野菜さらだの「今日もびっくり玉手箱!」

大人になった野菜さらだが、日々の出来事をつづりますー

『何を焦っているのだろう? 何を怒っているのだろう? 〜この世はすべてファンタージー〜』


古今東西、すでに、いろんな人が言っているし、私もたくさん本も読んだし、頭ではわかっているけれど、難しいのが、これ。

つまり、この世はすべて「ファンタジー」だということ。

え?何それ? って思われたでしょうか?

この世での富や名誉、あるいは美貌?などといった、多くの人が「持っている人」を羨む対象物も含めて、すべては「ファンタジー」だということです。

確かに、多くの人が持っていると羨む対象物(対象)はありますけれども、それは裏を返せば、多くの人が羨むから、価値を生みだしているだけ。

誰もそういうものに対して、「それで?」とか「だから?」とか「別にー」となれば、それらの価値は瞬く間に薄れてしまう。

つまり、そういう価値は相対的なものであって、絶対的なものではないということ。

人々がストーリーを作っちゃっている、つまりファンタジーだということです。

でも、やっぱり、ちょびっとそういう気持ちが湧き起こることも「あるある」では、あります。

が、考えれば考えるほどに、この世はすべて「ファンタジー」なのに、何を些細なことでワーワーしてしまうのだろうか・・・と思えてならないですね。


『たった一人のための卒業式〜厳かに、そして暖かく〜』



たった一人の卒業生のための、本当に良いお式でした。

==

先日、別の仕事の指令で伺ったグループ内の高校で、午後は卒業式があるということで、急遽、そちらの来賓という役割をいただき、仙台に向かいました。

午前中は高校生と一緒に、TV会議でつなぎながら、あちらこちらの学習センターの発表を聞いたり、少し話し合いをしたりして過ごし、午後からは卒業式に参列という流れです。

大学も半期で卒業できるシステムがあるので、高校もそうなのだろう・・・と思い、特にこの時期に卒業式があることへの違和感はなかったのですが、はたと「何人卒業されるのかな?」と思い立って

「今日は、何人ご卒業されるのでしょうか?」

と高校の先生に式も後少しで始まるというときに伺うと

「一人です」

というお返事。

そうか、一人の卒業生さんなんだなーとこじんまりした式になるだろうか?と思いながら、卒業式の会場となっているホールに向かいます。

そして、会場に入って、正面には国旗と校旗、赤白のカーテンがきちんとはりめぐらされたお部屋の正面に一つだけ置かれた椅子、両脇に並べられた椅子の一つに自分の名前が貼ってあるのを見つけて、そこに着席して開式を待ちます。

卒業式

たった一人の卒業生が先生の先導で入場し、皆、拍手で迎えます。

そして、厳かな雰囲気の中で、開式の言葉が述べられて、卒業式が始まりました。

校歌斉唱、学校長祝辞、と卒業式のすべてのプログラムが一つずつ厳粛な雰囲気の中で勧められていきます。

そこに集っているのは、少人数かもしれませんが、きちんと一つずつの所作を先生も生徒もそして来賓の私たちもしっかりと心を込めて行っていきます。

私もその日初めてお会いする生徒さんでしたが、星槎のスピリットを卒業後も、むしろ卒業後にこそ広めていって欲しいというメッセージを短い言葉で伝えました。

最後には先生方がお一人お一人、生徒さんに決まり文句ではなく様々なエピソードを交えながら、贈る言葉を伝えられ、一番最後に生徒さんからのお礼の言葉が述べられて、卒業式は暖かい雰囲気の中、本当に皆様のお祝いの心に包まれて滞りなく終わりました。

普通の卒業式でここまで先生方一人一人が一人の生徒さんにメッセージを伝える機会は持てるはずもなく、このアットホームな内容と、しかし式はあくまでも厳粛な雰囲気で行われたことで、私もこの場にいられたことを一緒に嬉しく感じていました。

