”五つ月を 越すと近所へ 義理を欠き”
 岩田帯をしめる頃になると、おなかが目立って恥ずかしく、表へ出ることも遠慮するという、しとやかな江戸時代の女心を詠っています。
 いまや、五ヶ月以後は動いても流産の心配は無い、旅行するなら五ヶ月以後と言われています。看護師さんたちも、出産予定日6週間前まで仕事を続けています。

”子を持ってから 三ン日を やっと塗り”
 江戸時代は、月の一日、十五日、二十八日を式日といい、休日とされていました。お祝いや寄り合いは式日の行事です。子持ちになって、お化粧するひまがが式日の三日しかなくなってしまったという場面なのですが、今のママは、上手に余暇を見つけて、化粧もお出かけもしてますね。

”粉をふいた 子を抱いて出る 夕涼み”
 風呂あがりにベビーパウダーをつけた子を抱いて夕涼み。
 江戸時代のベビーパウダーは天花粉。天花粉とは、キカラスウリの根からとった澱粉です。牡蠣粉(牡蠣の殻を砕いて粉末にしたもの。日本画の胡粉にも使います)も使われたようです。内藤壽七郎先生は、ベビーパウダーをボレイコといってらっしゃいました。熊本生まれの内藤先生らしい。現在市販されているベビーパウダーは、タルク(滑石)の微細粉末を使っています。いずれも、微細な粉末が量あたりの表面積が大きいことから、汗を吸い取り蒸発させる目的で汗取りに使われてきました。タルクの粉末は肺に吸い込ま無いほうがよいので、赤ちゃんの顔や胸にパフではたきつけるのは避けたほうがよいでしょう。化粧品会社、育児用品会社は安全と言っていますが、肺に吸着すると取れにくいものですから。天花粉、牡蠣粉は名前だけが残って、今では使われていないと思います。
 江戸時代の風物詩として、路地の縁台に天花粉で白くなった赤ちゃんを抱いた母親が座っている様子が目に浮かびます。

”迷い子の 親はしゃがれて 礼を言ひ”
 長屋総出で迷い子探し。無事発見。しゃがれ声が親心をあらわしてます。迷い子探しは、大きな声でこの名を呼びながら、あちらこちら歩きます。そういえば、映画「ウッドジョブ」に、迷い子探しのシーンがありました。

”ねんねこの、腰は左右へ 少し振り”
 おんぶは、安全で暖かくて、子守しながら両手が使えると言う便利な方法です。しかし、明治時代に、ガニマタになると言って否定されました。それ以後現在まで、おんぶのメリット・デメリットがいろいろ論じられています。否定する人も肯定する人もあります。現在では、おんぶされた子を見ることは街中ではとても少なくなりました。家では、おんぶを愛用されているママもあります。前に抱くほうが、顔が見えて安心感があるのでしょうか。抱っこの外出は、足元が見えにくくて、はらはらすることもありますが。
 おんぶに限らず、前抱きのだっこバンドでもスリングでも、抱っこした子をゆっくり揺らしているママがほとんどで、ゆっくり揺すられることが赤ちゃんにとって心地よいことを、経験的にママが感じ取っていられるからかもしれません。理屈抜きで自然にママの体が動いてしまうのかもしれません。「腰は左右へ少し振り」は、今も残ってますね。
 おんぶも抱っこも、長時間続けることは避けてくださいね。エコノミークラス症候群と同じように、赤ちゃんの体や足の動きを束縛し続けると、股関節脱臼状態になることが心配です。
”負われた子 のどぼとけまで 陽があたり”も、子守に雇われる女の子がいたころはよく見かける情景だったのでしょう。

”女房は 客へ添乳の 申しわけ”
”添乳して 棚に鰯が ござりやす”
 子どもに乳を飲ませていれば、天下御免で仕事やしきたりを無視できたよい時代の情景です。客が来ても知らん顔、亭主が帰ってきても食事の支度をせずにすむといった、のんびりした社会環境は、母乳が子育ての絶対条件だった時代の生活が生み出したルールだったのでしょう。

”安産着 鷺とすっぽん 舞ひ遊び”
 産着は昔は大切なものでした。背中に糸飾りを縫いつけた背守り、すくすく伸びるようにという祈りをこめた麻の葉模様、魔よけの色とされていた赤い産着など、定めない赤子の生命をつなぎとめるための心づかいが込めらtれていました。鶴が鷺に、亀がすっぽんに見えたところで、親心は親心、貧しい親の姿を茶化していますが、つきはなしていないところが私は好きです。