柳瀬幸子の「地球(ここ)に生まれて」

三重県津市にあるヤナセクリニックの院長・柳瀬幸子のブログです。 ヤナセクリニックの基本理念: 私たちは、患者様の思いを尊重し、患者様に寄り添った医療やケアを目指します。 ヤナセクリニックの基本方針: 1.安全、安心なお産を提供し、出産の喜びと子育ての楽しさを感じられるような支援を行います。 2.女性の健康増進のために地域から信頼される医療を提供します。 3.子どもを大切にする街作りを応援します。 ヤナセクリニックのモットー:良いお産、楽しく子育て!!

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<ヤナセクリニックの基本理念>
私たちは、患者様の思いを尊重し、患者様に寄り添った医療やケアを目指します。
<ヤナセクリニックの基本方針>
1.安全、安心なお産を提供し、出産の喜びと子育ての楽しさを感じられるような支援を行います。
2.女性の健康増進のために地域から信頼される医療を提供します。
3.子どもを大切にする街作りを応援します。
<ヤナセクリニックのモットー> 
良いお産、楽しく子育て!!
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「持続可能な開発(SDGs)みえ」を立ち上げました

2017年1月3日、仲間4名で「持続可能な開発(SDGs)みえ」を立ち上げた。
テーマ:「地球規模で考えて、地域から行動する」~私たちの三重の生活は、グローバル社会とつながっている~
三重は豊かな自然や産業、観光資源に恵まれている一方、少子高齢化や地域社会の弱体化、多文化共生等の課題にも直面している。私たち三重の生活はグローバル社会とつながっている。2015年国連総会にて、グローバル社会の目標として、「持続可能な開発目標」(SDGs)が合意された。この合意により、貧困を終わらせ、すべての人が平等な機会を与えられ、世界環境を壊さずに、よりよい世界を送ることができる世界を目指して努力することが約束され、2016年から2030年までの15年間、世界中の国々はこの「グローバル目標」の達成に向けて取り組んでいくことになる。
持続可能な開発とは、将来の世代のために環境や資源を壊さず、今の生活をよりよい状態にすることである。そのためには、より公正で公平な社会に向けてみんなが努力し、大きな変化をもたらしていく必要がある。持続可能な開発・みえ(SDGs-Mie)は、自分の暮らしている地域が、誰一人取り残されず、持続可能な地域となり、次世代に豊かで優しい未来を残していけるように、全ての人びとが関心を持ち、一緒に取り組んでいくことを目的としている。

「持続可能な開発のためのグローバル目標」
目標1:貧困をなくすこと;あらゆる貧困(お金がないだけでなく、教育や仕事や食料、病院、住むところなどの必要な物やサービスがない、あるいはうけられないことや、自分の意見を言えないなど、自分のもっている本当の力を十分に生かせないことも含まれます)を終わらせる
目標2:飢餓をなくすこと;生きていくために必要な食料を安定して手に入れることのできる権利を保障し、栄養状態を良くして、持続可能な農業を高める
目標3:健康であること;何歳であっても健康で、安心して満足に暮らせるようにする
目標4:質の高い教育;だれもが平等に質の高い教育を受けられるようにし、だれもが生涯にわたってあらゆる機会に学習できるようにする
目標5:ジェンダーの平等;すべての人が性を理由に差別されないようにする
目標6:清潔な水と衛生;だれもが水と衛生的な環境を得られるようにする
目標7:再可能エネルギー:価格が安くて、安定した発電ができ、持続可能なエネルギーを使えるようにする
目標8:適切な良い仕事と経済成長;自然資源が守られ、みんなが参加できる経済成長を進め、すべての人が働きがいのある人間らしい仕事ができるようにする
目標9:新しい技術とインフラ;災害に強いインフラをつくり、みんなが参加できる持続可能な経済発展を進め、新しい技術を生み出しやすくする
目標10:不平等を減らすこと
目標11:持続可能なまちと地域社会;まちや人びとが住んでいるところを、だれもが受け入れられ、災害に強く、持続可能な場所にする
目標12:責任を持って生産し、消費すること;持続可能な方法で生産し、消費する
目標13:気候変動への対策
目標14:海のいのちを守ること;海や海の資源を守り、持続可能な方法で使用する
目標15:陸のいのちを守ること;陸のエコシステムを守り、再生し、持続可能な方法で利用する。森林をきちんと管理し、砂漠がこれ以上増えないようにし、土地が悪くなることを止めて再生させ、生物多様性が失われることを防ぐ
目標16:平和で公正な社会;持続可能な開発のために、平和でみんなが参加できる社会をつくり、すべての人が司法を利用でき、地域、国、世界のどのレベルにおいても、きちんと実行され、必要な説明がなされ、だれもが対象となる制度をつくる
目標17:目標のために協力すること;実施手段を強化し、持続可能な開発に向けてすべての人びとが協力する

2017年1月31日 朝日新聞にSDGsの特集、国谷裕子キャスターのインタビューが掲載された。
日常生活の中にも、SDGsにつながる動きはたくさんある。短いサイクルで大量に生産されるファストファッションのおかげで、おしゃれな服を安く手に入れることができるようになった。一方で、まだ着られるのに捨てられたり、数回着ただけでたんすの肥やしになったりする服もある。こうした服を作っている国では、、大量生産に伴う環境汚染や、働く人たちが酷使されていることも問題になっている。
そんな生活への疑問は、物にあふれた暮らしを見つめ直す「断捨離」ブームや、環境や持続可能に配慮した「エシカル(倫理的)消費」への関心の高まりにも表れている。少し高くてもお金を出す消費者が増えれば、企業も変わっていく。【つくる責任・つかう責任(目標12)】が掲げる理念だ。
すでに多くの企業が、SDGsに向けた取り組みを始めている。資源も人材も、持続可能な仕組みを作らなければ、ビジネスを続けられないということが見え始めているからだ。
今日の買い物の仕方を見直すことは、SDGsで未来を変えていくことにつながっている。

私の仲間がいる三重県答志島では、島民が立ち上がっている。平成27年11月に突然「鳥羽市小中学校統合計画」が発表され、答志中学校が廃校になる予定だと知らされた。どうしたらいいのか?と相談された。廃校反対の署名活動をしても意味がない。答志には、「寝屋子」など素晴らしい他にはない良さがたくさんある。それを住民達で話し合い、持続可能にしていくためにどうすれば良いかをみんなで考えていくことが大切だとアドバイスした。先日、答志に行ったところ、答志コミュニティスクール実行委員会がたちあがり、地域未来宣言を鳥羽市長に提出してきた、とすごい報告を受けた。

地域未来宣言:学校が地域に果たす役割は大きく、神祭等、祭りや伝統行事には中学生は欠かせない存在です。また、子ども達が地域活動を通じて、自己肯定感を高め、地域愛を育み、沢山の愛に包まれながら、自立した大人へと育つように私たちは努めています。もしも、学校が無くなれば、若者の流出にも歯止めがかからず、地域の存続にも影響を及ぼす恐れがあります。しかしながら、今回の統合計画により地域の現状を把握し、地域の抱える課題に向き合い、皆が共有し、克服していかなければならない責務も感じています。そのために、私たち答志コミュニティスクール実行委員会は、自らの使命に誇りをもち、地域のあらゆる団体の力を結集、その力を十分に発揮し、地域の明るい未来に向けた活動を展開していく覚悟です。ここに、答志コミュニティスクール実行協議会の意向に基づき、私たち実行委員会は「地域未来宣言」を表明し、その実現に向けて取り組んでいきます。
「寝屋子の島」みんなの学校宣言:私たちは、答志島の豊かな自然と伝統文化、島に暮らす人々の経験を生かし、未来ある子ども達の為に島育ちを応援していきます。子育ての島を宣言し、全国から子ども達を受け入れ、分け隔てなく愛情を注ぎ、世界に誇れる人材に育てあげる事を誓います。

