先日、久遠の絆ファンサイトIN台湾でおなじみ浦木さんが東京に来て、一緒に上神明天祖神社に行ってきた。

東京の白蛇さま 上神明天祖神社

上神明天祖神社は僕の家の近くである。2013年の正月に行った。そのときのことを、すでにこのブログに書いたつもりでいたのだが、今調べてみたら、どこにも書いていない。大方、Facebookあたりに書いたのを勘違いしたのだろう。

その時は正月だったので、参拝客が多くてあまり写真が撮れなかった。だから、わざわざブログに書くこともないと思ったのかもしれない。いずれちゃんと写真を撮りに行こうと思っていたが、あまりに近所なので、結局行かずじまいである。

天祖神社本殿の方は、近代的な建物で、ごく普通なのだが・・・
上神明天祖神社
天祖神社にもかかわらず、公式サイトのドメインがhebikubo.jpになっているように、この神社には蛇窪明神というインパクトのある末社がある。実は正月の初詣客もここが目当て。
蛇窪明神
いきなりド派手なリーゼント頭のヤンキー竜がお出迎え。オラオラ!
蛇窪明神竜2
この奥には祠(ほこら)があるのだが、この祠が白蛇に囲まれている。なにやら、巻子本を咥えているのとか・・・。
蛇窪明神蛇1
キシャー!と牙をむいてお怒りのご様子のとか。
キシャー

賽銭箱を守ってるのとか。
蛇窪明神蛇2
蛇窪明神蛇3
カエルを睨んでるのとか。蛙はなぜか既成品なので、ぜんぜんビビってる感がない。
蛇窪明神蛇と蛙

よく見ると、壁に出来ばえの微妙な(どれもビミョーだが)、鏝絵のような絵の痕跡がある。出来た時はもっとハデだったらしい。
鏝絵?
さて、このヘビは一体だれが作ったのか?境内に説明書きがあった。
白蛇縁起
蛇窪明神は昭和29年に鳶頭の櫻井昌利氏を筆頭とする有志の人々によってここに移され、その際に、櫻井氏の腹心の部下だった真鍋勝氏がこれらのヘビを作ったとある。つまり、とび職の方の作品だったわけだ。

この祠には正月だけ蛇石が入る。普段も入っているのかと思って、浦木さんに「この中に蛇石があるよ」とドヤ顔で言ったら無かった。
へび石
さて、それでは帰りましょうとなったとき、浦木のトランクのキャスターが一個ないことに気づいた。トランクの周りを見ても落ちていない。どうやら、成田空港から天祖神社までのどこかで無くなったらしい・・・。

で、とりあえず駅まで来た道を戻って探してみることにした。さすがに見つからないだろうと思ったが、なんと5分ほど歩いた道の真ん中に落ちてた。これも、蛇窪明神のご利益かもしれない。
駐車場でキャスターを付ける浦木氏
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何ヶ月前だったか忘れてしまったが、妻が突然、「もう東京電力の電気は使いたくない。東急にする」と言い出した。反原発の何からしい。

うちの電気使用量はちょっとびっくりするぐらい少ないので、電力会社を変えたところで、そんなに違いが出るとは思わなかったが、少しでも安くなるなら反対する理由もない。それに脱原発なら僕も賛成だ。

これまでは僕が東京電力と契約していたが、これからは東急のポイントカードを持っている妻の契約となった。支払いも妻になるが、いずれ精算するのでどちらでも同じだ。僕のクレジットカードのポイントがつかなくなるぶん損ともいえるが、これも大したことはない。だが、ここに思わぬ落とし穴があった。

電力会社を変えるためには、メーターをスマートメーターなるものに変えなければならない。取り換え費用は電力会社持ちなので、契約者は一銭もかからない。気がついたら、なにやらカッコいいメーターに変わっていた。

で、これがスマートメーター。円盤がくるくる回る機械式に比べると、なるほどスマートである。
スマートメーター
デジタル表示が小さすぎて、検針の人が大変だろうなと思ったら、もうそんなスマートじゃないことはしない。メーターそのものが電力会社と通信して、使用量と電気を使った時間をすべて電力会社に報告する。さすがスマートメーターである。

で、その時間刻みの使用量をWebでユーザーが確認できる。ん?

