澤田啓司の「ブラーヴォ! 赤ちゃん!!」

小児科医・澤田啓司(三重県津市乙部ヤナセクリニック)のブログ

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2013年11月

 前回、ヒトのシャックリの起源は、オタマジャクシの呼吸器にあると書きました。ヒトの胎児がオタマジャクシに似た環境で、シャックリしていることも紹介しました。それやこれやを継ぎ合わせて赤ちゃんのシャックリを考えてみたいと思います。

 シャックリには幾つもの末梢神経が関わり、脳幹・自律神経が中枢となって指令を出しています。成人の場合はもっと高次な大脳も関わってきますが、新生児はまだ大脳は働いていません。成人ではシャックリがそう多く出ることはありませんが、脳腫瘍、脳外傷、縦隔の器官の病気や腫瘍がしつこいシャックリの原因になっていることがあります。私も、ここしばらく、シャックリの記憶がありませんが、友人に酔っぱらうとシャックリが出やすくなる人がいます。赤ちゃんのシャックリは原始反射の一つで、始終、頻繁に出ますが、酔っぱらった成人の場合は、アルコールで大脳の抑制が弱くなって、赤ちゃん返り(さかのぼればオタマ返り)してシャックリが出るのだと説明されています。
 
 シャックリとは何か、なぜ起こるのかなどについては、まだはっきりした定説はないようです。年齢別頻度の統計も見当たりません。何しろ、ほとんど無害ですから研究対象にならない。シャックリの背景に潜む病気についての研究は多々見られます。
 シャックリは横隔神経に与えられる刺激によって横隔膜が急に収縮するのが原因といわれていますが、横隔膜の収縮はシャックリの際に起きる声門、肋間筋、横隔膜の収縮の一つで、すべてではありません。原因そのものは、鼻咽喉の異常感覚による誘発、縦隔の器管や満腹状態の胃による横隔神経への刺激などが考えられています。オタマジャクシ以来のシャックリの伝統から考えると、赤ちゃんの場合は、たぶん、鼻咽喉に母乳がたまることが原因ではないのでしょうか。もちろん、オッパイと空気で胃が一杯になることも、ヒトらしい原因でしょうが。
 赤ちゃんがオッパイを飲むとき、鼻呼吸をつづけながら母乳を飲み込むという、赤ちゃんにしかできない離れ業をしていることは、ブログの第4回:ドレミの「ラ」の音に書きましたから読み返してみてください。
 
 オッパイを飲んだ後の赤ちゃんの鼻咽喉部には母乳が残っています。鼻の奥がグズグズいったり、咽喉がゴロゴロいったりするのはそのためです。授乳が終わった後、呼吸と一緒に気官に溜まった母乳をたくさん吸いこまないように、大きく息を吸ってその瞬間に声門を閉じ、吸いこんだ息を吐き出すというシャックリによって、鼻咽喉の溜まり母乳を胃に送り込んでいるのかなとも思います。授乳中に母乳が射乳反射によって口の中に急に流れ込んだときに赤ちゃんがむせますが、これはシャックリとはちがいます。
 
 もう一つ生まれて間もない赤ちゃんがよくシャックリをする理由は、離乳が始まる時期に備えて声門を閉じる練習をしているのかもしれません。離乳期の赤ちゃんは、成人と同じように、食べ物を飲み込む時、喉頭蓋、声門を閉じて食物が気道に入らないようにし、呼吸をするときは声門が開くようになりますが、頻繁に必要になる声門の開閉をシャックリで練習しているのではないか。4か月頃から目立ち始めるいろいろな声をだすために、将来言葉が話せるようになるために、声帯の使い方を練習しているのかもしれない。赤ちゃんが空気をいっぱい飲みこんだり、飲むたびに排便したり、オナラをしたりするのは、無駄な行為ではなく、体外で使い始めた消化器のトレーニングをしているのであって、シャックリも赤ちゃんが体外生活に適応するためのトレーニングではないかと私は考えています。

