澤田啓司の「ブラーヴォ! 赤ちゃん!!」

小児科医・澤田啓司(三重県津市乙部ヤナセクリニック)のブログ

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2014年07月

  私自身を実験対象にした、趣味の間口を広げる実験は、まだ終わってはいませんが、今の段階でいろいろ感じることがあります。

  短歌を作り、歌会で発表し、さまざまな批評を受けながら感じることは、自分ではわかっているつもりのことを、他の人に理解してもらうのがとても難しいということです。短歌は短い詩形ですから、言葉を省略しながら、読む人に作者の意図を想像しながら理解してもらわねばなりません。反対に、他の人の作品を読むにはその人の意図するところを、間違えずに読み取る必要があります。このことは、短歌を作るのに役立っていると同時に、日常欠かせない文章作りに役に立っています。読む人の立場に立って、理解されやすいように作文するという文章作りの基本を、短歌がしっかり気付かせてくれました。

  音楽を聴くことは、その音に導かれて頭に浮かんでくる記憶や思考を多彩にしてくれます。絵を描くときは、視覚から導かれるものだけでなく、音楽も、詩も、小説も手を貸してくれます。感じたことを表現するという過程では、視覚中枢が主に働いていることでも、聴覚も、触覚も、味覚・嗅覚も、五感すべての大脳の中枢が支援・協働作業をしながら成り立っていることがわかりました。これは、現在の脳科学の研究でも、明らかになりつつあることです。最後のまとめ役は前頭前野という額の裏側あたりの大脳の領域です。この部分に、目や耳が感じたすべての情報が集められ、言葉なら言葉を話すための筋肉、ピアノなら鍵盤をたたく筋肉、ヴァイオリンなら弦を押さえ弓を動かす筋肉に命令が出されるのです。

  さらに、一つの感覚がレベルアップされると、それにつれて他の感覚もレベルアップされると実感しています。すべての感覚が、お互いに絡み合いながら、それぞれをレベルアップしていくという感じです。いろいろなことを並行して取り組むことで、絵が以前より描きやすくなり、文字の書体が形良くなり、文章が書きやすくなりました。音楽ももう少し頑張ってみようかという意欲が湧いてきました。

  脳を支える体力の維持も忘れてはなりません。私の体力維持の基本は歩くことです。まっすぐ立って、両足で歩くことはヒトだけができます。手を使うことも二足歩行によってヒトに与えられた能力です。歩くことは、無理なく、ヒトとしての体を健全に維持することに役立ちます。3年前スピード違反で運転免許証を一ヶ月停止になった時、背筋を伸ばし、手を振って、歩幅広く事を身につけました。それまでの足の裏全体を地につけて歩く老人っぽい歩き方から脱皮できました。自動車をなるべく使わず、なるべく歩き、自転車を併用することで体力維持は充分です。ゴルフは全身の筋肉を使い全脳を働かせる遊びなので、今も続けています。ゴルフ以外は、ジム通いその他、お金のかかることはしていません。文明時代以前の、原始人なみの体力維持法です。

  私の試みていることは、そのまま子どもにも当てはまるのではないでしょうか。シンプルで、経済的で、効率の良い健康増進法です。

  とは言うものの、これから成長していく赤ちゃんや子どもたちには、間口を広げることだけが良いことは思いません。まず、何か中核になることをしっかり身に付けることが必要です。しかし、直接関係なさそうなことが、裾野を広げることに役立つのも事実です。メインになるものを一つ、それ以外にもなるべくたくさんの経験を重ね、記憶を増やすことが人生を豊かにしてくれ、中核になる学問なり、音楽なり、絵を描くことなり、スポーツなりを、レベルアップしてくれるのではないでしょうか。全身の能力を万遍なく引き出すことを考えて。

  抽象的、観念的すぎて、具体性に乏しくて、私の気持ちが上手に表現できていませんが、お伝えたいことを、言葉や想像を加えながらお読みいただければ幸いです。

  

  昨年暮れに、こぼれ松葉のテーマとして「薫習」を取り上げました。赤ちゃんが育つ過程で、環境が大切であることを述べました。今回は、同じようなテーマを、視点を変えて取り上げてみようと思います。

  私事ですが、私は、今、自分自身を実験台にして、わざわざ、音楽、書道、音楽、絵画、短歌、ゴルフなど人生を楽しくしてくれる様々なジャンルの趣味に、可能な限り間口を広げて、挑戦してみています。医学中心に過ごしてきた人生に少しゆとりができましたから、70歳過ぎてからの挑戦です。
  音楽は、楽器に挑戦することはもはや無理ですから、学生時代に手ほどきを受けたシューベルトの歌曲に再挑戦です。聴くことは欠かしていません。クラシック中心ですが、すべてのジャンルの音を楽しんでいます。
  絵は本格的に描き始めて10年弱ですが年齢を考えれば晩学です。でも、50号、30号の絵をアクリル絵の具で描いています。美術館で画家の作品を鑑賞するときに、自分で絵を描くようになって見る目が変わり画家の立場で鑑賞できるようになりました。書道はもっと最近始めたことですが、絵のデッサンと同じ感覚で書くことに心がけています。われながら上達したと思います。
  短歌も短歌結社に入会したのは5年前ですが、そこそこ楽しんでいます。
  書物は手当たり次第の濫読ですが、すべての趣味のジャンルに共通して、裾野を広げる役に立っています。  
  単に老後を楽しむだけならこんなに間口を広げる必要は無いのですが、どこまで自分をレベルアップできるかの挑戦であり実験です。

  老後を賭けた実験途中の自己評価ですが、どんなことでもやればできるんだと感じています。特に好きなジャンルは絵と音楽です。ライフワークとして努力したジャンルは、趣味とは別に、小児科学があり、この分野に関しては達成感、自己満足を持っていますから、心棒無しの浮ついた多趣味ではないと言っても恥ずかしくないつもりです。たくさんのことに手を出した結論は、「楽しい。退屈しいている暇なんてない。時間が足りない。」です。
よく、「私は絵心がないから、絵を描くなんてできない」とか、「音痴だから歌えない」とか、引っ込み思案の人がありますが、私は、そういう人は単に挑戦を避けているだけだと思っています。

  赤ちゃんの育て方に目を移してみましょう。赤ちゃんが成長して、前向きに、豊かな人生を生きていくために必要なことのひとつは、感じたことを表現できる能力、行動に移せる能力を育ててやることと思います。
  言葉はほとんどの人が母国語を話すことができますよね。それを基礎に、字を読むこと・書くことができる様になりますよね。言葉に溢れた環境に育つからこそ、言葉はほとんどの人の身につきます。言葉が身に付くということは、他の感覚とその応用も身に付けることが可能である証拠だと思います。
  言葉は特別なものではなく、聴く感覚を基礎に自然に身に付きます。音楽は周りに音が有れば、言葉と同じように身に付くはず。音符は文字の仲間として、脳文字として大脳に受け入れられるはず。視覚を通じて文字が読めるのだから、同じ視覚を基礎とする絵も書も描けるはず。
  赤ちゃんには、最近流行の脳科学を基にした特別な教材や、玩具や、体の動きのトレーニングは不必要です。言葉が赤ちゃんの周りにいつも有って、赤ちゃんの耳に届いているのと同じように、暮らしの環境の中に、音があり、色があり、形がありさえすれば、赤ちゃんは、自然に、感じたものを取り入れ、記憶し、組み合わせて豊かな世界を作っていけるはずです。(つづく)

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