2015年07月12日

井伏鱒二23回忌を野上照代さんと

今年の7月10日は井伏鱒二先生の23回忌ですからその日にしましょうよ、と野上照代さんが言うのである。
こちらに何の不足はない。昨日がその日だった。
わたしは荻窪で電車を降り、教会通りから初めて井伏邸まで歩いた。先日は開いていなかったコロッケ専門店が今日は営業していて、店の前には人が並んでいた。
井伏邸は写真でかつて見たままの佇まいであった。生垣は丁寧に剪定されていて、手入れが行き届いているとわかる。
かつては名刺大の紙に「井伏」と書かれた表札が門柱にとめられてあったというが、いま表札の如きものは掲げられていない。娘さんご夫婦がお住まいらしい。
区画を一巡りして厳しい西陽を受けながら、西荻窪まで歩いた。西荻には晩年の井伏さんが通った酒亭「しゃも重」があって、その入口のカウンター席に井伏先生の遺影が置かれ、野上さんが待っていてくれた。

野上さんは敗戦直後、八雲書店の編集者時代に井伏さんに会い、その後、黒澤明作品のスクリプターとなられたあと、黒澤監督が「トラ! トラ! トラ!」でFOXと東映京都撮影所を相手に七転八倒していた頃には’EXPOのためにサンアドに在籍していて、或る人の仲介で井伏鱒二と再会した。
このことは野上さんの著書『蜥蜴の尻っぽ』に書かれてある。
その後は井伏さんが主催される飲み会などで永く世話役(幹事)を務められ、安岡章太郎や三浦哲郎をはじめとして多くの方の知遇を得た。
今回はこの6月に上梓された野上さんの新著『黒澤明 樹海の迷宮』(ヴラジーミル・ヴァシーリエフ、笹井隆男共著。小学館)刊行祝いも兼ねていた。
それで、ここには書けない裏話もたくさん聞けたのであった。

「しゃも重」には30年ぶりくらいの再訪になる。
当時、おいしいシャモ鍋を食した記憶があるが、いまは良質のシャモの入手が困難なため鍋はやっておらず、9月には店を駅近くに移転するそうだ。
料理屋の店構えから小ぢんまりした酒亭に衣替えするようで、「この店で飲めるのもこれが最後ね。今日来てよかったわ」と、野上さん。
そういえば、井伏鱒二には「岩田君のクロ」という、軍鶏を題材にした秀逸な短篇があったなあ(昭13)。

野上さんはわたしへの手土産に、井伏鱒二原作、高木孝一脚本・監督『南風交響曲』(昭和15年製作の南旺映画)のDVDをお持ちくださった。
これはレアもので、わたしは未見であったので、とても嬉しかった。
翌日の今日、早速そのDVDを見たが、クレジットには井伏の短篇集『禁札』より、とある。
年譜を見ると、昭和14年3月竹村書房より刊行、とあるが、どんな短篇が収録されていたのか、よくわからない。
井伏さんのことであるから、その後に封印してしまった作品であるかもしれない。
少なくとも、わたしの既読の井伏短篇に、脚本に該当するような作品はないのであった。
ただ、映画の出だしのシークエンスは明らかに「丹下氏邸」からヒントを得たものであることはわかった。ニュアンスはぜんぜんちがっているが……。
「おこまさん」を原作とした成瀬巳喜男監督『秀子の車掌さん』(昭16)も南旺映画だから、井伏ファンともいうべき人が、誰かこの短命だった製作会社にいたのかもしれない。
この二つの映画には、互いに通いあう空気のようなものが流れている。

わたしが用意した手土産は、『中央公論』昭和5年9月号。
井伏の短篇「先生の広告隊」の初出誌である。
創作欄には横光利一「鞭」、徳永直「嵐を衝いて」、同じくプロレタリア作家の前田河広一郎の短篇三作が載っていて、これらはすべて9ポ1段で組まれている。
それに対し、「貧乏ナンセンス物語」と称して井伏のほか、吉行エイスケ、窪川いね子(佐多稲子の旧名)、辰野九紫の四人が短篇を寄せているが、こちらはみな8ポ3段組である。
井伏さん33歳、まだ駆け出しのユーモア作家扱いだったんだなあ。
野上さんが物心つくすこし前、とにかく時代を感じさせてくれる。

そこでまた映画の話になった。
井伏鱒二の原作が初めて映画化されたのは『多甚古村』(昭15東宝、今井正監督)ということになっているけれど、実は違うんです、小津安二郎監督小市民ものの傑作『東京の合唱(コーラス)』(昭6)、あれの後半部のスポークン・タイトルはほとんどそのまま井伏さんの「先生の広告隊」から引かれています、原作クレジットは北村小松でシナリオは野田高梧、台本には北村と並んで井伏さんの名が記されてあったそうですが、このことを指摘されたのはわたしの知るかぎり田中眞澄さんただ一人です、井伏先生から何かお聞きになっていませんでしたか?

残念ながら野上さんは先生とそんな話をした記憶はないとのことであったが、近年、池袋文芸坐に高峰秀子特集がかかったとき、晩年の大女優の養女になったSA嬢が『東京の合唱』の「活動弁士」を務めたという、大袈裟に言えば<現代映画史上の奇譚>ともいうべき事件を教えてくださり、わたしはしばし絶句したのであった。

でもそのあとはまた楽しい話がつづき、気がつけば10時を過ぎてお別れしたのである。
いい一日でした。
野上さん、ありがとう。


yas_terui at 14:04│ 映画一般 | 書物