サッカー批評54が1月10日に発売になりました。
【特集】創造性なきサッカーに未来はない。2012年日本サッカーの設計図

僕は、「熱狂を創造するファジアーノ岡山」と題し、木村正明社長に”親会社のない小クラブが生き残るための方策”をテーマにお話を伺ってきました。その他、巻末の方で、サッカーから見えるアフリカを描いたルポタージュ『サッカーと独裁者 「アフリカ13か国の紛争地帯を行く」 (スティーヴ・ブルームフィールド著 実川元子訳 白水社)』の書評を書かせてもらっています。
内容については本誌を購入してもらって読んで頂くとして。ここではちょっとこぼれ話と、あれこれ考えたことを。
◆ファジアーノ岡山取材こぼれ話
岡山へ取材に行ったのは昨年11月下旬。2011年シーズンも残すところ3試合。その日ファジアーノ岡山はカンスタでのホームゲームでした。このとき岡山は勝ったり負けたりの状況。対する京都サンガは怒涛の6連勝。そうです。天皇杯で皆さんが目撃したショートパスサッカーは、伸びしろを存分に残しながら円熟味を帯びつつあったあの頃です。
でも、岡山は勝ってしまったんですね。しかも見事な逆転勝ち。この日のカンスタには7,200人近い観衆が詰めかけていました。2011年シーズンのJ2の平均観客動員が6,200人程度なので、これは上出来の数字。岡山は昨季13位フィニッシュのチームですからね。ちなみにこの2週間後の12月3日、ホームゲーム最終戦で岡山は観衆8,833人を記録。相手は札幌と熾烈なJ1昇格争いを演じていた徳島。徳島は岡山に勝てば昇格のチャンスがありました。しかし岡山は勝ちました。カンスタを埋めた観衆の目前で。しかも劇的に。記録上は後半アディショナルタイム5分でした。もう本当に最後の最後。東大卒Jリーガー(もうこの呼称は失礼だな)FW久木田紳吾選手の劇的アディショナル弾でした。カンスタは熱狂の渦の中で昨季を締めたわけです。盛り上がりますわな。この事実、意外に見落とされているんじゃないのかと。
取材に行ったときの京都戦、僕は後半だけバックスタンドに陣取る岡山のサポーターたちと一緒に観戦しました。やはり京都相手に逆転弾を打ち込んだときカンスタの”うねり”を体感することになりました。試合後、コールリーダーがトラメガ使ってバックスタンドを埋めたサポーターたちに「苦しいときもあったけど、こういうこともあるから、今後もみんなで精一杯応援していきましょうよ!」と叫ぶと、テンションマックスのファジレッドたちが一帯を拍手と熱気で包みました。ええ、僕も一緒に拍手してましたよ。
そんな光景を横目にしながら僕はそそくさと記者会見場へ走って移動。ちょうど影山監督が、喜びを抑えきれないといった様子で報道陣の質問に歯切れよく答えているところでした。そのときふと窓ガラスの外を見ると、試合中にボールボーイを務めた学生たちに混じって、いや、彼らを先導するように、木村社長が会場の片付けをする姿が飛び込んできました。少し肌寒い日だったので、顔の頬を少しだけ赤らめて。いや、勝利の喜び、がそうさせていたのかも。
すべての取材を終えて、広報の方にお礼を告げた後、カンスタの外で後片付けに奔走する木村社長を見つけました。そこでがっちりと握手。その後ごにょごにょと少しだけ会話を交わしました。その会話の詳細を書かないとこぼれ話になりませんけど、すみません、あしからず(笑)。でもひとつだけ。木村社長は力強く「ともにJ1に行きましょう!」とおっしゃられました。
そんなこんなで岡山から帰路に着きました。
◆料理人は手を加え過ぎたらいかんです
木村社長が僕に対して「ともにJ1に」と言ったのは、この日の取材の冒頭で、僕が普段、栃木SC番をしているのだとお伝えしていたからです。つまり木村社長は僕のことを、同じJ2の対戦相手の人間としてインプットされたからでしょう。
ここからは僕の取材論。
僕、いつもそうしているんですよ。取材対象者に、まず、自分が何者であるか、を伝える。それが有効だと思えば、ほとんどの取材で「普段はJ2の栃木SCを取材している鈴木です」とはっきり伝えるようにしています。前号のサッカー批評53の取材で反町監督(現・松本山雅、当時は湘南ベルマーレ)にも取材の冒頭で同じようにお伝えしたところ、「お、松田さんね」とすぐ反応が返ってきました。まあ当然ですけどね。