 赤ちゃんのシャックリについてのネットの記事を読みますと、シャックリは空気を飲みすぎるために出るものだから、授乳後ゲップをしっかりさせてやり、授乳時には空気をなるべく吸い込まないように気をつけようと書いてありますが、どちらもあまり現実的な対応ではないでしょう。赤ちゃんの口や咽喉の構造、オッパイの飲み方から考えて、空気を飲ませないような授乳は不可能ですし、ゲップで胃の中の空気をすっかり追い出すこともできないでしょう。

 幸い赤ちゃんのシャックリは無害ですから、成長に伴って自然に減るのを待てばいいと思います。 

 日経サイエンスという雑誌の特集「進化する進化論」(2009年4月号)を読んでいましたら、「この古き身体 ひとがしゃっくりに悩むわけ (N.H.シュービン)」という論文が目に付きました。赤ちゃんのシャックリはありふれた現象で、生命に関わるような大問題ではなく、赤ちゃんの見せるさまざまな振る舞いの中で心配要らない代表の位置にありますが、ときにモロー反射を誘発→赤ちゃんが泣くという連鎖反応を起こしますから、小さなさざなみを立てることがあります。この論文を読むまでは、私にとっても小児科医として小さな関心の対象ではありましたが、突っ込んで考えてみようとは思っていませんでした。ところが、シャックリについてはわからないことが結構多く、シャックリに関わる神経、器官、からくりなど、非常に範囲の広い考察が必要と知って、いろいろ文献を読み、想像を含めて思考を続けた挙句、やっとブログでご紹介する段階にこぎつけました。軽い話題ですから、軽い気持ちでお読みください。なぜオタマジャクシが赤ちゃんのシャックリと関係があるの?とクビをかしげられた方への答えになるかどうか。

 シャックリの中心になる器官のひとつは横隔膜です。横隔膜に収縮せよと指令を出す神経は横隔神経といいます。横隔膜は胸郭と腹部の境にあり肺を広げる役目をしていますが、横隔神経は横隔膜とはるか離れた頚椎から顔を出して、胸郭の中心部の心臓、器官、食道、大動脈などが通る縦隔の中を経由して横隔膜に分布します。その理由は、何億年も前、ヒトの先祖が魚だった頃、えらを調節していたえら神経が、肺呼吸をし横隔膜を持った哺乳動物に進化するにしたがってだんだん下(尾)の方に伸びていった結果、クビから腹までの道中をたどるようになったという次第です。長い横隔神経はヒトにプレゼントされた魚の遺産です。この長い道中の途中で縦隔内の臓器や胃腸から横隔神経が刺激されると、横隔膜がビクンと収縮し、シャックリの原因の一部分になります。赤ちゃんのシャックリの場合は、おなかがオッパイや空気で膨れたときに横隔膜を押しあげるのでしょう。寒かったり、いきんだりで腹筋が収縮しても間接的に横隔膜に圧がかかりしゃっくりの原因になります。

 さてオタマジャクシ登場です。魚が陸に上がり爬虫類になる前に、水陸どちらでも生きていられる両生類が生まれました。これも数億年前のことです。両生類の中で、カエルの発生は5~6千万年前です。オタマジャクシは、最初はえら呼吸をし、やがて肺ができ足が出て尾が取れて肺と皮膚で呼吸するカエルになるといわれていますが、オタマジャクシは肺とえら両方とも持っています。肺の入り口には、ヒトのように声門があります。えら呼吸をするときは、えらを通して水を口に吸い込みますが、肺が水浸しにならないように、水を吸い込む瞬間に声門が閉じる仕組みになっています。水の中だからシャックリのようにヒックという音はしないでしょうけれど。ヒトであれば空気を肺いっぱいに吸い込むと同時に声門が閉じ、その瞬間に吸気が閉まりつつある声門の隙間を通るときにヒックという音が出ます。そのあと呼吸筋と横隔膜がゆるんで肺の空気を吐き出します。オタマジャクシのえら呼吸で声門が閉じるからくりがヒトに受け継がれているのです。ヒトの胎児も羊水に包まれて、オタマジャクシと同じ生活をしていますよね。だからオタマジャクシのように、ヒトの胎児も胎内でシャックリをするんです。まだ使っていない肺だけど羊水浸しにならないように。このようにヒトのシャックリは、咽喉への刺激も原因になります。

