先日、ラーメン屋で豚骨ラーメンを食べていたら、なんだかへんなBGMが流れてきた。
希望にあふれ
生きる喜び幸せに満ちて
愛の楽園すべての心が
愛をわかちあう・・・
「生きる喜び」とか言っているわりに歌い方は辛気臭いし、子供のコーラスが入っていたりするし、一瞬新興宗教の何かかと思った。だが、よくよく聞いてみると、西城秀樹の声に似ている。

今はスマホがあるから調べればすぐに分かる。背脂の付いたヌルヌルした手で印象的な歌詞で検索してみると、やはり西城秀樹だった。

西城秀樹といえば、とりあえず絶叫系だと思っていたので、こんな曲もあったのかと思ってびっくりしたが、作詞・作曲・編曲を見てさらにびっくりした。
作詞:スティーヴィー・ワンダー/追詞:山川啓介/
作曲:スティーヴィー・ワンダー/編曲:坂本龍一
なんと作詞・作曲スティーヴィー・ワンダーである。西城秀樹らしくない曲だが、スティービー・ワンダーらしくもない。編曲の坂本龍一は、最初の方の鳥もどきピポピポ音を聞くと、まあ言われてみればそうかなという感じだ。

西城秀樹は洋楽のカバー曲が多いが、これもどうやらカバーらしい。となると、スティーヴィー・ワンダーがこれをどう歌っているか気になるじゃないか。というわけで、YouTubeを検索してみると・・・

まずタイトルでびっくり。「Ai No Sono」、西城版と全く同じ日本語である。「スティービー・ワンダーの日本語が聞けるのか!」と期待に胸をふくらませて再生すると・・・

スティービー・ワンダー、一言も歌ってねぇ!

歌っているのは、西城秀樹版にも入っていた子供のコーラスだけ。さらに調べてみると、このコーラスの中に当時アメリカに住んでいた西田ひかるさんが入っていて、ちゃんと名前がクレジットされているらしい。
西田ひかる:Wikipedia
西田はカリフォルニア州在住時、スティーヴィー・ワンダーの楽曲、『愛の園 (Ai No, Sono)』において、大勢の子供たちと共にコーラス参加した。この楽曲は1979年に発売されたワンダーの音楽アルバム、『シークレット・ライフ』に収録されており、その曲紹介には西田の名前も、「Hikaru Nishida」としてクレジットされている。
そもそも、スティービー・ワンダーはなんでこんな曲を作ったのか。

これまた調べてみると、この曲は「シークレット・ライフ(Journey Through the Secret Life of Plants)」という二枚組みのアルバムに入っていて、「The Secret Life Of Plants」というドキュメンタリー映画のサウンドトラックだという。
シークレット・ライフ:wikipedia
よく考えてみると、スティーヴィー・ワンダーは盲人なので映画を見ることは出来ない。それで20曲も作っちゃうのは驚異的いうほかない。それにしても一体どんな映画なのだろうと気になったが、最後のびっくり、なんとこの映画一般公開されていなかった。
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また今月も総括だけになってしまった。

僕たちの仕事は四月に始まり三月に終わる。三月が終わればとりあえずリセットである。

思えば去年の三月に入ると同時に、安倍前首相により休校が呼びかけられた。ここからいつもの年とは違う、ちょっと狂った一年が始まった。五月いっぱいまでの長い長い休校が終わると、今度はいつもと違う気を使う授業。仕事以外にも個人的にもいろいろあって、本当に三月のリセットが待ち遠しかった。

今は具体的には書けないが、今月も個人的にちょっと困った問題がでてきた。これからしばらく続く長期的な問題で、簡単には解決できない。

四月から新年度とはいえ、コロナは相変らずだし、政府のコロナ対策のポンコツぶりも相変らずだ。新年度のリセットはせめてもの救いだが、まったく楽観的な気分にはなれない。