答志島の課題は、SDGsの目標とどのようにつながるのだろうか?そして、その課題をどのように克服していっているのだろう?
目標4:質の高い教育をみんなに;答志中学校が廃校になれば、船での通学になる。住んでいる地域差のない平等な教育が受けられるのだろうか?地元の中学校だったからこそ、地域活動による学びがあった。その伝統を受け継ぐことはできるのだろうか?→答志中学校存続に向けての活動、「寝屋子留学」を行い島外からの生徒数確保、小規模特認校制度を導入し、広く全国から生徒を受け入れる体制、小中連携を強固にした学校運営など
目標8:働きがいも経済成長も;地元に働く場所がないため、若者の流出がとまらない。働く場所をどのように作っていけばいいのか?→働く場所を作っていくための動き
目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう:海苔養殖が主要な産業→若者達が主になり新しい技術の獲得、販売路の獲得、海苔養殖に携わる者達の異年齢での交流などを行っている
目標10:人や国の不平等をなくそう;離島に住んでいるための不便さがたくさんある。それが、若者の流出につながる→島暮らしだからこその良さを推奨し、移住定住促進につとめる
目標11:住み続けられるまちづくりを;住民の減少、少子高齢化は、離島だけでなく過疎化が進んだ地域の共通の課題である→地域発展のために行政と連携しながら課題を共有し、問題解決に取り組んでいく。シングルペアレントの移住を促進し、子育ての島を宣言する。
目標13:気候変動への対策;海での養殖産業では、海水の温度は致命的となる。→世界規模での地球温暖化に対する対策が必要
目標14:海の豊かさを守ろう:漁業が主要産業である。→海の資源を守り、持続可能にしていくことは、最大の課題である

答志島という小さな島の課題は、グローバル社会とつながっている。一つ一つの課題への取り組みは、グローバル目標につながっている。小さな島民の問題と考えず、つながりながら、様々な知恵や技術を駆使すれば、困難な壁も乗り越えられる。
SDGs・みえからの呼びかけ
「自分の周りの問題に目を向けよう。グローバル目標を達成するためには何が必要なのか、何ができるのかを考えてみよう」
「自分ができることを一歩ふみだしてみよう。仲間を作ろう、つながっていこう。県外の人、世界の人とつながろう」
「実現するための知識をつけよう、学び合おう、意見を交換しよう、人を育てよう」
「相手のことを思い合える世界にしていこう。相手の利益、幸福を考えていこう」
「未来に向けて何ができたか検証しよう。自分達の幸せや未来に繋がったかを考えてみよう」
持続可能な開発目標は、私たち一人一人が取り組んだり、考えたり、生活を変えていくことで達成できていきます。

国連総会で採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」我々の世界を変える行動の呼びかけでは、次ぎのような文章がある。
これは、人々の、人々による、人々のためのアジェンダであり、そのことこそが、このアジェンダを成功に導くと信じる。人類と地球の未来は我々の手の中にある。そしてまた、それは未来の世代にたいまつを受け渡す今日の若い世代の中にある。持続可能な開発への道を我々は記した。その道のりが成功し、その収穫が後戻りしないことを確かなものにすることは、我々すべてのためになるのである。

SDGsを成功させるためには、若者達がキーワードになるように思う。SDGsは、「誰も置き去りにしない(leaving no one left behind)」が共通理念である。発言権が少ない若者達や子供達が置き去りにならないよう、発言権が少ない社会的弱者が置き去りにならないようにしていくことが必要だと思う。若者達を議論のテーブルにつけ、若者達の意見を注意深く聞き、どうすれば、未来の世代にたいまつを受け渡すことができるのかを考え、実行していくことが必要だ。未来の子供達に、美しく住みやすい地球が残せるように、今、動きださなければと思う。





家族のカタチ

妊娠・出産・子育て期の途切れない支援が必要と言われるようになり、産後ケア事業が各市町村で公的な補助を受けながら行われる地域が増えてきています。三重県津市でも一昨年より、地域の出産・産後を支える施設が協力して、津市在住の方を対象に7日間を限度に産後ケア事業が始まりました。津市在住の方、子育てを手伝う人がいない場合などの縛りがあるため、昨年からは、当院独自でも産後ケア事業を始めました。

産後ケアを受けてもらって良かったというケースが沢山あります。
産後の頼りにしていた実母が出産前に骨折し入院してしまい、自分は帝王切開での出産となり、自分の思い描いていた産後と全く状況が変わってしまったAさん。とりあえず夫と二人で頑張ってみますと退院していきました。その後は、当院での母乳外来で助産師が経過をみていましたが、育児技術というより、Aさんの心身の疲労感が心配とのことでした。1ヶ月健診では、赤ちゃんはすくすくと健やかに育っていましたが、眠れない、食べられない、夫がいるときは手伝ってくれるが仕事が忙しくて夜遅くしか帰ってこない、子どもがかわいく思えない、実母のことも心配だがお見舞いにもいけない、と涙を流していました。産後ケアの話しをしたところ、そんなことができるなら是非利用したいと、もう一度赤ちゃんと一緒に5日間当院で過ごしてもらいました。しっかりと身体を休め、スタッフといろいろな話しをし、「私は以前はこんな性格ではなかったんですよ・・・。こんな風になるなんて・・・」と言いながらも、少し元気になりましたと自宅へ帰っていきました。

この10年程で社会や家族のカタチが急激に変わってきたことを痛感します。以前は、専業主婦の実母が多く、出産時も入院中も実母がつきっきりで世話をしてくれる姿が多くみられました。おばあちゃん達のちょっと間違った子育ての押しつけもありましたが、娘も母親に頼っていました。私自身も産後1ヶ月間は実家にお世話になり、実母が赤ちゃんのお風呂も全部いれてくれて、ゆっくりと過ごさせてくれました。厳しい言葉を言われることもありましたが、自分を育ててくれた母親への信頼感があり、母親に腹を立てるというよりも母として見習い感謝することが多くありました。
今はどうかというと、出産時も入院中も実母よりも夫が頑張ってくれています。夫が出産に立ち会い、入院中も赤ちゃんの抱っこ、オムツ変え、ミルク哺乳など率先してやってくれています。出産した妻へのいたわりも十分してくれています。実母は、仕事をしている、離婚していて再婚した家族がいる、高齢で頼れない、他界している、母娘関係がよくない・・・などいろいろな理由で実母より夫を頼りたいママ達が増えてきました。それはそれで、とても良いことだと思います。しかし、社会のシステムがついてきてくれていません。赤ちゃんが生まれてから、3ヶ月程は本当に大変です。特に最初の赤ちゃんを育てる時は、頼れる人が側にいてくれる、助けてくれる人が側にいてくれることが絶対に必要です。家族だけではやっていけない時代になっています。イクメン、イクボスとは言っても、子育ての十分手助けになるほどご主人が自宅にいてくれることはありません。税金を子育てしている家族のためにもっと使い、社会全体が子育て家族を支えていけるようなシステムに変えていく必要があります。

朝日新聞に特集記事が掲載されていました。
批評家の東浩紀氏が中心となって2012年に発表した「新日本国憲法ゲンロン草案」。前文に「日本は繁栄する国でなければならない」と書かれていた。繁栄とは何だろう。尋ねると、東氏は即答した。繁栄とは子どもを産んで育てられることです、と。「今後の世界で何がポジティブな目標になるのか。思いついたのは、次世代が生み出されることぐらいでした。次の世代の未来が手渡されること。つまり繁栄です」
「保育園落ちた」現象をどうみているのだろう。東氏は、日本でこの10年~20年の間に人々の考え方が変わってきた、と語った。グローバル化を背景にした収入減少で共働き家庭が増え、「妻は家で育児」のモデルは行き詰まった。教育費がかさむ時期に手厚い給与をくjれた年功賃金の会社や労働組合もやせ細った。そうした中で「せいぜい国家ぐらいしか頼るものがない」という認識が広がったと見る。だから、怒りも国家へむかのだ、と。

別の日の特集記事では次ぎのようなことが書かれていました。
「経済的な要因が家族の形を変える」と服藤氏。戦後は経済成長でサラリーマンが増えて都市に人口が集中し、核家族化が進んだ。その後の低成長やグローバル化による収入減で女性のパート就労が増加。保育所などの整備がそれに追いつかず、少子化を招いた一因となった。
日本がモデルとした西欧の家族は多様化の道を歩む。結婚していない男女から生まれた婚外子の差別撤廃が60年代から進み、スウェーデンやフランスは婚外子が5割を超える。同姓婚を認める国も増えている。
結婚するのか、子どもを産むのか、誰と住むのか、死後をどうするのか、生き方の多様化が、家族も多様化させる。あらゆる家族を受け入れる未来を、私たちはつくれるのだろうか。

これから家族のカタチは、ますます変わってくると思われます。国家という大きな組織に頼る部分も必要ですが、国の政策で一つ一つの家族のカタチに答えられるシステムを作ることは不可能だと考えます。これからの多様の家族のカタチを受け入れ、生きる力をしっかりもった子ども達が育つためには、一つ一つの家族に関わる地域社会が変わっていかなければならないのでしょう。そして、私達一人一人の生き方を大切にしながらも、変化していく社会に対応できるよう、自分達の考え方や価値観も変えていく必要があるのだと思います。

