現在老人ホームに入っている祖母の家を貸すことになり、そこにあった僕の私物を始末している。大部分は書籍だが、ブックオフとヤフオクでだいぶ減らした。

それでも、絶対に売りたくない本はある。そういう本と自転車・カヤック、その他もろもろのごちゃごちゃとしたものを引き取らなければならない。とてもじゃないが、今住んでいるマンションの部屋には入らない。

そこで、やむなく貸し倉庫を借りることにした。幸い、今住んでいる所から、徒歩10分程度で行ける場所に見つけることができた・・・のだが、一畳ぶんのスペースしかない。月7000円(これでも安い方だった)である。さすがは大都会だ。ちょっと郊外にいけば、月7000円も出せば、コンテナが借りられる。

毎月7000円の出費が増えることと、一畳という狭さに、少々悩んだものの、背に腹は代えられない。借りることにした。

手続きは、場所の指定から身分証明まで、すべてネットでできる。2・3日して、宅配便でカードキーが送られてきた。便利な時代になったものだ。

場所は、最寄り駅から徒歩数分のビルの中にあり、部屋に入るにはカードキーがないと入れない。その部屋が、スチール製のパーティションで区切られていて、そこにはナンバーキーがかかっている。トランクルームの中はこんな感じ。
トランクルーム

さて、僕の家からは650メートルしかないのだが、祖母の家からは1.5キロもある。ここをどうやって運ぶかが問題だ。

最初はレンタカーでも借りて、一気に持って行ってしまうかとも思ったが、そうすると、次に引っ越すまで開封されないダンボールが山積みになるだけだということは、経験上分かっている。さいわい春休みで時間があるので、ちまちまと台車(愛称べんり君。知の重み:2008年04月06日参照)に乗せて運ぶことにした。

なにしろ往復3キロである。本は重いので、ダンボール4つが限界だ。本を入れるためのスチール本棚も運んだ。ガラガラととんでもない音を立てて、180cmの本棚を積んだ台車は進む。最初はどうなることかと思ったが、なんとか終わった。

最初は一畳程度で大丈夫かと心配だったが、本棚2つとカラーボックス一つを入れたおかげで、祖母の家に置いてあったぶん全部入れてまだ余裕がある。収納家具というのはたいしたものだ。

とてつもなく面倒くさい作業だったが、あらためて自分が何を持っているのか確認できたのはよかった。きれいに入れなおしたので、自分の部屋よりもどこにどの本があるか分かりやすくなって、なかなか気分がいい。

今回の片付けで、一つだけ、絶対に出てくると思っていたものが出てこなかった。
プーアル茶

葛的先生の結婚式でもらった普洱茶である。プーアル茶というものは、古いものほど旨くなるという。もらったのは10年前(Extreme bridal dinner Yeah!:2006年08月06日参照)だから、かなり旨くなっているはずなのだが・・・・。

一体どこへ行っちまったんだろう。
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撰集抄』が終わって、そのころ同時に進行していた、『今昔物語集』も震旦部付仏法だったこともあり、少々仏教説話に食傷気味だったから、『平中物語』・『成尋阿闍梨母集』と、ちょっと毛色の違うものをやった。

なんとなく飽きていた仏教説話だが、『今昔物語集』も震旦部の最後の巻「震旦 付国史」になって、不思議と仏教説話を読みたくなった。というわけで、次のやたナビTEXTは鴨長明作の仏教説話集『発心集』をやることにした。

慶安四年版本『発心集』:やたナビTEXT

鴨長明が専門だったわけでも、好きなわけでもないが、これで、『方丈記』・『無名抄』・『発心集』と、主要な散文作品はすべてやたナビTEXTに収録されることになる。

『発心集』は、わりと最近、角川文庫から新版が出たので、テキストとしては入手しやすいが、決してお安くはない。僕の調べた限りでは、ネット上に電子テキストもない。



底本は新潮日本古典集成『方丈記・発心集』や旧角川文庫と同じ、慶安四年版本。版本なので、あちこちの画像データベースで見られるが、とりあえず名古屋大学所蔵のものが使いやすそうなので、これを底本にすることにした。

