクリニックには、赤ちゃんが2-3ヶ月になられた頃のママと赤ちゃんに集まっていただく「いちごママ・クラス」という企画があります。その時、私も最初の数十分間、赤ちゃんの成長についてお話しをします。
 
 「いちごママ」の雰囲気は、1か月健診の時のママの表情から緊張感が無くなって、和やかな楽しい集まりです。ママも自信ありげ、赤ちゃんも笑ったり、眠ったり、オッパイを飲んだり、直接育児をしているわけではない私にも、ひたすら可愛いく見えます。
 1ヶ月健診の時、ママに「最初の1ヶ月はたいへんだけど、2か月に入ると、だんだん育児が楽になって、楽しいことが出てくるよ」とお話しするのですが、「いちごママ」の時間は、私のお話しが当たりーだと思えます。ママの実感はどうなのでしょうか。

これから、このブログで、月齢を追って赤ちゃんの成長を述べたいと思います。

 まず、赤ちゃんの体のサイズの変化から。

 出生時に身長50cm、体重3kgの標準サイズの赤ちゃんは、満1ヶ月で身長53cm、体重4kg、満2か月で身長57cm、体重5kgくらいに増えます。しかし、授乳のルールやら、人工栄養の補足やら、生活環境やら、赤ちゃんの固有の成長プログラム以外の条件の差で成長は変わりますし、赤ちゃんひとりひとりの個性、個体差がありますから、身長・体重の数字にこだわる必要はありません。また、標準とされている数字を”決して”努力目標にしないでくださいね。うちの子はこれでいいんだと考えてください。

 頭囲は出生時の34cmから、毎月ほぼ2cmくらいづつ増えます。脳の発達並行して頭囲は大きくなり、イギリス風に表現すると、10歳でパパの帽子が被れるようになります。

 大脳の重量は、出生時平均400g、6か月で2倍の800g、3歳で3倍の1000g以上と、子どもの体のどの部分より速く成長します。

 大脳の神経細胞数は出生時ほぼ140億個になっていて、この神経細胞数は生涯を通じて減ることはあっても増えることはないと言われています。海馬という部分の神経細胞数は出生後も増えるということですが例外的です。

 出生後の脳重量の増加は、神経細胞がコードで互いにつながり合って働くように配線工事が進むため、神経同士をつなぐ神経線維の重量が増えるのです。生まれてすぐ意味もなく泣いていた赤ちゃんが、2か月になればママに笑いかけるようになり、4か月になれば泣き声の違いで、してほしいことを表現できるようになり、夜は眠り昼は起きている時間が多くなるなどの成長ののもとは、脳の神経細胞の配線工事の進行に並行しているのです。







 このタイトルは、7月13日のyahooニュースに載った記事のタイトルです。
 
 ニュージーランドとカナダの研究グループによる、乳幼児期の指しゃぶり、爪かみ習慣と、成長後のアトピーの頻度を調べた研究の紹介です。
 
 アトピー性皮膚炎の増加は石鹸の使用量に正比例すると言われていますが、その逆に、現在では不潔と顔をしかめられそうな、指しゃぶりや爪かみをする子には、アトピー性疾患が少ないという結論です。
 石鹸で皮膚の防御機構を洗い流すと、アトピーの原因になる抗原が皮膚から入りやすくなるというわけです。

 日本でも国立成育医療センターのグループが、新生児に保湿クリームを塗り続けることで皮膚の防御層を守り、アトピー性皮膚炎を防げるという論文を発表しています。保湿クリームそのものが効果があるのではなく、洗いすぎた皮膚を保湿クリームで覆えば、抗原の侵入を減らすことができるという保湿クリームの間接効果の証明です。だから、石鹸で皮膚を洗いすぎなければ、保湿クリームに頼らなくても、自前の皮膚防御物質が抗原の侵入を防いでくれます。