災害時の母児を守る

平成28年11月20日三重母性衛生学会に参加し、「災害というキーワードを通じて考える本当の意味での母子保健」 国立保健医療科学院 吉田穂波先生の講演会を聴きました。吉田先生は、三重大学医学部出身で私の後輩であることがわかり、とても親近感のある5人のママさん産婦人科医でした。母として産婦人科医としての熱い思いが伝わる興味深い講演会でした。
吉田先生は、ご主人の都合でフランクフルト、ロンドンで出産・子育てし、第三子を出産後に渡米し、ハーバード大学公衆衛生大学院を卒業後、第四子を出産し、ハーバード大学リサーチ・フェローとして女性の生き方や少子化などの研究を行っていました。2011年3月11日東日本大震災で日本プライマリ・ケア連合学会・東日本プロジェクトの派遣医師として、石巻市、南三陸町を中心に母子のアセスメントをして回った経験を通して、災害時の母児を守るための取り組みが必要と感じ、臨床医から研究職に転身し、災害時の母子保健システム政策研究を始めたそうです。

災害時要援護者として、高齢者、心身障害者、外国人、乳幼児、妊産婦があげられます。日本は世界一の少子高齢化国となったため、他国に比べて妊婦や乳幼児の人口割合が少なく、妊婦はマイノリティとなりました。地域による格差はありますが、一般的に日本では、災害時要援護者の人口における割合が、高齢者(25~40%)、心身障害者(6%)、外国人(1.2%)、乳幼児(5%)、妊産婦(0.8%)となっています。
妊産婦は、要援護者となっているのに、今までは災害時の母子に対する対策がなされていませんでした。避難所では、自分が妊婦だということは、声に出しにくい状況があったそうです。妊娠中の女性は若いため、元気な健康な人と周囲から思われている。産科医や家庭医など産科の知識がない医師は、妊婦の診察をしたがらない。母として妻として家族を守ることが最優先と考え、妊婦自身が辛い状況を我慢している。妊婦のことを理解している支援者が声をかけないと、自分からは手を挙げて援助を希望しにくい現状があったそうです。石巻では、5つの出産施設が津波で流されたため、石巻赤十字病院しか出産施設がなく、出産2日後で退院させるしか方法がなく、出産後すぐから避難所生活をせざるをえない状況がありました。
他の資料を検索すると、東日本大震災の時に、産後の母子を被災地域に近いホテルや温泉施設で短期間受け入れたり、家族を含めた助産院で長期間受け入れたりする申し入れがありましたが、これらの利用は少なかったと報告されています。また、隣県や東京などの受け入れ支援事業では、一定の成果をあげた一方で、このうような活動が波及しなかったことも言われています。これには、家族と離れ離れになることの気がかり、生活基盤のある土地から離れることへの抵抗、自分と子どものことだけを考えて動ける状況でなかったこと、見知らぬ土地へ妊産婦が移動する困難さが考えられると報告されていました。
妊産婦を守るということは、母と胎児あるいは赤ちゃんという二人の命を守ることになります。いくつかの自治体では災害時母子避難所が立ち上がりました。災害というキーワードは、まちづくりの重要な部分です。そこに母子という対象をいれることで、妊産婦や子どもに優しいまちづくりができるのではないでしょうか?日常から、妊産婦や乳幼児が被災した時のことをシミレーションすることで、マイノリティになってしまった妊産婦のことをみんなで真剣に考える場になるのではないでしょうか。それが、少子化への歯止めの一つの方法になるかもしれません。

最後に受援力についての話しがありました。防災の分野でよく使われていて、被災した場合に、ボランティアの援助をどのように受け入れるかという意味で使われているようです。受援力とは、助けを求め、助けを受ける心構えやスキル。吉田先生は、海外で暮らしている時、受援力の大切さに気づきました。日本人は、「こんなことを人に頼んだら恥ずかしい」「自分が頑張らなくては」「頑張れない自分が悪い」などの気持ちが強い民族だと思います。海外では、隣人に出来ないことはお願いするし、隣人も困ったことはない?と声をかけてくれる。誰も頼る人がいないなかでの子育てでは、自分の壁を取り払って、知らない人にもお願いすることで、コミュニケーションが生まれ、暮らすことができたそうです。
頼むこと=相手への信頼、承認、尊敬
今の時代、困ったことがあると、隣の人に聞くよりもスマホで調べます。そこには、隣人とのつながりも信頼もコミュニケーションも生まれません。スマホで調べたことには、常に不安感がつきまとい、どんどん泥沼に入っていきます。隣人に助けて、教えて、わからないのですが・・・というだけで、つながりが生まれます。
私にも経験があります。昔、クリニックは二人医師体制でやっていましたが、もう一人の医師が退職することになり、自分一人でクリニックをやっていかなければならなくなりました。「困った」「やっていけるのか」と気持ちで落ち込みましたが、搬送先の医師に当院の状況を説明したところ、搬送先の医師は、「困った時は、『助けてください』と大きな声でいいなさい。そうすれば、バックアップするから大丈夫」と言ってくれました。その言葉で、どんなに勇気づけられたことか・・・。
私が学んでいるSHIEN学でも同様な考えがあります。他者との関係は、「してもらう・してあげる」の交換。でも、「してもらえる力」をつけることが大切。受援力でも、助けてあげるよりも「助けてもらえる力」をもつことが大切なのでしょうね。人は、いろいろな人に助けてもらって生きている。助けてもらったことへの感謝の気持ち、嬉しかった気持ちが、今度は人を助けたいという気持ちに変わり、行動することができる。自分が行動したことで、つながりがうまれ、信頼や感謝の関係がうまれ、幸せな気持ちになれる。「してもらう・してあげる」「助ける・助けられる」「頼る・頼られる」そんな循環が自然にできる社会になるといいなと思います。

虐待を防ぐために

平成28年9月29日は、三重県立小児診療センターあすなろ学園の新園長 金井剛先生の講演会を聴いてきた。金井先生は、横浜で児童相談所の所長を長年経験してきた児童精神科医である。虐待で傷ついた子供達の心のケアを子どもを保護した児童相談所でするべきだと思っているが、児童精神科医の数が少なく、児童相談所の職員も担当性になっていたため、保護するので精一杯で子供達のケアができていないのが実情とお話しされていた。

平成28年10月13日医療機関向け虐待対応プログラム(BEAMS Stage2)の講習を受けてきた。
BEAMS Stage2の目的は、虐待の可能性がある子どもと親への接し方の基本を学び地域と家族を適切に繋げるための「安全の架け橋」となること。急性期に必要な医学的検査・カテゴリー診断ができるようになることである。

今まで、虐待対応については、児童相談所や市町の子ども支援課などの行政が担当だった。医療的には、虐待を受けた子ども達を診察する小児科医や児童精神科医が関わってきた。産婦人科医は子どもを診察するわけではないので、虐待について今まで無関心だった。しかし、このような講演会や講習で講師の先生に挨拶にいくと、産婦人科医が参加していることを、とても歓迎される。これからは、産婦人科医も是非、繋がってほしいし、繋がる必要があると言ってくれる。最近、妊娠・出産・子育てにおける切れめのない支援が必要と言われ、妊娠中からの虐待リスクの把握や育児指導・育児支援など産科医も虐待予防を担う重要な役割があると意識されるようになってきた。
なぜ、産婦人科医が重要な役割を担うのか?今までは、虐待が起こってからの対応であった。でも、虐待を受けた子供達は、心の問題を持ったり、重大な身体障害や後遺症をもったり、最悪のケースでは死亡にいたる。それを防ぐためには、虐待の通告や対応だけでは不十分で、虐待がおこらないためには何が必要なのかを考えていかなければいけないからだ。

思春期教育:思春期は、子どもの身体から大人の身体に変わる時、そして、心も子どもから大人になっていく必要がある。性教育では、自分自身の身体の変化や月経・妊娠の正しい知識を教えること、妊娠できる身体になったこと、避妊の方法や望んだ時に妊娠・出産するためにどうしたらいいかを教えてきた。しかし、心の変化については、だれも教えてくれない。身体の変化とともに、異性に興味をもち、親から巣立とうとする。性行為をもてば妊娠する可能性はある。でも、それが結びついていない子供達が多くいる。いざ、妊娠となれば、家庭を持ち、子育てをし、家族を養っていくことは、自分の思い道りにいかないことの連続だ。他人との関わりで、他人をどう思いやるか、自分がどのように変わっていったらいいか、変化のなかで対応していかなければいけない。しかし、学力のみで自分を評価してきた子供達、親からのネグレクトで何も教えてもらってこなかった子供達、親子関係が上手くいっておらず親に頼れない子供達・・・。未熟な子供達が親になった場合、自分の思い道りにいかないストレスは、弱い者=幼い子どもに向けられていき、虐待につながっていく。思春期から、身体の変化の知識の授業だけでなく、一人の大人として他人をおもいやること、家庭を築くことや子どもを育てることなどを考える機会が必要だと思う。

