やーすの3rdケン攻略マガジン

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ボイスメモ
対戦記 ■3rdケン ■鉄拳リリ ■対戦考察 ■鉄拳確反表 ■レビュー ■愚者の皮



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福山雅治主演で話題の「三度目の殺人」観てきました。
公開中ということもあり、今回は自分の評価点数は最後に付けます

自分としてはレビューはじめつける気なかったんですが、一緒に見に行った人が
これは考察系のブログが必要かもしれない、と強く主張しましたので、書いてみます

一応私なりの解釈ですので、それは違う、とか場合によっては間違ってる、という可能性もあります
そこは他の方のブログも参照してください。詳細なネタバレは今回は公開中ということもあり伏せます

<あらすじ>

冒頭、1人の中年男性が男を背後から殴り殺して焼くシーンから始まる

殺人罪で起訴されたその男、三隅(役所広司)は証言をころころ変え、法廷戦術の策定が難しいと同じ事務所の弁護士が重盛弁護士(福山雅治)に担当を依頼してきた

殺害の動機を金銭目的と言ったり怨恨と言ったり、酔っていたと言ったり、やはり三隅の証言は重盛が担当になっても要領を得ない

裁判への日が近づくうち、三隅が殺した元職場の社長の妻が三隅に殺人教唆をしたという話が週刊誌に掲載される

重盛がそのことを三隅に確認すると、陽とした返事をしないながらも否定しなかったため、強盗殺人の起訴を被害者妻を主犯とする共謀共同正犯に持っていくことで、三隅の量刑を死刑から無期懲役に持っていこうとする重盛
 
重盛は既に殺人の前科があり、いま強殺が確定すると死刑は免れない状況だ
 
ただ、重盛は三隅が殺した男の娘、咲江(広瀬すず)の存在が気になっていた
三隅とは何かただならぬ関係がある

やがて刑事裁判の日が直前に迫る頃、咲江が重盛の元を訪ねてくる。そして「三隅さんは怨恨でも、強殺でもない、私のために父を殺した。父が死んでほしいと願っていた、私の気持ちを汲んで代わりに殺人を犯した」と訴えるのだった
 
いくつもの真実の可能性が提示される中、重盛はそのどれもが薄く、手ごたえなく感じられる
真実に意味はない、と部下にはビジネスライクに説く重盛だったが、「真実」の深みに次第に翻弄されていく

次のページでネタバレ
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こんにちは

今日は漫画とは全然違う内容で一席ぶちたくなりました
ここ最近で急激に子どもに対する「体罰指導」のニュースが目立つようになりました

ただ、ネットではこうした体罰指導者に対する寛容化、正当性を肯定する意見が結構に目立ちます

今日は「子どもにも大人と同等の人権を持たせよう」という趣旨でひとつ論を展開します

なぜ体罰は起きるのでしょうか

私自身も中学の部活動をしていて、かなり激しい体罰を受けました
ただ、その指導者からの指導愛というものは感じていたので、部活をやめたり自殺を考えるということはまずなかった。しかし多くの仲間が部活を去ったのも事実です

その教師は講師でしたが、1年半ほどで教壇を降りることになりました

外部施設で激しい体罰を振るっているところを、一般の施設利用者に目撃され教育委員会に通報されたからです

教え子を家に泊めたり、奥様と離婚の危機になるほど部活に入れ込んでいて、その先生のことを本当に恨んでいる人は辞めずに残った部員なら1人もいなかった

しかし私も好きだったこの先生は、やはり指導者としては全くの失格者だったと思います

■殴ることの合理性は一切ない

体罰を少し合理的に考えてみましょう

例えば、iPS細胞の山中教授や、野球のイチローは幼い時から体罰を受けることによって今の輝かしい地位を手に入れたのでしょうか

私の周りの、ある程度社会的地位を得ている人の幼少時代を聞くと、体罰を受けたという話はほとんど聞きませんし、自分の子どもにもあくまで「言葉によって」しつけをしているケースばかりです

体罰にはデメリットはあってもメリットが感じられません

しかし一方的に論じるだけでは説得力を欠くので、ここで例を挙げます

先日から有名になっているトランぺッター日野皓正(ひの・てるまさ)氏がドラムを演奏する中学生に公然と往復ビンタをした、というニュース



映像を見ればはっきりわかりますが、少年の顔が左右に激しく触れています 間違いなくビンタを2回繰り出していますね

日野氏は1度、「軽く触れただけ」と否定していますが、のちに「必要だったこと」と肯定しています

まず経緯ですが、ジャズ演奏ですから、奏者は多少アドリブを入れることがある、そんなコンサートです。おそらくこの中学生は映画「セッション」を見ていたのではないでしょうか。

ラストでドラマーが大感動のアドリブを入れて締めくくる内容です

映画では反目しあっていた指揮者が、最初は止めるのですが、やがてそのアドリブによって心が通じるという終わり方をする

しかし現実は映画とは違うということで、日野氏は迷惑だ、とばかりにはじめスティックを取り上げ、それでも手でたたきながら演奏をやめない中学生についに手が出た、という流れになっています

論点はふたつ

①大勢の観客の前であるにも関わらず、なぜそのような静止手段を選択せねばならなかったのか
②止めるにしても往復ビンタは不可欠だったのか

ネットの意見では「これは奏者が悪い」「横着な子どもをわからせるには鉄拳しかない」という意見がかなり多数の意見を占めていました

おそらく、実際にアンケートを取ると、「体罰はよくない」が過半数を超えると思います
それがわかっているから「暴力肯定派」はその思想を多数派に押し上げたくて、わざわざ書き込む
これはネットの常套手段ですが、これらに対して、わかったつもりをしないで真面目に今から反論を展開します

確かに奏者は褒められたものではないかもしれませんね
いささか常識を外れていたと思います
この点については指導があるべきでしょう

しかしながら観客に暴力劇を見せるのは醜態としか思えません
これは日野氏が「だらしなく憤怒を隠さなかった」という事案ではないかと私は考えます

どんなトラブルがあってもその枠の中で体裁を整える努力を、どんなショーマンでもするものです

テレビならこれは放送事故として重大な問題になる

実際に生放送でこれをやったらBPO審議入りは確実でしょう
それがカメラが回ってないからあり、という理屈になるでしょうか
なるはずはない

まず指導のやり方以前に、そこでもう大人として失格なことをした

そして往復ビンタは必要だったのか

どうしても静止しないといけない場面で言葉による静止が聞かなかったんだから、身体的接触で止める必要があったという判断までは、私は否定できません

しかし、私なら殴るのではなく、肩をつかんで「やめなさい」という

そのあと照明を落とします

でもとっさにそうは思いつかないかもしれないから、ビンタ1回も100歩譲って仕方なかったとしても、往復は必要でしょうか

2発目は、自分がムカつくからやっているとしか思えない

これが体罰の本質です

そう、自分がムカつくからやっているのです

相手が大人だったら傷害罪で起訴されることを相手が子供だからやる

それが体罰ですね

突如沸き上がったサディスティックな衝動を相手が子供だから抑えないのが体罰なのです

■指導者は必ずサディスティックになる

なぜ体罰が必要なものではなく、サディスティックな衝動の露出と言えるのか

ここでスタンフォード監獄実験という社会実験がその根拠として有効になると思います

概要をかいつまんで言いますと、ある施設に20人ほど閉じ込めて、10人を看守役、10人を受刑者役に分けると、しばらくして、その分け方には何の根拠もなかったはずなのに、看守役が受刑者に対して罰を与えるなどのサディスティックな行為を始めだしたというものです