 もう一つは、腸内細菌叢や寄生虫がアレルギー抗体の攻撃目標になっているとアトピーが現れにくいのに、抗生物質の使い過ぎで腸内細菌叢を壊したり、寄生虫駆除を徹底させると、腸内細菌や寄生虫という標的を失ったアレルギー抗体が、かつてはアレルギーの原因にならなかった物質を標的とし、アレルギーを発症しやすくするという研究もあります。

 また、親子のキスは、現代では、歯周病菌を親から子へ移植することになるので避けるべきだと言われるようになりましたが、スウェーデンの調査では、子どもが落としたおしゃぶりを母親が舐めてから子どもに渡すと、腸内細菌叢の多様性が上がるという結果が出ているそうです。

 すっかり清潔志向になった現代社会ですが、清潔・不潔の功罪を改めて考えなければならないようです。

 ヒトの細胞数は60兆個(36兆個という数字もありますが)ですが、ヒトに寄生する細菌数は100兆個、2kgにもなるそうです。腸内だけでなく、鼻咽喉、耳、皮膚、口腔、生殖器にそれぞれ細菌が住み着いています。そして、ヒトに寄生する細菌は、ヒトの生命活動を助けていることがわかってきました。ヒトの生体プラス細菌叢が一つの生態系を作っていて、それをマイクロバイオームと名づけて研究が進められています。

 腸内細菌叢の細菌の種類は、ひとりひとり違っているし、消化しにくい根菜類を多く摂取する民族、乳製品や牧畜動物の肉を食べる民族とで、腸内細菌叢は異なります。腸内細菌は、ヒトの消化管内では消化しきれない食物をヒトが吸収できる形に変えて、細菌も生存し、寄生しているヒトも養ってくれているというわけです。欧米人では、海藻は消化されずに腸を通過するだけの食品とされていますが、日本人で、海岸に住む人たちは、海藻を消化する腸内細菌を持っていて海藻を栄養に変えているのだそうです。

 前回ブログ、遺伝子と文明シリーズで、助産師冨田江里子さんがモルディブで栄養失調になられた話を紹介しましたが、ひょっとすると、日本からモルディブに出張された冨田さんと、現地の人たちとの腸内細菌叢が違っていて、日本人には栄養に変えられない食物を現地の人の腸内細菌が栄養に変えてくれていた、その差が冨田さん栄養失調の背景にあるのかもしれないと考えます。私だけの仮説ですが、案外、正解かもしれません。

 清潔はいいことだと決めてかかって、せっせと石鹸で洗い、皮膚防御物質を除き過ぎることを反省すべきだとも考えますし、何でもかんでも感染症は抗生物質で治療して、せっかくの腸内細菌叢を混乱させることにも一考すべき必要があるように思います。清潔志向は文明社会の象徴ですが、そのために失われたヒトが本来持っている能力を損なっていることに気付かないと、人類の未来が危ぶまれます。

 文明の影響を取り去って、ホモ・サピエンスの遺伝子の設計図に従って誕生し成長した「個人」の能力を考えてみましょう。

 裸の個人の身体能力はとても優れています。
 走るスピード、跳躍力はサバンナにすむ肉食獣、肉食獣に狙われやすい草食動物の方が人類より優れています。しかし人類は長距離走ができます。
 また、人類は手が使えますから、投げる、棍棒を振り回す能力は人類が優れています。
 視覚・嗅覚・聴覚は動物の方が優れているでしょう。 でも、人類は大きな脳を持っていて、記憶力、思考力が抜群です。
 総合的に人類が他の動物より優れているからこそ、現在の人類の繁栄があります。

 ちょうど今、リオデジャネイロ・オリンピックが開催中です。各種の競技の金メダルの成績が、人類の能力の極限といえるでしょう。マラソン、1万メートル競走などは、二足歩行ができ、体温調節の手段として汗腺を持つ人類の独壇場です。

