気がついたら9月も終わり。今月は一つしか記事が書けなかった。そんなに忙しかったわけではないのだが、やはり休み明けというのはいろいろゴタゴタするものである。

今月のニュースとしては、何と言っても安倍元首相の国葬(儀)だろう。法律の問題や安倍首相自身の業績を別にして、僕は政治家は基本的に国葬にすべきでないと思っている。

政治というものは、その立場によって、ある人にとっては善政でも別の人にとっては悪政になるものである。すべての国民に称賛される政治家など、例外を除いて存在しない。例外というのは、独立の指導者とか革命の英雄とか、そういう特別な人である。

逆に言えば、平和な時代であれば国葬に付されるような万民に慕われる政治家は必要なく、それは社会にとってむしろいいことなのである。平和な時代の政治家は万民に慕われることはないのだから、税金で運営される国葬などはすべきではない。

僕には、安倍元首相が独立の指導者とか革命の英雄に匹敵する業績があったとは思えない。安倍元首相にあるのは、なんだか薄ぼんやりとした業績ばかりだ。

そう考えると、とくに人気があったわけでもないのに任期がやたらと長かったのも、彼の政策とは無関係に暗殺されてしまったのも薄ぼんやりしている。暗殺の原因になった例のカルト教団は、その薄ぼんやり感につけ込んだのだろう。

あまり興味がなかったから、テレビの中継もほとんど見なかったが、ちょっと見た感じでは国葬と意気込んだわりには、やはり薄ぼんやりした印象を受けた。そこがいかにも安倍元首相らしいし、この薄ぼんやり感が今の日本を象徴しているように思えた。
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八月の終わり、僕は北海道で見えない敵と戦っていた。

釧路湿原。岩保木水門(いわぼっきすいもん)のあたりで見えない敵と戦った。
釧路湿原1
同じく、岩保木水門の近く。
釧路湿原2
つかの間の休息。
休息1
阿寒湖
阿寒湖
敗北。
阿寒湖看板
つかの間の休息。
休息2
共闘。
ヒグマ
美瑛の青い池
青い池
和解。
松山千春
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今月のニュースは、安倍元首相暗殺事件からの延長で、自民党と旧統一協会との関係に終始していた感がある。あの霊感商法の統一協会と自民党がここまで深い関係だったとは驚き・・・ではない。なにを今さらである。

勝共連合≒統一協会≒原理研究会と自民党の深い関係は、40年ぐらい前にはニュースになっていた。第二次安倍政権からは山上容疑者が犯行の動機としていたように、それを全く隠さなくなっていたから、自民党と統一協会がズブズブだといわれても、何を今さらとしか思わない。

第二次安倍政権以降、明らかに自民党の政策に観念的なものが増えてきた。選択的夫婦別姓が分かりやすい。選択的夫婦別姓は文字通り選択的なのだから強制するものではない。ようはどちらでもいいということだ。同姓にしたいならすればいいだけだ。

これに反対する理由が行政上の問題、例えばシステム的に難しいというのであればまだ分かる。だが、日本の伝統がどうのとか、家族の絆がどうのといわれると、それは観念的としかいうほかない。

もともと日本にそんな伝統はないし、夫婦別姓の国はいくらでもあるが家族の絆がないとは聞いたことがない。そもそも政治家が家族の絆なんか論じる必要はない。別姓にすると家族の絆が壊れるとかいうのは観念にすぎない。

同性婚も同じで、たとえ同性婚が解禁されたとしても、ほとんどの人が異性と結婚するだろう。反対する人は生産性がどうのだの、少子化に拍車がかかるだのワケの分からん理由で反対する。これも反対している人にとって実は理由なんかどうでもよくって、結婚は異性間でするものという観念が先にあるからである。

そういう観念を個人的に持つのは自由である。しかし、それを政治に反映されたらいい迷惑だ。そういう「あんたの観念を押し付けないでくれ」と言いたくなるような政策が、最近の自民党には多い。

もっと問題なのはその観念がどこから来たかである。日本の政治だから、本当に日本人の持つ習慣や宗教に由来するものであれば、まだ検討する余地があるだろう。しかし、この観念の実体は極めて特殊な特定の宗教によるものだったようだ。これでは検討に値しない。最初からお断りである。

お断りしなかった、つまり日本人が観念の強要に寛容すぎだったのが、この問題の発端である。カルトと自民党が密接な関係だったということばかりに焦点があたるが、その教団の教えそのものがひそかに政策に反映されていることはもっと重要である。そしてそれは、よく考えれば簡単に分かることだから、そういう観念の押し付けをする政治家には退場していただくほかない。
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『篁物語』の電子テキストを公開しました。

