澤田啓司の「ブラーヴォ! 赤ちゃん!!」

小児科医・澤田啓司(三重県津市乙部ヤナセクリニック)のブログ

検索エンジンから来られた方は最新のページではないかも知れません。こちらをクリックしてトップページにお越し下さい
携帯電話からのアクセスは右下のQRコードをご使用下さい。




澤田啓司の「ブラーヴォ!赤ちゃん!!」(ブログ・電子ブック・印刷版書籍など)の感想をお寄せ頂くメールフォームを設置しました。こちらから著者に直接メールをお送りいただけます。印刷版書籍の入手方法などもこちらからお問い合わせ下さい。


https://ws.formzu.net/dist/S77958173/



イ) 顔にブツブツができて、だんだん増えている。アトピー性皮膚炎?
 
 生後6週くらいまでは、皮脂腺の働きが思春期並みに活発です。母体から移行したアンドロゲン(男性ホルモン)のによるニキビです。乳児湿疹と云われています。見かけは思春期のニキビ同様、キスチョコ型円錐形のブツブツです。皮脂腺の働きで、赤ちゃんの肌は指で触るとベトベトして、眉や頭に粉チーズのようなものが出てくることもあります。
 
 乳児湿疹は、生後2週くらいから出始め8週くらいまでに自然に消えます。それまでは、入浴の時に、石鹸を泡立てて付けて、お湯で洗い流してください。こすらないことと、石鹸をよく洗い流すことが大切です。外用薬は不要です。

 アトピー性皮膚炎は、生後2か月以後、乳児湿疹と入れ替わるように出てきます。出生直後からアトピー性皮膚炎が出ることはないようです。胎盤を介して胎内で胎児がアレルギーの原因物質に感作されることや、母のアレルギー抗体が胎児に移行することが有るのか無いのかはっきりしていませんが、あるとしても、ごく稀でしょう。

ロ) おむつかぶれ
 
 生後1か月くらいは、赤ちゃんは授乳の度にオナラをしウンチをします。胃直腸反射という胃腸の原始反射の為です。この反射は1か月過ぎると自然に消えていき、短い期間にウンチの回数が激減します。2か月頃には、母乳栄養の赤ちゃんは1日1回前後までウンチの回数が減りますが、決してコロコロの固いウンチになることはなく、よく消化された色の濃い粘っこいウンチが大量に出ます。ウンチの回数が減ったから母乳が足りなくなってきてるんだとは決して考えないでください。母乳の出と赤ちゃんの排便回数は関係ありません。

 ウンチの回数が減るまでは、オシリ周囲が赤くなり、そのままにしておくと皮が赤剝けになってしまいますから、オシリが赤いなと思ったらぬるま湯で洗ってください。

 台所で使う食器洗い洗剤のボトルをよく洗って、ぬるま湯を入れ、おむつ替えの時、ボトルのぬるま湯で赤いオシリや鼠蹊部などをよく洗ってください。下に古いバスタオルでも敷いておけば、洗面器もたらいも持ち出さずに済むでしょう。洗った後は乾いた布などで濡れた皮膚の水分を吸い取ってください。決して、こすらないようにしてください。

 ただれて赤剝けになったおむつかぶれは外用薬で治療しなければなりませんが、そうなる前に洗っていれば、ただれて痛々しい感じにならずに済みます。

 ママから「ミルクはどれくらい補足したらいいの?」と質問されることがよくあります。
 
 育児用粉乳は改良が進んで、現在では、赤ちゃんの発育を妨げず、安全に使えるようになりました。母乳がどうしても与えられない場合は、ミルクを与えれば、赤ちゃんはちゃんと育ちます。
 しかし、育児用粉乳が母乳と肩を並べるようには絶対にならないでしょう。
 人間の赤ちゃんには、できる限り母乳が第一選択です。母乳は百%ママの血液成分から作られます。胎内で臍帯を通ってママの血液成分が胎児を成長させていることには、だれも疑問を感じないでしょう?育児用粉乳は百%人間の血液成分とは無縁のものから作られています。臍帯血同様、母乳はママの血液成分を原料にして乳腺で分泌されるものだから、母乳が赤ちゃんにとって最高の栄養なんです。
 それと同じように、牛乳で牛の赤ちゃんは問題なく育ちますが、人間の赤ちゃんは牛乳にいろいろ手を加えないと牛乳では育ちません。
 
 生後2-3か月までの赤ちゃんは、空腹感・満腹感を感じる能力(脳力?)がありませんから、母乳の場合は、赤ちゃんは満腹して飲み止めるのではなく、飲み疲れて飲むのを止めます。だから、単純に、赤ちゃんが泣いたら抱き上げて母乳を飲ませ、飲み止めたら寝かせ、泣いたら、寝かせた直後であっても3時間後であっても、また抱き上げて母乳を飲ませればいいのです。ミルクは、哺乳瓶、人工乳首で哺乳することには努力は必要なく、疲れることなく作っただけ飲んでしまいますから必要以上に大量にミルクを飲んで、むやみに体重ばかり増えて、成人後のメタボの種を蒔くことになってしまいます。
  
