澤田啓司の「ブラーヴォ! 赤ちゃん!!」

小児科医・澤田啓司(三重県津市乙部ヤナセクリニック)のブログ

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2015年04月

   2015年4月30日付けの朝日新聞朝刊に、「ゲノム編集 揺れる科学界: 中国 ヒト受精卵の遺伝子改変」 という解説記事が掲載されていました。お読みなってみてください。

  {ブラーヴォ!赤ちゃん!!」では現在、メインテーマとして胎児の成長の初期を扱っていて、よい機会なので、「ゲノム編集」の問題を取り上げてみようと思います。

  人の細胞一個一個の中には、すべての細胞にもれなく、人体を作り上げ、生命を維持するために必要な情報が、染色体という遺伝子群(ゲノム)として保持されています。
  
  遺伝子の最小単位はDNAで、DNAは、アデニン(A)グアニン(G),シトシン(C),チミン(T)という4つの塩基と呼ばれる物質がいろいろな組み合わせで鎖状につながったものです。A,G,C,Tは、文章のカナ文字にあたります。カナをつなぎ合わせて、いくらでも長い文章が書けるように、DNAも4つの塩基を1単位(DNAは二本鎖が一対になっているので塩基対といいます)にして、それを長くつなぎ合わせてヒトの設計図を作っているのです。ヒトDNAは約30億対(10万遺伝子、実際に使われているのは3万くらい)の塩基対から成り立っていて、その起源はサカナやワニやネズミと共通で、胎内で胎児・胎芽がまず卵として育ち、尻尾を持ち、鰓があります。  すべての動物に共通して、四肢の前脚(人間では手指ですが)は、一本の上腕骨、二本の前腕骨、複数の手根骨、五本の指骨という同じ構造を持っているのは、何億年も前の動物の遺伝子が、現在でも私たちの体で使い回しされているからで、ヒトしか持っていない遺伝子は想像するほどど多くはありません。ショウジョウハエの遺伝子は1万5千くらいです。ヒトの遺伝子3万に比べて、思ったほどの差はありません。ヒトの体は何億年も前の動物という建物を、改築増築して使っている家屋のようなものです。

  一例として、酒に強い人、弱い人の遺伝子構造を見てみましょう。アルコールは体内で代謝産物としてアルデヒドに変わります。頭痛や悪酔いの原因はアルデヒドの仕業です。アルデヒドを分解する酵素を、アルデヒド脱水素酵素といいます。この酵素は517個のアミノ酸で成り立っています。このアミノ酸のうち、487番目の塩基配列が、二本の鎖とも同じ箇所がG(グアニン)G(グアニン)のペアである人は酒に強く、一方がA(アデニン)に置き換わったAGタイプの人は酒に弱く、AAタイプの人は酒がまったく飲めません。モンゴロイド(日本人も仲間です)では、45%の人がAGタイプ、5%がAAタイプ、GGタイプは50%です。コーカソイド(白人)と黒人は皆GGタイプで、AA,AGタイプの人はいません。白人、黒人相手に酒を飲んでも太刀打ちできない日本人が多いのは、このためです。私はAGタイプです。兄弟みなそうです。妻はGG,息子達もGGです。

  体内で働いている酵素のアミノ酸配列の、何億という塩基の配列が僅か一つ違うだけで、こんなに大きな違いが生まれます。牛乳苦手、おなかゴロゴロタイプの人と、平気な人の差、乳糖分解酵素の有無を決めるのも、塩基対の僅かな違いです。   

  遺伝子の異状によっておきる病気は多いのですが、遺伝子の欠損や重複によっておきる遺伝子病はゲノム編集で直すことは不可能です。染色体数を一対増やすといった新しい遺伝子を付け加えることも不可能です。
  現在考えられているゲノム編集は、異常をおこす遺伝子を破壊することと、不都合な遺伝子を正常な遺伝子、都合のいい遺伝子に置き換えることにあります。

  今回の中国のゲノム編集の論文では、インヴィトロ(試験管内)で、曲がりなりにもゲノム編集に成功したということですから、実際にヒトの赤ちゃんを親の意思どおりに作りかえるレベルではありません。しかしとにかく、ヒトの受精卵に手を加えることに成功したのですから、この延長線上で、ゲノム編集が人間の手で思いのままに行えるようになるまでの距離・時間は近いでしょう。

