安里宇宙塾『愛の哲学』

ワッツーシゾンビと安里アンリとマリファナボーイズ(yamb)のギターボーカル FREE TIBET! FREE UYGHUR!

セックスパニック

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IMG_7953めちゃくちゃでないとダメなんだよな、ロックンロールミュージックってのは。

最低だからこそ最高だった。

翌日も楽しかった。IMG_7947
IMG_7878家に帰ってからも楽しかったIMG_7873
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仕事が始まると、最悪だった。IMG_7950
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尾崎放哉

いわゆる芸術、いわゆる表現、いわゆる音楽、なんだっていいんだけどそれらは全て人間の、自分自身の根源を求める旅でしかなく、いわゆる作品とは、その旅路の途中途中で見る景色の点景であって(それは時々途方もない絶景だ)、生きるという事はただただ単にそういう事でしかない。


緑橋の串カツ屋でマリファナボーイズメンバーと飲みながら尾崎放哉に感銘を受けまくって腹がよじれるほど笑いまくって気付いたのは、そういう事。


元々ずっと気づいてて、だからこそどういう死に方をするのかって事ばかりだったけど、結局こういうカタチで言語化された。

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全然大した言語じゃないけどね。

2018.10/22の朝にインドの青鬼飲みながら思ったこと

秋の朝日が眩しい谷町筋、大阪1の進学校、聖光学院の生徒どもが登校の為にゾロゾロと群れを為して歩く合間をエビスビール片手の俺がチャリで縫って走る。

母が入院し、凄く凹んでいる。仕事もめちゃくちゃで見舞いに行く時間が取れない。怒りにまみれ、悲惨というか凹んでいるというか、完全に無気力になってしまっている。できる限りベッドの中にいたいとか思ってしまう。


簡単に言うとプチ鬱のようになってしまっているんだろう。


おれは恵まれている。とても幸せな人生を送ってきたし、今も送っている。


なのに、弱っている時は自分以外の何か、自分以外の誰かのせいにしてしまう。


してしまいそうになる。


世界はおれが作っている。

世界はおれのものでしかない。


自分を追い込む為に言っている訳ではなく、ただただありのままの事を言っている。



頑張る。


そして、豊かに生きる。


ただ、それだけ。


自分のイベントも近いしね。



母を、家族を、友達を、ただ愛してる。


音楽に救われながら。IMG_7468

おかあさん

母が倒れた。辛い。

親孝行したい。

どうやったらできるんだろ??

おれ、21歳の時に決めたんだ。

おれの将来の夢は、ロックスターになる事でも金持ちになる事でもなく、ちゃんと親孝行すること。


社員になる時、面接みたいなのをされた。


なんでうちで社員になりたいの?って聞かれたから、カネを稼ぎたい、って答えた。


カネを稼いで何をするの?って面接してきたおっさんは意地悪そうな顔で聞いてきた。


おれは「親孝行がしたい」と答えた。


おれはそれで社員になった。




おれにはその一点しかねえんだよ。






だからと言って、塞いでも意味がない。

ふさいだ所で母が元気になる訳でもない。



人前では明るくすごした。


スタジオも普通に行った。


Tシャツの図案も持っていった。
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谷村が、こんな日に限って10年ぶり位の凄い曲を持ってきた。

パワーコードパワー。

聴いた瞬間、爆笑したし、これはアルバムの1曲目になるより他ない運命の曲だった。


キッズがモッシュしている映像が浮かぶ。


おれは生きてる。

確かに生きてる。


お母さん、1秒でも長生きして、1回でも多く笑ってくれ。

酔っ払い帳

当てずっぽうでパスワードを思い出した。

アプリから書けるようになった。

朝からベロンベロンに酔っ払って書いた文章、書いてる最中はなんか多分凄い集中力で、書き終わった時も、いや〜やっぱ日記はいいな〜、自分とガチで向き合ってまた潜在的な自分を引き出したぜ〜今日もまた成長できた、なんて思って就寝して、起きてみたら、はて自分は何を書いたっけ?全然思い出せね〜わ、ってなってる。

なんにも成長なんかしてない。

でも、自分にとってはこれこそが正しく日記であって、10代後半から20代半ば位まで毎夜大学ノートにああいうのん(こういうのん)書き綴り続けたな。

20代半ば位にブログってメディアができて、は?!他人に読ませる日記??!!なんじゃそりゃ、きっしょーーー!!!って思ってたけど、2005年に起きた「河童事件」が面白すぎて、これはエンターテイメントとして公開していこうってなってブログを始め、自然、日記帳に日記を書く習慣はなくなった。

おれのブログの内容も「ワッツーシゾンビの安里として他人に読まれるモノ」という意識で書き綴り続けたから、日記と言えるモノでもなかった。


が、このブログ、今では誰も読んでないだろう。

日記帳として使っていこう。


ま、多分3日坊主で終わるけど。IMG_6333

アウフヘーベンしてるかい、君ィ!!

