8月の終わりから、東京都の新型コロナウィルスの感染者数が減り始め、8月のピーク時に5000人を超えていたのが今日は218人となった。劇的な減少である。専門家にも明確な理由が分からないという。

思い当たるのは、ワクチン接種が進んだことと、9月に入ってからは急に涼しくなり換気がしやすくなったことぐらいである。素人考えだが、ワクチン接種が進んで減少に転じ、涼しくなったことで減少にはずみがついたのではないだろうか。

感染者数の減少を受けて、来月から緊急事態宣言も解除される。緊急事態宣言そのものの効果なんかほとんどないに等しいので、これによってすぐに増加に転じることはないだろう。

しかし、さらに時が経って冬になれば、夏以上に換気は悪くなるし、今年の5月ごろワクチン接種した人はすでに半年が過ぎたことになり効果が薄れるはず。しかも、その人たちはほとんどが高齢者である。もし冬に第六波がくれば相当な被害がでるだろう。

逆に言えば、今こそコロナ対策の正念場だと思う。もともと役に立っていない緊急事態宣言は解除していいと思うが、PCR検査や感染者の隔離、ワクチン接種などの対策は今まで以上に行ってほしいのだが・・・まあムリなんだろうなぁ。
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『醒睡笑』巻二「賢だて」の14話(『醒睡笑』巻二賢だて14 二条院和歌好ませおはしましける時・・・参照。)にある「岡崎の三位」に「藤原俊成」と注を付けたら、Twitterで当の俊成卿(@toshinari_bot)から「岡崎の三位は藤原範兼だ」とクレームを付けられた。

調べてみるとたしかに間違いで、即刻書き換えたうえで、俊成卿には深く非礼をお詫びした。

さて、なぜこんな間違いをしたのか。簡単に言うと、参照していた岩波文庫『醒睡笑』(鈴木棠三校注)のタイトルと注を鵜呑みにしてしまったからである。
醒睡笑注a
「ちゃんと調べないお前が悪い」という批判は甘んじて受けるが、だって稀代の碩学鈴木棠三先生ですよ。その大先生が「俊成の賢だて」なんてタイトル(本来、『醒睡笑』にタイトルはない。)を堂々と付けて、「藤原俊成の通称。『千載和歌集』の選者」なんて注付けてたら、そのままでいいと思うじゃん。いや、もちろん言い訳ですけどね。

この岩波文庫版『醒睡笑』は1986年に刊行(僕の持っているのは1993年の第4刷)されたもので、同じ校注者の角川文庫版『醒睡笑』(1964年刊行)をベースにしたものである。こちらも同じタイトルで、岡崎の三位は俊成という注もある。ということは二十年以上誰も指摘しなかったのかと思って、次のページを見てみると・・・。
醒睡笑注b
何とこちらではちゃんと藤原範兼になっているではないか!う〜ん、直しておいてくださいよ。

それにしても、こんな大家の注釈で、しかも二十年経て改版されたものに、こんなミスがあるとは思わなかった。いや、調べ直さなかった僕が悪いのはもちろんなんだけど・・・。
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8月の終わり、あまりの暑さで時計が壊れた日、父の作った小屋を壊した。

この小屋は10年以上前に、耕耘機を保管するために父が作ったものだ。この畑は別の場所にあったのだが、そこを宅地にするというので今の場所に台車に乗せて移動してきた。このころの写真を見ると、いかにもまだ作りたてという感じがする。
小屋の引っ越し(2011年9月)
今はこんな感じ。扉に穴があき、塗料もハゲていてボロボロ。壊す過程で網戸を枠にしてベニヤ板を張ったものと判明した。全体に風雨にさらされてボロくはなっているものの、一度も台風などに吹き飛ばされたことはない。
小屋(正面)
ご丁寧に雨樋が付いている。これは雨水を溜めて畑に撒くためのもので、すばらしい工夫ではあるが、おかげでボウフラが湧いて蚊の養殖場になっていた。蚊の養殖場は早々に撤去したので、ここには写っていない。
小屋(側面)
素人が作ったものなので、簡単に壊せるだろうと思っていたのだが、あにはからんや、なかなか苦戦した。素人が作ったから簡単ではなく、素人が作ったからオーバースペックだったのだ。

まず、片側の壁と屋根を取り外した。壁は長い木ネジ数十本と針金でとまっている。この木ねじの本数がすでにオーバースペックである。木ねじは例の電動工具を使って一本につき数秒で外せた、父はそんなものは持っていない。すべて普通のドライバーで締めたはずである。