 トレーニングのため、大気中の酸素濃度の低い高地合宿をすることがありますが、それによって心肺能力を高め、酸素不足を起こさないように血液中の赤血球数を増やすことができます。心臓のポンプ作用を強めるために安静時の心拍数が低く、一回の心拍あたりの血液送り出し量を増やすこともトレーニングで身に付きます。スポーツ心臓と名が付いています。こんなトレーニングが可能な事実は、人類の環境に適応する能力が高いことを示しています。

 食物を摂取消化吸収する能力も、想像以上です。人類は、切歯(噛み切り),犬歯(食いちぎり)、臼歯(すり潰し)など、肉も根菜も穀類も食べることができる歯を揃えています。
 文明社会では、柔らかい食品に慣れてしまっているので歯を極限まで使うことは減っていますが、臼歯の歯根の長さは低開発社会では文明国より長いのだそうです。

 冨田江里子さんは日本の助産師さんですが、現在フィリピンのマンガハンという貧困社会で医療費が支払えない人たちの為の無料産院・診療所を長く続けていられます。見事な女性だと思います。彼女の著書「フィリピンの小さな産院から」に、冨田さんの診療所の周囲のように、食料に乏しい地域、なんでも食べなければならない社会では、臼歯の歯根が長いと書かれています。ついでですが、冨田さんはフィリピンの前に、海外協力隊の一員として、モルディブに2年間滞在されていました。現地人と同じものを食べていたら、現地の人たちは平気なのに、日本から行った冨田さんは、栄養失調になったと書いていらっしゃいます。文明国の栄養学では絶対的に栄養不足と判断される環境でも、そこに続けて住んでいる人たちは栄養失調にならない。人類の適応能力には、学問的にまだ説明できないところがあるんですね。
 同じようなことを、鈴木継美東大教授も「パプアニューギニアの食生活」(中公新書)に書いていられます。ヒトの適応能力の凄さというか、文明社会の学問の未熟さというか、日本人が日本で目にする栄養の話が通用しない生活が世界にはあるのです。

 視力、聴力も、アフリカのマサイ族の人たちは、日本人の見えないものが見え、聴こえない音が聴こえるようです。

 知能、思考、感情などに関しては、今や脳科学全盛で、脳科学を応用して、いかに頭の良い子を育てるかといったノウハウ書籍がウンザリするほど出版されてますからこのブログでは触れません。

 問題は、言語の習得、味覚の習得、暑さ寒さへの適応などを身につけるのに、臨界期、この時期までに修得しないと後々苦労しますよというタイムリミットが小児期にあることです。
 臨界期が無いことに関しても、あまりに保護されて育つために、子ども期に経験すべきことを経験せずに成人することも最近多くなっているようです。その例は、競争心、失敗経験、怪我の経験、刃物や道具の使い方などたくさんあります。

 現在何の疑いもなく過ごしている生活には、それを支える電力や化石燃料が無くなったら、即、破綻する便利さがありすぎるほどあります。

 せっかく遺伝子が用意してくれた能力があるのに、宝の持ち腐れで過ごしていれば、将来苦労することになるでしょう。

 エアコン、自動車の便利さを子どもに与えすぎないようにし、自然の中で文明の恩恵を離れた生活を経験させ、歩き、走る機会をできる限り多くし、子ども同士の喧嘩もさせ、挫折も味わわせる事が子どもには絶対必要です。

 このためには両親が子育ての中心にいなければなりません。保育施設をどれだけ作っても、少人数の保育士が他人の子を世話するのだから、両親と同じようにビシビシ遠慮なく子どもを鍛えることはできないでしょう。遠慮なくビシビシ子どもと向き合えるのは両親だけです。保育施設で育ち、文明の繭に保護されて育った子どもたちがおとなになった時、きっと、子ども時代に必要な経験を経てこなかった事を後悔すると思います。混乱するでしょう。混乱の芽は、今のうちに摘んでおかなければなりません。子育て中の両親に是非考えていただきたいと思います。

