柳瀬幸子の「地球(ここ)に生まれて」

三重県津市にあるヤナセクリニックの院長・柳瀬幸子のブログです。 ヤナセクリニックの基本理念: 私たちは、患者様の思いを尊重し、患者様に寄り添った医療やケアを目指します。 ヤナセクリニックの基本方針: 1.安全、安心なお産を提供し、出産の喜びと子育ての楽しさを感じられるような支援を行います。 2.女性の健康増進のために地域から信頼される医療を提供します。 3.子どもを大切にする街作りを応援します。 ヤナセクリニックのモットー:良いお産、楽しく子育て!!

三重県津市にあるヤナセクリニックの院長・柳瀬幸子のブログです。

検索エンジンからこられた方は、こちらをクリックしてトップページにお越し下さい。

<ヤナセクリニックの基本理念>
私たちは、患者様の思いを尊重し、患者様に寄り添った医療やケアを目指します。
<ヤナセクリニックの基本方針>
1.安全、安心なお産を提供し、出産の喜びと子育ての楽しさを感じられるような支援を行います。
2.女性の健康増進のために地域から信頼される医療を提供します。
3.子どもを大切にする街作りを応援します。
<ヤナセクリニックのモットー> 
良いお産、楽しく子育て!!
============================================
このブログが本(アマゾン・電子ブック)になりました。(日本円・300円)
お住まいの国のアマゾンでお買い求めいただけます。中身の本文はどの国で購入されても、日本語です。

日本   http://www.amazon.co.jp/gp/product/B00KPO78CE
米国   http://www.amazon.com/dp/B00KPO78CE
インド  https://www.amazon.in/dp/B00KPO78CE
英国   http://www.amazon.co.uk/gp/product/B00KPO78CE
ドイツ  http://www.amazon.de/gp/product/B00KPO78CE
フランス http://www.amazon.fr/gp/product/B00KPO78CE
スペイン http://www.amazon.es/gp/product/B00KPO78CE
イタリア http://www.amazon.it/gp/product/B00KPO78CE
ブラジル https://www.amazon.com.br/dp/B00KPO78CE
カナダ  http://www.amazon.ca/gp/product/B00KPO78CE
メキシコ https://www.amazon.com.mx/dp/B00KPO78CE

成育基本法

現在、全国自治体において子育て世代包括支援センターの設置が進められており、妊娠期から子育て期にわたる切れ目のない支援の必要性が高まっています。

平成30年11月9日、健やか親子21全国大会が三重県総合文化センターで開催されました。パネルディスカッション「お母さんの心と体、みんなで支えよに!~産前・産後における切れ目のない支援をめざして~」にパネリストとして声をかけていただきました。精神科医の岡野先生の講演の後に、三重県のお母さん達を支援している多職種がそれぞれの立場での取り組みについて発表し、私も産婦人科医としての多職種連携の現状と津市独自の取り組みについてお話させていただきました。ディスカッションでは、多職種連携には、お互いの立場や役割をよく理解し、信頼し、顔のみえる連携が大切であるとまとまりました。

平成30年12月9日、三重県助産師(中堅者)研修が三重県立看護大学で開催されました。テーマ「地域における子育て世代包括支援」に講師としてお話させていただきました。
私からは、産婦人科クリニックにおける妊産婦のメンタルヘルスケアについて、妊産婦さんの様々な問題を発見した場合に多職種、他機関との連携をどのように行っているかをお話しました。
三重県立総合医療センター師長からは、地域周産期母子医療センターとして、ハイリスク妊産婦やハイリスク新生児のケアの役割を担うだけでなく、未受診、DV,こども虐待、生活困窮など社会的ハイリスクの患者が増加してきており、市町村、児童相談所、関連機関との連携が不可欠になってきている現状について話がありました。
名張市の保健師からは、名張版ネウボラの構築と推進について。
切れ目ない支援への3つの「つなぐ!」1.人と人・人と地域をつなぐ 2.妊娠前から出産・育児期までの時をつなぐ 3.保健・医療・福祉のしくみをつなぐ
そして、出生届出後、「おっぱいケア」の助成はがきを送付し、おっぱいケアからお母さんと地域の助産師の繋がりをつくっている話がありました。
それぞれの地域の実情に応じた支援や連携が必要で、助産師が研修で学んだことを各施設に持ち帰り、多職種の役割を理解し、積極的に関わっていくことが必要だと受講者にエールを送りました。

「産前・産後の切れ目ない支援」「地域におけり子育て世代包括支援」がここ数年で大きく取り上げられるようになるなか、平成30年12月8日の参議院本会議において、成育基本法が全会一致で可決されました。
成育基本方とは、「次代の社会を担う成育過程にある者の個人としての尊厳が重んぜられ、その心身の健やかな成育が確保されることが重要な課題となっていること等に鑑み、成育過程にある者およびその保護者ならびに妊産婦に対し、必要な成育医療等を切れ目なく提供するための施策を総合的に推進しようとするもの」です。
成育過程とは、胎児期・新生児期・乳幼児期・学童期・思春期を経て次世代を育成する成人期までに至る人の成長周期をいいます。

成育基本方が成立するまでには、長い年月がかかりました、
平成16年 日本医師会乳幼児保健検討委員会が、医療・保健・福祉を包括した子どものための総合的社会支援制度が必要であると考えました。
平成18年 「子ども支援日本医師会宣言」を行いました。
わが国では少子化が急速に進行し、その対策はいまや21世紀における最重要課題になっています。日本医師会では、母と子に関する医療・福祉・福祉環境の整備等を推進し、次世代を担う子どもたちが心身ともに健やかに育つよう、ここに妊娠・出産・子育てに関する「子ども支援日本医師会宣言」を行います。
1. 妊娠を望む人たちへの支援に取り組みます。
2. より安全な妊娠・出産に向けての医療環境の充実を図ります。
3. 満足できる妊娠・出産に関する社会環境の整備に取り組みます。
4. 子どもが育ちやすい医療環境の充実を図ります。
5. 子育てに関する社会環境の整備に取り組みます。
6. 学校保健の充実を図ります。
7. 障害児などへの支援に取り組みます。
8. 子どもや子育て支援のための諸施策について政府等関係各方面への働きかけを行います。
平成20年 都道府県・郡市区医師会を対象に地域における小児医療助成制度、乳幼児健診、予防接種等の実態調査を実施、地域による格差の存在が改めて明らかになりました。
成育基本法として検討し、平成25年に医師会として答申を提出
平成27年 成育基本法成立に向けた議員連盟が設立されました。

成育基本法がなぜ必要なのでしょうか?
日本は、子どもを「人格を有する権利主体」として認めること、そしてかつ、子育てを「次世代育成のための社会全体の問題」ととらえる意識が希薄であると言われています。
日本の子育てや教育は、子どもが主体的に行動をすることを抑え、大人からみた安全・安心を押し付けた子育てをしていることが多くあります。そして、子育てをしていない大人は、子どもや子育て家族に無関心なことが多く、迷惑な存在といった目でみる大人も少なからずいます。子どもは社会の宝であり、社会全体で次世代を育成しようとする意識が少ない社会です。
日本では、急速な少子高齢化が進んでいます。子どもの健全な育成を保障する社会的施策が立ち遅れ、産みにくい育てにくい家庭・職場・社会環境となってしまいました。核家族となり、隣人との付き合いがなく、共働き家庭が多くなり、祖父母は高齢や遠方で、孤独な手助けのない育児をしている家族が多くなりました。医療の進歩により未熟児や障害のある子どもも助かるようになり、その後の医療的な支援が必要になる子どもが多くなりました。しかし、小児の在宅医療や障害のある子どもの学校の受け入れは十分でありません。子どもはある年齢からは集団で遊ぶことで社会性を学んでいきます、しかし、子どもが少なくなり、子どもだけで遊ぶ時間が少なくなり、群れて遊ぶ機会が少なくなりました。また、SNSが発達したことで一人でも楽しく遊ぶことができるようになり、スマホ依存など子どもの健全な発達に大きな問題となっています。相対的な貧困率があがり、子どもの貧困が、健康や学習に及ばす影響が問題となります。
都市部への人口集中、地方の過疎化で、地域格差が広がりました。過疎化が進んでいる地域では、出産する施設がなくなり、安全なお産がおびやかされています。

