立憲民主党だの希望の党だの、政治の世界がえらいことになっているが、そんなこととは全く無関係に、『宇治拾遺物語』をバージョンアップした。

陽明文庫本『宇治拾遺物語』:やたナビTEXT

バージョンアップといっても、ブラウザで直接見られるテキストは少しずつ修正してきた。それをまとめたzipファイルを作ったというだけである。したがってVer1.1となっている。しかし、これはVer2.0の布石である。

『宇治拾遺物語』はやたナビTEXTの中では、もっとも古くからある。入力したのはさらに古く、今から20年近く前だ。当時は公開するつもりは全くなく、自分で検索し論文などに引用するために翻刻した。引用するときはその都度確認するので、それほど正確である必要もなく、きわめてテキトーに作った。

現在のやたナビTEXTの電子テキストは、行数まで同じくした翻刻と、それを読みやすくした校訂本文からなっている。現在の『宇治拾遺物語』は、最初の時点で句読点を付し、段落、濁点、カギカッコなどを付けてしまったので、この形式になっていない。

また、あるときから、人名に注釈をつけるようにした。これは、注釈というより、同じ名前で検索できるようにである。例えば、平中・平の貞文・平定文・兵衛佐貞文などの表記ゆれに対し、すべてに「平貞文」と注釈をつければ、「平貞文」で検索がヒットする。この方法は途中で思いついたので、『宇治拾遺物語』と『今昔物語集』の最初のころ入力したものには付いていない。

そこで、これから一話ずつ、現在の形式に書き換えていこうと思う。すでに下ごしらえは終了して、その過程で発見した誤りを修正したのがVer1.1である。

なにしろ197話もあるし、『蒙求和歌』と同時進行だから、かなり時間がかかるだろう。途中、旧形式と新形式が混在することになるけど、そのへんはご寛恕ください。

ノーベル文学賞をカズオ・イシグロさんが取ったそうだが、そんなこととは全く無関係に、やたナビTEXTの次の作品は、源光行『蒙求和歌』にした。底本は国立国会図書館本。

国立国会図書館本『蒙求和歌』:やたナビTEXT

『蒙求和歌(もうぎゅうわか)』は、鎌倉時代初期に源光行によって作られた、『蒙求』翻案作品である。『蒙求』は唐代の李瀚によって作られた、四字一句の韻文596句からなる、子供向けの教科書的な作品。四文字の韻文だけでは何が何だか分からないので、後に注という形でその句が意味するエピソードが記された。

千字文』や『三字経』の類だと思ってもらえばいいが、本家中国ではそれらに押されて早くに廃れてしまった。日本では、平安時代以降根強い人気があり、近世まで初学者の教科書として使われ、多くの日本文学作品に影響を与えた。

『蒙求和歌』は、一つの説話が『蒙求』の四字句と和文による説話、そしてタイトル通り和歌からなっている。翻訳説話と和歌というと、『唐物語』を想起するが、『唐物語』があくまで歌物語として書かれているのに対し、『蒙求和歌』はあくまで四字句を題材に作者源光行が詠んだもので、各説話の終わりに付けられている。

この手の翻訳作品は、なぜか冷遇されていて、『蒙求和歌』も活字になったものがはなはだ少ない。近年、『『蒙求和歌』校注』(章剣・溪水社)というのが出たようだが、恥ずかしながらまだ未見である。


底本の国会図書館本は、字が細かいこと以外、それほど読みにくくないし、他にも簡単に参照できる本もあるのだが、なにしろ参考とすべき前例がないので、いろいろと判断の難しいところがある。

例えばすでに第1第5話まで作ったのだが、ここでふと第5でいいのかと疑問がわいた。なにしろ『蒙求和歌』である。しかも部立てまである。これは和歌が主体ではないか・・・と。とはいえ、第x首というのも何かヘンな気がする。

まあ、とりあえずこのまま続けていって、問題があれば修正していくことになるだろう。

今月はほとほと疲れた。

まず、夏休みが開けたら、どうにも胃の調子がおかしい。最初は朝方だけだったが、連休を挟んで昼でも夜でも具合の悪い日が続いて(もちろん一日中というわけではない)、ついには腸までおかしくなって、結局病院にいくことに。大建中湯のおかげで今はずいぶんマシになった。

