先日NHKの記事で見たのだが、通販で買った自転車が壊れて、事故になるケースが増えているらしい。特に折りたたみ自転車での事故が多いそうだ。

もちろん、販売した会社の責任が第一にある。設計や製造にも問題があったのかもしれない。しかし、それだけではこのような事故は防げないだろう。

先の記事では、「突然フレームが壊れた」というようなことが書かれてあった。しかし、それは本当だろうか。経験上、どんな自転車であれ、必ず壊れる前兆というものがある。それを見逃したか、分かっていてだましだまし乗っていたのではないか。

前兆は、異音だったり、体で感じるガタつきとして現れる。普段から自転車に乗っていると、「いつもと違うな」と感じる類のものだ。詳しくなると、それが単にグリスが切れているだけなのか、あるいはパーツが緩んでいるのか、フレームに問題があるのか分かるようになる。唯一前兆がないのはパンクぐらいなものだ。

どこに問題があるか分らなくても、この違和感は決して感じにくいものではない。自転車は運転する人間がエンジンも兼ねているから、自動車やオートバイ以上に壊れる異常を感じやすいのである。しかし、大多数の人は、違和感に気づいていても、そのままにして乗ってしまう。

それが、いままであまり事故にならなかったのは、フレーム(フォークを含む)自体が壊れることがほとんどなかったからだろう。例えば、ブレーキは前後いっぺんに壊れることはまずないから、片方壊れても止まらないということはない。チェーンが切れようが、ペダルがもげようが、よほどの不運でもないかぎり、いきなり自転車から放り出されるようなことはあまりない。

しかし、先のニュースによると、突然フレームが壊れるケースが増えているという。大変危険な事故だが、なぜそうなるのか。

かつて、自転車のフレームは鉄でできていた。しかし、最近は軽量化のためアルミ合金のフレームが増えている。鉄に比べてアルミ合金が弱いわけではないが、金属疲労に関しては鉄とは比べ物にならないほど弱い。

しっかりと組まれた状態で乗っていれば、アルミのフレームでも金属疲労などはそう簡単には起こさない。だが、もしどこかのネジが緩んで、ガタが来ていたらどうか。その部分に衝撃が加わり、金属疲労を起こしやすくなる。すると、アルミの特性上、突然破断する。運が悪ければ、死ぬだけさ。

鉄のフレームは、多少組み付けられたパーツにガタつきがあっても、そう簡単には金属疲労を起こさない。仮に起こしたとしても、アルミと違い、いきなりバッキリ折れるということはない。

昔は異音を放ちながら走っている自転車をよく見かけたが、鉄の自転車はすぐに壊れないので、だましだまし乗ることができたのである。もちろん、最終的には壊れることになるが、フレームより先にパーツが壊れることが多い。

折り畳み自転車は、その機能を盛り込むため、フレームが弱くなりやすい。その上、軽くするためアルミ合金が使われることも多い。ホイールが小径であることが多いので、路面からの衝撃も受けやすい。折りたたみ自転車は、もともと壊れやすい自転車なのである。

いずれにしても、前兆さえ見逃さなければ、大きな故障には繋がらないはずである。何か違和感を感じたら、すぐに自転車屋へ持っていくべきなのだが、折りたたみ自転車は特殊なパーツを使っていることが多く、どこの自転車屋でも見てくれるというわけではない。

その意味でも、バラバラにした自転車を自分で組み直せるぐらいの技術がないかぎり、自転車を通販で買うべきではないのである。
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舛添都知事の一連の疑惑は、公用車を私用に使ったとか、ヤフオクで骨董を買ったとか、海外視察の費用が高いとか、どうにもセコい物件ばかりである。

はっきりいうと、猪瀬前知事の徳洲会からの資金提供問題に比べれば、たんなる税金のムダ使いで、それも個人的なことばかりだから、ぜんぶまろげても大したことはない。おそらく、東大助教授時代から、こんなことばかりやっていて習慣になっていたのだろう。

これで得られる教訓は、公金を扱う時は、小さい額ほど気をつけて扱わなければならないということだ。

金額が小さい場合、本人以外で利益を得る人はほとんどいない。例えば、舛添氏がホテルのスイートルームに泊まっても、利益を得るのは本人とホテルしかなく、そのホテルにとっては、スイートルーム一室の宿泊費程度、全体の利益にはさして影響しない。だから世に現れやすい。