やたナビTEXTは『古今著聞集』が終わったあと、しばらく手を付けていなかったが、更新を再開した。次は『醒睡笑』と『篁物語』である。『醒睡笑』の方はすでにスタートしている。『篁物語』はまだ準備中で何もアップロードされていないが、翻刻はすでに進んでいる。短い作品なので、いったん全て翻刻してから掲載する予定。
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今月、一年がかりで入力してきた『古今著聞集』のテキストを終わらせることができた。一年がかりとはいうものの、コロナの影響で思いのほか早く完了した。

宮内庁書陵部本『古今著聞集』:やたナビTEXT

今昔物語集』・『宇治拾遺物語』・『十訓抄』・『古今著聞集』をそろえることは、やたナビTEXTを初めた時からの悲願だった。だから、とりあえず完成したことは嬉しいのだが、その反動でちょっとした古今著聞集ロスみたいになってしまっている。

もちろん、まだまだ続けるつもりではいるが、なんとなく次に手が付けられない。かといって、たまっている他の仕事にもなかなか乗り気にならない状況だ。

『古今著聞集』があまりに長かったので、次は短いのをいくつかやって、作品数を増やしたいと思っている。やたナビTEXTも20作品をこえてかなり充実してきたが、やはり作品数をもっと増したい。ある所で小野篁の話を書くつもりなので(論文じゃないよ)、とりあえず『篁物語』をやろうかと思っている。

あしたから3月である。例年3月は卒論だの入試だ定期考査だのが全て終わってしまうので、アクセス数が激減する。どうしてもテンションが低くなってしまうのだが、そのへんはご容赦ください。
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先日、埼玉に住んでいる父を病院に連れて行った。家から少し離れているのでちょっと早めに出たら、40分ほど早く病院に着いてしまった。コロナ下で抗体検査が終わるまでは病院の中に入れてもらえない。検査は時間どおり行われるので、ひたすら玄関で待つことになった。いい天気だったので、父と母を置いてちょっと散歩に行くことにした。初めて行く病院だったのだが、すぐ近くにちょっと気になる場所があったのだ。

少年時代、僕はボーイスカウトに入っていた。ボーイスカウトではいろいろな活動をしたが、印象に残っているのは何といってもキャンプである。夏休みなどは遠い所にも行ったが、それよりも自宅から自転車で30分ぐらい行ったところにある雑木林でのキャンプが忘れられない。

なにしろキャンプ場ではなく、単なる雑木林だからトイレなんかない。穴を掘って適当にシートでまわりを囲う青空トイレだ。炊事用の水は近所の工場みたいなところから分けてもらい、そのへんに落ちている木をひろって焚付けにしてメシを作っていた。

夜になると、どこまでも続く真っ暗闇である。どこからともなく犬がギャンギャンと鳴く声が聞こえてくる。野犬だという話だった。もし、夜中にトイレに行かなきゃならなくなったら、懐中電灯一つで闇の中を歩かなければならないのがたまらなく怖かった。

以前からもう一度行きたいと思っていたのだが、なにしろ40年も前のことだから、具体的な場所をよく覚えていない。そもそも、まだ存在するのかも怪しい。今回、病院に行くにあたってgoogle mapで場所を調べたら、この病院の近くによく似た林があるのに気付いたのである。

林は交通の激しい県道に面していて、奥に続く一筋の道がある。県道からちょっと奥に入ってしまうと、不思議なことに県道を走る車の音はほとんど聞こえなくなる。
雑木林の道
この道に入ったときは半信半疑だったのだが、ちょっと開けた場所まで来ると確信がもてた。間違いなく、昔キャンプをした場所だ。水をもらった場所もすぐ近くにあった。
雑木林
天気はいいし風もない。なんといっても、こんな素敵な場所なのに僕以外に誰もいないのがいい。あのころもそうだった。ここでキャンプしていても見ず知らずの人に会ったことがない。青空トイレで警戒しなきゃいけないのは一緒に行った友達だけである。