本当にわずか10日ほど前に急遽決まった出張でしたが、このような形で期せずして卒業式にも参列させていただけたこと、一人の生徒さんの卒業式であっても、大勢の卒業生を送り出す式と何ら変わりがない以上に先生方の想い溢れる場づくりに、私も心から「おめでとう」の言葉を残して会場を立ち去ることができました。

本当におめでとう、そしてお招きいただきありがとうございました。

『エスカレーターの速度でわかる、地域の高齢化度?!』

以前、アメリカに住んでいる頃発行していた「アメリカは、住んでみなくちゃわからない!」というメールマガジンで

「トイレでわかる、地域の危険度?!」というテーマでエッセイを書いたことがありますが、同じ構文で最近

「エスカレーターの速度でわかる、地域の高齢化度?!」

という構文が浮かんでは消え、浮かんでは消えします。

そもそもは、近所のスーパーのエスカレーターが「のろのろ・・・」であること辺りが気づくきっかけでした。

「そういえば、最近エスカレーターの速度が遅い場所、多いなー」

そんな風に感じていた訳です。

そして、ちょっと前にタイに行ったときには、今度は逆に

エスカレーターはむちゃ速く

まるで大縄飛びを飛ぶときに、タイミングを見計らって

「はい!」

と飛び出るように、エスカレーターのステップに乗らないと乗れないのです。

まあ、日本でゆっくりエスカレーターに馴染んでしまった結果、余計速く感じるのかーと思いましたが、それでも速い速い。


そして、また再び日本に帰って、どこのエスカレーターは速いか、遅いか、調べるつもりはないけれど、乗る度に

「ここは、速いなー」

とか

「ここは、遅いなー」

とか思うようになる訳です。

最近、とある多摩地区のJRの駅ビルで、地上から2階のエスカレーターに乗ったところ

「のろ」

っていう感じだったのが、2階から3階に行くエスカレーターは

「あれ? さっきより速い」

という切り替えがなされていることに気づきました。

今まで、様々なエスカレーターの速さは体感してきましたが、同じビルで速さが変わるというのは、初体験。

「なんで、こんな同じビルでエスカレーターの速さが違うのだ?!」

そして、考えて出された仮説は:

その駅ビルは、2階にJRの改札口があって、1階⇒2階は、「多くの人が使う」エスカレーター、言わば公共性が高い=老若男女誰でも使うものではないか、

しかし、2階以上はどちらかと言えば、若者ファッション系のお店が入っているので、そういう人達が使う可能性が高いエスカレーターなので、スピードを速めているのではないか=つまり、やや使う年齢層が若いのではないか、

というものです。まとめて言えば、年齢層が高い人が使う確率が高い場所のエスカレーターはゆっくりと、そうでないところは速く(タイは完全にそうでした)、なっているのではないか、そういうことです。

しっかし、多分体感では「はや!」とか「おそ!」とか感じるエスカレーターの速さも実はそんなに大差がないのかもしれないな・・・と思ったりしながら、この微調整、一体どうやって決めているんだろ? と一度、プロに聞いてみたい今日この頃でした。



『小技を知らない恐ろしさ〜ThunderBirdの巻』




ここんところ、頻繁に「受信トレイがいっぱいです。削除するか、最適化してください」というメッセージが出るので、一生懸命削除しているのだが、一つずつクリックして消す方法しか知らない私はひたすらクリック(1000とか2000とか・・・)し続けていた。

それでも頻繁に同じメッセージが出るので、ITに強い弟に泣きついて、「どしたらいいの???」と教えてもらうが、あれこれ試して、やっとメールを別フォルダーに一気に移す方法でとりあえず受信はできるようになった。

「こまめに削除しなさい、大体トレイに1000くらいにしておくように」という指示が出されて、かつ指摘されて気付くが、そのときの私の受信トレイには、15000通以上ものメールがあったのであった。