腹の具合が悪い中、24日に弟の結婚式があった。不思議と食っている最中はなんでもないものだが、終わるとまた悪くなる。そして、すぐに前期中間考査。試験当日の印刷は禁止されているので、月曜日に別の学校が終わったあと印刷に行き、火曜日に試験。来週の火曜日までに採点しなければならないが・・・実はまだ終わっていないどころか手もつけていない。

そんな中、衆議院の意味不明な解散である。国難がどうの(僕は現状で国難なんかないと思っている)と言っているが、なぜ今なのかが分からない。そして、安倍首相が「仕事人内閣」と名付けた仕事人たちは、結局何も仕事をしないまま、仕事人を選んだ安倍首相自身の手によって終わった。

野党の方も、希望の党なる政党ができ、我らが上司小池百合子都知事が代表になった・・・のだが、小池氏も東京都でたいした仕事してない。それが国政政党の代表になるとは、おかしな話もあったものだ。今のところまだ都知事だが、もし都知事を辞任して衆院選にでるようなことがあれば、都民は確実にナメられていると言っていいだろう。

さらに驚いたのは民進党である。希望の党に鞍替えする人で出たと思ったら、ついには党ごと鞍替えした。民進党では今回の選挙には出ないというのだから、事実上の解党である。前原代表にも民主党にも最初から何も期待していないが、まさかこんなデタラメをするとは思ってもみなかった。

いずれにしても、何がなんだか、さっぱり分からないことになっているが、一つだけ分かっていることは、国民はこれらの政治家にナメられているということである。こんなバカなことをやっていたら、ヨーロッパあたりだったらデモの嵐だろうし、不安定な国になら内戦になっても不思議ではない。

日本の国民はこのおかしな状況をだまって受け入れるだろうと、政治家たちはタカをくくっているのである。

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『大和物語』の電子テキストを公開しました。例によって、翻刻部分はパブリックドメイン(CC0)で、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

三条西家旧蔵伝為氏筆本『大和物語』:やたナビTEXT

底本は伝為氏筆本。影印は国立国会図書館デジタルコレクションで見られる、古文学秘籍叢刊による複製です。伝為氏筆本は講談社学術文庫『大和物語』などの底本となっていますが、いずれもこの複製によっています。

比較的読みやすい写本でしたが、勘物が多く含まれていて、これがなかなか苦労しました。

勘物の内容は登場人物に関する考証なので、判読が難しいときは、久しぶりに公卿補任だの尊卑分脈だのを引いて調べましたが、明らかに間違っていることも多く、「なんじゃこれは」というものも結構ありました。

実はこれまで『大和物語』を通読したことがありません。何度かトライしましたが、あまりに興味がもてないので、前半で挫折してしまうのです。

僕にとって『大和物語』は相性の悪い作品でしたが、今回むりやり読んでみて、いろいろと勉強になりました。苦手だった和歌の解釈にも自信がつきました。何よりも、ところどころ見られる中世文学の萌芽に気づけたのが収穫でした。

まあ、あまり細かいことを語るとボロがでそうなので、今日はこんなところで。とりあえずご報告まで。

夏休みが明けてから、どうにも胃の具合が悪く、最初は朝だけだったのが、次第に昼も具合が悪くなり、腸までおかしくなってきたので、先日、ついに医者に行った。レントゲンを撮ってもらったら、胃腸にガスが溜まっているという。胃腸の働きが悪くなっているそうだ。

こういうのはだいたいストレスが原因だというが、思い当たる節といえば、学校が始まったことぐらいしかない。今年の夏休みは、ほとんど引きこもり状態だったから、変化のはげしさに体が付いていけないのかもしれない。

で、いくつか薬を処方されたのだが、その中に「大建中湯」という漢方薬が入っていた。
大建中湯
袋を開けると、ショウガのいい臭いがする。なんだかうまそうだ。なんじゃこれはと思って調べてみると、材料はショウガ・サンショウ・朝鮮人参・水飴だという。

