学校の教科書は四年に一度改定される。高校では(中学校は区の教育委員会が選ぶ)そのたびに教科書を選ばなければならないのだが、東京都立高校の場合、これが大変面倒くさい。

まず、各社の教科書見本を読んで、どの教科書にどんな特徴があるかをまとめて書類にしなければならない。書道の教科書は現在4社から出ているので、すべて目を通した上で、それぞれについてその教科書の特徴をまとめる。

次に、どの教科書を採用したか、その理由を書いた書類を作らなければならない。「A社の教科書は、こういう特徴が本校生徒に向いているため・・・」とかなんとか、まことしやかにでっち上げるまじめに書く。教科書というものは一長一短があるので、真面目に考えるとなかなか難しい。普通、非常勤講師はこんな仕事はしないものだが、書道の先生は僕だけなので仕方がない。

この制度が始まったころ(いうまでもなく石原都知事になってから)、理由を考えるのが面倒くさいので「友人が書いているためA社の教科書を採用する」と書いたら、それじゃダメだと書き直しを命じられた。聞くところによると、「自分が書いているから」でもダメだそうだ。

何が言いたいか、もう分かったと思う。たいした金が動かない教科書選定ですらこの有様、いはんや大学認可においてをや。いまだに安倍総理は法律に違反していないから問題ないとかいう人がいるが、かくのごとく「俺の友達」は許されないのである。

さて、この書類は一体誰が読むのだろうか。もちろん管理職は読むが、すべての教科のことが分かる人などいないので、「読む」というより「友人が書いているから」などと書いているアホがいないか「確認する」という程度である。それ以外は、誰も読まない。

それなのに書くのは、あとで読む必要が出てくる可能性があるからだ。例えば、教科書会社が教科書担当の教員にワイロを渡していたという疑惑がでてくれば、この書類が意味を持ってくる。かくして、この書類は、誰も読まないまま、僕の知らないどこかにある一定の年数保管されるのである。なかなか面倒くさいことだが、これがお役所というものである。

しかるに、国のお役所では、書類を紛失したとか、廃棄されたとか、短期間で自動的に消去されて復元できないとか、そもそも書類を作っていないとかいう言い訳が通るようになったらしい。日本では下っ端は真面目にやらなければならないが、偉い人はいいかげんでも許されるらしい。まったくうらやましい限りである。
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SynologyのNASを試してみた(その1)のつづき。

すべて接続して、電源を入れたら、ブラウザを開いて、http://find.synology.comにアクセスする。すると、ローカルに繋がっているSynology製のNASを検索して表示してくれる。
発見

「接続」を押して、あとは聞かれるままに入力していけば初期設定完了。くわしくは、NASの導入から設定まで--初心者のための「Synology DiskStation DS216j」レビュー:CNET Japanあたりをどうぞ。

初期設定が完了したら、ファイルマネージャでNASにアクセスできるようになる。しかし、ブラウザでhttp://192.168.11.16:5000/にアクセスすると、DSM(DiskStation Manager)というインターフェースが現れ、さらにいろいろできるようになる。
DSM
上の画面はコントロールパネルを開いた所で、あらゆる設定はここからできる。それだけでなく、様々なアプリケーションを使うこともできる。たとえば、AudioStationを開くと、既定で作られているmusicフォルダの中に入れた音楽をブラウザ上で再生することができる。
AudioStation
バックアップや写真の管理など、ある程度はデフォルトの状態でインストールされているが、それ以外にもたくさんのアプリがパッケージセンターにあるので、ここから簡単にインストールできる。
パッケージセンター

ここにあるのは、Synology製のアプリだけではない。apacheやPHPといったWebサーバーに必要なものから、Word Press・Drupal・Mediawiki、そして、やたがらすナビでおなじみDokuWikiのようなCMSまで、比較的著名なものはワンクリックでインストールできる。

