前回までのブログで、現在の産院での出産・産褥・新生児ケアを9回に分けて紹介しました。母体に対しても、赤ちゃんの扱いに関しても、最新の器具、専門のマンパワーによって、幾重にも安全が図られていることをご理解いただけたことと思います。
 その補足という意味で、昔の産褥と現在の産褥を比較してみましょう。

 生まれてきた赤ちゃん千人について、生後28日未満の死亡数を、新生児死亡率といいます。
 平成20年代の日本の新生児死亡率は、ほぼ 1.5/1000 です。千人の赤ちゃんの998人は無事に新生児期を過ごし、997人が最初の誕生日を迎えています。明治33年(西暦1900年)には920人が新生児期を通過し、845人が誕生日を迎えることができました。もっとさかのぼると、江戸時代の日本、18-19世紀のヨーロッパのどちらも、新生児死亡率はほぼ200/1000, 5歳までに500人が亡くなっていました。

 この劇的な変化の背景には、文明の進歩が大きな役割を果たしています。

 まず、赤ちゃんの生命を脅かす感染症が減り、治療できるようになりました。

 昭和30年頃には、施設内分娩と家庭分娩がほぼ同数だったのですが、その後の10年間に施設内分娩が急速に増加し、現在では、ほぼ99%が施設内分娩(98%が病院・診療所、1%が助産所)です。ブログで紹介したように、赤ちゃんの施設内ケアがほぼ完璧に整い、、新生児だけでなく母体の安全も守られるようになりました。江戸時代に戻って考えると、母の無い子・子を亡くす母がほとんど亡くなったということになります。

 受胎、胎児の発育に関しては、まだ医学の手が届かぬことがたくさんありますが、胎内診断の進歩で異常をもって生まれてくる赤ちゃんを予測できるようになり、出生前・出生直後に医療の手がうてるようになっています。妊娠初期・妊娠中の知識や注意すべきことなどについての学問的裏づけのある情報量が増えました。

 新生児期の栄養法に関しても、乳母・貰い乳・乳付けといった手段から、進歩した育児用粉乳を利用した安全な手段が使えるようになりました。

 いまさら、古い産褥の過ごし方から育児技術を学ぶ必要は無いのですが、長い歴史を刻んだ母性・女性のあり方には、知るべきこと、振り返るべきことが多々あるように思います。それらをこれから、ご一緒に考えていきましょう。     産褥・今と昔(2)につづく。