帰ってきた「スキーヤーは幌付車の夢をみるか?」

「オープンカーで如何にしてスキーに行くか?」という難題に挑戦してきた迷サイト「スキーヤーは幌付車の夢をみるか?」がブログで復活!

閉鎖された元サイトでは紹介していたのですが、このブログでは私の愛車遍歴を取り上げていなかったと思うので、この機会に振り返ってみたいと思います。

前史
自分の車を手に入れる前は、父親のマーク兇鮗擇蠅鴇茲辰討泙靴拭覆△蠅ち)。
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その反動もあってか、当時の欲しい車は、初代スープラのエアロトップか
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2代目MR2のTバールーフ。
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当時から屋根無し志向だったんですね。
(ここまで画像は全てウイキメディアより)

愛車遍歴
1991年から1993年
しかし雪道で怖い思いをした事もあり、
「買うなら四駆か」と気が変わって、実際に購入したのが「私スキ」のセリカGT-FOUR。中古で200万円くらいだったかな?
GT-FOUR
当時はバイクにも乗っており「車はATでもいいかな」と思っていました。この車はATの設定がなく実は「止むを得ず」マニュアル車だったんですが、結果的にはこの車から私のマニュアル車へのこだわりが始まることになるので、人生ってわからない(笑)。
今では珍しい「3ドアハッチバッククーペ」ですが、リアシートをたたむと巨大な荷室が現れ、斜めになれば仮眠も取れるし、スキー板はもちろん自転車もそのまま積載できる「2ドアのスポーツワゴン」でした。
当時の馬力表示で185馬力でしたが、物凄く速かったです。ちょっと速すぎて手に負えないばかりか、常に車の方から「もっと飛ばせ、攻めろ」と急き立てられているような感じで疲れてしまい、2年余りで手放すことに。でももう一度乗ってみたいですね。

1993年から1997年
次は2代目レガシィのツーリングワゴン。
REGACY
とはいっても流行りのGTではなく、シングルカムのTX。発売されてすぐに「クルマは速さじゃなくてパッケージングとか使い勝手じゃね」と新車で買いました。マニュアル車だった事もあり、意外にも「運転してる」感がしっかりしていて、車の動きやタイヤのグリップが分かりやすく、飽きの来ない良い車でしたね。
しかし、常に暗い洞窟にいるような車内と、後ろに重いものを載せているような挙動に欲求不満が高まり、4年半でお別れしました。当時ワゴンブームだったので下取りはすごく良かったです。

1997年から2005年
そしてフィアットバルケッタ。今に続くオープンカー時代の始まりです。
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初めてのオープン、初めての左ハンドル。そして初めての輸入車(それもイタリア車)を中古で買う度胸はなく、新車で購入。
パワーは145馬力と大したことはなく、アンダーステアも強くて峠では四苦八苦しましたが「どうすればクルマは曲がるのか」を真剣に考えるキッカケになりました。
とにかくスペックでは語れない楽しさが詰まった、イタリア人の「人生を楽しもう」という価値観が色濃く反映されているこのクルマで学んだのは、クルマって文化なんだ、という事ですね。意外にも故障も少なく、とても気に入っていたのですが、幌周りの劣化、エアコンのガス抜けには勝てず、8年で手放しました。

2005年から2017年
そしてポルシェボクスター986。
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このブログで散々書いてきたので詳細は割愛します。気がつけばボクスターとの付き合いも12年、車齢は実に15年!「少なくとも10年、できればバルケッタの倍の15年は乗ろう」と思っていたのですが、その目標もほぼ達成。

振り返ればセリカ以来26年間マニュアル車、バルケッタ→ボクスターで20年間左ハンドルのオープンカーに乗ってきましたが、実は今度のボクスター、PDK(セミオートマ)で右ハンドルなんです。

どうして此の期に及んでマニュアルをやめたのか?ハンドルも左から右にしたのか?は話が長くなるのでまた今度。

車を買い替えるといろいろ周辺機器も買い換えたり新たに買ったりすることになります。第一弾は安全運転アシスト付きドライブレコーダー。

以前からドライブレコーダーには興味があり、記録された事実が自分に不利な証拠の場合は悩ましいところですが、根が正直なので今回装着してみることにしました。

また、車検中の代車のレガシィにアイサイトが搭載されていたこともあり、安全運転アシストにも興味が湧いていました。
「でもさ、別に警告さえ出してくれればブレーキは自分で踏めばいいし、それなら後付けもあるんじゃない?」
「つか、前方にカメラつけるんだから、ドライブレコーダーと一体とかあるんじゃないの?」

