現在誰もいない祖母の家に、カポックの木がある。すさまじい生命力で、小さな鉢植えで、全く手入れしていない(水すらあげていない)のに、びゅんびゅん伸びる。特に夏場はあっという間に伸びてしまう。

2014年の段階では、このぐらいの大きさだったのだが・・・(Googleストリートビューによる)。
2014年6月のカポツク
現在ではこんなになっている。これでも今年の春までは定期的に刈っていたのだが・・・。これが小さな一個の鉢から出ているなんて驚異的だ。二・三年放って置いたら、家が飲まれるんじゃないだろうか。
現在のカポック
こんなになる前になんとかしたかったのだが、今年は10月いっぱいまで家を人に貸していたので、刈ることができなかった。今日なんとか刈ることができた。
刈り込んだカポック
柔らかい木なので、強力なハサミとノコギリでさくさく切れて気持ちいい。ごらんの通り、だいぶさっぱりした。

ちなみに植木鉢はこんな感じ。もう何が何やら。
植木鉢
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11月は祝日も少ないし学校行事もないので、仕事が多くて困る。その上、すぐに日が落ちてしまうから、なんだかあっという間に過ぎてしまったような気がする。

さて、今月、2025年の大阪万博の開催が決まった。2020年の東京オリンピックの5年後である。

前のエントリで書いたように、僕は昨日50歳になった。1968年生まれだから1964年の東京オリンピックには生まれていない。1970年の大阪万博は行ったらしいが、何しろまだおむつをしてベビーカーに乗っていたので、何一つ覚えていない。

僕たちの世代は、東京オリンピックや大阪万博の熱狂を、周囲の大人たちから聞かされて育った。だから、ほんのちょっと出遅れて、祭りに参加できなかったのがとても悔しい。僕にとっては、万博は行っていながら、さっぱり記憶がないのだから、オリンピックの数倍悔しい。

あれから50年を経て、東京オリンピックと大阪万博が、ほぼ同じ間隔でやってくる。まさかそんな日がくるとは夢にも思わなかった。僕たちの積年の夢が叶えられる日がすぐそこに来たのだ。だが、ちょっと遅すぎた。

東京オリンピックは、都内にいると面倒くさいことになりそうだから、どこか外国にでも逃げよう。外国で見るオリンピックは、日本人選手が全然活躍していないように見えるから面白い。

大阪万博は・・・たぶん行かないけど、どうせ行くならUSJにするよ。そっちの方が面白そうだもの。
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『徒然草』の電子テキストを公開しました。

烏丸光広本『徒然草』:やたナビTEXT

底本は、いわゆる烏丸光広本(早稲田大学蔵)です。例によって、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

烏丸光広本は、現在刊行されているすべての本文の底本になっています。あまりに有名な作品なので、ネット上で閲覧できるテキストも多く、今さらやたナビTEXTに入れてもあまり意味がないかもしれません。しかし、やたナビTEXT版には、
  1. 検索ができる(特に人名)
  2. 純粋な光広本の翻刻がある。
  3. 翻刻から影印にすぐに当たれる。
  4. 読みやすい。
  5. ライセンスを明記している。
などの利点があります。

まったくの偶然ですが、同時進行の『沙石集』とは、ほぼ同じ時代の作品で、どちらも古活字本という形態でありながら、内容を含めて様々な点で対照的でした。

『沙石集』は漢字片仮名交じりで、漢字は楷書なので、ありのままに翻刻するのには、ほとんど苦労しません。たぶん、OCRでもかなり正確にテキスト化できるでしょう。ところが、校訂本文を作るために読もうとすると、難解な仏教語が多い上に、一つの話が長いものが多いので、かなり時間と手間がかかります。参考文献も少なく、古典文学大系本は異本なので、あまり役に立ちません。

