『ぼくたちは、あらそうために生きるのか?』山極寿一文 あべ弘士絵を読みました。
私は、人間も動物。動物の子育てから、沢山のことを学べるはずだと思っています。以前、そんな思いをこどもの本専門店の店主増田さんに伝えたところ、あべ弘士さんが津に講演会に来てくださいました。それ以降、毎年のラジオ番組に電話出演していただいています。元京大総長の山際寿一氏は、ゴリラ研究者の第一人者。ゴリラの子育てや家族関係から、人の子育てや家族関係についての本を執筆されています。そんな内容に共感することも多く、沢山本を購入したり、講演を聴きにいったりしていました。そのお二人がコラボしたということで、早速、本を購入しました、
まずは、動物の中でもゴリラの絵が素晴らしいあべ弘士さんのゴリラの絵から始まります。あべ弘士さんの絵は、いつも優しくて豪快で、あたたかい気持ちになり、大好きです。
~野生のゴリラは、言葉ではなく、歌のような声や体のリズムで、気持ちをつたえあっている。木からおりて地面に立った大むかしのヒトも、いっしょになって、うたったり、おどったりすれば、「じぶんたちは仲間だ」という思いが自然にわきあがってきただろう。~
現代のヒトもカラオケ大好き、盆踊り大好きです。みんなで、歌ったり、踊ったりすることで、ストレスの発散になるし、自然に気持ちが楽しくなり、幸せになる。そして、仲間の意識が強くなる。
~弱いヒトが草原で生きのびるために必要だったのが、仲間たちのたすけだ。
おなかにあかちゃんのいるおかあさんや、小さなこどもたちは、仲間がもちかえってくれる食べものが、どんなにうれしかったことだろう。遠くまで食べものをさがしにいく仲間のすがたが見えなくなっても、きっと帰ってきてくれると、しんじてまっていたんだ。
とってきた食べものは、けしてひとりじめにしない。年をとって狩りにいけなくなった人や、病気の人にも、みんなで仲良く分ける。~
現代でも、ヒトの心には、困った人を助けたいという気持ちはしっかり残っています。震災など、困っている人がいると、多くの人がボランティアで助けにいきます。それを自慢するような人はいません。
そして、困っている人達も、きっとだれかが助けに来てくれると信じています。そうやってヒトは生き延び、困難にも立ち直ってきました。
~ヒトのあかちゃんは、はいはいをするのにも、立つのにも、時間がかかる。とても、おかあさんだけでは、育てることができない。森から出たヒトは、みんなで一緒に赤ちゃんを育てるために、いくつもの家族があつまってくらすようになった。そして、家族があつまって、おたがいに食べものを分けあってくらすうちに、ヒトの心のありかたも、少しずつかわっていったんだ。~
核家族化し、夫婦だけで子育てをするのは、本来のヒトの子育てではないのです。まわりのヒトに助けてもらい、みんなで一緒に赤ちゃんを育て、一緒にご飯を食べ、助け合うことで、自然にヒトの心が育ってくる。だから、今は自分達夫婦だけで子育てを頑張ろうと思うから、子育てが辛く大変になってしまっている。そして、子どもの心が自然に育つことが、難しくなっているのでしょう。
~仲間のために、よいおこないをしようという気持ちは、アフリカの草原で生きるようになったヒトが、おおぜいでたすけあってくらすようになり、じぶんのこどもだけでなく、仲間のこどもいっしょに育てるようになったときから、めばえてきたものにちがいない。~
現代は、自分の子どものことだけが一番大切で、仲間のこどものことを助けようとしない親を時々みます。他の子どものことは、見て見ぬふりだったり、親が気に入らなければクレームを言ったり。仲間のこどももいっしょに育てる感覚がみんなにあれば、子育てはきっと楽しくなるし、親の人間関係も広がっていくのに。競争社会になり、人を蹴落としてでも、上にいかなければいけないという時代が、ある時からやってきました。その頃から、生きにくい社会になってきたのかもしれません。