 アベノミクスは、現在だけをを見て、30年後50年後の未来志向が欠けています。今育ちつつある子どもたちの未来をどう考えているのか、アベ総理はじめ政治家さんにぜひ聞かせてほしいものです。
 
 日々生まれてくる赤ちゃんを診察し続けている小児科医として、未来を担う子供たちを思って、「遺伝子と文明」シリーズをブログに載せました。私の意とするところをご理解ください。

 

 人間同士で無く、生物同士で比較しても、最も近い親戚であるチンパンジーとホモ・サピエンスの遺伝子は、90%が共通です。ショウジョウバエが動物の研究に使われるのは、かなりの数の共通遺伝因子があるからです。何億年も前の単細胞生物から始まって、クジラや恐竜や牛馬に至るまでの遺伝情報は、ずっとホモ・サピエンスの遺伝子に引き継がれています。建て増し、継ぎ足して建築されたビルのように、人類の基礎には過去から現在までの動物が存在します。ヒトの行動に動物的な側面が無くならないのはこのためです。ヒトの思いがけない行動を、獣以下だとか、鬼畜にも劣るとか表現しますが、人より下位の動物たちは「とんでもない,一番の悪は人類だ」というでしょう。
 
 ヒトの行動は、善悪すべて、ヒトの遺伝子の範囲内での行動で、人間離れしたヒトの行動など存在しません。
人類が現在のような文明社会を築くことができたのは、20万年前から現代まで同じ遺伝子を持つ人類として、文明を発達させながら、遺伝子に記された設計図どおりに人類の数を増やしてきたからです。
 もっと驚くことは、私たち一人一人の体を構成する細胞37兆2千億個のすべてに同じ能力を持った遺伝子が存在し、その情報量は、1個の細胞あたり、百科事典700冊分に相当すると言われています。一人の体に百科事典26040兆冊が備えられている計算になりますね。この膨大な情報を基に、一個の受精卵の遺伝子が、いろいろ役割の異なる体のパーツを作る指令を出しながら、細胞分裂が繰り返され、完成された細胞集団としての人体が完成し生命を維持しているのです。
 
 遺伝子は、人体だけでなく、脳の力で文化や文明も作り出しています。宗教、生活様式、社会組織、人体ではできないことを可能にする機械や道具、人体の生きる環境を良くするためのエアコンその他はすべて、遺伝子の情報が基礎にあります。
 
 文明に取り残され、文字を持たないホモ・サピエンスの集団も地球上には存在します。
 密林の中に小集団で住み着き孤立して現在にいたっているホモ・サピエンスの集団の例として、南米アマゾンの源流のジャングルに住むヤノマミ族がその一例です。集団の人数は、収集可能な食糧の量で決められてしまいます。人口を調節する手段は、間引きです。生まれてきた赤ちゃんを育てる余裕がないと判断されれば、命を絶ってジャングルの精霊のもとに送り返します(日本でも80年ほど前まではヤノマミ族と同じように間引きが為されていました。)人口を一定に保って、男性は狩猟、女性は食用になる植物の収集、それを全員で分け合って平和に暮らしています。文明社会に住んでいれば、そのような生活様式を野蕃、残酷と嫌悪感を持ちますが、そんな綺麗事では片付かない厳しさが存在するのも人類の社会なのです。文明に必須の簡単な言葉は持っていますが、文字は必要ありません。
何千年か前の人類集団は、世界中、同じような生活をしていたと思われます。