名大システム 古典籍内容記述的データベース(名古屋大学図書館)『発心集』

この版本、漢字(楷書)片仮名交じりで、字も大きく、ルビと句点まで付いているので、ある意味現代の活字本よりも読みやすい。翻刻をするのはそれほど難しくないが、校訂本文の方が少々悩む。

底本の味を伝えるためには、漢字をそのまま生かしたいのだが、やはり読みにくく、他のテキストと統一感がなくなり、検索が難しくなる。同じページに翻刻があるから、そのへんは、読みやすさ優先で大胆に書き換えていこうと思う。

『成尋阿闍梨母集』の電子テキストを公開しました。例によって、翻刻部分はパブリックドメイン(CC0)で、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

宮内庁書陵部本『成尋阿闍梨母集』:やたナビTEXT

底本は宮内庁書陵部本で、影印は書陵部所蔵目録・画像公開システムを使用しました。これは、現在、大阪青山歴史文学博物館に所蔵されている、定家本を丁寧に書写したものとされています。伝本はこの2つしかありません。

非常に美しく書かれていて読みやすく、文章も一部意味不明の語が含まれる以外はそれほど読みにくくないので、スイスイと翻刻が進みました。今一部で流行しているらしい翻刻の練習にもオススメです・・・・が、終盤に行くにしたがい、アレ?なんだか読みにくくなったような・・・。

この本、最初は10行で書かれています。これが書き出し。字そのものも美しく、字間にも行間にも余裕があって、仮名書道作品みたいです。
4左
ところが途中(書陵部所蔵目録・画像公開システムの48コマ左)から11行になります。まあ、一行増えただけなので、やっている最中は気づきませんでしたが・・・。
48左
終盤に差し掛かって(61コマ左)、「アレ?読みにくい。なんかヘンだぞ」
数えてみたら12行になっていましたが・・・
61左
ついに、14行に(62コマ左)。字もずいぶん小さくなりました。最初の余裕はどうした!
62左
このあとは、しばらく13行と14行が混在するのですが、最後の丁(69コマ左。オーラス70コマ右は2行で終わり。)で、何事もなかったかのように、しれっと11行に戻ります。
69左
大阪青山の紹介ページを見ると、最初の一丁の写真があって、書陵部本と全く同じ字詰めになっているので、定家本の段階からこうだったのでしょう。

行数が変わることはたまにありますが、こんなに変わるのは見たことがありません。あの定家が、「うわ、やべぇ。紙が足んねぇ。」とか言っているのを想像すると、思わず笑ってしまいます。

ボランティアによるウェブディレクトリ、DMOZがついに終了するらしい。

DMOZ
DMOZ終了のお知らせ

今となっては「ウェブディレクトリ」から説明しなければならないだろう。ウェブディレクトリとは、簡単に言えば、巨大なリンク集である。

GoogleやBingなどの検索サイトは、クローラーとよばれるプログラムが自動的にWebページを巡回・収集してページをコピーし、そこから入力されたキーワードに従い、検索結果を出力している。キーワードに対し、どのページをどの順番で出すか、すべての判断はコンピュータが行っている。

しかし、昔はそうではなかった。サイトを作ると、検索サイトに申請する。検索サイトの人は、載せるのに適当か判断して、適当ならサイトの人の判断でカテゴリ分けして載せていた。初期にはさまざまなウェブディレクトリがあったが、次第に淘汰され、Yhoo!Japan(現在のYahoo!カテゴリ)とDMOZが大手で、サイトを作るとそこに申請するのがお約束だった。

「Yahoo!はともかくDMOZなんか知らないよ」という人も多いと思うが、DMOZのカテゴリは自由に使うことができたので、別のサイトに埋め込まれていることが多かった。例えば、かつてはGoogleディレクトリというのがあったが、これはDMOZをそのまま載せているだけだった。

やたがらすナビを始めた時は、すでにGoogleの時代になっていたが、それでも、ウェブディレクトリに登録する必要があった。これに登録されていると、Googleなどから信頼性の高いサイトと見なされ、検索結果の上の方に出ることができたのである。

Yahoo!Japanには当然申請したのだが、通らなかった。当時はリンク集が主力のコンテンツだったので、リンク集にリンク集は入れないという方針があったのかもしれない。しかし、その後、サイトが充実してから申請してもやはり通らなかった。その時、別のリンク集サイトは掲載されていたので、理由は全く分からない。