そうすることで聞けなくなってしまう話もあるかもしれない。僕が対戦相手の番記者であるからと警戒してしまい、ベラベラと話をするのは避けようとしてしまうかもしれない。僕は、それはそれだと割り切ります。取材前には必ずテーマを掲げてそれをお伝えしているのだから(現場に来るまで取材対象者がそれを知らないケースも多々ありますが)、相手にはそれなりの覚悟があると僕は考えます。何を書かれてもいいと覚悟しているはずだと。こちらの勝手ですけどね。でもJが絡む場合は皆プロなのだから、そこは当然だと考えます。
だから、たとえ僕が取材対象者にとって対戦相手側の人間だろうと、まずは、自分が何者であるかを伝える。そうすることで、エッジの効いた会話になる、と考えます。持論ですよ。誰もがそうじゃないですからね。でも僕はそう考えています。インタビューは長くても精々2時間弱。そういう短い時間の会話でもできるだけ濃密にしたい。ただ漠然と、ライターです、取材に来ました、こんなテーマなんです、よろしくお願いします、というのではちょっと弱いんじゃないかと僕は思うのです。もちろん、記事の掲載先がどんな媒体であるか、それを伝えるのは必須ですから当然伝えますが、それ以上に、自分が何者であって、普段はどんな取材をしているのか、それを冒頭にできるだけ短い言葉でわかりやすく伝えるようにしています。
料理で言えば、取材対象者は素材そのもの。その素材は新鮮なのか、または、高級なのか。まず取材者が取材対象者を選定する時点で(これは失礼な言い方かもしれませんが)すでに取材者として目利きの勝負が始まっている。そして、僕が取材の冒頭に”自分が何者であるか”をはっきり伝えるのは、繰り返しになりますが、エッジの効いたインタビューにするため。会話に軸を作るためです。それは料理人が自分で選んだ素材にどう包丁を入れるか、どう鋭く刃先を入れるか、それと同じ作業だと思うのです。包丁の入れ方次第で、素材をより良く見せることもできれば、ときには台無しにもしてしまう。だから、料理人(書き手)の包丁の入れ方は極めて重要。
だってボロボロの刃先で魚をさばこうものなら、切り口からして見栄えが悪い、食欲をそそらない刺身になってしまうはずでしょう。もちろん、それをお客さんに提供する段になって、素材の配置をアレンジするなどすれば、切り口の粗さ甘さをある程度カバーすることはできるかもしれない。その部分が見えないように、とかね。でもそれはすでに誤魔化しの範疇ではないですかね。エッジの効いていない会話が収録された取材テープを元に、あれこれ順番を入れ替えてアレンジすれば、それなりの原稿を仕上げることはできるわけです。でも、できればエッジが効いた会話の取材テープを元に、その熱を殺さずシンプルに読者に提供したい。
新鮮な素材を、新鮮なまま、そのままお客さんに提供することがやはり基本。まず素材の良さを最大限活かすことが基本だと僕は考えます。”料理人の腕”なんてものは二の次、三の次。昔はアンカーさんと言って、出版社には大御所さんが待機されていて、編集部の何人かで集めた素材を受け取ると、順番を入れ替えたりあれこれして、最終的に一堂驚愕の玉稿を仕上げる、なんて時代があったようです(今もおられるのでしょうか)。
でも僕みたいなペー×2の書き手はそうはいきませんな。まず新鮮な素材にありつけたなら、料理人(書き手)は塩コショウを少々ふる程度で十分、くらいに考える。それでひとまずは美味しい料理が提供できるはずだと。そこで料理人が手を加え過ぎて、せっかくの素晴らしい素材を台無しにしてしまっては本末転倒です。だからこそ、素材には慎重に鋭く刃先を入れること(エッジを効かせた会話の軸をつくること)が重要だと考えるのです。
そういうことはできるだけ気をつけたいなあと日々思っているんです。すごく真面目に考えているわけですよ。おそらく僕と普段接している人たちは思いもよらないと思いますが(笑)。
それにしても、今年はこんな頻繁にブログを更新してしまっているわけですが、このペースが続くことは絶対にないので安心してください。まあ見てくれている人も少ないんでね(笑)。いやしかし編集者は見ているんだなこれが。早く原稿書きましょうかとか言われる前に、終わります(笑)。