さっき書いた文章にもう飽きてしまった。


しんどければしんどいほど価値があり、不条理なら不条理なほどそこに意味があるのに、昨今は個人の権利という美辞麗句を弄んでみて、その辺を混同しすぎになってるんじゃないのかい??


本当の本当に1人で生きる勇気もないくせに、対人関係とか社会とか政治のせいにするんじゃねえよ。


天賦人権説なんて当たり前っちゃあ当たり前だけど、便利がよい「人権」なんて言葉も人間の勝手都合でできた言葉。


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××××の矛盾を突き詰めればそこに行き着く。


お前の信念も、お前の崇高な意思も、お前の美しさも、血の滴る肉を喰らいこむカルマとは誤差以下の誤差しかない。



お前のそれは結局自己満足で、



お前のその自己満足が復讐される日は近い。



そう、お前に選択の余地なんて上等なものはないんだ。


その瞬間までわからんだろうがな。


殺して殺して殺し続けて、お前も結局殺されるのさ。


お前が護り続けているつもりの何かによって。













そう、お前に人権なんてねえんだよ。




少なくとも、お前が定義してみせた「それ」なんてよ。




草とか土とかプランクトンを踏みつけながら言ってるくせしやがって。



その瞬間まで何もわからないまま、後悔して死ね。




(本当はこんなこと言いたいんじゃなかったのに。)

地獄の釜の蓋はいつだってフルオープン

多分次書くの3年後とか言いながらもう書いてるじゃないか。

おれはなんて意志が弱いんだ。

アプリから書こうと思ったけどパスワード失念しててログインできなんだ。DHAH、、、なんだったっけな。。1A306063-D773-48DF-BC84-CA3385F55B38


一個前の駄文では文字に起こした時点でその感覚はもう過去のモノになってるから捉えきれてなくてイライラするし退屈そのものって書いててそれは確かにそうなんだけど俺は大切な事を忘れている。

おれはとどのつまり言葉や文章は不完全なモノだ、って言ってるに等しいんだけど唯一例外がある。



それはやっぱり詩だろう。



知覚の向こう側、なんて言いかたしたらあまりにも陳腐で嫌になってしまうけど、結局のところ限りなくそこに近い。

限りなく近いだけだからそれそのもののど真ん中ではないんだけど、ダメだ、おれのボキャブラリーや感性ではそこが限界だ。


追いかけてる間はダメだ。追い抜かないと。




追い抜き続ける、いや追い抜いた瞬間瞬間また瞬間。どっちが頭でどっちが尻尾かわからないまま、結局、無と対峙しきる無。


ニヒリズムとは対極にある無。祝福された全存在の瓦解。時間っていう人間が編み出した観念とは別の、そういう話だ。光に意思なんてない。光以前の光。全存在以前の存在を逆行も更新もしないままで。



おれはなんて幸せなんだろう。



きっと何も残らないだろうから。




おれは自分の全存在が瓦解する時、ようはニカッと笑ってスパーンと消える死の瞬間をずっと楽しみにしてるから、なるべく長生きして詩を含む音のカタマリを、そう、追いかけるんじゃなくって、自分で自分がもっとわからなくなりたい。


時々は言葉の便利さにも感心しながら、右手はそっとギターに伸びる。


いや、伸ばすのを恐れてる。

うんち

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自分の文章を「名文」だなんて自画自賛するのはまさしく酔っ払ってないとできない行為であり、数時間前のそれがそうであることに疑問の余地はない。

あの文章は、数年、文明と宗教と社会について考え続けた事の、ま、ある時点でのひとつの結論でした。

なんか自分のメモを酔っ払って読み返して(なんか読み返す必要があって読み返してたんだけどその必要が何だったのかは忘れた)おお、懐かしい、どこか消えない所に残しておこう、と思ってここを久々に活用してみたのだ。


