2021年01月15日

【第2300回】これが私の最後のブログです

突然のことでびっくりされたた方もおられると思いますがこれが私の最後のブログです。

私が「パソコン」を使うようになったのは80歳になってからで定年で退職した妻に使い方を教えられてからでした。

その後、2009年になって日本共産党の元衆議院議員だった田中美智子さんの『まだ生きている』という著書を読み、その本は88歳になられた田中さんが投稿を続けている「自然と猫と私」というブログを取捨選択して出版されたことを知って私も田中さんのブログの愛読者になりました。

そして私もブログをやってみたいと思っていたところ、パソコンの使い方に詳しい次男が帰省した時教えられて最初のブログを投稿したのが2010年の4月17日で私が83歳の時でした。

そしてそのブログの80回分をまとめて『ただいまブログに挑戦中―人間として生きている証に―』という冊子を出版したのがその年の8月でした。

私はその後もブログを続け、『主権者として「今」を生きる』という「ブログの記録第35集」を、これが最後の記録集として発行したのが去年の6月でした。

「記録集」を出すのは終わりにしたのですが次になんのことを書いたらいいかと悩みながらもブログはやめないで続けていましたがその投稿回数が2300回になりました。

それで思いきってブログの投稿をやめることにしました。  精魂が尽きることを「刀折れ矢尽きる」といいますがそんな気持ちです。94歳になって体力も気力も衰えた私に免じてどうかお許しください。

お詫びのしるしに、最後ですと書いて発行した「第35集」のあとに投稿した63編のブログをまとめて「最後の号外」を発行することにしました。

それをこれまで私のブログを愛読してくださったと思われる方々に進呈したいと考えています。

【付記】①私のブログを読まれてコメントや拍手で励ましてくださった皆様に心よりお礼を申し上げます。

②ブログをやめることにしぶしぶ納得してくれた妻ですが、原稿を読んで助言を続けてくれたおかげで11年も続けることができたことに感謝します。

③ブログは消さないので過去のブログを検索して読むことができます。

 



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2021年01月10日

【第2299回】「元号」は使いたくない理由

もともと「元号」というのは今から2000年以上も前に中国で使われ始めました。

国の平和を祝って縁起のいい名前をつけたり、国で最も偉い皇帝が自分の力をアピールする意味をこめた名前などがつけられました。

その文化が伝わって日本でも元号が使われるようになりました。西暦645年に「大化」という元号に決めてからからなんと248回目が「令和」なのです。

現在「元号」が使われているのは「韓国」と「北朝鮮」だけで、韓国では536年から、北朝鮮では391年から「元号」が使われるようになりました。「元号」はその国だけで使われていて万国共通ではありません。                  

それで歴史のことを調べたり外国の人が日本のできごとを調べるためにはいちいち元号が西暦何年になるのかを調べる必要があります。

それに「明治」や「大正」や「昭和」や「平成」などの「元号」が西暦の何年・何月・何日から始まって何年・何月・何日までなのかも知らなければなりません。

たとえば私は大正生まれですが大正は1225日まででその日が昭和になるのです。そんな不便な元号は使いたくありません。                  

 これまで私は公的な書類に元号を記入する欄がある場合はしかたなしにその欄に記入していますが、そのほかの書類などに生年月日を記入しなければならない時は「1926年1112日」と記入することにしています。

今年頂いた年賀状のうち2021年という万国共通の西暦を使っているのが約三割強で、日本でしか通用しない令和3年という元号を使っているのが約六割でした。(残りは干支と無記入)

革新的といわれている活動家でも平気で「元号」を使っている人がいますが「元号」とは何かを考えるとほんとうに残念なことです。



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2021年01月06日

【第2298回】寒中お見舞い申し上げます

 去年頂いた年賀状は197枚でした。

今年の元日だけに頂いた年賀状は私宛のが45枚、妻宛てのが35枚、連名のが52枚の合計132枚でした。(※「予約投稿」なので後日届いた年賀状の枚数は省略します)

 私たちは年賀状を頂いた方々にだけ「寒中見舞い」のハガキを出すことにしています。今年私たちがだした「寒中見舞い」は次のような文面でした。「寒中お見舞い申し上げます」と緑色の太い文字で書いて次の行に年賀状ありがとうございます。本年もよろしくお願いいたします」と茶色で書き、次の行の下に「2021年1月6日」と赤色で書きます。そして昨年をふりかえってとして次のようなことを列記しました。

恭正 意識障害で元日に救急車で胆沢病院に入院。2日に退院しました。恭正 その日から家の中でも車椅子で暮らしています。毎週一「訪問リハビリ」と「訪問入浴」を続けています。恭正は11月に94歳に、昭子は7月に77歳になりました。恭正は6月に「ブログの記録集」最後の35集を発行しました。恭正昭子は今年の五月にです。それまで元気で生きたいと思います。去年は「」の年でした。今年は「い転じて」にしたいですね。皆さまのご多幸とコロナが消えることを願って年頭のご挨拶とします。