~手に入れた食べものを分かちあってくらしていたヒトは、やがて長い年月がたってから、農業をはじめるようになった。だれのものでもない土地を、獲物をもとめて移動するくらしから、ムギやコメを育てるために、ずっとおなじ土地にくらすようになったんだ。それぞれの集団が、きまった場所に住むようになると、この土地はだれのものか、という考えが生まれてきた。実った食べものは、すぐには食べきれないので、たくわえるようになった、そのとりぶんのちがいから、ゆたかに食べものをもつ人と、そうではない人が出てきた。そうして、ゆたかな土地をうばいあうための戦いがはじまった。その戦いは、いつまでもつづいている。~
今日は、終戦記念日。原子爆弾という非人道的な兵器が使用され、世界を巻き込んだ第二次世界大戦後、世界は平和を願ったはずなのに、戦争は終わりません。罪のない人たちが殺され、今まで大切に育まれてきた日常が一瞬で破壊されていきます。誰が考えても愚かだと思うことをヒトは止めることができません。地球からいただいている自然の恩恵は、だれのものでもないのに、自分のものとして、利益を得たい。それをヒトの本性だから、止めることはできないと言う人たちもいます。それは、本当にヒトの本性なのでしょうか?
~ゴリラもチンパンジーも、アフリカの森を出ることができなかったけれど、ヒトは農業をはじめるずっと前に、アフリカを出て、ほかの大陸にひろがっていった。するどい牙も爪ももたないヒトが、世界にひろがっていくことができたのは、共感の力によって、たがいにたすけあってきたからだ。
ヒトが農業をはじめたのは、いまから約1万2千年前だといわれている。土地をうばいあって、武器をもったおおぜいの人どうしがたたかう戦争がはじまったのは、そのあとのことだ。ぼくたちの祖先が木からおりて、ヒトになってからはじまる700万年の歩みを考えると、戦争の歴史はあまりに短くて、1パーセントにも満たない。暴力であいてを支配することが、ヒトの本性だとはいえないんだ。~
赤ちゃんの時、ヒトは一人では生きていけません。ヒトは20年以上かけて、ヒトとして社会に役立てるように成長していきます。共感の力を育てるのは、子育てや教育、そして周囲の社会の力だと思っています。現代の社会は、何かが間違っている。そして、今は、ドローン攻撃などのように、直接人の手を使わなくても、人を殺す戦争になってきている。共感力が育っていない人間たちが増えれば、それをストップすることができなく、どんどんエスカレートしていくのではないかと危惧しています。子どもを育てることを、もっと大切にする社会にしていかなければ、人を思いやる心を持たない大人が増え、世界は、ますます間違った方向に進んでいくのではないかと不安になります。
~出会った人と人がつながって、そのつながりが、また新しいつながりを生みだす世界。そんなふうに共感の輪をひろげるのは、むずかしいことじゃない。
いっしょにごはんを食べて、ともにすごすことで、心は近づいていく。いっしょにうたったり、おどったり、スポーツをしたりすれば、言葉がなくても気持ちがわかりあえる、
そんなあたりまえのことが、じつは、生命の進化のなかで、ぼくたちヒトが手にいれた、だいじな宝物なんだ。
身近なふれあいからはじまる、そんな仲間たちのあつまりをていねいにつないでいくことができたら、きっとばくたちは、もっと平和な世界をつくっていける。~
ヒトの最高の能力は共感力だと思います。自分の利益のみだけに生きるのではなく、他人の気持ちを思いやり、助け合う。いくら大金持ちになったり、有名人になったりするよりも、人とつながり、助け合い、一緒に楽しい時間を過ごせる家族や仲間がいる方が、心の幸せに通じるのだと思います。私たちは、富を求めて争うために生きるのではなく、仲間達と幸せな時間をもつために生きるのだと思います。それが、本来のヒトの中にあるDNAだと思います。