また、数十〜数百万円程度なら、その価値が誰にでも想像がしやすい。もっと安いホテルにしろとか、ファーストクラスをビジネスクラスにしろとか、ヤフオクで骨董を買うなとか、誰でも口が出しやすいのである。

これが億単位になると、利益を享受する関係者が増える。こうなると、関係者は自分の利益を守るため、みんなで一致団結して隠そうとするし、万一バレれても、みんなで潰そうとする。だから、なかなか表に出てこないし、出てきたとしても、結局どこかで有耶無耶になりやすい。

スイートルームの宿泊費と違い、何億とか何十億とかいう物件は、それが適正かどうかすらよく分からない。オリンピックの招致に何億円かかったとか、新しい競技場の建設費が何百億とか言われても、一般庶民には高いんだか安いんだかピンとこないのである。そういうものではないと証明するには大変な労力がいるし、そもそも証明するべき人(つまりマスコミ)が、ご相伴にあずかっていれば、これはどうにもならない。

どちらも公金のムダ使いという点では同じだが、どちらが悪いかといえば、当然何億、何十億の方だ。しかし、そちらは表には出ず、舛添氏のようなショボいムダ使いばかりが表に出て批判される。かくして、大悪党は栄え、コソ泥は滅ぶということになる。

考えてみれば、僕も公金を使う仕事をしている。額は少ないなんてもんじゃないが、少ないからこそ気をつけなければならないなと思った次第である。
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鶴間和幸『人間・始皇帝』(岩波新書)を読んだ。

いうまでもなく、というか、その名の通りというか、最初に中国を統一し、皇帝と名乗ったのが始皇帝である。それだけに始皇帝の業績や人生はよく知られている。

万里の長城の建設や、文字統一、度量衡の統一、焚書坑儒、巡幸とその途中での崩御、巨大な陵墓と兵馬俑、あっという間の秦の滅亡。テスト問題ばりに、キーワードばかりが出てくるのだが、それを繋げようとすると、どうにも心もとない。

これだけの権力を誇り、後の王朝に強い影響を与えた皇帝が、なぜ危険を冒して何度も巡幸しなければならなかったか、なぜすぐに滅んでしまったのか、説明しようとすると、どうにも怪しくなってくる。政治家としての評価も、暴君であったり、賢帝であったり、政治的な意図もからんで定まらない。

『人間・始皇帝』は、実在の人としての側面に光をあて、始皇帝の出生から、秦の滅亡まで、繋がらない事跡をうまくつなげている。事跡の中心は従来通り『史記』で、それを繋げる糊は、近年出土した木簡などの史料である。

筆者によると、『史記』の記述は多くの史料に拠っていて、それなりに信用できるものではあるが、それは司馬遷のフィルターを通して取捨選択されており、出土史料をあわせて見ると、別の観点からの見方ができるという。僕もずいぶん間違えて理解していたことがあった。

巻末には、周辺人物の紹介や、出土史料の紹介、出土史料の成果を含めた年表があり、文章も簡潔で分かりやすいので、中国古代史の知識が乏しくても理解しやすい。

というわけで、ストロング・バイ。


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ちょうど一年前、京セラのセラミック加工セラブリッドフライパンを購入した。

京セラの白いフライパンを試してみた:2015年05月08日

結論からいうと、かなり貼り付きがひどくなった。ハムやベーコン、餃子など、もともと張り付きやすいものでは、ちょっと使用に耐えられないレベルだ。

汚れも、買った時のように簡単には剥がれない。メラミンタワシも試してみた。たしかに見た感じはきれいになるが、復活はしない。

このフライパン、最初からテフロン加工のものほど貼りつかないわけではなかった。セラミックなので、張り付かないことよりも耐久性に期待したのだが、これではテフロン加工よりも悪い。

テフロン加工より油の乗りがいいので、油を塗りまくることで、ある程度張り付きを防ぐことはできる。しかし、使い込んだ鉄鍋のように油に馴染む感じではないから、油の量はかえって多くなる。

期待したのだが、大変残念な結果となった。フライパンはテフロン加工の安いのを買い換えていくか、鉄製のものを育てていくのがいいらしい。
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東急大井町線に九品仏という由緒ありげな駅がある。九品というのは仏教語で、功徳によって浄土に往生するときに、上品上生・上品中生・上品下生・中品上生・・・下品下生の九段階の往生相があるという考え方である。