DMOZの方は最初から諦めていた。審査が厳しい上に、ボランティアの人材が少なく、やたがらすナビの入りそうな過疎カテゴリでは、まず掲載されないと聞いていたからである。

ところが、ある日、申請していないはずのDMOZに登録されているのを発見した。誰かが申請したのか、ボランティアのエディタが自分の判断で入れてくれたのかは分からないが、本当にうれしかった。その後、現在のサーバーに引っ越した時、URLの変更にも速やかに対応してくれた。

僕自身、ほとんど使っていなかったが、DMOZには感謝しかない。エディタの方、長い間ご苦労様でした。

というわけで、記念にスクリーンショットを載せておこう。このページもじきに見られなくなる。
DMOZ

就職活動が解禁になったそうだ。

就職活動といえば「面接官」だが、この言葉はどう考えてもヘンだ。そもそも「官」は役人という意味である。公務員の採用ならともかく、私企業なら「面接員」とでもいうべきだろう。どう考えても、言葉としておかしいが、それ以外の言葉を聞いたことがない。

しかし、最近、『今昔物語集』の震旦部を読んでいて、これは冥官のイメージなのではないかと思うようになった。

冥官は、中国の民間信仰で、人の死後行くと考えられていた冥界で働く役人である。閻魔王が総理大臣や知事とすると、その下で働く官僚から小役人まで、すべて冥官ということになる。

『今昔物語集』に登場する冥官は、コネで便宜を図ったり、賄賂をもらったり、書類を紛失したり、最近良く聞く話ばかり。役人というものは、どこの国でも、どの時代でも、現世でも、冥界でも、みな同じようなものだと感心させられる。

面接官も、面接や希望者の資料をみて、将来の行く先を決めるのだから、やっていることは冥官によく似ている。行先は地獄というのも同じだで、地獄にさえ入れてもらえない人が死にたくなるのもしかたのない話かもしれない。しかし、冥官同様、面接官にも責任感なんて一つもないので、そんな連中のために絶対に死んではいけない

役人でもないのに役人風の名前が付いているものといえば、前にも書いた、「万引きGメン」を思い出す。そのときは、『Gメン75』の影響だと思いこんでいたが、ひょっとしたら、これも冥官のイメージなのかもしれない。

なにしろ、罪人をしょっぴいて、連れてくるのが仕事なのである。政府に雇われていなくても、イメージとしてはよく似ている。

どうも、役人的な名称に、人に威圧感を与えるイメージがあるようだ。そこまで考えて、「教官」という言葉を思い出した。

「教官」といえば、我々オッサンにとっては、『スチュワーデス物語』の堀ちえみのセリフである。このドラマは83年開始で、当時の日本航空は半官半民だったから、教官で差し支えない。自動車教習所の先生も、しばしば教官と呼ばれるが、これも私企業とはいえ、運転免許という公的な資格の審査を代行するのだから、「官」でもいいだろう。

しかし、僕は都立高校に勤務しているが、都立高校の先生のことを教官とは言わない。「職員室」とはいうが、公立学校で「教官室」といっている学校を僕は知らない。どこの都道府県でも、「教員採用試験」であって、「教官採用試験」とは言わない。

たぶん、奉るべき、公務員っぽい仕事を、日本では「官」と言っているのだろう。「教員」をやっていて、どうも奉られていないような気がしていたが、それは喜ぶべきか、悲しむべきか。
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今月の森友学園(塚本幼稚園・瑞穂の國記念小學院)の問題は、いろいろ出てくるたびに、幼稚さが目に付き、腹が立つというより、あきれることばかりだった。

教育が保守的だとか、愛国心だとかはどうでもいい。その愛国心とやらを教育するのに、わけもわからぬ幼稚園児に教育勅語を暗誦させたり、ヘイトスピーチをさせたり、安倍首相を礼賛させたり、やることなすこと、すべて幼稚である。

副学園長の手紙とやらもTwitterで流れてきたが、内容も文章も文字も幼稚で見るに耐えない。子供が幼稚なのは当たり前だが、幼稚園経営者が幼稚なのだ。

おそらく、この学園長・副学園長は、ただ単に幼稚園児の番長になりたいだけで、何の教育理念も持っていないのだろう。幼稚園児の番長には飽きたらなくなったから、小学校を作って小学生の番長になろうとしているのである。