妻は義母の介護のため、週に二回、実家に帰る。その時は、僕一人になるのだが、その時の電力使用量が時間単位で分かるのだ。つまり、僕が何時に寝たか、電力使用量でだいたい分かってしまう。普段夜ふかしなので、夜間外出しようものなら、たちどころにバレてしまうだろう。

ここにグラフのスクリーンショットを貼り付けたいところだが、なにしろ妻の契約なので、僕はグラフを見ることもできない。恐ろしい時代になったものだ。
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『今昔物語集』の電子テキスト化が一通り終わったので、次は『大和物語』にした。

三条西家旧蔵伝為氏筆本『大和物語』

伝為氏筆本『大和物語』は、講談社学術文庫や日本古典全書などの底本になっている本である。これらの注釈書は古文学秘籍叢刊の複製を使っているが、同じものを国会図書館デジタルコレクションで見ることができる。

古文学秘籍叢刊 大和物語上
古文学秘籍叢刊 大和物語下
古文学秘籍叢刊 大和物語解説

実は、『大和物語』を通読したことがない。何度か読もうと思ったのだが、気がつくと飽きてしまうのだ。

『大和物語』というと、『伊勢物語』・『平中物語』と並んで、歌物語の代表として知られるが、それらと違い、一貫した物語性がなく、正直言うとあまり面白くない。和歌がわかれば楽しめるのかもしれないが、どうにも和歌は苦手で、そこまでに至っていない。

テキストを作るとなると、どうしても深く読まなければならないから、また別の発見があるものだ。それを期待して読んでいるが、早速琴線に触れる章段を見つけた。

第10段 監の命婦堤にありける家を人に売りて後・・・

監の命婦が、鴨川近辺にあった家を売って、粟田に引っ越したのち、売った家の前を通った時に歌を詠んだ、というだけの短い章段である。歌は、次のようなもの。
ふるさとをかはと見つつも渡るかな淵瀬ありとはむべも言ひけり

「ふるさと」が旧宅を指し、「かは」は「彼は」で、「これは(昔の家だ)」と「川」を懸けている。「淵瀬ありとはむべも言ひけり」とは、「人生に浮き沈みがあるとはよくいったものだ」と言う感じでわりとありきたりの表現だろう。技巧は凝らしてあるが、たいした歌でもない。しかし、これが他人事ではない。

現在、祖父母が住んでいた家を貸しに出している。まだ借り手はついていない。この家は、僕が生まれて最初に連れてこられた家でもある。東京の病院で生まれた僕は、病院から近い祖父母の家に最初に連れてこられたのである。

もちろん、そんな時代のことは覚えていないが、大学を卒業して数年間、諸事情によりここに居候した。その後、近所に仕事場を借り、だんだんとそこで生活するようになったが、結婚後も徒歩15分程度の近所に住んで、一昨年祖母が倒れるまで週に何度も通った。居候して25年以上である。

まだ借り手はつかないが、中身はすっかり空になっているので、入っても自分の知っている家ではない。長くいる気にもならず、さっさと出てしまう。玄関に鍵をかけて振り返ると、寂しいのとも違う、悲しいのとも違う不思議な感覚におそわれる。

近所だからしょっちゅう前を通っていて、たいして懐かしくもない。毎日会ってた友人が、突如見知らぬ人になったような、なんとも表現できない奇妙な感覚である。監の命婦も「淵瀬ありとはむべも言ひけり」程度の言葉しかでてこないのも理解できる。

今でなければ、この章段も「つまんねぇ話だな」としか思わなかっただろう。今はつまらない歌しか出てこないのも含めて、いや、それだからこそ「こんな感じだよなー」としみじみと思うのである。

中国では、元素すべてに漢字一文字・一音節が当てられている。

元素の中国語名称:Wikipedia

部首によって、それが常温で気体なのか、液体なのか、金属なのか、ひと目で分かるスグレモノだが、いかんせん、見たことのない漢字が多すぎる。中国の高校生(中学生?)は、これを全部覚えなきゃいけないのだろうか。もうしそうだとしたら、つい頬を赤らめて「私、日本人でよかった」とか思ってしまう。