性虐待・性暴力被害:性に対して被害を受けた女性達の講演を聴いたことがある。身体的なダメージだけでなく、「自分は生きている価値のある人間なのか」「自分は汚い」「自分は愛される価値がない人間」などといった自己が肯定できなくなる精神的なダメージの方が大きいという。今は、性暴力被害に対して、ワンストップの対応がされるようになってきた。しかし、性虐待については、非常に対応が難しい。虐待が家族の中や知人の中で起こっているため、「誰にも話してはいけない」といった恐怖や圧力のなかで子供達は生きているからだ。最近では、性虐待や性被害に対する支援者の聴き取りの講習会が開催されてきている。しかし、性虐待に専門的に対応できる医師は日本では極めて限られているという。産婦人科医が関わっていかなければいけないことだと痛感する。

社会的・経済的問題:経済的に生活に困窮している。離婚を繰り返し、親が違う子どもをたくさん育てている。頼る身内がだれもいない。精神的な疾患をもっている。・・・外来で診察しながら、大丈夫かな、子育てできるかな、と心配になる家族がいる。今は、地域の保健師に繋ぎ、地域で見守ってもらうシステムができてきた。心配していたが、何とかやっている家族がほとんどだ。でも、虐待予備軍として、保健師やこども支援課の職員が家庭訪問したり、保育園の通園をすすめて保育士が関わったり、子育て支援センターの利用をすすめて、地域が見守ってくれている。大変な生活のなかでも、何とか子どもを育てている様子を聞くとほっとする。子育てに困難が予想される家族には、早くから地域の見守りに繋げていくことで、虐待が防げると思う。子育てには、誰か寄り添って見守ってくれる人が絶対に必要だ。

虐待の連鎖:子ども時代は、養護施設で育った患者さんが二人目を出産した。一人目の妊娠の時は何となくオドオドしていた。年の離れた優しいご主人と時々一緒に通院し、ご主人の両親と同居でうまくやっているようだった。入院中の育児も上手くできていて、夫と義父母の協力のもと何とか子育てをやっていけていると言っていた。すぐに二人目妊娠、出産。今回は、義父が病気になり、義母には頼ることができなくなったと言っていた。当院のスタッフには、何でも話せる関係になっているので、一ヶ月健診の時には、1時間程スタッフと話しをしていた。「実母には頼れないし、養護施設でも虐待を受けたこともあるので、施設の職員には頼れない。施設での友達はいるけれど、大変やなって言うだけ。車の免許がないから、外にもいけない。夕暮れになると上の子どもが泣くので、抱っこをしているけれど、二人抱っこしていると、夕食が作れなくて、どうしようって思う。裏の人は、お年寄りで子どもの泣き声が続いていたら、虐待だと通報されたらと思うと、怖くて窓が開けられない。周りはお年寄りが多くて、ママ友なんて出来ないし・・・。仕事にでて、保育園に預けたらとも言われる。でも、車がないから行けるところが限られている。今日、看護師さんに良く頑張ってるね、て言われたら泣けてきた。最近、頑張ってるねと言われると泣けてくる。心病んでるよね。やばいよね。でも、大丈夫。」などと笑いながら外来で話してくれた。虐待を受け、施設で育ち、本当の親の愛情をうけていないながらも、何とか子育てを頑張っている彼女を心から応援している。何かあれば、連絡しておいで。こんな些細な繋がりでも、虐待の連鎖を防げたらと思う。

子どもと一緒に歌って身体を動かそう

平成28年9月11日 国際ボンディング協会中部支部セミナーが皇學館大学で開催されました。
テーマ「親子の愛着を育むふれあい歌遊びセミナー」 講師:高橋摩衣子先生
高橋先生は、以前は東京の児童館で「うたのお姉さん」をしていて、その後、レコーディング会社で子ども向けのCDのプロデュースをしていました。今は4歳のお子様を育てながら、皇學館大学で幼児・保育教育を勉強している学生に音楽を教えています。

「うたのお姉さん」をされていただけあって、音楽が流れるやいなや、ノリノリの感じでみんなが引き込まれていきます。教えてもらった歌のいくつかを紹介しましょう。

まずは、会が始まる時のオープニング
『かえるがゲコゲコ』 ゲコゲコに合わせながら、隣の人とのタッチ。知らない人と仲良くなるためには、手がタッチできる距離で触れ合うことで、仲間意識がわいいてくる。タッチが上手くいかないと、思わず笑い合える。大人同士の名刺交換ではない、楽しい会の始まりです。

一緒に歌いましょう
子どもの研究論文によると、子どもはオペラのようなビブラートのきいた歌声より、はっきりした声に反応するそうです。ママ達は、自分が歌が上手くないからと思わずに、はっきりした口調で歌うだけで、子どもは楽しくママの声に反応してくれるはずです。

赤ちゃんのあそびうた
ママ達に童謡を歌いましょうといっても、苦手なママ達も多い。童謡でなくても赤ちゃんが喜び、ママも楽しい歌がたくさんあります。
『うにうにんぱー』 藤本ともひこ作曲のCD「手遊び大作戦!」の中には、とっても楽しく、遊び心満載の手遊びうたが沢山あります。藤本ともひこさんは、赤ちゃんにロックを聴かせたい、とこの曲を作ったそうです。子どもはマーチのようなはっきりしたリズムの歌を好みます。だから、ロックも大好き。
CD「はじめてのクラシックであそび・あそびうた」から、メンデルスゾーンの結婚行進曲とモーツアルトのトルコ行進曲をあそびうたに作詞したものを教えてもらいました。すごく楽しい作詞になっています。これは、クラシックが好きなママも子どもと一緒に遊べます。クラシックを知育教育にというより、赤ちゃんがキャッキャッいいながらママとの遊びを楽しめるアレンジになっています。
CD「0歳からのマジカルあそびうた」は、イケメンの男性グループが歌っているそうです。若い男性のCDということで、パパ達にも興味を持ってもらえるかな。パパにも赤ちゃんと楽しく触れあえる遊びを教えてあげたいですね。。

ねかしつけ
子どもをねかしつけるためには、子守唄を歌わないと、と思っているママもいます。『そうさん』のようなゆっくりした歌でも十分子守唄になります。また、子どもは顔を触ってあげたり、身体を触ってあげたりすることで眠気を誘います。先生のお子様は、『めぐろさんをまいて』というわらべうたで顔を触ってあげると、眠っていったそうです。

幼児に人気の遊び
保育園では定番だそうですが、『バスにのって』で遊びました。

参加者は、ほとんどが40代以上の女性。童心にかえって、とっても楽しくセミナーを受けることができました。乳幼児の遊びは、保育園や幼稚園で教えてもらう歌遊びだけでなく、パパやママ、お兄ちゃんやお姉ちゃん、おじいちゃんやおばあちゃん達が、自分が好きな楽しめる歌で、のりのりになりながら、乳幼児の子供達と身体を使って遊べばいいのかなと思いました。赤ちゃんには、抱いたり揺すったり触ったりコチョコチョしたり・・・。幼児には、少しずつ大胆な動きができるように・・・。難しく考えずに、歌って踊って身体を動かす。これは、大人にとってもリフレッシュになります。こうすれば音楽が出来る子になる、こうすれば情緒豊かになる、なんて頭でっかちに考えすぎず、身体を動かし声を出して、子どもと楽しんじゃえ、っていう感覚が、ママやパパ、そして子育て支援の人達には大切なのでしょうね。
これは、老人の痴呆予防にもなるよね、と60代の参加者から。子どもが喜ぶ歌や踊りや遊びで、どんな年代の人でもみんな楽しんじゃおう。そんな雰囲気を地域に作っていきたいですね。