用地買収が幼稚だったから、この件は表に出てきたわけだが、それは学園だけでできることではない。連中に提灯を付けた幼稚な政治家や役人がいる。

その代表格が安倍首相と、名誉校長なるものに就任した昭恵夫人である。あれぐらいの地位になると、様々なところから、名前だけの名誉職の声がかかる。だから、単に名前だけ貸したとしても不思議ではないし、たぶんそうだろうと思う。

保守的な私立学校はいくらでもあって、政治家が名誉職をやっている学校もいくらでもある。しかし、どう考えても森友学園は関わってはいけない相手だ。自分好みの保守的な教育をしているというだけで、安易に名前を貸すのは、いかにも幼稚な所業である。

結局、安倍首相も幼稚な思想しか持っていないということだが、首相とその妻の持つブランド力は半端じゃなく大きいのだから、「騙されました」ではすまされない。

あくまで想像だが、この一件は、この幼稚な連中を利用して一儲けしようとした、幼稚でない悪人がいて、それに幼稚な連中が踊らされたということだと思う。徹底的に究明してほしいが、究明するマスコミや野党も幼稚だから、ちょっと頼りにならないな。
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最近、『今昔物語集』の電子テキスト化の作業をすると、疲れるようになった。目が疲れるというより、全身に疲れが溜まり、ちょっと長めの説話を入力すると、20分ぐらい横にならないと、疲れがとれない。以前はこんなことはなかったのだが。

もともと目が悪いので、あまり気にならなかったのだが、どうも老眼が原因らしい。これが篆刻をやると如実に分かる。ちょっと暗くなると、印面がチラチラとしてくる。目を近づけるとなおさら見えない。

不思議なことに、PCだけを使っている時には疲れをあまり感じない。PCのモニター自体が発光しているからだろう。電子テキストの入力は、活字本を見ながらなので、目がつかれるのではないか。

そこで、机の照明を買い換えることにした。今まで使っていたのは、20年ぐらい前に人からもらった、小さな蛍光灯の電気スタンドである。

amazonを見てみると、多種多様なものがある。値段も数千円から数万円まで、ピンキリ。机上を照らすという単純な道具なので、レビューをみてもあまり参考にならない。家電量販店まで見に行こうかとも思ったが、あいにく近所に品揃えのよい家電量販店がない。

僕にとって、デスクライトといえば、山田照明のZ-Lightである。子供の頃、あの自由自在に動かせるデスクライトが憧れだった。この際、子供の頃からのあこがれを買ってしまおう。
Z-LIGHT:山田照明

さすがに照明器具の専門メーカだけあって、ラインナップが幅広い。どれを買っていいかさっぱりわからん。あまりに値段がお高いのは遠慮するが、なにしろ憧れの一品、ショボすぎるのもいかがなものか。

カタログで比較してみると、どうもZ-10Nというのが一番オーソドックスらしい。写真でみた感じもいい。値段は1万円弱。高くもないし、安くもない。
Z-10N:山田照明

というわけで、来ました。中身はこんな感じ。もちろんLED。

やることは、スプリングを2つ付けるのと、クランプを机に付けること、あとは電源に刺すだけ。それにしても、ついにデスクライトまでACアダプタになったか・・・。
本体
クランプ。これを机に付けるのだが・・・。
クランプ
これが大変良く出来ている。上の丸い部分が、スタンドを挿す場所なのだが、これを回すとクランプを開いたり閉じたりできる。つまり、机の下に入り込む必要がないのだ。

クランプの横に六角レンチが見えるが、これはアームの固さを調整するためのものである。基本的にクランプそのものを付けるのに工具は必要ない。

ただし、このクランプは机のような水平面にしか付けられない。垂直面に付たい場合や、壁に付けたい場合、クランプが使えず台を使いたいときは、別売り品を買わなければならない。クランプの種類は非常に充実しているので、使えないところはほぼないと思う。
オプション:Z-LIGHT

机に付けてみた。机の上が、なんだか雑然としているのは気にしないでくれ。

昔のZ-LIGHTと比べると、非常にスマートに見える。僕の自転車(モールトン)に似ているという理由でシルバーにしたのだが、パイプの太さも同じぐらい。各パーツの動きも重すぎず軽すぎず、気持ちよく動く。
Z-10N

さて、使ってみた。

こうかはばつぐんだ!