憧れの自鯖(死語)も簡単に構築できる・・・らしい。怖いからやってないけど。


申し訳ない、またヨタ話。カレンダーを埋めるために、普段なら書かないことを書かざるを得なくなるのも、ブログ強化月間ならではである。

さて、僕はこのブログで、都知事のことを「上司」と書いたことがあるが、実は都知事を上司と思ったことは一度もない。校長も副校長も教務主任も、上司だとは思っていない。僕に上司はいないと思っている。いつからそう考えるようになったのか覚えていないが、長い非常勤講師生活のなかで、だんだんそう思うようになってきた。

もし、彼らが上司であるなら、僕の給料を上げたり、昇進させるたりすることができるはずである。しかし、彼らにはそんなことはできはない。たとえ僕がどんなに学校に貢献したとしても、僕の給料を上げることも、僕を専任にすることも彼らにはできない。せいぜい礼をいわれるぐらいだ。

逆に僕をクビにすることはできる。僕の仕事に問題があったときはもちろん、何の落ち度がなくても、カリキュラムの変更などで簡単にクビにされることはよくある。そんなのは上司とは言えない。

では、彼らは何者か。クライアント(取引先)である。

クライアントだから、取引を打ち切られないように必要十分の努力はするが、それ以上のことはしない。自分の教育方針と、学校の教育方針が対立することもあるだろう。それでも相手はクライアントなのだから、学校に合わせなければならない。

職務の範囲内でのクライアントの希望には出来る限り答えるつもりだが、職務をはずれた希望であればきっぱりと、もしくはのらーりくらーりとかわす。喧嘩してはいけない。顧客と喧嘩してもいいことは一つもない。どうしてもしなければならないのなら、それは最後の手段で、取引を打ち切られる覚悟ですべきである。

これは、僕が公立学校の非常勤講師だからかもしれない。しかし、私立でも大差ないように思う。非常勤講師が専任に取り立てられたという話をほとんど聞いたことがない。あったとしても、それは既定路線で、最初からある程度決まっていた場合ぐらいだ。

僕の経験では、相手をクライアントだと思って接していると、不思議と相手もそう見てくれるようになる。こうなると、無駄な気遣いがいらなくなるから、お互い気が楽になってくる(と思う。たぶん)。
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昨日のエントリの続きを書いていたのだが、途中まで書いて、いろいろセキュリティ的なヤバそうなことを書いてしまい、書き直すのに時間がかかりそうなので、ちょっとヨタ話。

今回、NASを更新したことによって、ついに僕の家からプリンター以外の日本企業のIT機器が消滅した。Synologyは台湾企業で、他にAcerのChromebookとASUSのタブレットを持っている。WindowsPCはLenovoで、スマホがHUAWEI、こちらは中国本土企業である。

最初に買ったPCがコンパックで、次に買ったのがGatewayだから、BuffaloのNASを除いて一度も日本企業のコンピュータを買ったことがないことになる。

学校で使うのは、富士通だの東芝だのNECだのの、日本ブランドである。友達が使っているのも日本ブランドが多い。それらが、どうにも「気が利いていない」ものばかりだったから、自然と避けるようになってしまった。

PC/AT互換機が主流になってからの、日本のパソコンはひどかった。ハードディスク容量はそれほど多くないのに、わけのわからんソフトウエア、それもとんでもない出来損ないだったり、お試し版だったりをてんこ盛りにして、自ら操作性を下げていた。

その点、コンパックのプリインストールソフトは、Windows3.1の欠陥を補うもの(ランチャー)と、現在のOfficeに相当するMicirosoftWorksとファックスソフトだけで、とりあえず役に立つものしか入っていなかった。

去年の11月に買ったHUAWEIのスマホも同じだ。独自UIのEmotion UIは素のandroidに近く、その上で欠点を補っている。プリインストールアプリも懐中電灯だのコンパスだのミラーだの、なかなか痛いところを突いてくる。もちろん、いらん物も全くないわけではないが、図々しくない。不要なものは、簡単に無効にできるようになっている。先日買ったSynologyのNASも、まだ2日しか使っていないが、「気が利いているなぁ」と感じさせることが多い。