 たかがシャックリ。だけどシャックリに関わる神経は、迷走神経、肋間神経、横隔神経など広範囲ですし、その大元は脳中枢です。器官のほうも、鼻口咽喉、食道、胃腸、肺、横隔膜、肋間筋ととても大掛かりです。シャックリが大掛かりな道具立てであるのには、何か理由がありそうだと、私はにらんでいます。

生理的早産・子宮外胎児

 スイスの動物学者ポルトマンが、20世紀半ばに「ヒト以外の哺乳動物は生まれてすぐから自力で移動することができるのに、ヒトの赤ちゃんは出生時には動くことができない未熟な状態で、すべてを母に依存して生きなければならない。本来自力で歩くことができるようになるまでの12ヶ月は胎内で育てられるべきなのに、9か月で生理的早産で生まれてくる。出生後の12カ月は、子宮外胎児なのだ。」と著書に述べています。「時間」だけを目安に考えれば、生理的早産、子宮外胎児という表現はよく理解できます。

 しかし、ヒトには、他の哺乳動物と違う、ヒトの事情があります。
 ヒトは、進化して、体を直立させ、2本の足で歩く能力を獲得しました。体のサイズに比較して大きな脳を納める大きな頭蓋が必要になりました。
重い頭と体を2本の足で支えるために骨盤は大きく横に広がりました。そこに臀部や下肢の筋肉がしっかり付くようになりました。2足歩行のようでいて4足歩行が主なゴリラよりも、ヒトのお尻は大きいのです。骨盤腔には、子宮だけでなく、消化器や膀胱などが収まり骨盤底は筋肉や靭帯で補強されて、その結果、産道は狭まり曲がり、出産時には、赤ちゃんは体をひねりながら、窮屈そうに、時間をかけて、出てこなければなりません。やすやすと何匹も仔を生むイヌにあやかりたいと妊娠5カ月目の戌の日に腹帯を締める行事が今も残っていますが、ヒトにはイヌのような安産は望めません。
頭の大きな赤ちゃんが狭い産道から出産することは、胎内でゆっくり大きくなるのを待っていたら、できなくなります。狭い産道と赤ちゃんの大きな頭との兼ね合いで出産時期が受胎後40週になってしまいました。

 でも、ヒトの進化の特殊性を考えると、ポルトマンが生理的早産と考えた出産時期は絶妙なタイミングと私は考えます。胎内の赤ちゃんは、40週の間に、体外生活が可能な状態に見事に育ちます。生まれてすぐの赤ちゃんの能力は、第5・6回のブログを読み直して見てください。理解していただけると思います。
呼吸開始、血液循環の胎内から体外への切り替え、栄養摂取と排せつ、すべて赤ちゃんが自前で、粛々と自然にやってのけます。産科スタッフの手を借りなければならないこともしばしばありますけれども。体外生活がうまく滑り出せば、あとは赤ちゃん主導ですべてが進行します。おとなが心配しなくていいことを心配したり、出さなくてもよい手を出したり、逆に出し足りなかったりしなければね。
 もう少し早く生まれてくれたらお産が楽なのにとか、もう少し育ってから、もっと眠れるようになってから、あまり泣かなくてもよくなってから生まれてきてくれたら育児が楽なのにとかの思いがママの頭をよぎることがるかもしれませんが、ヒトの赤ちゃんがヒトに育つには、生理的早産の9-10か月が最適出産期なのです。