買ってから半月ほど経ったが、本当に疲れなくなった。最高に明るくすると少々明るすぎるので、少し暗くして使っている。

電源ボタンはシェードの右端にある機械式のボタンで、これを長押しすると、明るさがゆっくり変化する。再点灯しても明るさを記憶していて、同じ明るさになる。ダブルクリックで、最高の明るさになる。

だから、しょっちゅう明るさを変える必要のある人には向かない。また、色温度(色の赤さ)を変えることもできない。そのような機能を必要とする人には向いていないと思う。


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中国の土着の信仰では、死後も現世と同じような官僚制があると考えられていた。それが仏教に取り入れられたため、仏典などにこの世界観が描かれる。『今昔物語集』の震旦部には、そんな翻訳説話がたくさん見られる。

亡くなった人は冥界で裁判にかけられ、現世での所業によって、どのような罰を受けるかが決まる。裁判官は言わずと知れた閻魔大王で、今で言う検事や弁護士などは、冥界の役人が勤める。時には証人として、現世から出廷させられることもある。

現世と同じ官僚制だから、汚職もあるし、ミスもある。面倒くさくなって証拠不十分で罰しちゃったり、書類を紛失したり、賄賂を渡されたり、ゴネに負けたり、どこかで聞いた話ばかりだ。

では、その役人はどうやって雇うのだろう。現世なら科挙で採用するが、冥界は現世の役人から優秀な人をスカウトするらしい。

『今昔物語集』巻9「震旦魏郡馬生嘉運至冥途得活語 第三十」は、嘉運という男が、冥界の記室という官職に欠員が出たため、代わりにスカウトされるという話である。

冥界の役人になるということは、現世では死ぬことなので、嘉運はなんとかして逃れたい。たまたま、現世での知り合い霍璋が、冥界で役人として働いているのに出会い、アドバイスを求めた。すると、霍璋は「『アホだからできません』と言いなさい。自分がそれを証言しよう」とアドバイスした。

冥界の王の前で、嘉運は「アホなので私には責務を全うできません」的なことをいう。霍璋も「嘉運が文章を書いているのを一度も見たことがありません」と証言する。

これでOKと思いきや、ここで冥界の王、予想外の発言をする。

「それでは、誰か他に適任者はいるか」

嘉運は陳子良という男を推薦する。ということは、自分の身代わりに死んでもらうということである。まったくひどい話だが、これによって嘉運は生き返ることができた。

冥界の役人として働いていたというと、我が国の小野篁が知られている。

『今昔物語集』巻20「小野篁依情助西三条大臣語 第四十五」

篁は冥界と現世の両方を行き来し、働いていたという。どうやら、冥界には常勤と非常勤があったらしい。嘉運は常勤、篁は非常勤である。

篁と同じく非常勤として冥界で働いていた人の話が、嘉運の説話の次に出て来る。似たような説話が続いているのは、『今昔物語集』が二話一類といって、関連する説話を対にする形式になっているからである。

『今昔物語集』巻9「震旦柳智感至冥途帰来語 第卅一」

この説話の主人公、柳智感は嘉運同様、冥官の欠員によりスカウトされる。ところが、寿命がまだ残っていることが判明し、権官に任命され、小野篁のように、現世と冥界を行き来して仕事をするようになる。「権官」というのは、仮にその官に任ずるという意味である。

冥界の役所というところは、人間の生き死にだけではなく、未来の運命なども分かるらしく、柳智感は親族や友人に様々なアドバイスをしていたが、冥界の権官として三年経ったとき、衝撃的なことを告げられる。

隆州の李っていうやつに正官を授けることになったから、君、もうこなくていいよ

常勤が来たら非常勤はクビ。講師生活25年、同じセリフを何度聞いたことか・・・。目が曇って、この先が読みにくい。

さて、柳智感は冥界へ行くことはなくなったものの、この後、現世の役人として出世したばかりでなく、脱走した囚人の居場所を冥官に教えてもらったりしている。このへんは、クビにしたらしっぱなしの現世とはちょっと違うようだ。
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AI(人工知能)が進化すると、さまざまな職が奪われるそうだ。

