2005年07月

インフォシークニュース > トピックス > 学校教育 > 学位も買えるPWU…「光合堀菌」堀代表経歴で注目

末は博士か大臣かなんていっても、大臣になる方法は知っていても、博士になるにはどうすればいいかを知る人は意外に少ないと思う。
基本的には、大学卒業後大学院に入学し、最低二年勉強して修士論文を提出し修士をとった後、さらに三年勉強して博士論文を提出して博士号を取る。
こうして取った学位を「課程博士」といい、最低で大学卒業してから五年かかることになる。
これ以外に「論文博士」というのがあって、こっちは大学院に行かなくても論文と審査だけでとれる(といっても、実際には大学院博士課程を満期退学した人がほとんど。昔は30代ぐらいで博士号を取る人はいなかった)のだが、それだけに課程博士よりも審査が厳しい。
問題はこの博士論文と審査で、課程博士でも論文博士でも文学の場合は最低でも400字づめ原稿用紙、500枚ぐらいは書かないとまず通らない。もちろん、いくら枚数が多くても「内容が無いよー」ではだめである。
それを審査するのが、4〜5名からなる審査委員で、これら先生は文部科学省からそれだけの資格があると認定された人たちである。
面接を経て、提出した論文が審査委員の一人からも反対されることがなく合格すれば、晴れて博士号がもらえるわけである。

と、ここまでは日本の大学で博士号を取る場合。
博士号に相当する学位はどこの国にもあるが、その基準は国によってまちまちで、米国などは州によっても違いがあるらしい。
そこで、いくばくかの審査料と申し訳程度の論文さえ出せば、ホイホイ学位をくれるすばらしい大学が世の中には存在する。そういう大学を「ディプロマミル」という。
そこで取った学位はもちろん履歴に書くことができる。しかも外国の大学だから、Ph.Dとかになってなんかいい感じだ。少なくとも、日本の三流私大で取るよりは見栄えがいい。

だから現役の大学の先生の中にも、この輝かしい経歴を誇らしげに大学のHPにUpしていらっしゃる人がけっこういる。
ぜひ、調べてみて欲しい。続きを読む
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アン・ドゥ・トロワで半可通を書いたら、早速こんなニュース。

明大教員:「仏語は国際語失格」石原知事に学習セット贈呈
「コツコツ勉強すれば、数は数えられるようになる。難しければ、われわれが個人教授いたします」


石原都知事には粋な返答を期待します。
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前に石原都知事がフランス語を侮辱したかどで訴えられたというニュースがあった。

石原氏の発言は、首都大学東京応援団「the Tokyo U-club」での「フランス語は数を勘定できない言葉だから国際語として失格しているのも、むべなるかなという気がする。そういうものにしがみついている手合いが反対のための反対をしている。笑止千万だ。」というものだという。
どういうわけか、その発言が記録されたはずのファイルが首都大学東京のサイトから抹消されているので正確かどうかはわからないが、石原氏は否定はしていないようなので、間違いはないのだろう。

僕はフランス語を学んだことがないので、数を勘定できないという意味が分からなかった。よもやそんな言語があろうとは思わなかったので世界の言語の数体系というサイトで調べてみると、なるほどこれはややこしい。だが勘定できないというわけではなさそうだ。勘定できないのは、石原氏がフランス語で勘定できないっていう意味だったのか。それなら分かる。
「国際語として失格している」というのも妙な話で、フランス語は国連の公用語だし、植民地支配の影響で使用している地域はきわめて広い。石原氏としては失格なのかもしれないが、使っている人口・地域からすれば石原氏が国際人として失格している。

さて、ショボイ知識をひけらかして、いい気になっているのを半可通(はんかつう)という。そう考えてみたら「大江戸線」も「首都大学東京」も「新銀行東京」も半可通の酢っぱい臭いがぷんぷんする。

