2016年04月15日

川崎長太郎の<後期・君代もの>

今年に入ってから、以前より気がかりであった川崎長太郎、最晩年の短篇集『夕映え』(昭58、河出書房新社)を取り寄せ読んでみた。
この本の編集を担当したのは、まだ河出に在籍していた詩人の平出隆さんだったと思う。装丁も美しく、気合が入っている。

中に気になる一篇「ゆきずり」があった。『新潮』昭和56年9月号が初出である。
例によって川崎自身と思われる「小川」と小田原芸者とのやり取り。時代は昭和9〜10年にかけて。ここでの源氏名は「光代」となっているが、川崎作品の読者であれば、明らかにモデルは森栄(源氏名・君代)と知れる。ただし、この作品に映画監督の大津(モデルは小津安二郎)は登場しない。

気になったと書いたのは、この光代が男の子を産んだ設定になっていることだった。
川崎年譜の記述に当てはめてみると、出産は昭和9年のことになる。
森栄が小津と知り合う、その前の年だ。
しかし、作中の「小川」はそのことを知らない、という風に描かれている。

それからしばらく経って、講談社文芸文庫の短篇集『泡/裸木』にある齋藤秀昭氏の解説を再読すると、「君栄の視点から描かれた「淡雪」三部作」とあるのに気がついた。
さっそく、単行本『淡雪』(昭55、新潮社)を取り寄せ、読了。その三部作とは、
・ 「淡雪」(昭54、5『文藝』初出)
・ 「月夜」(同12、『すばる』)
・ 「浮雲」(55年1月、『新潮』)

このうち「淡雪」に大津監督の名は出てこないものの、続いての「月夜」「浮雲」にははっきりと小津とわかるように出てくる。
また、ここで驚いたのだが、一人称小説の語り手である枕芸者(君代とか君栄とかの名は出てこない)は、三作すべてで自分と同じ境遇の「ててなし子」(男の子)を生んだことになっている。
しかし、小川も大津監督も、巧妙に、そのことを知らないように描かれている。
ここは、川崎長太郎の技巧のすぐれて巧妙なところだろう。
(ただし、大津監督は母親と二人で鎌倉に住んでいることになっている。時代から言えば、このころの小津の住まいは高輪であって、ここは川崎の検証不足? と読める)。

「浮雲」を読んでいて、妙な感覚に襲われた。
女の語り手と小川が交わす会話に、既読の感があったのだ。
なんだったろうと書棚を訪ねてパラパラやってみると、すぐに突き当たった。
前述の文庫『泡/裸木』に収められた最後の一篇「宮町通り」(昭27.10『小説新潮』初出)である。

「宮町通り」では、戦前から知りあいの小川と君栄のいきさつが第三者の筆で小川の胸のうちを描写しつつ述べられるが、その二人が戦後(昭和22年、と想定される)東海道線の車内で偶然顔を合わせる。
その時の会話の文章が、ほぼそっくりそのまま「浮雲」に出てくるのだ。
ただし、「宮町通り」では小川の心理を、「浮雲」では君栄の胸中を、それぞれ描写している。

はじめ、これは原稿の二重売りではないか、と疑ったくらいだが、おそらくそうではない。
川崎長太郎はこの二作で、「裏見の滝」を構成する実験に挑んだのだ、と思えてならない。
裏見の滝とは、滝の落ち口がハングして、落水帯の裏側をも人が通れる、そういう形状をもつ滝のことなのであるが、この二作を連続して読めば、会話が滝の落水のごとく、言葉がザアザアと流れ落ちるさまを読むことになるだろう。
その水の流れ落ちるさまを、表からは小川が、裏からは君栄が、それぞれに眺めつつ感慨にふけっているわけだ。
ここには川崎長太郎の文学的実験がある。「浮雲」を書いたとき川崎長太郎は77歳。
川崎長太郎おそるべし、と、あらためて唸らされてしまう。

ちょっと話の方向をたがえてしまった。本題に戻ろう。
文庫『泡/裸木』は、小津と、小津に惚れた君代との関係に嫉妬を募らせる私小説作家の心情を吐露した短篇を集めて編まれた書物だが、川崎の戦前の代表作「裸木」(昭14.3『文学者』初出)までの九篇が戦前に発表されたもの、その次に「宮町通り」が置かれ、こちらが巻末という構成になっている。
この二つの作品の間には、敗戦を挟んで13年のときが経っている。
そして、「裸木」の君栄は妊娠しておらず、君栄が新橋芸者になるために上京する小田原駅での歓送の人並みの中に幼児はいるが、彼は君栄の子ではなく、君栄の継母の実子と作者には認識されている。
しかし、末尾に置かれた「宮町通り」では、二人の会話に君栄の子どものことは出てこないものの、作者には、君栄はててなし子を生んだ、と認識されている。
つまり、この13年の間に、川崎長太郎は森栄がててなし子を生んだ事実を知ったことになるわけだが、それは果たしていつの事か、また小津安二郎は?

このなぞに関しては、また続編をこのブログに書くことになると思うが、現在想定されているのは、昭和24年のことだ。
これ以降の、森栄をモデルにした川崎作品を、わたしは<後期・君代もの>と呼びたいと考えているわけである。


・【補記】その後、「捨猫」(昭25.1『風雪』初出)を再読したが、この作品が「淡雪」と「月夜」の滝の表側(原作)となっていることがわかった。
「捨猫」には、君香(君代)は恋仲のようになった地主の一人息子との間に男の子をもうけたが、未亡人となってから十年近く地主の家の屋台骨を背負ってきた母親に告げたとしても、その母親は、「そんな稼業の女の生むものなんか、と頭から真にうけはしなかったであろう」という記述がある。(4月17日記)



yas_terui at 13:23│ 小津安二郎の周辺 | 書物