こうして考えてみると、コンピューターに限らず、どうも日本企業の製品は気が利いていないと感じることが多い。気が利いていないから不快になる。不快になるからそれは避ける。

日本の製品はUIが悪いという人もいるが、たぶんそういう問題ではない。機能が多すぎるというのも違う。そのままなら便利なものを、わざわざこねくりまわして不便にしている感じ。根本的なところで何かが間違っているように思う。
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先月、10年近く使っているBuffaloのNASが故障した。ファイルは無事救出できたので、さて、問題はこれをどうするか。まる一月悩んだが、結局NASを買い換えることにした。

なぜ一月も悩んだかというと、DoropboxやGoogleドライブ、Oneドライブなどのクラウドストレージに移行することを検討したからである。いずれもすでに無料ぶんを使っているので、毎月1000円程度払えば1TBぐらいは使える。すでに使っているから、移行もそれほど面倒ではない。なんといっても、故障を恐れる必要がない。

しかし、一方で現在のNASを調べてみると、これが以前使ったのよりもはるかに多機能になっていて、なかなか面白そうだ。NASとはNetwork Attached Storageの略で、その名の通り、ネットワーク接続のストレージだったはずだが、これはもうサーバーである。実際、標準でapacheをインストールしてWebサーバーにすることも簡単にできるらしい。

で、いろいろ検討した結果、Synology DS216jというのにした。あまり聞き慣れないメーカーだが、非常に人気があるらしい。

前面。筐体はプラスチックで、金属製だったBuffaloのNASと比べると、少々チャチな感じがする。電源はACアダプタなので、HDDが入っていないこの状態だと非常に軽い。
NAS前面
側面。Synologyのロゴが通気口になっているようだ。
NAS側面
このNASは、中身のハードディスクは別売りである。古いものを使うこともできるし、SSDにすることもできる。シノロジーのサイトから、互換性のあるハードディスクを検索することができるので、どのディスクが使えるかすぐに分かる。

Synology 製品互換リスト

壊れたNASに入っていたHDD(これは壊れていない)を入れるという手もあったが、結局フォーマットしなければならないので、データーのコピーが二度手間になる。面倒くさいので、これまた評判のいい(そして、東芝の半導体部門売却でゴネている)ウェスタンデジタルのレッド(NAS用ディスク)にした。

容量は1TB。これを二つ入れてRAID1で使う。以前のNASに入っていたデータが200GB程度なので、これで十分だろう。それにしても、こんなきれいな箱に入った生ハードディスクを買う時代が来るとは思わなかった。
WDREDパッケージ
中身はこれ。
WDRED
本体カバーを開ける。この時点ではカバーはネジ止めされておらず、簡単に開けることができる。
カバーを外したところ
ハードディスクをベイに突っ込み、ぐっと押しこむと簡単に端子に接続できる。
HDD装着
あとは付属のネジで固定するだけ。ここでドライバーが必要になる。じつにあっけない。ワッシャーがゴム製なのはよく考えられていると思う。ハードディスクの振動を防ぐためだろうと思われる。
ベイのネジ
あとは、カバーをしてネジどめするだけなのだが・・・。
カバーのネジ
実はこれが一番とまどった。開けた時、「カバーはネジ止めされておらず、簡単に開けることができる」と書いたが、これはすなわちねじ山が無いということだった。

普通、こういうときはタッピングネジという、ねじ山を作りつつねじ込むネジを使うものだが、付属のネジはすべて普通のネジで、なかなか入っていかない。ちょっとビビりつつ、力を加えてねじ込んで、やっとネジ止めできた。カバーはしっかり止まっているので、ネジがなくても多分大丈夫。