 現在は、ヤノマミ族の生活にも西洋文明が入ってきて、村を出る若者の数も多くなり、洋風の衣服を身につけ、スペイン語や英語を話し、読み書きもできるし、外国の文化に溶け込んで文明の利器を扱うことにも不自由は無いようです。
 オーストラリアのアボリジニー、グアム島のチャモロ族、コンゴのピグミー族、アラスカのイヌイットなど、ヤノマミ族と同じような歴史をたどってきたホモ・サピエンスは少なくありません。食料が乏しければ小柄な体型になりますし、牛肉の代わりに、アザラシ、クジラ、イヌなどの肉を食べる人たちもいます。一神教に凝り固まった集団もあり、多神教や精霊信仰の集団もありますが、すべて、20万年前にアフリカに誕生したホモ・サピエンスの子孫なのです。

 ある集団が他の集団の文化を批判し、野蛮人扱いしたり優越感をもったりするのは全く的外れです。
 思考能力に優れ、知識を持ち、哺乳類の頂点に立つのが人類だと胸を張るのであれば、世界中のホモ・サピエンスが平和に共存できるよう知恵を働かすべきでしょう。他国や他宗教を攻撃し、ホモ・サピエンス同士が殺しあう世界をどうにもできないでいることを、ホモ・サピエンスは恥じるべきです。
 この時代に、この世界に誕生し、未来を担って生きる子どもたちのためにも、我々おとなは、世界中のホモ・サピエンスの平和共存に力を注がなければなりません。人類は皆友達です。

 遺伝子に記されている情報から人類の能力を「考えて見ましょう。

 人類の発祥は約500万年前と推定されています。2本の足で歩く能力、手を使う能力、道具を作る能力、グループを作って協力し合いながら食物を集めたり狩猟をする能力を持った人類がチンパンジーから枝分かれして誕生したのが500万年前、発見された旧人類の化石からたどると、ホモ・アウストラロピテクス、ホモ・ハビリス、ホモ・エレクトゥス、ホモ・ネアンデルターレンシスと進化を続け、私たちホモ・サピエンスが東アフリカの樹林からサバンナに姿を現したのは20万年くらい前です。それ以後もっと進化したホモ属は現れず、人類の最も進化した種族が、現在地球上に70億人以上生存している私たちホモ・サピエンスです。

 ホモ・サピエンスは、汗をかくことで体温調節ができ、強い下肢を使って長時間歩いたり走ったりする能力を持ち、木登りは下手になった代わりに槍、棍棒、弓矢などの武器を器用に操る両手を獲得しました。
 何より大きな進化は、それまでの哺乳類や人類よりずっと大きな発達した大脳を持ったことです。大脳によって現人類は、それ以前の人類よりもっと上手に,集団を養う食料を手に入れることができるようになりました。狩猟採集民族として完成された人類といえます。

 大きな大脳を使って、狩猟に必要な道具や生活に必要な様々な道具を作り,工夫改良を繰り返し、その延長線上で、20万年かけて現在の私たちが生活している便利な文明社会を作り出しました。
 仲間同士の意思、知識、心を伝え合うために言葉を生み出し、言葉を記録し伝達する為の文字をを作り、離れたところに住む人たちと文明を共有することができるのもホモ・サピエンスの才能です。

 その間に、人口が数千人のレベルから70億人にまで増えましたが、脳を含めた体全体の設計図である遺伝子は何万年を経過してもほとんど変わっていません。私たちが5万年前にタイムトラベルしても仲間と狩猟採集生活を送ることが可能でしょうし、逆に,5万年前のホモ・サピエンスが現代にタイムトラベルしてきても、私たちと同じように飛行機も自動車も操縦できるし、現代人と結婚して子孫を遺すこともできます。

 ホモ・サピエンスが生まれ故郷のアフリカを出て地球上の各地に拡散する第一歩を踏み出したのは約5万年前、150人くらいのグループだったと推測されています。氷河期が終わって地球が暖かくなり、集団の人口が増えすぎて成果圧の維持が難しくなると、ミツバチが分封するように、古い集団を離れ新天地に移住し定住する集団が作られ、それを繰り返しながら人類は次々に地球上の各地に拡散していきました。
 