ありました。それもたくさん。私が思いつくような物はたいてい既にある(笑)。

レビューなど色々検討してこれにしました。

現品はディーラーに直送して取り付けを頼んじゃったので手元にはありませんが、納車後にレポしたいと思います。

昨年末の車検でのマフラーの一件で、今の986ボクスターもそろそろ潮時だなあ、と思い、実はそれ以来、ボクスター買い換えに向けて真剣に中古ボクスター市場のウオッチングやローン支払いのシミュレーションを重ねてきました。

狙いの981ボクスターの中古車価格は一時の高騰もやや落ち着いてきたものの、私の支払い能力とは正直「もう一息」のギャップがありました。しかしフェアならではの優遇や隠し玉があるかも、期待して「5月生まれは前のめりに注意」というテレビの占いをみつつ(笑)「ポルシェ認定中古車エフェア」にいってきました。
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会場に入ってすぐ担当セールス氏と遭遇。彼にはかねてより希望の仕様や価格帯は伝えてあったので、めぼしい個体を見て回り…

その場で決めちゃいました。


やはりこのフェアに合わせた値下げや残価設定の融通で「もう一息」のギャップが埋まった格好です。

また、他店の在庫車でも自分の担当セールス氏から買えることも大きかったですね。散々メンテで世話になりながら(向こうにしてみれば、いつかは買ってくれるだろう、と期待してさせながら)「他店でいい車が見つかったらからバイバイ」というのはあまりに理不尽じゃないですか。

買うことが決まれば話は速く、次の週末には今のボクスターの査定や細かい支払い条件を決めることになり、慌てて洗車へ。
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洗車場は新規開拓の「ウオッシュクリーン大泉」にしました。水洗い洗車が400円、水がバケツ一杯10円と価格がリーズナブルだし、拭き取りスペースもひろいのですが、それだけに混んでますね。サイトでは7時からの営業となっていますが、その時点ですでに洗車機が埋まり順番待ちの列ができるほどです。

そして車内にセットしていた小物類を回収。集めてみるとイケアの袋が一杯に。あの狭い車内によく入っていたものだ。
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置いていたのをすっかり忘れていた物も。例えば…地図!
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今や車に地図帳を載せるという習慣自体知らない人もいそうです。
そしてネットが普及してもカーナビがない人は、地図のプリントアウト!
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これをやる人ははもういないよなあ。

で、次の相棒はどんな車にしたの?はまた次回のお楽しみに。

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昨年は中止になり、2年ぶりの開催になったtwitterスノー部かぐらオフに参加してきました。

金曜の夜の三国峠はクルマが綺麗になるほどの土砂降りでしたが、日曜日には天気も回復、屋根を開けてみつまたステーションへ。最近キャリアを使わない板の積み方をいろいろ試してますが、
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この板の積み方はビニール袋がバタバタ鳴って物凄くうるさいのでお勧めしませんw

いつもネット上でやり取りする仲間が集まりコブ大会。2年の間にみんなレベルが上がっていて、私は相対的に下手になってしまいましたが、ケガもあり「今年はコブは滑れれば十分」だったので仕方ないですね。

このオフ会でシーズンも終了。内側側副靭帯損傷したをした左ヒザもシーズン通してトラブルもなく、また新たなケガをすることもありませんでした。
オフ会で改めて参加者に聞いてみたところ、過去にヒザのケガをした人や、病院にかかってはいないが慢性的に不具合を感じている人は参加者の約半分。基本的にリスク承知でかなり滑り込んでいるメンバーですが、最近立て続けにケガ人がでている印象もあります。
ランチのタイミングがあったメンバーだけでも、装具、サポーター装着者は9名中4名。なぜか「俺のはカーボンだ」「俺のはチタン入ってる」などなど変な自慢大会に。
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私程度のケガだと、装具をつけて滑るのは初めの一年目だけで、それ以降は外す人が多いようです。私自身、シーズン終盤は外してみたり、つけ忘れたりしましたが、特に不安や痛みはありませんでした。

ただ、ヒザ周りに疲れがたまるのは早いですし、コーチからも「かばっている感じがする」とも言われましたので、このオフはこの本を参考に、ヒザの受傷を防ぐトレーニングを積んで、次のシーズンは万全の体制で挑みたいと思います。


歳をとると年月が早く過ぎるように感じる、といわれますが、最近の私はむしろ逆で、とくにスキーシーズンは長く感じられます。今シーズンは雪も豊富でしたし、レースでは人生初の表彰台という望外の成果もあり充実したシーズンでした。
そして何より、シーズンを通して仲間が口々に私のヒザの調子を心配してくれたことが嬉しく、それがとても印象に残っています。スクールでもネットでも、私はいい仲間に恵まれているようです。
山に、雪に、仲間に感謝しつつ、シーズンを締めくくりたいと思います。