『徒然草』は全く逆で、烏丸光広本の文字は妙な癖があって、とても読みにくくなっています。読みにくさは前に「春」という文字のことを書きましたが(春秋か暮秋か:2018年05月25日続・春秋か暮秋か(春秋でOK):2018年06月12日参照)、こんな例は他にもいくらでもあります。『徒然草』だからよかったものの、未知の作品だったら、かなり読むのは困難でしょう。変体仮名や草書を読む練習としては、あまりオススメできません。

逆に内容は簡潔で、一段が短いものが多く、校訂本文にするのはそれほど難しくありませんでした。参考文献が多いのは言うまでもありません。

最後にご注意。実は、二点ほど、URLでミスがあります。

https://yatanavi.org/text/turezure/k_tsurezure001.txt

最初の「turezure」は「tsurezure」とすべきでした。もう一つは、最後に「.txt」をつけてしまいました。気がついたのが遅かったので訂正できませんでしたが、閲覧に大きな問題はないと思います。

さて、明日は僕の誕生日です。50歳の記念に、『徒然草』を置いていきます。

今、授業で使っている現代文Aの教科書に死臭が漂っている。気になったので、死者の数をカウントしてみた。
  • 宮沢賢治「永訣の朝」・・・病死1名
  • 河合隼雄「花女房」・・・殺人?1名
  • 夏目漱石「こころ」・・・自殺2名
  • 山田詠美「ひよこの眼」・・・心中2名
  • 米原万里「バグダッドの靴磨き」・・・戦死1名・爆死3名・拷問死1名・射殺7名
人が死ぬのは、26単元のうち5単元で18名。「永訣の朝」の病死をのぞき、すべて壮絶な死因である。死んだわけではないが、井上ひさし「ナイン」で自殺未遂が1名。かの有名なトラになっちゃった人も1名。

動物も死ぬ。しかも、江國香織「デューク」の犬は、ほぼ人間扱いなので、人間の死に含めてもいいぐらいだ。
  • 江國香織「デューク」・・・犬1匹
  • 山田詠美「ひよこの眼」・・・ひよこ1匹
  • 千松信也「クマを変えてしまう人間」・・・クマ・シカなど多数
国語の教科書なので、書いた人がすでに亡くなっているのは珍しくはないが、壮絶な死因の方が二名ほど・・・。
  • 芥川龍之介「鼻」・・・自殺
  • 星野道夫「ワスレナグサ」・・・熊に襲われる
国語教科書、『水滸伝』に負けず劣らず、死屍累々である。
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男臭いバイオレンスでおなじみの『水滸伝』だが、意外にも書道も関係がある。

梁山泊一味の宿敵、奸臣の一人が蔡京である。梁山泊の宿敵になるぐらいだから、史実の蔡京もあまり評判がよろしくなく、『宋書』では列伝231奸臣2に入っている。正史で奸臣に入るのだから、相当なものだ。

その蔡京は、宋の四大家(蘇軾・黄庭堅・米芾・蔡襄)の一人、蔡襄(洛陽橋(万安橋)に行ってきた続 洛陽橋(万安橋)に行ってきた参照)の甥で、自身も能書家として知られている。

『水滸伝』には、蔡京が能書家であることをうまく利用したエピソードがある。

『水滸伝』第三十九回で、潯陽樓の壁に反乱の詩を書いた罪で囚われた宋江を梁山泊一味が救助するため、蔡京からの手紙を偽造する場面がある。作戦の発案者呉用の言葉に宋の四大家が出てくる。
如今天下盛行四家字体、是蘇東坡・黄魯直・米元章・蔡太師四家字体。蘇・黄・米・蔡宋朝四絶。

講談社文庫『水滸伝』(駒田信二訳)による和訳は次の通り。
いま天下にもてはやされているのは四家の書体、すなはち蘇東坡・黄魯直・米元章・蔡京の四家の書体で、蘇・黄・米・蔡といって宋朝の四絶と称されております。