人は役割の中で、その役に酔っていきそのものになるということがあるという事例です

つまり本来ならば、子どもは親からの借りものですから、教師と生徒というのはある社会的な「仮」の関係であるはずなのに、閉鎖的な空間の中で、指導のやり方が全く客観的な視点で咎められることが無いことを自覚していくうちに「何をしてもよい」、いや「何かをしなくてはいけない」という気持ちになるということです。これが私が思う体罰指導者サディスティック変容論です

もちろん、すべての指導者がそうなるわけではない。
先ほどの教師と生徒は社会的に与えられた職制上の人間関係だということを思い出して、そういった衝動を捨て去る人が大半でしょう

しかしながら著しく客観視に欠ける不見識な指導者はこうした衝動をそのまま正しいと思い込んでしまうために、こうしたことが起きるのです

今から自分がやろうとしていることの正当性を客観視することができない
それは万引きや露出狂や強姦と何ら変わりのない犯罪者の思考なのです

次の事例もそうしたサディスティックな話



杉並区の特別支援学校・都立永福学園で、高等部1年の男子生徒がバスケットボール部の部活動中に熱中症で倒れ、意識不明の重体となった 「タイムが遅い罰」として、31歳の男性顧問から屋外でおよそ10キロ(400メートルの校庭を43周)走ることを指示されていました。気温は32℃

http://www.excite.co.jp/News/society_clm/20170826/TokyoSports_746109.html

このニュースは本当に許せない
まず、初期のタイムの設定が無理なものなのに、それから遅れるごとに罰走を課すという名目でこのような運動量になっているということです

しかしそれよりも何よりも許せないのは、この生徒は軽度の知的障害があったということです

私ならこの無茶な指導は絶対に聞きません
いきなり帰ると思います
しかしもしかしたらそうした判断は出来ずに熱中症で重体になるまで走ったのかもしれない

刑事事件の発展してくれることを願います

意思が自由に伝えられない者かもしれないのにこの仕打ちは実質実質殺人未遂に近い


この顧問はその後どうなったのでしょうか

これなどは典型的なスタンフォード監獄実験の中に現れるサディスティックな衝動の発露です

そうすることで、生徒のタイム向上は望めたのか
生徒の希望する未来になるのかどうか

全くそうした観点はあるように思えません
罰則を与えるのが半分快楽になっていたのでしょうね
その瞬間、彼は指導者としての資格を失っていたのです

次の事例も人の心を失ったとしか思えない残酷な事例です

https://www.nikkei.com/article/DGXLASFD28H02_Y7A820C1000000/

野球部の生徒が非常勤講師から100メートルダッシュを100本、途中マネジャーの勧めで水分を補給すると「勝手に水を飲むな」とさらに30本追加で熱中症、救急搬送

出来ればこうした指導は周りにいる部員が、その生徒がやりきってしまう前に校長や警察や報道機関に通報してほしいと思う

つまり、共通して言えることは「客観的な目」が必要だということです

それで正しいことはそのまま続けてもいいだろうし、人に知られたらたちまち講師の無期限停止になるような事態をそのまま傍観していることはもはや周囲にも罪があると言わざるを得ない

■どうやって防ぐか

学校が閉鎖的な空間だから起こる話は客観的な視点の導入が必要だということです
理想は体育館などに防犯カメラがついていることですが、それも学校の裁量でコントロールされてしまうかもしれないから、最もベストは、各学校に警察機関の派出所があることだと思います

それが難しいなら、匿名でいつでも通報が可能な「目安箱」システムを文科省が公的に用意すべきではないでしょうか

通報のリスクをたとえ子どもでも考えるもの

部活というのもまた一種のムラ社会のようになっていて、今の流れに変化を与えるものを恐ろしく排除する傾向にあるので、通報者が特定されるシステムではこうした事故を防ぐことができないのです

もし匿名の目安箱をすると、嫌いな教師への悪口が集中する可能性もありますが、そこは専門機関がきちんと調査をすることと、子どものリスクと大人のリスクではまず子どものリスクを優先するべきでしょう

こうした議論が、なかなか社会的に起こりにくい
ひとつは教師の威厳を守らないと、学校が回らないという観点は無視できない

しかしながら、考えてほしいのは部活動という、教育には必ずしも必要ないところでそれがやられているのだから、そこから匿名の通報は真実味は教科の指導教員に対するそれよりも確度が高いということを考慮されたい

全国的にフォーラムやシンポジウムを自治体が「体罰をどう防ぐか」というテーマで開催して、国会での審議に取りあげるべきではないでしょうか

今の自民党1強時代は、そうしたスピード感だけはメリットともいえます

体罰をなくすなら今

最後にもう一つだけ言いたいのは「時代が変わった」とかいう話ではないということです

古い時代でも体罰は間違っていたのです

そして必要悪ではなく、必要ではない悪だし、むしろ指導する瞬間というのは子供に言葉を覚えさせる時間なのです

どうやって、子どもの心に残る言葉を選ぶか、それが指導じゃないですか

「教師も人間だから…」などと筋違いのことを言う人もいる

しかし子どもも人間です。子どもが教師を人間だからむかついて殴ってきたらどうなりますか

停学など明確な処分があるのでしょう

手を挙げることが対等でないのに、人間もクソもない

自分の同僚や上司に人間だからむかついて手を挙げることができますか

しっかりその後に起きる社会的状況を見据えて手を挙げているのです

つまり学校にいる子どもたちは社会が暴力から守っていない、これが体罰のすべてだと思います

子どもへの体罰はしっかり傷害罪を適用し、警察が捜査
目安箱を用意

こうした提案をしたいと思います

長文を読んでくれた方はありがとうございました



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今日はかるーく、最近はやりのデスゲーム漫画を個人的に面白かった順に並べようと思います

僕の漫画ブログでは高得点になる基準が一貫しています

多くのサイトでは「ヒロインがかわいい」「主人公に共感する」「社会的テーマがある」「絵が綺麗」「リアリティがある」などが高得点になるようですので、その意味では世間の高評価とは順番が違うかもしれません

僕の評価基準は

①「オリジナリティがある」
②「人間の心理の推移が不自然でない」
③「コマ割りがうまく1ページの情報量が過不足ない」

です。③は結構重要なんですよ。例えば大ヒットの「デスノート」は途中まで①と②を満たす最高傑作だと僕も思ってましたが、竜崎が死んでから1ページの情報量過多で、面白い理屈が描いてあるんだろうけど、あまり読む気が無くなってきました。

