晶子が宇智子を出産した明治44年(1911)には、まだ効果的な避妊法はありませんでした。粗悪な国産コンドームは市販されていたそうですが。病院で尿検査、生化学的血液検査、血圧測定もまだ普及していません。帝王切開も当時の衛生状態、医療技術では安全とは言えず、おいそれと手術に踏み切る事はできませんでした。
 晶子は太り気味の女性だったそうですし、晩年、狭心症・脳出血・腎不全など、心臓・脈管系の病気をしていますから、産褥期の晶子の症状は、今なら妊娠高血圧という病名がつき、双胎でもあり、帝王切開の対象になるでしょう。帝王切開ならば双子の姉妹は二人とも無事生まれたことでしょう。明治44年から今までの約百年の間に、医療はずいぶん進歩しましたから。
 
 6度目の出産に当たって、晶子は初めて病院に入院しましたが、其れまでの5回のお産は家でしています。鉄幹の仲間が家に集い、議論し、歌会を開いている傍らで、晶子は赤子に授乳し、客をもてなし、自身の作歌・著述をしていたと晶子自身が書いていますから、超人的な女性ですね。6度目の出産で入院をすることになっても不思議ではありません。

 宇智子の出産はとても重かったと書いています。苦痛のあまりか、死産の赤ちゃんのことを考えている余裕は無く、親子の愛情もこういう場合には出産直後には未だ芽を萌かず、亡くなった子の死に顔を見る気にもならず、数日たって苦痛が無くなっても赤ん坊の印象は何も残らず、まるで他人事のようで空であり虚無であるという晶子の記述を見ると、そんなものなのかなと首を傾げたくなります。男性の私にはまるきり想像の世界でしかありませんが。

 宇智子の1歳違いの姉の佐保子と一緒に、宇智子は、明治44年2月に生まれて翌大正元年5月に全く他人の練馬の農家に里子に出されます。1歳3ヶ月でした。そして晶子は、この年5月ににパリに外遊した愛する鉄幹の腕の中に、女として飛んで行きます(渡辺淳一の表現に従えばですが)。そして5ヶ月後の10月にまた単身帰国しています。佐保子は家に戻らず、母から離れて生活することを選びます。宇智子は13歳で実家の晶子のもとに帰ります。母と子が乳幼児期に離れて過ごすことが、母にも子にも陰を落とすことが、晶子母子の姿から読み取れます。

 このような晶子の行動を見ると、女性であることを意識してしまうと母性は消えてしまうものなのか、母性愛は女性に生まれつき備わっているものではないのかという、古くからあり、答えのない疑問が、再び、私の心に生まれました。

 現在の日本では、赤ちゃんの虐待が増えているといわれています。望まなかった結婚、妊娠中の恵まれない生活、出産後の離婚による母子家庭の生活苦、母の新しいパートナーの出現などが乳幼児虐待の背景にあると言われています。晶子の行動も含めて、現代の恵まれない母親の環境を考えると、子供への支援は出生後では遅すぎ、妊娠した女性への支援から始めなければいけないのではないか。子供への虐待、育児拒否は、妊娠・出産・育児中の不幸な生活の記憶と重なって表面化するのではないかと、与謝野晶子の「産褥の記」を読みながら考えていました。

 与謝野宇智子さんの書かれた、「むらさきぐさ 母晶子と里子の私」という本があります。昭和42年発行で、もう絶版です。晶子の行動をどう考えればいいのか、娘宇智子さんは母晶子についてどのように考え、どのように接してこられたか、宇智子さんの側から見た晶子像が知りたくて、アマゾン経由で古本を取り寄せ読んでみました。
 宇智子13歳、今の中学2年まで実母晶子とは離れたままでした。両親は宇智子が病気の時も、里子に出した養家に見舞いに来ることなく、思い余った宇智子は「あなたはわたしの本当のお母さんではありませんね」という手紙を書いたそうです。晶子の返事は「そんなことを考えてはいけません。一生んめい勉強してください」でした。晶子は、作品の多彩な感情表現、共感を呼ぶ文章表現とは逆に、感情を態度、言葉で示すことが苦手だったのでしょうか。彼女の鉄幹への対し方から考えるとそれもまた疑問ですが。
 
 宇智子が実家に帰った日、「ただ今帰りました」と両親に挨拶すると、「父はにこにこして迎えたが、母はこれからまた、面倒なことになると思ったのか、にこりともしないで立ち上がってとりあえず必要なことを指図し、さっさと洋館の方へ去ってしまった。何のとりつくしまもない母の様子であった。」と宇智子は書いています。そして、若い頃の宇智子さんと晶子の間は、普通の親子とは言い難い、ぎくしゃくしたものだったようです。晶子が年をとり、宇智子さんが独立されて以後の晶子晩年には、愛情の通い合った親子像が文面から読み取れ、読む私もほっとしました。

 里子とまでいかずとも、保育園で一日の大半を過ごす事になるこれからの日本の子と母の間に、何が生まれるのだろうかと考えると、その子達とその子孫が担う日本の未来に不安に感じずには居られません。子ども抜きの、母性でなく女性中心の、現政府の育児支援策に疑問を持ちます。

ちょっと場違いな追記ですが、
 高田かや作「カルト村で生まれました。」文芸春秋2016.2.15発刊 定価1000円
 という本があります。コミックエッセイで、読みやすい本です。子どもが集団で育てられる事について、示唆に富んだ本です。
 乳児期から子どもだけの集団で、家族から離れて育てられることは、日本のカルト村以外にも、イスラエルのキブツ、旧ソビエト連邦のコルホーズ、幾つも国の施策として行われた歴史がありますが、いずれも弊害が認められて、形が変わったり、無くされたりしています。
 箱(保育園)だけ作って、少ない保育者で、集団保育する方向に日本は向かいつつありますが、その功罪をよく考える時期に来ていると思います。
 
 考える材料として、「カルト村で生まれました」を読んでみてください。