さて、これであっけなく完成。キットというとちょっと心配になるかもしれないが、ここまで簡単だと、誰でもできるだろう。

動かしてみると、大きなファンが付いている割に、あまりに静かなのでびっくりする。しばらく使わないと、サスペンドモードになるし、時間を設定して停止することもできる。おまけにLEDの輝度まで調節できるので、寝室の近くにNASがある人(うちだ)でも、邪魔にならない。



さて、あとはセットアップすればいいのだが・・・続く・・・

古典文学テキストのレベル:2017年07月18日で、やたナビTEXTでは、『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』以外は、レベル1(翻刻)とレベル4(校訂本文)の二つのテキストを掲載していると書いた。

『宇治拾遺物語』の方は、かなり昔に入力したため、これだけ形式が違う。いずれ同じ形式にするつもりだが、『今昔物語集』は最初から現在の形式でいくつもりだった。

やたナビTEXTの『今昔物語集』の底本は、『攷証今昔物語集』(芳賀矢一・冨山房・大正2年〜大正10年)である。これを底本にしたのには理由がある。

『今昔物語集』の注釈書の底本は、多くが鈴鹿本を底本としている。これは、『今昔物語集』の諸本はすべて鈴鹿本をもとにしているという研究結果からである。この鈴鹿本、大変ありがたいことに、京都大学がネット上で公開している。

京都大学附属図書館所蔵 国宝今昔物語集(鈴鹿家旧蔵)

ならばこれを使えばいいかというと、話はそう簡単ではない。鈴鹿本はすべての『今昔物語集』の親本とはいうものの、わずかしか残っていない。そこで、現在のテキストの多くは、不足を他の伝本で補っている。ほとんどは容易に見ることができず、この方法は取れない。

そこで、僕は『攷証今昔物語集』を使用することにした。これなら最初から活字だから、膨大な量の『今昔物語集』でも比較的早く終えることができる。それでも全部打ち終えるまで丸三年かかったのだが。ちなみに『攷証今昔物語集』は朝日古典全書『今昔物語集』の底本になっている。

今から100年も前に刊行された本だが、いまだに大きな価値がある。底本の東京帝国大学所蔵田中頼庸旧蔵本(田中本)が関東大震災によって焼失してしまったので、そのテキストを知るよすがとなるのは『攷証今昔物語集』しかないからだ。この本には一枚だけ田中本の写真版がある。
田中本今昔物語集影印
本文は底本どおり、漢字片仮名交じりの宣命書きで組まれている。頭注は異本注記や本文のおかしなところの指摘である。
攷証今昔物語集の本文
本文の次に「攷証」がある。これがすごい。
攷証今昔物語集の攷証
なんと、すべての説話に、出典と思われる説話や類話のテキストをそのまま挙げている。だから、本文よりも攷証の方が長いものもある。

作品名の上にある○や◎は『今昔物語集』本文との関係を表していて、この場合だと、『日本往生極楽記』を直接の出典と見ており、『経律異相』を類話、『元亨釈書』・『宝物集』を「同一説話で他書に散見したもの(凡例より)」とする。どこからどうみてもとんでもない労作である。

僕が持っているのは昭和43年に復刊されたもの。函に入れて並べるとこんな感じ。大きさの比較のため、タバコを置いてみた。
攷証今昔物語集(函)
背。この、モダンなんだか古臭いのかよくわからないデザインが冨山房風味。
攷証今昔物語集(背)
表紙にはアールデコっぽい模様がエンボス加工されている。ただし、アールデコの流行は昭和に入ってからだから、ちょっとしたオーパーツ。このヘンな模様と右下の赤い「冨山房」ロゴが全く合っていない気がするが、そこがいかにも昔の冨山房っぽくっていい。
攷証今昔物語集(表紙)

この本、いつ買ったかよく覚えていないが、少なくとも20年以上前であることは間違いない。今昔物語集研究の記念碑的な本として買ったのだが、その後、ずっと本棚の肥やしだった。よもや20年を経て〈役に立つ〉日が来るとは思わなかった。本はとりあえず買っておくものである。