設定を複雑化すれば、それは確かに深みのあるストーリー展開が出せるんでしょうけど、それは当たり前なんですよね。

しかもそれを文字で満たそうとするのはどうも「読ませ」を第一義とする漫画の美学とは思えない

もっとほかに工夫があるだろう、ということで低評価になってしまいます

まぁ偉そうに言ってますが、個人的な見解なので、自分としてはこのように感想を持つということでした

その観点で選んだ7選は以下。ひとつひとつは個別ブログにしたこともあり、ごくさらっと説明


順位 タイトル 点数 理由
1位 今際の国のアリス 98点 ゲームの内容にオリジナリティがあり、毎回絶望をどうやって潜り抜けるのかが読めなかった
2位 神様の言う通り(1+2) 95点 ナツメグなど主役級がいとも簡単に死ぬ。展開はまさに神様(作者)の気の赴くまま
3位 リアルアカウント 65点 初期は上位2つに次ぐ面白さだったが回を重ねるにつれ少年漫画化、エロ化でアイデアの枯渇感を感じる
4位 ドクムシ 50点 「女」を武器にサバイバルゲームを生き残ろうともがくキャラがリアルだった。それ以外は凡庸な作品
5位 トモダチゲーム 45点 読者を裏切ろうとして主役級キャラの性格が各章ごとにコロコロ変わり不自然、ただ回を増すごとに心理戦が洗練されてきて面白くなってきている
6位 天空侵犯 40点 途中まで面白かったが、主人公がパワーアップして以降、作中キャラの力のバランスが良くわからなくなり失速中
7位 Btoom 30点 これも中盤まで面白かったが、主役とヒロインがデキたあたりから惰性間が強くなってきた


■デスゲームを面白いと思う理由は何か



これについては実は僕もなぜそれを面白いと思うのかうまく説明ができません

自分はほかにヤクザ映画も好きなんですが、やはり面白さをうまく説明できないのです

面白くない理由というのは説明するのは誰でもとても簡単です

だから批評家というのは時にくだらなく思われるのですが、面白いとか好きという理由は結構説明するの難しいという気がしています

しかしそうは言っても自分は世の中に出ているほとんどのデスゲームものを読んでしまった

このブログを機に、なぜそこまでこのジャンルにハマるのか考えてみたいと思います

①絶望→希望というギャップがカタルシスを産む説

落としておいて持ち上げることによりカタルシスを短い時間に産むのは漫画のネームの基本だと思います。これを考えずに週刊連載などはかなり厳しいんじゃないか

そして週刊連載のそのリズム感が情報過多気味の現代に生きる我々には都合がいいのです

デスゲームものなら手っ取り早く短期間でカタルシスを味わえる

このストーリーの起伏のお手軽サイズ感がいいのではないか

②「セーフティ」の愉悦

これはこの漫画のページが雄弁に語っている

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つまり、残酷なものを好むのはひどい状況にいる人を見て自分の今の安全、幸せをかみしめるというもの。

一瞬これかなと思ったんですが、少し違うような気もする

でも、ただ単に無残に殺戮されるだけでなく、努力して苦悩してもがいて一瞬希望も感じるが、最終的にダメで、自分の生きざまに誇りを持ちながら死ぬ、という展開がデスゲームものには非常に多く、またそれに美しさすら感じる

この感情は一体なんなのだろうかと思います。これについてはさきほどのギャップカタルシスでは説明がつかない

セーフティの愉悦なのかなという気もしてしまいます

③人間心理の研究説

自分的にはやはりこれかなと思う。

追い詰められたら人間はどういう心理になるのか。

そのことを知っていると日常生活へのバックもある。

漫画の中のことでしょう、というかもしれないが、いやそれは少し違っていて作者がそれぞれ人生を歩んできて見て考えた人間の姿が一部あるいは全部投影されているわけですから、漫画の中の人間模様はある人間研究家の発表とも言えるわけで、現実世界にも通じるものがいくつか含まれているかもしれない

そういう風に考えるわけないだろう、という感想を持つことも大事なわけです

いわば日常では絶対に味わいたくない極限状況を設定され、「人はこうだ」「いやこうではない」「おそらくこうなるのでないか」と作者と議論しながら弁証法的に「人間はこう動くはずだ」と結論を出したい

すなわち「極限状態の人間の心理を知りたい」というわけです


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►試みを応援したかったが

蛭子さんと言えば天然さが売りの漫画家である。

本番中でも素でやってるとしか思わない「作らなさ」いや「作れなさ」、素人感が芸風の棒読みキャラで、一見俳優とは最も縁遠い存在に思える。

しかしある意味、芸能人はあまたいる中、そのテレビと矛盾したキャラコンセプトは非常に貴重な個性でもあり、それを逆手にとって名作を作り上げる映画の可能性を、本作が示してくれるのでは、と鑑賞には大いに期待を込めた

蛭子さんがあんなだからこそ、こういうキャラ設定が生きる、というようなハマり役の誕生を期待したのである。

だが、やはりB級だった。残念ながらB中のBである。

肝心の脚本が薄すぎる。 蛭子さんの演技は最低ラインは超えていたと思う。

むしろ蛭子主演の期待あるからこそ最後まで見たので、もはやキャストを間違ったとはいえない。

しかしながら蛭子さんを使うなら映画の完成度はイケメン俳優の印象に任せるわけにはいかない。

脚本が通常の3倍も4倍も頑張らないといけなかった。

ストーリーがベタを目指したとは言えベタすぎる

テンプレートをただやっただけで、オリジナリティがゼロすぎた

これで蛭子主演の印象を世間に定着させるにはあまりに惜しい

トリンドル、佐藤二朗、中尾明慶、千鳥の大悟とキャスティングは低予算ながら、内容で魅せるぞ、という気概を感じるなかなかの神チョイスだっただけにこちらの期待のハードルが上がってしまった

キャスティングだけで完全燃焼してしまった映画である

内容は本来0点に近いが、蛭子主演というチャレンジが今後映画を制作する人に何らかのインスピレーションを与えるかもしれない、ということで25点にした

<あらすじ>

伝説のヤクザ、柴田源治は所属する小里組の親を殺した対立ヤクザの組長を殴り込みの上、斬り殺して収監、長い懲役を経て娑婆に戻ってくるころから物語は始まる

娑婆では自分のいた組は解散しており、自分が組長を死なせてしまった正岡組は一人娘・時子を組長に立てて再興を期しているところだった

実は源治が正岡組の組長を殺す動機となった親殺しの犯人は、当時小里組の傘下にあった榊(さかき)の仕業であり、榊組は小里組の崩壊のあと正岡組と縄張りを二分する勢力にまで拡大していた

源治はその街にやってきて、時子(源治が父を殺した犯人ということは知らない)や榊、かつての相棒と出会うがそれぞれ立場や環境も違っており、ヤクザ稼業からは足を洗って静かにクレープ屋を営んで過ごす

しかしその町中でスーパー銭湯設立の利権を巡り、正岡組に対する榊組の嫌がらせが次第にエスカレートしていく

住民の理解を得るために努力する正岡組の努力がことごとく裏目に出るのだ

源治は、時子の補佐役で婚約者でもある三田村の表情に影を感じる

次のページでネタバレ続きを読む



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こちらではお久しぶりです 最近更新サボっていてすみません。