宮内庁書陵部本『篁物語』:やたナビTEXT


底本は、宮内庁書陵部本です。いつもどおり、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

一年半ほど前『醒睡笑』を始めた時に読み始めましたが、すぐに面倒くさくなってしまい「準備中」のままサスペンド、今日まで来てしまいました。いつまでも準備中というのもいかがなものかということで、夏休み中に一気にやってしまおうと思った次第。意外と面白くて、すっかりハマってしまいました。

写本は流麗な字でとても読みやすいのですが、一部色付きの紙に書かれていて、モノクロ画像では真っ黒になってしまいます。また、誤写に起因すると思われる意味の分からない言葉がけっこうあります。そのへんでつまづいて、面倒くさくなったというわけです。

さて、主人公は言うまでもなく小野篁です。篁の説話というと、バイトで閻魔大王の補佐官をしていた(『今昔物語集』20-45)とか、嵯峨天皇とトンチ比べで勝った(『宇治拾遺物語』49)とか、その類まれな学才を描く説話で知られ、色気のあるイメージはありません。

ですが『篁物語』は恋愛物で、しかも相手は腹違いの妹です。妹萌えの元祖ですな。

女の親は娘に教育を受けさせるため、腹違いの兄である篁に家庭教師をさせます。勉強しながら歌のやりとりをし、次第に二人はうちとけてゆきます。そうこうしているうちに深い関係になり、女は妊娠してしまいます。

1-9 かく夢のごとある人は孕みにけり・・・
かく夢のごとある人は、孕みにけり。書読む心地もなし。「例のさはりせず」など、うたてある気色を見て、この兄も「いとほし」とおしみて、人々、春のことにやありけん、物も食はで、花柑子・橘をなん願ひける。知らぬほどは、親求めて食はす。兄、大学のあるじするに、「みな取らまほし」と思ひけれど、二・三ばかり畳紙(たたうがみ)に入れて取らす。
「花柑子・橘をなん願ひける」とは妊娠して酸っぱいものを食べたがるという意味です。この時点では親はまだ気づいていませんが、すぐに妊娠はバレて女は母親によって部屋に幽閉されてしまいます。

1-10 かかることを母おとど聞き給ひて・・・
いよいよ鍵の穴に土塗りて、「大学のぬしをば、家の中にな入れそ」とて追ひければ、曹司にこもりゐて泣きけり。
妹のこもりたる所に行きて見れば、壁の穴のいささかありけるをくじりて、「ここもとに寄り給へ」と呼び寄せて、物語して、泣きをりて、出でなまほしく思へども、またいと若うて、ねたりたへき人もなく、わびければ、ともかくもえせで、いといみじく思ひて語らひをるほどに、夜明けぬべし。
「鍵の穴に土塗りて」は鍵穴に土を詰めて開けられないようにしたということですが、どう考えてもナニかの暗喩です。篁が「壁の穴のいささかありけるをくじり」ったというのも同じでしょう。

やがて女は死んでしまいますが、幽霊になって篁のもとに現れます。最初は頻繁に現れていたのが、時が経つのにつれて少なくなっていきます。その間、篁は結婚することはありませんでした。

と、ここまでが、ここまでが物語の主要部、やたナビTEXTでは第一部としました。第二部では篁は「時の右大臣の女」と結婚します。ここからあとは、読んでみてください。二部はあっという間に終わっちゃうけど。
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一昨年、101歳で亡くなった祖母から聞いた終戦直後の話。

祖母は当時滋賀県の実家に疎開していた。現在の長浜市の北にある、小さな集落である。戦争が終わり、その集落にもGHQのアメリカ兵が来ることになった。村は大騒ぎ。誰からともなく、

「アメリカさんは赤い物が嫌いで、赤い物を見ると狂ったように怒り出すらしい。」

という噂が流れた。たぶん誰かが「アメリカ人はアカ(共産主義者)が嫌いだ」とか言ったのが妙な具合に伝わったのだろう。

冷静に考えればアメリカ人だって人間だ。闘牛の牛じゃあるまいし、赤色を見ただけで興奮するわけはない。しかし、村の人たちにそんな余裕はない。なにしろ、相手は武器を持っている上に言葉が通じないのだ。

せっかく終戦まで生き延びたのに、赤フンで殺されたらたまったものではない。村人総出で手ぬぐいやらふんどしやら、ちょっとでも赤いものは人目に付かないところに隠し、郵便ポストは見えないように布をかけた。