支援者の関わり方

平成28年7月28日 津市子ども・子育て支援関係者研修会に参加してきた。
テーマ「今必要な子育て支援~親の関わりにくさを考える~」NPO法人MCサポートセンターみっくみえ 松岡典子先生
子育て支援の目的は、心身ともに健康な子どもを育てること。子育てしやすい社会を作ること。つまり、親支援である。現在の家族を取り巻く社会状況の変化としては、都市化と過疎化。世帯構成が変化し、核家族化している。女性の社会進出と共働き家庭の増加。少子高齢化の少子時代の子育て。インターネットやスマホの普及による子育てへの影響。そういった変化の中で、子育ての社会化の必要性が言われている。しかし、実際は、親が子どもを抱え込み過ぎて社会から離れてしまっている、あるいは、親が子育てを放棄して社会に任せすぎているといった二極化になってきている。
家族システムは、揺れるモビールにたとえられる。大きく揺れるとその揺れは全体に波及し、激しく揺れるがそのうちまたバランスを取り戻す。家族の1人の変化はすべての家族メンバーに影響を与えるが、家族は変化と安定のバランスを取る力をもっている。母親の悩みは、自分自身の悩みだけでなく、家族の問題で自分が大きく揺れていることが多い。それを間違って支援者が介入しすぎると、揺れを大きくしてしまうこともある。家族には最終的には落ち着く力を持っていることを信じて支援者は介入することが必要である。
子どもの虐待の取り組みの目的は、子どもが虐待を受けないように子どもの安全を守ることだけではない。子どもが心身の健康を取り戻し、健康なおとなになり、我が子を虐待しないようにすることである。子どもを守る責任は、保護者だけでなく、国・地方公共団体、そしてすべての国民にあると法律に定められている。虐待は最重症の子育て困難であり、それは親を支える社会の問題である。そして、虐待の重症度は、常に移動するもので確定的なものではない。もともと問題があるであろうと思われていた母親が、しっかり子育てできている場合があったり、逆に、何も問題なかった母親が、何かのきっかけで、虐待をすることになることもある。固定してみないことが大切である。
関わりにくい親への対応の一つとしてストレングスアプローチがある。ストレングスアプローチとは、人々の持つ尊厳・能力・独自性・共通性を尊重し、人々が変化を遂げる過程の中で、人々が持つ自分の強さ、良さを見出し、それらを大切にし、利用・活用できるよう手助けする。また、そのような環境を作りだす、アプローチの方法である。ストレングスアプローチの信念は、
1.全ての人は強さ・良さをもっている
2.人々は変わることができる。
3.人々は自分の置かれている状況について誰よりもよく理解している。自分自身が自分自身に対する専門家である。
4.問題自体が問題であり人は問題でない
5.人々は自分自身の持つ強さを認識し評価するとき、自由に学び成長することができる。
ストレングスアプローチを参加者が体験した。演習の前には、問題のある家庭の絵をみて、母親の子育ての問題点ばかり指摘していた参加者が、演習後は、その絵の中にお母さんが精一杯自分なりに頑張っている所を沢山見いだすことができた。支援者にとって、とても必要な感覚だと思う。問題点を指摘することも大切だが、まずは、その人を認め、その人の状況を理解し、その人の強さ・良さを理解することから、支援は始まると改めて勉強になった。

親子で命の教室

平成28年7月10日(日)、NPO法人世界SHIENこども学校のびすくの主催で、地域の宝探し&体験活動 IN ヤナセクリニックを開催しました。この活動は、毎月1回、地域の様々な場所や施設を訪れ、自分たちが暮らすまちを知り、様々な体験をやってみることを目的としています。その施設の専門家やその場所に暮らす人達が、子ども達に丁寧に関わってくれています。
今月は、地域の産婦人科クリニックであるヤナセクリニックに親子が来てくれました。

まずは、新生児室へ。生まれたばかりの赤ちゃんを窓越しに見せてもらいます。「ちっちゃ~い」「かわいい」「あんなに手や足が小さいよ」など、子供達は大喜び。ママ達は、それを微笑ましく見ていました。そして、自分が出産した時のことを思い出していたのかなと思います。

次は、親子で命の教室。
助産師が、命の誕生についてをスライドをみながら、説明します。「A Child is Born 赤ちゃんの誕生」レナルト・ニルソン写真 あすなろ書房の本から抜粋して作りました。卵子、精子、受精、そして、胎児が赤ちゃんとなっていく過程を、美しい写真でみることができます。沢山の精子が卵子にアタックして、その中でたった一つが受精して、命が誕生します。ハートの紙に針で穴をあけてみんなに配ります。その穴が受精卵の大きさ。その小さな命の始まりから赤ちゃんが誕生するんだよ。すごいね。子供達は何か感じてくれたかな。小学4年生女子からは、「きれいだったから、また写真をみたい」と。当院看護助手スタッフからは、「お腹の中は宇宙のようで、とても美しいんだと感動です」とコメントをもらいました。本当に生命の誕生は、神秘的で奇跡だと感じます。
3ヶ月、6ヶ月、9ヶ月の大きさの赤ちゃんに臍帯、胎盤がついている子宮の部屋の赤ちゃん人形モデルを子供達にみせて、赤ちゃんの重さを感じてもらいます。どんな風に赤ちゃんが子宮の中にいるのかを説明します。みんな興味津々でした。

もううぐ予定日のご夫婦が登場してくれました。妊娠した時の喜び、今の心境や赤ちゃんの誕生を楽しみにしている気持ちを話してくれました。小学4年生男子からパパへの質問。「奥さんが痛がっている時には、どうするんですか?」。パパは、「僕もそれが、一番困っているんです。奥さんが少しでも楽になるようにサポートしたいと思っています。」と答えてくれました。
実際の赤ちゃんの心音を聴かせてもらいます。赤ちゃんは1分間に140回くらい心臓が打っていました。みんなの倍くらいの早さです。子供達は、びっくりした顔です。その後、実際の妊婦さんのお腹に触らせてもらいました。「大きい~!!」と、びっくり顔です。
先輩ママ達は、初々しい初産婦の話に、自分達が初めて妊娠した時の幸せを思い出していたようです。そして、これからママになることへのエールを送っていました。

子供達に聴診器を渡し、お互いの心臓の音を聴いてみます。「聞こえたよ。」とニコニコ顔。前の人の心臓の音を聴いて、何か感じてくれたかな。みんな自分と同じように生きている、ということを実感してくれたかな。
その後、赤ちゃん人形でおむつを変えて、哺乳瓶を使ってみました。みんな楽しそうです。

最後に子宮から出てくることをイメージした、子ども達のトンネルくぐり。その先にはママが待ってくれています。小さな子どもは、ママに抱きしめられて、幸せいっぱい。何度もくぐっていました。ちょっと大きなお兄ちゃんやお姉ちゃんは、ママに抱きしめられて、ちょっと恥ずかしそう。でも、すごく嬉しい顔です。ママの愛を沢山感じてくれたかな。

その後は、子ども達は保育士さんに命の絵本を読んでもらいました。
ママ達は、ハートの紙に子どもへのメッセージを書きました。

昼は、のびすくに帰って、バーベキューです。小学生3,4年生達は、率先してお手伝い。野菜を協力して切ってくれました。いつもは知らないママさんに指導してもらいながら、とっても良い雰囲気です。いろいろな親子が集まる良さを感じます。

昼食の後は、ママサロン。働いているママさん達の本音がでます。「一人目の時は、家事も育児も仕事も全部完璧にしようと頑張っていた。頑張っているのに、中途半端しかできていない自分にイライラしていた。でも、ある時、私は子どもができたら、楽しく食卓を囲んで話しをすることを思い描いていたのに・・・と思ったら、手を抜いてもいいから、子供達と楽しく今日あったことを話す時間をもとうと思い直した。そしたら、すごく楽になった。今は三人目の時短で働いている。職場の皆さんには悪いなと思う。同世代で不妊治療している人からは、子どもがいて、時短で働いて、それなのに出来ない仕事は私達に回ってくるなんて・・・、そんな雰囲気を強く感じる。仕事は完璧にはできないことを悪いと思うけれど、時短の制度をしっかり使って働き続けたい。」「職場は、男性が多く、同僚の男性の奥さんはみんな専業主婦。ダブルインカムで余裕があっていいよな、と言われる」「ヤナセクリニックでは、小さなお子さんの育児中のママさんスタッフが多い。時短の人も多いし、子どもの発熱などで急に休まれることも多い。産休・育休でスタッフが抜けることも多い。でも、みんなお互い様の気持ちで嫌味を言うスタッフは一人もいない。働きやすい良い職場だよね。」
女性活躍というけれど、職場によって育児中のママさんへの風当たりは様々。現場の本音の声を聞いて、育児中の家族に優しい職場になってほしいと思います。