鈴木康浩
【特集】創造性なきサッカーに未来はない。2012年日本サッカーの設計図

僕は、「熱狂を創造するファジアーノ岡山」と題し、木村正明社長に”親会社のない小クラブが生き残るための方策”をテーマにお話を伺ってきました。その他、巻末の方で、サッカーから見えるアフリカを描いたルポタージュ『サッカーと独裁者 「アフリカ13か国の紛争地帯を行く」 (スティーヴ・ブルームフィールド著 実川元子訳 白水社)』の書評を書かせてもらっています。
内容については本誌を購入してもらって読んで頂くとして。ここではちょっとこぼれ話と、あれこれ考えたことを。
◆ファジアーノ岡山取材こぼれ話
岡山へ取材に行ったのは昨年11月下旬。2011年シーズンも残すところ3試合。その日ファジアーノ岡山はカンスタでのホームゲームでした。このとき岡山は勝ったり負けたりの状況。対する京都サンガは怒涛の6連勝。そうです。天皇杯で皆さんが目撃したショートパスサッカーは、伸びしろを存分に残しながら円熟味を帯びつつあったあの頃です。
でも、岡山は勝ってしまったんですね。しかも見事な逆転勝ち。この日のカンスタには7,200人近い観衆が詰めかけていました。2011年シーズンのJ2の平均観客動員が6,200人程度なので、これは上出来の数字。岡山は昨季13位フィニッシュのチームですからね。ちなみにこの2週間後の12月3日、ホームゲーム最終戦で岡山は観衆8,833人を記録。相手は札幌と熾烈なJ1昇格争いを演じていた徳島。徳島は岡山に勝てば昇格のチャンスがありました。しかし岡山は勝ちました。カンスタを埋めた観衆の目前で。しかも劇的に。記録上は後半アディショナルタイム5分でした。もう本当に最後の最後。東大卒Jリーガー(もうこの呼称は失礼だな)FW久木田紳吾選手の劇的アディショナル弾でした。カンスタは熱狂の渦の中で昨季を締めたわけです。盛り上がりますわな。この事実、意外に見落とされているんじゃないのかと。
取材に行ったときの京都戦、僕は後半だけバックスタンドに陣取る岡山のサポーターたちと一緒に観戦しました。やはり京都相手に逆転弾を打ち込んだときカンスタの”うねり”を体感することになりました。試合後、コールリーダーがトラメガ使ってバックスタンドを埋めたサポーターたちに「苦しいときもあったけど、こういうこともあるから、今後もみんなで精一杯応援していきましょうよ!」と叫ぶと、テンションマックスのファジレッドたちが一帯を拍手と熱気で包みました。ええ、僕も一緒に拍手してましたよ。
そんな光景を横目にしながら僕はそそくさと記者会見場へ走って移動。ちょうど影山監督が、喜びを抑えきれないといった様子で報道陣の質問に歯切れよく答えているところでした。そのときふと窓ガラスの外を見ると、試合中にボールボーイを務めた学生たちに混じって、いや、彼らを先導するように、木村社長が会場の片付けをする姿が飛び込んできました。少し肌寒い日だったので、顔の頬を少しだけ赤らめて。いや、勝利の喜び、がそうさせていたのかも。
すべての取材を終えて、広報の方にお礼を告げた後、カンスタの外で後片付けに奔走する木村社長を見つけました。そこでがっちりと握手。その後ごにょごにょと少しだけ会話を交わしました。その会話の詳細を書かないとこぼれ話になりませんけど、すみません、あしからず(笑)。でもひとつだけ。木村社長は力強く「ともにJ1に行きましょう!」とおっしゃられました。
そんなこんなで岡山から帰路に着きました。
◆料理人は手を加え過ぎたらいかんです
木村社長が僕に対して「ともにJ1に」と言ったのは、この日の取材の冒頭で、僕が普段、栃木SC番をしているのだとお伝えしていたからです。つまり木村社長は僕のことを、同じJ2の対戦相手の人間としてインプットされたからでしょう。
ここからは僕の取材論。
僕、いつもそうしているんですよ。取材対象者に、まず、自分が何者であるか、を伝える。それが有効だと思えば、ほとんどの取材で「普段はJ2の栃木SCを取材している鈴木です」とはっきり伝えるようにしています。前号のサッカー批評53の取材で反町監督(現・松本山雅、当時は湘南ベルマーレ)にも取材の冒頭で同じようにお伝えしたところ、「お、松田さんね」とすぐ反応が返ってきました。まあ当然ですけどね。