本業のゲームの方が忙しすぎてw

前回更新の後も映画や漫画はたくさん読んでいたんですが、最近どうもレビューしたくなるほどの 神作にあたりませんでした。

しかし今回のこの「私が犯人です」はなかなかの神作。

元は韓国の映画が原作ですが、日本版はかなり良リメイクがされており、何より藤原竜也、伊藤英明、仲村トオルという3大俳優の競演は男の私でもときめくものがあります

展開としては、無理のない作りですので、中盤まで見ればミステリ好きなら大体その後の展開と結末はほぼわかるようになっています。

しかしその分を差し引いても鑑賞に値する作品だと思いますので、今回はあらすじと考察のみで詳細なネタバレは、上映中の今はしばし伏せます

ただ、考察ではいきなり真犯人のネタバレをしていきますので、まだ見てない方はぜひここで退却してほしいです。


<あらすじ>

1995年、東京で連続殺人事件が起きた。

犠牲者は全員絞殺、被害者の家族の一人が目の前で動けない状態にされ、自分の大切な人間が目の前で殺されていく様を見せるという非常に残虐な手法がとられた。

完全なる愉快犯である それから2017年。 日本では極刑に値する罪については時効が無くなっていたが、22年前のその事件については時効が1日違いで成立していた。

22年前の事件に関わり、成果を上げられなかった牧村刑事(伊藤英明)は今日もチンピラを後輩と追っていた。

そんな折、上司からの携帯電話がなる。

「牧村、テレビ見てるか。すごいことになってるぞ。」

22年前のあの事件の犯人が姿を現し、記者会見をやるという。

殺人の一部始終を手記にし、出版するというのだ。 犯人は何を考えている?

語られることはすべて真実なのか?

時効が成立し、犯人の身柄を抑えることも裁くこともできなくなった状況に、司法は報道はどう対応していくのか。

そして現れたその男、曽根崎雅人(藤原竜也)なる人物は、本当に犯人なのかー

次々と視聴者を裏切り続ける展開に時を忘れる佳作です続きを読む


電子書籍の先駆「ebookjapan」が横山光輝三国志の全60巻無料というのをやってます。ただし72時間以内に終わるシステムで、既にいまあと60時間ほどしかありません。私は今から読み始めますが、それでも1時間に一巻の計算

まぁ現実には三巻ぐらい読んで面白ければ続きという感じでしょうね

漫画の速読に自信のある人は何巻まで行けるか挑戦してみてはいかが

基本、漫画の「宣伝」はこのブログではやらないんですが、この手法は実際には全巻読破を不可能なことを前提にして自社サイトをPRする上手い方法だなと感心したのでちょっと乗ってみることにしました

興味持った人はこちらからどうぞ



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日本のすごいミステリー10選、とかで必ず上位にランキングされるタイトルです。

他にも絶対ランキングされる作品に「十角館の殺人」「ハサミ男」「アヒルと鴨のコインロッカー」「慟哭」「葉桜の散る頃に君を想うということ」「殺骸にいたる病」「向日葵の咲かない夏」、あれ、これで既に8本言いましたねw

あとはロートレック殺人事件とか、仮面山荘殺人事件なんかを加えると完成です。

これらはネットにたくさんランキングがありまして、最近では本屋さんもそれを意識してコーナーを置いています。 

ネットの影響ってすごいですね。元は誰かが2ちゃんねるで書いたスレ「ミステリ好きの俺が選ぶすごいどんでん返し10選」が始まりだったと思います。5年ほど前に「どんでん返し おすすめ 小説」で検索した時にはそれしかヒットしなかった。

しかし今ではたくさん類似のものがヒットする。しかしベースはやはり先駆者が作った前述のラインナップによるランキングなのです。あの投稿者が「イニシエーションラブ」を掘り起こし映画までにした、と勝手に思っていました。

さて本作です。どのランキングでも大体2位か3位に位置づけられる本作は、平均点をとるとミステリ好きに最も愛された小説ではないかと思いました。

だから小説で読むか映画で見るか、かなり迷ったのですが「ながら」で見れる映画(=DVD)の方がやはり効率が良いということでこちらを選んでしまった。

前半のA-sideと後半のB-sideに分かれているところは同じです。

しかしその時代背景である昭和後期の雰囲気に合わせてBGMが古臭い。

これが非常に印象を深くしてくれるんです。

キャスティングもとてもよかったです。前半。
後半から松田翔太が出てきますが、このパートが単体ではやや面白くなかった。 
どんでん返しのためのただの「経由」するパートだったんです。
だから100点の前半に比べると、後半の中だるみ感がややツヤ消し。

どんでん返しは、最初からわかっていたとは言え、うまく作ってありました。
やはり面白い。ただ、イニシエーションラブ、というタイトルだけで「どんでん返しもの」と
みんな知ってて見るだろうから、本当に綺麗に騙される人はどれだけいるんだろうか、という気にはなりました。

<あらすじ> 

静岡県。大学4年の夏。

大手企業に内定が決まった大学生、鈴木夕樹は合コンの誘いを友人から受ける。

どうせ数合わせだから…。巨漢で厚い眼鏡、オシャレもできない、いわゆる「非モテ」の鈴木はそれでも
合コンへ足を運ぶ。

そこに現れた成岡繭子(=前田敦子) とひょんなことから仲良くなった鈴木は、いや、繭子は積極的に鈴木にアタックを仕掛けてくるのだった。そのメンバーの中で最も輝きを放つ繭子がなぜ自分に?

警戒を隠せない鈴木だが、繭子は強力にアタック。

夕樹の夕が、カタカナの「タ」にも見えることから、鈴木は「たっくん」と愛称をつけられると、
みるみる心を奪われ、二人は結ばれるのだった。

眼鏡をコンタクトに変え、美容室で髪を整え、免許まで取った。

それでもクリスマスイブの夜、ツリーの前で待ち合わせたところに「なーんか釣り合わない二人だな」と通りがかったカップルからバカにされ、鈴木はショックを受ける。

繭子は今のままの鈴木が好きだ、と言ってくれるのだが、鈴木は以前から思っていたことを遂に口にするのだった。

「君と出会ってから、僕の人生は180度変わった。今なら何でもできる。

痩せるよ!これは僕の決意表明だから」

君と釣り合う男に―。鈴木は地獄の猛ダイエットを誓うのだった。

 <ネタバレ>は次のページ。続きを読む



龍が如くシリーズに外れなし。

今のところ1、2、3、4、0、見参、維新とやってきましたが、順位を付けるのは無意味というぐらいどれも名作です

ストーリーだけで言ってジブリなんかより評価されるべきだと思う

上に並べたものの中から強いて好きな順にあげるなら、見参、0、2、維新、1、3、4か。でも明日考えたらまた順は入れ替わる。それくらい名作揃いで甲乙つけられないです

この「維新」は他のタイトルに比べると登場人物がいささか少なめですが、だからこそ一人一人が魅力たっぷり濃密に描かれ、終わった後も人物の余韻に浸るほどの群像劇となっています

特に自分は土方歳三が好きだった。内容としては「維新」というタイトルでやや面倒な時代設定を思い浮かべるかもしれませんが、その本質は「坂本龍馬異聞」です。一風変わった設定から始まって、最後、歴史の辻褄があっていく。