 出産直後の産院では、赤ちゃんの脱水症、低血糖、体重増加不良、ママの疲労などを防ぐ目的でミルクが補足される場合が多いようです。特に初産の場合は、母乳がよく出るようになるのが遅く、乳首や乳腺のトラブルも起こりやすいので、ミルクに頼る必要がでてくるようです。
 
 このような背景を考えて、ミルク補足の必要の有無は、慎重に考えてくださいね。どのくらいミルクを補足するかも、母乳の出方を考慮して、体重1kg当たりのミルク量を細かく計算する必要があります。ミルク缶に書かれた大雑把な数字で考えず、母乳の価値をよく理解している産科医、小児科医、助産師に相談されることをお勧めします。
 
 赤ちゃんの体重の数字を気にされる方が多いのですが、1日当たりの体重増加量を30gと考えては多すぎます。母乳の場合は、最低1日20gの体重増加なら問題ありません。
 
 母乳は、単に体を大きくする栄養物だけではなく、ママに抱かれて声を聴いて、目で見て、匂いを感じて、抱きしめられて、ゆっくり揺すられて、授乳に伴うママの動作のすべてが赤ちゃんの脳を発達させます。
 
 ミルクを補足する必要があったとしても、必要とする条件がなくなったら、なるべく早く母乳だけで育児するように考えてください。

 ハイドロロコイドは最近創傷処置に使われる、傷口を湿った状態に保って治癒を促すための、傷口を被覆密閉する物質です。かつては、傷口は乾燥させ、抗生物質軟膏で無菌状態を維持して治癒を待つと考えられていましたが、最近では、傷口部分に分泌される体液を利用して傷を治すという考え方に変わりつつあります。余計なことをせず、自然まかせ、人に備わった自然治癒能力で傷を治すという考えです。

 市販のハイドロロコイドパッドは何種類か発売されていますが、代表的なものはバンドエイドのジョンソン&ジョンソン社から市販されている、「キズパワーパッド」です。用途、範囲に応じて、大小様々なタイプがあります。

 最初の赤ちゃんを母乳で育てる場合に、案外てこずるのは、乳頭部のこすれ、切れの痛みです。バーユとか羊の油とかを塗り、細菌感染があれば抗生剤軟膏を塗るくらいしか対処法がなく、頻回に母乳を与える必要上、乳頭のキズはとても長引き,治りにくい厄介もののようです。痛みも強く、ママはその痛みに耐えるしかありません。

 ネット記事では、乳頭のキズに「キズパワーパッド」を使用してうまくいった経験記事がたくさんアップされています。
 
 先日、8ヶ月の赤ちゃんに授乳中のママから、赤ちゃんの歯が生えてきて、乳首を噛まれ傷ができ、その痛みで授乳がつらいという相談があり、「キズパワーパッド」の使用をお勧めしました。昼過ぎに「キズパワーパッド」で乳頭部を覆い、夜には痛みがなくなり、翌翌日には傷口がふさがっていたと知らせていただきました。効果抜群だったようです。
 乳頭のトラブルでお困りのママは、試してみられたらいかがですか。他の軟膏と併用しないこと、まず流水で傷ついた部分をきれいに洗うことなど、いくつか注意事項がありますから、添付文書をよく読んでから使ってくださいね。

 やけど、床ずれ、擦り傷、引っかき傷にも有効です、

”五つ月を 越すと近所へ 義理を欠き”
 岩田帯をしめる頃になると、おなかが目立って恥ずかしく、表へ出ることも遠慮するという、しとやかな江戸時代の女心を詠っています。
 いまや、五ヶ月以後は動いても流産の心配は無い、旅行するなら五ヶ月以後と言われています。看護師さんたちも、出産予定日6週間前まで仕事を続けています。

”子を持ってから 三ン日を やっと塗り”
 江戸時代は、月の一日、十五日、二十八日を式日といい、休日とされていました。お祝いや寄り合いは式日の行事です。子持ちになって、お化粧するひまがが式日の三日しかなくなってしまったという場面なのですが、今のママは、上手に余暇を見つけて、化粧もお出かけもしてますね。

”粉をふいた 子を抱いて出る 夕涼み”
 風呂あがりにベビーパウダーをつけた子を抱いて夕涼み。
 江戸時代のベビーパウダーは天花粉。天花粉とは、キカラスウリの根からとった澱粉です。牡蠣粉(牡蠣の殻を砕いて粉末にしたもの。日本画の胡粉にも使います)も使われたようです。内藤壽七郎先生は、ベビーパウダーをボレイコといってらっしゃいました。熊本生まれの内藤先生らしい。現在市販されているベビーパウダーは、タルク(滑石)の微細粉末を使っています。いずれも、微細な粉末が量あたりの表面積が大きいことから、汗を吸い取り蒸発させる目的で汗取りに使われてきました。タルクの粉末は肺に吸い込ま無いほうがよいので、赤ちゃんの顔や胸にパフではたきつけるのは避けたほうがよいでしょう。化粧品会社、育児用品会社は安全と言っていますが、肺に吸着すると取れにくいものですから。天花粉、牡蠣粉は名前だけが残って、今では使われていないと思います。
 江戸時代の風物詩として、路地の縁台に天花粉で白くなった赤ちゃんを抱いた母親が座っている様子が目に浮かびます。