呉用は書の達人蕭譲と彫刻の達人金大堅をむりくり仲間に引き入れて、蔡京の書と印を偽造させる。蔡京の書と印は、当時流行の書として、法帖(お手本)が出回っていたので、上手い人なら簡単に偽造することができたというわけだ。古い印をお手本にしたため、文書偽造がバレるという落ちがつくのだが、108人の好漢の中に書家と篆刻家(のようなもの)が入っているというのが面白い。

それにしても、呉用の言う宋朝四絶は現行の宋の四大家と違う。蘇東坡・黄魯直・米元章は、それぞれ蘇軾・黄庭堅・米芾だから問題ないが、蔡襄であるべきところが蔡京になっている。

『水滸伝』が書かれた明代では蔡京だったのか、あるいは、作品中で辻褄を合わせるために蔡京にしたのか。蔡京が奸臣だから蔡襄にしたというのは一応説得力はあるが、『水滸伝』の書かれた明代よりあとに、奸臣だからといって蔡襄にするのはちょっと遅すぎる気もする。
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しばらく『沙石集』を更新できなかったが、やっと更新できた。長いし難しいので読まなくていいから、見るだけ見てほしい。

『沙石集』巻4第1話無言上人の事:やたナビTEXT

ご覧の通り、ものすごく長い。そして言葉がやたらと難しい。底本の古活字本は各巻が上下に分かれているのだが、ここでは巻4の上がまるまる一つの話になっている。最初、この巻だけ目録がないのでヘンだなと思ったのだが、一つしかないから目録が必要なかったのだ。

難解な仏教語が多いので、僕も正直言って3分の1ぐらいしか理解できないのだが、無住の言いたいことはとてもシンプルだ。「仏教にはいくつもの宗派があるが、互いに自分意外の宗派を誹謗してはいけない」ということである。これほど長くなってしまった理由は、作者である無住に熱い思いがあったからだろう。

キリスト教やイスラム教の宗派は、経典の解釈だったり、歴史的な経緯によって宗派が別れることが多い。それに対し、仏教では、最終的に解脱して仏となるための方法論が宗派の違いになる。特に、無住の時代は鎌倉新仏教が続々と登場し、方法論が細分化され、広い階層へ浸透していく時期だったから、宗派間の宗旨争いが激しかったのだろう。

方法論とは、登山に喩えると、どの道を通れば頂上に確実行けるかということだ。ある道は急坂が多いが距離は近い、ある道は遠いけど坂は緩やか、ある道は近くても岐路が多く間違えやすい。道はいろいろある。しかし、どっちにしても頂上に行くのだから、「こっちの道が頂上に近い、だから他の道はダメだ」というのは意味がないことだと、無住は言っているのである。

考えてみると、自分の採用した方法論以外を誹謗するというのは、いろいろな分野でよくある話だ。学習法・教育法・健康法・蓄財法から学問の方法にいたるまで、およそ方法と名づくものにはすべて見られる。そして、若い人ほど他の方法を誹謗しやすい。

若い時は少しでも早く目標に着きたくなるものだ。だから、自分の方法論こそが正しいと思いたがる。これの裏返しが他の方法への誹謗につながる。貶したって何も変わることはないはずだが、そうやって自分の方法論だけが正しいと信ようとするのだ。

無住が『沙石集』を書いたのは54歳から80歳までの間である。しかも、八宗兼学で仏教のあらゆる思想に通じている。そんな無住にとって、若い人が他の宗派を誹謗することが我慢ならなかったのはよく理解できる。
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最近、『水滸伝』にはまっている。

実は、登場人物がやたらと多い長編ドラマが苦手だ。読んでいるうちに誰がだれやら分からなくなってしまう。だから、中世文学が専門なのに、『平家物語』も『太平記』も苦手。『水滸伝』は108人の好漢が梁山泊に集結する物語というではないか。108人!聞いただけで興味が失せる。

というわけで、今まで、まったく興味がなかったのだが、妻が2011年に中国で制作されたテレビドラマ『水滸伝』を何話か見て面白いというから見てみた。たしかに面白い。テレビドラマだと顔が見えるので、文章を読むよりも登場人物が覚えやすくていい。それでも108人+諸々の人々は多すぎるけど。
水滸伝公式サイト

