剣道で知る、素晴らしい日本のこころ

剣道には「剣道は剣の理法の修練による人間形成の道である」という「剣道理念」があります。この理念をわかりやすく語りかけたいと思います。

剣道歴60年余の老剣士ですが、楽しく稽古しております。
段位剣道教士7段
居合道 5段
交野市少年剣友会指導(1971年~現在)
交野市剣道連盟名誉会長

掲題の、文十郎先生が書かれた文書は、ほかの剣道書に比べて、正直なところ難しく理解し難いところがあります。もうこのへんで終わりにしようかと思いましたが、このまま終わっては、自分の中で整理がつかず不完全燃焼と思いますので、もう少しお付き合い願います。

森田先生は、剣道の理念に沿った、クオリティの高いものを求めておられたように思います。昔の先生方の多くは、竹刀は、刀の代用だから、当てるというより、斬る概念で稽古をやるべきだ、と言われました。同じ剣道でも、当てることが目的と、斬撃の斬ることが目的とでは、竹刀の動きは大きく異なります。「肉を切らせて骨を断つ」という言葉があるように、骨の髄まで斬るには、手先だけでは切れません。この平和な時代に、「バカなことを言うな、剣道は面白く楽しくやればそれでいい」と言う人もいて、斬るという考えは、現代社会には、そぐわない、戯言(たわごと)だと言う方もいると思います。

文十郎先生は、宮本武蔵の『五輪書』を引き合いにして語っています。武蔵は兵法(剣道)の構も、身の構えも、心の構え、常日頃の構えの心身両面の構えのことを、こと細かく親切丁寧に教えています。

武蔵が生きた時代は、戦国の世も治まり、徳川時代がはじるころです。武勇を持って敵の多くを殺め、その功績で高名になり、出世する時代は過ぎていた時代です。ならば武蔵は何を考えたのだろうかと思います。武蔵はこれまで諸国を廻り、多く職種の人と出会い、剣道に限らず、自己を修めたようです。剣技の修業に加え、心の修行も怠らなかったようです。『五輪書』や『兵法35箇条』が、四百年余り経た現代でも、私たち剣道愛好者のみならず、一般の方にも、今も人生の貴重なバイブルとして読み継がれているのですから、凄いことです。この時期に少し遅れてですが、沢庵禅師が、剣禅一致を説き、武士の心の持ち方について書いた『不動智神妙録』を遺しました。剣道を少し深堀する人は、これらの書物に出会われたのではないでしょうか。戦の無い時代になって、武士たちの考え方も変わっていったようです。剣の技術だけでなく、精神面にも目を向け、人格形成といて、古来日本の歴史を辿り、神道や仏教、儒教などを取り入れ、剣技と精神、両面の進化を考えて、礼儀正しく信頼される自分作りに勤しんだのだと思います。

剣道で当てることを目標にすれば、かすり傷程度の結果ですが。斬撃で斬るという目標だと、相手の命を絶つ、というくらいの意気ごみが必要となります。森田先生が言う、足、腰、丹田、を使わないと斬撃で斬ることはできないと思います。 

昔やった陸上競技の経験からすると、100メール走のとき、スタートはクラウチング、両手を地につけ、利き足左で、いざ、ダッシュを連想すると、左足で思い切り土を蹴ります。同時に左手は前方に突きだし、片方の右手は体のバラランスを保つため、後方にあります。次に右足が着地する瞬間を、剣道におき替えて考えてみると、振り上げた左手に太刀を持ち、右手は副え手打突に備え、右足が着地と同時に、相手の正面を打ちます。相手の両手が伸びた刹那、こちらの太刀はまだ正中線上にあり、左足利かして腰と丹田で、スピードを加えれば、相手の太刀諸とも、切り落すことができます。森田先生がいう「一拍子打ち」になります。

昔の先生が冗談で、おおげさな話で「打った相手の面が胴までめり込んだ」という表現になるのではないかと思うのです。文十郎先生が言う「腰と丹田で行う剣道」とはこの事をいうのではないかと思うのです。