なお、中身は国会図書館デジタルコレクション「攷証今昔物語集」で見ることができる。本当に便利な時代になった。
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僕が初めて実用的なパソコンを買ったのは1994年ごろのことである。

当時はまだNECの98シリーズ全盛の時代で、現在のPCの直系であるPC/AT互換機(当時はDOSV機と呼ばれていた)は、あまり人気がなかった。しかし、OSがWindows3.1になって、PC/AT互換機が力をつけ始めた。

僕が買ったのは、コンパック(Compaq 現在のHP)のContura410Cというノートパソコンだった。本当はデスクトップが欲しかったのだが、置く場所がなかったので、ノートパソコン一択だった。98シリーズのノートPCは高かったし、いずれ98シリーズは終わるだろうと思っていたので、PC/AT互換機の中でも比較的安かったこれにした。
Compaqcontura410c
専有面積は、A4ファイルサイズというやつで、現在のものとそう変わらないが、厚さは4センチぐらいある。当然、今のノートパソコンにくらべると格段に重い。本体だけで2kgぐらいだったと思う。さらにバッテリーの持ちが悪い(フル充電で3時間がやっと)ので、充電器を持って行くと、3キロぐらいになった。
閉じたところ
画面は10.5インチしかない。解像度は640x480(いわゆるVGA)で、同時に出せるのは256色だった。640x480とは、下の画像を画面いっぱいに出せる解像度である。
テスト画像
当時のノートパソコンは発展途上で、ポインティングデバイスの位置や形状、方法にいろいろ工夫があった。現在生き残っているのは、IBM(現在のレノボ)のトラックポイント(赤いポッチ)だけである。タッチパッドはまだ無かった。

Contura410Cは当時主流のトラックボールで、上のボタンが左クリック、下のボタンが右クリックになっていた。
contura410cキーボード
基本的に手をホームポジションに置いて、親指で操作するのだが、慣れるとこれが非常に使いやすい。現在主流になっているタッチパッドよりも、こちらの方がずっと使いやすいと思う。

しかし、なにしろボールが上を向いているので、ホコリを吸いやすく、定期的にボールを取り出して掃除しなければならなかった。このころは光学式ではなかったので、中のローラーに手垢とホコリが絡まって、すぐに動かなくなってしまったのである。

キーボードの上の方にあるのは、各種インジケーターで、今見ると12個も使われてるのに驚く。バッテリー残量だけで5つも使われているのだから贅沢な話だ。

値段はよく覚えていないが16・7万円ぐらいだったように記憶している。今はなき秋葉原のラオックス ザ・コンピューター館で買った。インターネットに始めて繋いだのもこのパソコンだし、修士論文を書いたのもこのパソコンである。もう23年も経ってしまったんだな。

一般的に活字で出てている古典文学のテキストは、校訂者によって作られたものである。どう作ればいいという決まりがあるわけではなく、校訂者の方針や、版元の方針によって変わってくる。同じ作品でも、読むテキストによって読みやすかったり読みにくかったりするのはそのためだ。

これを仮にテキストのレベルという。すると、だいたい次の五段階ぐらいにわけられるだろう。

レベル0…原典の影印
レベル1…影印の忠実な翻刻。
レベル2…忠実な翻刻に句読点・濁点等を付し、段落分けしたもの。
レベル3…レベル3を歴史的仮名遣いに直し、送り仮名を修正したもの。
レベル4…漢字表記の統一。

レベルが上がるに従って、現代人にとって読みやすくなるが、それは原典に手が加えられているということでもある。実際にはこんなにきれいに分けられるものではないし、レベル4でも、ルビや注釈によってレベル1に戻せるように工夫したものもある。

やたナビTEXTの場合、『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』以外は、レベル1とレベル4をテキストとして提供している。