この駅名の由来になっているのは、浄真寺という、浄土宗の大きな寺である。長年わりと近くに住んでいながら、一度も行っていなかったのだが、連休中、天気が良かったので行ってきた。

門は2つある。一つは東門。
東門

もう一つは総門。総門の前には長い参道があり、九品仏駅からまっすぐ来られるようになっている。
総門

これらの門をくぐると、大きな山門がある・・・のだが、35mmレンズしか持って行かなかったので、木に邪魔されてなんだか分からん写真になってしまった。境内はモミジが多く植えられている。今度は秋に来てみたい。
山門

そこからしばらく行くと本堂がある。本堂の中に入ることができる。驚いたことに、こういうお寺では常識の「撮影禁止」の文字が見当たらない。ストロボを炊いて写真を撮っている人もいるが、何も言われないので、撮ってもいいのだろう。これはすばらしい。ということで、ご本尊の釈迦如来像。
釈迦如来像

ご本尊の左側にあった仏像。なんか螺髪がすごいことになってる。
アフロ螺髪

この本堂の向かいに、「九品仏」の名称の由来になった、九体の阿弥陀如来像がある。建物が3つ並んでいて、その中に、三体ずつあつ。こちらは、その中心にある上品上生の阿弥陀像。
上品上生

それぞれこんな額が付いている。
上品上生額

考えてみれば、仏像というものは、想像力貧困な衆生に仏をイメージさせるために、作られたものだ。本来秘匿すべきものではなく、写真に撮ってどんどん広めるべきものだろう。そういう点で、この寺は信仰の寺という印象を受けた。

ここからちょっと離れたところに、閻魔大王と奪衣婆がいた。
閻魔大王

奪衣婆

総門の近くには、青面金剛が・・・、
青面金剛

あったのだが、なぜかその脇に「玻璃摩権現」という石碑がある。この玻璃摩権現が何だか分からない。
玻璃摩権現

さて、この寺では三年に一度、来迎会が行われる。来迎会とは人が死に臨んだ時、極楽浄土からのお迎えがくる様子を再現したもの。当麻寺で有名だが、関東でやるのはここだけらしい。ここでは「お面かぶり」というそうだ。

次回は、平成29年5月5日だそうだ。これも見てみたいが・・・覚えているかな。
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「さいたま市」の「さ」の字形は規定されているらしい。

【特集】「さ」いたま市の謎 市民融和の象徴、地味に異彩放つ:共同通信47NEWS
合併に当たり、市が発信する文書に書く市名を、2画の「さ」に統一したのだという。関係者は「字形が混在していると、市がバラバラとの印象を与えかねない。統一して融合、融和を強調したかったのだろう」と当時を振り返る。
 さいたま市都市経営戦略部によると、「さ」の統一を検討する際、2画と3画のどちらが正しいのか、国立国語研究所(東京)に照会したという。回答は「ひらがなにおける標準とすべき定められた書体はない」。つまりどちらでも構わないとのことで、結局は2画が「柔らかい印象」との理由で決まったそうだ。

ささ

「さいたま市」の「さ」は上の画像の左ではなく、右と決まっていて、小学校用の地図帳などでは、他の「さ」が付く地名には左の字形でも、「さいたま市」だけは、わざわざフォントを変えて右にしているのだそうだ。具体例は、上の共同通信のリンク先に写真があるので、ごらんいただきたい。

平仮名は、もともと漢字の草書体がさらに崩れて出来たものである。楷書と同じ概念で文字を見てはいけない。

草書や行書は、実際の文字を構成する線とは別に、筆の動きたどる筆脈という線がある。筆脈は実際に線として現れることもあるし、見えない線になることもある。実は楷書にもあるのだが、楷書の場合、筆脈が線になってあらわれることはない。

「さ」を例にとると、下の赤い線が筆脈である。本当は一画目と二画目にも筆脈があるが、分かりにくくなるので省略した。
さ

「さ」という文字を構成する線は、黒い3つの線である。赤で書かれた筆脈を見えないように書いたのが三画の「さ」で、見えるように書いたのが二画の「さ」ということになる。筆脈は意識して繋げたり繋げなかったりするものではなく、筆の勢いにすぎない。同じ人が書いても、繋がったり繋がらなかったりするものである。