小屋の正体はご覧の通り、みんな大好きERECTAのスチールラック。父がマンションの管理人をやっていたときに、ゴミ捨て場に出ていたのをもらってきたもので、実家にはこのラックがたくさんある。
小屋の正体
反対側から見るとこんな感じ。三本の鉄の棒が地面に刺さっていて、これで小屋を支えている。この棒が両側にあって、抜くのに一苦労した。この壁を取ると日陰がなくなって休憩できなくなるので、涼しくなるまで残しておいた。
小屋の(裏)
後日、分解した小屋はレンタカーで借りた軽トラに積んで運んだ。他のゴミもあるので三往復した。
軽トラ
そして何もなくなった。
アフター
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本当かウソかは分からないが、戦時中捕虜にゴボウを食べさせたのが、木の根を食べさせたと勘違いして戦犯になったという話がある。この話の真偽はともかく、ゴボウと木の根はそっくりである。ただし硬さが全然違う。木の根は包丁では切れない。電動ノコギリとナタでやっと切れる硬さである。

これまで何度も書いたが、先月まで父の畑に植えられた木を引っこ抜くという貴重な作業をした。引っこ抜いた木は、柿・キンカン・イチジク・よく分からん木(切り株になってた)が各一本、ブラックベリーが5・6本である。どれも植えてから10年以上経っている。

まずはキンカン。上はこんな感じ。トゲがあるので、枝を落としたあと迂闊にさわれない。ちなみに左に見切れているのが柿でこれも抜いた。
キンカン
キンカンと柿は根が張らないよう、父がコンテナに入れて植えた。しかし、植物だって生きるのに精一杯である。父の意向なんか無視して、コンテナの隙間から四方八方にゴボウのような根を張っている。コンテナ作戦は大失敗である。
キンカンの根
予想外だったのがブラックベリー。
ブラックベリー
ブラックベリーは蔓だから、根っこなんかたいしたことないだろうと思ったのだが・・・。
ブラックベリーの根<
うん、ゴボウ!

それもかなり太くて長い。これで柵にも絡みついていくのだから、どんだけ丈夫なんだか。

最後にラスボスことイチジク。
ラスボス
上が大きいだけあって、根っこも太いものでは子供の腕ぐらいあるが、一番多いのはゴボウサイズ。これが広く浅く広がっていて、一番長かったのがこれ。
イチジクの根
超長いゴボウ!

というわけで、ゴボウには何の罪もないが、しばらくゴボウは見たくない。
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緊急事態宣言下、東京都の感染者数も5000人を超え、不要不急の外出・移動の自粛が叫ばれる今月、たびたび実家に帰って、父が借りていた畑を更地にもどす作業を進めてきた。返還期限が8月末日、つまり今日である。これは不要不急とは言えない。

暑い日が続き、真っ昼間はまともに作業ができない。昔、福建省の農家のおばちゃんに「夏は11時から15時までは働いてはいけない」と言われたが、全くそのとおりだ。この時間帯は作業効率が極端に下がる。体感では15時以降なら20分ぐらいで済む仕事が、11時から15時の間だと1時間以上かかる。

しかも、働いているのは「オカンとボクと時々オトン」なので、4月ごろからボチボチ始めた作業だったが、完全に終わったのは今月の29日だった。おかげで木の根っこを引っこ抜くという新たなスキルを身につけた。それにしても、50歳すぎて土木工事をするとは思いもしなかった。

これについてはいずれまた詳しく書くつもりだが、とりあえず一番大変だった場所のビフォー・アフターだけ。

ビフォー。
ビフォー
アフター。
アフター
これまで、何も考えず必死で作業を続けてやっと終わったのだが、あまり達成感はない。あるのは寂しさだけ。もうここで採れた野菜は食べられないし、それ以前にここに来ることもないのだ。
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ワクチン接種した(一回目):2021年07月16日

先日(8月12日)、二回目のワクチン接種をした。場所は前回と同じ都庁舎の南展望室。前回は接種を受けるまで1時間ほど並んだが、今回は半分以下。あっという間に終わった。