そうすることで聞けなくなってしまう話もあるかもしれない。僕が対戦相手の番記者であるからと警戒してしまい、ベラベラと話をするのは避けようとしてしまうかもしれない。僕は、それはそれだと割り切ります。取材前には必ずテーマを掲げてそれをお伝えしているのだから(現場に来るまで取材対象者がそれを知らないケースも多々ありますが)、相手にはそれなりの覚悟があると僕は考えます。何を書かれてもいいと覚悟しているはずだと。こちらの勝手ですけどね。でもJが絡む場合は皆プロなのだから、そこは当然だと考えます。
だから、たとえ僕が取材対象者にとって対戦相手側の人間だろうと、まずは、自分が何者であるかを伝える。そうすることで、エッジの効いた会話になる、と考えます。持論ですよ。誰もがそうじゃないですからね。でも僕はそう考えています。インタビューは長くても精々2時間弱。そういう短い時間の会話でもできるだけ濃密にしたい。ただ漠然と、ライターです、取材に来ました、こんなテーマなんです、よろしくお願いします、というのではちょっと弱いんじゃないかと僕は思うのです。もちろん、記事の掲載先がどんな媒体であるか、それを伝えるのは必須ですから当然伝えますが、それ以上に、自分が何者であって、普段はどんな取材をしているのか、それを冒頭にできるだけ短い言葉でわかりやすく伝えるようにしています。
料理で言えば、取材対象者は素材そのもの。その素材は新鮮なのか、または、高級なのか。まず取材者が取材対象者を選定する時点で(これは失礼な言い方かもしれませんが)すでに取材者として目利きの勝負が始まっている。そして、僕が取材の冒頭に”自分が何者であるか”をはっきり伝えるのは、繰り返しになりますが、エッジの効いたインタビューにするため。会話に軸を作るためです。それは料理人が自分で選んだ素材にどう包丁を入れるか、どう鋭く刃先を入れるか、それと同じ作業だと思うのです。包丁の入れ方次第で、素材をより良く見せることもできれば、ときには台無しにもしてしまう。だから、料理人(書き手)の包丁の入れ方は極めて重要。
だってボロボロの刃先で魚をさばこうものなら、切り口からして見栄えが悪い、食欲をそそらない刺身になってしまうはずでしょう。もちろん、それをお客さんに提供する段になって、素材の配置をアレンジするなどすれば、切り口の粗さ甘さをある程度カバーすることはできるかもしれない。その部分が見えないように、とかね。でもそれはすでに誤魔化しの範疇ではないですかね。エッジの効いていない会話が収録された取材テープを元に、あれこれ順番を入れ替えてアレンジすれば、それなりの原稿を仕上げることはできるわけです。でも、できればエッジが効いた会話の取材テープを元に、その熱を殺さずシンプルに読者に提供したい。
新鮮な素材を、新鮮なまま、そのままお客さんに提供することがやはり基本。まず素材の良さを最大限活かすことが基本だと僕は考えます。”料理人の腕”なんてものは二の次、三の次。昔はアンカーさんと言って、出版社には大御所さんが待機されていて、編集部の何人かで集めた素材を受け取ると、順番を入れ替えたりあれこれして、最終的に一堂驚愕の玉稿を仕上げる、なんて時代があったようです(今もおられるのでしょうか)。
でも僕みたいなペー×2の書き手はそうはいきませんな。まず新鮮な素材にありつけたなら、料理人(書き手)は塩コショウを少々ふる程度で十分、くらいに考える。それでひとまずは美味しい料理が提供できるはずだと。そこで料理人が手を加え過ぎて、せっかくの素晴らしい素材を台無しにしてしまっては本末転倒です。だからこそ、素材には慎重に鋭く刃先を入れること(エッジを効かせた会話の軸をつくること)が重要だと考えるのです。
そういうことはできるだけ気をつけたいなあと日々思っているんです。すごく真面目に考えているわけですよ。おそらく僕と普段接している人たちは思いもよらないと思いますが(笑)。
それにしても、今年はこんな頻繁にブログを更新してしまっているわけですが、このペースが続くことは絶対にないので安心してください。まあ見てくれている人も少ないんでね(笑)。いやしかし編集者は見ているんだなこれが。早く原稿書きましょうかとか言われる前に、終わります(笑)。
鈴木康浩