この機会に原作(の翻訳)も並行して読んでいる。

原作と比べてみると、後半になると冗長な合戦が省略されるようだが、話の流れはだいたい原作と同じ。

改変部分の傾向としては、

・残酷すぎる描写はカットかマイルドになっている(けど、血はドバドバ出る)。
・妖術などの神秘的な描写がない(ので、道士の公孫勝先生の存在感が薄い)。
・原作でキャラが崩れたとき、修正しようとする(特に宋江がらみ)。

バトルシーンはワイヤーアクションを多用して、最近のカンフーアクションっぽくなっている。特に前半は一対一のバトルが多いので、カンフー映画にしか見えない。舞台となる市街地や山寨がやたらとリアルだが、山東省に壮大な宋代のセットを組んで撮ったそうだ。そして、なんといっても俳優が個性的でいい。

はまったのにはもう一つ理由がある。さすがにこれだけ中国に行っているので、かなり土地勘があったことだ。よく出てくる、山東省・河北省は自転車旅行で二回縦断し、ツアーで一回行っているので、たいがいの場所は分かる。

中国自転車旅行記(北京〜上海):やたがらすナビ

梁山泊のある梁山県は18年前、初めての自転車旅行で行った。梁山県はカッサカサに埃っぽく乾いていたので、梁山泊はもっと外れにあるのだろうと思っていたのだが、実際には黄河の流れが変わったので、沼沢がなくなったらしい。街のど真ん中に小さな山があって、小汚い子供が登って遊んでいたのをよく覚えている。これが梁山泊の山寨だったらしい。

もちろん、内容が面白いのが一番の理由だったりするのだが、それはいずれ気が向いたときにでも。なにしろ、やたらと長い作品なので。
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今月下旬、シリアの武装勢力に拘束されていた安田純平氏が解放され帰国した。一部でまたぞろ醜悪な自己責任論を振り回している人が出てきた。

記憶している限り、この自己責任論とやらは、2004年のイラク人質事件からである。僕はあれを自己責任の悪用だと思ったが(自己責任の悪用:2009年07月30日参照)、今回も全く同じである。

何度でも繰り返すが、ジャーナリストだろうとボランティアであろうとバックパッカーであろうと、みな自己責任で海外に行っている。そうでないのは旅行会社主催のツアー客ぐらいで、これは事故があれば旅行会社に責任がある。ツアーで海外旅行に行くと、クソ不味いメシしか出てこないことがあるが、妙な屋台飯を食われて腹でもこわされたら、旅行会社の責任になってしまうからだ。

しかし、自己責任で行っているから、国家が助けなくていいということにはならない。パスポートを持って外国へ行く以上、何らかの遭難をした場合、日本国はそれを助ける義務がある。それはパスポートの表紙の裏、つまり一番最初に外務大臣からの要請として書いてある。
外務大臣の要請
日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。 日本国外務大臣

こう書かれている以上、問われるのは外務大臣を始めとする関係諸官がちゃんと「必要な保護扶助を与え」たかどうかだけだ。3年も拘束され、その間の状況が全く伝わってこなかったのだから、それこそおおいに問われるべきだろう。

「まずは謝れ」だの「国に迷惑をかけた」などと言っている人もいるが、それは、急病で救急車を呼んで、「まずは救急隊員に謝れ」だの「消防署に迷惑をかけた」だのと言うことと同じことである。バカバカしいにもほどがある。
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昨日は勤務校の開校記念日で休日だった。他の人にとっては平日、そして天気もいい。となれば、多摩川でインラインスケート。そう、まだやってたんですよ。

丸子橋を過ぎたあたりから大師橋(羽田)に向かい、Uターンして矢口渡まで戻る(ローカルですみません)のがお決まりのコース。だいたい15キロぐらいである。休憩を含めて一時間半ぐらいかかる。

