セイジ・オザワ松本フェス スクリーンコンサート 長野市芸術館篇

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セイジ・オザワ 松本フェスティバル スクリーンコンサート2016。
長野市芸術館で開催される、招待券をいただいたので、朝日堂は少し早めに閉めて徒歩にて出かけた。
新しくなった長野市庁舎と長野芸術館も初めてなら、スクリーンコンサートなるものも初めての体験だ。
このコンサートは、松本でおこなわれている、オーケストラ コンサート Aプログラムを会場からの生中継でスクリーンコンサートにするものだ。生演奏ではないが、大型スクリーンでのライブ映像が楽しめる訳だ。
キッセイ文化ホールからの生中継では、オネゲルの交響曲第3番「典礼風」(指揮 ファビオ・ルイージ)とブラームス 交響曲第4番ホ短調(指揮 小澤征爾)の予定だったが、ブラームスがベートーベンの交響曲第7番に変更になったとか。オザワの体調を考慮してのことだという。
だいたいにおいて、アルチュール・オネゲルなんて知らないし、ブラームスも高校生の頃一二度聞いただけだ。
いつも聞いているのは、「バッハ」と「モーツァルト」と「ベートーベン」が95%あとはビバルディかハイドンをちょろっと聞くくらいなもんだ。
それにしても、ベートーベンでよかった。七番はわたしの好きな曲で、九つあるベートーベンの交響曲のなかでも最も完成度が高いとも言われている。カラヤンとフェルトベングラーとクレンペラーのCDを持っていてときに聞くこともあるが、まぁあんまりにも古い。この交響曲をいかに小澤征爾は指揮するのか興味は尽きない。
病み上がりとも体調不良とも言われる「小澤征爾」。もう80歳だというから激務で大変だと思う、痩せてとがった肩が痛い。もう二十年以上前のことだけど、今のボスコ以前は小林フルーツでフランス料理店をやっていたころ。
ロマネコンティを飲みながらの夕食会に、奥志賀高原に別荘を持っているという小澤征爾がやってきた。参加者とフレンドリーに握手をする姿に熱いものを感じた。いまでも、その手のぬくもりと、しっかり目をみる視線を忘れない。
映像用のカメラは舞台の上にもあり、演奏者や指揮者の表情を大型スクリーンで確認できる。
スクリーンコンサートならではの特典だろう。小沢は評判通り、指揮棒を使わないで両手で指揮をするしかもスコアも無しだ。第一楽章が終わると小沢は式台を降り、隣に用意してあった椅子にすわりたぶんミネラルウォーターだろう、ごくごく飲んだ苦笑いしながら休む。いや~、こんな指揮者は初めて見た。疲れているんだろうなぁ。天皇陛下の生前退位のことが頭をよぎる。第二楽章ののちも少し休む飲む音まで聞こえるではないか。
第三楽章の終わりでは、もう休むこともなく渾身の指揮ぶりが発揮された。その表情、その仕草、その指揮ぶりに圧倒され、感動する。「世界のオザワ」と言われるだけのものを持っている。
まぁ、それでも残念なのは音が現場に比べれば落ちる。バイオリンなどの弦楽器の音色の違いはわからない。
それでもまぁ、松本まで行かないで、オザワの指揮を楽しめたのだから、十二分に満足した。
「宮坂さん」ありがとうございます。

わたしの里山日記「頼朝山篇」。

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さて、日曜日は台風が来る前に散歩に出かけよう。
首にタオルを巻いて、スマホとカラのペットボトルを持って家を出る。
西長野にある「瓜割り清水」の水を持参の500mlボトルに満たす。
名前の通りの自然な冷たさが喉に心地よい。
台風が来るとは思えない夏の日差しで、全身汗だくだ。
でも、空の青さはもう秋のものだ。
瓜割り清水から10分ほどで展望台、ここでも小休憩。
家を出てからまだ一時間も過ぎていない。スマホで高度、気温、方位などの計測。
なにかに役立てよう、てな訳ではないがどうしても調べたくなる。
十五分ほどで「頼朝山」山頂に着く。
この木々の間から望む長野市街地の風景が大好きだ。
自分の生まれ育ち、今も働く街を里山から眺めるのは、なんとも気持ちがいい。
歩いて来たから、よけいに楽しく充実した時間になる。
頼朝山山頂の標高は案内板によると644㍍、持参のスマホのアプリだと何度計測しても625㍍だ。
「この誤差をいかにとらえたらよいのか?」。
山頂でしばらく頭をかかえた。
郷路山を抜けて、往生寺を通り自宅に戻る。
シャワーを浴びて、昼過ぎのこのビールのうまさを何にたとえん。

謎を呼ぶ、旭山の真実。

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わたしの住む町、南石堂町。
そこに、にわかに「町史編纂」の風が吹こうとした。
「文化広報部長だから、責任者になって考えてよ」。
と、町の役員の方々から説得されて、初めての会合を開いた。
公民館での真剣討議ののちは、「寿司 さか本」のあとに入った、
うまいもん酒場「ひのえさる」。にて懇親会。
店主は日本ソムリエ協会認定のソムリエだとか。
だけど、ワインはあんまり飲まないで生ビールと日本酒の宴席だった。
刺身の盛り付けや枝豆の出し方に工夫があり、演出の方法がおもしろい。
美人揃いのスタッフと、手作りだという豆腐に感動した。

それはともかく、家に戻ると昔の石堂の風景が気になった。
「地図でみる百年前の日本」という本を広げた。
この前上った、旭山は『朝日山』と表記してある。
この本は明治41年西暦では1908年つまりは108年前に測量したものだとか。
朝日山の標高が729㍍となっているではないか?
「…?…!…」。
なにか、違和感を感じた。
手持ちの国土地理院発行の地形図で確認すると、「785㍍」になっている。
その標高差実に56㍍。十二三階のビルジングの高さにも匹敵するものではないか。
この約百年で旭山が隆起したとは思えない。
わたしが子供の頃と変わらぬ姿を毎日見ているし、「高くなった」との噂も聞かない。
単なる誤表記なのか? 
それとも、朝日山には隠された標高差の真実があるのかなぁ。
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