レベル4のテキストは読みやすく、検索もしやすいが、一方でもともとのテキストの味が消えてしまうおそれがある。また、校訂した人の解釈が加わってしまうため純粋なテキストではない。逆にレベル1のテキストは読みにくい。ヘタをするとレベル0よりも読みにくくなるが、そのぶん解釈は入らず、原典の味に近くなる。

これは紙の本では難しい。なにしろ、同じ文章を二つ並べなければならないので、本の厚さが倍になってしまう。しかし、まったくないわけではなく、たとえば岩波文庫『新訂 方丈記』(市古貞次・1989年5月)は、校訂本文に翻刻、影印までついている。これは『方丈記』が短いからできることだろう。

研究者はできるかぎりレベルの低いテキストを欲しがる。だから日本のネット上のテキストは影印ばかりになるのだが、それでは検索ができないし、初心者には敷居が高い。そもそも、研究者だって自分の専門以外は、レベル4のテキストで読む方が多いはずだ。

研究者はその手のテキストはすでに持っているか、容易に読める立場にいるから、ネット上のレベル4テキストには関心がない。しかし、それでは古典文学の読者を広げることはできないだろう。

読みたければ注釈書を買えばいいと言われるかもしれないが、昨今、文庫本でも1000円オーバーは当たり前、あらゆる物が安くなったのに本は高すぎる。読めるかどうか分からない本を1000円以上も出して買う奴はいない。

杭州は西湖龍井というお茶の名産地で、茶館もすこぶる多い。この茶館が少々変わっている。再び西湖:2017年07月10日でも書いたが、やたらと食い物が出るのだ。

杭州で有名な茶館といえば、湖畔居だろう。今回は前を通っただけで入らなかったが、16年前に入った時は、やたらと菓子やら果物やらが出てきた記憶がある。
湖畔居

今回行ったのは青藤茶館。ここは3回目。

お茶を注文したら、あとは時間制限なしの料理食い放題。ファミレスのドリンクバーみたいなところに、料理を取りに行くと思ってほしい。

この茶館にはちょっとした思い出がある。最初に行った時のことだ。ここは料理の種類がやたらと多くて、スープ、焼きそば、炒飯、炒め物、蒸し物、菓子、果物、一通りある。これをバイキング形式で取っていく。そんな中、2種類の茶葉蛋があった。一つはうずら卵、もう一つは普通の鶏卵である。

茶葉蛋とは、簡単に言えば中国式煮卵である。日本の煮卵との最大の違いは、日本の煮卵は殻を剥いて煮付けるのに対し、中国のは殻にヒビを入れて殻ごと煮てしまう。「茶葉」と付くのは味付けにお茶っ葉を入れるからである。

腹が減っていたので、僕は何のためらいもせず鶏卵の方を選んだ。壺に入っていたのをトングで取り出し皿に乗せ、自分の席に持って行った。青藤茶館はいまでこそかなり明るくなったが、昔は薄暗かったし、そもそも茶葉蛋だと思いこんでいるので、何も考えずに半分ほど殻を剥いて食べた。

コリッ!

明らかに玉子ではない食感。不審に思って、僕はもう一度玉子を見た。すると、そこにはすっかり煮こまれたピヨコがうらめしそうにこちらを睨んでいた。フィリピンで言うバロット、ヴェトナムでいうホヴィロン、中国でいう毛蛋・喜蛋である。

しかし、すでに3分の2ほど食っている。ここまで食って、捨てるのはピヨコに申し訳ない。それに、意外とうまい。

食感はよく煮込んだ魚の骨みたいな感じで、それに若鶏の卵とじである。つるんとした玉子ではないから、醤油をベースにしたタレもしっかり染みている。これが不味いわけがない。見ないで食えばいいのだ。もう見ちゃったけど。

ちょうど完食したときに、トイレに行っていた葛的先生が帰ってきた。

「この茶葉蛋、むちゃくちゃおいしいよ」と言って勧めると、葛的先生、殻を剥き始めた。玉子から気をそらせるため世間話を始める僕。よし、食った!

