2018年07月16日

お暑うございます

 被災した方々やボランティアの皆さんの手前、あまりグダグダ言えませんが、暑いですね。
 
 八ヶ岳原人、3連休中日の様子です。

 標高1000mの我が家でも、窓全開、扇風機回しっぱなしで休んでいますが、昨夜はタイマーのセットミスで扇風機が止まり、珍しく寝苦しい一晩でした(起きて扇風機のセットをし直せばいいんだヨ)。

朝7時外気温 それでも朝は高原の実力発揮、外気温は約20℃とひんやりした空気がとても気持ちがよく、これから暑い一日が始まるとは思えません。


13時室内 それが午後になると、涼しいはずの我が家でさえ室内の気温が30℃近くにまで上がってきます。
 今日中に原稿を仕上げようと思っているのに、これじゃ仕事にならん。

outdoor job

 というわけで仕事場を屋外に移動して、業務再開。
 パラソルの陰は風がよく通り、とても快適なのであります。

 そして静か。

 ジリジリと太陽が照り付ける音が聞こえるんじゃないかと思うくらい、の静かさ。
 時折聞こえてくるのは家の脇を流れる小川の水音と、キビタキやヒグラシの声。ちなみにヒグラシは暗い杜があれば2時ごろから鳴きだす気の早いヤツがいます。

 やがて遠雷。
 諏訪の方は土砂降りだったそうですが、大泉ではパラついた程度でした。

 そして今日は連休の最終日。
 原稿を仕上げなくっちゃね。



 おっと、その前にビール買いに行こ。

 

2018年05月06日

手応え

ビリディフロラ アップ 何年か前から少しづつ球根を増やしてきたのはIxia Vilidiflora という南アフリカ産の秋植え球根です。

 去年にはだいぶ増えてきたので、試験的に200鉢余りを作り、この春販売してみたところ、得意先の市場関係者や生産者仲間、イベントに来てくれた消費者からは「こんな色の花は見たことがない」、「すごい色だね」と非常に高い評価ををいただき、価格もそれなりの単価で購入していただくことができました。

ビリディフロラ全景 今年は相当数の球根の収穫が見込まれることから、かなりまとまった数の出荷ができそうです。
 ただ、問題はどうしたら開花期をずらすことができるのか、ということです。球根の大小によって多少は異なるにしても、同じ時期に植えたものはほぼ同じ時期に咲いてしまいます。

 開花期をずらして、一時期に咲かないようにする技術が求められます。

 さてさて、どうしたものでしょう。

2018年04月23日

衝撃の一冊

524の命乞い 既にご存知の方もおられるでしょうが、一冊の本をご紹介します。

 今から33年前の1985年8月12日の午後7時少し前に、群馬県の御巣鷹山に墜ちたJAL123便のご遺族による墜落原因の検証記録です。

  




 
 ぼくも含め、多くの人々は何らかの違和感は持ちつつも、123便が落ちたのはボーイング社の修理ミスによる圧力隔壁の破壊と、それに伴う垂直尾翼の欠損が原因だとの報道を信じ(させられ)てきたと思います。

 しかし、この本を読めば読むほどその報道の信憑性を疑わざるを得ず、さらにはその向こう側にいる何者かの意図を感じないわけにはいかなくなります。

 もちろんこの本に書かれていることのすべては真実であり事実であるかということをぼくは証明できませんが、この事故?のご遺族であり、多忙なサラリーマンであろう著者が、膨大な時間と費用を費やしてうそをでっちあげるようなメリットは何もないと思います。

 むしろ、北朝鮮は言うに及ばず、アメリカが大量破壊兵器保持を理由にイラクを武力で叩き潰した挙句、大量破壊兵器はなにも出てこなかったことや、ロシアが国外にいる自国のスパイ?をひそかに毒殺しようとしたと疑われていることなど、国家による謀略は枚挙にいとまがなく、わが日本において最近のもり、かけ問題やセクハラ事件、そしてもぼく自身が国家権力によって行われたウソや暴力を何度も経験していることを考えると、この本が言わんとすることがよく理解できます。