確かに、私はこのメールソフトを弟に紹介されて使い始めてからずーっと放置プレーで、基本削除なんか全然しないで5年位使ってきていたという訳。

段々事情がわかってくると、これって、「全然掃除しないで、ゴミが山のように溜まって、物が入らないゴミ屋敷じゃんか」と大層情けない気持ちになる。

「よし、これからは頻繁に掃除しよう!(=メールを削除しよう、です、この文脈では)」と決意を新たにするが、私は

1)全部メールを選択して削除する方法

2)一つずつメールをクリックして削除する方法

の二つしか知らず、どうやったら「選択削除」ができるのか、実はずっと謎だったのだが、初めて弟に聞いてみたら、来た返事がこれ:

「メールの複数選択は、先頭のメールをクリックしてから、Shiftキーを押しながら、離れた位置にあるメールを
クリックすればその間のメールが一度に選択できます。

もしこの操作を知らない、ということは、受信フォルダはずっと初期状態のまま整理をしていない、ということですね。
恐らく、メールソフトを立ち上げてから一覧を表示するのもかなり時間がかかっていたのではないかと推測します。」

まさにその通り。そんな小技、知らんわーです。

で、早速使ってみて、余りに呆気なくできるので、逆に放心状態に。

「今までのあの、1000回クリックは何じゃったのだ!」

皆さん、こういう小技、どうやって習得してるんでしょ?!

「ちょっとした思いやりか、かちっとしたシステムか」

少し前に聞いたとある公的な施設のお話です。

老朽化したその施設には、2階に上がるためのエレベーターもなく車椅子の方が来ると近くに居た職員ほかの人が出てきて、皆で力を合わせて2階への移動を手伝っていたそうです。

その施設が建て替えられて、エレベーターが設置された後のこと。

今度は車椅子の方が来ても誰も出て来ることはなくなったそうです。

これは一つのわかりやすい「たとえ話」だと思うのですが、こういうことに当てはまるエピソード、そこここにありそうです。

また別の例ですが、ある大学で障がいのある学生さんのサポートに入ることができるサポート学生というようなシステムができ、それに応募してきた学生さんたちが研修などを受けて、いざ障がいのある学生さんの授業の筆記(聴覚障害の方のや視覚障害の方の場合)の手伝いに出向いていくのですが、如何せん、文学部のサポート学生さんには、理学部の授業は全く門外漢でわからないのです。

わからない内容を筆記することはこれまた至難の業。

===

と、ここまで話を聞いていて、ふと思いつくことは、「その授業に出ている学生が助けてあげればいいんじゃない?」ということです。同じ専門で、同じ授業を受けている学生さんが何人かスクラムを組んでその障がいのある学生さんのサポートに入れば、わざわざ文学部の学生さんがちんぷんかんぷんの授業を必死に聞き取る必要はないでしょう。

もっと身近な例で、道路に落ちているゴミ。

「ゴミを拾うのは、私の仕事でもないし、ここは住んでいる場所でもない、しーらない」

と見過ごすのか

ちょっと手を伸ばして拾って、駅などのゴミ箱に捨てるのか、

結局、そういう「ちょっとしたこと」を皆がもう少しだけやってみたら、一々、「制度」や「システム」に頼らなくても、ちょっと手助け必要な人にちゃんと手が差し伸べられるのではないか、そう思えてなりません。

目の前でちょっと大変そうにしている人は、いつの日かの自分かもしれない、そういう視点を持てると人間、多少は変われるのでしょうか?

次はパラリンピック、東京の2つのロゴに秘められた想いに触発されて書きました。

東京オリンピック・パラリンピックのロゴ

「能力があるとか、ないとかの話ー運命の分かれ道ー」


例えば、あなたが天下に名だたるT大学、W大学、K大学などの出身者で、今も「一流企業」でバリバリお仕事をしている、「人も羨むような」お立場だったとしましょう。

そういう状況に自分があると、つい「俺って凄い奴なんだ」とか思ってしまいがちです。

全員とは言わないけど、そういう人が少なくないのも確かです。

でも、そんなときに、「ちょっと待って、これって本当に”俺のおかげ?”」と立ち止まることができるかどうかが、運命の分かれ道のような気がしてなりません。

何を言っているの? 一流大学出て、一流企業入って、豪邸建てて、人も羨むような幸せな家庭を築いているのは、「自分が努力した結果」でしょう?