参考として、武蔵の『兵法35箇条』から引用します。

一つ、剣をふむと云う事

太刀の先を足にてふま(踏)ゆると云う心也。敵の打懸かる太刀之落つく処を、我左の足にてふまゆる心也。ふまゆる時、太刀にても身にても心にても先を懸かればいかようにも勝位なり。此の心なければ、とたんとたんとなりて、悪敷事也。足はくつろぐる事あり。剣をふむ事度々にあらず。能々吟味あるべし。

少年剣道を教えて半世紀あまり前のことです。長田為吉という高名な先生がおられました。先生は京都武道専門学校出身で、京都では大御所と言われていました。縁あって、長田先生のお孫さん二人に、私が剣道を教えることになりました。長田先生から「少年剣道の指導は、大阪の太田(博方)さんに習いなさい」と助言を頂きました。私は早速、太田先生の道場を訪ね、教えを頂きました。コロナ過前まで、毎年行われる京都大会で、最高齢者として立会され、いつも会場を湧かした、あの太田博方先生です。先生は、武道専門学校の予科で修業され、指導陣は全て武専の先生だったそうです。106歳で天寿を全うされた先生には、終生変わらない持論がありました。それは左手の高さは額まで上げるように指導されたことです。私も子供達に同じように指導し、自分自身も左手を額まで上げる稽古をしてきました。そのお陰でしょう、86歳の今も道場に立って稽古が出来ています。(明日はわかりませんが、笑い)

これに関連して思うことは、日本剣道形の1本目の仕太刀は、上段の左手は額の高さにあり、打太刀の正面を打ちます。剣道形を作った昔の先生は、これを正面打ちの基本として教えているのではないかと思います。昔の先生方に多く剣道形を学びました。剣道形1本目について、先生は「この1本目は、後に続く全ての形が凝縮されているから、疎かにしてはいけない」と言われ、他の技よりも、この1本目だけは入念に指導を受けた覚えがあります。森田文十郎先生が言う、腰、丹田、それに体の対角線の活用で額まで上げることで、左手は凄みを増して打ち下ろすことができるのだと思います。昔の先生は、左手に仕事をさせなさいとよく言われていました。しかし、周りを見回すと、右手が仕事をして、左手を遊ばせている方がたくさん見受けられます。

森田文十郎先生は、本当の剣道を求めようとするならば、体の対角線活動で、腰と丹田を活用するべきだと言っています。そのために各種スポーツ選手の対角線活動の写真を示し説明してあります。他のスポーツに比べ、剣道は対角線活動の活用が少ないと指摘されています。これは剣道本来の教えに適っていないと先生は考えています。竹刀は刀の代用という考えで扱うのであれば、剣道も他のスポーツ選手と同じように、脊椎を持つ人間だから、当然体の対角線を使い、手先でなく、腰の入った打突をするべきでだと主張されています。

余談ですが、似たような話があります。私は農家で生まれ育ち、畑や田んぼに出て手伝いをしてきました。鍬を持って土を深く耕すにも、雑木林に入り、斧を持って薪割をしても、手先だけでは役に立ちません。理屈は分からなくても、大人の姿を見て真似をし、足を踏ん張り、腰を入れ、両手に程よい力を加えてやらないと仕事になりません。そして力任せの仕事では長く続かないものです。

剣道選手権大会の優勝戦の写真が載せてあります。その写真を見て、それが理に適った剣道ではないと、文十郎先生は主張されています。剣道の法則に照らし合わせて、満足のいくものではないと言うのです。将来のある若い剣士がこれを見て、これが本当の剣道だと思い、兎にも角にも、手先で数多く出せば、なんとかなるという考えでは、次の世代に繋がる、日本の伝統の剣道が消滅するのではないかと心配です。

 

文十郎先生は本書で度々、宮本武蔵の五輪書を引用しています。

兵法身なりの事(水の巻)

身のかかり、顔はうつむかず、あおのかず、かたむかず、ひずまず、目をみださず、ひたいにしわをよせず、(イ)まゆ(眉)合いにしわをよせて、目の玉をうごかざる様にして、またたきせぬように思いて、(ロ)目を少しすくめる様にして、うらやかに見る鼻すじ直にして、少しおとがい(頤)を出す心也。首はうしろのすじを直にする。