歴史劇として見ても大変面白く、大河ドラマに似せたオープニングで始まっていますが、まさに大河と遜色ない内容だったと思う。ではあらすじから。

【あらすじ】

物語は江戸に修行に出ていた坂本龍馬が剣の修行から故郷の土佐(高知県)に帰ってくるとこらから始まる。閉鎖的な土佐には根強い階級制が生きていた。武士の間に明確にひかれた境、上士と郷士。

郷士は上士にいたぶられるだけの存在で、人の扱いをされなかった。龍馬は土佐に帰ってきて早々、上士に追い込まれる郷士の嫁と子を腕っぷしで助け、牢に入る。後は死罪を待つだけという野蛮な司法に囚われる中、龍馬を救う高知城の役人がいた。それは吉田東洋。


龍馬と兄弟分の武市半平太を幼少の頃から育てる親代りだった。東洋は上士と郷士のいびつな身分制度が残る土佐を変えたいと言う改革の士であり、それを為す者として武市と龍馬を育てていたのだと明かす。

その武市半平太は龍馬が江戸に修行に出ている間に土佐勤王党という改革を起こすための若い郷士のグループを結成、盟主となっており、龍馬を筆頭として迎える


いよいよ改革決行の時と、その謀議を龍馬、武市、東洋の3人、高知城で始める。

東洋は「龍馬を土佐勤王党の筆頭とするのは反対だ、坂本龍馬という人材は…」

言いかけた時、謎の覆面が背後から現れ、東洋を斬り殺してしまう。当然、武市と龍馬は覆面を追うが、男は強く武市は傷を負い、龍馬も逃してしまう。

一方、城から追っ手が迫っていた。このままでは武市と龍馬が共に東洋殺しの犯人となる。そして武市は手負い、城の追っ手と応戦すれば命を落としてしまう。龍馬は「土佐を頼む」と武市の救命を先決に逃亡劇を演じ、そのまま脱藩。京へ流れ着くのだった。

それから1年。龍馬は京の寺田屋で「斎藤一(さいとう・はじめ)」と偽名を名乗り覆面の男の行方を追っていた。

1年の調査の中で手がかりは剣を交えた時に見たあの独特の構えだけ。「天然理心流」という流派の構えということだけがわかっていた。

情報屋「サイの風呂屋」と様々な人物との縁で龍馬あらため斎藤は天然理心流は試衛館という今はない道場の少数の出身者だけが使えるというところまで辿り着く。その試衛館の人間は一体どこにいるのか。さらに調べを進めると、それは京を騒がす「新撰組」の中の数名のみが使える剣術ということがわかった。



これ以上の情報は自分自身が入隊することでしか得られないと悟った斎藤は、新撰組の試験を受けるため、2番隊隊長、永倉新八と刀をあわせるのだった

ネタバレに続く
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sawada















えーと今回から新たな試みとして、「ボイスメモ」を残していくことにしました

タイトルに「V」とつけたものは、あらすじネタバレ感想を音声でもお聞きいただけます

手が離せないけど耳が空いてるなんて時、例えばダイエットでウォーキングされてる時なんかにどうぞ

あらすじ、ネタバレ、感想の初頭に各リンクを張っておきます


さて、自殺島です

この話は、人間の根源のリアリティを説いている、というのが本質だったと思います

作者は「生きる」とはどういうことか、をメインテーマに据えたかったようですが、むしろ描いているうちに生物学、社会学にまで話が及んでいた、という感じでしょうか


<あらすじ>



主人公、セイは社会になじめずに自殺を図った20歳の青年 目が覚めるとそこは無人島だった

自殺に失敗したわけだが、そこには同じように自殺に失敗して死ねなかった者たちが集まっていた

島には誰かがいた痕跡はあるようだが、生活物資などはほとんどない

元々生きる気力のない若者たちは、そんな絶望の環境を見てすぐにも再度の自殺を図り、 命を落としていくがセイらは一度助かった命を再び見つめ直し、島での生き残りを考える

歳の頃はほぼ20代ぐらいの若者たちだけがどういうわけかその島に集められていた

やがて、島には人為的な生活物資はないが、魚やバナナ、木の実など自然の物をうまく集めれば生活できる環境であることがわかり、リーダーシップのあるリョウや冷静で知識があり、セイとは知識のカイの二人を中心に集団が統率されていく

そんな中、リョウはイカダをつくり、外の世界へ助けを求めにいくが…

自然の中に男女の集団を外部から隔離しておくとどうなっていくのか、リアリティのある展開が面白い作品です

次のページでネタバレ
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これは心理学的見地から考えないと行けないので感想を書くのが難しいです

簡単に言うとアイデンティティーを確立できずにコミュニケーション障害になった作者が、現状を起こしている最大の心因は女性への性的欲求ではないかと仮説を立て実行に移したというもの

行為が終わると晴れやかな気持ちになりマンガを上梓していく、というものだが、この場合実際に作者が同性愛の性向を持っているのか、それとも考えていることを遂に実行に移せたということに成長を見出したことが喜びなのかは、読者により考察の余地がある

題材としては面白い
この話は、ルポルタージュとして書かれているものの、架空の主人公を作り出し小説化しても面白かったと思う

しかしこのマンガの真骨頂は、絵は素人に毛が生えたレベルだが、内容にオリジナリティがあるので電子版も書籍版も読まれるという、一億総マンガ家への可能性を示していることにある

稀有な体験は下手でもいいからマンガにしてみると小遣いが稼げるかもしれない

いずれにしても、もう少し深い考察がいつか書けたらなと思ってます


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KOE_KATACHI_03_169 

漫画版の方を読みましたが良作でした

世間で最近論争になりました「感動ポルノ」として揶揄されている問題についても最後、言及します

感想をいまざっと言うなら、普通にかわいい青春だなと思えるお話

障害がテーマという重さよりも、いじめと人間関係の難しさの方がテーマとして重く横たわっていると思います

この時点で「感動ポルノ」という指摘は完全に読み違えていると言いたいのですが、まぁそれは後に回します

あえて難点を言うならやや要素数が多すぎて登場人物の心理の動きについていけなくなる点と、そんな風には思わないだろう、というリアリティのなさがちょくちょく現れる点です

しかしそういうところは瑣末な問題としてあまり気にしなければ十分に面白い

ではあらすじから

<あらすじ>

石田将也は小学生ながら妙に客観的にものを見る地頭の良さがあり、日常が退屈しないことを本能的に恐れるため、毎日仲間と無茶な遊びを繰り返していた。

小学校も高学年になり、仲間が塾に通うようになると、石田の空疎な無茶ぶりがやがて疎ましがられるようになってくる。そんな頃、先天的に耳が聞こえない少女、西宮硝子が転校してくる。

