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ボタヤマオリンピックが終わって数日。

熱出して、色んな予定をキャンセルにして、布団に臥しながらこれを書いてます。

疲れがたまるとすぐに熱を出して寝込んじゃう。この虚弱、というかヘタレな体質を何とかしたいんだが、子供の時からこうなんで仕方ない。子供の時は月一回は寝込んでたんで、これでも随分体力ついた方なんだ。。



ボタヤマオリンピックがいかに素晴らしかったかは、ネット上で溢れ返ってるので、おれが今更どうこうレポ的なもん書く必要もない。

それに、いくらあの日の事を文字にした所で、結局文字じゃ伝わらないしね。

とにかく、ボットンズ、フーくんのブログ貼っとく。

http://blog.livedoor.jp/vottones/archives/2136906.html




ボタヤマオリンピックから始まる何か、てのが確実にある。ボットンズのこれまでを凝縮させた、という事以上に、これからに向けて、未来に向けて放ったモノの方が圧倒的にデカいと思う。

自分たちがそういうイベントに参加させてもらえて本当に光栄だ。そして参加したバンド、お客さん、全てを(僭越ながら)祝福したい。そう思う。

そして何よりもデカい祝福とリスペクトをボットンズに!!!!


.....ボットンズについて考える時、いつも思うのは、亡くなったガロリンズのよしえさんの事。


俺達にとって、ボットンズは、亡きよしえさんからの最後の贈り物、引き合わせなんです。



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おれ達の3rdアルバムのツアー、'09年晩秋の事やねんけど、全国ツアーを組んでゆく中で、最初予定していた福岡でのレコ発イベント、これがギリギリまですったもんだがあって、当初予定していたバンドのどれもが出演できなくなった。

博多って、おれらにとってとても大切な場所のひとつやのに、ここでレコ発イベントできないって.....!ってなりかけたんやけど、よしえさんが一肌脱いで、今博多でイキのいい若手バンドを集めてくれるって事になった訳です。

その時の対バンが、The乳化剤、ポカムス、そして、ザ・ボットンズだった。


急遽決まったイベントで、おれらのHPも慌てて更新していたと思う。ザ・ボットンズの事を間違えてザ・ポットンズ、と、してはいけないミスをしたまま、あがってしまってた。


ツアーに出る前に、おれ、各地での対バンの事を調べてた。

まだ見ぬボットンズのフーくんのブログも読んだ。その中で、ポットンズ、てHPにあがってしまっている事に対する怒り、というか抗議の文章があった。おれ、慌ててHP作成者に連絡したんやけど、とにかく、このバンド気合い入ってそうや、てのを強く思ったのを覚えてる。



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....で、迎えたイベント当日。


やっぱ急遽決まったイベントやし、全くの宣伝不足で、ライブ会場はガラガラ。博多でこんなにガラガラでやるのん初めて、ちゅう位ガラガラやった。


乳化剤、ポカムス、ボットンズ、そんでおれら、て順番やった。乳化剤も気合いバッシバシ、ポカムスも皆さんが知るように最高のライブをかましてくれてた。しかし、とにかくボットンズ。

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ボットンズはリハなしやったから、本番でその音を知った訳やねんけど、もう全く衝撃としか言いようがなかった。

まだメンバーが革ジャンで揃えてなかった頃、いかにもパンク好きそうな兄ちゃんらがすっさまじい爆音で高速ダウンピッキング、その耳をつんざく爆音に観てるおれはいきなりテンション爆上がり、で、その音の壁に乗っかる歌を、そのバンドは♪お前の母ちゃんデベソ、お前の父ちゃんオカマ、お前の姉ちゃんヤリマン!!!!ってヤりだしたかと思うと、ギターボーカルがいきなりデブのベーシストをしばき始めた!!!
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蹴り飛ばされ、吹っ飛ばされたデブ、
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そのままモニタースピーカーに倒れ込み、もお〜〜、って顔で起き上がってモニターの位置を定位置に戻そうとしたら追い打ちをかけるように、更に上から飛び蹴り!!