赤いものは全て隠して準備万端、アメリカ兵が来る日になった。大人は全員鎮守の社に集合してアメリカ兵を迎え入れた。

村人が武器を持っていないかチェックしていたアメリカ兵の一人が、突然何か怒鳴りはじめた。何を言っているかさっぱり分からない。なにしろ英語はちょっと前まで敵性語として禁止されていたのだ。だが怒っていることは分かる。

すぐに一人のよぼよぼ爺さんが数人の屈強なアメリカ兵に捕まえられた。村人の目は怯えた爺さんに釘付けになる。赤いものは・・・持っていない。

するとアメリカ兵の一人が、爺さんの腰の帯に挟まっている細長いものを取り上げた。それは煙管(キセル)だった。アメリカ兵には煙管が拳銃か何かに見えたらしい。

爺さん、慌てて煙管を吸うモノマネをして必死に説明、事なきを得たという。
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LUUPを試してみた(その1・登録):2022年07月21日の続き。

7月の21日に登録したシェア電動キックボードのLUUPだが、登録はしたものの一度も乗っていなかった。あまりに暑くて、用もないのに外へ出てキックボードに乗る気にならなかったからである。

しかし今日、用が出来た。目的地は眼科の病院である。自宅からは歩くと20分ほど、電車も最寄り駅ではないため同じぐらいかかってしまう。自転車が一番いいのだが、瞳孔を開く薬を使うので、帰りは乗りたくない。LUUPなら病院の近くのポートに止めて帰りは電車で帰って来られる。

というわけで、乗ってみた。なにしろ初めて乗るので、写真やスクショなんか撮っている暇がない。唯一の写真がこれ。今日撮ったんじゃないんだけど。
LUUP
これは近所のアパートの空きスペースなのだが、こんなふうにビルやマンション、コンビニなどのちょっとした空きスペースがポートになっている。地図を見るとポートの数は思ったより多い。

ここから一台選び、スマホアプリからハンドルに付いているQRコードを読ませる。最初に読ませた機体はバッテリーの残量が少ないと言われたので別のにした。次に、返すポートを登録する。残念ながら、病院から一番近いポートは埋まっていたので、ちょっと離れた場所を登録した。これが後に悲劇へとつながる。

ポートならどこで借りても返してもいいのだが、そのポートに機体があるとは限らない。無ければ当然乗れないし、ポートに空きがないとそこに返すこともできない。もちろんアプリで確認できるのだが、なかなか思うようにいかないのが難点だ。なお、返すポートは借りている最中に変更することもできるらしい。

さて、おそるおそる乗ってみた。

ハンドルの右側にスロットルレバーがあって、これを親指で押すと走る。ただし、止まった状態では押しても何も起こらない。足で少し走らせてからレバーを押さないと、走らないようになっているのだ。

思ったより安定感はあるものの、やはり立って乗るというのは新鮮である。レバーをぐっと押すと結構な勢いで加速していくので、「あれ?意外と早いな」と思ったが、なにしろ時速15キロしか出ないので、安定して走行すると「遅っせーなー」と感じる。15キロといえばママチャリでゆっくり漕いだぐらいの速さだが、それでも歩くよりはずっと早いし、有象無象が乗るのだから、これ以上速くする必要もないだろう。

ハンドルの左側には、ボタン式のウィンカーとホーンが上下二段になって付いている。最初、ウィンカーの戻し方が分からなくて(もう一度押すだけだった)、間違えてホーンを押してしまった。結構でかい音が鳴って恥ずかしい。ウインカーとホーンの位置はもうちょっと離すか、スライド式のウィンカーにしてほしかった。もちろんちゃんと前後のブレーキも付いているので、下り坂でもスピードを落とすことはできる。

病院にはわずか十数分で到着した。が、そこに停めておくとその時間のレンタル料が取られてしまうので、早く登録したポートに戻さなければならない。病院を行き過ぎて、ポートがあるはずのところに向かったのだが、地図上にあるはずのそれらしき場所が見付からない。

乗ったことこそなかったが、これまで散歩の途中でいくつもポートを見かけた。どれも外にあったし土地勘もあるから、近くに行けば分かるだろうと思っていたのだが、なんとビルの中にある外からは見えない駐車場の隅がポートだった。

アプリには地図上の位置だけでなく、分かりやすいように、ポートの外観や周りの景色まで写真にしてあるのだが、病院の予約時間が迫っているのと暑いのとで、ゆっくり見ることができなかった。おかげで20分ぐらいさまよってしまった。そうでなくてもポートは分かりにくいところにあることが多いので、土地勘のない場所だったら、事前によく調べておいたほうがいいだろう。