西宮の耳が聞こえないという特徴は、語弊を恐れずに言うとクラスでは「新鮮」だった

そのことを利用し、 石田は自分が飽きられていた状況を取り返そうとするべく、西宮をからかい笑いを取るようになる

しかし、西宮はそれを辛いとも反応せず、ただ静かに笑うだけ

石田は西宮の心の動きが想像できないことにイラつきを感じ、いじめはエスカレート

石田はいじめの総大将となることでクラスの位置を取り戻す

やがて、 西宮の母からの相談が寄せられ、担任から石田をいじめの主犯としての一喝が起きると、今度は石田が「最低男」としてクラスのいじめの標的に回る

毎日殴られ、机は落書き、切り刻まれ、教室内で「人」 以下の扱いを受けるようになった石田を、西宮は気づかい、毎朝石田の落書きを消すのだが、

石田はそれが憐みのように思え、西宮と取っ組み合いの喧嘩をした結果、西宮は遂に転校していく

それから5年。

石田は高校生になっていた。

いじめは苛烈さこそないが、かつての友らから相変わらず人外の扱いを受け、人とまともにコミュニケーションもとれないまま、孤独の時間を過ごす石田は、いつも小学生の時にいじめてしまっていた西宮のことを考えていた

今の自分の境遇を悔いるという意味ではなく、純粋にあの時、興味を持ち、どう接していいかわからなかった西宮に、あのような形ではなく、もっと素直に接すればよかった、 あのときのことを謝りたい、と

日々思いは強くなり、今の生活に遂に執着がなくなった石田は自殺を決意

死ぬ前に西宮に謝罪しようと、西宮の通う高校へ出向く

 次のページでネタバレ
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kiminonaha_large思ひつつ寝ればや人の見えつらむ 夢と知りせば覚めざらましを

本作のインスピレーションになったという小野小町のこの詩が、そっくり映画のコピーになる

大ヒット作品「君の名は」を見てきました。

しかしそんな誤解のリスクがあってもこの作品のタイトルは「君の名は」でなければいけない 

昭和の同名作品のオマージュと思っていたけど全然違いましたね。

どーせ適当なイケメンイケ女が出てきて恋愛して幸せになるんだろう。本当に面白いの?ただの群集心理じゃねーの?と邪悪な先入観で行きましたが、全く裏切られました。全く予想できない衝撃的な展開に思わず息を飲みましたよ。

今の時代によー原作ヒットでもシリーズものでも、リメイクでもなくブランドもそれほどなく、0からこんな作品を作り出せるなと恐れ入りました。

今回は最後の最後のネタバレはあえてなし。まだ公開中ということもあり、まだ見てない人はこのブログ見て映画を見てからまた感想を読んでほしいなと思う次第

<あらすじ>

主人公の三葉は山里の糸守村に代々伝わる神社の高校生巫女。

毎日、カフェもないど田舎の暮らしと町長の父、巫女の稼業に辟易しており、東京への憧れを募らせていた

ある日、ふと目覚めると自分の体が男になっていることに気付く

どうやら都内の高校に通うわりとイケメンな男子高生になっているらしい

とまどいながらも、これは夢だと早々に割り切り、都内の高校生の生活を楽しむ三葉。

しかし決まってその夢は1日で終わり、夜寝ると次の朝には元の三葉に戻っており、しかも夢の記憶は起きているうちにどんどん忘れていく。

ところが、現実に戻った三葉の生活にも異変が起きている。

ノートに「お前は誰だ」と書かれていたり、教室の中で騒ぐクラスメイトに机を蹴っ飛ばして黙らせたりしたと友人から聞かされ、妹からは時々朝起きた時に自分の胸を揉みまくっていると言われるのだ

やがて三葉は気付いた。

もしかしてこれは自分だけが夢を見ていたのではなくて、誰かと体が入れ替わっているのではないか。

三葉が入っていた男子高校生の体は立花瀧(たちばな・たき)だった

瀧と三葉は互いのスマートフォンに日記を残すことによって文通し、体が乗り移っていた時にどんなことをしたかを書き残す。直接通信することはできない。なんせ体が元に戻ると名前を思い出せないくらい記憶が飛ぶのだ

東京暮らしの男子高校生の暮らしを気に入った三葉は。瀧のバイト先のマドンナ、奥寺先輩と仲良くなり、瀧のスマートフォンに残されている写真などを見ながら、瀧が奥寺先輩に密かな想いを寄せていることを知る。

男性の姿でありながら女性目線での気が使えることで、奥寺先輩に気に入られ、バイト仲間の羨望の目を受けながら遂にデートの約束を取り付けることに成功する。

いざデートの本番の日には体が入れ替わらず、 瀧は奥寺先輩と1日デートするが、当然三葉のように楽しい会話を先輩とすることはできず、夕暮れを待たずしてデートは解散。

しかし今いち乗れなかったデートを、奥寺先輩は「君はちょっと前は私のことが好きだったでしょう。でも今は、別に好きな子がいるみたいね。」と別れ際、看破する。

一度は否定する瀧だが、以降、体は入れ替わらず、次第に入れ替わっている間に体験したこと、そして三葉への思いは、具体的な記憶が薄れていくのと矛盾して強まっていくのだった

瀧は絵の勉強をしながら、思いだせる場所、糸守村の綺麗な湖を鉛筆で描きだす。

場所が飛騨(岐阜県)ということは知っていた。

奥寺先輩とデートで行った写真展の一角にあの記憶にマッチする風景写真を見つけたからだ

何日か挑戦し、ようやくおぼろげな記憶を納得させられる形で絵を描きだすと、その絵を手に瀧は旅に出る。(その写真のことを展覧会の関係者に聞かなかったのはなぜだろうか)

もちろん三葉として居た、あの村へもう一度行き、三葉に瀧として会うためだ

絵ひとつで村を探す旅は無謀にも思われたが、瀧の絵を見て、村の出身者が「これは糸守村ではないか」と驚く。

ついに手掛かりを得たと喜ぶ瀧だが、村の出身者はあまりにも意外で残酷なことを口にした

「糸守村は…3年前に彗星が衝突として全滅した。」 

瀧がどうにか村にたどり着くと、三葉の姿の時に見た村一円が湖になっている。

湖の円周には無残な家々の残骸。

そして、瀧のスマートフォンに残された三葉の日記はあっという間に消去されていき、あの日体が入れ替わった証拠も記憶も完全に消滅してしまう

図書館で糸守村の彗星衝突事件の犠牲者名簿を見ると、そこには「宮水三葉」の名前が確かに書かれたいたのだった。

絶望する瀧だが、いつも腕に巻いているミサンガのような紐に目を見やり、思い出すことがあった。

その紐は3年前、 高校受験を前に電車の中で単語帳を読んでいると、見知らぬ女子高生から話しかけられ、渡された紐だった。

あれこそが三葉だったのだ。それ以来、その紐を大事に持って腕に巻いていたことを瀧は思いだした。

さらに三葉になっていた時に巫女の指導者でもある三葉の婆から言われたことを思い出したのだ。

「糸を繋げることも結び、人を繋げることも結び、時間が流れることも結び、ぜんぶ、同じ言葉を使う。それは神さまの呼び名であり、神さまの力や。ワシらの作る組紐も、神さまの技、時間の流れそのものをあらわしとる」