記憶ではもう少し針葉樹があったと思っていたのだが、あるのは葉の散った広葉樹ばかり。この季節、落ち葉が溜まっていて、歩いていてとても気持ちがいい。
枯れ葉
まさに国木田独歩『武蔵野』の世界である。
昔の武蔵野は萱原のはてなき光景をもって絶類の美を鳴らしていたようにいい伝えてあるが、今の武蔵野は林である。林はじつに今の武蔵野の特色といってもよい。すなわち木はおもに楢の類で冬はことごとく落葉し、春は滴るばかりの新緑萌え出ずるその変化が秩父嶺以東十数里の野いっせいに行なわれて、春夏秋冬を通じ霞に雨に月に風に霧に時雨に雪に、緑蔭に紅葉に、さまざまの光景を呈するその妙はちょっと西国地方また東北の者には解しかねるのである。元来日本人はこれまで楢の類いの落葉林の美をあまり知らなかったようである。
先ほど犬が吠えていたと書いたが、ここへ来て野犬ではなかったことが判明した。しばらく林の奥へ行くと・・・
ドッグラン
なにやら遊具みたいなものがある。これはどうみても人間用ではない。地図を確認してみると、林の中に警察犬の訓練所があった。夜、犬が吠えている記憶しかなかったが、今来てみると昼間でもギャンギャン吠えている。ここで四十年来のナゾがとけた。

それにしても、こんなところでキャンプしていたとは贅沢な話だ。大人になって僕はインドア派になるのだが、30歳過ぎてお遍路だの熊野古道だの、突然アウトドア派に転向したのはここでキャンプした経験があるからに違いない。そう考えると、ここは僕にとって原点の一つである。

しばらく散歩して病院に戻ると、駐車場にとめてある車の中で抗体検査が始まった。結果は三人とも陰性。めでたしめでたし。
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『古今著聞集』の電子テキストを公開しました。いつもどおり、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

宮内庁書陵部本『古今著聞集』


トップページに2015年1月10日入力開始となっていますが、漢文があったり宣命書きがあったりで面倒くさくなり、すぐに挫折してほっぽってあったのを再開したのが去年の1月19日です(『古今著聞集』リスタートしました:2020年01月19日参照)。『『今昔物語集』に次ぐ大きな説話集ですから二年はかかると予想していましたが、コロナによる長い休みのおかげで一年ちょいで終わることができました。

今回は誤写と判読に悩まされました。底本の宮内庁書陵部本は日本古典文学大系(岩波書店)の底本でもあるのですが、とても誤写が多く、その上文字の判読が難しいものが多かったのです。判読の難しさには大系の校注者(永積安明・島田勇雄)も苦労したらしく、凡例に次のように書かれています。
底本の書写には、筆者の筆癖があり、「る・り・か」「と・に」「も・り」等の如く、そのいずれとも読みとれる曖昧な字体が少なくない、この種の場合には、同系統の学本・九本等の読み方を参照して決定したところがある。また、前後の文脈によって、筆者の意図を汲んで翻字したものもある。

大系の凡例にあるもの以外にも判読しにくいものがあります。
読みにくい字
右の行が「たゝいまうへふしして」で左が「きといひてしはらく」ですが、「ゝ」「し」「て」「ら」「く」が字形だけでは読み分けるのが不可能です。他の箇所では「\/(踊り字)」もこれに含まれます。もちろん文脈で読めますが、これに誤写が入るととたんに読むのが難しくなってきます。

文字そのものは丁寧に書かれているので、それほど読みにくくはありません。何人かで書いているように見えますが、この紛らわしい字の傾向は、最初から最後まで変わりません。

世俗説話集を代表する作品といえば、『今昔物語集』『宇治拾遺物語』『十訓抄』『古今著聞集』あたりが挙げられますが、これでついに揃いました。これらの全文が全て入っている叢書は(たぶん)ありません。これだけでも十分価値があると自負しています。
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今月、二度目の緊急事態宣言が発令された。学校も分散登校になったが、対応はまちまちのようだ。学校もそうだが、街の様子を見ても、最初の緊急事態宣言の時と比べるとかなりヌルい感じがする。

緊急事態宣言を発令して、菅内閣の支持率はダダ下がりだ。発令が遅すぎたのが理由とされるが、それだけではないと思う。

菅義偉内閣になって四ヶ月経ったが、国民に対するメッセージの出しかたが恐しく下手クソな印象だ。例えば緊急事態宣言にしても、国民が「そろそろ出るんじゃないか」と思っていた時には「緊急事態宣言は考えていない」風のことを言う。そして、いよいよヤバくなってくると出す。だから後手後手の印象が強い。