 (ハ)うなじに力を入れて、肩より総身はひとしく覚え、両の肩をさげ、背すじをらくに、尻を出さず、ひざより足先まで、力をいれて腰のかがまざる様に、腹をはりくさびをしむると云いて、脇差の鞘に腹をもたせて、帯のくつろがないようにくさびをしむると云う教えあり、総て兵法の身において、常の身を兵法の身として、兵法の身を常の身とすること肝要なり、能々吟味すべし。

武蔵は、姿勢とこころ(心)は綿密な関係があるので、丁寧に説いていると、文十郎先生は言います。

(イ)「ひたいにしわをよせず、眉合いにしわをよせよ」眉合いにしわをよせることは、武蔵の重大な発見だと言います。米国シカゴ大学の研究によれば頭脳の働きをよくするためとある、剣道でも丹田に力を充実している時は確かに効果が上がると言い、丹田に力が抜けている剣道では、その価値を認める事はできないとも言っています。

(ロ)「目を少しすぼめる」あるいは「すくめる」目をほそくすれば眉合いにシワが出来ます。剣道で言う、近いとこころを遠くみるという教え、「遠山の目付」にります。

(ハ)「うなじに力を入れる」というのは、足と、丹田に匹敵する重要なことだと言い、うなじというのは、首のうしろの部分であり、近くに間脳があるので極めて重大な任務を持っているところで。間脳は視神経の中枢のあるところであり、直接目に関係するので、ここに力を入れると目の働きをよくすることになるらしい。

 

丹田を通して見る剣と禅

丹田と足と、うなじ(後頸部)は、剣道の姿勢で三つの大切な個所がある。丹田と腰は前後の差があるだけで一帯不離のものであり、付近に重要な、諸中枢神経がある。また、うなじ付近にも視覚中枢の外に多くの中枢神経があるので、これに適当な圧力を加えて、その働きをよくすることは、誠に意義深いものがあるといいます。真に寸田と、うなじは密接な関係があり、引き離しては考えられないほどのものだ。

森田文十郎先生は体験で、禅の老師から、常にこの頭で天井板を突き上げる気持ち、と言われたそうです。ヨガも仏教も5千年の伝統に深さを感じたと言っています。

丹田に力を入れつつ、頭で天井板を突き上げるためには、頚椎、胸椎、腰椎を真直にし、これを若干伸ばすことになり、その緊迫は、左右の副腎に適度な刺激を与えることになり、その機能が昴進(こうしん)するのではあるまいか、髄質のホルモン物質は、アドレナリンで、一旦必要があって走った場合に、意外のスピードが出るのは副腎が血液の中に大量のアドレナリンを放出して筋肉に異常な力を与えるからだ。・・・・

古来剣禅一味というが、何故にかく言われるのであるか、剣道の修行もだんだん進めば、手足の仕事でなくなり心の働きでなされる。禅も亦結跏(けっか)して丹田に気息を集中し、思念をこらして、精神力の発達を促しつ工夫するので、万物の太極をきわめ、宇宙の真理に通曉(つうぎょう)し、白隠禅師のように・・・略・・・・。

剣道の修行も、手足だけやっている内は他の運動競技と異なる所はないが、その境涯が進むに従い、丹田を用いるようになれば、これで、心境の発展をさそい、禅で得るものと同じようなものが得られるようになり、遂には剣禅一味という語が使われても少しおかしくはない所まで行くのである。あとは、剣・禅一味の妙境を会得した、禅僧慈恩や、次に丹田鍛錬の技法を発見しこれを禅にからみ合わせて、古今の名人となった武蔵・・・略。

心身共に修業で得て、理に適っておれば「八風吹けど動ぜず」です。ブレない人間になる要件です。

長年、少年剣道の指導をして来た体験からすると、少年たちにとって良い先生は、「真っ直ぐ大きく振りかぶり、肩の力を抜いて、左手を軸に素振りをする」ように教えます。持って生まれたクセのある子でも、本人の気づかないうちに直されて成長していきます。このように育った子は、大人になっても手元は柔らかく、伸びのある打ちができ、成長の余地が十分あります。