かつて半可通が「大江戸」でどんな扱いを受けたか、石原氏には古典落語でも聴いて勉強して欲しい。でも酢豆腐だけで聴いて分かったつもりじゃそれこそ半可通だよ。
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碇豊長氏の詩詞世界が1200首になった。たしか、去年やたナビのリンク集に入れたときは900首だったと思う。
実は、僕が一番よく<読む>のがこのサイトである。オマエの専門は何だと言われそうだが、国文学の注釈書や本文はあらかた持っているし、無ければ買うか借りるかするだけである。なんだかんだいっても、読むとなれば紙のメディアの方が読みやすい。
漢文系もなるべく本を買うようにしているが、漢詩ばっかりはそうはいかない。いくら買ってもおいつかないのだ。李白の詩集に杜甫の詩は載っていないし(あたりまえだ)、『唐詩選』だってたかだか465首、しかもかなり偏りがある。第一、(これもあたりまえだが)唐詩しか載っていない。
「詩詞世界」はそんな僕の欲求を満たしてくれる。読みたいと思う漢詩はたいてい載っているし、注釈も充実していて分かりやすい。扱っている時代も『詩経』・『楚辞』から近代まで、さらには日本漢詩もある。漢詩を鑑賞するのに必要な知識の解説も詳しい。
これがタダで読めるなんて、すごい時代だなぁと思うとともに、碇氏の情熱にはひたすら頭が下がるのである。続きを読む
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以前、僕がサイトに実名や職業を出しているのを見た人から、個人情報の保護は大丈夫なのかと聞かれたことがある。「今のところは何の問題もないよ」と言っておいたが、これからもたいした問題はおきないと思っている。
僕が理解できないのは、個人情報の保護が叫ばれる中、名前さえ隠せば個人情報の保護だと思っている風潮があることだ。
例えば、ブログに匿名で恋人や友人・家族のこと(もちろんすべて匿名で)を書いたとする。本人は匿名で書いたから保護したつもりでいるかもしれないが、万一なんらかの手段によって書いた本人が誰だか分かってしまえば、芋ずる式にプライバシーが明かされてしまう。
たとえ実名で書いていても、そういうことさえ書かなければ、何の支障もないのである。いや、実名で書いている以上、むしろそういうことには敏感になるだろう。
インターネットで情報を発信しようとする人は、個人情報を欲しがっている人が、何を欲しがっているかということを考えるべきだ。
名前や住所なんて、ちょっと調べれば分かる時代だ。それ自体にそんなに大きな価値はないのである。
そんなものを隠して、個人情報を保護した気になって、実際にはプライバシーだだ漏れでは、まさに「頭隠して尻隠さず」といえるだろう。