たぶん、「緊急事態宣言は考えていない」といえば安心すると思っているのだろう。これはセンスが悪い。実際には出さないつもりでも、「これ以上感染者が増えれば、緊急事態宣言もやむをえない」ぐらいのことを言っておくべきだった。そうすれば、誰だって緊急事態宣言なんか出してほしくないから、国民の間に緊張感が生まれる。そういう駆け引きというか、対話というか、そういうものが菅総理は恐しくヘタクソだ。

国民との対話をしない姿勢は、彼が安倍内閣の官房長官をしていたときからそうだったが、あれはあえて悪役を演じているのだと思っていた。しかし、この四ヶ月を見て、なんだあれは素だったのかと思った。

実をいうと、僕は菅氏にはちょっと期待していた。もちろん政策などではない。そんなものは今の自民党に何も期待していない。

もっとドロドロとしたもの、例えば安倍前首相とそのシンパの粛清とか、ライバルの粛清とかである。権力を握ったとたんにえげつないことを始めるんじゃないかと思って、ちょっと期待していたのだ。

粛清とか物騒な話だが、カリスマ性のない菅氏の政権は、それぐらいやらないと持たないだろう。そして、それぐらいのことはやる人だと思って楽しみにしていた。だが、せいぜいやったのは、自分と利害のない学術会議の会員の粛清ぐらい。なんだかわけがわからないから、国民の支持は得られない。

菅総理は本当に残念な人だった。
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古今著聞集』の最後の篇「魚虫禽獣第二十」はその名のとおり動物の説話が集めてある。ありとあらゆる生き物がでてくるが、猫の話でちょっと面白いのがあったのでご紹介。

『古今著聞集』686
宰相中将なる人の乳母が飼っていた猫は、縄を引きちぎってしまうほど力が強かった。十歳に余るとき、夜背中から光を発した。
これはまあ不思議といえば不思議。光っていたのは静電気じゃないかという疑惑はあるが・・・
この乳母は日ごろから、「おまえが死ぬときに、私に死にざまを見せるな」と言っていたら、十七歳になったときどこかへ行ってしまった。
「猫は死に際を見せない」というのはよく言われる話だ。一説によると、猫は病気の苦痛と、他の動物に襲われるの苦痛の区別が付かず、とりあえず苦痛から遁れるために安全な場所を捜すのだという。

「鎌倉時代はそんなことは言われてなかったのかな」と思って次の説話を読んだら、もっと面白いことが書いてあった。

『古今著聞集』687
ある貴所に、「しろね」といふ猫を飼はせ給ひける。その猫、鼠・雀などを捕りけれども、あへて食はざりけり。人の前にて放ちける、不思議なる猫なり。
いや、たしかに不思議だけど、これは不思議な猫ではなくて、猫の不思議である。猫が鼠・雀を捕ってきて、ドヤ顔で飼い主に見せびらかすというのは、猫を放し飼いにしている人なら誰でも経験することだ。

橘成季は猫のことをよく知らなかったらしい。たぶん、「うちのしろねちゃんは不思議な猫で・・・」とかいう、飼い主の猫バカ自慢を真に受けてしまったのだろう。
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ブログ書けない病はまだつづいている。だが、今年の最後ぐらいは書かないとどうにもしまらない。

というわけで今年の総括だが、ここはコロナについて書かないわけにはいかないだろう。正直、こんなことになるとは昨年の今ごろは想像もしなかった。本当に予想もつかないことばかり起こった一年だったが、とくに予想外だったのは次の四つ。

1.こんなウィルスがここまで社会を混乱に陥れるとは思わなかった。
社会を混乱に陥れる感染症といえば、ペストとかエボラクラスの、感染力が強いだけでなく感染しただけで死を覚悟しなきゃいけないクラスのウィルスだと思っていた。コロナは無症状の人も多く、そこまでではない。