 定住する場所の気候風土、太陽光の強弱に適応して、皮下のメラニン産生細胞の数量を変え、外見上は黒い肌から白い肌まで色々ですが、遺伝子の変異はわずかです。目に見えない遺伝子の変化としては、遊牧民は乳糖分解酵素が多く分泌されますし、アルコールについても、強い人種(ヨーロッパの人たち)、弱い人種(アルコールを分解する酵素量の差によりますが、日本人はあまり飲めない・全く飲めない人が多い人種です)があります。そういった遺伝子の違いは遺伝子全体から見れば小さな変化です。遺伝子の情報量を百科事典に置き換えると百科事典700冊分くらいと表現されますが、人種の差は、ほんのわずかな文字数の変化に過ぎないようです。
 
 現在、地球上には外見上、生活習慣上、全く異なった民族が住んでいて、たくさんの国に分かれて戦ったり、仲良くしたりを繰り返していますが、遺伝子から見れば、各民族ほとんど差が有りません。地球上に住む人類は単一種、みなホモ・サピエンスです。私も、アベ、オバマ、クリントン、トランプ,習近平、プーチン、IS幹部、、皆、同じ遺伝子を持つホモ・サピエンスの一員です。国家指導者たちが、地球人はみな親類同士だと考えてくれたら、争いのない平和な地球が生まれるのではないでしょうか。

追記:
 いささか綺麗事でブログを終えましたが、本音を書かなかった後ろめたさが消えません。あえて、追記したいと思います。
 人類が皆ホモ・サピエンスだからと言って、闘争、戦争が無くなるとは思えません。国家間の平和を保っている日本でも、国内では肉親間、行きずりの他人への殺人事件がニュースになっています。紛争やテロは世界中で絶えることがありません。国家元首も、日本も含めて戦争の火種を撒き散らしています。
 ライオンや虎の攻撃性をそのまま引き継いでいるホモ・サピエンスの脳ですから、平和共存は夢のまた夢かもしれません。 どうにもならない絶望感を、私は感じます。オバマ大統領の核廃絶の思いに似た感情です。

 でも、未来を担う子どもたちのために、なんとか、地球上の人類の平和共存の道を目指さねばなりません。諦めずにがんばろうじゃありませんか。読者の皆さん、力を合わせましょう、子どもたちの為に。

 文明の進歩によって、日常生活がとても便利になり、快適に過ごせるようになりました。
 
 おとなも子どもも、暑さ寒さに対しては、エアコンを使って夏涼しく、冬暖かく過ごせます。
 移動するには、足で歩かなくても自動車があり、荷物も背負ったり手に提げなくても自動車で運べます。
 食べ物はしっかり噛まなくても、柔らかく調理された食事がすぐ手に入ります。

 それらの代償として私たちが支払うものは、主にお金です。お金は、冷暖房に使われる電力、自動車の購入・維持・燃料補給に、食費としては、スーパーや小売店で購入する食材、調理済み持ち帰り食品、調理用機材、調理に使われる光熱水費、などに支払われます。その支払い代金には、器具の生産に必要な費用、生産に使われる機械器具代金、エネルギーの費用、廃棄物の処理費などが上乗せされています。

 問題は、今、お金で保証されているものが、いつ失われるかわからないことです。お金があっても手に入らなくなるものが、これからの数十年の間にどんどん増えてくる可能性があります。電力などのエネルギーや、製品の原料は、地球の資源でまかなわれていますが、すべていつか無くなってしまうものです。資源は無限ではなく、現在のように贅沢に、無計画に使い続けていると、いつか枯渇します。

 人の能力を超えた自然の力、地震・津波・暴風雨などによって文明が一瞬にして途絶えることは、日本に住む私たちがずっと、何度も経験してきたことです。最近では、東北、熊本の震災を考えてみてください。