そう反論されることも想像に難くありません。

しかし、そういう大学に入ったり、そういう企業に入ったり、女子の場合であれば、類稀なる美貌をまとって生まれたりって、ある意味、天からの授かり物という類のものかもしれないのです。

「私が偉い」

「私が美人」

それって、本当にほんとうでしょうか?

そのように授かった、いわば「授かり物」と捉えたら、世間の見方は180度転換するでしょう。

「このような身に生まれついたのは、なぜ?」

「このような能力でなすべきことは、何?」

問いがそのように変わるはずです。

もちろん、生まれてからの努力の賜物であるところもあるでしょう。

しかし、もって生まれた「能力」というものの、意味、価値、じっくり再考してみることもときには必要かと思います。

「人生の”成績表” 〜仲の良い夫婦 vs 仲の悪い夫婦〜

以前、私は「自分の人生の"成績表"は、自分が死んだときに、どれだけの人が本気で悲しんでくれるかではないか」と言ったことがあります。

つい最近、タイでは有名なカンポンさんという方が亡くなったことを受けて、タイで活躍している私の友人が以下のメッセージをフェイスブックにアップされました。

==

以前主人に「人生の価値は葬儀の時に、どれだけの人が自分のために泣いてくれたかでわかる」みたいなことを聞いたことがあるよ、と伝えた。そうしたら主人が「そんなに人を苦しめて何の価値があるの?」とバッサリ。はい、これが全然ロマンチックではないタイのテラーワーダスタイルです。

==

微妙なニュアンスの違いですが、やはり私は自分の意図するところをきちんとことばを尽くして書いておきたいと思い、このようにブログでアップすることに致しました。

私が先の言葉を発した背景には、「同じ人の死でも、悲しまれたり、そうでなかったりするものがあるなー」ということを周囲の状況をよく見ている中から自分なりに考察して見出したということがあります。

例えば、本当に仲が良かったご夫婦の場合、どちらかが先に旅立たれたときの残された側の悲しみは、おそらく想像し難いものではないかと思います。

一方、仲が悪かった夫婦の場合は(特にダンナさんが横暴で、奥さんがずっと我慢していたという昭和のスタイルにありがちな場合)、ダンナさんが先に亡くなった後、奥さんがのびのびして生き生きし始めるということをよく聞きました。
想像するに、「あー、せいせいした」みたいな感じでしょうか。

どちらも「誰かの死」には、変わりありません。

それなのに、一方は「深い悲しみ」、一方は「あーせいせいした」となるのでしょうか。

それは、結局は亡くなった故人が相手と「どのようにやりとりをしてきたか」その一つ一つのプロセスの結果ゆえだと思うのです。

翻って、自分が死んだとき、自分がどちらでありたいか、そういうことです。

周囲から「あー、あいつがいなくなってせいせいした」というような生き方をしたいのか、

「本当に残念、もう一度会えれば・・・」というような生き方をしたいのか、

そういう意味で、自分がどのように周りの人を大事にしながら生きてきたかの集大成が葬儀のときにこそ表れるのではないだろうか、という意味で

「自分の人生の"成績表"は、自分が死んだときに、どれだけの人が本気で悲しんでくれる人がいるのではないか」

という言葉にして表しました。

また、ここで「成績表」という言葉を使ったのにも意味があります。

そして、人生の「価値」ではなく、成績表です。価値=普遍的なもの、というニュアンスが付きまといますが、成績表は自分のパフォーマンスの結果という意味合いで使っています。生きてきた人生で自分が行ったことの結果という意味で「成績表」なのです。

==

私も先のタイ在住の友人夫妻のおかげで、多少はマインドフルネスの修行をさせていただいたおかげで、このロマンチックに浸るというのではなく、「悲しみを観る」ということは学びつつあると思うのですが、やはり私は自分が大事だと思う人=自分とのやりとりを丁寧に、大事にしてくれた人、が亡くなったら心から悲しいと思うと思います。それは、決して、その亡くなった人が私を苦しませているのではなく、亡くなった、喪失の結果として悲しみが湧き起こっているだけではないのかな、と思います。その悲しみをもまた「観ていく」ことで今ここに立ちかえっていくこと、私はそのように思っています。