最後にママから子ども達へのメッセージを渡します。何が書いてあるのでしょうか。子供達は、みんなニコニコ嬉しそう。

クリニックで開催する命の教室は2年目となりました。命について親子で感じてもらえる時間は、私達クリニックのスタッフにとっても大きな学びの時間であり、幸せな楽しい時間です。学校現場に出向いて行う命の教室だけでなく、クリニックに来てもらって体感してもらう命の教室も続けていきたいと思っています。来年は、もっともっとレベルアップするぞ、とみんな張り切っています。


フィリピンの貧しい診療所より

フィリピンの最貧困地域で2000年から「バルナバクリニック」を開院し、医療活動を行っている助産師の冨田江里子さんの講演会を平成28年6月26日に三重県津市で開催した。ヤナセクリニックの長谷川看護師長が、昨年、冨田江里子さんのクリニックを見学に行き、看護の原点を感じたと感銘を受け、是非、自分の地元でも講演をしてほしいと熱望し実現した。

長谷川師長は、フィリピンから帰ってきてから、自分の中に大きな変化があったという。看護師から助産学校に行って、家事と子育てと学校とを一年間両立しながら、苦労して念願の助産師になった。そして、助産師として早く一人前になりたくて、取れる資格は全部とりに行って、勉強した。これで、自分は助産師として、完璧だという思いがあった。しかし、冨田さんの本に出会い、どうしてもフィリピンの冨田さんのクリニックを見学したいと思い、師長になってまだ一年にもなっていないのに、仕事を1週間休んでフィリピンに行きたいと懇願してきた。私も海外協力隊などの活動には、興味があり、「行ってきていいよ」と快く返事をした。

長谷川師長は、帰国してから、いろいろな話しを私にしてくれた。
薬、酸素、分娩監視装置、赤ちゃんの蘇生用の機器、心電図などのモニター・・・といった医療機器や物品がなければ、自分は全く何もできなかった。勉強してきたことは、何も通用しなかった。助産師である冨田さんのクリニックでは、医師ではないので基本的には薬が使えない。電気も不安定なので医療機器は使えない。フィリピンの貧困の人達は、お金がないので病院に行っても追い返され、診察を受けることはできない。医療を受けられず、バルナバクリニックに来る人達を、それでも何とか助けなければいけない。自分は、言葉も分からないし、医療的な行為は何も手伝えなかったけれど、身体をさすってあげる、手を握ってあげる、声をかけてあげる、抱きしめてあげることはできた。そのような行為が、どんなに患者さんに安心感を与え、不安な気持ちから前向きな気持ちになれるかを感じた。アロマセラピーの知識などは、とても役に立っていた。出産して直ぐに自宅に帰ってしまうため、自宅に産後の様子を毎日見に行ったり、ゴミ山で暮らす親子の健康を見に行ったりしたが、どんな劣悪な生活環境の中でも、目を輝かせて生きようとしている子ども達の笑顔に涙が出たという。冨田さんがやっている医療は、日本に持ち帰ることではないが、自分達の思いこみや価値観を患者さんに押しつけていないか、患者さんに勇気を与え元気を与えるような看護ができているのか、親子の自然体の生きる力をサポートできているか、ガイドラインに縛られて患者さんの不利益になることを平気でしていないか、もっと自分達が患者さんにできる看護はないのか・・・、などいろいろなことを考えたそうだ。

今回の冨田江里子さんの講演は、「フィリピンの貧しい診療所より~どこでも生きていける自分と次世代を作る」がテーマだった。参加者のほとんどが、医師、助産師、看護師、看護教員、看護学生など、医療関係者だったため、その人達へ何かを気づいてほしいという冨田さんの思いを強く感じた。
彼女は、1993年に青年海外協力隊でモルディブ共和国の地方病院に2年間勤務した。病院には、どうしても手に負えない妊婦しか運ばれてこず、正常なお産をする助産師としての力を発揮することができず、日本での価値観が世界に出てみれば全く通用しないことを痛感したそうだ。そこでは、野菜が全くとれないため、毎日穀物と少量の鰹節のようなタンパク質が食事に出るだけだった。自分も一緒にいた医師も見事に栄養失調になった。しかし、現地の人はそれよりも貧しい食事にも関わらず、血液データーは全くの正常値であった。その当時WHOは白人のデーターしかもっておらず、貧しい開発途上国の人達は栄養が不足していると言っていた。自分もそれを信じていた。しかし、それは、大きな間違いで、そこにもともと住んでいる人達は、その生活で維持できる身体になっていて、その地域に適応できる身体になっているのだということに気が付いた。そして、日本ではひどかった自分のアトピーが、完治していたという現実に、自分の今までの価値観が大きく覆された。

1997年からご主人のNGOの仕事に付き添いフィリピンに行った。そこで、お金がないために、病院には行けず、民間の間違ったやり方で亡くなっていく妊婦や赤ちゃんの話しを聞いて、「納得できない母子の死亡の話を聞かないで済むように、産婦が気軽に来れる場をつくろう」と無料診療のクリニックを始めた。フィリピンでは、病院に行っても、まずお金があるかを聞かれる。お金がなければ、診療は受けられない。貧しい人達にとっては、病院で医療を受けることは、自分達の生活の全て、そして親戚達にもお金を借りなければいけない。みんなに迷惑をかける。だから、こんな状態までほっておいてと思うくらいでも、自宅で様子をみている。ゴミ山の中の簡単な家の中でも出産をする。クリニックでは、産むために来て、産んだら自宅へ帰っていく。この地で生きていくために、なるべく母子の密着を助け、劣悪な環境でも育っていくように見守りアドバイスをしてきた。日本の医療の常識では、こんな状況では治せないといった疾患でも、生きていくという前向きな気持ちや祈りで、助かって治っていく現場に沢山遭遇したという。「この病気は、こんな治療をしないと助からない」と言われても、お金がなくて治療を受けれない人達がいる。しかし、その中には、生きるために病気を治すんだという強い気持ちでいることが、クリニックでできる範囲内の医療内容でも、病気が治っていく経過をみていると、人間の生きる力の逞しさを感じるという。

WHOやユニセフは、貧困の可哀想な人達のためにと寄付などを募り、このような生活をしないと健康にならない、といった指針を示してくれる。WHOが示した1日に必要な栄養素というのは、正しいと思う。しかし、350gの野菜をとるために腐らない野菜が出回っている。インフラが整っていないために冷蔵庫がなく、35度以上の室外の市場で物が売られている。カットしても変色しない野菜・・・、35度以上の戸外でも腐らない肉や豆腐や乳飲料、熱帯の戸外でも溶けないマーガリン。なぜ?そのためには、様々な大量の食品添加物が使われている。最近は、今までにはなかった、アトピーや喘息などのアレルギー疾患、難治性の皮膚疾患、心筋梗塞や脳梗塞などの疾患が急増している。その国の人達のために、といいながら、先進国の経済が入りこんでくる現実があり、先進国の利益のためにその国の人達の健康が害されているという現実もある。

貧困問題は、子ども達が労働やお金として利用されていく現実がある。子ども達を学校に誘っても家の手伝いがあるから来ない。でも、日本の学生ボランティアがそんな中に入っていくと、「頑張って働いてすごいな」と子ども達に言ってくれる。日本の大学生より、自分達の方がもっと上手く家の手伝いができている。いつも、家人からは、「仕事が遅い。お前はダメだ」としか言われなかったけど、こんな素敵な大学生から褒められた。それなら、自分もがんばれば、もっとすごい大人になれるかもしれないと、学校に通い始めた子ども達もいるという。だから、学生ボランティアには、どんどん来て欲しい。
こども達がお金で買われていく現実もある。両親が蒸発して子ども達だけが取り残されている場合も沢山ある。ゴミ山で暮らしている子ども達の中には、その日暮らしで、家がない子ども達もいる。その子ども達の中には、少しの食べるものを与えてもらった、屋根のある場所で眠らせてくれたというだけで、その人を信じ、妊娠、出産を繰り返してしまう少女達がいる。その子ども達にいろいろな話しをしても全く通じない。なぜなのか?人からいろいろな事を教えてもらう、学ぶという環境が与えられずに育ってきた子ども達は、教えてもらっているという意識すらないということに気が付いた。そして、WISH HOUSEを立ち上げた。WISH HOUSEのパンフレットに書かれていること「貧困ゆえに義務教育である小中学校への通学を断念せざるを得ない子どもたちがいます。日常的なネグレクトや虐待、児童労働に疲れ、十分な知識のないままに裏社会や売春の世界に入っていきます。そんな不就学の子ども達を対象に、生きていくために知識をつける学習を無償で提供しています。これまでの生い立ちの中で子どもとして扱われなかった、子どもらしく振る舞うことが許されなかった、常に虐げられてきた、そんな心に傷を持つ子供たちが、貧困の悪循環から抜け出す大人に成長するためのラストチャンスなのです」