 子宮外胎児期はどう考えればいいでしょうか。
 私は、太平洋戦争中から戦後にかけて幼少年期を過ごしましたから、スタジオ・ジブリの「風立ちぬ」で最近また思い出されているゼロ戦には、けっこう親近感があります。飛行機が飛ぶ姿には、敵味方の飛行機を問わず、戦争を忘れさせる人工美がありました。数年前、ゼロ戦の金属製モデルを作るキットが販売され、1号から100号まで分割、箱入りを通販で手に入れました。揃ってしまうとすぐに手を出す気にならなくて、作らぬままに時間が経っていたのですが、最近、あれ作ろうよという仲間ができて、近々製作に取り掛かります。100箱のモデルキットを整理しながら、生まれたての赤ちゃんはこのキットに似ているなと思いました。100箱のキットは、1番から順番に作っていかないとうまく作業が進まないでしょう。いきなり50号からランダムに手を付けていったら、結局は余計に時間がかかってしまうことになると思います。
胎内の赤ちゃんも、40週かけて、ゆっくり、発達の順序を間違えず、出生に備えて体を作っています。生まれてくる時には、さしあたり必要な器官、機能は完ぺきに備えていて、生まれてから体外の情報に合わせて完成させていく器官もスタンバイしています。
遺伝子という設計図も受胎から生を終わるまでの長い期間の分が、細胞一つ一つにしまわれています。遺伝子の働きについては、いずれまたブログに載せるつもりです。

 プラモデル以外にも、パソコン、スマホと比べることもできますね。
出荷された素のスマホは、持ち主が目的に合わせてアプリを選び、いかようにもカスタマイズできる。私だけのスマホが出来上がる。
 ヒトの赤ちゃんの場合、さしあたり生きるために必要な、呼吸、循環、哺乳、筋肉の動きなどは、脳幹と呼ばれる脳の部分に中枢があって、おとなのように大脳が関わらなくても、無意識のうちに命令を送り働かせています。
生まれてから獲得しなければならない、知識、こころ、記憶、意識的な体の動き、感覚など、大脳にコントロールの中枢がある働きについては、生まれてすぐの大脳はほとんど白紙状態でコントロールの能力を持ちませんが、大脳の働きの元になる神経細胞は140億個用意されています。140億の神経細胞は一生を通じて増えることはなく、使わないと消えていくと言われています。海馬と呼ばれる脳の部分は、記憶を保管し、整理し、大脳皮質の視覚、聴覚、味覚、運動などの中枢に振り分けて届ける役目をしているのですが、この部分の神経細胞は必要に応じて増えることが分かっています。ロンドンタクシーのドライバーの海馬は、ロンドンの細い道まで残らず記憶するために普通の人より大きくなっているという事実があります。
つまり、ヒトがヒトであるための中枢、すなわち脳は、出生後に経験する刺激、情報に応じてカスタマイズされるのです。体のサイズや機能の発達に合わせて脳の働きも強くなっていく。或る時はゆっくり、或る時は速く、時間をかけて、体と脳がうまくからみあって育つのがヒトの赤ちゃんです。

 子宮外胎児期は、体のサイズや運動脳力を育てるだけでなく、赤ちゃんの脳の基本設定をする時期です。育つに任せるのではなく、育てる基礎造りの時期です。
母乳を飲ませる行為は、赤ちゃんに体の栄養を与えることだけが目的ではありません。抱いて、目を合わせて、声をかけて、愛撫して、体を揺らして、授乳のときママが無意識になさっている動作がすべて、赤ちゃんの脳のまだ眠っている神経細胞を目ざめさせる役割を果たしてくれます。
ママが赤ちゃんを積極的に「私の赤ちゃん」にカスタマイズできる時期は、子宮外胎児期だけと言ってもいいのではないでしょうか。
 けっこう長い時間ですが、この時間を支えるのはママの赤ちゃんへの愛情しかありません。
 
 ママと赤ちゃんが一体になって過ごす時間は長くありません。じきに、家族、近所の人たち、友達、保母さん、学校の先生など「私の赤ちゃん」に関わる人の輪は広がっていき、ママ以外の人のカスタマイズを受けるようになります。さらに子どもが自分で自分をカスタマイズするようにもなっていきます。人の一生を考えれば、子宮外胎児期は、ほんのわずかな短い時間です。この時間を大切に過ごしてくださいね。赤ちゃんにママの愛情を惜しみなく注ぎながら。

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