今までの法律は、胎児期(妊娠期)、新生児期、乳幼児期、学童期、思春期でそれぞれ法律があり、縦割りで連続性がなく、情報共有がしにくいシステムで、連携をとることが非常に難しくなっていました。個人情報の壁があり、連続的に一人をみることがとても困難でした。情報が途切れた時に、虐待死、自殺など防ぐことができたであろう大切な命を失くしてしまうことがあります。

成育基本法の制定により、国の責務、地方公共団体の責務、医師等の責務が明確化されます。関連施設との有機的連携と配慮の基に総合的に推進されることが期待されます。それにより、妊娠・出産・子育てが地域社会の中で安心して行われ、次世代を生み出す健康な成人に育つことを保障します。また、現システムを有機的に連携させ、支援の薄い部分を補う施策の創設をすることができます。

医師達が、医療・保健・福祉を包括した子どものための総合的社会支援制度が必要と考えてから、15年を経てやっと法律が成立されました。この法律により、胎児の時から、一人一人が大切にされ、一人一人が社会に見守られながら、健やかに成長し、そして、また次の世代につながっていけるように、いろいろな施策が始まることを期待しています。
そして、私たち大人も次世代を育てるために一人一人ができることをやっていくことが大切だと思います。子どもは未来です。子ども達の健やかな成長を社会全体で見守っていきましょう。

子どもと大人の絆を深めるプログラム

平成30年11月17日日本臨床アロマセラピー学会セミナーで「自分を育てる育児~親子のコミュニケーションに焦点をあてた心理的介入~」加茂登志子先生の講演を聴いてきました。
Child-Adult Relationship Enhancement(CARE)-子どもと大人の絆を深めるプログラムの講義でした。
CAREとは、どんな子どもとも、うまく関われるようになるための、全ての大人のためのものであり、関わる関係を築くためのスキルを学ぶプログラムです。どんな場でも、あらゆる人が、CAREを通して、子どもと大人の絆を深めることができます。(今回は2歳から7歳を対象としたスキルを学びました。)

CAREの前半は、子どもが“リード”できるように、子どもとのより良い関係をしっかりと築くためのスキルです。(アタッチメントの再構築)
CAREの後半は、大人の指示に子どもが従うようになるためのスキルです。大人から言われたことに対して、子どもがより従えるように、どうやって、よい指示、効果的な指示を大人が出せるようになるか。これは、前半で築かれた、より温かな関係を土台にして、後半がうまく機能するようになります。(しつけの基本の学習)

1日5分の特別な時間を作り、スキルを使います(おもちゃを使って子どもと遊ぶ)。上手くできるようになれば、特別な遊びの時間から日常生活へとスキルを使っていきます。

子どものリードについていくとき、減らしたい3つのK
命令(コマンド);こちらのリードは抑えましょう。不必要な命令は避けましょう。
質問(クエスチョン):不必要な情報を質問することは避けましょう。声のトーンが質問調になるのは避けましょう。
禁止や否定的な言葉(キンシ):「よして」「だめ」「いけない」「やめて」「~しない」などの言葉は避けましょう。

子どものリードについていくために使いたい3つのP
くり返す(Paraphrase):子どもの適切な言葉を繰り返しましょう。
行動を言葉にする(Point out):適切な行動を言葉にしましょう。
具体的にほめる(Praise Specific):適切な行動を具体的にほめましょう。

参加者達が、ペアになって親役と子ども役になり練習してみました。
まずは、日常おもちゃで遊ぶ時を子役は演じます。
「今からは特別な時間です。自分の好きなようにおもちゃで遊んでいいです」という言葉から始めます。
3分間、親役は、CAREのスキルを使って実践してみます。
子ども役になって感じたこと:親がみてくれている安心感がある。ほめてくれると嬉しい。自分が遊びに集中できる。
親役になって感じたこと:子どもをリードしてしまうような言葉がけや質問をすることをやめるのが難しい。言葉が出ず、無口になってしまう。具体的にほめることは、とても難しい。
先生からのコメント:子どもがリードできるようになっていくと、子どもは集中して長い時間遊ぶことができるようになります。この時の遊びに使うおもちゃは、積み木、レゴブロック、おままごとセット、お絵かき、粘土、折り紙など創造的に組み立てるようなおもちゃが望ましいです。親が行動を言葉にするときは、筋肉運動(見てわかる行動)を説明するのがよく、考えていることを想像して言うのは適しません。具体的にほめることは、はっきりと何をほめていることがわかるように一つの文章で完結して言います。具体的にほめることが一番難しいので、くり返すや行動を言葉にするのスキルから始めるとよいでしょう。

次に、戦略的に注目を与えない方法です。
こちらの注目を引くためにとっている好ましくない行動(例えば、話に割って入る、赤ちゃん言葉、ふてくされる、駄々をこねる・・・)を減らすためにはどうしたらいいでしょうか?
好ましくない行動には、戦略的に注目を与えないというスキルを用いることができます。
なぜなら、子どもは注目されることが大好きで、たとえそれが怒られるなどの否定的な注目でも喜びます。一方、大人は子どもが不適切な行動をしているときこそ注目を与えがちです。これはこどもにとってはご褒美になってしまい、かえって不適切な行動を助長させてしまうのです。そこで、その行動が止むまでは注目しません。見えない、聞こえないふりをします。より悪い行動については、少し背を向けて関わらないようにします。しかし、その後、子どもが好ましい行動をしたときは、注目してあげましょう。子どもは注目されることをとても喜びますし、適切な行動をとれば注目してもらえることを学ぶので、適切な行動が増えていくでしょう。

3分間、参加者は親役と子ども役になって好ましくない行動を子どもがしたときのスキルを練習します。遊んでいて、物を投げるなどの不適切な行動をします。親が注目を与えない方法をとった後に、子どもが好ましい行動をした時、親は好ましい行動に注目します。
子ども役になって感じたこと:親に無視されるとすごく悲しい気持ちになる。その後、好ましい行動をしてほめられた時はとても嬉しい気持ちになる。好ましくない行動をしたときに、適切に親が対応をしてくれないと、感情がコントロールできずに益々エスカレートしてしまう。
親役になって感じたこと:子どもが好ましくない行動をした時に、自分の怒りを抑えることは難しい。どの程度を好ましくない行動ととらえて、戦略的に注目を与えない行動をとればいいのかが難しい。
先生からのコメント:親が自分の怒りを抑えるための親のアンガーマネージメントも必要となります。どの程度を好ましくないかと考えるかは、親の価値観などによってもかわります。特別な遊びの時間で学んでいく時には、汚されてもいいような環境で遊びをするなどの配慮は必要です。また、子どもが注意を引くためにとっている好ましくない行動なのか、たまたま失敗してそのような行動になってしまったのを親が判断することも必要です。

最後に、よい指示を出す方法について説明を受けました。

一番大切なのは、減らしたい3Kと使いたい3Pを意識してより良い関係を築くことです。まずは、5分間のトレーニングから始めてみてください。親子関係だけでなく、夫婦関係、職場関係でも使えます。

今回、講義に参加して、3Pと3Kは簡単なようで、難しかったです。日頃から意識して、トレーニングしていくことが必要ですね。ついつい大人は子どもをリードしてしまい、子どもの自主的な行動や気持ちを抑えてしまっていることが、よくわかりました。子育て真っ最中で、子育てに悩んでいる家族に、学んできたスキルを少しでも伝えて、より良い親子関係ができるようにお手伝いできればと思います。