しかし、感染しただけで死を覚悟するほどではないから怖いのだ。ただの風邪だとか自分はかからないと思ってしまう人もいるし、そういう人が一定数いるから蔓延してしまう。本当に怖いのは適度に弱い感染症だということを知った。

2.ここまで社会が変われないとは思わなかった。
今年の前半は時差通勤だのリモートワークだの遠隔授業だのが盛んになった。なんだかんだいって、これを期に日本の働き方や学び方が変っていくだろうと思っていた。

しかしコロナが一時沈静化した夏を挟んで、またもとに戻っていく方向にあるように思える。少なくとも、僕のまわりではそうだ。コロナ自体は春より深刻になっている。冬に第三波がくることはだれでも予想できたことで、対策する時間はたくさんなのにもかかわらず、私たちは変われなかった。

3.ここまで株式相場が上がるとは思わなかった。
コロナが世界的に蔓延しはじめたころ、世界の株式相場は一気に冷えこんだ。そのころ僕はコロナについては楽観的だったので、これは一時のことだろうとは思った。ところが、下落は一時どころかほんの一瞬で、そのあとは実体経済を無視して上がりどおしである。それに反してコロナの方は僕の予想に反してどんどん深刻になっていった。
株価が上がった理由はいくつか考えられるのだが、まさかこんなちぐはぐになるとは思わなかった。

4.ここまで日本の政治がダメだとは思わなかった。
今日の東京都の感染者数は1300人である。春先に100人超えたとかいって大騒ぎしていたのがウソのようだ。

いまだに菅首相は緊急事態宣言に後ろ向きの姿勢を見せている。僕は緊急事態宣言を出せと言っているのではない。実際に出すかどうかは別の問題として、出さないことが見えてしまっているのがダメである。

たとえば、11月ごろから「緊急事態宣言も視野に入れている」ぐらいのことを言っておけば、国民に緊張感が生じ、政府の呼び掛けもある程度有効になる。それを言わない上に、政治家が楽しく忘年会では、国民がまともに呼び掛けを聞くわけがない。結果が今の感染者数である。

簡単にいえば、今の政府は国民にナメられているのだ。株価が堅調であるにもかかわらず、菅政権の支持率が下がっているのはそういう意味である。

さて、今年は個人的にもいろいろなことがあって、なんだかやたらと長かったような気もするし、あっという間に過ぎてしまった気もする。今年も残すところあと一時間ちょい。喪中のせいもあってなんだか全然実感がわかないけど、よいお年を。
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10月の総括を書かなかった。それ以来、一月以上記事を書いていない。15年もブログを書いているが、こんなに書かなかったのは初めてだ。

特に忙しかったわけではない。印象に残ることもあったし、書きたいと思うこともあった。実際、途中まで書いた記事もいくつかある。でも、最後まで書けない。どうも、ブログ書けない病になってしまったらしい。

たぶん、あまりに毎日が単調に過ぎていくからだろう。ついこの間コロナ自粛だったと思ったのに、もう今年もあとひと月で終わるというのが信じられない。

というわけで、11月の総括は総括になっていないけど、これで終わり。
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今日は天気が良かったので、散歩がてら目黒不動尊まで行ってきた。手を洗おうと思って、手水舎に行ったら、なんと水が出ていない。コロナ対策だそうだ。

本堂を御参りして女坂を降りると、途中に銅製の役行者像がある。洞窟っぽいし、後ろにちゃんと石造りの前鬼・後鬼もいる。

役行者といえば、なんといっても説話界の大スターだ。御参りしないわけにはいかない。
役行者像
この役行者像、地元ではなぜか足の神様だと思われている。まあたしかに足は強そうだ。その膝には鋳工の名前が彫られている。
役行者の膝
胸にも願主の名前が刻まれている。
役行者の胸
足の神様というわけで、足を触ると御利益があるといわれるのだが、ざんねん!
おさわり禁止
なんとお触り禁止。もちろんこれもコロナ対策。

役行者といえば典薬頭韓国広足の師匠である。その像を触って疫病が広がったらシャレにならない。役行者としても不本意だろう。これはしかたがない。
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