「①産後すぐから母乳が不足していた私」という表現について考えて見ましょう。投書した女性の年齢も家族構成もわかりませんから、一般論にならざるを得ませんが。

 妊娠していない状態での乳房の大小は、乳房の脂肪量の多寡によるもので、乳腺細胞の数量とは無関係です。乳腺細胞が集まった乳腺葉とそれに繋がる乳管(オッパイを送り出す管)のセットは、片側6~10本の範囲で個人差があります。

 妊娠すると、乳腺細胞が大きくなり、その集合体の乳腺葉が大きくなります。オッパイの原料を運ぶ血流が増えて、全体として乳房が大きくなります。この段階では、まだ母乳分泌の多寡を判断することはできないでしょう。

 産後すぐには母乳は出ません。

初乳は妊娠末期に分泌され乳腺葉・乳管にたまった濃厚な乳汁で、蛋白質や免疫物質,血液中と同じ種類の生きた抗菌細胞が多く含まれています。30年ほど前、始めて消化器官として使われる赤ちゃんの腸の壁を護るために、初乳はぜひ飲ませるべきものと強調される小児科医さんがいらっしゃいましたが、その効果判定に関してはまだ研究されなければならない部分があると思います。

 初乳から移行乳を経て、毎日赤ちゃんが飲む母乳になります。

 1ccあたりのsIgAや抗菌作用を持つ物質、生きた細胞類は初乳に多いのは事実ですが、初乳に限らずそれ以後も母乳中に免疫物質、抗菌物質、生きた細胞は母乳に混じって分泌され続けます。

 1日総哺乳量で考えれば、母乳を飲んでいる限り、赤ちゃんの腸は母乳に守られ続けます。
 
 人工栄養で授乳をスタートしたら絶対不利かといえば、これまた、それほどのことは無いだろうと思います。

 授乳開始後4週間くらい経つと、赤ちゃんの腸壁から、赤ちゃん自身が作った免疫グロブリンが染み出してくると言われています。

 初乳を飲ませられなかったとしても、ママが後悔したりしょげたりしないでくださいね。
 
 蛋白質や免疫物質による初乳の効果はさておいても、授乳はなるべく早く始めることがママにも赤ちゃんにとっても、授乳・哺乳になれるためにも、母と子の絆を結ぶためにも、良いことです。
 
 本格的にオッパイが分泌されるようになることを母乳来潮と言いますが、来潮の時期は個人差があり、出産後2日目を中心に、3日目までに90%のママの乳腺が母乳を分泌するようになります。この時期が早いか遅いかも、母乳不足かどうかの判断基準にはなりません。

 さて、いよいよ授乳を始めるといろいろママの悩みが出てきます。
 
 具体的なお話の前にまず、生後1-2か月の赤ちゃんとはどんな存在か考えてみましょう。

 胎内で胎児はママの睡眠と目覚めに合わせて胎動が活発になったり静かになったりしています。それは2016年のノーベル医学生物学賞を受賞した「概日リズムを制御する血液中の物質が、ママの血液から胎盤経由で赤ちゃんに送られることによります。ママが大きな音でびくっとすると、胎児もびくんとしますが、これも胎児が胎内で聞いた音に直接反応するのではなく、ママの血液中に増える神経伝達物質が赤ちゃんにも送られるためと思われます。

 赤ちゃんは胎内で外界の音を聴き、それを記憶する。だから出生後胎内雑音や胎内で聴いた音を聞かせると静かになるという発想は、40年も前の、想像による結論で、現代の新しい手法でしっかり検証しなおさなければなりません。音を感音器官が捉えても、それを大脳に届け記憶することは現在の常識ではあり得ないと思います。
 
 赤ちゃんが出生すると、ママから胎盤経由で与えられていた神経伝達物質や性ホルモン、栄養や酸素が貰えなくなりますから、赤ちゃんは胎内と全く違う環境で生きなければなりません。
 
 でも心配はいりません。赤ちゃんの体の構造はとてもよくできています。呼吸、循環などの体外生活への適応以外に、ヒトの赤ちゃんは、自力で動けない代わりに頻繁に泣くというママを呼ぶのに最高の手段を持っています。

 生後数か月までの赤ちゃんの一日の生活リズムは、夜昼の区別なく小刻みに浅い眠りと深い眠り、目覚めの状態が入れ替わって、浅い眠りの状態では、ちょっとした刺激で泣きます。この状態を、おとなの概日リズム(サーカディアンリズム)に対して、ウルトラディアンリズムといいます。徐々に赤ちゃんの睡眠覚醒のリズムは概日リズムに移行していき、4ヶ月くらいになると、夜の睡眠時間が数時間まとまってきて、夜は眠り昼は起きているリズムができてきます。それまでは、夜よく寝てくれるようにミルクを飲ませて満腹にしておこうなど、おとなの知恵で工夫しても、効果は無いでしょう。