大建中湯(ダイケンチュウトウ):ツムラ

これがうまくないわけがないので、お湯に溶いて飲んでみた。一回分は上の写真と同じく2包。これを三食毎回食前に飲む。
お湯で溶かした大建中湯
ますますショウガのいい香りがする。飲んでみると、はたしてうまかった。

味は関西でよく売っている飴湯(冷やし飴)に似ているが、水飴が少ないのか飴湯ほど甘くはない。ショウガの味と香りの中に、サンショウ独特のしびれるような刺激がある。飴湯よりも複雑玄妙でとても美味い。飲むと体があたたまるので、真冬の寒い日に飲んだらよさそうだ。胃腸の薬だけど。

気に入ったので、薬局で売っていないかと思い調べてみたら、市販はされておらず、処方薬としてしか買えないらしい。まあ、二週間ぶんもらったので、しばらくは堪能できる。胃腸の薬だけど。
二週間分の大建中湯
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SSLとは、サーバーを認証したり通信を暗号化したりして、安全に通信が行えるようにする方法である。

例えば、あなたのパソコンで『やたがらすナビ』を閲覧したとする。一見、あなたのパソコンと『やたがらすナビ』は1対1で繋がっているように見える。しかし、実際は間にいくつものコンピュータを経由している。もし、そのうちの一つが、悪意のある者だったり、そういう人に乗っ取られたコンピュータだったりしたらどうだろう。

その場合、『やたがらすナビ』から送られたデータが、あなたのパソコンに届く前に書き換えられたり、『やたがらすナビ』のフォームに入力した内容が第三者に読まれたりしてしまう。SSLを使うと、通信が暗号化されて、それが防止出来るという寸法だ。説明にちょっと自信がないけど、だいたい合ってると思う。

やたがらすナビの場合、サイトに送られるデータがせいぜい検索キーワードぐらいだし、改ざんされるようなものでもないので、しばらく様子を見ていたのだが、Google先生がしつこくSSL対応せよと言ってくるので対応した。

SSLで接続するには、URLの最初のところをhttp://からhttps://に変えるだけでよい。

https://yatanavi.org

これで接続すると、ブラウザのURLを示す所に鍵のマークが付く。

Chromeの場合はこう。
chrome

Firefoxの場合はこうなる。
firefox

しつこくいうだけあって、Google検索の結果はすでにhttpsバージョンになっている。
やたがらすナビの検索結果

なお、従来のhttp://でも問題なく閲覧できるので、とくに気にしない人は、わざわざブックマークを変える必要はないだろう。

仁右衛門島へ行った(その1)仁右衛門島へ行った(その2)の続き。

さて、再び島主の家へ戻り、今度は島の東側へ。神楽岩。
神楽岩
「日蓮聖人が旭を拝んだと伝えられる」そうだが、どこに伝えられているかは分からない。ちなみに日蓮聖人はここから15キロほど離れた小湊出身なので、ここに来ていたとしても不思議ではない。

神楽岩から下って行くと、海が見える。
神楽岩から下
上の写真に一部赤い鳥居が見えるが、これは稲荷神社で、その右側の洞穴に源頼朝が隠れたという岩がある。
稲荷神社
真ん中の墓石みたいなのに「頼朝公」って書いてあるんだけど・・・。
頼朝隠れ岩
ここから先は磯遊びには最適。バーベキューもできるらしい。どちらの用意もしてこなかったので、とりあえず見えない何かと2回ほど戦ってみた。
見えない何かと戦ってみた1
見えない何かと戦ってみた2
再び船に乗って帰ってきた。岸ではお客さんが数名待っている。けっこう人気があるのだ。
帰ってきた
というわけで、ずいぶん引っ張ったけど、これでおしまい。
聡丸
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仁右衛門島へ行った(その1)の続き。

さて、それでは仁右衛門島の中をご紹介しよう。
島内案内図
この地図の真ん中に書いてあるのが島主住居。この島は個人所有で、代々平野仁右衛門を名乗り、現在は38代目だそうだ。現在の平野仁右衛門さんのお姿は、Wikipediaに載っているが、どうみても観光客にしか見えない。

