2019年05月28日

登戸事件

 登戸は高校、大学時代にお世話になった駅です。

 今でも友人が近くにいるし、現場となった道路は時々クルマで通ることがあります。
 そんな身近な場所であのような悲惨な事件が起き、黙ってはいられなくなりました。

 無差別に人を殺傷する事件が起きると、マスコミはその犯人や家庭環境にばかり目をむけ、責め、非難する傾向があるように思います。そしてやがて風化してしまうのです。

 警察や政治も目先のことにとらわれて、根本的な対策には手を付けようとはしません。

 いい例が秋葉原のホコ天にトラックで突っ込んで、7人が亡くなり10人が重軽傷を負った事件です。
 この事件をきっかけに秋葉原のホコ天が取りやめになり(のちに復活)、凶器のダガーナイフの販売に規制がかかるようになりました。

 また、犯人が派遣社員だったことから、派遣社員への風当たりが強くなるということも起きました。

 しかし、ホコ天が亡くなったら、ダガーナイフの販売を規制したら、こうした事件は起きないのでしょうか?
 派遣社員は事件を起こすけれども、正社員なら起こさないのでしょうか?
 そうであれば今回の事件を受けて、刺身包丁の販売を規制するのでしょうか?

 問題は彼はいったい何者で、彼のような人間か何故現れたのか?ではないでしょうか。
 彼が生まれてから事件を起こすまでの間、どのような家庭環境で育ったのか、どのような青春時代を過ごしたのか、などのバックボーンを徹底的に調べ上げ、彼のような人間が出来上がってしまうケースを研究し、事件を未然に防ぐことができないものかと思います。

 神戸の酒鬼薔薇聖斗事件に代表されるように、子どもによる猟奇的な、あるいは異常な事件も各地で起きています。

 無差別殺傷事件に限ったことではありませんが、事件が起きれば被害者は言うまでもなく、加害者やその家族もその後は苦しい人生を送ることになるでしょう。

 そんな人生を送らなくてはならない人が出なくて済むようになるためにも、このような事件はまたいつか必ず起きるという覚悟をもって、未然に防ぐ方法を探る必要があると思います。

 それはともかく、今日の事件で亡くなった方々のご冥福と、怪我をされた方々の一日も早い回復をお祈りします。

Uncle jun at 14:17コメント(0) この記事をクリップ!
政治 

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