パパのベビーマッサージ

平成30年10月21日津市委託事業親支援研修会「パパ教室&ママサロン」が開催されました。これは、つながりひろば(津市子育てひろば支援者交流会)の親支援事業の一つで、高田短期大学育児文化研究センターが事務局、ヤナセクリニックが講師依頼されました。
会場は、津市たるみ子育て交流館。ここは、旧津市たるみ児童福祉会館の建物が転用され、10月1日にオープンしました。津市の職員がペンキを塗り、手作りで改装したと聞いています。建物は古いですが、市の職員の努力の賜物で、快適に過ごせる空間になっていました。
講師スタッフは、国際ボンディング協会BBCS(ベビーボンディングケアスペシャリスト)のヤナセクリニック看護師・助産師6名です。
当日は、10組のパパとハイハイするまでの赤ちゃんが参加してくれました。ママは別室でママサロン。おしゃべり楽しんでもらいます。参加者の動機は、全員が「ママが申し込んだ」でした。
自己紹介のあと、パパのベビーマッサージが始まりました。参加しているパパは日頃から子育てに協力しているのがよくわかりました。赤ちゃんの着替えもみんなスムーズです。ベビーマッサージ中は、なかなか仰向けにならない赤ちゃんやぐずる赤ちゃんもいましたが、立って抱っこしながらスタッフに教えてもらってベビーマッサージをしているパパもいて、臨機応変に対応しているところが、パパらしく印象的でした。
マッサージ終了後は、パパトークです。3~4名のパパにBBCSスタッフが2名はいり、日常の子育てについてパパ同士で楽しく情報交換をしていました。ママは24時間子どものためにがんばってくれているから、家事も育児も協力できることは助けたい。ママにはさからわない。ママは細かい些細なことを気にするので、僕はなるべくおおらかに、いい加減にみるようにしている。など・・・パパ同士だからでる本音トークが面白かったです。新米パパは、二人目・三人目の先輩パパから沢山のアドバイスをもらっていました。パパ同士の子育てトークもとても新鮮でよいものだと思いました。

終了後アンケートのパパの感想は
ベビーマッサージについて
・赤ちゃんがぐずらずにリラックスしていた。
・みんなの前でも落ち着いている子どもの姿がみられて良かった
・ベビーマッサージは楽しかったので自宅でもぜひやってみたい。
・休日の子どもとのかかわり方の参考になった。
・子どもがぐずったとき、スタッフがあやすのを手伝ってもらい助かりました。
・スタッフの方達に優しく教えてもらい助かりました。
・家で触れ合うのとは違うので、良かった。いろいろな赤ちゃんと触れ合えたので自分も赤ちゃんも良かった。
・いつもお風呂上りに急いで服を着せるのでじっくりと裸で見る機会は意外となかったので新鮮でした。

フリートークについて
・いろいろな話しをしたり、聞いたりできた良かった。
・他の参加者の方々(赤ちゃんを含めて)もスタッフの皆さまも、皆意欲をもって参加していたので好感が持てた。
・明るく楽しい会を開いていただき、とても良い時間を過ごせました。
・同じ年齢の子どもをもつお父さんと会話ができて良かった。
・いろいろなお父さんのことが聞けてとてもいい場でした。ありがとうございました。
・スタッフさんにも会話してもらってよかった。
・家事や育児に積極的に皆がかかわっていることを知ってよかった。

産婦人科施設のなかでは、ママにお話しをする機会が多いですが、これからは、パパも巻き込んだ子育て支援が必要だと思っています。
パパ力はすごい!!
パパ同士が、子どものこと、家族のことを自由に話す機会があれば、パパ力はパワーアップし、ママもとても助かる。パパが子育てに参加し、ママを助けてくれるように、いろいろな企画をやってみようと思っています。

インストラクター講習

9月1日はJ-CIMELSE(母体急変時の初期対応)ベーシックインストラクターコース、9/9はNCPR(新生児蘇生法)インストラクターコースを受講してきました。
私は、早くから開業医として診療をしているため、総合病院のように研修医を指導する立場ではなく、今までは、インストラクターということに興味がありませんでした。しかし、年齢が50代になってから、自分の技術や知識を身につけたり、自分の興味のある分野を進めていくことだけでなく、次の世代とどのように繋がっていくか、自分の知識をどのように受け継いでいったもらうかを考えるようになりました。そんな時、当院の助産師がNCPRのインストラクターの資格を取得したのをきっかけに、私もとってみようと思い、受講することにしました。
事前学習が必要なのですが、診療をしながら、そして記憶力が落ちるなか、なんとか、事前学習の本を読み終え、大学の先生に当直をお願いして、9/1は三重大学へ、9/9は東京まで行ってきました。2週間続けては、結構大変でしたが、無事に終了してきました。

今回は、どちらもインストラクターになるための講習で、、とても楽しく有意義な学びの機会になりました。
実際の講習は、シミレーション教育なので、少人数がグループにわかれて、全員が体験しながら学んでいきます。
J-CIMELSの公認講習会ベーシックコースのインストラクターの心得
1.指導者は黒子に徹して学習支援
2.答えは言わずに気付きを促せ
3.受講後は臨床行動変わるように
4.しゃべりすぎずに体験させよ
5.説明時どうして・何故を明確に
6.ブレるな、めげるな、喧嘩をするな
7.資機材は事前に動作確認を
8.あなたへの評価がコースの評価

講習会では、受講者側もインストラクター側も体験し、実際のインストラクターとしての評価やコメントをグループ全員からもらって学んでいきます。

医療現場で、妊産婦あるいは新生児に関わる人が講習を受けに来ますが、医師、助産師、看護師、救命救急士など職種が様々です。医師といっても産科医、新生児科医、救急医など専門分野も様々です。働いている場所も開業医、総合病院などのハイリスク妊娠を受け入れない施設、周産母子センターなどのハイリスク妊娠を受け入れる施設、救急部や救急車内のような全身状態が急変している場所で働いている人。そのような様々な立場の人が同じ目的で一緒の場所で学習していきます。
シミレーションのシナリオを3から4名のグループとなり、担当の役割を分担して進めていきます。助産師が医師役をしてみると、状況を把握しながら、適切な指示を出している医師の大変さや難しさ、助産師がどのように動けば医師が助けられるかを実感できます。医師が看護師役をしていると、実際はこのように動けばいいと思っているけれど、医師の指示がないと動けない、怒られると怖いので思っていることが言えない気持ちを体験するこができます。日常と立場が変わることで体感できる気づきが、明日からの臨床行動に変化を生みます。インストラクターは、受講者が現在の臨床現場でやっていることや、シナリオ実技で間違ったことを非難してはいけません。そうすると、受講者と喧嘩になってしまったり、気持ちが落ち込んでしまったり、ミスをしないようにと思い消極的になって、そこからコースが上手く運営できなくなります。あくまで、今回は、本にのっているアルゴリズムやプロトコールに乗っ取って進めていくことを説明することで、ぶれていかなくなりますし、安心して実技に取り組むことができます。

インストラクターが、一つの手技に対して、自分の持っている知識を全部説明し始める人がいます。そういう人は、すごく勉強をして知識を詰め込んではあるのですが、人をインストラクトすることを忘れています。説明を受けている間は、シナリオの流れが止まってしまいますし、臨場感がなくなってしまいます。受講者が「エーと、何だったけ・・・。」と頭をフル回転させて、実行することで、記憶に深く残ります。上手くいったことより、失敗したことの方が記憶に留まります。どのタイミングでどのような質問やアドバイスをするのかが、とても大切です。
本には、「受講者をよく観察する」ということが書かれています。シナリオをうまく流すことだけに夢中になっていると、受講者の動きを無視してインストラクターが情報提供したり、介入しすぎてしまうことがあります。インストラクターはあくまでも受講者の学びのペースを尊重するべきで、それは受講者をよく観察しなければ不可能です。インストラクターが不適切、もしくは過剰に介入することで受講者の学びのチャンスを奪ってはいけません。

インストラクターは、症例のシナリオ演習を通じて受講者に実践の学びを提供します。シナリオの例は本にのっていますが、インストラクターは自分達で学んでいく症例のシナリオをアレンジしていきます。それは、面白いシナリオを作るのが目的ではありません。実際に臨床現場で起こりうるシナリオでないと、受講者は現場に生かせる体験ができません。また、受講者の対応が考えていたシナリオ通りでなければ、シナリオをアレンジして、受講者が必要なことを理解できるように臨機応変にシナリオの状況を変えていく必要があります。そのために、インストラクターは事前準備や打ち合わせを十分行うことが必要です。受講者にとって学びの多いコースにするために、インストラクターもシナリオの症例を考え学習して事前準備を進めていき、何度もインストラクターとして実践を積むことで、良いインストラクターになることができます。「教えることは最大の学びになる」ということです。