あーーーーーーー、頭の中で湧いて出てくる言葉がそのスピードのまま文字に起こせたらいいのに。

ぽちぽちキーを打ってても全然追いつかなくてイライラする。瞬間瞬間に考え方や感覚なんて変わり続けていくんだから、文字に起こした時点で既に遅くなりすぎてて退屈になってしまう。



とりあえず、ここを色々なメモ書きに使っていこう。


書き込みせんと放置してたらここって消えちゃうよね、多分。消えへんのかな??ティーカップはそうだったような気もするが、、、


今でも家に封印してる若かりし頃の日記帳の数々。産まれて初めて書いた日記の書き出しは「おれは今19歳」ってのだったのはよく覚えてる。


ああいう感じでここを使ってみよう。

おれはあの頃となんにも変わっていないのだから。


でも、多分、てか間違いなく三日坊主で終わる。


いや、3日も続かないだろう。

次の書き込みは、多分3年後かもしれん。



今はとにもかくにもバディ・ホリーばっか聴いて幸せ。


やっぱR&Rだよな。

これ我ながら凄い名文だと思ってるんだけど誰もわかってくれない太陽

そもそも絶対はない、などという絶対は詭弁だと知っている青空。やはり絶対はあるのだ太陽。東洋哲学の陥穽。算数の不可逆的勝利。我々は絶対の下にいながらどこまでいっても絶対性を持ち得ないまま、明けない夜に向かって手を繋いで歩く。















































































訳わからない位がちょうどいい。

自分さえわかっていれば。

2017.11/6

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胸騒ぎがしたんだ。

初めてMVを見た時に。

その胸騒ぎが確信に変わったのは秋葉くんや須原さんがインスタにあげてた先月のベアーズでのワンマンの様子。


黒岩あすか。すんごい才能が出てきた。


囁くような歌声の中には本物の芸術にだけ宿る正しい狂気、底知れぬ闇、それゆえの美しさが満ち満ちていて一瞬で夢中になってしまった。

紡がれる言葉のひとつひとつも、他の人が唄ったら聴き流してしまうかもしれないけど、黒岩さんが歌うと言葉ひとつひとつの重みがのしかかってきて、自分の中にだけある映像が無限の光彩と拡がりを見せる。

この途方もない美しさは完全に才能でしかなく、すぐにでもライブ観に行きたくてたまらない気持ちになった。

しかもまだ21歳だという。

その若さでどうやってここまで到達したんだ?天才じゃないのか。

(底知れぬ闇、と書いたけどそれはすごく安直な言い方で、黒岩さんからすると日常の点景を掬いあげただけなんだろう。それこそが才能なんだけど)



ここ数年、女性の弾き語りですんばらしい人が2人ほどいて(結構有名)、わ〜、すげえなあ!と思ってはいたけど、おれの琴線をガッツリ掴んだのは黒岩さんだった。

仕事が昼夜逆転してる上にやたらと忙しいんで睡眠時間を確保する事だけに必死だったここ最近、それでもなんとかタワレコまでCD買いに行ったんだけど売ってなくて失望し、アマゾンでポチってから(←これが何故かうまくいかなかった)11/6のベアーズのライブに臨んだ。


しかもメインアクトはデーモン&ナオミである。言わずもがな20年来のおれのヒーローだ。



胸騒ぎがしてたんだ。


ライブ行けるかな〜どうせ無理やろ、と思ってたら奇跡的にスケジュールが空いてる!最近カネなくて、一瞬迷ったけど、このライブはカネ云々じゃない、絶対行かなくちゃいけない、と強く確信した。

今夜のベアーズは何かが起こりそう、何かが始まる夜かもしれない、ってどこかで確信していた。

こんなの思うの何年ぶりやろ?




とにかく胸騒ぎを抱えたまま仕事を早めに切り上げてベアーズに直行。

入り口で栗本さんとたむろしている黒ずくめの女の子、あ、このコが黒岩さんだな、と思い挨拶。深い才能を持った人に挨拶するのは緊張するし、恐縮する。

栗本さんが何か言いたげなんだけど、あ、ライブ前やからやめとこか〜、アンリくんにとってはいい事よ!なんて言ってて、ん?何のこっちゃろ??まさか昔おれらのライブ来てくれてたコかな??って言ってもまだ21歳でしょ?高校生位の時に??とか一瞬考えたけど、あまり気にせずライブを体験。