便宜上「画」という言葉を使ったが、この言葉自体、あまり平仮名には適さない。すべて筆脈で繋がっているのだから、どの平仮名も一画だといっても間違いではない。

「さ」という平仮名を構成する上で、重要なのは、3つの線だから、二画だろうと三画だろうと、そこにこだわる意味はまったくないのである。国立国語研究所が言うように、「どちらでもよい」にしておくのが正解である。

もちろん、ロゴタイプなどで使う場合、細かい字形が問題になるのは分かる。それは見た目の問題だからである。しかし、上の記事によると、さいたま市の市役所職員は、「さいたま市」と書く時に、わざわざつなげて書いているそうだ。それは全く意味のないことで、滑稽ですらある。

このように、意味もなく字形にこだわるのは、手書きの文字をあまり見なくなってきたからだろう。手書きの文字は、どんなに丁寧に書いても曖昧なものだ。そして、文字は手書きから始まっている。

ハッキリクッキリした活字を中心に考えるから、こんなふうにおかしなことになるのである。

先月の終わりから今月にかけて北京に行ったので、今月は北京の記事ばかりになった。

北京は三度目である。初めて行ったのは2000年で、諸般の事情により一週間もいるハメにあった。これが初めての海外だったから、僕にとっては印象的な街である。

初めての北京は、すごいインパクトだった。まず、異常に埃っぽい。道路は自転車が多いのは言うまでもないが、赤くて小さくてこ汚い(ダイハツ・シャレード)タクシーがたくさん走っていた。タクシーにはエアコンがないので、暑くて狭くて埃っぽかった。自転車タクシーも健在だった。

道路はあちこち陥没していて、信号機は壊れている。路上にはゴミが散乱していた。公衆電話もあるにはあるが、たいがい壊れていて使えない。電話をかける時は、商店の店頭にあるのを使って後で金を払っていた。

街灯もまだ少なくて、夜になるとけっこうな繁華街でもうす暗い。いたるところに物乞いがいる。地下鉄の中にまで、台車に乗った障害者の物乞いが来て、金を渡すまで目の前からどかないのには閉口した。

なんかすげぇ所に来ちゃったという感じだ。

二度目はそれから二年後の2004年。北京に泊まったのは二泊程度で、すぐに邯鄲で一炊の夢を見るという自転車ツアーに出たので(帰りは上海から帰った)、北京の街を見る機会はあまりなかったのだが、二年前に比べて、ずいぶんきれいになったと感じた。

さて、そして今年。最後にいってから、12年経っている。

着いた時は、ドヨンと霞んでいて、これが噂のPM2.5かとちょっと憂鬱になったが、二日目以降はすっきりした青空が続いた。毎日大気汚染というわけではないらしい。霞んでいても、16年前のような埃っぽさはないから、昔の方が空気が汚く感じる。ただし、これは季節要因もあるのかもしれない。

何といっても、町がきれいだ。ゴミもあまり落ちていない。北京市は清掃員を大量に雇っているらしく、ゴミが落ちていると、ディズニーランドさながら、すぐに掃除していく。地域住民しかいなかった胡同も、昔の面影を保ったままきれいになっている。前門や西単なんか、街並みそのものが変わってしまった。

しかし、やっぱり北京は北京である。どこか垢抜けない、首都なのに田舎っぽい北京らしさは健在だ。だから、こんな人もいる。
眠る人

町を歩く若い人も、精一杯のオシャレをしているが、上海なんかに比べると、なんとなく野暮ったい。庶民的な食堂に入ると、相変わらず大声でくだらない議論(たぶんヨメの悪口など)をしている、酔っ払ったオッサン連中がいる。たしかに町はきれいになったが、よく見ると、微妙にツメの甘いところがある。

歴史のある大都会なのに、イキじゃない。これが北京の魅力である。
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『十訓抄』の電子テキストを公開しました。

宮内庁書陵部本『十訓抄』:やたナビTEXT

底本は新編日本古典文学全集『十訓抄』(浅見和彦・小学館・1997年12月)
と同じ、宮内庁書陵部本です。例によって、翻刻部分はパブリックドメインで、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

『十訓抄』は、その名が示すように、10の教訓からなる作品です。説話集や教訓書にカテゴライズされますが、今回、深く読んでみて、どちらも間違いではないけど、当たってもいないという印象を受けました。