体験を振り返る(デブリーフィング)はとても重要です。シナリオ中は、受講者は緊張しながら、頭が真っ白になりながらシミレーションに夢中になって行動していることが多いです。シナリオが終了して落ち着いたところで、自分の行動を振り返ることは、大きな学びになります。日本人は、自分が上手くできなかったこと、失敗したことを反省することが多く、自分はやっぱりできない、ダメだと思ってしまうことが多いです。だから、良かったところを気づかせてあげることはとても大切です。悪かったことを減らすことと、上手くいくことを増やすことは同じようにみえても、自分のモチベーションが変わります。シミレーション教育のいいところは、悪いところがあっても人形なので死なない、ということです。臨床現場では、そうはいきません。だから、シミレーショを使って、日常的に何回も何回もトレーニングしていく必要があるのです。だから、シミレーションの中では、たくさん失敗して、自分の失敗のくせや、自分の思考のくせや、急変しても自分が慌てずに行動できる方法を学んでいく必要があります。

講習会で学んで終了証書をもらうことが目的ではありません。実際の現場に学んだことを持ち帰って、現場の仲間と振り返りを活かしながら、実際の患者さんでの急変時や新生児蘇生が必要になったときに対応できるように、チームで日々トレーニングしていくことが必要です。

そんな、学びをしてきました。
これは、講習会のインストラクターとしての役割を学ぶだけでなく、日常現場での日々の学び、チームワーク、振り返り、改善など・・・に有効に使えます。そして、医療現場以外の様々な学びの場でも、インストラクションしていくときに使える貴重な経験になりました。

東京医科大学入試の女性差別について

東京医科大学入試の女性差別が報道されて、多くの人が意見を述べていますが、現役の女性医師として思うことを書いてみます。
男女雇用機会均等法「職場における男女の差別を禁止し、募集・採用・昇格・昇進・教育訓練・定年・退職・解雇などの面で男女とも平等に扱うことを定めた法律」が施行されたのは1986年。私が大学に入学したのは、1983年なので、男女が不平等に雇用されるのが当たり前の時代に、進路を決めていきました。女子は、高卒、短大卒の方が就職しやすく、就職後は職場で良い相手をみつけて寿退社して、専業主婦になるのが女性の幸せと思われていました。結婚相手の条件には、三高「高学歴」「高収入」「高身長」を求めることが主流で流行語となっていました。男子は、有名な大学に進学して学歴を得ること、大企業に就職するか、高収入を得られる職業につくことが幸せと思われていました。その時代に社会に出ていった世代の人たちが、今の大学の理事クラスになっていると思われますので、女性は家庭に入って家を守ることが役割という固定観念から、なかなか抜けられないのでしょう。大学、医療界といった狭い世界のエリートの人達が、自分達の時代と世の中の考え方が随分変わっていることを理解することもなく、時代錯誤の男女差別をしていても、だれもそれを疑問に思うこともなく、批判することもなく、当然と考えていたのかもしれません。
私の通っていた高校は、公立の進学校でした。父親は大学病院で精神科の医者をしていましたが、私が進路を決める時は、「医者は男女差別のない社会。女性に向いているし、一生続けられる仕事だから、いいと思うよ」とアドバイスしてくれました。父親の時代は、女性医師はひと握りの超優秀で根性のあるスーパーウーマンしかなれなかったので、そんなことを言っていたのかもしれません。父親の世代の先輩女医さんからは、「国の税金を使って医者にさせてもらいました。恩返しをするのが当たり前。医者を辞めるなんてありえない」と言われたことがあります。
私が入学したのは、国立大学の医学部だったので、女性差別、裏口入学などはありませんでしたが、私立大学の医学部では、裏口入学というのは良く聞きました。多額の寄付金を納め、大学関係者に口をきいてもらって、入学する。大病院のご子息であれば、病院を継いでもらわないといけないのだから、それはそれで家業を継ぐという意味では、大変だし、仕方ないことなのだろうと思っていました。1976年にはアメリカの航空機メーカーから政治家に多額の賄賂が流れたロッキード事件があったように、社会全体が、接待・賄賂・裏金などで、事が進んでいくのが当たり前の時代だったように思います。
大学に入ると、女子学生はほとんどが真面目で優秀でした。卒業後、進路を決める時には、女性の壁を感じました。循環器内科、外科、脳外科、胸部外科など、重症患者さんが急変すると、数日間病院で寝泊まりするのが当たり前の診療科では、女医さんは毛嫌いされました。それでも、入局したいのなら、男女の区別はないよということです。入れば、女性医師の方が、やる気もあり真面目で優秀なことが多いので、先輩医師からは大切にされることが多かったように思います。体力的に自信のない女医さんは、もともと皮膚科、眼科、耳鼻科、麻酔科などの体力的にきつくない診療科を選択していました。私たちの頃は育休という考え方がなかったので、働き続けたい女医さんは、子どもが生まれても、両親、親戚、隣人、友人、ベビーシッターなどあらゆる手段の子育て支援者をみつけて働いていました。でも、子どもができて辞めていく、あるいは、パートや残業のない仕事に変わっていく女医さんも多くいました。医者という仕事には収入という面で大きな矛盾があります。医者の仕事は、第一線でバリバリ仕事をして、長時間働いている人が高収入というわけではないのです。常勤で臨床をし、研究や教育をしている大学病院の医者が低収入なのです。研究や教育は、病院の収入にはならず、支出になるだけですが、最先端の医療を追及していく、後輩医師を育てることは将来にとっては、とても必要で大切なことですが、日本の医療では、そこの部分を評価され収益につながっていくことがないのです。パートの掛け持ちや、時間内勤務の楽な職場の方がずっと高収入ということもよくあるのです。そして、パートであれば、真面目で、患者さん受けのいい女医さんが好まれる傾向があります。これが、今回の東京医大の女子減点をして女医さんを増やさない理由の「女性は結婚や出産で長時間勤務ができない」「年齢が高いと医師になった後、大学病院に残らず独立する」という理由になるのだと思います。
患者さんのために、医学のために、後輩医師の教育ために自分の時間を割いてでも長時間労働をしている大半の医者の善意の気持ちで日本の医療は成り立っているのは事実です。そんな医者が文句を言わないのはなぜでしょう。やっぱり医者としてのやりがいがあるからです。仕事の面白さであったり、新しいことを探求する楽しさであったり、自分の後につながっていく後輩医師の成長であったり、患者さんや患者さんの家族からもらえる勇気と元気と幸せと感謝があるからでしょう。
先日、大学の同窓会がありました。卒業して30年たって、男女で働き方が違うのではなく、一人一人が何を大切にして生きてきたかで働き方が違っていました。男女に関係なく、教授になっている人、開業して院長になっている人、総合病院の副院長や診療部長になっている人、勤務医として自分の時間を大切にしている人、家族を大切にしながらパート勤務をしている人。だだ、違いがあるとすれば、女性医師は、独身や子供を持たずに仕事を第一線で頑張っている人もいるということです。
「働き方改革」が医療現場の中でも考えられ始めました。女医さんの増加により女医が働き続けるためには・・・、研修医の過労死など・・・。女医さんを増やさないようにするといった時代錯誤の考え方ではなく、こらからの医者が、男女問わず、仕事のやりがいをもち、どんな職場にいても医療技術や知識を学び続けられ、人格的にも成長し、地域や社会全体にも目を向けて、チーム医療の中で医師としての役割を最大限果たしていけるかが、問われていく時代になると思われます。男性医師も家庭に目を向け、家庭での役割を果たすことで、患者さんに寄り添う医療が提供できます。地域活動に参加することで、患者さんの生活や暮らしている環境を把握することができます。
アメリカでは、時間内に仕事が終わらない医者は能力がないと言われ、病院も時間外労働をさせることが研修医受け入れの減点になるそうです。高収入を得ている医者は、休日には無償診療所のボランティア、地域活動などに参加していることが多いそうです。医者になることが目標ではなく、自分の人生の中で、自分の仕事でどれだけ社会貢献ができるか。そして、人生の中で、今大切にすることが、仕事でなく家族である時期があってもよいと思うのです。それは、男性、女性の性差ではありません。男性だから、女性だからという考え方しかできないボスではなく、一人一人の大切にしていることを理解し、その人の力を伸ばし、チーム医療あるいは地域医療としてその人がどのような役割を果たせるかのアドバイスができるボスが、これからの日本の医療界には増えてほしいと思います。

