2015年11月07日

ヴァイキングのカラビナ

先日ひさしぶりに秩父宮を訪れ、帰りがけ、フットボール考古学のAQ氏とパブに立寄ったら、何年ぶりだろう、ラグビー狂会本の編集者Tさんご夫妻と隣り合わせになった。
ご主人とは初顔合わせ。元サッカー選手だったが、RWC2015でのジャパンの活躍に俄ファンになったのだとか。大いに話が盛り上がった。そのことだけでも、めでたい。

そのご主人に質問された。「オセアニアのアイランダーたちに、なぜラグビーはあんなにも普及し、そして彼らはなぜ強いのか」と。

しかし、オセアニア3カ国(サモア、フィジー、トンガ)のうち、次回RWC(2019年、日本)には、おそらく1カ国は予選で脱落して出場することはできなくなる。オセアニア代表1カ国、最終予選突破国が一つの2枠しかないからだ。

2015年イングランド大会で、フィジーはA組(死のプール)に入って4位、B組のサモアはジャパンに、C組のトンガはジョージアに食われて、みな4位。すなわち、次回RWCで彼らにシード権は与えられず、各国ともみな地域予選からスタートしなければならないのだ。
(ジャパンはプール3位で、次回RWC出場のシード権を実力で獲得した)

彼らの相対的な強さは今回RWCで減じたが、人口比でみて(競技人口比率でも)強いことには変わりがない。
これには、何の確証もないが「下半身は砂浜で、上半身はカヤック(カヌー、漕艇)で鍛えられてるからじゃないかなあ」と答えておいた。

普及の面では確信できる理由がある。
かの3カ国はみな英連邦に属している。大英帝国海軍との交わりが深いのだ。
港港に女あり、ではないけれど、英連邦では特に「港港にフットボールあり」なのだから。イギリス海軍は、フットボールの普及に欠かせないメディアなのである。
(この説にはご納得いただいた)

わたしのスポーツ体験史を振り返ってみると、身体運動(心も)としては「山」をやってきた。観戦史としては最初から、40年来のラグビー・ウォッチャーである。

山(アルピニズム)は大英帝国陸軍「陸地測量部」との関係を切り離せない。
かつて世界最高峰にその名を刻まれていたエベレスト卿も、インド測量局の長官であった。
イギリス帝国主義の精神面において、ラグビー(海軍)と「山」は将校を養成する実践的側面でも深い関係を保っていたように思える。
ラグビーは作戦参謀、「山」は情報将校というイメージになりそうだが、この件については、もう少し問題の絞込みが必要な議題であろう。

ところで、西欧の登山文化史のなかで、海と山との深い関係を暗示する道具がある。
ロープワークに欠かせないカラビナというものだ。
最近では小型のもの(かつて「ナス環」と呼ばれていた)が100円ショップなどでも売られていて、登山と何のかかわりもなさそうな若者がキーホルダーなんかに使っていたりするのをよく見かけるが、ゲートがバネで開閉する仕掛けになっている環状の金具のことである。
クライミングの際には、ザイルの流れをスムーズにするための欠かせない道具になっている。

その海と山とを結ぶカラビナについてかつて『岳人』に書いたコラムを以下に掲載する。
今回の掲載に当たって、少し補筆した。


             *

 初めて三ッ峠で岩登りを教わったのはもう半世紀ほど昔のことになる。ハーネスは初心の高校生には高嶺の花で、メイン・ロープを直接腰に結ぶ、その結び方を教わった。
 その結びを「ブーリン結び(Bowline Knot)」といい、邦語では「もやい結び」と呼ばれた。Bowlineをブーリンと発音するのはオランダ語の訛りが残っているからだ、と聞いた。
「夜の真っ暗闇の中でザイルを結ぶこともある。この結びは、目を瞑っていてもできなければいけない。ちゃんと結ばないで墜落したら、そのミスはお前に死をもたらすことになるだろう」とも。

「もやう=繫船する」とは知っていた。ペリー来航以前のこの国の主流西洋語はオランダ語であったはずで、ロープを扱う世界には、英語圏においてもオランダ海洋術用語の音が残っているらしいことに気がついた。そのとき少し、海の匂いを嗅いだように思った。

 それから二十年ほど経て、アルピニズムの起源を探るためにフランスを旅した。ロッククライミング技術の発生を調べるためにシャモニーの山岳博物館を訪ね、熟年を過ぎた女性館長に尋ねた。
ピトン、ハンマー、カラビナというクライミングの三ツ道具は、アルプスの最高峰モンブランが初登されて後、十九世紀になって突然、登山史に姿を現す。これは一体どういうことなのですか、と。

 館長が答えた。「ハンマーと岩釘はシャモニーでも、鍛冶屋が作り石工や水晶採りが使っていました。けれども、カラビナはスイスの湖沼地帯にいたヴァイキングが操船と水運に使っていた道具で、ジュネーヴを経由してシャモニーに伝えられたのです。岩釘のその頭に穴を開けてカラビナと共に用いられるようになって、岩釘は初めてピトンという登攀用具になったのです。ピトンよりカラビナのほうが、登攀用具としての起源は前にあるのです」

 ヴァイキングに由来するとは! そのことに吃驚した。彼らは海の民ではないか。カラビナは元はといえば、ヴァイキングの航海術の道具だった!

 後に調べてわかったことがある。ヴァイキングとは一般にノルマン人と呼ばれているスカンディナビアに発する民の異称で、威勢拡張期には大西洋に注ぐ大河を船で溯り、ヨーロッパ内地に深く侵攻している。九世紀にはセーヌを溯り、パリの中心部をたびたび占拠して王権を窮地に陥れたほどだ。内陸の水運が発達したヨーロッパのこと、スイスの湖沼地帯にヴァイキングの末裔がいたとして、なんら不思議はないのである。

 考えてみれば、ロープワークの始原とは荷駄や海運による搬送という労働のために必要な技術であったはずで、海洋ではさらに帆を操る技術として磨かれた。Bowlineという語も、単独では帆を大きく張り出すための「はらみ綱」という意味だそうだ。カラビナの原型をヴァイキングが作ったとすれば、彼らこそが海と山とを繫いだということになる。

(初出『岳人』2014年1月号)


yas_terui at 18:32│ 山の雑学ノート | ラグビー