  この問題は、生命倫理の上では、大きな変革が必要です。
  
  研究者、科学者というのは、ある意味、困った人種で、倫理にかかわり無く、新しい分野にわき目も振らず飛び込んでしまう人種です。原子力エネルギーも、遺伝子病の出生前診断も、それぞれまず研究があり、発見があり、応用があり、倫理は後を追っかけてきました。

  受精卵の遺伝子操作が可能になれば、SF小説風に想像をたくましくすれば、例えば、恐怖感を持たない、痛みを感じない、ロコモ能力ばかり高いヒトを人為的に作ることも可能になります。戦闘要員、身体能力が第一の肉体労働者に最適です。
  
  しかも、子や孫にも、同じ遺伝子が継承されることになります。遺伝子病を無くすこと、通風、肥満、高血圧などの成人病予防など、いろいろ役に立つこともあるでしょうが、新しい道具は、原子力に見られるように両刃の剣です。応用しだいで、味方にもなり敵にもなります。

  ゲノム編集も、よく議論をし、後追い倫理でなく、先回り倫理が作られることを望んでやみません。現実に、受精卵のゲノム編集が可能になるには、まだまだ時間があるでしょうから。

  前回のブログに受胎後4週には、赤ちゃん(胎芽。9週になると胎児と呼ばれるようになります。)は、ヒトになるための基礎ができると書きました。外・中・内の3胚葉ができ、4条の鰓弓が現れます。そして4週から12週の間に、ほとんどすべての器官ができます。
  
  この過程を、白紙に水彩画を描き上げるまでの過程に例えてみましょう。
  写生画を描くとき、最初に鉛筆でざっと、遠景と近景と、その中間に森や池や建物をデッサンします。おおよその構図がまとまると、色をつけます。空は青く、雲は白く、森は緑に、赤屋根に白い壁の建物もそれぞれの色を付け、近景が野原だったら森と違った淡い緑を塗ります。この段階で、どういう絵に仕上がるかおおよその見当が付きます。胎芽・胎児の成長に置き換えれば、受胎後4週くらいの段階です。
  
  次は、雲や空の微妙な色の変化、森の緑の変化、建物の陰影、野原の起伏や色の変化を、最初より丁寧に描き込みます。この段階が、胎芽・胎児で言えば、今回のブログで扱う時期になります。油絵は絵の具を塗り重ねられますからいいのですが、水彩画だったら書き換えができませんから、この段階で失敗したらその絵は捨てるしかありません。胎児・胎芽の4-12週はまさにこの段階といえます。

  絵の場合は、空を描くときは空だけ、家は家だけ描いていきますから、そう大きな間違いは起こりません。しかし胎芽・胎児に関しては、空も野原も森も建物も、すべて同時期に平行して色が付けられ、頭から手足にいたるまで、すべての器官が同時進行で形成されていきます。

  だから、ある時期に胎芽・胎児に成長を妨げることが起こると、その時期に作られ始めるすべての器官が成長できなくなります。たとえば、かつてのサリドマイド、現在でも、風疹ウイルス胎内感染や、ダウン症のような染色体異常は、目、耳(難聴)、口唇・口蓋(兎唇、口蓋裂)心臓(ファロー四徴症、心室・心房中隔欠損、大動脈転移などなど)、手足(多指・合指、四肢欠損)などの奇形を造ってしまいます。いくつも奇形が同時に現れる複合奇形になりやすいのです。

  特に、4週から8週にかけては、ほとんどすべての器官の形成・成長が始まりますから、染色体異常、薬物、感染症の影響が大きい、妊娠の、もっとも危険な時期です。妊娠月数で言えば、2-3ヶ月頃ですね。

  染色体異常のほとんどは成長ができず、気づかれずに流産してしまうことが多いのですが、ダウン症候群(21トリソミー)は、胎内での成長には大きな妨げになることが少なく、自然出産できる例が多い染色体異常なので、出産する異常児の数が多く、出生前診断の最初の対象になりました。

  風疹の胎内感染では、発育障害、聴力障害、知能低下、心奇形、目の異常(白内障)などを起こす可能性があることはよく知られています。予防可能な感染症なので、妊娠前にワクチン接種を済ませておくことが大切であることはご存知でしょう。

