人間同士で無く、生物同士で比較しても、最も近い親戚であるチンパンジーとホモ・サピエンスの遺伝子は、90%が共通です。ショウジョウバエが動物の研究に使われるのは、かなりの数の共通遺伝因子があるからです。何億年も前の単細胞生物から始まって、クジラや恐竜や牛馬に至るまでの遺伝情報は、ずっとホモ・サピエンスの遺伝子に引き継がれています。建て増し、継ぎ足して建築されたビルのように、人類の基礎には過去から現在までの動物が存在します。ヒトの行動に動物的な側面が無くならないのはこのためです。ヒトの思いがけない行動を、獣以下だとか、鬼畜にも劣るとか表現しますが、人より下位の動物たちは「とんでもない,一番の悪は人類だ」というでしょう。
 
 ヒトの行動は、善悪すべて、ヒトの遺伝子の範囲内での行動で、人間離れしたヒトの行動など存在しません。
人類が現在のような文明社会を築くことができたのは、20万年前から現代まで同じ遺伝子を持つ人類として、文明を発達させながら、遺伝子に記された設計図どおりに人類の数を増やしてきたからです。
 もっと驚くことは、私たち一人一人の体を構成する細胞37兆2千億個のすべてに同じ能力を持った遺伝子が存在し、その情報量は、1個の細胞あたり、百科事典700冊分に相当すると言われています。一人の体に百科事典26040兆冊が備えられている計算になりますね。この膨大な情報を基に、一個の受精卵の遺伝子が、いろいろ役割の異なる体のパーツを作る指令を出しながら、細胞分裂が繰り返され、完成された細胞集団としての人体が完成し生命を維持しているのです。
 
 遺伝子は、人体だけでなく、脳の力で文化や文明も作り出しています。宗教、生活様式、社会組織、人体ではできないことを可能にする機械や道具、人体の生きる環境を良くするためのエアコンその他はすべて、遺伝子の情報が基礎にあります。
 
 文明に取り残され、文字を持たないホモ・サピエンスの集団も地球上には存在します。
 密林の中に小集団で住み着き孤立して現在にいたっているホモ・サピエンスの集団の例として、南米アマゾンの源流のジャングルに住むヤノマミ族がその一例です。集団の人数は、収集可能な食糧の量で決められてしまいます。人口を調節する手段は、間引きです。生まれてきた赤ちゃんを育てる余裕がないと判断されれば、命を絶ってジャングルの精霊のもとに送り返します(日本でも80年ほど前まではヤノマミ族と同じように間引きが為されていました。)人口を一定に保って、男性は狩猟、女性は食用になる植物の収集、それを全員で分け合って平和に暮らしています。文明社会に住んでいれば、そのような生活様式を野蕃、残酷と嫌悪感を持ちますが、そんな綺麗事では片付かない厳しさが存在するのも人類の社会なのです。文明に必須の簡単な言葉は持っていますが、文字は必要ありません。
何千年か前の人類集団は、世界中、同じような生活をしていたと思われます。

 現在は、ヤノマミ族の生活にも西洋文明が入ってきて、村を出る若者の数も多くなり、洋風の衣服を身につけ、スペイン語や英語を話し、読み書きもできるし、外国の文化に溶け込んで文明の利器を扱うことにも不自由は無いようです。
 オーストラリアのアボリジニー、グアム島のチャモロ族、コンゴのピグミー族、アラスカのイヌイットなど、ヤノマミ族と同じような歴史をたどってきたホモ・サピエンスは少なくありません。食料が乏しければ小柄な体型になりますし、牛肉の代わりに、アザラシ、クジラ、イヌなどの肉を食べる人たちもいます。一神教に凝り固まった集団もあり、多神教や精霊信仰の集団もありますが、すべて、20万年前にアフリカに誕生したホモ・サピエンスの子孫なのです。

 ある集団が他の集団の文化を批判し、野蛮人扱いしたり優越感をもったりするのは全く的外れです。
 思考能力に優れ、知識を持ち、哺乳類の頂点に立つのが人類だと胸を張るのであれば、世界中のホモ・サピエンスが平和に共存できるよう知恵を働かすべきでしょう。他国や他宗教を攻撃し、ホモ・サピエンス同士が殺しあう世界をどうにもできないでいることを、ホモ・サピエンスは恥じるべきです。
 この時代に、この世界に誕生し、未来を担って生きる子どもたちのためにも、我々おとなは、世界中のホモ・サピエンスの平和共存に力を注がなければなりません。人類は皆友達です。