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人狼ゲーム ラヴァーズは最後、生き残るが身内から見放されてゲームに参加させられたことを知った主人公がキレて「運営側に生きたい」と吼えるところでストーリーが幕を閉じます

すると主人公・蘭子は結局運営側に行けたのかどうか
視聴後、多くの人が気になるはずですが、その答えは作中には…

いや!用意されていました!
きっちり、明確に用意されていたのです

結論から言うと「蘭子は運営側になれた」。

ここから先は、私があまりにもそのことが謎すぎて「Yahoo知恵袋」でどなたかとやり取りしていて悟った内容をご紹介します

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14226966184


>すみません、質問していてなんですが、自分で「蘭子は人狼主催者側に回ることが出来た」という確証を得ました 。

それはオープニングとエンディングの映像と音楽です。

どちらもカヴァレリア・ルスティカーナの間奏曲が無人の殺し合いの校舎に流れる大変不気味な映像ですが、オープニングは何者かが人狼の舞台の戸を締めてタイトルコールとなります

スクリーンショット (36)

エンディングでは、「そっちへ行きたい」「そっちはどこですか」と聞いた蘭子のシーンの後、いったん暗転を挟んでまたカヴァレリアルスティーカーナの間奏曲と無人の校舎、ただし今回は無人ではなく蘭子がいて、最後蘭子が人狼の舞台を締めます


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なぜわざわざオープニングの映像を使い回すか

それは、蘭子が人狼主催者側に回ったことをオープニングと同じ映像を使い回すことにより暗黙に示す表現技法だったのです

これは間違いないと思います


興奮のあまりだーっと書き込んでいますが、主な根拠はこれですね

加えて、他にも示唆があります

オープニングとラストに出てくる蜘蛛の映像ですが、これは人狼シリーズではお馴染みではあるものの、今回は1作目ほかに登場した意味合いと少し違っていて「蜘蛛が主催者側」「蜘蛛の巣は人狼ゲームの舞台となる学校」です。

オープニングの蜘蛛は画像から見て左にいて右側の巣を一生懸命作っています

スクリーンショット (37)
次の瞬間、学校が右側に映し出されて、各施設が映し出されるのですが、これは運営者が用意した環境、「巣」ですね

スクリーンショット (51)そう見立てると、ラストにもう一度映る蜘蛛の映像と校舎を見比べてみましょう

今度は巣の真ん中にいる蜘蛛とは別に新たな蜘蛛が巣を上っていくのがわかります

すなわちこれが蘭子なわけです

実際に、次のシーンからは施設がまたオープニングと違って映しだされるのですが、どのシーンにも今度は蘭子がいます

最後、階段を上って…ドアを閉める
スクリーンショット (34) スクリーンショット (47) スクリーンショット (46) スクリーンショット (45) これがすなわち、蘭子が運営側に上って環境を用意して、最後ドアを閉めるというストーリーになっているのです ここまで明確に結末が用意してあるにも関わらず、視聴直後は全くその意味に気付けませんでした

すごい作品だと思います

しかし同じ監督にも関わらず、ここまでの佳作はその後の人狼シリーズでは出ませんでしたね

ある意味監督はここで出し切ったのではないでしょうか

いずれにしろ映画ってのはすごいなと思います

ただ、まだ謎は1つだけ残ってます

というより、これこそ答えは用意されていないと思うのですが…

最後、蘭子がモニターに向かって叫んでいる時、そのモニターを見ている人は誰でしょうか

髪の長い女性に見えます

もし「ひなた」か「いちか」が実は生きていて、主催者側だったという神展開だったらすごいワクワクするのですが、まぁこれに関しては本当に答えはないでしょうね

何かこれも答えが出たらどなたか教えてください スクリーンショット (35)