”迷い子の 親はしゃがれて 礼を言ひ”
 長屋総出で迷い子探し。無事発見。しゃがれ声が親心をあらわしてます。迷い子探しは、大きな声でこの名を呼びながら、あちらこちら歩きます。そういえば、映画「ウッドジョブ」に、迷い子探しのシーンがありました。

”ねんねこの、腰は左右へ 少し振り”
 おんぶは、安全で暖かくて、子守しながら両手が使えると言う便利な方法です。しかし、明治時代に、ガニマタになると言って否定されました。それ以後現在まで、おんぶのメリット・デメリットがいろいろ論じられています。否定する人も肯定する人もあります。現在では、おんぶされた子を見ることは街中ではとても少なくなりました。家では、おんぶを愛用されているママもあります。前に抱くほうが、顔が見えて安心感があるのでしょうか。抱っこの外出は、足元が見えにくくて、はらはらすることもありますが。
 おんぶに限らず、前抱きのだっこバンドでもスリングでも、抱っこした子をゆっくり揺らしているママがほとんどで、ゆっくり揺すられることが赤ちゃんにとって心地よいことを、経験的にママが感じ取っていられるからかもしれません。理屈抜きで自然にママの体が動いてしまうのかもしれません。「腰は左右へ少し振り」は、今も残ってますね。
 おんぶも抱っこも、長時間続けることは避けてくださいね。エコノミークラス症候群と同じように、赤ちゃんの体や足の動きを束縛し続けると、股関節脱臼状態になることが心配です。
”負われた子 のどぼとけまで 陽があたり”も、子守に雇われる女の子がいたころはよく見かける情景だったのでしょう。

”女房は 客へ添乳の 申しわけ”
”添乳して 棚に鰯が ござりやす”
 子どもに乳を飲ませていれば、天下御免で仕事やしきたりを無視できたよい時代の情景です。客が来ても知らん顔、亭主が帰ってきても食事の支度をせずにすむといった、のんびりした社会環境は、母乳が子育ての絶対条件だった時代の生活が生み出したルールだったのでしょう。

”安産着 鷺とすっぽん 舞ひ遊び”
 産着は昔は大切なものでした。背中に糸飾りを縫いつけた背守り、すくすく伸びるようにという祈りをこめた麻の葉模様、魔よけの色とされていた赤い産着など、定めない赤子の生命をつなぎとめるための心づかいが込めらtれていました。鶴が鷺に、亀がすっぽんに見えたところで、親心は親心、貧しい親の姿を茶化していますが、つきはなしていないところが私は好きです。

 江戸川柳は、飾らない江戸庶民の姿を今に甦らせるタイムマシーンです。
 誹風柳多留という川柳集から幾つか拾って見ましょう。

”かみなりを まねて腹掛け やっとさせ”
 金太郎の腹掛けをご存知ですか。昔の男の子には、おなかを冷やさないように、腹掛けをさせていました。
昔話の絵本の定番だった、熊と相撲をとる金太郎の絵なんて、もう過去のものでしょうか。
夕立がきて空気が冷えてくると、子どもがおなかを冷やすのが心配です。そこで、「かみなりさんにおへそ取られるよ」と腹掛けをさせる口実に雷さんが登場するのですが、江戸時代に限らず、つい50年位前までは、子どもがおなかを悪くすると生命に関わることが多かったので、この川柳はおかしいだけでなく、懸命な親心も感じられますね。

”取揚婆 屏風を出ると 取り巻かれ”
 取揚婆は産婆、今の助産師さんのこと。お産は家でするもので、屏風の陰で。産婆さんの手で赤ちゃんが取り揚げられていました。生まれた子が五体満足か、男の子か女の子か、一刻も早く知りたい気持ちは今も昔も変わりません。

”子ができて 川の字なりに 寝る夫婦”
 明治以後の欧米育児学が、川の字なりの添い寝添い乳を奪ってしまいました。赤ちゃんを窒息させるから危ないとか、自立心を妨げるとかいう理由で。でも、赤ちゃんは這えるようになると、勝手にママの布団にもぐりこんで来ます。現在では、母と子のふれ合いや、授乳の視点から、添い寝添い乳の利点が見直されています。睡眠薬や、泥酔や、睡眠薬・鎮静剤の服用の場合を赤ちゃんの窒息の危険も考えられますが、ママはそばに寝ている赤ちゃんの体動に合わせて、ベッドの上でダンスをしていると、添い寝の観察をしたイギリスの研究者が表現しています。

”乳貰いの 袖につっぱる 鰹節”
”乳貰いは 冬の月へも 指をさし”
”南無女房 乳をのませに 化けてこい”
 この3句は母をなくしたこのために貰い乳に行く男やもめの父親がテーマです。
 
 産後の母子の死亡率が高かった時代には、乳の無い子と、飲む子がいなくなった母が、町にたくさんいました。乳の無い子の父親が、子を亡くした母の乳を飲ませてもらいに子を抱いて歩く姿が珍しくなかったのでしょう。袖に突っ張る鰹節は、赤ちゃんが泣いたら鰹節をしゃぶらせて一時しのぎをするためのもの。貰い乳のお礼は鰹節だったという説もあります
 