ということは、新しく発見された元素にも、漢字と音を当てなければならないわけである。新しく発見された元素といえば、なんといっても「日本」が由来になったニホニウム。この字はすでに今年の2月に決まっており、昨日、音(ni3)が決まった。

113番元素ニホニウム(Nh)の中国語漢字が決定!:ユーウェン中国語講座
中科院等公布4个新元素中文名:科学網新聞

ニホニウム

なんだか親しみのわく字だなと思ったら、篆刻でお馴染みの字だった。

「鉨」は、ユーウェンさんのブログにもあるように、「璽」の異体字である。だが、ただの異体字ではない。

「璽」と「鉨」は一見似ても似つかないが、「爾」と「尓」は同じ「ジ」という音を表していて、異体字の関係にある。漢字は部品の位置が変わることがあるので(峯と峰など)、この2つの字の違いは「玉」か「金」かというだけである。

始皇帝が中国を統一する以前、「鉨」は現在の「印」と同じ意味で使われていた。当時の印は金属製だったので、金偏になっている。

秦以降、皇帝が使う印は玉で作っため、「璽」と書くようになった。いわゆる玉璽である。これ以降、「璽」は皇帝専用になり、そうでないハンコはすべて「印」を使うようになった。

そんなわけで、今でも姓名印を刻る場合、金文などの古い文字を使う場合は「○○○鉨」、小篆や印篆書を使う場合は「○○○印」とするのが作法になっている。

例えば、次の印影は僕の落款印だが、左は古鉨風なので「聡鉨」、右は漢印風なので「中聡之印(回文印といい、右上・左上・左下・右下の順に読む)となっている。
印

ただし、本来「璽」の発音はxi3なので、玉璽を意味するときはxi3、ニホニウムを意味する時はni3と、2つの音ができたことになる。
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現在、『発心集』の翻刻をしているのだが、ちょうど往生説話を翻刻していて、昨年行った九品仏浄真寺のことを思い出した。

九品仏浄真寺に行ってきた:2016年05月08日

この寺は関東ではめずらしく、三年に一度来迎会をやる。以前は8月にやっていたのを、あまりに暑いので次回から5月にすると聞いたが、ハテ、次回とはいつだったか。さっそく調べてみたら、今年の5月5日である。これも何かの縁だ。というわけで行ってみた。

来迎会とは、簡単に言うと人間が死んで極楽往生する時の様子を再現したものである。浄真寺は西を向いた本堂と、東を向いた阿弥陀堂が向かい合っている。西向きの本堂(本尊は釈迦如来)を現世、阿弥陀堂を来世の極楽浄土に見立てている。本堂を阿弥陀堂の間に橋をかけて、そこに仏菩薩の面をつけた人が練り歩き、極楽往生を再現するのである。

まず、阿弥陀堂から本堂に向けてお迎えが来る。このとき、二十五の菩薩と阿弥陀如来が行列をなして来る。

最初に妙なる音楽が聞こえてきて・・・
楽人
先頭は阿弥陀如来の脇侍である、観世音菩薩と勢至菩薩。
観音・勢至
続いて阿弥陀如来。如来(仏)なので、他の菩薩とは髪型が違う。なぜか他の菩薩と比べ小さいが、中の人が小柄なだけで、阿弥陀如来が小さいわけではない。
阿弥陀如来
その他、ぞろぞろ続いて、
ぞろぞろ1
しんがりは僧形の地蔵菩薩がつとめる。
地蔵菩薩
お面をアップにするとこんな感じ。どう見ても暑苦しそうだが、前回までは8月にやってたそうだ。あまりに暑いから5月に変更になったのだが、それでも結構暑い。こんなの真夏にやったら、本当に往生人が出そうである。
面の中
行列は本堂(現世)に入って、往生人を連れて再び極楽浄土を目指していく。当然、帰りの方が華々しい。まずは、なんと言うのか分からないが、花かざりの着いたカゴ。これを、トンと突くと、カゴの中から紙吹雪と小銭が撒かれる仕組み。僕は50円ゲット。
花かご
お迎えに来た菩薩様たちが、往生人を引き連れて戻って行く。往生人の写真は後ほど。
ぞろぞろ2
稚児さんもおるで。
稚児さん
往生を遂げた往生人は、ふたたび衆生を救うために現世(本堂)に返ってくる。今度は菩薩様はいないが、ボーサンたちが行列をなしてくる。