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.....もう爆笑と興奮、そして強烈な衝撃で、一瞬にしてこのバンドに夢中になってしまったです。

そのテンションは最後の最後まで尽きる事がなく、もう嬉しいやら口惜しいやら。。。

ほんと、あの時ばかりは、もう自分らライブしなくていいや、と思ってしまった。こりゃ勝てねえ、と。


気持ちを切り替えてライブしたけど、完全に食われた!って思った。


自分の中で、初対面の対バンに完全に食われた、て記憶はあんま無いんやけど、その、完全に食われた、と自らも認める記憶で、真っ先に出てくるのはこの日の記憶なんです。(画像は当時のボットンズ)



勿論、速攻で仲良くなった。


音源を聴いて、更に夢中になった。


ライブの凄まじさもさる事ながら、曲の良さ、演奏の良さがハンパない!!!!!!!


日本中の人が知るべきバンドだって思った。

暫くボットンズの事しか考えられなくなる位、夢中になった。


その頃、福岡と大分位でしかライブした事がない、て言ってたボットンズも、そっから怒涛の行動力、気合いと根性のフットワークで活動範囲を広げて行って、そして約5年、そのひとつの集大成としてボタヤマオリンピックがあったと思う。


いつか、何処かでボットンズとは必ず出会っていたろうと思う。


でも、あの段階で出会えた、っていうのはとてつもなくデカい。


ボットンズって、メンバー1人1人、全員が凄く魅力的なん。

そのボットンズが、ボタヤマオリンピックにたどり着くまでの努力と苦労、ってのを曲がりなりにも、少しは知っている。本当の苦労や努力は本人しか知る由はないけど、少なくとも、5年分の積み重ねがどういうモノであったのかを、見続ける事ができた。


だからこそのリスペクト、だからこその出演できた喜び、実感しています。





....少し、話は飛びます。。



おれら、さる人の紹介で初めての九州ツアーをした時、ライブハウスと揉めて、九州では力がある、とある系列のライブハウスは全出禁になった。image

(←画像はその当時のおれら)

だから九州に行くのはなかなか難しい状態やったんやけど、関西ツアーをしていた博多のバンドと仲良くなって、ようやく博多でライブができるようになって、そして、ガロリンズのよしえさんと知り合う事で、さらに当時の博多のシーンに溶けこむ事ができるようになって行った。

でも、当時博多で人気があった仲が良いバンドは上京したり解散したりで、また色々と状況が難しくなって行ったりしたけど、いつもよしえさんにお世話してもらう事で何とかして繋がって行ってた。

そのよしえさんが最後に繋げてくれた、ボットンズ。

偶然が重なって、あのタイミングで繋がったボットンズ。

それ以降、よしえさんの癌は進行してゆき、約1年後、逝去。


何だかとても不思議な感じがします。

よしえさんはこの世からいなくなったけど、よしえさんが最後に繋げてくれた関係は、こんなにも素晴らしく、強いモノになって残り続けています。

よしえさんと最後に喋った事があまりにも下品でつまらないモノだった事、よしえさんが逝った事を知った朝、今日みたいに凄く天気が良かった事、忘れられません。
(あの朝は、おれが主催するデカいイベントの当日だった。40人以上いるスタッフをおれが引っ張らなくちゃ行けなかったし、沢山の出演者への配慮を怠るわけにもいかなかった、泣いてるスタッフもいたけど、おれが泣く訳にもいかず、笑顔で皆を引っ張っていかなくてはならなかった。ただ、よしえさん、見とって下されや!と思って眺めた空が、今日みたいに青く、澄んだ空でした)

ほんまにありがとうございます。

偶然ではなく必然、そういうのは容易いけど、ただただこの繋がりを作ってくれた事に感謝しています。

よしえさん、ありがとう!!!!


生きているおれらは、前進あるのみ!でも、ずっとあったこの思い、いつかこの場を借りて言っておきたい、ってずっとずっと思ってたから。



もう一回言うが、生きているおれらは前進あるのみ!!!!!!!!!




ありがとう、ボットンズ!!!!



お前ら最高や!!!ボットンズ!!!!



これからもヨロシク、ボットンズ!!!!




またいっぱい一緒にライブやろうな!!!




負けへんからな!!!!



(ボットンズとの思い出とか、書き出したらキリない。フーくんと一緒に、ヘドロに「農協なんて辞めちまえーー!!」とか言いまくってたな〜。。ほんまに辞めるとは。。)


では、また。