紐に結び目を作れるように、今の自分と三葉を結ぶ「点」がどこかにあるはず

そう信じた瀧は、いつか三葉の姿で妹と共に、自ら作り出した「口噛み酒」を追いた村の御神体がある場所を、ひとり目指すのだった。

果たして、瀧はもう一度三葉の姿になり、隕石が衝突する前の糸守村と三葉を救うことが出来るのだろうか

感想編に続く

あらすじネタバレが長くなったのでもう一度簡単に要約します

①木場編

事故死からオルフェノクとなって蘇った木場勇治は同じくオルフェノクとなった海道直也、長田結花とともに全てのオルフェノクを管理下に置こうとするスマートブレイン社の干渉を受けながらもオルフェノクと人間の共生を図ろうとする
その頃、変身ベルトを持つ少女真理は謎の青年・乾巧と出会い、力に溺れるオルフェノクと仮面ライダーの力を使い戦う
その中で、ベルトを製作したスマートブレイン社とオルフェノクの謎に迫ろうとする

②日下と流星塾編

やがて巧らの前に真理の出生、流星塾のメンバーが2本目のベルトを持って現れる。彼らのほとんどはベルト装着の負荷に耐えられず灰化していくが唯一灰化しない日下雅人は仮面ライダーカイザとなり、巧らと共闘。しかし真理に異様な執着を見せる日下は巧とソリが合わず、サディスティックな性根は日に日に強くなり身内でありながら巧や、巧らと出会い共闘を始めた木場たちを苦しめる

日下は流星塾の同窓会の日に起きた惨劇を知っておりそのことがトラウマになった上での偏執的な性格のようでもあった

そして流星塾の最後の1人澤田亜希がオルフェノクとなって姿を現し、真理を殺害する

③巧編

巧はスマートブレイン社の一員になる取引をすることで真理の蘇生を社に依頼、その望みは果たされ、巧は約束を破り、社の一員になることを拒むが、この行動の中で巧と真理は、実は巧がオルフェノクで真理や日下ら流星塾のメンバーを惨殺した犯人だという考えにとらわれるようになる

実際に巧はオルフェノクだったが、流星塾を襲った真犯人はスマートブレイン社だった

④オルフェノクの王編

人間はオルフェノク対策を着々と進めていた。木場の仲間、長田結花は警察の卑劣な罠で凶弾に倒れる。人間に絶望する木場。その折、スマートブレイン社の前社長で真理ら流星塾の父でもある花形が現われ現社長の村上を解任。木場を新社長に据える。花形もまたオルフェノクで自分の命が長くないことを知り暗躍を始めていた。花形の望みはスマートブレイン社を使ってオルフェノクを滅ぼすことだった。オルフェノクと人間の関係について悩んできた木場がオルフェノクが短命に終わる宿命を知れば、その遺志を継いでくれると信じた上での社長指名だったが結花を殺された木場は既に思想を完全に変え、人間全滅に向け社の力を使うようになる。花形は木場の豹変を見抜く前に死亡、仮面ライダーになりすぎ肉体が滅びかかっていた日下も木場の手にかかり灰化する

木場の前の社長の村上は短命に終わるオルフェノクに永遠の命を与えるのがオルフェノクの王だと知っていた

その王はいま少年の姿をして海道に火災から助けられ、真理や巧とともにいる

王は近づいた村上やスマートブレイン社の処刑部隊を捕食して力を蓄え成長を続ける

木場は日下から奪ったベルトで巧と仮面ライダー同士、オルフェノク同士の決着をつけようとするが敗北

巧はそのまま、成長が完成し動き出した滅びの王、アークオルフェノクの元へ

オルフェノクの王に勝てない仮面ライダー555だが、そこに木場が現れ王の動きを止める。555は木場ごと王を粉砕。戦いは終わった

仲間らがそれぞれの歩みを始める頃、巧はいつか崩れ落ちていくオルフェノクの運命を背負った自らの手を光にかざし、残りの時間を前向きに生きていこうと決めるのだった


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20131002_745867あらすじからの続き、できれば先にあらすじ編を

大体本作は①木場編②日下編③巧編④オルフェノクの王編の4段階に分けられると思います

日下編はほぼ流星塾編と言ってもいい

真理、日下、澤田の三人が激しく絡み合うのが中盤のキモになっているところですが、 そこを語り出すと概要を話すにとどまらなくなるので、このブログでは私なりの解釈で編集したネタバレと思っていただきたい


日下編の中盤、真理は澤田の騙し打ちにあい殺されます。

そのことに慟哭した巧は、欠員となっているラッキークローバーの4人目に入ることを条件に真理の命を助けるようスマートブレイン社に嘆願する

真理は澤田に瀕死の重傷を負わされた際、一般の病院に連れていくと、以前に特殊な手術がされていて現代医学では救えないと言われていた

その理由を、真理が流星塾の同窓会の日にオルフェノクに襲われ、命を落としたところをスマートブレイン社に助けられたと日下から説明を聞いた巧は逡巡しながら村上社長のもとへ走ったのだった

かくて真理は助かる

しかし真理も巧もその時から流星塾の同窓会で塾生を襲ったオルフェノクのことを考え始めるようになる

真理は記憶がよみがえり、巧は村上からその日のビデオを見せられることによって

やがて、驚愕の真実が明らかになる

ベルトがない状態でラッキークローバーに襲われた時、巧の姿が灰色に染まり、タイガーオルフェノクへと変化した 

巧はオルフェノクだったのだ

それも流星塾を襲ったオルフェノクとして真理は恐れ、日下は激しく巧を憎むようになる

ただ、それは正しい記憶ではなかった

同窓会を襲ったのはラッキークローバーだったのだ

そのことは死ぬ直前の澤田の口から明らかになる

日下もその事実は知っていたのだが、巧を真理たちから離すためにあえてその図式に乗っていたのだ

真理との信頼関係を取り戻し、木場らとも今度は同じオルフェノクとして理解しあい、再び元の生活に戻る巧

しかし今度はオルフェノクの存在に気付き、対策を練り始めた人間たちとの戦いが始まる

警察組織の狡猾な罠によって、ともに暮らしてきた仲間の長田結花を殺害(直接のとどめはラッキークローバーの冴子だが) された木場は、一挙に人間不信に陥る。

そんな折、流星塾の「父」であり、ベルトを塾生たちに渡したスマートブレインの初代社長でもある花形が、社の地下から地上に出て、木場の前に現れる

一方その頃、スマート社の村上社長は、人間との共同研究の結果、オルフェノクが実は長く生きることができないことを 悟り驚愕する

しかし以前から知る「オルフェノクの王」さえ、確保すれば必ず王により永遠の力がもらえると信じ、変わらず社の力を使って王を得ようと試みる

そこに花形が現れ、役員会議で村上を社長の座から解任、代りに次期社長に指名した男こそ木場だった

自らもオルフェノクの花形は、オルフェノクが人間と共存はできないことを知り、オルフェノクと対峙する集団へと、オルフェノクでありながらオルフェノクと戦う木場に社長を任せたのだった