作者は間違いなくウンチクオヤジです。古典の作者は多かれ少なかれウンチク言いの傾向がありますが、『十訓抄』作者の場合、並外れた博覧強記の理屈っぽいウンチクオヤジです。

作品の構成も理屈っぽい。まず、教訓を9でも11でも20でもなく、ぴったり10にするところからして、すでに理屈っぽい。全体の序があって、各教訓に序があって、説話が並んで、各教訓の結論があって、そして最後に全体の跋がある。こういう、カッチリした研究書みたいな構成も、他の古典文学作品ではあまり見ません。

構成はカッチリしているにもかかわらず、話がブレまくります。最後の教訓、「可庶幾才芸事」に至っては、ぶれまくった挙句やたらと長くなって、全然才芸とは関係ない話で、脱線したまま終わっています。このあたり、いかにもウンチクオヤジらしいと思います。本当は教訓よりウンチク優先なのでしょう。

だいたい、こういうウンチクオヤジは実生活では嫌われます。一緒に酒飲んで、朝までウンチクを聞かされようものなら、もうその人は二度と一緒に飲んではくれません。

しかし、よく誤解されますが、ウンチクオヤジは物知りを自慢したくて、ウンチクをたれるのではありません。ウンチクの面白さを共有したくて、たれるのです。自分が面白いと思ったから、人に聞かせて一緒に面白がりたいだけなのです。

だから、顔を突き合わせて、リアルタイムで朝まで聞かされるのはきつくても、文章になっていれば大丈夫。作者もそのつもりで、思う存分書いています。読むなら、是非最初から通して読んで欲しい作品です。

作者は判然としませんが、奥書の「六波羅二臈左衛門入道」というのがヒントだろうと考えられています。たぶん、この名前にもとんでもないトンチが隠されているのでしょう。

故宮のMIB:2016年04月19日の続き。ちょっと間が開いたけど、これからちゃんと故宮に入る。

天安門をくぐれば、そこは故宮である。ここまでは門票(入場券)は不要。入場券売り場は次の午門の前の広場にずらっと並んでいる。買うには、まず身分証(外国人はパスポート)を提示する。提示するといってもただ見るだけではなく、ちゃんとパソコンで照会している。昔のように、「やってることはやってるけどザル」ではないらしい。時間がかかるのを覚悟したが、売り場の数がものすごく多いので、それほど並ぶことはなかった。

で、いよいよ故宮に入るが、ここでまた荷物検査。
故宮入り口

あれ?鯉のぼり持ってる人がいるよ?
鯉のぼりを持ったガイドさん

鯉のぼりだから日本人のツアーかと思ったら、さにあらず。中国語しか聞こえない。どこか田舎から来たツアーらしい。たしかに、旗を持っているガイドさんはたくさんいるが、鯉のぼりを持っている人はいないので、知らずに別のツアーに付いていくことがなくっていい。

ツアーの定番、赤い帽子も健在。昔は香港や台湾のツアー客の定番だったが、これもどこか田舎の人たちらしい。
ツアー客

故宮の中は、こんなお上りさんでいっぱい。服装が野暮ったいので、すぐ分かる。北京市民も、上海市民などに比べればお世辞にも垢抜けているとは言いがたいが、この連中はさらに野暮ったい。かつての中国名物、子供の尻割れパンツも、ここなら見ることができる。

日本人は、日本に旅行に来た中国人を見て、みんな日本をめがけて旅行に来ていると思っている。しかし、実際は日本だけでなく、世界中に行っているのだ。まして、身近な国内旅行ならなおさらだ。日本が魅力的だから来ているのではなく、旅行できる経済力が付き、旅行する文化が発達してきたのである。

午門をくぐると、川のようなものが流れている。なかなかいい景色だが、惜しむらくは、門が工事中で養生してある。
午門

故宮(紫禁城)の中心的建造物、太和殿。
太和殿

太和殿の玉座。ラストエンペラーでコオロギを取り出していたのがここ。
玉座

昔は中に入れたと思ったのだが、今は入れるどころか・・・
玉座を撮る人民

ごらんのとおり、写真を撮るので精一杯である。

今月の壁紙では、景山公園から見た故宮を載せたが、今度は逆に景山公園を見てみよう。遥か彼方に小さく見える建物が、撮影した場所である。
故宮から見た景山公園

立入禁止の場所も多いが、そういう場所は例のMIBが立っているか、南京錠がかかっている。北京なのに南京錠とはこれいかに。
ハイテク南京錠

しかし、この南京錠、一見普通の錠前だが、ただの南京錠ではないらしい。よく見ると、複雑な形をしていて、なにやらハイテクの匂いがする。ジロジロ見ていたら例のMIBに目を付けられたので、写真を一枚だけ撮って逃げた。