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昨年はヒザのケガでお預けだったGWのスキーに行ってきました。今年は
初日は田代でフリースキー
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2日目は苗場でゲートトレーニング
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板をたくさん持っていく必要があるので久しぶりにスキーキャリアを装着。となりのイエローの986後期型は知り合いではありません(笑)。
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3日目はまた田代でフリースキー
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最終日は苗場でゲートトレーニング
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というサイクルで4日間。
最終日こそガスと一時強く降った雨に見舞われましたが、概ね天気は良好。
清澤恵美子キャンプで習ったことを再確認でき、なかなか有意義な形でレーシングシーズンを締めくくりました。
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長かったシーズンも残るはかぐらでのtwitterスノー部オフ会を残すのみ。こちらは私だけでなく主催者の方も膝を負傷したため2年ぶりの開催になります。毎回楽しみにしているお気楽スキーイベントですが、油断することなく怪我なく乗り切りたいと思います。

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春になり、路面の積雪や凍結をほぼ心配しなくて良い時期になりましたので、ひさしぶりにボクスターでゲレンデへ。
この2日間のためにスキーキャリアを組むのも面倒なので、新しい作戦を考えてみました。
妻と私のスキーをオールインワンのケースに入れて、助手席の後ろに突っ込むだけ。image
もちろん幌を閉じることはできません。
が、雨が降ったら滑るのは私だけなので、その場合は助手席に板を積んで幌を閉めればよく、天気の良い日はこれで良いんじゃないかと。

この日の天気は曇り予報。いざ田代に向けて苗場から出発してみると火打峠を越えたあたりで雨になり、あえなく方向転換。やむをえず苗場で滑ることにしました。

雨と晴れの事しか考えていなかったので、予測が難しい微妙な天気の時は難しいですね。

その日の夕飯は、いつも私が一人で作っている「なんちゃって親子丼」を妻にふるまい、好評でした。焼き鳥の缶詰を玉ねぎと一緒に玉子でとじるだけです(笑)
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柚子胡椒味。
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ガーリックペッパー味。
ネタにする缶詰の味でいろいろバリエーションが楽しめます。詳しい?作り方はこちら。電子レンジで加熱、とありますが、ホットプレートを使うとさらに美味しくできます。

翌日は予定通り田代へ。
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今年は残雪も多く、田代湖も大部分が凍っていて、その日も結構寒かったです。季節が1、2週間遅い感じですね。

最後の夕飯は、車だからこそ立ち寄れる「月夜野庭銀の月」で脂の甘み溢れるロースカツを頂きました。
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連休前だったせいか、大きな渋滞もなく帰宅。いつもこうなら車でスキーも悪くないのですが。

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先週末は「清澤恵美子キャンプ」に参加してきました。

清澤恵美子選手は苗場スキースクールで競技スキーに出会い、神奈川県出身ながらも高校からは北海道の競技スキー強豪校に進み、ユニバーシアード銅メダル、冬季アジア大会金メダル、先日は世界選手権にも出場。今季のファーイーストカップ種目別総合優勝に輝く現役選手。

今回参加を決めた動機は、苗場スキースクールのOGとも言うべき選手であることはもちろん、キャリアの中で幾多の怪我に苦しみそれを乗り越えてきた彼女の生の声に触れたい、と思ったことです。

2日間、午前はGS、午後はSL、本数を稼ぐよりも一本に集中して滑り、かつ世界レベルの滑りを目の当たりにすることで、より多くの物を持ち帰る、という進め方だったのも、怪我明けの私にはピッタリでした。


スキーは何かと「出来ないこと」に注目し、欠点を潰していく、と言うプロセスを取るのが一般的で、またそれが好きな人が集まってくる傾向があります。特に競技スキーはタイムという絶対的な基準があるので「結果が全て、言い訳無用」「タイムに繋がらないことは全て無意味」などネガテイブ思考に陥りがちです。
しかし彼女の基本はそれとは真反対の「自己肯定」。できたことを自分でキチンと認識し、それを積み重ねることで、技術とモチベーションを高める、と言う考え方です。

私がアドバイスを受けたことの一つを例をあげれば「苦手な側のターンは遅れても構わない。しっかりターンを仕上げることが大事。」これは私的にはけっこう目から鱗で、彼女の考え方もよく表れていると思います。
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怪我との付き合いも同じなんだな、と言うことは彼女に問わずとも理解できました。
怪我でどこかが動かない、再受傷が怖い、と言うことを受け入れた上で、出来たことを一つ一つ積み上げていくしかないんでしょうね。