  妊娠初期のサリドマイド(睡眠剤)服用による上肢欠損や指の異常、難聴が1960年代に問題になったことは、もうほとんど忘れられているようですが、妊娠初期の薬剤服用には慎重でなければならないという警告は今も残っています。

  12週を超えると、胎児の生命に危険が及ぶことが少なくなり、妊娠の安定期に入ります。

  怖い話を、読者の皆さんに突きつけてしまって、申し訳なく思います。しかし、妊娠初期の大切さに無関心な女性が多いことが、私はとても心配で、あえてこの話題を用意しました。

  無防備なセックスをしたら、その日から妊娠したものと考えて生活を始めて欲しい。
  健康な赤ちゃんを産むためには、妊娠初期3-4ヶ月が鍵を握っていることを、あらためて、思い返していただきたい。
 
  これが今回のブログの私からのメッセージです。

  受胎後3日頃は、卵細胞は卵管に留まっていて、まだ子宮に着いていません。8個にまで分裂した細胞数は、さらに分裂して4日頃16~32個になります。大きさは受精時と変わりませんが、外側の細胞と内側の細胞に性質の違いができてきます。桑の実のように見えるので桑実胚と呼ばれます。近頃は桑の実を目にする機会がほとんどありませんが、ラズベリーやキイチゴの形を想像していただければよいでしょう。
 
  卵細胞は受精後4~6日頃子宮に到達し、子宮内膜着床直前に卵殻を脱ぎ捨てて孵化します。殻からでた受精卵は胞胚と呼ばれるようになります。細胞の数は100個前後になり、胚盤胞と変わり、子宮内膜に着床するのですが、外側の細胞には絨毛ができて、それが子宮内膜に侵入し胎盤に変わっていきます。

  受胎後1週間くらいで子宮内膜に着床し母体と卵細胞が繋がり、卵細胞は母体から栄養の供給を受けることができるようになります。ニワトリやダチョウの卵はヒトの卵に比べるととても大きいのですが、ニワトリやダチョウの雛は大きな卵の卵黄を栄養にして育って孵化し(卵生)、哺乳類のほとんどの動物やヒトの場合は子宮で孵化したあと、胎盤で母体と繋がり母体に養われて育つ(胎生)わけで、卵細胞は小さくてもいいのです。
  この1週間の間に、分裂に失敗した卵細胞や欠陥のある卵細胞は、妊娠に気づかれることなく消えてしまいます。この段階で妊娠して最初の危険期を通り過ぎたといえます。

  次の1週間(第2週)には、まだ子宮内膜に細胞が沈み込んでいますが、初期胚の細胞は、将来脳や神経や皮膚になる「外胚葉」と、消化管や肝臓・膵臓になる「内胚葉」に分かれます。

  第3週には血液、欠陥、心臓、腎臓、筋肉、骨になる「中胚葉」が、内・外胚葉の間にできます。この時期には、ママは妊娠による母体の変化に気付かれ、妊娠反応も陽性になります。妊娠月数では2カ月目に入ります。

  第4週には中胚葉から発生する心臓の原型が血液を送るための拍動を始め、外胚葉からは手や足のもとになる突起ができて、それが第7週にかけて、次第に上腕、前腕、手、指に分かれ、少し遅れて下肢も同じように形成されます。勾玉状の胎児の首のまわりには、サカナのエラにあたる鰓弓という4本の襟巻のようなふくらみができます。鰓弓からは、顔や耳たぶなど外から見える部分がつくられ、内耳や、嗅覚、味覚、眼の動き、顔の筋肉の動きなどをコントロールする脳神経(三叉神経、顔面神経、迷走神経など12の神経組織です)や、それを収容する頭蓋や顔の骨がつくられます。このように第4週はヒトの体の基礎がほとんどができてしまう大切な時期です。想像以上に早い時期に、素速くヒトの基礎ができてしまうということを理解してくださいね。赤ちゃんできたかなと首をひねるころには、わずか5cmくらいの胎芽は、もう、ヒトになる基礎を作り終わっているのです。

  葉酸内服が必要な時期、タバコやアルコールや薬剤の影響を受けやすい時期、風疹ウイルス感染やそれ以外の病原体の胎内感染が原因になる奇形を作りやすい時期です。おなかに宿った赤ちゃんのために、ママによく気をつけて過ごしていただきたい時期の始まりです。
 

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