経過観察はまたしても眺めのいい一番前の席。日頃の行いがいいからだろう。
都庁南展望室からの眺め
ご覧の通り曇っていたので、涼しくて快適だった。

さて、モデルナの二回目といえば副反応である。聞いた話では4人中3人が微熱などの症状が出るという。

ところが、12時間経っても24時間経っても、いっこうに熱が出る気配がない。腕の痛みはあるがそれは前回と同じ。今、四日目を過ぎたが、腕の注射したところが少し熱を持っている気がする以外、とくに変化はない。

熱なんか出ないに越したことはないが、これほど何もないと、効いていないんじゃないかと逆に不安になってくる。
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続・畑の木を抜く話の続き。

8日、また実家に帰って畑の作業をした。東京都のコロナ感染者数が5000人を超え、正直言って行きたくはないのだが、8月中に畑を返さなければならないので仕方がない。

今回はレンタカーで軽トラを借りて、様々なゴミや農機具を搬出することが主な仕事である。台風が来ていたので雨が心配だったが、さいわい雨はたいしたことがなく、曇って風が吹いていたので仕事がはかどった。
ハイゼット
大きなものはスチール製の物置きや耕耘機、小さな物は木の枝や細い棒など大小様々なものを、軽トラで二往復で運んだ。軽トラの運転は久しぶりだが、やっぱり楽しい。今回はこれだけで帰ろうと思っていたのだが、ちょっとくたびれたので一泊した。

次の日、せっかく泊まったのだから、ちょっとだけでも進めておこうと思って、例のラスボス(イチジクの木)の撤去にとりかかった。

けっこう大きな木なので・・・。
ラスボス
枝はすでに切ってあるものの・・・。
ラスボス(枝打ち後)
「どうせ一日じゃ抜けないから、ちょっとまわりをほじくって様子を見ておけばいいかな」ぐらいに思っていたのだが・・・。
ラスボス(抜けた)
抜けた!

2時間ぐらい土を掘り根を切りを繰り返していくうちに、引っこ抜くことが出来た。比較的大きな木ではあるが、それほど深いところまで根が張っていなかったのだ。根は深くはないが、広く広がっていて、数メートルになっている。イチジクの根は広く浅く広がるものらしい。ラスボスは意外とあっけなく倒された。

ラスボスは倒したが、まだ小屋を壊さなければならない。だが小屋は父が作ったものである。人が作ったものだから、壊すのもどのぐらい時間がかかるか見当がつく。時間の見当がつかなかったラスボスを倒したので、だいぶ気が楽になった。
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畑の木を抜く話:2021年04月26日のつづき。

4月から始めた畑を元通りにする作業だが、今月の終わりが返還期限になっている。そのため、ちょくちょく実家に帰って作業している。長い間借りていたので、いろいろなゴミが出土したり、父が作った構造物があったりしてなかなか面倒だったが、ゴミはともかく構造物は父が作った小屋を残して全部撤去できた。

さて、一番の問題はラスボスことイチジクの木である。4月26日ではこんな感じだった。
4月のラスボス
この時、枝だけでも落としてしまえばよかったのだが、母が「もう一回収穫できるかも」などというので、枝を落とさないでいたら・・・。
7月24日のラスボス
青々と茂った。
イチジクの実
実もこんな感じで、たくさんなってはいるのだが、8月に入っても実の数が増えるだけで、まったく熟れていかない。どう考えても返還までに収穫はムリなので、あきらめて伐採することにした。

この畑は日中影がささない。この木はごらんの通り青々と茂っていて、暑いなかで木陰を提供してくれる。作業中のいい休憩場所になるので、まずは半分だけカット。切った枝はナタで葉っぱと実を落とす。
ラスボス(枝打ち50%)
数週間後、さっぱりと。
ラスボス(枝打ち後)
枝の太さはこのぐらい。イチジクの木は柔らかいので、電動ノコギリならあっという間に切れる。水分が多く、切ったそばから白い樹液が染み出し、ほのかなイチジクの香りがする。
木の太さ
さて、あとは根っこを掘り起こさなければならないのだが・・・まあ、何事もなければ8月中には終わるだろう。
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ブログ強化月間も今日で終わり。去年は何日か書かない日があったので、なんとか暦を埋めることができたのは嬉しいかぎり。

例の運動会だが、最初に「関わりたくない」などと言っていたものの、開会式だけは最初から最後まで見てしまった。感想は、まあほとんどの人と同じである。あれなら、コロナを言い訳にして選手入場・選手宣誓・関係者の挨拶・聖火の点火だけでシンプルに終わらせておけばよかったんじゃないか。