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2021年01月01日

【第2297回】新年のごあいさつ

 明けましておめでとうございます。

新年を迎えるにあたって、昨日「ネット」で新年にまつわる俳句と短歌を調べてみました。

はじめにそのなかのいくつかを選んで紹介します。

元日や思えばさびし秋の暮れ(芭蕉)

門松やおもへば一夜三十年(芭蕉)

正月の子供になって見たき哉(芭蕉)

めでたさや中(ちゅう)くらいなりおらが春(一茶)

古郷(ふるさと)や馬も元日いたす顔(一茶)

まん六の春と成りけり門の雪(一茶)

去年(こそ)今年貫く棒の如きもの(虚子)

草の戸に賀状ちらほら目出度さよ(虚子)

年玉を並べて置くや枕元(子規)

初日さす硯(すずり)の海に波もなし(子規)

新年の白紙綴じたる句帖かな(子規) 

新しき年の始めの初春のけふ降る雪のいや重け声言(大伴家持)

新しき年の初めに雪のとししるすとならし雪の降れるは大伴家持)

あたらしき年の始めに思ふどちい群れてをれば嬉しくもあるか(大伴家持)

あたらしき年にはあれども鶯のなくねさへにはかはらざりけり(読み人知らず)

年暮れぬ春来へしとは思ひ寝にまさしく見えてかなふ初夢(西行)

 昨年も私の「ブログ」に「コメント」や「拍手」を入れて励ましてくださりありがとうございました。本年もみなさんに励まされて生き続けたいと思いますので宜しくお願いいたします。

 これから朝食ですが東京の娘から「おせち料理」が届きました。妻が作った「お雑煮」と、「お屠蘇」は「とらまづ」という「どぶろく」で新年を祝いたいと思います。

「コロナ」が世界中の国から消えることを願いながら。

 



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2020年12月28日

【第2296回】次男が連載するコラムの紹介⑩

 今年の3月に始まった次男のコラムの連載が10回目になりました。

毎月第四週の土曜日の朝に妻の友人が「胆江日日新聞」を持ってきてくれるのがとても楽しみでした。次男が会いに来てくれたような気がしたからです。

 これまで紹介したコラムは次のような「テーマ」でした。

①メロディーに光を当てるアレンジャーという仕事

②音のスピード感を追求する

③ユーチューブの功罪

④ボーカリスト、伝わる「声」とは

⑤若き天才の好奇心と閃き

⑥音楽とテクニック

⑦弦楽四重奏の愉しみ

⑧言葉とリズム

⑨ピアノとグルーブ

そして今回の「テーマ」は「ポップミュージックとメロディーの強度」で、次のような内容です。

《音楽にはさまざまなジャンルがあります。ロック、クラシック、ジャズ,RBやワールドミュージックなど、細分化するとキリがありません。

今回はこの「ジャンル」の中でも特に曖昧な印象のある「ポップス」について考えてみたいと思います。

ご紹介するアルバムは、星野源さんの「イエローダンサー」です。「ポップス」という言葉は、世間一般の認識ではクラシックやジャズに比べるとどうも「軽い」というイメージで、皆が聞いているはやりの曲という印象が強いのではないでしょうか。中には毛嫌いする人もいるかも知れません。

「ポップス」はこれらのテレビで聴くようなミュージシャンの楽曲をひとまとめにする便利な言葉なのですが、実際にはかなり玉石混交であり、使い捨ての消耗品のような商業音楽から、一生ものの家具のような素晴らしい音楽まで、実に幅広いものになっています。

 音楽というのは言ってしまえば音の羅列ですから、その組み合わせは無数にあるとはいえ、その配列(メロディー)が耳に残るかどうか、というのがまず多くの人の耳に届くための第一関門となります。そしてそのメロディー(素材)をどのように調理するか、いわゆるアレンジですが、これには長い歴史の中で受け継がれてきた知識であったり経験であったりというものが大きく関わってきます。長く残ってきたものにはそれなりの理由があるのです。

 この「メロディーの強さ」と「アレンジ」こそがポップスの幹となるものであり、どちらが欠けていても成立しないという点で、実は良いものを作る難易度が最も高いジャンルとも言えます。

 皆さんが恐らくよくご存じの星野源さん、耳に残るメロディーと、ソウル、ロック、ジャズ,クラシックなどの要素を実に巧みに組み合わせたアレンジで万華鏡のようなカラフルな世界観を生み出しています。星野さんは俳優や文筆業などでも幅広く活躍されていますし、まさに「ポップスター」といっていいのではないでしょうか。

 そんな彼のセンスあふれた渾身の名盤「イエローダンサー」、ぜひ聴いてみてくださいね。》―

(「万華鏡のようなカラフルな世界観」という表現にも感心しました)

 この連載はいつまで続くのか、10回はキリがいいので終わるかもしれません。音楽にうとい私は次男のおかげでいくらか音楽のことが分かって嬉しいです。

※「広辞苑」で「ポップス」を引くと「アメリカの流行歌を意味するポップ(ポピュラーの略)から派生した和製語。ポップもしくはポピュラー音楽全般を指す」とあります。



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