しかし木場は既に人間の対オルフェノク組織を壊滅、オルフェノクの死の運命を知り、村上の遺志を引き継ぎ王を探して人間を滅ぼそうという思想の持ち主に変わっていた

それほど人間の結花殺害(間接的だが)がトラウマになっていたのだ

スマートブレインをあくまでかたきと憎む日下も、木場に殺害され灰と消え、仮面ライダーカイザのベルトは木場の手に渡る

鍵を握る「オルフェノクの王」は海道が火災から命を助けた少年で、現在は真理たちと暮らしていた

しかし徐々にその本性を現し始め、村上やラッキークローバーの北崎などを捕食し、力を蓄え始める

王は覚醒するまではオルフェノクを栄養分に成長を続けるのだ

王の存在を確認した木場は巧と少年を拉致、巧はオルフェノクの生態研究として実験体に、少年はそのまま力を放逐させ王への覚醒を急がせる

 巧は真理や海道らから助け出され、ベルトを持つ木場と仮面ライダー同士の戦いを繰り広げ勝利

木場の命は奪わず、王として覚醒が近い少年の元へ急ぐ

巧が少年と対峙する真理や海道たちの元に現れた頃、少年は王として完全に目覚めた

村上から話を聞き、永遠の命に魅了されていたラッキークローバーの冴子は王の元へ駆け寄り、人間の姿と引き換えに永遠の命を得る

一方、 もう一人の生き残ったラッキークローバーの琢磨は、その姿を見て恐ろしくなりその場から逃げ出す

 王は強く、最終段階までパワーアップした仮面ライダー555でも歯が立たず、相棒だったバイクメカも壊されてしまう

そこに木場が現れる

どう生きていいか、君が何を持って前に進もうとしているか答えがわからない、という木場

答えは今から見つけようぜという巧。

木場は王を羽がいじめにし、巧はライダーキックで王を木場ごと粉砕するのだった

数日後

元ラッキークローバーの琢磨は工事現場で人間として限りある残りの生を過ごすことを決めている

海道は助けた少年(=王)がいた幼稚園を見つめ、「結局オルフェノクってなんなのかねえ」と言い、どこかに去っていく

巧は真理と、友人の啓太郎と3人、陽の当たる土手で寝ている

手を見つめる巧

「おれにも夢ができた。世界中の洗濯物が真っ白になるように、みんなが幸せになる夢だ」

それは真理や日下、巧たちが過ごしてきた洗濯屋の若きオーナーでもある啓太郎が常に口に出しては巧たちに馬鹿にされてきた夢だった

巧は…、実は生態研究の際にオルフェノクとしての崩態促進剤を体中に打たれている

その手がかつて灰化を始めていたことを巧は確かに見ていた

限りある生、それも真理や啓太郎よりは圧倒的に限られた時間であることを抱えながら前向きに生きていくことを覚悟し、笑顔を浮かべる巧

そしてオルフェノクの王は灰化せず形をとどめ、人間の形に戻れなくなった冴子と復活の時を待つのだった

終わり

次回で感想書きます 

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ふー50話完走しました

平成ライダーの中でも名作と呼び声高い一作です

感想は最後まとめてドバッとやりますが、大雑把に言うと色んな設定と試みは面白いものの要素数と登場人物が多すぎて一人一人の描き方がかなり甘いと思います

結果として日下と村上いう強力な意思を持った人間に、それ以外のあまりにも主体性のない主人公や対峙する敵たちが翻弄され頻繁に宗旨替えをするという情緒不安定さが目につき、どうも感情移入や共感ができにくい。

ただ色々と考察はしたくなるドラマでした。それは初めにも言った通り背景と登場人物の「設定」だけは良いからです

やろうとしたことはわかるし素晴らしい
しかし要素数が多すぎて消化できず、組んず解れつ終わったという感じがしました

出来れば収束から逆算して作って欲しいというのは少し贅沢でしょうか

そんなわけであらすじ

あらすじ

流星塾という孤児を集めた施設で育った真理は、中学を卒業した頃、施設の「父」と呼んでいた育て親から不思議なベルトをもらう。ベルトの謎を確かめるため、ベルトに入っているロゴ、スマートブレイン社がある東京へ、九州からナンパの手を振り払いつつもバイクで旅をしていたところ怪人に襲われる。たまたま通りがかったバイカー乾巧(いぬい・たくみ)が真理の持っていたベルトを巻くと仮面ライダー555に変身、怪人をやっつけた

やがて巧と真理は行動を共にし、スマートブレイン社に近づくにつれそれら怪人は「オルフェノク」と言われる存在で、ある時、死亡時に突然そんな怪人に覚醒して生き返るのだということを知る

別の場所で事故にあい死亡、オルフェノクとして蘇った木場勇治はオルフェノクであることに悩みながら長田結花、海堂直也という同じオルフェノクの仲間と共生し、オルフェノクの立場から人間を襲うオルフェノクを阻止する

巧らと木場ら、2つのグループの行動はやがてスマートブレイン社という共通の敵を通して知り合い、共闘することになる。

ベルトの開発元、スマートブレイン社はオルフェノクを管理し、人間を全滅させようというオルフェノクの組織で、オルフェノクが誕生すると素早くそれをキャッチし、人間を襲うことで忠誠を誓うか、ラッキークローバーと言われる4人組の処刑人に再び命を奪われるかを迫る闇の組織だった

一度はスマートブレイン社にベルトを返す巧と真理だが、オルフェノクが人を襲い、ベルトが悪用されていることを知ると、それを奪い返し再び巧は仮面ライダー555となってスマートブレイン社の操るオルフェノクやラッキークローバーと死闘を繰り広げるようになる

ベルトの所有者は物語が包むにつれ増えていく

そもそもこのベルトをスマートブレイン社はなぜ開発したのか

真理の父はなぜベルトを持っていて送ってきたのか

真理の出生、流星塾が大きな鍵を握っているらしいことが真理を訪ねてきた流星塾のメンバーの集合でわかる

彼らは2本目のベルトを持っていた

オルフェノクに襲われる度、ベルトで仮面ライダーカイザに変身するが、オルフェノクを倒した後、自身も灰となって消えるもろ刃の剣だった

しかし1人だけ変身しても死なない流星塾出身者、日下雅人(くさか・まさと)がベルトの所有者として巧らと共闘する

だが塾時代から真理を自分のものにしたいと妖しい目で見つめていた日下を巧はうさんくさがり、日下と巧は激しく対立。また日下は病的なまでにオルフェノク殺しに執念を燃やしていた

そのことも巧や木場サイドに亀裂を生じさせ、最後まで波乱が治らない

仲間を1人失い、3人のままどうにも落ち着かないラッキークローバー、オルフェノクと人間の狭間でどう生きればいいかわからない木場ら、そしてベルトは何か、オルフェノクは何か、自分はなぜ戦うのか、日下の異常なテンションがわからない、自分に隠された実はこの上なく大きな秘密、これらをストレスに日々を無為に過ごす巧とその仲間たち。

三者、アイデンティティーと生きる目的を喪失しかけながら、ひとり、スマートブレイン社の社長、村上は物事の行方に1つの確信を得ている

やがて流星塾の生き残りである澤田亜希(さわだ・あき、♂)がオルフェノクとなって現れ真理を殺害するところから事態は大きく動き出していく

ネタバレは次回


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