 2句目は、母を亡くした子を貰い乳に連れて行く途中、泣き出した子ををあやすために、冬の寒空の月を指差して、ホラお月さんだよと話しかけている父親の姿。
 
 3句目は、亡くなった妻の位牌に、乳を飲ませに化けてきてくれと拝んでいる困惑した父親像でしょうか。

 いまや、日本中どんな離島でも山の中でも育児用粉乳が手に入ります。母を亡くす子も、子を亡くす母もほとんどありません。
 この川柳は、幸いなことに過去のものとなりました。 でも、母乳の通信売買という記事が新聞に載ったのは、ついこのあいだでしたね。

 母乳に関係して、初産のママが心配されることが多く しかし、心配要らないいくつかの事をまとめてお答えします。
  ゲップが出しにくい。
  よくオッパイを吐く。しゃっくりが多い。
  おなかがパンパンに張っている。
  よくいきむ。真っ赤な顔をしてうなる。
  排便回数が多い。オナラが多い。
 この5つの問題は、すべて赤ちゃんが母乳を飲む仕組みに関係が有ります。
 
 赤ちゃんは乳首をくわえっぱなしで、口で呼吸をすること無しに、スースーと鼻で呼吸をしながら、母乳をゴクゴク飲み込んでいます。離乳が始まって、オッパイ以外のものを飲み込むことができるようになるまでの最初の数ヶ月間だけの離れ業です。ママは鼻呼吸しながら口の中の物を飲み込むことは絶対できないはずです。離乳期以後は、食べ物を飲み込むときは呼吸を止め呼吸器に誤嚥することを防ぎ、呼吸する時は食べ物を飲み込むことはできません。
 
 生後間もない赤ちゃんは、首が短くて、顎のすぐ下は胸のように見えるでしょう?月齢が進むに従って、赤ちゃんの咽喉は縦に伸びてきて、4ヶ月にもなれば、呼吸と嚥下がオトナのようにきちんと分かれます。この頃には、泣き声が多彩になって、高低長短強弱さまざまな声、泣き声が出るようになります。眠い、おなかが空いた、オシリが汚れてるなどの赤ちゃんの訴えをママが聞き分けられるようになります。お話しするように、いろいろな声を出すようになります。
 
 生まれてすぐの赤ちゃんの咽喉はオッパイを飲むことだけに特化していると言っていいくらいで、泣き声の高さは産声と同じように、ドレミの「ラ」周辺の高さの泣き声一種類だけで単調、おなかが空いたとかオシリが汚れて気持ちが悪いとかを泣き声で聞き分けることはできません。前回書きましたように、生まれてすぐの赤ちゃんは頻繁に泣きますが、その泣き声に対して、何故泣くんだろうと泣く理由を考えて首をひねる必要は無く、赤ちゃんが泣いたら、余計なことを考えず、赤ちゃんを抱き上げてオッパイを飲ませてあげれさえすれば、赤ちゃんの泣き声の役割はかなえられるというわけです。

 赤ちゃんの喉頭蓋(気管を開閉する喉の蓋)は、オトナより高い位置、第3頚椎辺りにあり、口蓋垂(ノドチンコ)が気管入り口に覆いかぶさっているので、口蓋垂を開閉しないでも、空気と母乳が混ざったオッパイが、うまく気管にも消化器にも流れ込みます。

 消化器にはオッパイと一緒に大量に空気が流れ込みますから、胃にたまった空気を追い出すためにゲップを出させる必要があると考えられています。でも、ゲップを出さなくても、最初の1ヵ月間ぐらいは、赤ちゃんには胃ー直腸反射という奥の手を持っています。オッパイを飲むとそれに反応してオシリからオナラとウンチを出す反射です。この反射は1ヵ月間だけでそれ以後は消えます。

 2ヶ月目にはいると赤ちゃんの排便回数は激減することが多いのですが、これは、胃腸の消化液の分泌が増えて消化能力が高まることと、空気をたくさん呑む哺乳から、あまり空気を呑まない哺乳に変わってくるために、自然に排便回数が減り、胃ー直腸反射が必要なくなるからです。母乳が出なくなってウンチの回数が減るのではありませんから心配要りません。排便回数が減った分、水分量が少なくよく消化された白いブツブツがない軟らかいウンチがまとめて大量に出るようになります。固くて出にくいウンチになることは無いはずです。
 言い換えれば、胃ー直腸反射は、ゲップの形で口から空気を追い出さなくても、口からゲップを出さなくても、オシリからオナラを出す働きをしているのです。

 呼吸器(気道上部)にも、空気と母乳が混じったものが入りますから、鼻の奥がグジュグジュ音を出し、喉の辺りではゼロゼロが聴こえます。どちらも、母乳である限りは悪いことはしませんから、心配する必要はありません。この状態を鼻がつまっていると表現されるママが多いのですが、鼻呼吸しながらオッパイが飲み込めるなら、鼻づまりではありません。鼻の奥まできれいにしようと考えないでください。鼻の穴をのぞいてみて、ハナクソがあるようなら、それは取り除いてください。

 気管の中にも、かなり奥まで母乳が入るのだそうですが、母乳である限りは問題ありません。母乳は、100%ママの血液から作られるもの、赤ちゃんの体のどこに入り込んでも、アレルギーや肺炎の原因にはなりません。私は、鼻の奥や喉の母乳は、空気中の異物を気管の奥に入らないよう防ぐ役割を持っているのだろうと考えています。赤ちゃんにとってマイナスの現象ではなく、赤ちゃんを護る役割を持っていると思っています。
 人工栄養でもミルクが鼻や喉や中耳や気管にに入ると思われますが、ミルクの場合は、アレルギーや中耳炎の原因になりうると考えます。
 赤ちゃんの咽喉の構造が母乳用にできているのですから、赤ちゃんになるべく母乳を飲ませるほうが自然で安心ではありませんか?
 