 人間以外の哺乳動物の赤ちゃんと違ってうまれてしばらくは、ヒトの赤ちゃんは自力で動けませんから、大声で泣いてママを呼び、おっぱいを飲ませてもらって静かに落ち着きます。これは哺乳動物の中で人類だけの特技です。

 口の構造はオッパイを飲むための構造をしています。おっぱいを飲むための原始反射もたくさん持っています。ママの乳房を与えられれば、ママの手を借りて乳首を深く口の中に吸い込み、舌で乳首を包むようにしてリズミカルに刺激します。この刺激がママの脳経由で脳下垂体からオキシトシン・プロラクチンなどのオッパイを作り赤ちゃんの口に送り込むホルモンが分泌されます。この繰り返しで最初の3ヶ月間の赤ちゃんは成長していけるのです。

 この赤ちゃんの泣きを、空腹や不快の表現とされている育児書が多いのですがそうではありません。赤ちゃんが不快や空腹を感じるようになるのには何カ月か必要です。

 赤ちゃんは、意思や感情と無関係に泣くのですから誤解しないでください。空腹をおとなのように大脳で感じることは、1-2か月ではまだできません。

 ではなぜあのようにオッパイを欲しがるのでしょうか。

 赤ちゃんが泣くたびにおっぱいを飲ませているのに、乳首を離した赤ちゃんを寝かせると、すぐまた泣いて、おっぱいを欲しがる。頻繁に授乳しているから、おっぱいは脹らないでいつもぺしゃんこ。私のおっぱいは出が悪くて、赤ちゃんを満足させられないんだ。ミルクを足さなきゃ赤ちゃんがかわいそうと考えたら、とたんに母乳栄養が負担になり、ママを悩ませることになります。

 母乳育児は難しいとママを悩ませる原因は、この思考過程にあります。

 母乳の出が悪くて母乳栄養ができないのではなく、ママの母乳不足という思い込みが母乳栄養を難しくするのです。

 
 赤ちゃんは意識はしてないけれど、おっぱいを飲む前でも、充分飲んだ後でも、いつでも空腹状態でいるようにできているのだと考えてくださいね。ママのおっぱいが足りている、いないに関係なくです。

 泣いたらママが抱き上げて乳房を与えてくれる。舌が疲れるまで飲んでまどろむ。下に寝かせた途端にまた目が覚めて泣く。
 
 ここで、「おっぱいが足りないから泣くんだ」と思うか、「赤ちゃんはまだ空腹満腹を意識することはできないんだ。余計なこと考えずに、泣いたらおっぱいあげればいいんだ。おなかがすいているから泣くんじゃない。赤ちゃんは泣くことでママを呼び、おっぱいを飲ませてもらえば泣き止むんだ」と考えるかで、母乳栄養に成功するか、失敗するかが分かれます。育児の難易度の差もできるのだと思います。

 赤ちゃんが泣いたら余計なことを考えずにおっぱいを含ませるやり方だと、赤ちゃんは頻繁にオッパイを飲んでいることになりますが、いくら飲んでも飲みすぎることはありませんから心配しないでくださいね。無制限に、頻繁におっぱいを飲むことで、赤ちゃんは大脳を成長させ、体を急速に大きくしているのですから。 どんなに頻繁に授乳しても限度があって、一日当たり体重が80グラム以上増える赤ちゃんはいませんから。

 そして、赤ちゃんが3ヶ月になれば、空腹感・満腹感を大脳で感じることができるようになり、ママにおっぱい飲ませてというサインを送り、短い時間おっぱいをゴクゴクし、チュクチュク遊び飲みして、おっぱいを離すようになりますから。授乳回数も一日5-6回に減ります。

 先日、かかりつけの小児科の若い女医さんに、「ママはおっぱい飲ませすぎ。時間を空けて、授乳の回数を減らしなさい」といわれたんだけどと相談にこられたママがありました。この場合は、授乳回数を減らしなさいと指導された女医さんが間違っています。

  赤ちゃんがおとな並みに空腹や満腹感を大脳で感じることができると考えないで、少なくとも出生後1~2ヶ月間は泣いたら乳房を含ませる。単純にそれだけでいいと思います。

 ママと赤ちゃんの関係は赤ちゃん主導の単純なものなのです。

 プログラムされた遺伝情報に従って、赤ちゃんは自然に大きくなっていきます。ママや家族は、赤ちゃんが自然に自由に振舞える環境を用意してあげればよく、おとなの意思を働かせて赤ちゃんを大人の希望にあわせて育てようと考えても、赤ちゃんはそれに従ってはくれません。(つづく)