 そして、おそらくは公権力による謀略は国レベルだけではなく、地方自治体によっても多かれ少なかれ起きているのではないかということが、この国の将来を考えるとき、ぼくにはとても恐ろしく思えます。

 この本を読むことで国民は、ひょっとしたら国(都道府県や市町村、警察)などの公権力は国民を守ってはくれないのではないかという、公権力に対する不信感を持つかもしれませんが、今のように何も問題意識を持たず平和ボケと言われるよりは、少し警戒心を持つ方がいいのかもしれません。

小田周二著
524人の命乞い
日光123便 乗客乗員怪死の謎
2017年8月12日初版
株式会社文芸社発行 
 

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政治 

2018年04月19日

太郎来訪

 久しぶりに太郎がやってきました。

 今でこそ珍客となってしまったチョウですが、ぼくが育った横浜でもその時代には珍客でも何でもない、言ってみればモンシロチョウと同じようなレベルの頻度で姿を見せてくれていたんですがね。

 彼(または彼女)がひらりとハウスの中に飛び込んできたのはお昼前。

 最近ぼくの視力がひどく落ちてきて、タテハチョウだということは分かったんだけど、そいつがクジャクなのかヒオドシなのか、はたまたアカタテハなのか、ひょっとしたらキベリなのか、瞬時には判断できなくなっています。

ルリタテハ しばらくハウスの中をうろうろしている彼(または彼女)を追いかけているうちにルリタテハであることが分かったので、カメラを向けました。





 タテハチョウの仲間は蜜源に留まっている間も翅をパタパタさせるやつが多いので、シャッターのタイミングを考えながらの撮影になりますが、そこは下手な鉄砲も数を打てば当たることもあるわけで、何とか瑠璃色の美しい翅模様を収めることができました。

 どうでもいいことですが、我が家ではルリタテハに「太郎」といういう愛称をつけています。娘の夏子が小さいころ、我が家に周辺に居ついていた?ルリタテハをそう呼んだので、そのまま採用となりました。

 今日の太郎はしばらくしてハウスから外に出て、どこかに飛んでいきました。元気に過ごして子孫を残してくれることを祈りたいと思います。

2018年02月10日

今日は暖かい

 今日は久しぶりで、夕方になっても気温がプラスでした。

 ここしばらくの間−10〜15℃なんて日が続いていたので、体がすっかり慣れてしまったせいか−4〜5℃くらいだとなんてことはなく、ましてプラスの日は本当に暖かく感じます。

 ということで、5時半まで薪割りをしました。

薪割り 今年は例年になく寒い日が多くて薪の消費量が多く、在庫が心細くなってきました。



 しかも今夜は雪になりそうなこともあり、暖かいうちに急きょ玉切りの在庫を割ってしまおうと、夕方からパカパカと一仕事でした。

 案の定、薪を小屋に片付け終わるころには白いものが落ちてきました。
 まあ、今夜の雪は大したことはないだろうとタカをくくっていますが、どのくらい降るんだろ。

雪 9時過ぎでは周囲がうっすらと白くなってきた程度だからだいじょうぶかな。
 




−2℃ 気温もまだ高い(−2℃)だから、今夜はらくちんです。




 お、カミさんが帰ってきた。メシじゃ、メシじゃ。
 

2018年01月27日

真冬日

 我が家の周辺では、もう何日も真冬日が続いています。
 
 真冬日とは、日中の気温が氷点下の日のことです。

‐8℃ 一番下がったのは24日。夕方4時半で−6℃だったから、一番高い時間でも−3〜4℃くらいまでしか上がってなかったはずです。



今期最低25日 朝の最低気温は25日と今朝が−15℃。昔はそんなに珍しい気温じゃありませんでしたが、ここ10年でこの気温はありませんでした。

テコフィレア 昨日も日中の最高気温は一時的に−4℃を記録しましたが、天気がいいのでハウスの中はぽかぽか陽気。


 テコフィレアは咲き始めちゃいました(もともと早咲きなんですが)。

 今日の午前中も風が冷たく、この寒波はもうしばらく続きそうです。

 