皆さんも自分が大事にしている人、自分を大事にしてくれている人が亡くなったら(しかも、突如だったら余計に)、悲しみは生じると思います。それは、決して彼・彼女が私達を苦しめているのではないと私は思います。

悲しいという気持ちに浸らず、しっかり観ることができること、私達に必要なのはそのトレーニングではないでしょうか。

「まず自分のやり方を疑おう〜教育者としての立ち位置〜」

自分が大学生の頃は、それなりに「一人前」だーという気持ちで振る舞っていた訳ですが、今、それなりに年を取って、ぴかぴかの大学生と接していると、やっぱり思うのは、

あまたが柔らかい、スポンジみたいに何でも吸収していくー


ということです。

その頭の柔らかい時代に、大人として、社会人として、大事だと思うことをしっかりと身に付けて社会という大海に泳ぎだして欲しいと切に切に願う訳です。

この点で私が自分の大学時代に大変感謝していることがいくつかあります。それは、

子どもの指導を行う際に、うまくいかない(=子どもが自分の指導案通りに動かないということ)ときに、すぐに子どものせいにしないこと

少なくともやり方を3回は変えてみること

ということを徹底的にたたき込まれたことです。

今、先生という立場の人と話をしていて、不思議に思うのは、「うちの生徒はやる気がない」「うちの学生は学力が低い」とおそらく授業がうまくいかない理由を生徒や学生のせいにして語る人が少なからず存在しているということです。

なぜ、自分のやり方を変えないんだろう? 

そういう疑問が私には湧き起こるのですが、改めてそういう疑問が沸き起こること自体、私が昔叩き込まれた指導によるものではないかーと思えてきた訳です。

そういう意味で、自分が受けた教育というのは、本当に後々の行動の規範にもなり得るものであるということを、身をもって体験しています。

教師として自分のやり方を常に吟味すること、これはMUSTアイテム?ではないでしょうか。

そのことを最初の最初に嫌というほど、指導してくださった先生方に今になって感謝です。

今も自分はそれなりに一人前の気持ちで振る舞っている訳ですが、きっと、まだまだなところだらけなんだろう(それはちょうど大学生の頃と同じように)、そう思ってまたぽちぽちと勉強を進めていきたいと思います。

熊本地震に想う〜地震予知から地震は起こるものへの発想の転換を〜

熊本を中心とする九州地方で大きな地震が起こった。今も被災された方の大変な日々が続いている。お亡くなりになられた方々の心からのご冥福をお祈りすると共に、一日も早い復興につながることをお祈り致します。

==

このような大きな地震が起こる度に思うことを今回は書かずにいられなくなって、こうして書いている。それは、

「地震予知は不可能。発想を転換して、予知にかけている「お金と智慧」は別のところに使おう!」

ということである。

丁度、今回の地震が起こる10日ほど前に、以下のような番組が放映されていた。


4月3日放送NHKスペシャル「巨大災害 見えてきた新たなリスク」

https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2016068397SC000/?spg=P201300111300000

たくさんの研究者がたくさんのデータを解析するために、スーパーコンピューターをも駆使して、次に地震が起こるのはどこで、それはいつなのかを探ろうとしているドキュメンタリーだ。

しかし、そこでは今回の地震のことは全く予測されていなかった。

我々はもう知っているはずだ。

阪神淡路大震災も、そして東日本大震災も、「予知はできなかった」という事実を。

逆に予知、と言って「30年以内に70%の確率で地震が起きます」と言われても、じゃあうちは引っ越しますなどと言って動く人も「0」であろう(少なくとも私は動かない)。