同窓会

平成30年7月15日に三重大学医学部平成元年卒業の同窓会を開催しました。平成元年卒業ということは、医者になって30年、節目の年なので、今年は同窓会をしようということになり、地元に残っている同期が準備委員となり、開催することができました。卒業した約半分の50名程の参加となり、懐かしい顔に会うことができ、楽しい時間を過ごしました。

私たちの大学生の頃はバブルの時代。大学というのは、勉強するところというよりも、社会に出る前の社会勉強をするところのような感じでした。日本の大学は、入るのは難しいけれど、出るのは簡単。有名な大学に入れば、有名企業に就職できる、そんな時代でした。
地方大学といえども、国立大学の医学部はそれなりの学力がないと合格しないので、浪人して入学してきた人も多く、入学したら勉強ずるぞというよりも、勉強から解放されたという雰囲気でした。

最初の2年間は教養。医学と全く関係ない授業を受けます。先輩から単位のとりやすい授業を教えてもらいます。今ならきっと興味をもって講義を受けていたと思いますが、ほとんど寝ていたか、出席だけとって講義を抜け出していました。みんな車の免許を取ったばかりで、車を運転したくてしようがないので、よく三重の道をドライブしていました。私は地元ということで、同じ高校の先輩達も多く、高校時代やっていたバスケット部に誘われ、あんなしんどいスポーツはするもんかと思っていたのに、大学でもバスケット部に所属することになりました。その当時は、東海地区の一部リーグに所属していたため、素敵な先輩や後輩に恵まれ、試合では全国優勝するチームと試合をすることができ、花の女子大生ではなく、汗にまみれた大学生を送っていました。でも、この時経験したチームワークやチームでの自分の役割が、社会に出てからの大きな基礎になったことは間違いないと思います。体育会系の卒業生は、社会にでてから役に立つと言われますが、自分の技術をどれだけ伸ばせるか、そのためには自分自身にどれだけ厳しくなれるか、チームのなかで自分はどんなポジションなのか、勝つために自分やチームが何をしなければならないのか、身体で学ぶことができるのがスポーツだと思います。

医学部の学生は、割の良い家庭教師のアルバイトをすることが多いですが、私も家庭教師のアルバイトをしていました。そして、ほんとに沢山の種類のアルバイトもしました。家庭教師では、小学生から高校生までを教えていましたが、それぞれの学力レベルで教え方を随分変えなければいけないことを学びました。進学校で学力レベルの高い生徒には、ちょっとした考え方のヒントを与えるだけで、理解するとドンドン自分で解決して問題を解くことができます。学力レベルが低い生徒には、一度教えてわかったと言っていても、同じような問題でも少し内容が変わると解けません。少し時間があくと、同じ問題でも解けなくなってしまいます。この経験は、患者さんに説明をする時に、とても役に立っています。医学用語を沢山ならべて、医療者側がわかるように一生懸命説明しても、患者さんはほとんど理解できないということです。いかに、その患者さんに合わせて、理解できるように、根気よく説明できるか。患者さんの知りたいことをいかに的確に説明できるか、一人一人に応じた対応が必要だということです。
レストランの厨房のアルバイトもしてみました。一日中、大きなスープの鍋の中身を混ぜていました。時給はとても安かったです。この社会経験は、今の経済的問題などを抱えている社会的ハイリスクの患者さんの気持ちを理解するうえで、役にたっています。フリーターでは、家族をもつことは難しい、そんな気持ちが良くわかります。

3年生からは、医学の専門を勉強していくことになります。いくつかの難関がありますが、まずは、解剖。ラテン語で全身の骨の名前を覚えます。病理では、正常と病気の組織のプレパラートを顕微鏡でみていきます。試験前は、みんな教室に泊まり込みで顕微鏡をのぞいています。そして、最終難関は、病理の症例報告。その当時三重大学の学長だった武田先生は、学生全員の病理の症例報告をチェックしてくれて、毎年恒例の病理パックというのがありました。一人一例ずつの症例が当てられ、その病気を勉強し、病理組織について記述し、臨床経過を記載していくという研修医レベルの症例報告を数ヶ月かけて書き上げます。全員のレポートを武田先生がチェックするのですが、そのコメントが強烈で、今ならパワハラと言われかねない書き方でしたが、その当時はみんなで、その強烈なコメントを楽しんでいました。数回の書き直しの後、不合格の者は、夏休みに病理の合宿があり、病理パックと言われていました。できの悪い男子学生10名程度が対象者になるのですが、それも、大変ながらも、みんな楽しんでいました。今思うと、100名の学生のレポートに真っ赤になるくらいのコメントを、ユーモアたっぷりに書いてくれた武田先生は、偉大でした。
5年生からは、臨床の勉強になっていき、5名程のグループでずっと過ごしていきます。最後の一年間は、そのメンバーで臨床実習の勉強をしながら、医師国家試験に向けて勉強をしていきます。
医師国家試験が合格するまでは、一生の中で一番勉強したと思いますが、学年全員で乗り越えた気持ちが強く、卒業して30年たった今でも、同志の気持ちがとても強いです。

卒業して30年たちましたが、みんな医者として頑張っていました。大学の教授になっている者、総合病院の副院長クラスになっていて、臨床現場より管理者の立場になっている者、開業医として臨床に励んでいる者、少しペースダウンして家族との生活を大切にしている者・・・。
頑張っている人に共通していることは、チャレンジャーで好奇心旺盛、探求心がある。継続していける持久力がある。大変なことでも楽しめる。明るくおもしろくユーモアがある。
そして、30年たって、感心したのは、みんな話しが上手になりました。一人1分間の近況報告でしたが、みんな1分間の間に面白くユーモアたっぷりにみんなの注目が集まるようなスピーチをしていました。患者さんに毎日、簡潔にわかりやすく説明することを求められるから、みんな鍛えられたね。
学生時代は、大丈夫かな、と思っていた同級生も、みんな立派になっていました。次回は、還暦の年に同窓会をと話しています。それまで、みんな元気でね。

奇跡のすぐそばにいるということ

5月26日、27日は日本臨床アロマセラピー学会と国際ボンディング協会の総会が東京で開催されました。この2日間で、親子の相互関係、子どもの虐待の問題、命と向き合いそして家族となっていくこと・・・など、様々な方面から素晴らしい話をきくことができました。

講演していただいた精神科医の加茂登志子先生がすすめている親子の関わり方のプログラム。
PCIT(Parent Child Interaction Therapy)とは、幼い子供のこころや行動の問題、育児に悩む親(養育者)の両者に対し、親子の相互交流を深め、その質を高めることによって回復に向かうように働きかける行動科学に基づいた心理療法。
CARE(Child―Adult Relationship Enhancement)子どもと関わる大人のための心理教育的介入プログラム。子どもとの間に、温かな関係を築き、関係をよりよくする際に大切なことを体験的に学ぶ。
育てにくい子ども、育児に悩む親を、私たちはしばしばみることがあります。子育て支援をしていると、私たち支援者が、親子に適切なアドバイスができているのでしょうか。自信をもってできていると言える人はいないと思います。支援者も悩み困っています。親が子どもに適切な関わりをしていない時、どのようにアドバイスしていいかわからず、見守っているだけの場合が多くあります。他の親からのクレームなどを気にして、その親子に注意することもあります。他の親のことを気にして注意すると、その親子は二度とそこには来なくなります。その親子は外に出ることが怖くなります。周りから困った親子とみられているのではと思い、孤立してしまいます。周りの人との交流が苦手になります。それが不適切な養育や虐待に繋がっていくこともあるでしょう。私たち支援者の方が、親子の関わり方についてもっと学ぶべきだと思っています。三重県でもそのような学びができるようにしていこうと思っています。