2018年01月23日

続・続・続:市民が作り、市民が育てる市民バス

 市民が自ら考え、責任をもって育てる新たな北杜市の市民バスには、かつて4年間の実証運行を経て導入に至らなかったデマンドシステムの復活が求められることになりました。
 いうまでもなく、デマンドバスの必要性はこの間ぼくがずうっと言い続け、行政がずうっと拒否し続けてきたことですが、昨年9月の代表質問でようやく市は「実証運行時のデマンドバスの復活はない(p107」と答弁し、今後のデマンドバス復活の可能性を示唆しました。

 しかし、今の多くの職員、そしてほとんどの市民は4年間の実証運行でどのようなことが行われ、または行われず、なぜ結果として本格運行につなげることができなかったのかという理由は分かっていないと思います。

 議会に示された理由はあくまでも表向きのもので〆眄負担が大きいこと(P90)タクシー業界の経営を圧迫するということでした。
 
 しかし、実際にあったこととして、そもそもデマンドバスのことが周知されていない、予約が取れない、オペレーターの電話対応が不適切といった運用上の問題がいろいろあり、その改善策をシステムを提供した東京大学の担当者が市に提案したことも市は握りつぶし、あまつさえ、その提案が最終的にデマンドバスの廃止を決定する公共交通会議の直前に出されたという嘘までついて実証運行の廃止を強行しました。そしてそれは議会が決めたことだと言っています(これは嘘ではありません)。ただ、この時の議会の判断がどういうものだったかは大変興味深いのでぜひこの議会だよりのp3をご覧ください

 北杜市におけるデマンドバスの導入不可は北杜市という行政が市民ではなく、大きな集票力のある業界や市長の支援団体に目が向いているということを示すものだとぼくは勝手に想像していますが、もう一つ忘れてはいけないことがあります。

 市が4年間のデマンドバスの実証運行が失敗した理由の一つに挙げたことには、「利用者が少ない」ということがありました。「せっかく実証運行を行ったのに市民はそれを利用しないんだから、デマンドバスは要らないでしょ」という廃止理由を市民が市に与えてしまったのです。

 ここが今回の「住民の責任」を問われるところです。
 市が考えた公共交通を利用しないくせに、便利な公共交通が必要だというのであれば、自分たちで考えてください、その代わりちゃんと利用してくれないと、財政が厳しいから止めちゃいますよ」というのが今やっている公共交通網形成計画です。

 ぼくは、先の4年間のデマンド交通の実証運行の中で、地元に暮らすおばちゃんに「デマンドバスに乗りますか?」と聞いたことがあります。おばちゃんはにべもなく「あたしゃまだ(自動車を)運転できるからバスには乗らんよ」と答えました。

 今日、明日のことを聞いているのではありません。5年後、10年後におばちゃんはまだクルマを運転できているんですか?もし、クルマを運転できなくなったらどうしますか?そのことを今、考えてほしいんです。
                                    終わり

2018年01月22日

続・続:市民が作り、市民が育てる市民バス

 さて、現在作業が続いている「北杜市地域公共交通網形成計画」の策定は、どうなっているのでしょうか。

 市を明野・須玉、高根・長坂・大泉、小淵沢、武川・白州の4つのエリアに分け、各旧町村から10人前後の市民が参加し、さらにそれを旧町村ごとに数人のチームに分けてワークショップが行われています。

 第1回目は、北杜市民はバスに乗ってどこへ行きたいのかなど、ニーズの洗い出しを行いました。その結果は4エリアともにほぼ共通して、病院、買い物、がダントツで、その次にJR駅、金融機関、高速バス停などが挙げられました。

 第2回目は第1回目に挙げられた「行きたい場所」に行くためには、どういう方法があるのか、というバスの運行方法について検討しました。
 基本的なイメージとして、シンクタンクからは4エリア間を結ぶ「幹線」と各エリア内を走る「支線」という考え方が示されました。
 各エリアともに幹線についてはあまり具体的なイメージが持てなかったようですが、支線についてはどのチームも何らかのデマンドシステムをイメージしています。