唯一よかったのが、欽ちゃんの仮装大賞風ピクトグラム紹介だった。オリンピックの最初のピクトグラムが前の東京オリンピックからという歴史も踏まえているし、ピクトグラム自体多様性の象徴でもあるし、しょぼさも含めて見ていて楽しかった。

先日、幻のMIKIKO案なるものが文春から出た。ネットの意見を見ると、こちらの方がいいという声が多かったが、僕は大差ないと思った。

たしかにMIKIKO案はショーとして派手でまとまっていたのだが、どうにも商業主義の匂いが強すぎる。今回の演出も電通のせいで滅茶苦茶になったなどと言われているが、その点でいえばMIKIKO案の方がむしろ電通臭い。

文春の記事では、森喜朗が市川海老蔵を、小池都知事が江戸消防記念会をごり押ししたようなことが書かれていた。僕は森氏も小池氏も大嫌いだし、権力者がクリエイターに口を出すのはもってのほかだとは思っているが、MIKIKO案を見るかぎりでは、彼らが海老蔵や江戸消防記念会を入れたくなる気持は分からないでもない。

だって、AKIRAにマリオだよ。そりゃ、それぞれに好きな人もいるだろうし、海外でも知名度があるのかもしれないけど、長い歴史を持つ日本・東京を象徴するものが、AKIRAとマリオじゃあまりにも悲しすぎる。AKIRAもマリオも、古くもないし新しくもない。何もかも中途半端で、それこそ普遍性がない。歌舞伎と町火消しも安直だが、こっちのほうがまだましだ。

結局、以前書いたように(もうオリンピックには関わりたくない:2021年05月26日参照。)、開会式はリア充だけで盛り上がっている文化祭だったのだろう。しかも、途中で仲間割れしてグダグダになった、そんな印象を受けた。

このグダグダは例の運動会の開会式だけではない。今日ついに東京都のコロナウィルス感染者数が4000人を超えた。まだまだおさまりそうな気がしないし、対策も聞こえてこない。政府も都もグダグダである。
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このサイト、四年ぐらい前の立ち上げ時から知っていたのだが、なかなか紹介する機会がなかった。こういうと失礼だが、これまでこの手の計画がうまくいったためしがない。なので、ある程度現代語訳の数が増えてから紹介しようと思っていたら、機を逸してしまった。

『今昔物語集』現代語訳


このサイトは、ものすごく簡単にいうと「みんなで『今昔物語集』の現代語訳をして公表しましょう」というサイトである。旗振り役は草野真一さんという編集者の方で、多くの人が参加して現代語訳(のみならず外国語訳も)を作っている。草野さんがこれを企図した経緯は、ほんやくネットを立ち上げた:シミルボンに書かれているので是非読んでほしい。

草野さんは国文学的には素人である。ボランティアで現代語訳をしている人たちも、(たぶん)素人である。現代語訳の方法も、国文学の専門家がいう現代語訳(いわゆる通釈)ではない。

だからダメだというつもりは毛頭ない。むしろ逆で、だからいい。こういう現代語訳は専門家にはなかなかできない。そして、この現代語訳を読む読者も素人である。そういう読者に必要なのは、まずは現代語訳である。

このサイトのテキストには、やたナビTEXTの『今昔物語集』の各説話へリンクが張られている。僕の作ったテキストがその任に堪えられるか、大いに不安ではあるが、興味を持った人が原文にシームレスに当たることができるようになっている。とにかく簡単にテキストが読めること、これは大きな価値である。

このサイトで、もう一つ大事なのは「みんなで」作ろうというコンセプトである。これは想像する以上に難しいことだ。人を集めることも、それをまとめるのも難しい。さらに続けるのはもっと難しい。僕が一人で黙々とテキストを作っているのは、偏屈だからではない。残念ながら僕には人を集める能がないからである。

現代語訳は古典への入口として必要不可欠なものである。次に必要なのは校訂本文と注釈、翻刻、最後が影印だろう。これは研究者が必要とするものの正反対になっている。だから研究者はこういう仕事に目が向かない。

研究者はどこかの研究機関がデータベースを公開したとか、どこかの文庫が古典籍の画像を公開したというのは賞賛する。僕も研究者くずれだからその気持ちもよく分かる。

だが、古典を下支えしているのは、こういう地道な活動である。議論をしている暇があったら、もっと目を向けるべきじゃないだろうか。
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