冨田さんの講演会を聞いて、一番感じたこと。自分の価値観を他人に押しつけてはいけない。その人、その地域、その国を自分の色眼鏡でみてはいけない。その人達が、その環境の中で生活してきたという事実をきちんと理解していかなければいけない。支援するなら、本当にその人に今必要な事は何なのか、本質を見極める力が必要だ。自分達が優れていると思うのは、大間違い。どんな事からも学ぶことは沢山ある。そして、理解しようという真剣な気持ちの中から、自分が何ができるのか、何をやるべきなのかを考え、そして、実際に行動していく力が必要だ。
今年も長谷川師長は、フィリピンに行くという。私もいつか行って、自分の眼でみたいと思った。
でも、その前に、自分の目の前にある問題に取り組んでいこう。日本でも、沢山の問題が山積みなのだから・・・。

地域でつくる子どもの居場所:アンケートから

平成28年5月7日、三重県総合文化センターで『地域でつくる子どもの居場所と学びのあり方フォーラム』を、「特定非営利活動法人世界SHIENこども学校のびすく」が主催して、開催しました。参加者の方にアンケート記入をお願いしましたところ、皆さん、びっしり書いていただきました。いくつかの内容を書き留めたいと思います。

映画「みんなの学校」を観た素直な感想
○校長先生が大空小を運営はじめたときの感想で「この問題児がいなければ素晴らしい学校ができると思った。」と本音を語ってくれたところが一番印象に残った。優秀な子どもだけを選んで有名学校に入学させることが、学校ではなく、どんな子どもでも受け入れ、社会に出るための成長をさせることが、本当の学校の役割と感じました。
○生徒ひとりひとりが自分の居場所を見つけ、役割を果たそうとしていた。
○心を伝えることにつきる。教育、子どもを信じて子どもの成長を待つこと。
○子どもをコントロールせずに、ありのままを受け入れる先生、お互いに理解しあって助け合う子ども達の姿に心打たれました。
○様々な個性を持つこどもたちが、共生する素晴らしさと難しさを感じた。
○先生、生徒、保護者、地域の「みんなの学校」であり、各自が「自分の学校」であることの難しさと素晴らしさ。
○全ての子の成長したい、前進したいという気持ちに感動した。

普通の学校とは違うと気づいたこと
○一人一人の先生が一人でやるのではなく、チームでやる
○クラス、学年という単位ではなく、学校全体がチームとして動いている
○職員全員が集合して、情報共有している場面が多い
○特別支援学級はなく、皆同じ教室で学んでいるところ
○どの先生も子どもの心に寄り添うことを一番に考えているところ
○最後までしっかり受け止め、こどもの心に何かが落ちるまで待っている
○先生の子どもへの評価の視点
○みんなと同じことをすることが正しいと言わない
○たくさんの大人の目が一人一人の子どもに向けられている
○親が自分の子だけをみていない。地域の人たちも
○この学校は「みんなでつくる学校」だと子ども達に伝えている
○安心する居場所をつくっている
○学校が覚悟を決めている
○建前、常識、管理ではない
○障害児に対する周りの子どもの反応
○周りの子ども達の気遣い、優しさがすごい
○特別支援教育は、周りの健常な子の方を育てていかなくてはいけない
○問題のある子と思われがちな児童を常にクラスの中心に置き、手と声と目をかけている
○どんな児童にも同じように、いい所はしっかり声に出して、ここが良かったとみんなの前で伝えている
○一人一人の個性を大切にする先生方の姿を見て、周囲の児童がどんな児童も大切なお友達と尊重し、隔てなく関わっている子に育っている
○子ども達は自分達で考える事、そして動き出すことを大切にしている
○目的を明確にし、気づく学び
○今の自分を素直に受け入れてもらって、変われる環境がある
○一人一人が違うという事を子ども達一人一人が理解しようとしている
○一人一人が認められているところって楽しいところなんだという共通の思いがある
○人の話を聞く、自分の思いを話すという習慣ができている
○子どもに対しても、状況を理解し合うことを求め、大人と同様に扱っている

子どもの居場所とは?
○ありのままの自分でいられる場所
○今の自分がさらにのびていける場所
○安心して学べる場
○自分を受け入れてくれるところ、理解してくれるところ
○居ていい場所
○自分の言葉で話せる、自分の感情を出せる、人に共感する
○安心、安全でいられる場所。身も心も
○自分のことを分かってくれる人がいる
○信頼できる大人と仲間がいる場所
○自然な笑顔があふれ、失敗や挑戦をさせる場所
○ここにいたら自分は誰かの役に立っているんだと自覚できる所
○心が落ち着いていられるところ
○子供達が、子供達同士、触れあえるところ
○ぶつかりながらも、子供達が信頼関係を作っていける場所

居場所をつくりあげるにはどうしたらいいか?
○自分の子どもを含め、自分の子どもの周りにいる子、みんなを親はみる
○周りの理解、協力、自分の子だけでなく、地域のみんなの子どもを育てることの必要性を知ってもらう
○子ども同士の関わりを密にする
○一人一人得意なこと、不得意なことがあることを子ども達に伝え続け、出来る子が困っている子を助けられるような関係づくりをする
○みんなが取り組む、目指す方向性の共有
○安心できる場を作るためにイメージをみんなが持つこと
○子どもが「ここにいていいんだ」と思えるように、大人が信頼されること
○本気で関わってあげることのできる大人が必要
○大人が枠を作らない、その子の存在を決めつけない
○本音でぶつかりあう、とことん自分の悪い部分もさらけ出せる、周りの人達もそんな場面を見ながら学べる
○子どもの持っている良さを認める。他人と比べるのではなく、個人の能力を真に認める事
○言葉や行動の背景に思いをはせること
○みんなで一緒に支援してあげる、支援してもらう関係性
○大人は子どもをみつめること。もっと親や地域が子どもに関わりたい。子ども達をゲームやテレビの小さな世界にとじこめない。テレビやゲームがなかったら、どれだけ子どもをみれるでしょう。会話やスキンシップを親子はもちろん地域でみんなでしたい

午後からの「子どもの居場所づくり」のワークショップでは、学校や行政を責めるのではなく、自分達が子供達にできることを、みんなで真剣に、楽しく、温かい気持ちで意見を出し合いました。今回のフォーラムには、行政や教育委員会からも参加がありました。参加した市や県の行政職員、教育委員会の方からは、とても良かったと感想をいただきました。そして、この夏には、津市の学校現場の教員を対象に映画「みんなの学校」を鑑賞し、感じたことを先生達で共有していくことが決まりました。「みんなの学校」で私達が学んだこと。それは、自分達が自ら気づき、そして行動していかないと本物にはならないということです。現場の先生達が映画をみることで、何を気づき、学校現場でどんな変化が起こるのでしょうか。私達が蒔いた種が、成長し、花を咲かせ、実になっていくことを期待しています。

持続可能な開発目標(SDGs)

平成28年5月26日、27日に、私の住んでいる三重県でG7伊勢志摩サミットが開催された。その会場で、私の高校の同級生が世界のメディアに向けて記者会見するという。高校卒業ぶりに、彼に連絡をとってみた。大学で研究職をしており、持続可能な開発、国際開発、地域開発を専攻しているらしく、長く熱いメールを送ってきてくれた。
G7サミット市民社会フォーラムの国会対策担当として、参議院ODA特別委員会において、「G7伊勢志摩サミット、第六回アフリカおよび持続可能な開発のためのアジェンダにかかる決議」が採択されたが、その政策提案の仕事をしていたらしい。国際開発・・・私には関係ないと思っていたら、私のブログを読んでくれたという彼から、グローバルな問題は、すべて地域社会の課題に通じると考えており、私が活動していることと同じ方向性で、同じ目線なのだと教えてくれた。生まれてきた赤ちゃんが大人になった時に、どのような社会になっているかを考えながら、今の課題を解決していくべきだという私の考えに共感してくれた。
そして、5月25日私が声をかけたメンバーと一緒に意見交換会&勉強会を行った。