着船場から受付を通って、山の上の方へ登って行くと、仁右衛門さんの家の門、すなわち仁右衛門門が現れる。ちゃんと表札も付いている。
仁右衛門門
こちらが島主住居。千葉県最大の島の島主にしては、意外とこじんまりしている。宝永元年(1404年)に建てられたものだそうだ。現在はここには住んでおらず、中には入れないものの、縁側から室内を見ることができる。
仁右衛門さんの家
そこから島の端っこ(岸に近い方)にある展望台へ歩く。途中、句碑がたくさんあった。これは芭蕉の句碑。
芭蕉句碑
展望台の少し手前に弁天様の祠がある。
弁天様
かわいい狛犬がいた。
狛犬A
狛犬B
どのくらいちっこいかというと、このくらい。いつのものかわからないが、おそらく江戸後期初期だと思う。
狛犬と煙草
ご尊顔。やっぱりかわいい。
狛犬正面
苔むした石仏や・・・。
仁右衛門島の石仏
錆びた錨も置いてあった。
錨
こちらの展望台(と言ってもベンチが二つあるだけ)からは太海漁港がよく見える。それほど標高が高くないが、なかなかいい景色だ。電線がちょっとじゃまくさい。
太海漁港
花が咲いていた。何の花か分からないけど。
花
もう1回、続きます。
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夏休みの終わりに、千葉県最大の島、仁右衛門島に行ってきた。

仁右衛門島公式サイト
仁右衛門島:Wikipedia

島なので当然船で渡るのだが、船着場はこんな感じ。島内に見晴らしの良い・・・何があるんだろう。
渡し船乗り場
ここから船に乗る。船賃は入島料にインクルードされているので往復とも無料。
渡し船
目指す島はこちら。ご覧の通り、ものすごく近い。
仁右衛門島
泳いでも渡れるのだが、入島料(大人1,350円・中学生1,050円・5歳〜小学生950円)は同じだけ取られるので、よほど泳ぎたい人意外は船で渡ったほうがいい。船は天候さえ良ければ、ひっきりなしに出ている。

船はオッサンが漕いでいる・・・と思いきや、離岸と着岸以外はほとんどモーターボートで引っ張っている。
渡し船2

こちらが仁右衛門島のマップ。それにしても、千葉県最大の島というわりには狭い。全周でも4キロしかないので、一周するのにゆっくり歩いても一時間かからない。
島内案内図

なんともショボい香りがするが、実際行ってみたら、なかなか楽しかった。続きは明日にでも。

仁右衛門島へ行った(その2)
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日野皓正氏のビンタ事件について。

動画を見たが、ビンタがどの程度のものだったか分からなかった。ただ、経緯はよくわかった。

あれの是非が簡単に論じることができないのは、練習ではなく本番だったからである。練習なら問題なくNGだ。練習の場は教育の場であり、日野氏は先生ということになる。教育の場に体罰はいらない。

ところが、これは本番で起こったことだった。

なにしろ、スティックを取りあえげても素手で叩き続けるぐらい、ドラマーは頭がフットーしちゃっている。目を覚まさせる意味での軽い(かどうかは映像では確認できなかったが)ビンタぐらいは仕方ないのではないか。これは教育ではない。緊急事態である。

しかし、そうなってくると、別の問題が起きてくる。本番で演奏者のドラムスティックを取り上げ、ビンタをするという行為が、ショーとして正しいのかということである。

こんなハプニングが起きると、観客はドン引きする。ショーはそれだけで台無しになってしまう。もしプロの舞台であれば、喧嘩は楽屋でして、舞台ではうまいぐあいに納めるのが普通ではないだろうか。

もっと分かりやすく言えば、ドラマーが大人のプロだったとしても、日野氏は同じことをしたかということだ。それでもビンタするのであれば、日野氏はそういう人だというだけのことだ。逆に、相手が大人のプロであるなら、別の方法で事態を納めるというなら、あの場面でビンタするのが教育という意識があったといえるだろう。

もしそうなら、アレはNGである。教育に体罰は必要ない。
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