 日本は大陸に近い島国です。昔は海によって外国の侵略を防ぐことができましたが、航空機、ミサイルなどの進歩で、海を飛び越えてくる空からの侵略には無力な国になってしまいました。アメリカが遠く離れた日本を護ってくれるという保障も、アメリカ自身に危険が及んだときは、遠い日本は二の次で、アメリカの保障を期待しても裏切られるでしょう。

 日本は島国である上に、物的資源に乏しい国です。食料も、石油・石炭などの化石燃料も、ひいては電力などのエネルギーも、自給率が20-30%と極めて低く、海上輸送の道を閉ざされたら、じきに干上がってしまう国です。

 いま私たちが当たり前のように考えている文明の産物、エアコン、自動車、電力、水道、食品などは、日本にとって極めて儚いもの、いつ無くなるかわからないものであることを自覚していなければなりません。

 私たちホモ・サピエンスという人類は、優れた潜在能力を持ち、遺伝子に秘められた能力によって何十万年の時空を生き抜いてきました。しかし、現在の優れた文明は、その遺伝子の能力を弱めるほどに進歩し過ぎました。文明の功罪を、今しっかり考え直して、未来を担う子どもたちを育てないと、日本を含めて人類すべての未来を危うくしてしまうでしょう。

 この後、何回かに分けて、ホモ・サピエンスの遺伝子の能力を見つめなおし、進歩した文明のもとで育つ子どもたちの育児のありかた、遺伝子の能力の引き出し方、文明が失われても対応できる育児などをを考えてみたいと思います。

 産院退院からの1ヶ月間、初産の場合、母と子の生活は、予想以上に大変だと思います。

 9回にわたって、1ヵ月健診時までに経験された心配事、気がかりなこと、1ヶ月以後の経過などへの答えを、数千人の赤ちゃんの健診に携わってきた私の経験から書きました。ママの気持をやわらげることに役立てていただければ嬉しいと思います。

 赤ちゃんが子宮内で過ごす40週の間、ママやご家族は、赤ちゃんの成長を早くしようとか、栄養をもっとたくさん胎児に届けようとは思われなかったと思います。自然任せ、時間任せの時間だったはずです。

 赤ちゃんは出生した後も、胎内にいるときと同じように、自然に育つプログラムを身に付けています。
 
 間違ったおとなの発想で、余計なことをしようと考えるから、ママは赤ちゃんが期待にこたえてくれないと焦ったり、悩んだりされるのだと思います。1ヵ月健診のときのママのお話から、私は育児不安のかなりの部分は心配しないでよいこと、知ろうとしないでよいこと、知りようの無いことであることを痛感しています。

 なるべく単純で自然な育児を考えてくださいね。小さな不安、心配しないでいいことを積み重ねて、心配しながら育児をすることは、母乳の分泌を悪くしますし、赤ちゃんも絶えず緊張していなければならないだろうと思います。

 愛育病院の内藤壽七郎院長は、育児ノイローゼに近いママに、「お母さん、鏡で自分の顔を見て御覧なさい。ひきつってませんか?そんな顔だと赤ちゃんが落ち着けませんよ。笑った顔をして御覧なさい。口元をニーッと笑顔にして」と話されてました。

 赤ちゃんといることが楽しくて、楽しくてと考えながら育児されるママのほうが、赤ちゃんにとっても幸せです。

 疑問や心配事が生じたら、前回までの記事を読み直してくださいね。

 赤ちゃんの眠りが浅くて、よく泣いて、どうしてこんなに泣くんだろう、睡眠不足になるんじゃないかと心配されるママやご家族は少なくありません。
 
 これまでも何度かこのブログに書いてきましたが、ヒトの赤ちゃんにとって泣くことには生存権がかかっています。他の哺乳動物に比べて、ヒトの赤ちゃんは生まれてすぐには体を動かすことができず、泣いてママを呼び、抱き上げられてオッパイを飲ませてもらうことで生きていくことができます。頭が大きくて、頭のサイズに合わせて生まれてくるヒトの赤ちゃんは、生まれてすぐから自分で母の乳房まで移動できる他の哺乳動物より1年近く早産で生まれてきます。大声で頻繁に泣くことは、ヒトの赤ちゃんの特技です。体を動かせない代わりに与えられた生きる手段です。