 さて、ゲップの問題です。ゲップはいつも上手に出るものではありませんから、長時間抱っこしてゲップが出るまで背中をさすっている必要はありません。ゲップが出なくて胃に空気が残っていても、じきにオシリからオナラとして出て行きますから。
 ゲップが出ないままて仰向けに赤ちゃんを寝かせると、口からダラダラと、時には吹き出すように大量に、母乳が溢れてくると思いますが、ふきとっておきさえすればそれで充分です。頻繁に、みぞおち辺りが凹むくらいに嘔吐する赤ちゃんの場合は消化器の異常を考えなければなりませんが、胃の中の空気に圧されて溢れてくる溢乳は、赤ちゃんはすぐにオッパイを飲んでくれますし、体重の増加にも影響しません。吐乳と溢乳は全く別の現象で、吐乳は発育に影響が出てきますし検査も必要ですが、溢乳は心配する必要がありません。溢乳を防ぐためのゲップ出しは、母乳栄養の赤ちゃんではそれほど気を使わずに、程々にした方がいいでしょう。極端な言い方をすればゲップ出しは、どうでもいいことのひとつです。

 シャックリはオタマジャクシから始まって、水陸両棲動物には必要な反射です。急に呼吸器に液体が押し寄せてきた時、気道を瞬間的に閉鎖して肺が水浸しにならないようにする反射がシャックリです。人間の赤ちゃんも、胎内で羊水に浮いている赤ちゃんはよくシャックリをしています。胎児は未だ働いていない肺を持っていますから、水陸両棲動物状態ですからね。
 出生後も、赤ちゃんはよくっシャックリをします。オタマジャクシの名残だと考えてください。心配しないでも赤ちゃんのシャックリはそれほど長い時間続くものではありませんから。シャックリは子ども時代に多く、成長するにしたがって減り、高齢者では脳神経系の病気が無ければ、ほとんど出なくなります。

 おなかが張っている、よくいきむ、真っ赤な顔をしてうなる。これも、空気を一杯飲み込むからです。どの赤ちゃんもそうですから、心配の種にしないでください。胃ー直腸反射が消える頃には減少するはずです。「赤ちゃんが苦しそう」と表現されるママもありますが、これはママの感情移入、赤ちゃんは苦痛が有っていきむのではないと思います。赤ちゃんに聞いて見ても返事は返ってきませんから、小児科医の勝手な判断ではありますが。

 排便回数が多い、オナラが多いという心配事の答えは、もうお分かりですね。最初の1ヵ月、胃直腸反射が活発な間は、オッパイを飲ませればオナラとウンチが出るようにできているのが、赤ちゃんです。

「母乳を飲ませても泣き止まない」
 
 まず、このように考えてください。赤ちゃんが泣くのは、おなかがすいているからでも、オッパイがたりないからでも、どこか不快な感じがあるからでもない。ただ無意識に泣いているのだ。
 
 前回も触れましたが、数多い哺乳類の中で、赤ちゃんが大声で泣くのは人類だけです。集団生活の中で、ヒトの赤ちゃんは外敵から守られています。だから遠慮なく泣くことができます。
 
 人類の赤ちゃんは、出生したとき、他の哺乳類の赤ちゃんに比べて、自分でできることが極端に少ないのです。大きな頭が無事産道を通り抜けられるギリギリのタイミングで生まれてきますが、生存に必要な基本的な機能以外に、考えて行動することはできず、体を動かす能力もありません。
 それを補うために、ここにいるよと存在をアピールする手段として、頻繁に泣く能力が与えられています。

 赤ちゃんの眠りは浅く、ちょっとした刺激で目が覚め、眼が覚めれば泣きます。空腹感・満腹感の脳の中枢は、満3ヵ月以後で無いと働き始めません。
 赤ちゃんが母乳を飲みやめるのは、1分間に60-80回も、舌で強くママの乳首を刺激し続けることに疲れて飲みやめるのであって、満腹して満足して飲みやめるのではありません。
 哺乳に疲れて乳首を口から離して、しばらく浅い眠りに入って、ちょっとした刺激ですぐ目を覚まして泣く。生後間もない赤ちゃんの毎日は、泣いて,ママに抱き上げられて、オッパイを飲んで、飲み疲れて、まどろんで、またすぐ眼が覚めて泣くことの繰り返しです。