子ども虐待と脳科学:ずっとお会いしたかった福井大学子どものこころの発達研究センター教授 友田明美先生の講演を聴くことができました。子どもが虐待を受けると、脳が発達するうえで、ダメージを受ける場所がはっきりと研究されてきました。身体的虐待よりも、心理的虐待は大人になってからの様々な精神的問題につながることがわかってきています。心理的虐待は、大声や脅しなどで恐怖に陥れる、無視や拒否的な態度をとる、著しく兄弟間で差別する、自尊心を傷つける言葉を繰り返し使って傷つける、子どもがDVを目撃するなどを指します。子どもの心を死なせてしまうような虐待と理解することができます。身体的虐待は、身体のあざなど、見てわかることが多いですが、心理的虐待は周りからはわかりにくいことが多いです。スーパーの中で、子どもを罵倒して怒っている親をみて、周囲はなんと声をかければよいのでしょう。友田先生はおせっかい運動をすすめています。
調べてみると、東京OSEKKAI計画というのがありました。OSEKKAIが子どもを救う。
子供を虐待から守るためのOSEKKAI5か条
1. 子育てしている保護者(親)を優しく見守る
2. 保護者(親)はいろんな問題をかかえていると理解する。
3. 隣近所、地域社会でのコミュニケーションを図る。
4. 子育てに不安を感じている人には、声をかけてみる。
5. それでも心配な時は189(地域の児童相談所)へ連絡して。
地域のおせっかい運動は、とても大切だと思います。特に、乳幼児期の言葉を話せない子どもを抱えている親にとって、他人のおせっかいは、とても助かります。子どもが泣き止まない時に、周りの誰かが抱っこしてあげる。ベビーカーを押しているママを優先し、手伝ってあげる。「かわいいね」と声をかけてあげる。いつも頑張っているねとママを励ましてあげる。困ったときには助けるから大丈夫と言ってあげる。それだけで、ママ達は、子どもが生まれたことに喜びを感じ、周囲の人達への感謝の気持ちで満ち溢れてくると思います。そうすれば、心理的虐待は必ず減ると思います。地域のおせっかい運動を広めていかなくては。

「奇跡のすぐそばにいるということ~周産期医療の現場から~」:ドラマ「コウノドリ」のモデルになった産婦人科医 荻田和秀先生の講演と対談があり、私も一緒にお話しをさせていただきました。やっぱり温かく、熱く、優しく、素敵な先生でした。産婦人科医は、いつも親子の命と向き合っています。命を助けるために全力投球をしています。そして、その命を中心に家族ができ、家族になっていきます。その現場に寄り添わせてもらっている周産期医療の現場の人間は、やっぱり幸せだなと感じました。ドラマ「コウノドリ」を見ていた時も、いつも医療者サイドの気持ちで見ていました。主役は赤ちゃんであり、その家族。それを支えるのが私たち医療者スタッフ。ドラマ「コウノドリ」では、赤ちゃんと家族をチーム医療が支えている姿が、ずっと貫かれていて、とても好感がもてました。今回の講演で、私が一番印象に残った話しは、ドラマでも取りあげられた「死戦期帝王切開」についてです。心停止した妊婦に対し、お腹の赤ちゃんを緊急帝王切開で取り出し、母体の救命をはかる方法です。それを成功させるためには、日頃の準備とトレーニングとチームワークが必要なことは言うまでもありません。今回、実際の死戦期帝王切開で助かった子供の写真をみせていただきました。「お母さんは植物状態、子どもは脳性麻痺、でも、お父さんからは自分達は家族になれましたと、子どもを連れて会いにきてくれるのです」というエピソードを聞きました。突然の事故、家族全員を失ってしまうかもしれないなかで、助かった命。その後の日常は、大変だろうけれど、助かった命を本当にこのお父さんは愛おしく思っているのだろう、そして、それに寄り添っている医療スタッフの姿を想像すると、涙がでてきました。荻田先生の講演は、聴いている人の立場によって、いろいろ感じるものがあったと思いますが、会場にいたみんなが、温かい気持ちになり、明日からまた頑張ろうという気持ちになれました。それは、命の奇跡のすぐそばにいる生の声だからだったと思います。

そして、今年3月、東京都目黒区で船戸結愛ちゃん(5歳)が虐待死した事件が報道されました。地元の香川で児童相談所に一時保護されていた経緯があることを考えると、救える命だったのではと悔やまれます。そして、結愛ちゃんが、親に書かされていたという反省文「きょうよりかあしたはできるようにするから ゆるしてください」が報道されて、あまりにも悲しく、多くの人が心を痛めたと思います。命が誕生するという奇跡が、こんな形で終わってしまわないように。私たちは、どうしていけばいいのでしょうか。地域が、親子のOSEKKAI応援隊になれるようにと、そう思っています。

映画「いのちのはじまり」

5月5日、私が副理事長をしているNPO法人世界SHIENこども学校のびすくの総会とフォーラムが開催されました。午前は映画「いのちのはじまり」を鑑賞しました。世界の様々な9家族の姿から、子どもの育ちに大切なこと、子どもが育つ環境の問題など・・・沢山のことが胸に響くドキュメンタリー映画でした。ユニセフ推奨の映画でしたが、子どもにとって、親にとって大切なことは何なのか、そして、それを社会がどのように守っていくかを深く感じさせる映画でした。

親の存在:生まれたばかりの乳幼児にとって、信頼できる親からの愛情は不可欠です。目と目をあわせて笑いかけ話しかけてくれる存在、優しく抱き上げてくれる存在、自分の行動について反応してくれる存在が必要です。親も子どもがお腹のなかで成長し、誕生し、母乳を飲み、自分のことを信頼し愛してくれる。本当に愛おしい子どもの存在に、今まで生きていたなかで、一番の幸福感を感じます。
子どもは発達段階の中で、何回も何回も自分の世界に集中して繰り返して行動します。大人にとっては、いたずらとしかみえず、腹立たしくイライラすることかもしれません。しかし、子どもは何回も何回も同じ行動をすることで五感を使って学び、親の反応を見ながら学習していきます。
だから、親と子どもの時間を奪わないようにしなければなりません。親が子どもと一緒にいる時間を守ってあげなければなりません。

子どもの発達:子どもの発達のなかで必要なものは、自由な空間であり、自然との触れ合いです。子ども達は周りの世界のすべてを、遊びに変えてしまいます。沢山の物を買い与える必要はないのです。必要な物は子どもの周りにあり、大切なことは周囲の関わりかたです。
小さな家の狭い隙間で子供達は遊びます。段ボール一つで楽しい隠れ家になります。布一つで小さなお部屋になります。日の光をキラキラと感じ、雨の音はおもしろい音楽になります。雨の日の水たまりは楽しい遊び場です。それを大人が子供達と一緒に感じ、子供達の空想の世界に飛び込んで、自由な発想を一緒に楽しんでみましょう。そして、子ども達が空想の世界で楽しく遊んでいることを邪魔しないことです。それが、子どもの発達のなかでとても大切です。

誰が育てるか:父親が積極的に育児に関わる家庭、シングルファザーの家庭、里親の家庭、同性愛者の家庭など、様々な家族が映像で流れていきます。
育児に積極的に関わっている父親からは、「自分は子育てを一緒にやると決めたから、母親と子どもが仲良くしていて自分が関われなくても悲しいと思わない。母親と子どもが一緒に仲良く過ごせる時間を作れることも、家事をするのも、自分が子育てに参加しているのと一緒のことだから。」「子育てを一緒にすることはあたりまえ。妻にだけまかせるつもりはないし、だからこそ仕事もがんばれる」
シングルファザーの父親は、「仕事を辞めてシングルファザーになったことは後悔していない。今、子供達と一緒にいる時間が大切で幸せだから」。
同性愛者の女性の家族は「不安はあるけれど、自分達はお母さんにもお父さんにもなれることができる。」
里親の家族は「この子がいない生活は考えられない。実の親でないことは、伝えます。でも、この子の癖はどんどん自分達に似てくるのです。」
いろいろな家族があっていい。子どもを愛し、子どものことを大切に思い育てることができれば、どんな形の家族であっても子供達は幸せに育つ。