 だから、赤ちゃんは眠りが浅く、ちょっとした刺激ですぐ眠りから覚め、大声で泣きます。頻繁に大声で泣くことを許されている赤ちゃんは、哺乳類の中でヒトの赤ちゃんだけです。家族、仲間集団が赤ちゃんを護ってくれるから安心して泣くことができるのです。

 産声の周波数はほぼ400ヘルツ(ドレミのラの音)で万国共通といわれていますが、最初の1ヶ月くらいは、赤ちゃんの泣き声は単調で、複雑な発声は不可能です。オッパイを飲むことを最優先にしている咽喉の構造のため、泣き声は一種類で事足りるように、ただ泣けばいいようにできています。おなかが空いた、オムツが汚れた、眠いなどを泣き声の変化で知らせることは4ヶ月ころにならないとできません。

 ただし、泣き声が単調でも困らないためには、赤ちゃんが泣いたら、なるべく早くママが抱き上げてオッパイを含ませるというフォローがなければならないのですがが。オッパイ以外に赤ちゃんを泣き止まさせる方法は無いと考えたほうがいいと思います。抱き上げてあやしても、赤ちゃんは泣きやんでくれません。明治時代のように新生児のうちから規律を身に付けさせようとか、時間を決めて3時間おき授乳しようとか考えないでくださいね。
 泣くのはおなかが空いているからだとか、ママのオッパイの出が悪いからオッパイ不足で泣くんだとか、母親失格だとか、ママが自分で自分を追い込むようなことは考えないでください。
 赤ちゃんの泣くことを母乳不足と結びつけることは絶対にしないで下さい。
 赤ちゃんは頻繁に泣くように作られて生まれてくるのだから、泣いたら抱っこしてオッパイをもませるだけでいいんだと考えてください。3ヶ月になれば、赤ちゃんは自分でオッパイを欲しがり、飲みたいそぶりを見せるようになりますし、夜まとめて眠るようになりますから。

 赤ちゃんの眠りは、頻繁に目を覚まし泣いて存在をアピールするために、浅い眠り(REM睡眠)がおとなよりずっと多くなっています。胎内で胎動が多かった時間帯、夕方から深夜に掛けて、出生後も頻繁に泣くことが多いようです。その時間帯、頻繁に授乳するとママは疲れるし、おっぱいの張りもなくなるので、ママが私のオッパイ出てないんだと落ち込んでしまわれる魔の時間でもあります。
 でも、これは何の不思議も無い現象で、2ヶ月にはいると赤ちゃんが変わってきますから、それまで待ってください。決してママ自身を追い込まないように、責めないようにしてください。もちろん、ミルクを補足して解決することでは有りません。
 オッパイは、張りを感じないほど授乳するほうが分泌量が増えます。どんなに頻繁に授乳しても、赤ちゃんが吸いついたら40秒後には乳腺で新しい母乳が作られ、射乳反射があり、赤ちゃんはごくごくと飲んでくれるはずです。これまでに何度も同じことをこのブログに書いてきましたから、以前のブログをお読みいただいて参考にしてくださいね。

 よく泣いて、長い時間オッパイを離さないから、赤ちゃんが睡眠不足になるんじゃないかという心配は、まったくありませんからね。出勤時間も約束の時間もなく、好きなだけ寝たり起きたりできる特権を赤ちゃんは許されているのですから。
 
 赤ちゃんは泣くように作られてるのだから逆らっても無駄、もっと眠らせようという働きかけも不可能で、赤ちゃんはマイペースを崩してくれませんから、おとなの発想で逆らわないでください。

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