その瞬間、聞いたことのない悲鳴が上がった。

「ひぇえええええええええ、何だよこれ〜」

「え、ひよこ?うまいでしょ」

「羽が、羽が・・・。歯に引っ掛かってるよ。ペッペツ」

「その羽が味が染みててうまいでしょ」

葛的先生、結局一口も食わず捨ててしまった。

その後、葛的先生はホテルで寝込んでいるA君のお土産に、ピヨ子入り煮卵を袋に入れて、嬉々とし持って帰った。喜蛋とはよくいったもんだ。

さて、今年行ってみたら、例の煮卵はなかった。あるのは小さなうずら卵だけ。

ほとんど食べ終わったあとに撮ったので、少々汚らしいがこんな感じ。
青藤茶館の食事
サービスも行き届いていて、汚れた皿はすぐに片付けてくれる。真ん中にある茶色い入れ物はゴミ入れで、骨とか果物の皮などはここに捨てる。

お茶はたくさん種類があってピンキリだが、どれを注文しても食い放題なので、100元もあれば大丈夫。お茶を注文するだけなので、中国語ができなくても何とかなる。杭州へ行く方はオススメ。ただし茶館だからお酒はないよ。
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またぞろ、蓮舫さんの二重国籍がどうのとうるさくなってきた。個人的には、どーでもいい。全く興味がない。現状で法律的なことはクリアしているようだから、瀕死の状態にある野党の代表の国籍なんかどうでもいい。

というか、蓮舫さんが嫌いなだけでしょ。

これはよく分かる。僕も嫌いだからだ。

蓮舫さんは1967年11月28日生まれ。僕が68年11月29日生まれだから、ちょうど1歳年上である。蓮舫さんがグラビアアイドルとしてデビューし、テレビによく出るようになった時、ナマイキなキャラクターとしてバラエティで司会をしていた。しばらくして気がついたらニュースキャスターになっていた。僕らの世代なら大概の男は「何だあのナマイキな女は」と思ったことだろう。

これを単純な男尊女卑とか思ってはいけない。いや、男尊女卑は男尊女卑だけど、そんな単純な話ではない。

逆を考えてほしい。いくら男前でも、ナマイキな若い男が司会やニュースキャスターになれるだろうか。はっきり言ってしまえば、そんな需要はない。ナマイキな小娘だから需要あったのだ。

若いころの蓮舫さんのような、ナマイキな美人の小娘にオッサンはぐっとくる。先日、戸越銀座駅前で演説する蓮舫さんを見かけたが、思った以上に小柄だった。この小柄というのも大事な要素で、南海キャンディーズのしずちゃんぐらいの身長があったら、それでもうナマイキなキャラクターは受け入れられない。

同世代の僕らからしたら、ナマイキな言動が許されるのは、蓮舫さんが美人の小娘で、それがオッサンに受けているからだと十分に分かっている。同じことを同世代の僕らがやったら、あっという間にオッサンどもに潰される。オッサンの贔屓が見え見えで、蓮舫さんはそれに乗っかっているように感じられる。これが同世代の若い男に愉快なわけがない。

あれから時が経ち、蓮舫さんがオバサンになるのと同時に、僕らもオッサンになった。

蓮舫さんが、あのころのキャラクターとほとんど変わらないまま今に至っているのは驚嘆すべきだが、蓮舫さんと同世代のオッサンどもからすれば、それが気に入らない。

こっちは下げたくない頭を必死に下げ、社会の理不尽に耐え、それでもたいした出世もできなかったのに、蓮舫さんはナマイキキャラクターのまま、野党第一党の代表にまでなったのだ。はっきり言って不愉快だ。難癖を付けたくなる気持ちも分かる。

でもね、そこで付ける難癖が、蓮舫さんがガキのころの二重国籍ってのはどうなんだ。

私は蓮舫が嫌いです。

それだけでいいじゃないか。
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