平日の午後なので、それほど人は多くない。いるのはお年寄りと子供と犬の散歩が少々。いずれもトリッキーな動きをするので要注意だが、たまに出てくるだけなのでそれほど気にならない。

多摩川サイクリングロードの前半は、舗装が悪い場所が多くて滑りにくい。下流に向かうにつれて次第に道が滑らかになり、スピードも乗ってくる。大師橋が近くなると、道幅が広くなり、景色も開けてきて、とても気分がよろしい。もうススキが実っていた。
すすき
さて、六郷水門のあたりを気持ちよく滑っていると、後ろから大きな歌声が聞こえてきた。
ようこそ〜ここへ〜遊ぼう〜よパラダ〜イス〜


光GENJIのパラダイス銀河。

やたら大きな声で歌っているので、わざと僕に聞こえるように歌っているようだ。どんなク○ガキが歌っているのか、ちょっと見たかったが、こちらとらしゃかりきコロンブスなので、歌い手ははるか後方になってしまい、見ることができなかった。

しばらくして、「クソ○キじゃないんじゃないか」と気がついた。

そもそも、今のクソガ○は光GENJIなんか知らないだろう。よし知っていたとしても、光GENJIとローラースケートは結びつかないんじゃないだろうか。ということは僕と同世代か、少し下のク○オヤジか。そのまま育っちゃったんだな、きっと。
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さて、三回にわたって偽満皇宮博物院を紹介したが(偽満皇宮博物院へ行った(その1)その2その3)、かつて新京とよばれ、満州国の首都だった長春の街には、たくさんの満州国時代の建築物が残っている。

まずは、悪名高き関東軍総司令部。かつてはこんな感じ(Wikipediaによる)。
Kwantung_Army_Headquarters
鉄筋コンクリートのビルに和風の屋根をつけたものを帝冠様式といい、この時代(1930年台)に流行した。名古屋城がモデルになっているそうだが、単なる流行の建築様式というだけでなく、宗主国としての権威づけという意味も持っているのだろう。

現在は中国共産党吉林省委員会が使っている。現在では手前の木と塀に遮られて、外からは帝冠の部分だけしか見えない。見えない下半分は脳内で石垣を補ってしまうから、どうみても立派な天守閣である。道を歩いていて突然このお城が目に入ると、不思議な感じを受ける。
旧関東軍総司令部1
旧関東軍総司令部2
近くに満州国国防会館なるものがあった。現在は「吉視伝媒方舟美術館」になっているが、中に入っていないので、何の美術館だかよく分からない。吉視は吉林省テレビ局だろうから、テレビ局の所有の美術館だろうか。
国防会館
長春の中心には大同広場という巨大なロータリーが作られた。現在は人民広場というありがちな名前になっている。
昔の大同広場と満州国電信電話会社
上の絵にある茶色のビルは満州国電信電話会社である。現在は、中国株投資家にはおなじみ、中国聯通(チャイナ・ユニコム)という電話会社が使っている。
満州国電信電話会社
その向かいは、かつて満州国中央銀行だった。現在は中国人民銀行。中国人民銀行は、中国の中央銀行なので、電信電話会社同様、用途は変わっていない。
満州国中央銀行
いかにも中央銀行らしい立派な建物なので、柵越しにスマホで撮影した。一枚撮ってから写真を確認すると、とんでもない物が写っているのに気づいた。
満州国中央銀行の現金輸送車
どうみても現金輸送車。どう見ても現金を搬入中。

よく見ると、手前の自動車に「厳禁靠近」書いてある。工事現場などで「禁止靠近(近づかないでください)」という標識はよく見るが、どう考えても禁止より厳禁の方が重そうに見える。近付いたら問答無用で射殺されそうな勢いだ。近づかなくても、写真を撮ってるのがバレたら捕まっても文句は言えまい。

こういうときはさっさと逃げるに限る。というわけで、ものすごい勢いでトンズラしたので、人民人場の写真はなし。
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