散華に群がる人たち。まるでゾンビのようだ・・・。
散華
往生人が輿に乗って担がれていく。
珂碩聖人
この往生人は、浄真寺を開山した珂碩聖人。つまり、珂碩聖人を菩薩たちが迎えに来て、菩薩たちと一緒に極楽に往生し、衆生を救うために再び現世に返ってくるというストーリーになっている。

最後に住職といっしょに念仏を唱えて終了。この写真ではよくわからないが、後ろで巨大うちわをあおいでいる小坊主君がかわいかった。
念仏

動画も撮ってきたので、ご覧いただきたいところだが、まだ編集が終わっていない。しばしお待ちを。
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今月もあまり更新できなかったが、4月16日の観光地に学芸員は必要かは、バズったというほどのものでもないが、アクセス数がいつもよりも格段に多かった。

あの記事で主に言いたかったことは、学芸員は必要であり、本来学芸員の仕事の一つにすぎない、観光という利益面からみても、ガンどころか欠かすことの出来ない存在であるということだ。

だが、その一方で、山本幸三地方創生担当相のいう「観光マインド」も無視してはいけない。

前のエントリの繰り返しになるが、観光客のほとんどは、〈でかい!古い!きれい!〉を求めてやってくる。これはきっかけに過ぎないが、どんなことでもきっかけがないと始まらない。これに寄り添わなければ、文化財の保護も意味のないことになる。誰も興味を持たなくなれば、どんな文化財だって、単なる古物に過ぎないのである。

学芸員に限らず、文化財を愛好する者は、自分にもそんなきっかけがあったことを忘れていることが多い。さらにどういうわけか日本人は、隠しておく方が価値が高まると考えている節がある。だから、文化財の専門家は保護する方を優先して、公開する方に消極的になる。

しかし、隠されたものは存在しないのと同じことだ。人々には次第に忘れられる。いずれ、誰も興味を持たない古物になって、本当に消えてしまう。本当の文化財保護とは隠すことではない。

今、日本はゆるやかな文化大革命(以下文革)に突入していると思う。政府が推すクールジャパンとやらは、サブカルやら、最近の文物ばかりが目を引く。ありもしない歴史や、せいぜい戦前までしか遡れない伝統を声高に叫ぶものなども多い。

中国の文革は、その過激さから、10年間の間に多数の犠牲者を出し、膨大な数の文化財が失われた。大変な悲劇だったが、現在はその反動で文化財に対する意識は高まっているように見える。株式投資の格言でいう、「谷深ければ山高し」というやつだ。

日本の場合、ゆるやかな文革だから、これによって直接の犠牲者が出ることはない。少年少女がいきなりトンカチで文化財を破壊することもない。しかし、こういうゆるやかな文革では、文化財は少しずつ、確実に消えていくのではないか。

「観光マインド」というと俗っぽくなるが、〈でかい!古い!きれい!〉を文化財保護と対立するものとして否定したら、このゆるやかな文革は続いていくことになるだろう。
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『今昔物語集』の電子テキスト化が一応完了したのでご報告します。

攷証今昔物語集(本文):やたナビTEXT

2014年4月30日に入力を開始したので、まる三年かかりました。始めた当初は、文字が小さい上に、簡単には出てこない異体字が多く、ちょっと入力しただけで頭痛に襲われ、十年以上かかるんじゃないかと思いましたが、慣れてくるに従いスピードが上がり、意外に早く終わりました。とにかく、老眼が進む前に終わってよかったと思っています。

当初、できるかぎり『攷証今昔物語集』(芳賀矢一・冨山房)の忠実な電子テキスト化をして、パブリックドメインで公開しようと思っていましたが、読みやすさや検索の便、HTMLで表現する成約から、もともとの本文からかなり手を入れざるを得ませんでした。

そんなわけで、現在のところ、「攷証今昔物語集」というタイトルにしていますが、「攷証」は取って、他のテキスト同様CC BY-SAで公開する予定です。

このテキストに関しては、『今昔物語集』という巨大な説話集の全編を、とりあえず公開することを目的としました。あまり読みなおしていないので、テキストの精度はイマイチかもしれません。何しろ千話以上あるので、中には大きな誤脱があるんじゃないかと、少々心配でもあります。