しかし、成人になって剣道を始めた人の中には、結果を急ぐあまり素振りや切り返しをあまりしないまま、実技の試合とか地稽古を始める方も少なくなくありません。そのため肩や竹刀を持つ手に余計な力が入り、右手主導で、打ちたい、打たれたくないという、稽古をされます。そういった方には、『腰と丹田で行う剣道』の著者と森田文十郎先生の話を理解するまでに時間がかかるかも知れません。

前回の続き、森田文十郎著、『腰と丹田で行う剣道』から引用します。森田文十郎先生は、剣の完全操作は、腰で行うものであり、腰の廻転には丹田の力が必然的に伴うものであるから、『腰と丹田で行う剣道』と名付けたとのことです。そして、宮本武蔵の五輪書にある、手のことはあまり考えなくても、自然に出来るようになるとも言われています。

 
上丹田・下丹田

上丹田は、眉と眉の間、狭い場所なので寸田とも言われています。武道家は最も大切な所、人体の急所になるので重要視しています。下丹田は、臍下の指3、4本のところと一般に言うれますが、人によって多少の違いがあります。

文十郎先生は、武蔵の五輪書、水の巻、を参考にして解説されています。兵法身なりのことに、眉間にしわをよせるとあります。文十郎先生はこのことについて、次のように説明されています。

最近の医学が教える脳間の位置及びその機能は、武蔵の言う、「首は後ろすじを直に、うなじに力を入れ」「肩より総身はひとしく覚え、両の肩をさげ」とあるが、これは誰でも経験することで、坐禅する時でも、剣道をする時でも同様である。頭の上部で天井を突き上げる気持ちで項(うなじ)に力を入れると、卓抜の気が充実し眼の冴えることを感じる。

丹田は、二本の足で地上歩行するようになった人間は、体重を支えるために、腰と脚部が発達して、腰が主導権をにぎるようになり、丹田が主人であり、腰はこれに従属しているとみなければならないものがある。剣道の主役をなすものは丹田であり、腰は忠実にこれを助けて十分に効果を上げることになる。

 
対角線活動の重要性

陸上競技選手や、大相撲の形、スピードスケートの力走、などの写真を多く取り上げてあります。どれも対角線活動が無くしては運動にならないという説明であります。剣道も同じで、この対角線活動を活用しない剣道は、本当の剣道にならないと主張されています。

※剣道の一拍子の打ちを心静かに繰り返せば、いやでも対角線活動の真の姿を発見する筈である。

※オバネシア(オリンピック選手の写真)の走り幅跳びの中に、剣道に利用し得る対角線活動の適例があるので、これを剣道の立場から吟味して見ると、剣道の中段から打つ時と同じである点を理解すればよい。

※右足と左手とが前に出て、空中におけるホームが同じソ連のムラトワ選手の平均台上のホームに似ていている点が面白い。台上で平均をとるのも、空中で平均をとるのも同じ対角線活動の法則に支配されているということに興味を感じる。

※左足は満身の力をこめて踏みきり、その対角線である右手がこれを助けて、上方に高く上げられている。左腰が強く働いた時に右手が高く上げられることは、対角線活動の法則に従ったことであり、剣道に引きあてれば計らずも、持った刀を振り上げようとしている時に、右足が図(写真)のように出るのも当然であり、右足が出たときに、その対角線で自然に出たものであるから天理に合した無理のないホームといえよう。

※主に腕で打つ剣道では、対角線活動の天理を利用することができない。だから合理的剣道とは言えないのである。理に適った剣道をするには、脚や腰を使うことで大きな効率を生むことができる。

以上のように、文十郎先生は説明されておられます。

今回、『腰と丹田で行う剣道』を取り上げた訳は、私も日ごろの稽古で、左足、左腰、それに丹田を意識して稽古をしていて、強く共感を覚えたからです。自分ごとで大変恐縮ですが、40代のころ、松本敏夫先生が、修道館で剣道理念の講話や稽古をされることがあり、稽古は順番待をしてお願いしていました。あるとき先生に「面の打ち方を教えて下さい」言ったところ、先生は私の右尻下に手を当てて、ぐいぐい押しあげられました。左足と左腰が一本の線になった時、先生が腰を軽く前に押すと、左足と左腰それに丹田が床板と平行に滑るように出て行きました。そのとき私の心は「やった、これだ」と叫んでいました。