ポートにキックボードを置いたら、アプリの終了ボタンを押し、返した証拠写真を撮って終了。これは簡単。

予約した時間から5分ほど遅れて病院に到着。ここの前を通ったときには全然汗をかいていなかったのに、汗でびしょびしょになってしまった。

料金は1ライドにつき50円の固定料金+1分15円で410円だった。ポートを探してさまよったぶんを差っ引いても、もう一声安くなってほしい。もっともこのときは初回クーポンで無料になったのでお金は払っていない。
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このブログの洛陽橋(万安橋)に行ってきた:2010年11月17日という記事のアクセス数が妙に増えている。それもSNSからではなく、Googleなどの検索からの流入だ。何だろうと思って調べてみたら、福建省の万安橋が燃えたらしい。

現存する中国最長の木造アーチ型屋根付き橋で火災、900年の歴史―中国メディア:Record China
中国国営中央テレビによると、中国福建省寧徳市屏南県にある「現存する中国最長の木拱廊橋(木造アーチ型屋根付き橋)」の万安橋で6日夜、火災が起き、橋体が燃えて倒壊した。
火は同日午後10時45分に消し止められた。死傷者は出ていない。
ニュースを読んで一瞬目を疑った。僕が行ったのは石造りで燃えるわけがない。調べてみると、同じ福建省だが寧徳市屏南県という所にある万安橋だった。同じ福建省とはいうものの、省都福州市のさらに北にある、山の中の小さな町らしい。

僕が行ったのは福建省泉州市の万安橋で、一般的には洛陽橋という。だから「洛陽橋に行った」とだけ書いておけばよかったのだが、ここは宋の四大家の一人蔡襄の万安橋記という石碑で有名なので、カッコ付きで万安橋という別名も入れた。それが検索にヒットしたらしい。ちなみに蔡襄は『水滸伝』で梁山泊軍団とは敵役になる蔡京と親戚で、本来宋の四大家は蔡襄ではなく蔡京だったともいわれる。

それにしても、日本の報道はいいかげんである。たとえばこれ。
築900年の中国最長の橋「万安橋」が炎上 “国家級の歴史文化財“指定:Yahoo!News-ABEMA TIMES
「万安橋」は900年前に架けられた、中国で最長となる“98メートル”の橋だ。木造のアーチ橋として知られていて、釘を1本も使わない伝統的な方法で建てられ、中国では「国家級の歴史文化財」に指定されている。
98メートルぐらいで最長なわけがない。現代の橋は除くとしても、泉州の洛陽橋は1200メートル、北京の盧溝橋は266.5メートルである。「木造の橋としては最長」でなければおかしい。また、日本の報道はどれも「福建省」としか書いていない。中国の地名に疎い人が多いとはいえ、面積では北海道の1.5倍ぐらいあるのにいくらなんでも雑すぎる。
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6月の終わりがとんでもない暑さだったのに比して、7月中は梅雨みたいな天気が多く、比較的(あくまで比較的)過ごしやすかった。今日はやたらと暑かったけど。

それにしても7月はいろいろなことが起きた。まず、7月2日のKDDIの携帯電話回線に通信障害が起きた。僕自身はKDDI回線を使っていないので無関係だが、なにしろ電話だから思わぬ影響があった。(KDDIの通信障害に泣かされた:2022年07月02日)。ちなみに、利用者には200円の返金を行なうという。該当者は莫大な数なので、一人二百円でも約73億円になるそうだが・・・う〜ん、どうなんだコレ。

なにしろ現代では最も重要なインフラの不通が3日も続いたから、これは今月一番のニュースだろうと思っていたら、それが霞んでしまうほどの大事件が起きるとは思わなかった。

KDDIの通信障害から約一週間後、安倍晋三元首相の暗殺事件が起きた(安倍晋三元首相、暗殺さる:2022年07月08日)。突然入ったニュースには目を疑ったが、時間が経過しいろいろなことが分かってくるにつれ、犯行が自作銃によるものだったこと、犯行の動機が旧統一教会に対するものだったことなど、暗殺事件そのもの以上にインパクトが大きく、テレビの報道も今日に至るまでこれ一色になっている。書きたいことはいろいろあったが、重すぎてひとつも書けなかった。

そして、新型コロナウィルス第七波である。10日に東京都の新型コロナウィルス感染者数:2022年07月10日という記事を書いたのは、ちょっとヤバそうだなと思ったからなのだが、あれよあれよといううちに都民60人に1人がコロナ陽性:2022年07月29日という事態になった。それでも政府からはロクな対策が出ず、もう自然減を待つ腹らしい。