あまりに暑いので(僕の部屋にはクーラーがない)目黒シネマへ「誰も知らない」を見に行った。
あの、カンヌ国際映画祭日本人初史上最年少最優秀男優賞受賞野郎柳楽優弥で話題になった映画である。
何をいまさらと思われるかもしれないが、僕はロードショーよりも名画座でゆっくり見る方がすきなのだ。とりわけ目黒シネマ(目シネ)は、作品の選択がよくって好きな映画館だ。単に僕の家から近いってのも理由だけど。
さて、「誰も知らない」だが、どうも見ているうちに不愉快になってくる。いや、別に映画が悪いというのではない。
この衝撃的な事件に始末をつける悪者がいないのである。たとえば、子どもを置き去りにした母親は悪者候補ナンバーワンだが、本人も子どもみたいな無邪気なところがあるし、ちゃんと送金したりするので、この人一人のせいにすることはできない。
次に責任を押しつけられそうなのは、子どもたちをとりまく「社会」ということになるだろうが、これまた残りもののおにぎりをタダであげるコンビニ店員だとか、近所のおばちゃんだとか、不登校の女子高生とか、いろいろ社会へのコンタクトはあるわけで、この映画ではどうにも悪者にはできない。
子どもをすてたダメおやじなんかは小物すぎて話にならない。この映画は善悪の問題ではかたずけられないのである。
となると、そんな環境で生きる子どもたちの生命力がテーマということになるが、それにしては弟や妹の面倒を見る明が善人すぎる。「生きていくためなら強盗万引きなんのその」だったら分かりやすいのだが、そうではない。
つまり、この映画は見るにしたがい「カタルシスが得られそうで得られない」という不満がたまってくるのである。これが僕の感じた不愉快である。
現実ってのはそういうものだから、これはある意味リアリズムなのかもしれない。眉間にしわを寄せて見る映画だと思った。
本当はもっと書きたいのだが、古典文学のサイト見たら、見ようと思っていた映画のネタばらしされたってことになると困るのでこのへんでやめておく。
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いろいろ問題になっている、中国の東シナ海ガス田の名前が「春暁ガス田」である。
政治問題的にはあまり興味ないが、それにしてもなぜ「春暁」なのか。
「春暁」といえばだれでも思い出すのが「春眠暁を覚えず」でおなじみ、孟浩然の「春暁」だ。しかし、海底のガスとどういう関係があるんだろう。
いくつか考えてみた。
  • 海底に眠っているから。
  • 「処処啼鳥を聞く」とか「夜来風雨の声」が日本からのクレームを意味している。
  • 「花落こと知りぬ多少ぞ」が「中国は(お金が)落ちることを知った。いくらだろう」という意味。
とかいろいろ考えてみたがしっくりこない。
で、ここはネットで検索、調べてみると、ほかに天外天・断橋・残雪というのもあるらしい。天外天といえば浙江省杭州市は西湖のほとりにある有名なレストラン。で、さらに西湖を検索語に入れてみると、断橋・残雪は一セットで西湖十景の一つである。
その西湖十景をさらによくみると・・・「蘇堤春暁」というのがある。これだ!っていうか今年の三月に行ったばかりだぞ、なぜ忘れたんだオレ。
どうやら、中国政府は東シナ海ガス田のあたりの地形を、西湖になぞらえているらしいことも分かった。なんで天外天だけレストランなのか?楼外楼じゃだめなのか?とかまだ疑問はあるが、とりあえず謎は解けた。
日本も対抗して掘るらしい。対抗するぐらいだから、当然雅な名前を付けねばなるまい。相手が西湖ならこっちははるかにでかい琵琶湖で勝負。浮御堂なんてどないだ。形も似ているし。
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だいたい、ちょっとした長い文章を頭から書く奴なんているんだろうか。
文章ってのは、書けるところから書いて、つなぎ合わせたり、入れ替えたりして書くもんじゃないか。たしか梅棹忠夫センセイも『知的生産の技術』でそういっていたように思う。
僕の場合、たいてい結論から先に書いて、最後に序論を書く。そうでないと、最初にブチあげたはいいが、結論がしょぼくなって竜頭蛇尾になってしまうからだ。
そして、主に本論を増補したり削ったりして推敲する。増補するのはわりと簡単だが、削るのが難しい。
僕は、このブログでさえそうやって書いている。まして原稿用紙三枚分なんて、頭から書いてロクな文章が書けるわけがない。
もし頭から尻尾まで連続して書けたとしたら、それは最初から書く内容が決まっていたことになるわけだ。それなら小論文のテーマなんて出題する意味がない。家で書かせてくれ。
いや、何のことか分からないかもしれないけど、今回は許してください。ごめんなさい。
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期末考査シーズンで、なかなか忙しい。
学生のころは、試験を受けるのなんか本当にいやでいやでしょうがなかったが、実際やってみると作るほうがはるかに大変である。
試験は作るのも面倒だが、採点するのはもっと面倒だ。特に国語はそうなんじゃないだろうか。
国語の採点にはいろいろトラップが仕掛けられている。見るのもいやになるぐらい字の汚いのもいるし、微妙に漢字を間違えていたりする(一画少ないとか多いとか)のもいる。自分が考えていたのではない正解があったりもする。
さらに計算。これが苦手だから国語なのに・・・でも計算。
そして、いやになって逃避。
時間が無いのに、こんなものを書いているのである。
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どういうわけか、日本の緑茶にはブランドがほとんどない。せいぜい宇治茶、狭山茶、静岡茶といくつかの地方の名が付いた茶ぐらいで、製法も似たりよったりで、製法も産地も伝説も異常に多い中国茶とは比べものにならない。
ところが、ペットボトル入り緑茶はブランドが大流行りだ。京都福寿園伊右衛門(サントリー)だの、茶名人丹野浩之の若武者(アサヒ飲料)だの、茶園の味はじめ(コカコーラ)だのわけのわからんゴタク(といったら失礼か)を付けて売っている。
そんな中、ついにというか、よもやというか、栂尾(とがのお)銘柄が出た。茶来(キリン)である。
京都のお茶といえば宇治である。だが、中世、茶の産地を言い当てる「闘茶」なるものが流行したとき、栂尾産を本茶、それ以外を非茶とした。つまり栂尾の茶は中世においてすでにブランドを確立していたのだ。
さらに、栂尾といえば鎌倉時代の高僧明恵上人。国文学的には和歌や『夢の記』などで知られている。一生不犯(つまり一生ドーテー)だったり、右の耳を切っちゃったり、文殊菩薩見ちゃったり、天竺へ行こうとして失敗したり、なかなかのカリスマである。
さらにさらに、栂尾といえば世界最古の漫画ともいわれる国宝『鳥獣人物戯画』。どこぞの国の、やたら高額な富士額の鼠など足元にも及ばない、著作権料なんか払う必要のないマスコットキャラクター(しかも国宝)まで持っている。土地、伝説、マスコットと三拍子そろった栂尾は最高のブランドになりそうだ。
だが・・・これをペットボトル緑茶のブランドにするには大きな問題がある。
行ってみれば分かるが、ここの茶園はむちゃくちゃ狭い。どう考えても、ペットボトル緑茶どころか、せいぜい高山寺で飲むぶんぐらいしか作れなさそうだ。
そこで、「茶来」にはこんなコピーが・・・

京都 栂尾山 高山寺 習ひ

習っちゃったのね・・・
でもこれ、鳥獣人物戯画のストラップ付きがあるらしい(未見)。これはすごく欲しいぞ。
キャラクター商法、おそるべし。
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