森田文十郎先生が言われる、脚と腰と丹田が一つになった瞬間でした。天下の大先生に直接教わったのですから、私の大切な宝物であり、稽古のとき必ず意識していました。しばらくすると、左足と左腰、それに丹田を意識して、竹刀を振ると違和感があり、どうしても納得がいく打ちが出来ないので悩んでいました。森田先生が言う、一拍子の打ちが出来なかったのです。そして歳月は流れていきました。

いつもの道場で稽古をしているとき、若くて素早く打ち込む相手と稽古で、油断ならない相手だと意識していると、気が付けば彼を道場の隅に追い込んでいました。またしても結果は同じでした。これを見ていた別の仲間が、私に「なぜあのようになるのか」と尋ねましたが、別に意図があってやっているわけでもなく、自然にやっていたのですが、考えてみると、彼が打ちを出す前に、こちらの左足、左腰丹田は、いつでも一拍子打ちが出来たのです。彼の心は「また先に打たれるのではないか」と思い、仕かけるのを躊躇しながら、後退を繰り返していたように思います。相手も剣先が読めるように進化したのだと思います。

 
5名の先生方の教え

これを会得するまでになんと40年という歳月が経っていました。そして、少なくても5名の先生方の教えがあったからだと思います。まず一人目の先生は、先ほど申した、松本敏夫先生の教えです。左足と腰、それに伴って丹田で前に出られるようになったことです。

二人目の先生は、小川忠太郎先生です。先生は剣道理念制定委員でもあり、修道館来られて、剣道理念の講話を聴きました。そして著書も多数あります。以前この欄でお話したように、左足の腓骨とヒカガミを使えば腰の据わった構えになり、いつでも出られる姿勢になると話せれ、ヘビとカエルの例を出して「動いたら食うぞ!!」という気の剣道でした。

三人目の先生は、京都大会でコロナ前まで最高齢で演武をされていて、106歳でお亡くなりになった、あの太田博方先生です。私が少年剣道を始めたときから、指導法を学んだ先生です。太田先生は晩年になっても、私に「左手は額まで上げて打たせる指導をしなさい」と言われて、少年にも自分にも言い聞かせて、左手を使った稽古を実行していました。

四人目の先生は、森田文十郎先生の著書です。先生とは面識はありませんが、図らずも「腰と丹田で行う剣道」という本に出会ったからです。対角線活動の法則を提唱されるのは、これまで見られない書籍でした。先生が提唱する対角線活動の剣道と、私がこれまでやって来た剣道とは同じで、間違いなく確信と裏付けができたことです。それは、太田先生がいつも言っておられた、左手は額まで上げることと、文十郎先生の腰と丹田の対角線運動が合致したからです。

あまり剣道を考えず稽古をしている人は、腹をひっこめ、前のめり状態で、左手よりも、右手主導で打っている姿をよく見かけます。これでは刃筋が狂い、物は斬れず、対角線活動は全く無視をしたものだから、理法に適った剣道とは言えないのです。

最後、五人目の先生は、一刀流を学んだときの、長井長正先生です。少しの期間でしたが、先生は竹刀を持つ手の平は、ゴルフボールを転がすように柔らかく持ちなさいと言われました。竹刀をかたく握っていると、相手の打ち込みに対して、なにも施しが出来ません。手の内が柔らかであれば、左手を効かせ、鎬の部分を摺りあげて、切り落とすことができます。手の握り、手首が硬い人は、応用技ができず、一本調子の剣道になってしまいます。昔に人が苦心して創りあげた業が、現代になって消えるのは残念なことです。

このように多くの先生方から教わって辿り着いた時、私は既に70歳を過ぎていました。そして十数年経った今は、剣道の醍醐味に触れたような気がします。現代の人達に、おすそ分けをしたい気持ちです。毎日が剣道を恋人にして楽しく過ごせるのは幸せなことだと思います。

次回、森田文十郎先生の心法篇を探りたいと思います。

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