私は、人間も動物。動物の子育てから、沢山のことを学べるはずだと思っています。以前、そんな思いをこどもの本専門店の店主増田さんに伝えたところ、あべ弘士さんが津に講演会に来てくださいました。それ以降、毎年のラジオ番組に電話出演していただいています。元京大総長の山際寿一氏は、ゴリラ研究者の第一人者。ゴリラの子育てや家族関係から、人の子育てや家族関係についての本を執筆されています。そんな内容に共感することも多く、沢山本を購入したり、講演を聴きにいったりしていました。そのお二人がコラボしたということで、早速、本を購入しました、
まずは、動物の中でもゴリラの絵が素晴らしいあべ弘士さんのゴリラの絵から始まります。あべ弘士さんの絵は、いつも優しくて豪快で、あたたかい気持ちになり、大好きです。
~野生のゴリラは、言葉ではなく、歌のような声や体のリズムで、気持ちをつたえあっている。木からおりて地面に立った大むかしのヒトも、いっしょになって、うたったり、おどったりすれば、「じぶんたちは仲間だ」という思いが自然にわきあがってきただろう。~
現代のヒトもカラオケ大好き、盆踊り大好きです。みんなで、歌ったり、踊ったりすることで、ストレスの発散になるし、自然に気持ちが楽しくなり、幸せになる。そして、仲間の意識が強くなる。
~弱いヒトが草原で生きのびるために必要だったのが、仲間たちのたすけだ。
おなかにあかちゃんのいるおかあさんや、小さなこどもたちは、仲間がもちかえってくれる食べものが、どんなにうれしかったことだろう。遠くまで食べものをさがしにいく仲間のすがたが見えなくなっても、きっと帰ってきてくれると、しんじてまっていたんだ。
とってきた食べものは、けしてひとりじめにしない。年をとって狩りにいけなくなった人や、病気の人にも、みんなで仲良く分ける。~
現代でも、ヒトの心には、困った人を助けたいという気持ちはしっかり残っています。震災など、困っている人がいると、多くの人がボランティアで助けにいきます。それを自慢するような人はいません。
そして、困っている人達も、きっとだれかが助けに来てくれると信じています。そうやってヒトは生き延び、困難にも立ち直ってきました。
~ヒトのあかちゃんは、はいはいをするのにも、立つのにも、時間がかかる。とても、おかあさんだけでは、育てることができない。森から出たヒトは、みんなで一緒に赤ちゃんを育てるために、いくつもの家族があつまってくらすようになった。そして、家族があつまって、おたがいに食べものを分けあってくらすうちに、ヒトの心のありかたも、少しずつかわっていったんだ。~
核家族化し、夫婦だけで子育てをするのは、本来のヒトの子育てではないのです。まわりのヒトに助けてもらい、みんなで一緒に赤ちゃんを育て、一緒にご飯を食べ、助け合うことで、自然にヒトの心が育ってくる。だから、今は自分達夫婦だけで子育てを頑張ろうと思うから、子育てが辛く大変になってしまっている。そして、子どもの心が自然に育つことが、難しくなっているのでしょう。
~仲間のために、よいおこないをしようという気持ちは、アフリカの草原で生きるようになったヒトが、おおぜいでたすけあってくらすようになり、じぶんのこどもだけでなく、仲間のこどもいっしょに育てるようになったときから、めばえてきたものにちがいない。~
現代は、自分の子どものことだけが一番大切で、仲間のこどものことを助けようとしない親を時々みます。他の子どものことは、見て見ぬふりだったり、親が気に入らなければクレームを言ったり。仲間のこどももいっしょに育てる感覚がみんなにあれば、子育てはきっと楽しくなるし、親の人間関係も広がっていくのに。競争社会になり、人を蹴落としてでも、上にいかなければいけないという時代が、ある時からやってきました。その頃から、生きにくい社会になってきたのかもしれません。