個人的なことでは、石川忠久先生(石川忠久先生が亡くなられたらしい:2022年07月12日)と松本寧至先生(松本寧至先生が亡くなられた:2022年07月27日)の訃報が大きなニュースだった。二人とも僕が二十歳のころに初めて会って、その後の僕に大きな影響を与えてくれた。今はもう、感謝しかない。

例年、ブログ強化月間が終わると、書き終えた安堵感があるのだが、今年に限っては何か書き足りない気がする。「思しきこと言はぬは、腹ふくるるわざなれば、筆にまかせつつ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれば、人の見るべきにもあらず。」(『徒然草』第十九段)という気持ちである。
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僕は今までこのブログで、「師匠」とは書いてきたが、それが松本寧至先生だとは(たぶん一度も)書いてこなかった。師匠の名前を出すと、ともすれば師匠自慢になる。自分が師匠を超えるか、せめて師匠と同等ぐらいでなければ、虎の威を借る狐みたいでカッコ悪いと思っていたからだ。

しかし、僕にとっては師匠と言えるのは松本先生だけであることも事実だ。お世話になった先生は他にもたくさんいるが、師弟関係という言い方ができるのは松本先生以外にはいない。

一番感謝していることは、僕みたいな面倒くさい奴を弟子として迎えてくれたことである。あのころは何もできないのに、やたらと生意気だった。教える側になったからよく分かるが、二十代のころの僕みたいな奴は、自分ですら弟子にはしたくない。

それでも弟子としてかわいがってくれたのは、何か通じるものがあったのだと思っている。一つ思い当たる節としては、松本先生は何か一つの研究対象に固執するタイプの研究者ではなかったことだ。

松本先生の業績といえば、角川文庫『とはずがたり』の訳注や、『とはずがたりの研究』(桜楓社)、『中世女流日記文学の研究』(明治書院)に代表される、日記文学の研究が知られている。しかし、僕がゼミに入ったころは、説話文学や近代文学の論文を書いていた。中古・中世文学を軸足にしてはいたが対象の幅は広かった。方法論も同じである。とくに一つの方法論にこだわるのではなく、論を立てるのにはそれに適切な方法論を使っていた。

松本先生は一つの対象をどこまでも掘り下げるタイプの、今でいうオタクタイプではなかった。とはいえ、それぞれが浅いということはない。対象が芋蔓式に変わっていくので、弟子としては着いていくのが大変である。おかげで幅広い知識がついた。

松本先生と僕に共通点があるとすれば、それはオタクではないということだと思う。誤解のないように言っておくが、僕はオタクをクサしているわけではない。むしろオタクを尊敬し、オタクになりたいとすら思っている。しかしなれないのだ。

松本先生も「オタクではない」のではなく「オタクになれない」人だったではないだろうか。院生のころ、「中川はオレの論文全然読んでないけど、オレに一番近いよな」と言われたことがある。これはそういう意味だったと解釈している。

最近は話す機会も少なくなっていたが、機会があれば「今何やってる?(研究しているか?の意)」と聞かれた。僕はいつも答えに窮した。もう20年も、何もやっていないからである。僕は「不肖の弟子」という言葉すら憚られるほどの不肖の弟子である。まだ何の学恩にも報いていない。それだけが悔やまれる。
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東京都の感染者数が4万人を超え、都民の60人に1人が陽性のために療養中だという。
都民60人に1人が陽性 全てのモニタリング項目悪化:Livedoor News-FNNプライムオンライン
東京都の新型コロナウイルス専門家会議は、医療提供体制など全てのモニタリング項目が悪化していて、都民の60人に1人が陽性のために療養中だと明らかにした。
たいへんな数字である。身近でもかかったという人は聞く。うちは消防署の近くにあるのだが、救急車のサイレンを聞くことも多くなった。60人に1人が陽性と言われると、そんなもんだろうないうぐらいの体感がある。

夏休みの今、学校は授業がないが、もしあったらそうとうな欠席者数だろう。実際に休むのは療養中の人だけでなく、濃厚接触者や検査中、そして濃厚接触者と偽っている生徒が含まれるからである。

これだけ感染者数が増えても、政府や都からは何も出てこないようだ。町を歩いても、マスクをしていない人がちらほら見える。もうあまりコロナを恐れていないように見える。

僕自身も以前に比べると不安感は少ない。だが、本当にこれでいいのだろうか。60人に1人というのはたいへんな数字だ。重症化する人は少ないとはいえ、実際にかかった人の話を聞くとかなり大変そうだ。

政府や都の対策は見えず、人はゆるみきっている。そして数字だけがどんどん上がっていく。杞憂ならいいが、とてもイヤな予感がする。
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