親のいない子供達:親のない子供達を預かり育てている貧困地域の施設。施設の環境は悪く、食べるものがない時もある。そこで世話をしている女性は、「自分もここで育ててもらったから、今度は私がこの子達の世話をすると決めたの。食事がない時には、みんなで水を飲みながら「水をありがとう」といって神に感謝して水を飲むのよ。」と笑いながら話している。女性も子どもも明るい。笑い声がたくさんあり、歌声が響く。

親の問題:父親が母親へひどい暴力をしているのを毎日のように見ていた女性。早くから家を出て、ドラッグをやり、次から次へと子どもができた。子どもが病気で死にそうになっているのも気がついてやれなかった。しかし、息子に「麻薬中毒者の母親」と言われ、家を出ていかれた時に、やっと気づいた。良い母親になりたい。この子供達のために今から良い母親になりたいと。

貧困の問題:インドの貧困地域に住む小学生くらいの女の子が弟と妹の面倒を見ている。学校に行くこともできず、少ない賃金で労働している。彼女に「将来の夢は?」と聞いたところ、「ありません」という答え。毎日生きることが精一杯の子ども達にとっては、夢という言葉も頭の中にはありません。貧困地域に暮らす親達も同じ。子ども達に食事や教育を与えたくても、生きていくことが精一杯で、将来につながるものを何も与えることができない。貧困をなくすこと、それは、未来ある子ども達が未来の夢を持つことができるということ。そして、子どもたちが大人になった時に貧困の連鎖を断ち切れる道が開けること。だから、世界から貧困をなくすことは、第一に取り組まなければいけないことなのです。

そして、最後に「子どもを育てるには村一つがいる」というメッセージ。
子どもは親だけで育てるのではなく、社会が育て、子育て家族を社会が支える。

いろいろなことを感じる映画でした。今の私にできることは、生まれてくる赤ちゃんと家族が幸せになれるように、一人一人にあった寄り添いをしていくこと。そして、赤ちゃんと家族が幸せになれるように周りの環境を整えてあげること。私自身も、もっともっといろいろなことを知って、一人一人にあったアドバイスをしてあげたいと思う。そんなことを思いながら日々診療に励み、家族の力になっていこう。

嬉しい訪問

先日、「報告したいことがあって来ました」と若い女性がクリニックを訪ねてきてくれた。あまり見覚えのない顔に、最初は、誰だろう?と思ったが、彼女は、高校生の時に妊娠・出産し、悩んで悩んだすえに、特別養子縁組に子どもを出すことを決めたA子さんだった。3年たって大人っぽくなり、別人のようにしっかりしていた。
高校を卒業した後、進学したというのは聞いていたが、その後のことは知らなかった。
A子さんは、「就職が決まりました。公務員試験に受かり、春から公務員として社会人となります。それが、報告したくて来ました」と言ってくれた。わざわざ、クリニックを訪れてくれたことが、本当に嬉しくて、我が子のように涙が出そうだった。

A子さんが初めて外来に受診した高校生のとき、その当時付き合っていた彼と、出産したら一緒に子どもを育てることを考えていた。しかし、両親は絶対反対だった。彼はどうするのかがはっきりしない人で、自分は子どもをA子さんと一緒に育てたいけれど、A子さんの意思に任せるという意見だった。切迫早産のため出産するまで入院することになり、長い入院生活で、スタッフも家族のような気持ちでA子さんのことを見守っていた。親子のちょっとしたボタンの掛け違いで、両親とA子さんは、お互いに正面を向き合って話ができなくなっていた。妊娠中、母親は面会に何度も来てくれたが、お互いに差し障りのない会話をすることしかできず、赤ちゃんのことについて本音で話し合うことができなかった。お互いに嫌いなわけではなく、愛情があるのに、差し迫った大切な決断に対しては、なるべく触れないように、表面的な話しをして仲良く過ごしているようにみえた。無事に出産し、赤ちゃんと触れ合いながら、A子さんも母親も赤ちゃんのことをかわいがり、楽しそうに過ごしていた。しかし、自分達で育てるのか、特別養子縁組に赤ちゃんをお願いするのかを決断しなければならなかった。話し合いをしたが、両親の特別養子縁組に出すという意思は揺るがなかった。赤ちゃんをクリニックに残して、数日間A子さんは実家に帰り、両親との時間を過ごした。そこで、本人と両親がやっときちんと正面に向き合って話し合うことができた。決断は、特別養子縁組をお願いすることだった。クリニックに帰ってきたA子さんとお母さんは、すっきりした顔で「特別養子縁組をお願いします」と私達に言ってきた。親に言われたからではなく、自分で決めたことなのだと、その顔をみてよくわかった。そして、母親との関係もとても良くなっていた。自分がどんなにご両親の愛情を受けて育ててもらったのかが、わかったのだと思う。

昨年は、養親さんと子どもがクリニックを訪れてくれた、とても素敵なご夫婦に育てられ、とても可愛く賢くすくすくと育っていた。養親さんが、いつかきちんと子どもに「あなたには生んでくれた母親がいる。事情があって育てることはできなかったけれど、とてもあなたのことを愛していたのだよ。」と伝えてくれる日がくる。きちんと伝えるために、クリニックを訪れてくれた。そして、子どもは、きっと生母さんの決断を理解して受け入れてくれる日がくるだろう。生まれてすぐにA子さんから沢山の愛情をもらっているから、きっとわかってくれると思う。

A子さんが報告に来てくれたのは、退院後、自分なりに一生懸命生きて、頑張ってきたことを私達に報告したかったのだと思う。あの時、本当に苦しい決断をしたけれど、彼女の人生においてあの決断は間違ってなかったねと心の中で言ってあげた。そして、あの時のあなたへの私達スタッフの関わり方は間違っていなかったよねと、少しほっとした気持ちになった。「お母さんは、就職が決まって喜んでいた?」と聞いたら、「私以上に喜んでいます」と言っていた。ご両親が、A子さん以上に苦しく悲しい決断を自分のためにしてくれたことをわかっているから、これからは、沢山親孝行してあげてねと思う。

高校の校長先生に、「教師の仕事をしていて良かったと思うことはありますか?」と聞いたことがある。「三年に一度くらいは、こいつの人生で少しは俺が関わったことが役に立ったかな、と思う経験がやってくるんですよ。そんな時に、本当にこの仕事をしていて良かったなと思います」と話しをしてくれた。今回、私もA子さんの人生にとって、私達スタッフが一生懸命関わったことが、少しは彼女の人生の選択に役に立ったかなと思えた。彼女の訪問は、本当に良かったねと思える幸せな時間だった。

カンボジアからの客人

2018年3月3日、4日とカンボジアからSam An Rosさんが来日して、一緒にミーティングをする機会がありました。彼は、サンティ・セナというカンボジアにあるNGOの事務局長代行をしています。今回、SDGsみえ副代表の茨城大学野田准教授が日本に彼を招待したご縁で、三重県に訪問してくれました。