~手に入れた食べものを分かちあってくらしていたヒトは、やがて長い年月がたってから、農業をはじめるようになった。だれのものでもない土地を、獲物をもとめて移動するくらしから、ムギやコメを育てるために、ずっとおなじ土地にくらすようになったんだ。それぞれの集団が、きまった場所に住むようになると、この土地はだれのものか、という考えが生まれてきた。実った食べものは、すぐには食べきれないので、たくわえるようになった、そのとりぶんのちがいから、ゆたかに食べものをもつ人と、そうではない人が出てきた。そうして、ゆたかな土地をうばいあうための戦いがはじまった。その戦いは、いつまでもつづいている。~
今日は、終戦記念日。原子爆弾という非人道的な兵器が使用され、世界を巻き込んだ第二次世界大戦後、世界は平和を願ったはずなのに、戦争は終わりません。罪のない人たちが殺され、今まで大切に育まれてきた日常が一瞬で破壊されていきます。誰が考えても愚かだと思うことをヒトは止めることができません。地球からいただいている自然の恩恵は、だれのものでもないのに、自分のものとして、利益を得たい。それをヒトの本性だから、止めることはできないと言う人たちもいます。それは、本当にヒトの本性なのでしょうか?
~ゴリラもチンパンジーも、アフリカの森を出ることができなかったけれど、ヒトは農業をはじめるずっと前に、アフリカを出て、ほかの大陸にひろがっていった。するどい牙も爪ももたないヒトが、世界にひろがっていくことができたのは、共感の力によって、たがいにたすけあってきたからだ。
ヒトが農業をはじめたのは、いまから約1万2千年前だといわれている。土地をうばいあって、武器をもったおおぜいの人どうしがたたかう戦争がはじまったのは、そのあとのことだ。ぼくたちの祖先が木からおりて、ヒトになってからはじまる700万年の歩みを考えると、戦争の歴史はあまりに短くて、1パーセントにも満たない。暴力であいてを支配することが、ヒトの本性だとはいえないんだ。~
赤ちゃんの時、ヒトは一人では生きていけません。ヒトは20年以上かけて、ヒトとして社会に役立てるように成長していきます。共感の力を育てるのは、子育てや教育、そして周囲の社会の力だと思っています。現代の社会は、何かが間違っている。そして、今は、ドローン攻撃などのように、直接人の手を使わなくても、人を殺す戦争になってきている。共感力が育っていない人間たちが増えれば、それをストップすることができなく、どんどんエスカレートしていくのではないかと危惧しています。子どもを育てることを、もっと大切にする社会にしていかなければ、人を思いやる心を持たない大人が増え、世界は、ますます間違った方向に進んでいくのではないかと不安になります。
~出会った人と人がつながって、そのつながりが、また新しいつながりを生みだす世界。そんなふうに共感の輪をひろげるのは、むずかしいことじゃない。
いっしょにごはんを食べて、ともにすごすことで、心は近づいていく。いっしょにうたったり、おどったり、スポーツをしたりすれば、言葉がなくても気持ちがわかりあえる、
そんなあたりまえのことが、じつは、生命の進化のなかで、ぼくたちヒトが手にいれた、だいじな宝物なんだ。
身近なふれあいからはじまる、そんな仲間たちのあつまりをていねいにつないでいくことができたら、きっとばくたちは、もっと平和な世界をつくっていける。~
ヒトの最高の能力は共感力だと思います。自分の利益のみだけに生きるのではなく、他人の気持ちを思いやり、助け合う。いくら大金持ちになったり、有名人になったりするよりも、人とつながり、助け合い、一緒に楽しい時間を過ごせる家族や仲間がいる方が、心の幸せに通じるのだと思います。私たちは、富を求めて争うために生きるのではなく、仲間達と幸せな時間をもつために生きるのだと思います。それが、本来のヒトの中にあるDNAだと思います。