 
 立場を変えて、母乳を飲ませても泣き止まないというママの表現に含まれるママの心配には、どんな内容があるのでしょうか。

 
 「じゅうぶん時間をかけてオッパイを飲ませたのに、また泣いてきた。私のオッパイの出が悪いのかなあ。」
 (赤ちゃんは泣くものだと思ってくださいね。赤ちゃんの生存権がかかっているのですから。
 生後2-3ヶ月の赤ちゃんとママに集まっていただく機会に、「赤ちゃんは想像以上に泣いたでしょう?」と質問すると、「赤ちゃんってあんなに泣くものとは思わなかった」という答えがほとんどのママから返ってきます。
 オッパイと赤ちゃんの泣きを結び付けて考えないでくださいね。)
 
 
 「こんなに間を空けずに授乳していると、オッパイが出なくなるんじゃないかなあ。」
 (オッパイは、プロラクチンの作用で乳腺細胞が作り出すものです。間が空かなくても、赤ちゃんの舌がママの乳頭を刺激すれば、その刺激に反応してママの脳下垂体前葉の分泌細胞からプロラクチンが分泌されます。乳腺細胞もいつでもプロラクチンに反応します。どんなに頻回授乳でもだいじょうぶです。)


 「時間を決めて、ルールを決めて飲まさないと、けじめがない、だらしない子になるんじゃないか。
 私も少し休む時間が欲しい。」
 (明治時代にはそういう考え方がありました。キリスト教的倫理の影響で。でも、赤ちゃんの実像が分かった現在では、けじめ・しつけは、生後6ヶ月間くらいは考える必要はありません。ママの休み時間は赤ちゃんの成長に従って、ちゃんと与えられますから、最初に1ヶ月間は我慢してがんばってください。)

 
 「夕方から夜中までずっと起きて泣く。この時間帯、オッパイ張らないし、オッパイ出ているのかなあ。」
 (夕方から夜半まで頻繁に泣く赤ちゃんが多いようです。妊娠中の胎動が多い時間帯と合っているようです。
赤ちゃんが頻繁に泣いて、ママが頻繁に授乳していると、オッパイが張る暇が無いのは確かですが、むしろオッパイを張らさないようにしている方が乳腺細胞の母乳分泌能力が高まるのに対して、オッパイが張ると、乳腺細胞にはこれ以上オッパイを作るなという指令が届くと言われています。赤ちゃんが夜まとめて数時間眠るようになるのは4ヶ月頃、それまでの間にも、日々赤ちゃんの生活リズムが変って、ママの手がだんだん省けてきますから、それを待ってください。)

 「赤ちゃんは、泣いて、ママに抱き上げられて、オッパイを飲むことの繰り返し以外に生きる手段を持ってない。泣いたら抱き上げてオッパイをあげましょう」と考えてください。
 
 
 オッパイ以外の手段で泣き始めた赤ちゃんを静める方法は無いと考えてくださいね。背中が丸くなるように抱いて部屋の中を歩いてみることが唯一の方法ですが、それで泣き止んでくれたらラッキーです。たぶん、よけいに泣きをひどくしてしまって、おお泣きさせるとオッパイをくわえさせるのが難しくなりますから、泣いたら抱いてオッパイを飲ませることが、唯一の、最善の泣き対策と考えてください。ミルクを足すことも意味ありません。赤ちゃんは、おとなのように満腹になれば眠くなるのではありませんから。

 人間の赤ちゃんは、運動能力も大脳の働きも未熟な状態で、母体外で生きるための最小限度の能力だけを身に付けて、生まれてきます。

 人間以外の哺乳類の赤ちゃんに比べて、大脳皮質が大きいため頭囲が大きく、直立二足歩行ができる唯一の哺乳類なので、母体の骨盤の形が左右に長く前後に短く、赤ちゃんが出てくる産道のいちばん狭いところの縦径は、赤ちゃんの頭の横径くらいしかありませんから、赤ちゃんはそれに合わせて廻旋しながら、赤ちゃんの頭が産道を通過できるギリギリのタイミングで、産道を降りてこなければなりません。そのため、すべての機能を胎内で完成させることができません。生まれてすぐから必要になる、胎盤経由では無く、肺呼吸で酸素を取り入れ炭酸ガスを排出する呼吸機能、酸素や炭酸ガスを運ぶ血液とそれを体中に配送する循環器(心臓や血管)の働き、エネルギー源になるオッパイを飲んで排泄するまでの消化管の働きは胎内で完成していますが、この働きを制御するには大脳皮質は必要ではありません。

 大脳皮質には、出生するまでに胎内で140億個の神経細胞は詰め込まれますが、未だ働いていません。神経細胞は胎外の生活を始めてから、周りの刺激を取り込んで神経細胞同士のネットワークを作って働き始めます。眼球も聴覚器官も完成していますが、目で見、耳で聞いたものを大脳の神経細胞に送る回線は未完成です。
 だから、生まれてきたばかりの赤ちゃんは、大脳の判断抜きで生きています。
 
