2006年02月

相原コージ・竹熊健太郎の名著『サルでも描けるまんが教室』(略称『サルまん』)が復刊するらしい。しかも、書き下ろし「萌え編」付き。

現在竹熊健太郎氏のブログで、相原コージ氏竹熊健太郎氏の「萌え絵」が見られる。すばらしい!

そういえば昔、酔っ払って「三島がどうの・・・」なんていうしゃらくせえ議論(近代な人はなぜかこういうのが好き。)をしていた近代文学専攻の院生に、「ぐだぐだいう前に『サルまん』を読め!」と言ったが、まったく相手にされなかったことがある。病膏肓である。

まあ、分からんやつには分からんのだが、あきらめちゃいけない、芸術は必ず治る。とにかく酔っ払うと「○○(適当な作家の苗字を入れてください。太宰、三島あたりが多いかな。)がどうの・・・」なんていい始めちゃう人にはオススメの一冊(二冊?)。
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メールの基本的な知識がある人ならすでに気づいていると思うけど(民主党にはいないのかな)、このブログを読む人は知らない人も多いと思うので書いておく。

民主党が堀江貴文被告から自民党の武部勤幹事長の二男に対する送金を指示したと指摘したメールを公表した。これが事実なら大変なことだが、いまのところ民主党が提示した証拠はそのメールだけである。

民主党のサイトに記事メールのPDFファイル

民主党公式サイトの記事によると、「コピーの中で情報提供者が塗りつぶしたのは最上部から三行に過ぎない」そうである。だが、重要なのは塗りつぶした三行である。

これは、ヘッダといわれる部分で、いろいろ重要な情報が書き込まれている。実際にはもっとあるはずだが、そこは表示されていない。これが第一に不審な点。

「うちにくるメールにはSabjectとFromとtoしかないよ」という人もいるかもしれないが、それはメールソフト(以下メーラー)の設定で表示されていないだけで、すべてのメールにはそれ以外のいろいろな情報(経由したサーバなど)が書き込まれている。なお、OutlookExpressの場合、見たいメールのアイコンを右クリック→プロパティ→詳細ですべてのヘッダを見ることができる。

第二に不審な点は、ヘッダのX-Mailerが塗りつぶされていること。ここは、使っているメーラーの名前が入り、たとえばOutlookExpressならMicrosoft Outlook Express 6.00.2800.1506などと入る。これが分かったところで、よっぽど特殊なメーラーを使っていない限り、人物は特定できないはずだ。消す意味は考えられない。逆にもし、Livedoor社でメーラーを統一していれば、このメールが本物であるという有力な証拠になるだろう。

第三はFromが消されている点である。Fromには当然ホリエモンのアドレスが入るはずだ。塀の中にいるホリエモンのアドレスぐらいいまさら公開しても何の問題もないはずだ。もし問題があれば、一部だけ消すという方法もある。社内の人間しか知らないはずのホリエモンのアドレスなら本物の可能性が高いということになる。

というわけで、このメールの信憑性はゼロ。まったく証拠にはならない。もっとも、仮に上の不審が解消されても、偽装でないとはかぎらないので、証拠としての力はかなり弱い。

この後、新しい別の証拠が出てくるのかもしれないが、それならそれで、このメールを証拠に糾弾しようとするのはオソマツとしかいいようがないのである。

中国の国技、卓球は中国語で「乒乓」(「兵」の右足がないやつと左足がないやつね)と書く。読み方は「pingpang」、そのまんまだ。

いかにも卓球をやっているように見える字だし、発音も英語の"pingpong"に近いから、近代になってから英語の発音にあてて勝手に漢字を作っちゃったんだろうと思っていた。なにしろ国技だし、それ用の漢字ぐらい作っちゃったって不思議じゃない。

ところが最近、『西遊記』を読んでいたら、孫悟空が妖怪と戦う場面に擬声語として出てくるのを見つけて、意外と古くからあるのに驚いた(第七十回・岩波文庫『西遊記』7巻p391)。

しかし、これが卓球をしているように見えるのは横書きだからであって、伝統的な縦書きならぜんぜん卓球をしているようには見えない。これは単なる偶然なのだろうか。
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ちくま学芸文庫『益田勝実の仕事2』火山列島の思想・歌語りの世界・夢の浮橋再説 ほか

益田勝実氏の著作は、国文学研究者(愛好家も)必読の書である。すぐれた論文なのだが、読みやすいので、「学者さんの論文はちょっと分かりにくくて・・・」っていう人にもオススメできる。

にもかかわらず、微妙に手に入れるのが難しかったりする。この微妙にというのがミソで、目録に載っちゃうような珍本ではないから、逆に探すのが難しいのである。僕も、神保町を散々探し回って見つからなかったのに、近所の古本屋でカゴに入って一冊数百円で売ってたなんて経験がある。