カンボジアの歴史や仏教について、今までほとんど知識がない私にとって、今回の彼の訪問は、カンボジアに興味を抱くきっかけとなりました。日本の寺は、昔は、地域における様々な役割を果たし地域コミュニティの中心でありましたが、カンボジアにおいて農村部の仏教寺院は、コミュニティの中心であるだけでなく、教育、孤児や女性のためのシェルターの機能、道や橋の修復などの公共事業も担っていました。1970年代前半までは、南伝仏教は、カンボジアの価値観の基礎であり、仏教儀礼実践は人々の生活に規律と秩序をもたらしていました。
しかし、1970年から、カンボジアは長い内戦の時代となります。そして、1975年4月にクメール・ルージュは首都プノンペンを占領します。そして、1976年5月にポルポトが民主カンプチアの首相になります。民主カンプチアの国家体制は中華人民共和国の毛沢東主義を基盤にした「原始共産主義社会」であり、その実現のために都市住民を農村に強制移送させ、食料増産に従事させました。200万人のプノンペンの市民が強制退去させられ、農村に連行され、知識人と言われる教師や僧侶が大量虐殺されました。ポルポトの時代に150万人以上が殺害されたといいいます。寺院は封鎖され、ほとんどが解体され、仏像は兵士によって破壊され、古代からの経典は焼き払われました。その後、1991年にカンボジア和平パリ協定が調印され、1998年ポルポトはジャングルで死亡し、20年以上にわたる内戦は終了しました。
内戦終了後は、仏教僧が、人々の心の支えとなり、貧困・教育などの社会貢献を行っている団体がいくつか立ち上がりました。Sam An さんが働く、サンティ・セナ(Santi Sena)は、その一つです。
サンティ・セナ(Santi Sena)は、カンボジアのベトナム国境近くにあるスバイリエン州にあり、仏教僧の二ェム・キムテン氏が代表をつとめています。1994年に設立されたNGOです。サンティ・セナのビジョンは、「カンボジアの人々が平和・正義・社会福祉および尊厳ある生活を送ること、そしてカンボジアの豊かな生態系と自然環境の調和の取れた生活を送ること」。そのミッションとして「関連の行政機関とよりよい親密な連携の下に貧困を撲滅すること、社会的弱者に焦点を当てて活動すること、社会的暴力をなくすこと、人権・民主主義・社会の法そしてアドボカシーを推進すること、女性のエンパワーメントを行うこと、そして天然資源の保護に貢献すること」。活動のゴールとして「全ての人々、とりわけ小農、女性、障害者、若者、高齢者そして子どもたちによりよい充実した生活を確かにするものとする」。と掲げています。

Sam Anさんは、貧困の家に生まれました。カンボジアでは普通の学校と仏教学校があり、貧しい家の子ども達は仏教学校に入ることができます。僧侶になるための勉強以外に、普通の学校で学ぶ勉強もできます。仏教学校で学んだあと、Sam Anさんは、サンティ・セナで働くことになります。働きながら片道3時間かけて、プノンペンの大学に通いました。土曜日の早朝に出発して、日曜日の夜に帰ってくる生活を続けました。交通事情がその当時はとても悪く、友人は途中で命を失くしたそうです。彼がサンティ・セナで今後の力を入れたい活動は、教育、特にChild Careだといます。親たちに衛生概念がなく、手を洗ってから食事をするということから、幼児の間に教えていきたいといいます。
各国の保育園や子育て支援施設を参考に、Child Careの施設を作っていきたいとの思いで、今回の来日でも保育園や私の産婦人科施設内の子育て支援の場所を興味深く見学していきました。ディスカッションをするなかで、私は、乳幼児の子育てには、その地域や民族の伝統や文化が深く関係しているので、他の国の新しい近代的な子育て方法が全て良いというわけではなく、逆に、古くからの伝統的な慣習や方法が全て時代遅れで悪いわけでもないと思っていることを話しました。日本の古くから受け継がれてきた子育ては、戦後、アメリカからの先進的な子育て論が入ってきて、日本人が古くから大切にしてきたものが、随分失われてしまいました。自分が住んでいると気がつかないけれど、カンボジアの伝統的な子育てや育児方法にも素晴らしいものが沢山あるのではと思います。とりあえず、カンボジアに行って、カンボジアの生活や文化に触れて、それから一緒にChild Careについて考えていきたいと話しをしました。

今回の彼の訪問でのもう一つの大きな目玉は、茨城大学生と三重大学生のコラボによるフォーラム運営です。茨城大学の野田ゼミ生達は、夜行バスで三重県津市に来てくれました。前夜祭では、我が家の「のびすく」でお寿司とおでんを食べながら翌日のフォーラムの打ち合わせをしました。大学生達がSam Anさんの英語の通訳をしてくれます。私の大学時代には、こんな経験をしたこともなく、若い時にいろいろな経験ができる今の大学生を羨ましく思い、大学生の若く自由で楽しい姿に、こちらもリフレッシュさせてもらい、パワーを沢山もらいました。
そして、翌日の本番です。津市の前葉市長も駆けつけてくださり、大学生達にとても素敵な話をしてくれました。持続可能な開発をすすめていくためには、「君たち若者が、声をだし、意見をいうことが必要です。その声をしっかり受け止め、行政は動きます。そして、未来の社会に向けて進んでいきましょう」熱いメッセージを若者達に投げかけてくれました。市長自らの声を届けてもらって、大学生達は感激したのではと思います。
今回のテーマは「子どもの貧困」です。野田准教授、Sam Anさん、私の講演のあと、学生たちが発表してくれました。三重大学院生からは、授業で話し合った「子どもの貧困」について。さすが大学院生だけあって、「子どもの貧困」について自分たちがどのようにとらえたか、そこからの様々な資料を通しての自分の考えをまとめてくれました。お金がないという面だけでなく、貧困をどのようにとらえ、子ども達にどのような影響を及ぼすかの視点がとても興味深かったです。次は、三重大学カンボジア支援団体(CSU)メンバーからの発表。「カンボジアの小学校で運動会をしよう」という活動の発表でした。自分たち学生が、企画し、準備し、寄付を募り、カンボジアの学生や大人の協力のもとで、子供達との大運動会の様子を報告してくれました。「やりたい」を行動にうつし、実現し、感動と幸せをもらって帰ってきた姿がとてもまぶしく、素敵でした。最後に茨城大生の発表です。ゼミの中でSDGsについて学び、カンボジアに研修ツアーにいった紹介でした。自分たちがカンボジアに行って感じたことで、何かできないかを考えました。SDGs茨城の缶バッチを作ったり、フェアトレードでカンボジアの小さな置物を学祭で売ったりしました。その資金をサンティ・セナの学校建設の資金に充ててもらおうと今回Sam Anさんに寄付をしていました。国際的な目線で大学の授業を受け、学ぶことができる学生は幸せだなと思いました。
打ち上げの食事会では、ほとんど女子大生だったため、ジェンダーについての私の思いを少し話しました。妊娠・出産というのは、女性にしかできない、とても素晴らしいことであり、自分のライフプランの中に考えていってほしい。そして、これから大学を卒業して、社会人として生きていくなかで、「女性だから」とか「親が女の子なんだから○○にしなさい」という理由で不満を持ちながら自分の生き方を選択していくのではなく、「自分はどのような生き方をしたい」と自分の声で、親や友人やパートナーや社会に対して発言できることが、ジェンダーの平等ということだと思うと話しをしました。若い人達には、もっともっと伝えたいことが沢山あります。

今回、Sam Anさんと会うことができ、そして、大学生と一緒に過ごすことができ、私にとって大きな学びと収穫の時間を過ごすことができました。いつか、近い時期に、カンボジアに行こうと思います。Sam An さんの温厚な優しい風貌から、きっとカンボジアは感謝の国なのだと想像しています。そして、私の知識が少しでもお役にたてるのなら一緒に何かしていきたいと思います。これから、何ができるのか、また楽しみが増えました。ありがとう、Sam Anさん。

プロフィール

柳瀬幸子(やなせさちこ)
産婦人科医。三重大学医学部卒業後、三重大学大学院医学研究科博士課程修了。
ヤナセクリニック院長として多くの命の誕生に立ち会う中、女性のライフサイクルに応じた幅広い医療の提供、お母さんと赤ちゃんに優しい出産、妊娠中から育児中を通してのサポート、育児支援に力を入れている。著書に「地球(ここ)に生まれて」、共著に「効果テキメン! アロマ大百科」など



電子ブック・柳瀬幸子の
「地球(ここ)に生まれて」 柳瀬幸子の地球に生まれて
アマゾンの販売ページはこちら
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

携帯電話用QRコード
QRコード
ギャラリー
  • 「うまれる」映画と対談の集いを終えて
  • 出産力餅
  • 出産写真
  • 寄りそい
  • 地球(ここ)に生まれて
最新記事
天気
  • ライブドアブログ