 おなかがすいた、いっぱいになったという感覚は、生後3ヶ月まで待たなければなりません。
 
 赤ちゃんにできることは、他の哺乳動物と共通の、呼吸、循環、危険の感知と言う原始的な能力以外には、泣いてママの注意を引くことと、乳房を口に含ませて貰ったら、鼻で呼吸しながら同時にオッパイを飲み込むという離れ業、それを可能にする原始反射(具体的には、唇に触れるものには、指でも、衣類でも、自分の唇でも、難易でも吸い付く反射、口の中深く吸い込んだ乳首を舌で強く押す反射)くらいなものです。空気とオッパイを同時に飲み込みますから、鼻の奥や咽喉には母乳が入り込んで、鼻づまりに似たグズグズいう音、咽喉の奥で聞こえるゼイゼイゴロゴロがいつも聞こえています。消化器は空気で充満しますから、飲み込んだオッパイが胃の中の空気に圧されてあふれ出してくること、胃直腸反射といわれる原始反射で、オッパイを飲むと、ウンチが出てオナラが出ることが満一ヶ月くらいまで続きます。1日10回授乳したら、10回ウンチをし、しょっちゅうオナラをしているのが赤ちゃんだと考えてください。

 では具体的に、前回の記事をもとに私の考えとアドバイスを。

「母乳が出ているかf\どうか心配」
 母乳がどれだけ出ているか、足りているかを数字で知ることはできません。哺乳量測定は、たまたま一回だけの授乳についての測定で、ほんとうの分泌量に近い数字を知るためには、授乳の都度、1日10回以上授乳するなら、その都度哺乳量を測定して、それを全部足して総哺乳量を出さなければなりませんが、そんなこと不可能です。ただ一回の哺乳量測定の数字に振り回されないようにしてくださいね。
 
 赤ちゃんが乳首をくわえて、舌で乳首を押して刺激すると、40秒遅れくらいでママの乳腺で、オッパイが新しく作られて赤ちゃんの口に入ります。その時、オッパイの量が急に増えるので赤ちゃんがむせると思いますが、これは、オッパイがよく出ているサインです。その時、反対側の乳首からオッパイが出るかもしれません。
 これは射乳反射という、「オッパイ出てきた」反射です。

「体重が増えているか心配」
 体重を頻繁に体重計で量って一喜一憂することはやめましょう。生後2週経って出生時体重に戻っていたら大丈夫です。1ヶ月健診頃の体重増加は1日当り20グラム以上なら心配要りません。
 1日30グラムの体重増加を目標にしないでくださいね。見た目、赤ちゃんらしい肉付きで可愛いなと感じられるようなら問題は有りません。抱いた時の赤ちゃんがだんだん重くなってきていると感じられれば、秤は不必要です。逆に、母乳だけで1日70グラム以上増える赤ちゃんもありますが、増えすぎと心配することも必要ありません。

 1ヶ月健診の時、二人目、三人目の赤ちゃんの場合は、ママがすっかり落ち着いていられることが多く、とり立ててママから心配事をおっしゃることが少ないのですが、最初の赤ちゃんの場合は、多かれ少なかれ心配事を感じていられるようです。
 もっともな心配事もあり、私も知恵を絞って考えなければならないことが有りますが、大部分はほとんどの赤ちゃんに共通な、心配の対象にならないことのように思います。

 1ヵ月健診で多い質問を書き出してみましょう。

1)母乳に関して
 イ)母乳が出ているか、足りているか心配。
 ロ)母乳を飲ませても泣き止まない。
 ハ)ミルクを補足しないとダメか。どれくらいミルクを飲ませたらよいか。
 ニ)ゲップが出にくい。
 ホ)よくオッパイを吐く。
 ヘ)よくいきむ。排便回数が多い。オナラが多い。真っ赤な顔をしてうなる。
 ト)授乳中にむせる。
 チ)夕方から夜にかけて、赤ちゃんがよく泣く。その度に授乳するのでオッパイがはらない。
  母乳出ているのかな?

2)皮膚に関して
 イ)顔にぶつぶつが出てきた。だんだん増えてくる。アトピー性皮膚炎か?保湿クリームが必要?
 ロ)オムツかぶれができた。
 ハ)オヘソがジュクジュクしている。出べそではないか。
  
3)鼻がつまっている。のどに痰がからんでいる。
4)よく泣く。眠りが浅い。赤ちゃんが睡眠不足にならないか心配。
5)向き癖があり、一方向きにしか寝ない。下になるほうが平らで、頭がゆがんできた。
6)寄り目になる。

 ママの心配事はこんなところでしょうか。結論から言えば、ここにあげた心配事は、心配しなくて良いこと、当りまえのことばかりです。しなくていい心配はしないほうが育児が楽でしょう?
 個別のお答えは次回から。

 晶子が宇智子を出産した明治44年(1911)には、まだ効果的な避妊法はありませんでした。粗悪な国産コンドームは市販されていたそうですが。病院で尿検査、生化学的血液検査、血圧測定もまだ普及していません。帝王切開も当時の衛生状態、医療技術では安全とは言えず、おいそれと手術に踏み切る事はできませんでした。
 晶子は太り気味の女性だったそうですし、晩年、狭心症・脳出血・腎不全など、心臓・脈管系の病気をしていますから、産褥期の晶子の症状は、今なら妊娠高血圧という病名がつき、双胎でもあり、帝王切開の対象になるでしょう。帝王切開ならば双子の姉妹は二人とも無事生まれたことでしょう。明治44年から今までの約百年の間に、医療はずいぶん進歩しましたから。
 