次回はオフトレの企画があるらしいですが、どうしようかなあ。「無理せず嫌にならなず、続けられる範囲で」が私のオフトレ論なのでついていけるか心配です。

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今週は滑る予定はなかったのですが、苗場の積雪が豊富で、なんかもったいなく。
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ゲートトレーニング無しで、アプレスキーは温泉につかるのんびりスキーにしよう、と苗場へいってきました。

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金曜の夜、異変は忍び寄って来ました。東京駅の階段を一段抜かしで昇ろうとしたその時。踏み出した左脚に力が入らず転倒しそうに。その時はなんとか踏ん張り「あれ?」くらいにしか思わなかったのですが。

翌日、おそらく今シーズン最後の「スプラッシュボウル」オープンの予告を受け、そそくさとゲレンデへ。「なんとなく左脚に力が入りにくいなぁ」とおもいつつ、重雪のスプラッシュボウルを滑り切り、そのまま女子リーゼンバーンの深雪を蹴散らし、結構汗をかいたところで、山頂ゲレンデへ。

山頂リフトはオープンが遅れており、4〜5人目のポジションをゲット。運転開始と共に、今シーズン最初で最後のノートラックを頂き!のはずだったのですが、左脚の踏ん張りが利かず、転びまくり。さらには外れた板を履こうにも、ビンディングを踏み降ろす力すら出ません。
「パウダーで外した板を履けずにもがく」と言う初心者のような恥態を自分が晒している信じられない事態に恥ずかしいやら悲しいやら。

片足スキーで整地に脱出したものの、いくら踏ん張ってもビンディングをはめられません。まるで脚力も体重も足りない女性の初心者のような状態。どうやら太ももの前側に力が入らないようです。結局ヒールピースを手で引き上げて板を履き、そろそろとスキーを続けましたが、早めに上がりました。

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翌日も雪模様。風も強くまるでハイシーズン。

左脚の方は、残された筋肉を使っていたのか物凄い筋肉痛。そしてやはりビンディングを踏み降ろすことはできず。

そんな状態でも、外力とバランスをとったり、はたまたターン方向にいなしたり、という事は出来るものの、無理は良くないので早めに上がって終了。

ただの「のんびりスキー」のはずがとんでもないことになりました。

越後湯沢の「タイランドキッチン」で食べるべきものは食べましたが(笑)
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ごちそうさまでした。

脚の方は、病院に行ってきます。

昨年の3月20日、左膝の内側側副靱帯を損傷してからちょうど一年が過ぎました。

怪我した直後は「手術かなー」との不安。

幸い手術は回避したものの、膝の拘縮で可動範囲が狭くなると「来シーズンには間に合うね」と主治医に言われても「本当か?この膝が本当にまた動くようになるか?」という不安。

膝が動くようになれば、ゲッソリ筋肉が落ちた左脚をみて「この筋肉戻せるのか?」という不安。

筋力が戻り、例年のオフと同様にトレーニングが出来るようになっても「板を履いた途端、残った靭帯が切れたりしないのかな?」という不安。

11月に狭山で雪上に立ち、12月に苗場で本物のゲレンデで滑るまで「本当に元どおりに滑れるのか」と言う不安。

主治医や担当理学療法士はもちろん、リハビリやトレーニングを続けた事を信じつつも、コブ斜面で嫌な感じで転んでも平気な事を確認するまで、常に心のどこかに不安がありました。

いや、今でも「今度片反したらアウトかも」と言う不安はあるかも知れません。ある選手も「手術した脚で片反してやっと安心した」と言ってましたし。

まあ元々片反は滅多にしない(怪我をした時の前はいつしたか思い出せないくらい)タイプなのですが。

一方、滑りの質については不安や焦りはさほど感じませんでした。

怪我の直前に今までにないほと絶好調だったこともあり「簡単に戻るはずがない」と思っていましたし、リハビリの中で「元の滑りや体の使い方ではまた怪我をする」と気付かされ、シーズン当初から「元に戻す」とは考えていませんでしたから。

にもかかわらず、先日は人生初の表彰台が転がり込んできて、最高のご褒美になりました。また、怪我を通じて、量より質を重視して練習するようになり、多くの気づきを得ることができたのはまさに「怪我の功名」でした。

もちろん、タイムを見ても受傷直前のレベルには到達できてないのは明らかですし、怪我をしない体の使い方や滑りへの転換は道半ば。

オフになったら、膝の怪我を防ぐためのトレーニングにも取り組みたいと思っています。怪我との付き合いはまだまだ続きそうです。

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一人合宿のしめくくり、石打スラロームに出てきました。
結果は、第1戦は1本目途中棄権、第2戦は3位表彰台をゲットしました!