AIなんていうラベルをつけなくても、技術の進歩とともに、さまざまな仕事が消えていったのは歴史的事実である。例えば、電車に乗ること一つ考えても、窓口で人が売っていた切符を機械が売るようになった。それをかつては切符切りという人が切っていたが、機械が切るようになった。それらに人が必要なくなったのである。

AIだろうが、そうでなかろうが、歴史の必然として、いずれ仕事は減っていくことには違いない。では、最後に残る人間の仕事はなんだろうか。

まず、単純労働はどんどん減っていくだろう。AIという言葉が恐れられるのは、単純労働でないところまで、機械がやってしまうということである。例えば、自動車の運転は高度な判断力を必要とするが、その判断力が今以上にコンピュータに付けば、いずれ運転手は必要なくるといった具合である。

こうして最終的に何が残るか、いろいろ考えてみた。

まず、ものを作る仕事は、すでにかなり置き換えられている。人が全く必要なくなるのは比較的早いだろう。コンピュータはそもそもノーミソの代わりになる機械だから、頭を使う仕事も早晩置き換えられるだろう。単純に作るだけ・頭を使うだけの仕事は、比較的早いうちに人がいらなくなるだろう。

サービス業はかなり後まで残るはずだ。サービス業は受け手の心理的な部分が大きく、たとえ機械がパーフェクトな仕事をしたとしても、それに対してどうしても心理的な抵抗がでてくる。しかし、これもあくまで慣れの問題で、いずれは機械がやることになるだろう。

さて、こうしてすべての仕事から、機械化できるものを取り去った時、たった一つだけ、絶対に機械にはできないものが見えてきた。

坊さん

坊さんだけはどう考えても人間以外にはできない。

いくら精巧にできていても、ロボ坊主にお経を上げられたら、成仏しそうな気がしない。クリスチャンでもないのにチャペルで挙げる結婚式の神父・牧師も、信仰心がないのだからロボがやってもたいして変わりなさそうだが、さすがにロボでは幸せになれそうな気がしない。

したがって、最後に残る仕事は坊さんである。さすがに、そうなるまでには相当かかるだろうが、何も仕事が無くなった人類は、全員坊さんになる。おそらく、56億7千万年後、坊さんしかいない現世に、弥勒菩薩は下生するのだろう。

ナム〜。チーン。

『成尋阿闍梨母集』の電子テキスト、早くも一巻が終わった。上巻でも巻一でもなく、一巻である。

宮内庁書陵部本『成尋阿闍梨母集』:やたナビTEXT

実は今まで、上巻・下巻としていた。講談社学術文庫の『成尋阿闍梨母集』が一巻・二巻としていたので、変だなとは思っていたが、二巻の最初に「延久三年正月廿日 二巻」とあるのを見て、今までの間違いに気づき、あわてて修正した。

二巻からなるなら、普通は「上巻・下巻」である。『成尋阿闍梨母集』の場合、最初の巻も日付で始まるのだが、「一巻」とは書いていない。だから、正確には一巻はなく、二巻にだけ二巻と書いてある。

この作品、内容的には一巻で作者が書くべきことは終わっている。一巻の終わりは、「書かなくてもいいことだけど・・・」と始まり、成尋の子供の頃を描くなど、あとがき的になっている。

『成尋阿闍梨母集』一巻(10) 書き付けでもありぬべきことなれど・・・:やたナビTEXT

続く二巻は、その冒頭に、
岩倉を出でて、仁和寺へ渡りし折のことは、みな書きとどめて侍れど、なほ飽かず思えて
とあるように、一巻で書き足りなかったことを書くということになっている。

当初一巻で終わるつもりだったので、一巻には何も書いておらず、ついつい長くなっちゃったということで、二巻としたのではないだろうか。だとすれば、最初の巻を「一巻」とするのも誤りで、巻名ナシ+二巻ということになる。二巻を「補遺」とかにしなかったのは、三巻・四巻と続く可能性があるという、意気込みの現れかもしれない。

もちろん、「延久三年正月廿日 二巻」が、最初から書かれていたのが前提の話だが、成尋阿闍梨母ならありそうな話である。
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