ですから、これで終わったとは思っていません。これからも少しづつ見直していくつもりですので、ご批正よろしくお願いします。

3月に行った中国ネタをもう少し書きたいのだが、新学期でやることが多くて、なかなか時間がない。そこで、動画と写真でお茶を濁すことにする。

中国名物「広場舞」をご存知だろうか。おばちゃんたちが、公園などで集まって、音楽に合わせて謎の踊りをする。音楽はグループによって違う。日本で一番近いのは盆踊りだが、盆踊りと違い毎日やっているのが特徴だ。初めての自転車旅行(2000年)の時に、中国各地で見たから、なかなか長い歴史がある。

紹興の広場舞。こちらは夜。
紹興の広場舞
これでは何だかわからないと思うので、昼間、杭州は西湖のほとりで舞っているのを動画で撮ってきた。

前半が広場舞。音楽も踊りも意味不明の上にバラバラ。ここまでひどいのはちょっとめずらしいかも。

途中で後ろ向きで歩いてくるオッサンが出てきて、「あれ?逆回しか?」と思わせるが、これもたぶん健康法。後半は言わずと知れた太極拳である。あと、動画撮っているのに気づかず、話しかけてくる妻を許してください。

西湖では、広場書道(僕が命名。正式名称ではない)をやっているオッサンも何人かいた。こちらは篆書を書いているオッサン。
広場書道(篆書)

別のオッサンが行草を書いてた。こちらは動画でどうぞ。


杭州に行くのは10年ぶりぐらいだが、あまりの観光客の多さにびっくりした。風光明媚で知られるのに、これじゃ余情も何もあったもんじゃない。
白堤
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「学芸員はがん」=山本担当相が発言:時事通信 Yahoo!ニュース
山本幸三地方創生担当相は16日、大津市内で講演後、観光を生かした地方創生に関する質疑の中で「一番のがんは文化学芸員と言われる人たちだ。観光マインドが全くない。一掃しなければ駄目だ」と述べ、博物館などで働く専門職員である学芸員を批判した。
とんでもない暴論・・・ではあるのだが、彼の言う「観光マインド」には思い当たる節がある。

観光マインドとは、観光地を訪れた「驚き」のことだろう。もっと簡単に言えば、〈でかい!古い!きれい!〉である。歴史・文化・民俗・地理、そういうことに興味がある人以外の観光客は、基本的に〈でかい!古い!きれい!〉を見に観光地へ行く。

日本の観光地でいうと、奈良の大仏は〈でかい!古い!きれい!〉の代表的なものだ。理屈抜きにでかく、古く、美しい。奈良の大仏に、歴史的意義だとか、美術的な位置づけだとか、哲学的な意味合いなどを見に来る人は、それに興味がある人が想像するほど多くはない。

日本人・外国人を問わず、多くの観光客は、〈でかい!古い!きれい!〉を求めて観光に来る。これなら、知識のない人でも楽しむことができる。たしかに学芸員などいらないということになるだろう。しかし、それでいいのだろうか。

そもそも、日本の観光資源には〈でかい!古い!きれい!〉は意外に多くない。土地が狭いから、ピラミッドだの万里の長城クラスの「でかい!」ものはそれほどない。日本は地震大国で木造建築が多いから、現存しているもので、それほど古いもはない。紀元前の歴史を持つ、地中海諸国や中国・インドと比べてしまえば、8世紀に作られた奈良の大仏でも新しいほうである。日本の自然はたしかに美しいが、パムッカレだの九寨溝だの、この世のものとは思えない風景もそれほど多くはない。

しかし、何でも無い風景であっても、知識があればわざわざ来る意味がでてくる。それを助けるのが、学芸員の仕事である。

例えば、次の写真は、大阪の難波宮跡だが、現在は単なるだだっ広い公園に、基壇だけが復元されている。はっきりいってつまらない風景だが、難波宮の知識があると、基壇の上の大極殿も、歩いている飛鳥・奈良時代の人々さえも見えてくる。
難波宮跡
大極殿基壇
何でもない景色も、知識があれば楽しめることを証明してくれるのが、NHKのブラタモリである。あの番組を見れば、つまらない地形や、何気ない風景にも、たくさんの意味があることが分かるだろう。ブラタモリでは多くの学芸員が活躍している。