 6度目の出産に当たって、晶子は初めて病院に入院しましたが、其れまでの5回のお産は家でしています。鉄幹の仲間が家に集い、議論し、歌会を開いている傍らで、晶子は赤子に授乳し、客をもてなし、自身の作歌・著述をしていたと晶子自身が書いていますから、超人的な女性ですね。6度目の出産で入院をすることになっても不思議ではありません。

 宇智子の出産はとても重かったと書いています。苦痛のあまりか、死産の赤ちゃんのことを考えている余裕は無く、親子の愛情もこういう場合には出産直後には未だ芽を萌かず、亡くなった子の死に顔を見る気にもならず、数日たって苦痛が無くなっても赤ん坊の印象は何も残らず、まるで他人事のようで空であり虚無であるという晶子の記述を見ると、そんなものなのかなと首を傾げたくなります。男性の私にはまるきり想像の世界でしかありませんが。

 宇智子の1歳違いの姉の佐保子と一緒に、宇智子は、明治44年2月に生まれて翌大正元年5月に全く他人の練馬の農家に里子に出されます。1歳3ヶ月でした。そして晶子は、この年5月ににパリに外遊した愛する鉄幹の腕の中に、女として飛んで行きます(渡辺淳一の表現に従えばですが)。そして5ヶ月後の10月にまた単身帰国しています。佐保子は家に戻らず、母から離れて生活することを選びます。宇智子は13歳で実家の晶子のもとに帰ります。母と子が乳幼児期に離れて過ごすことが、母にも子にも陰を落とすことが、晶子母子の姿から読み取れます。

 このような晶子の行動を見ると、女性であることを意識してしまうと母性は消えてしまうものなのか、母性愛は女性に生まれつき備わっているものではないのかという、古くからあり、答えのない疑問が、再び、私の心に生まれました。

 現在の日本では、赤ちゃんの虐待が増えているといわれています。望まなかった結婚、妊娠中の恵まれない生活、出産後の離婚による母子家庭の生活苦、母の新しいパートナーの出現などが乳幼児虐待の背景にあると言われています。晶子の行動も含めて、現代の恵まれない母親の環境を考えると、子供への支援は出生後では遅すぎ、妊娠した女性への支援から始めなければいけないのではないか。子供への虐待、育児拒否は、妊娠・出産・育児中の不幸な生活の記憶と重なって表面化するのではないかと、与謝野晶子の「産褥の記」を読みながら考えていました。

 与謝野宇智子さんの書かれた、「むらさきぐさ 母晶子と里子の私」という本があります。昭和42年発行で、もう絶版です。晶子の行動をどう考えればいいのか、娘宇智子さんは母晶子についてどのように考え、どのように接してこられたか、宇智子さんの側から見た晶子像が知りたくて、アマゾン経由で古本を取り寄せ読んでみました。
 宇智子13歳、今の中学2年まで実母晶子とは離れたままでした。両親は宇智子が病気の時も、里子に出した養家に見舞いに来ることなく、思い余った宇智子は「あなたはわたしの本当のお母さんではありませんね」という手紙を書いたそうです。晶子の返事は「そんなことを考えてはいけません。一生んめい勉強してください」でした。晶子は、作品の多彩な感情表現、共感を呼ぶ文章表現とは逆に、感情を態度、言葉で示すことが苦手だったのでしょうか。彼女の鉄幹への対し方から考えるとそれもまた疑問ですが。
 
 宇智子が実家に帰った日、「ただ今帰りました」と両親に挨拶すると、「父はにこにこして迎えたが、母はこれからまた、面倒なことになると思ったのか、にこりともしないで立ち上がってとりあえず必要なことを指図し、さっさと洋館の方へ去ってしまった。何のとりつくしまもない母の様子であった。」と宇智子は書いています。そして、若い頃の宇智子さんと晶子の間は、普通の親子とは言い難い、ぎくしゃくしたものだったようです。晶子が年をとり、宇智子さんが独立されて以後の晶子晩年には、愛情の通い合った親子像が文面から読み取れ、読む私もほっとしました。

 里子とまでいかずとも、保育園で一日の大半を過ごす事になるこれからの日本の子と母の間に、何が生まれるのだろうかと考えると、その子達とその子孫が担う日本の未来に不安に感じずには居られません。子ども抜きの、母性でなく女性中心の、現政府の育児支援策に疑問を持ちます。

ちょっと場違いな追記ですが、
 高田かや作「カルト村で生まれました。」文芸春秋2016.2.15発刊 定価1000円
 という本があります。コミックエッセイで、読みやすい本です。子どもが集団で育てられる事について、示唆に富んだ本です。
 乳児期から子どもだけの集団で、家族から離れて育てられることは、日本のカルト村以外にも、イスラエルのキブツ、旧ソビエト連邦のコルホーズ、幾つも国の施策として行われた歴史がありますが、いずれも弊害が認められて、形が変わったり、無くされたりしています。
 箱(保育園)だけ作って、少ない保育者で、集団保育する方向に日本は向かいつつありますが、その功罪をよく考える時期に来ていると思います。
 
 考える材料として、「カルト村で生まれました」を読んでみてください。

 

↑このページのトップヘ