この大会、以前から存在は知っていましたが、上越国際3連戦と日程が被っていることが多く、参加したことはありませんでした。しかし昨年、上越国際3連戦が大回転のみの開催になり、代替レースとしてエントリーを検討していたのですが、雪不足のため中止。晴れて今年初挑戦となったのです。
公共交通機関使用の私にとって、遠征のネックは交通機関の乗り継ぎ。朝イチのバスで越後湯沢におり、そこから上越線に乗るのは上越国際と同じですが、問題は駅を降りてから。上越国際のようにゲレンデ前に駅があるけではないですし、かといって越後湯沢駅からのシャトルバスでは受付時間に間に合いません。結局、最寄りの石打駅から徒歩しか手段がないのですが、これも受付時間ギリギリ。板とブーツを担いでやや早歩きする必要があり、結構きつかったです。

昨日の第1戦は天気にも恵まれ絶好のレース日和。このスキー場、大会はおろか、滑るの自体初めてだったのですが、眺望がなかなか良いですね。信濃川沿いの細長い平野から急に山が立ち上がる様子は南魚沼ならではの景観です。
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コースは中斜面で斜度変化はほとんどありません。距離も短いのでポールセットを覚えるのはとても楽です。
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雪面は硬化剤がほとんど効いておらず前走一人でコースに溝ができる有様。参加人数が少ないにもかかわらず、スキーブーム絶頂期の草レースのごとくコースは掘れてしまいます。まあ、苗場で練習していると掘れるのは慣れっこなのでむしろウエルカムだ、くらいの気持ちで1本目スタート。掘れた溝の中までグズグズに柔らかい雪面に戸惑いつつ、コースの攻略ポイントのストレートに差し掛かります。出口のゲートが振られており「そのままの勢いで飛び出すと後が苦しい」と読んでいた私は、ここでしっかり外スキーに荷重してラインを切り上げた!つもりだったのですが、板が溝に引っかかったか、意に反して私の体はフォールライン方向に飛び出してしまい、そこでコースアウト。スイッチバック禁止のローカルルールがあったので、そこで初日は終了〜

のはずだったのですが、「1本目失敗した人も、2本目滑れます。表彰はされませんけど」ということで(小さなレースにはたまにある)、ここでゴールしておけば、翌日の第2戦にむけて自分のポジションの予想がつくこともあり、2本目を滑ることにしました。

どうせ表彰されないし、タイムがわかるだけでもラッキーだ、と開き直ってスタート。コースの掘れは1本目以上で、暴れる板をいなしつつ、なんとかゴール。リザルトをみると…
なんと2本目だけならクラス2位のタイム!ああ、なんてもったいない!!第2戦からエントリーする人もいるので、予測は難しいですが、翌日は表彰台の可能性も出てきました。

明けて第2戦、再びヘトヘトになりながら石打へ移動。苗場は雪でしたが、こちらは雨模様。一時はかなり強く降ることもありました。
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しかし、雨の中ポールを滑るのは、ゴールデンウィークのトレーニングで実は慣れっこ。ゴアテックスのアウターシェルにオーバーグローブ、滑走用とは別の作業用のグローブ…などなど万全の装備で挑みました。

雨とはいえ気温は低く、昨日よりは締まったバーン状況の中スタート。

一本目は思ったよりエッジが効かず、ややモヤっとした滑りでゴール。結果は4位。やはり昨日ほど甘くはないか…

2本目は雨も弱くなり時折陽も射すコンディション。1本目の反省から、あれこれ作戦を考えていると、本日から参加で、先に滑り終えた苗場の練習仲間のTさんが「見えないけど掘れてて、板を取られるから気をつけて」と有り難いアドバイス。すると2人前の選手があわやコースアウトの失敗。柔軟に対応できるようリラックスしてスタート。

画像では難なく滑っているように見えますが、結構突然現れる溝に悪戦苦闘しています。

結果は前述の通り3位入賞。3位という順位は以前湯沢パークのスラロームで経験がありますが表彰台がなかったので、今回が人生初の表彰台になりました。
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他の選手の失敗ゆえのタナボタ的表彰台ですが、昨日はタナボタを提供する側だったので、お互い様ってことで(笑)。
商品は来シーズン使えるリフト券の引換券。来年も参加してね、ということでしょうか。
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もちろん参加します。

軽井沢でも一緒だったTさんとのタイム差を見直すと、この1週間の成果があったかどうかは微妙ですが、終わりよければすべてよし。堂々と出社できそうです。

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