2030年までの世界の新たな目標「持続可能な開発目標(SDGs)」とは?
世界では未だ約10人に1人が極度の貧困に苦しんでおり、貧困層と富裕層との間の不平等はますます拡大しています。また、気候変動による自然災害の増加など、地球環境の悪化は、世界各地で人々の暮らしに深刻な影響を及ぼしています。
「持続可能な開発目標」は「このままでは世界が立ち行かない」という強い危機感のもとで作成され、2015年9月に国際連合の特別サミットにおいて全会一致で採択されました。環境を守りつつ経済を持続可能な形で発展させ、公正で安定した社会をつくっていくために、様々な問題を根本的に解決することを目指す、世界共通の17の目標です。

この目標が以前と違うところが、3つあるという。
途上国だけでなく、日本を含む先進国も目標達成への取り組みが必要。
この目標のキーワードは「誰一人取り残さない」。格差をなくし、最後の一人までが貧困や暴力から解放され、人権が守られている世界を実現すること。
国、企業、地域コミュニティ、NGOやNPO、そして個人の力を合わせて達成する。
彼からは、地域社会の課題に取り組んでいる住民達が立ち上がることが必要であると言われた。私達は地域の問題に取り組んでいるNPOである。そして、女性・妊産婦の健康・命を第一線で守る地域のクリニックである。私達の活動について、熱心にメモをとってくれていた。

持続可能な開発目標に私が取り組めることを考えてみた。
目標1:貧困をなくそう。世界中の、あらゆる形の貧困をなくそう。
 産婦人科では、社会的・経済的に困難を抱えている妊婦に積極的に関わろうとしている。妊娠中は、妊婦健診に対して、市町からの補助があるため、産婦人科を受診しやすくなった。以前、補助がない時代は、お金がないために妊婦健診を受診せず、飛び込み出産する人が時々あった。しかし、行政の補助があることによって、お母さんの命も赤ちゃんの命も守ることができるようになってきた。そして、親の経済状態で育児が困難と考えられる場合には、妊娠期から行政の支援につなぐことができるようになった。貧困の連鎖により、育児が困難になり、子供達が不幸になっていかないように、産婦人科に携わる者も意識をもって取り組むべきと思う。

目標2:飢餓をゼロに。飢餓を終わらせ、栄養を改善し、持続可能な農業をすすめる。
 今の日本では飢餓というのは、考えにくいかもしれない。しかし、食に対しては、お粗末な家族が多くなったように思う。子ども達は、育った時の食事を大人になってからも記憶している。いつも、コンビニ弁当やカップラーメンとお菓子で育った子ども達は、親になった時にどんな食事を子どもに与えるのだろう。子どもへの食育は、その子供達が親の世代になって時に受け継がれていく。子供達への食事について取り組んでいきたい。

目標3:すべての人に健康と福祉を。何歳であっても、健康で、安心して満足に暮らせるようにする。
 日本では、地域による格差が大きくなり、医療についても地域格差が出来ている。産科医が少なくなり、医師の労働環境の改善や医療的な質の補償のため、集約化が行われ、分娩を止めざるをえない病院が多くでた。過疎地域では、出産場所がなくなり、出産施設まで1時間以上かかる地域も多くでてきた。そんな地域では月に数人しか赤ちゃんが生まれていない。医療の効率を考えれば、切り捨てていかなければいけない。でも、そんな地域でも一人の命の価値は変わらない。過疎化が急激に進むなか、どこに住んでいても安心な医療が受けられるのか、取り組まなければいけない大きな課題である。

目標4:質の高い教育をみんなに。だれもが平等に質の高い教育を受けられるようにし、だれもが生涯にわたってあらゆる機会に学習できるようにする。
 のびすくでは、学校にうまくなじめるのか不安を抱える親がよく相談にくる。不登校、ひきこもり、いじめ、発達障害などで、学校にいけない子ども達が増えている。そのような親子に丁寧に関わっていきたい。子どもに丁寧に関わっていくことで、子どもが変わる。それによって、親も変わる。親が変われば、子どもが変わる。良い循環になり、学校に行けるようになってほしい。学校に行って、しっかり学んでほしい。生きる力がある、たくましい大人に育ってほしい。地域の中で、できることは、たくさんある。

目標5:ジェンダ-平等を実現しよう。すべての人が性を理由に差別されないようにし、すべての女性や女の子に力を与える。
 性に関する教育は、私達産婦人科医や助産師が取り組まなければいけない、最も大切な役割だと思っている。しかし、今までの日本の教育の中では、性についてはタブー視され、触れてはいけないような領域になっていた。命について、自分が生まれてきたこと、自分を大切にすること、他人との違いを認め他人も大切にすることなど・・・人が集団の中でいきていくために、最も大切なことである。特に、思春期の男女の差がはっきりする年代に、いかに周りの大人が一緒に真剣に考えていくかは、その後の思考に大きく影響する。私達がしっかり取り組まなければいけない大きな課題だと考える。

目標11:住み続けられるまちづくりを。まちや人々が住んでいるところを、だれもが受け入れ、安全で、災害に強く持続可能な場所にする。
 一緒に勉強会に参加してくれた同級生は、関町の街づくりに20年近く関わっている。関町は、東海道の宿場の街並みが残っており、国の保存地区に指定された。街並みを保存するための努力をずっとしてきた。しかし、これからどうやっいくべきかを悩んでいるという。観光地化することによって、大切にしてきた街並みが壊されたくない。でも、住み心地がいいとはいえない住居に、次ぎの世代が残ってくれるのか。不便な生活とも付き合わなければいけない。持続可能な開発に悩んでいる。まちには、いろいろな人は住んでおり、日常の生活があり、いろいろな立場や対立する意見があるなかで、未来をみつめながら進めていくことは、本当に難しいと思う。しかし、持続可能なまちにし、こども達にまちを残していくためには、真剣にみんなで取り組まなければいけない。自分達さえよければ、その時さえよければと開発していったことで、まちが衰退し、ゴーストタウン化していった所が沢山ある。

目標12:つくる責任、つかう責任。持続可能な方法で生産し、消費する。
目標13:気候変動に具体的な対策を。気候変動や、それによる影響を止めるために、すぐに行動を起こす。
目標14:海の豊かさを守ろう。持続可能な開発のために、海や海の資源を守り、持続可能な方法で使用する。
目標15:陸の豊かさも守ろう。陸の生産系を守り、再生し、持続可能な方法で利用する。生物多様性が失われることを防ぐ。
目標16:平和と公正をすべての人に。平和でみんなが参加でき、地域・国・世界のどのレベルにおいても、すべての人が平等に扱われ、必要な説明がなされる制度をつくる。
 地球の限られた資源を守り、自然を愛し大切にしていくことは、大人が、これからの未来を担っていく子ども達、そしてまだ生まれていない子ども達にできる、最大の贈り物だと思う。そして、子ども達は、大人を手本にして育っていく。自分さえが良ければという大人をみれば、子ども達もそのように育つ。私達大人の生きる姿勢は、将来に影響する。そんなメッセージを感じる。

目標17:パートナーシップで目標を達成しよう。実施手段を強化し、持続可能な開発に向けて世界の国々が協力する。
 これは、国と国との問題だけでは全くない。自分の周りの人、家族、職場、地域、全ての人が協力し、手をとりあっていかないと実現できないことだと思う。

国際連合の特別サミットにおいて採択されたというと、私達とは全く無関係なことのように感じるが、彼が教えてくれた「持続可能な開発目標(SDGs)」は、とても身近な問題だった。私達一人一人の生きていく姿勢、暮らし方、地域の些細な問題に目を向けて取り組んでいくことが、世界に通じるのだという気持ちにしてもらえた。

彼は、三重県鈴鹿市出身。今までも、三重県大紀町について、少子化高齢化。過疎地域のまちづくりについて関わってきたという。今回の伊勢志摩サミットをきっかけに、三重県で「持続可能な開発目標(SDGs)」の現実的な実践の取り組みをしていきたいと言ってくれた。これからも、いろいろな事を教えてもらい、アドバイスをもらいながら、一緒に考え取り組んでいけたらと思う。




プロフィール

柳瀬幸子(やなせさちこ)
産婦人科医。三重大学医学部卒業後、三重大学大学院医学研究科博士課程修了。
ヤナセクリニック院長として多くの命の誕生に立ち会う中、女性のライフサイクルに応じた幅広い医療の提供、お母さんと赤ちゃんに優しい出産、妊娠中から育児中を通してのサポート、育児支援に力を入れている。著書に「地球(ここ)に生まれて」、共著に「効果テキメン! アロマ大百科」など



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