また、〈でかい!古い!きれい!〉で驚いただけの人は、リピーターにはならない。〈でかい!古い!きれい!〉は、一度見れば満足してしまうのだ。奈良の大仏も、初めて見た時には大きさに驚くが、二回目は「あれ?こんなもんだったかな」となる。

しかし、ここにさまざまな知識が入ると、二度目はまた別の見方ができるようになる。最初に〈でかい!古い!きれい!〉に圧倒されて見えなかった部分も、二度目・三度目で見えてくることもある。そのような知識の取得を助けるのが学芸員の仕事である。

おそらく、山本幸三地方創生担当相は〈でかい!古い!きれい!〉な観光しかしてこなかったのだろう。だから学芸員は不要だと考えるのだ。

観光客として、そういう観光で満足するなら、それはそれでいい。だが、観光客を受け入れる側は、それではダメだ。観光客に様々な知識を分かりやすく説明し、リピーターになってもらい、ついでに宣伝もしてもらう。それが、観光地の利益にも繋がるはずである。

プリンターを買い換えた。

1月11日のエントリでプリンターが故障して、どうしようか迷っていると書いた。それが、今頃になってプリンターを買い替えたのは、3ヶ月迷っていたわけではない。ほぼ買わないことに決定していたからである。

今はプリンターの必要性が薄れている。そのうえ、うちにはインクジェットプリンタがもう一台ある。だから、無くてもいいかなという結論になったのだが・・・。

今年から、ある学校で国語の授業を2時間だけ担当することになった。こうなると、新しく、授業のプリントや、定期考査を作らなければならない。書道の授業なら、せいぜい古い文書をちょっと手直しするだけだから、インクジェットでも問題ない。だが、新しい文書をたくさん作成しなければならないとなると、何度も校正やプリントしなおしをしなければならない。やはり、レーザープリンターがあった方が安心だ。

というわけで、急遽アマゾンで購入。前回のエントリでは、コメント欄を通じて、いろいろ教えてもらったのだが、結局当初の予定通りBrother HL2365DWにした。僕の場合、主に使うPCのOSがUbuntu(Linux)なので、Linux用のドライバがあって、確実に動くものにしたかったのである。
新旧プリンタ
いうまでもなく、左が新しく買ったもの、右がこれまで使っていたものである。かなり小さくなった上に、軽くなった。もっとも、置きっぱなしにするので、軽くてもそれほど意味はない。

なにしろ、前に買ったのが12年前だから、いかに枯れた技術のレーザープリンターといえど、かなり進化している。現在のところWi-Fiで接続しているので、データを送るのに少々時間がかかるが、印刷時間そのものはずっと早いし、静かである。当然、スマホでのプリントにも対応している。

Wi-Fiの接続は、AOSSかWPSで簡単に接続できる。ステータスモニターが黒の液晶という、いまとなっては懐かしいものなので、ちゃんと繋がっているか若干の不安があるが、よく考えてみると、前のプリンタはLEDが数個ついているだけだったから、これでもずいぶん進化したものだ。それにしても、インクジェット機は安いものでもカラー液晶なのに、もうちょっとなんとかならんものかと思う。
ムセンセツゾクチュウ
買う前に謎だったのがその値段。このプリンタ、1万2000円程度。ところが、別売りのトナーは6,400円もする。とすると、本体は6000円程度ということになる。

もちろん、そんなわけはない。買ってみて分かったのだが、付属のトナーは、スタータートナーといい、700枚しか印刷できない。別売りのトナーは2600枚だから、4分の1ぐらいしか入っていないということになる。

700枚というとコピー用紙2締めもたないということになるが、僕の経験では、実際にはもっと印刷できるので、当面はこれでいいだろう。たくさん刷る人は、あらかじめトナーを買っておいた方がいいかもしれない。

もう一つ驚いたのが、古いプリンターの粗大ごみとしての処分費用である。東京都品川区では、インクジェットプリンタは300円で処分できる。ところが、レーザープリンターは1300円。なんと、仏壇やセミダブルベッドと同じ処分費用である。

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