壁紙でも紹介したが、あれでは何だかわからないと思うので、こちらが溥儀が自転車を練習していたところ。
自転車練習場

もう、広すぎてパースがおかしなことになってる。

最後、花とわたくし。
花と私

このころ、日本では桜が満開だったが、北京も花盛りだった。いままで夏しか行ったことがなかったが、春の北京もなかなかいい。
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というわけで(今月の壁紙(故宮):2016年04月14日)、故宮に行ってきたのだが、最初から故宮に行くつもりだったのではない。

なにしろ、故宮はでかすぎる。一度行くと、その迫力に圧倒され、「もういいかな」という気になってしまう。僕も妻も過去に行ったことがあるので、「行けるなら行きたいけど、わざわざ行く気にならない」という感じだった。

で、その日は新幹線に乗って、天津まで行こうと思っていた。ところが、清明節の連休で、北京駅はすごい人。チケットを買う元気どころか、売り場を探す元気すらなくなった。
北京駅

もう天津はあきらめ、意味もなく地下鉄に乗って前門に行く。故宮に行くにはもっと近い駅があるのだが、思い出の前門を見たかったのだ。
前門

この門の向こう側には、前門大街という大きな通りがあり、2000年と2004年、その通りに面した自称北京で一番でかい自転車屋で自転車を買った。北京発の自転車旅は、いつもここから始まっていたのである。

当時は道幅の広い大通りで、車がバンバン走る幹線道路だった。通りの両側には、飲食店だとか、本屋だとか、地域住民の生活に根ざした商店が立ち並んでいたのだが・・・
前門大街

なんかオシャレ通りに変わってた。年中歩行者天国で、車両は入れない。

立ち並んでいるのは、オシャレブランドショップばかり。歩いているのは、お上りさんか外国人ばかりで、地域住民はほとんどいない。北京一でかい自転車屋はどこへ行った?この通りにありそうな気配すらない。

レトロな路面電車が写っているが、昔はこんなのなかった。門や建物も、すべて最近できたものである。まるで100年前からこの状態のようになっているが、中国人はこういうレトロ調を作らせたら世界一うまいと思う。

ここに来る前も、警備が厳しかった。空港はいうまでもなく、地下鉄に乗る時には、どの駅でも必ず荷物検査がある。中国では、鉄道の駅に荷物検査があるのは昔からだが、さすがに地下鉄にはなかった。それもご丁寧に、検査機の前にも人が立っていて、検査機に荷物を通さないと注意されるのである。

天安門広場になると、さらに警備が厳しくなる。いたるところに武装警察の兄ちゃんが立っている。武装警察は昔からいたが、あきらかに数が多い。歩道にも荷物検査があり、そこを通らないと故宮方面には行かれない。それも、検査機に荷物を入れるだけでなく、ポケットも探られる。空港並みである。

そんな天安門広場で、お約束の見えない敵と戦ってみた・・・のだが、どうみてもビビって腰が引けている。
見えない敵と戦ってみた

武装警察というと、なんだか怖いイメージがあるが、バッキンガム宮殿の近衛兵みたいなもので、立っているだけ。でも数が多いと、怖くて変なことはできない。
天安門と武装警察

天安門の入り口には、この武装警察とイケメンMIB(メン・イン・ブラック)が交互に立っている。間に消火器が於いてあるが、MIB、イマイチ役割が分からない。
武装警察とMIB

こんな感じなので、故宮に入るのも結構大変。まず、入場券(門票)を買うのだが、ここで身分証(外国人はパスポート)を見せなければならない。そして、荷物検査の後入場。人が多いわりには、それほど時間はかからなかったが、こんなに面倒くさくなっているとは思いもしなかった。

入ってみると、中にもMIBがうろついてた・・・。なんかかっこいいぞ。
MIB
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