ここでは、私がこれまでに読んだり見たりした漫画や映画、小説などで、残念ながら今ではあまり話題にならなくなったものの、実はおすすめなものを勝手に少しずつ紹介して行きます。機会がありましたら、ぜひぜひご鑑賞を。

「太平洋Xポイント」 漫画 1953 手塚治虫


本作は古い版では「X点」となっていますが、この稿では「Xポイント」とさせていただきます

手塚治虫は、1950年「ジャングル大帝」で「連載ストーリー漫画」を創出し第一人者になり、徐徐に仕事を「書下ろし単行本」から連載漫画へとシフトさせて行きました。52年からは「アトム」の連載も始まり、本作は手塚書き下ろし長編の後期にあたる作品です(正確には「冒険王」の別冊付録本として描かれた)。
初期単行本では不動の主役を張り、飽くなき冒険を繰り返していた「ヒゲオヤジとケンー」のコンビもこのあたりから脇にまわる事が多くなり、役柄が変化してきます。その一端で、本作はなんとヒゲオヤジがダーティヒーローを演ずるという驚きのキャスティングとなります。お茶の水博士も「影のある科学者」として登場、異色づくめの、しかし面白い作品で、ぜひおすすめの一作です。

コスモポリタン国のコスモポリタン市。深夜。3人のギャングがある研究所に忍び込みます。一行はリーダーの「地下鉄サム」ことサム・ユードオ(ヒゲオヤジ)、子分のクラック(ハム・エッグ)、やはり子分のマックス(アセチレン・ランプ)という顔ぶれで、まんまと金庫の大金を盗み、警察の包囲の裏をかき、黒塗りの気球で逃亡です。
サムたちが押し入ったのは科学者ナーゼンコップ博士(お茶の水博士)の研究所でした。幸いサムたちは金庫の書類には手をつけずにいたので、博士は研究を続ける事ができました。

15年後。郊外に巨大な研究施設が作られています。施設は何重もの電流有刺鉄線と軍隊が守り、普通の研究所ではありません。責任者ナーゼンコップ博士は今日もスタッフを監督、実験を繰り返しています。博士はあれから15年も、その研究を続けていたのでした。
と、装置1313号が臨界?を達成、博士の研究が実を結んだのです。ところが・・・博士の研究、それは「空気の分子を通常状態で核分裂させる」というものでした。それは、一旦(暴露状態での)臨界が達成されれば、空気分子が次から次へと連鎖の分裂(爆発)を起こし、理論的には1時間で地球上の空気すべてが爆発するという究極の最終兵器、空気爆弾(空爆)とも称されるものだったのです。手放しで喜び、軍司令部に報告するスタッフを尻目に、ナーゼンコップ博士は深い自責の念に囚われます。

かっての地下鉄サムは今では足を洗い、過去を隠し、奥さんとエリックという一人息子(ケン一)と暮らしています。新聞の、「空爆成功」を読み、興奮さめやらぬエリック。一家でレストランに食事に行きますが、サムは不機嫌に押し黙ったままです。一人の酔っ払いが突然演説を始めます。「空爆は生物を絶滅させてしまうだろう。15年前、ナーゼンコップ博士の研究室にギャングの地下鉄サムが押し入った。そのときいっそ博士を殺してくれればよかったのだ」男は警官に連行されますが、サムには耳の痛い話でした。正に同じ事を考えていたのです。
さらに間の悪い事に、かっての仲間マックスとバッタリでくわしてしまいます。金を握らせ、ひとまずマックスを追い払いますが、マックスがこのまま引き下がるとは思えません。

軍司令部は、空爆の爆発実験を行うと発表します。場所は太平洋X地点(機密なので)。軍は「空爆の連鎖反応は制御可能で、地上の空気がすべて爆発することなどありえない」と念押ししますが斯界の学者たちは「確実にすべての空気が爆発する」と口をそろえます。巷は大混乱、騒然となり連日「空爆反対」のデモが続きます。
コスモポリタンと対立する「ユーラシア国」は談話を出し「わが国は空爆云々の脅かしには屈しない。わが国は相当数の原爆を保有しており、外交上譲歩する事はありえないしその必要もない」と強硬です。コスモポリタンの軍司令部は、「実際に爆発実験をして、成果を見せるしかない」と実験強行の方針を固めます。しかし開発者のナーゼンコップ博士にも、空爆が本当に制御可能かどうかは解らないのでした。

そんな中、マックスがサムの家にやって来て、また組んで仕事(強盗)をやろうとしつこくからみます。とうとう実力でマックスを追い出すサムですが(ここのヒゲオヤジは怖い)、息子エリックにすべて聞かれてしまいました。
「お父さんがあの地下鉄サムだなんて・・・」
「そうならお前はどうする?」
「ぼ・・・僕には・・・わかりません」
窓の外を切れ目なく通るデモ隊と歓声。

サムは場末のマックスを訪ね、クラックとあと何人か揃えるよう言いつけます。サムはナーゼンコップ博士の屋敷に忍び込み博士を誘拐、空爆の実験を中止するよう脅かすつもりでした。
首尾よく博士邸に入った一味ですが、中では博士の一人娘ノーマが、激しく博士をなじってています。口論するうち博士は「もうわしの力でも止められん。空爆は太平洋Xポイント、アナタハン島に運ばれてしまった」と言ってしまいます。ノーマは怒り部屋を出ていきます。そして博士は・・・サムらが窓から押し入る直前、拳銃で自らを撃ち自殺してしまいます。
「早く逃げろ!」と怒鳴るサムですが、屋敷はすでに警官が取り巻いています。クラックは警察のイヌになっいて、すべて密告していたのです。マックスはクラックを撃ちますが警官に撃たれ、一味は全滅、サムだけが逃げ延びます。やっと家に着いたサムですが面がわれてしまい、捕まるのは時間の問題です。
サムはエリックと2人で(博士が言っていたのを聞いた)アナタハン島に行き、実験を妨害、阻止しようと決意します。地下鉄サム、最後の大仕事の始まりです・・・。

冒険ものとギャング・ノワール風のテイストとSFが入り混じる、隠れた傑作です。特に最後のコマの空虚さは、ちょっと比類がありません。手塚先生は書き下ろし時の(わりと救いのある)ラストページを、単行本発売の際、空しい余韻のあるものに描き変えています。本作全体を貫く重苦しさは、無論当時の米ソ両国により繰り返された核実験とその世相をふまえてのものです。本作の1年前、アメリカは太平洋での、はじめての水爆実験を行っていて、やがてソ連や数国が続きます。

明日からまた数日、投稿できなくなります。すみません・・・。