黒岩さん、3曲だけだったけど圧巻。

歌もギターも佇まいも。

言葉ではおっつかぬ。

昔マヒトが青葉市子のライブ観た後はコラプテッド観た後の感覚と一緒、って言ってたけどまさにそれ。

いや〜、素晴らしかった、と深い感銘を受けながら一旦外に出ようとするとまたも栗本さんが「なあなあ、さっきの話聞きたい?」って言ってきたから、少し考えて、やっぱそういう事は本人から聞きます。僕から聞き出す事はないんで、黒岩さん自身が語りたくなった時に。今日聞けなかったらそれはそれでいいです。と。


目の前をナオミが、デーモンが歩いてゆく。それだけでキャッキャする気持ち。


馬頭さん、そしてデーモン&ナオミのライブを堪能。

うわ〜、今、ナオミ・ヤンと同じ空気吸ってる〜、という完全にアイドルの追っかけみたいな心理に陥りつつも、優しさと知性に包まれたナオミさんの佇まいの美しさは、穴が空くほど見たギャラクシー500のブックレットの中のあの佇まいとちっとも変わらない。

体内時計がグチャグチャになってる昨今、少しの酒で酔っ払って立ち寝しそうになりながら、終演。

久しぶりに会う土方くん。デーモン&ナオミにマリファナボーイズのCDを渡そう、なんていうクソどあつかましい目論見をいつ果たすか、とええ年こいたおっさん2人がベアーズの端っこでワキャワキャ。わーーーー緊張するーーー!!!無理ーーー!!!って。(因みに'01年か'02年だったかのデーモン&ナオミ
来日時には当時デモテープしかなかったワッツーシゾンビの音源を渡す事に成功している)

ま、そんなミーハーな気持ちはグッと抑えて黒岩さんのCDを買いにゆく。

素晴らしかったです、今後機会があれば是非、とお伝えすると、黒岩さんが○△□(←固有名詞)って覚えてます?と。????ちょっと思い出せない。



黒岩さん「あの、指人形を作っていた。」

































..........................
















アアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


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↑この、おれがつけてる指人形!!!!!!!
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黒岩さん「これ渡したの私です。」

思い出した思い出した思い出した思い出した!!!!完全に思い出した!!!!!あの時のコやん!!!!!!!!!!!

黒岩さん「私、この時16歳で初めてベアーズに来たんです」

.....なんで一目見た時に気付かなかったのか....!!あの時と全然変わってないのに...!!まさか、まさかあのコがあの黒岩あすかさん....!!!!



指人形を渡してくれた6年前の事、すごく覚えてるんだ。

ベアーズでのおとぎ話との2マンの後、おれにお手製の指人形を渡してくれたコ。

そう、16歳でこんなライブに来て、なんて早熟なコなんだろうって思った。

また、渡してくれた指人形が凄く可愛らしい、というか、なんだかとても純粋で印象的なモノだった。

人間の持つ尊さのひとつが「純粋」だと思っているので、その純粋さに触れられた嬉しさ、そしてこういうモノってとても尊いと思ったから、次のアー写は必ずこれをつけて映るよ、って約束した。このコはきっと何か持ってるコだろう、とも。

そのアー写がくどいけど、もっぺん。
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......この巡り合わせには感慨無量だった。

ここ数年なかった位、ヤバいミュージシャンが現れた!!と夢中になったコが、まさか。


もうね、これ以上何も言う事はない。


そりゃ栗本さんも言いたくてムズムズするわ。。


最初に去来した胸騒ぎが、こんな風になるなんて予想だにしていなかった。ただただ胸騒ぎがするヤバいミュージシャンの音楽を体験しに行っただけなのに。


これ、胸騒ぎどころじゃないやん。。。。



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あのアー写と同じポーズ(のつもり)で黒岩さんとパシャリ。

黒岩さんのアルバム、晩安のジャケが正面向いてなくて何やってんだか。。。。



でも、やっぱり思う。


最初に黒岩さんの音楽を本物の芸術だけがもつ正しい狂気だの色々こましゃっくれた事を書いたけど、本当のコアの部分は世界をありのままに見る純粋さだと思う。


色んな夜を越えて、年を重ねて、年を重ねるってとても楽しくて素晴らしい事で、その重ねた分だけ、いや重ねた分以上に思う事は、やっぱり人間が持つ最も尊い部分は純粋さだ、と。


それをまた確認できた夜でした。



素晴らしすぎる。



(※余談※
デーモン&ナオミに不純でどあつかましい欲求を抱いていたおっさん2人は、無事その目的を果たしましたとさ)image
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