『益田勝実の仕事』シリーズは全5巻(既刊は第2巻のみ)。内容は以下の通り。
  1. 説話文学と絵巻・炭焼き翁と学童・民俗の思想ほか
  2. 火山列島の思想・歌語りの世界・夢の浮橋再説ほか
  3. 記紀歌謡・そらみつ大和・万葉の海ほか
  4. 秘儀の島・神の日本的性格・古代人の心情ほか
  5. 国語教育論集成
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初めて中国へ行ったとき、テレビのコマーシャルが薬のコマーシャルばかりなのに驚いて(最近はそうでもないが、それでも日本よりは多いと思う)、「お前ら、アヘン戦争の屈辱を忘れたかー!」といいたくなった。

その時以来、アヘン戦争というキーワードが忘れられず、なんかアヘン戦争をテーマにしたわかりやすい本はないかなと思っていたら、最近『阿片の中国史』なる本を発見。

譚璐美『阿片の中国史』(新潮新書)は、アヘンを「国際通貨」として位置づけ、清朝末期から中華人民共和国までの近代史を描いたもの。そこには中国だけでなく、日本もかかわっている。

僕は戦争を書いた本で経済がちゃんと書かれていないものはみなインチキか物語の類だと思っている。そんな意味でこの本は今まで読んだどの近代史本よりも説得力があった。

戦争はゼニカネの問題なのだ。正義なんてものは始めからそこにはない。
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トリノオリンピックのスノーボード・ハーフパイプを見ていたら、服装についていろいろ疑問がわいてきた。

  • なぜあんなパジャマみたいなのを着ているのか?
  • 服装は国籍で統一されていないのか?
  • 後ろにフードがついているけど、かぶっているのを見たことがない。何のためについているのか?

しょうもない疑問ですみません。知っている人がいたら教えてください。
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東京国立博物館の「書の至宝展」に行ってきた。
といっても、三日前の話である。

「書の至宝展」については、もう説明を要しまい。チラシのコピー「日中の名筆、漢字・仮名の名品が海を渡り、時を超えてついに集結」のとおりである。僕なんかが感想を書くのははばかられる。

なお、この展覧会は3月11日から4月23日まで上海博物館で「中日書法名品展」として開催される。

例によって図録を買った。むちゃくちゃ重い。この規模なら5000円ぐらい覚悟したが、3000円である。解説、用語解説がついているので、文学は好きだけど書道はどうも分からんという人のためにもいいガイドブックになるだろう。

この図録に、上海博物館の副館長、汪慶正氏による「夢にまで見た日本所在の中国古代重要書跡」なる文章がある。題名だけでも汪氏の期待の大きさがわかるが、そこにこんな文章がある。
「中日書法名品展」が成功裏に開催されることは、私の長年の宿願で、こんなにも多くの古代の重要な書跡が一同に会するのは未曾有の盛事である。この展覧会を企画・主導した者として、私の一生に悔いはない。


残念ながら汪慶正氏は「中日書法名品展」を見ずに昨年10月に亡くなられたそうである。

この素晴らしい展覧会を企画してくださった、汪慶正氏に感謝しつつ、ご冥福をお祈りします。
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サラダ記念日はいまさら説明するまでもないほど有名な俵万智の短歌だ。これが作者のエッセイ付きで中学校の教科書に載っている。
「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

 「君」は作者とつきあっている、もしくは作者が気になっている男性である。気になる相手だからこそ、ちょっとした言葉が記念日になってしまうのである(これは教科書のエッセイにもある)。

 それはいいのだが、問題はサラダである。まさか、彼にサラダだけ出したのではあるまい。おそらく別の料理の―例えばカレーとかオムライスとか―の付け合わせとして出したのだろう。

 ならば、なぜ彼はメインディッシュではなくサラダの方を褒めたのか。サラダしか褒めようがないほど料理がヘタだったと考えてさしつかえないだろう。

 もし仮にサラダしか出さなかったとすると、さらに彼の言葉はさらに意味深長になる。「サラダだけかよ、オレはウサギじゃねぇんだぞ」もしくは「とりあえず褒めとくか」が彼の言外にあると考えて間違いない。

 サラダを褒めたのなら、それはドレッシングを褒めたということである。しかし、常識的に考えてドレッシングなんて誰が作ってもそんなに変わるものではない。あくまで付け合わせだから、市販のもので済ませている可能性もある。もし、そんなものを褒めたら大変なことになる。それを褒めたということは、明らかに市販のドレッシングではないとわかる味、つまりこのサラダはかなり個性的な味だったのだ。

どうしても褒めようがないメインディッシュに個性的なドレッシングのサラダ。やむなくサラダを褒める彼。使っている野菜は有機農法だったかもしれない。当然、メインディッシュの野菜も有機農法だ。「あー高い有機農法野菜をこんなにしちゃって」と思いながら、とりあえず嫌味半分、サラダを褒める彼。彼の優しい心遣いが痛々しい。だが、何か勘違いした彼女はノーテンキに喜んでいる・・・。

 すなわち、この歌はどんな嫌味をいわれてもポジティブにしかとらえられない恋心を詠んだ歌と解釈できるのである。
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