ワークショップ 第3回目はまだ行われていない地域もありますが、高根・長坂・大泉エリアでは、旧町村混合で3チームに編成し直し、幹線と支線のより具体的な路線について考えました。
 しかし、話が進めば進むほど支線のデマンドシステムに話題が集中し、幹線の話はまったくまとまりませんでした。
 もっとも支線のデマンドシステムについても、具体的にどのようなデマンドシステムにするのかについてはまとまらず、最終的に「エリア間を支線で結び、エリア内はデマンドバスを走らせる」ということだけがまとまりました。

 ワークショップは3回の予定ですが、このままではとても計画の策定までたどり着けません。来年度前半まであと2〜3回、それも4エリア混合でやらなければならないのではないかと思います。
                   
                                   さらに続く


2018年01月21日

続:市民が作り、市民が育てる市民バス

 地域の高校生が学校に通うことができなくなったらその地域の将来がどうなるのか?

 岐阜県の白川町と東白川村の事例を加藤先生が話してくださいました。

 地元の高校が廃校になり、やむを得ず地域外の高校に通わざるを得なくなったにもかかわらず、バスの運転手不足から駅まで行くためのバスの運行ができなくなりました。その結果、学校に通うことができなくなった一人の高校生が町長に「高校生はこの街に住んではいけないのですか(リンクの2ページ)」と投書した、という事例でした。

 高校生が地元の学校に通えなくなる、ということは彼らが学校に通うためには地域から出るしかなく、それはつまり15〜16歳の若者が地域からいなくなるということです。
 15〜16歳の若者がその年で地域を離れるということは、やがて彼らが進学し、就職し、家庭を築くとき、彼らが生まれ育った地域にはまず戻らないだろうということを意味します。

 こうして地元を出て行った若者が将来地元に戻らなくなった地域のたどる行く末は、衰退、そして崩壊へとつながります。

 将来地域を背負って立つべき若者に、その地で暮らすことの可能性を見失わせないようにするための第一歩は、日々の足、つまりバスの便なのだと言えるでしょう。それはすなわち、地域の衰退を防ぎ、存続を可能にするための一歩でもあります。

 白川町と東白川村は「白川・東白川地域公共交通活性化協議会」を立ち上げ、地域の存亡をかけてバス存続対策に乗り出しました。
 中でも運転手の確保には力を入れ、行政がさまざまな補助金の提案を行うといった試みもしています。
 実際、路線バスの土日祝祭日運休や平日朝の減便という運転手不足による影響は、行政による代替え運行という形でカバーしています。
                                     続く

2018年01月20日

市民が作り、市民が育てる市民バス

DSCN1567 昨日、新しい公共交通(バス)の考え方について、名古屋大学の加藤先生のお話をお聞きする機会を得ました。
 もともと北杜市の市民バスは、デマンドバスの実証運行を平成25年度末をもって終了し、本格導入に踏み切らなかった時から崩壊が決まっていたようなものでした。

 その後市は、ルートやダイヤを一部変更して市民バス(定時定路線型)を復活させましたが、バス停まで遠くて乗りたくても乗れない人や、希望する時間に自由に移動できないといったケースはどうやっても解消できず、相変わらず「空気を運ぶバス」状態が続いていました。
 そして市はもうこれ以上打つ手がないという状況に追い込まれてしまいました。

 平成26年11月20日に地域公共交通の活性化及び再生に関する法律の一部を改正する法律が施行され、新たに、市民が参画して自分たちの地域にあった公共交通を考え、計画を立てることが可能になりました。今までの公共交通は行政が考えた公共交通を事業者が運行し、それを利用するもしないも市民の勝手、というものでしたが、今度は違います。
 この法律に基づいて作られる市民バスは、市民が自ら考え、場合によっては自ら運営し、継続させるという、市民が責任を負う公共交通を作って、自分たちで育てなくてはならないものです。
 
 もちろん国、県、市町村などの行政もバックアップはしてくれますが、今までのように何でもかんでもみんな行政がやってくれるというわけにはいかなくなっています。

 例えば高校生が学校に通うことができなくなったらその町の将来がどうなるのか、ということを考えてみると、なぜ自分たちでバスのことを考えなくてはならないのかが見えてきます。
                                      続く

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