東日本大震災のときにも思ったが、もうそろそろ「地震は予知できる」という前提を疑ってはどうだろうか、ということだ。

むしろ、先の番組のデータを見ても、日本ではあちらこちらで地震が起きまくっている。

「日本に住むということは、地震が起きるということと背中合わせなのだ」

「地震が起きたときには、どうするのか、心理的、物理的、経済的な対応を常日頃考えておく」

そのようにマインドセットを変えるべきではないかということである。

「予知する」の裏側には、「予知して逃げる」ということがあるのだろうが、例え、人間は逃げられたとしても建物などの崩壊は免れない。

地震は予知できない、地震は起きるものとして、その前提で普段の生き方を考える、こういう発想の転換は、ある意味、「はだかの王様」のような発言に聞こえるかもしれない。

しかし、備えあれば憂いなしの、「備え」は「予知」ではなく「起きたらどうするのか」という考え方に切り替えることが「地震王国日本」に住んでいる私達に必要な「智慧」ではないのか、と思うのである。

加えて、東日本大震災の復興もまだまだの日本において、今度は熊本の復興も行っていかなければならない事態になった今、日本全体として使うべきお金はどこに対してなのか、それも再考するべきと思っている。

■補足情報:日本の智慧がここにあった。「熊本城の瓦が崩れたのは正解」

http://buzzmag.jp/archives/56797?utm_source=Facebook&utm_medium=56797s&utm_campaign=fb_56797s

「さる年を迎えて―観るでござる、聴くでござる、話すでござる―」

明けまして、おめでとうございます。

今年もよろしくお願い致します。

年末に、こんなお猿さん三人?セットを見つけました。

DSCF6487

⇒写真が左端しか写らないようなので、FBの方の写真をご参照くださいー

「観る、聴く、話すサルの写真はこちらをクリック!」

見ざる、聞かざる、言わざるの「反転猿」です。

「観るでござる、聴くでござる、話すでござる」

とでも名づければ良いでしょうか?

元々は、小さい子どもには悪いことを見せない、聞かせない、話さない?という意味で使われていたという見ざる、聞かざる、言わざるとのことですが、何となく、「余計なことは見なかったこと、聞かなかったこと、ない」という事なかれ主義的な意味に転用されているように思います。

余計なことを言わなければ、バッシングも受けない、これはある意味事実です。

「言いたいこと言えないよねー」そんなことを考えていた折、お正月を一緒に過ごしていた高校生の甥っ子(昔はよくブログネタにさせてもらっていた彼もすでに高校生)とその母である私の妹と食事をしていたときに、次のようなやりとりがありました。

・・・・

妹 「この間の私の誕生日に、Jちゃんから誕生日カードが来て(註:今、Jちゃんは高校で寮暮らしのため、親とは別居)、何て書いてあるかと思ったら、

”お誕生日おめでとうございます。これからもお元気で。”

だけだよ! ここまで育てて、これ??ってがっくり・・・」

Jちゃん「でも、お誕生日って何書くのかーって数時間悩んだんだよ。旅行に行ったときとか、自分の考えを書くとかだったら、いくらでも書けるけど、お誕生日って何書くの?ってなっちゃって、すごい困った」

妹 「だって・・・!」

・・・・

まあ、その場では大笑いして聞いていたんですが、後から考えると、Jちゃんの言葉はそれこそ「本音」だったんではないかー?ということです。 

よくよく考えると、お誕生日に何と言うかって、実はネタがないために困ってしまう状況ですが、大人は決まり文句でやり過ごす?のが常態化しているので、こういう素朴な感想はならないのかもしれません。

多分、子どもって小さいときは、思った通り、感じた通りを口にしていて、それが「そんな言い方しちゃだめ」とか「何てこと言うの!」とか、言われるうちに(これ、弱化ですね)、段々、「こういうときには、”本音”言っちゃいけないんだー」ということを学んでいくというのは、想像に難くありません。

実際、自分達だって全部本音でしゃべっている訳でもないし、書いている訳でもないですね。

そんな折に改めて、先ほどの「観るでござる、聴くでござる、話すでござる」を見ていますと、本当にこれを貫くのは難しいよね・・・子ども時代にはできていたのかもしれないのに・・・と思ってしまう訳です。


せっかく話してくれた、子どもたちの本音をどう扱うかって、もう少し丁寧に考えても良いかなーと思った小さなエピソードでした。
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