2007年07月

いろいろサプライズがあった参議院選挙だけど、何がびっくりしたって、

丸川珠代当選

以上のものはない。

だって、コイツ、三年間(選挙は6回)も棄権しつづけてるんだよ。どこからどう考えても政治に興味がない人種だよ。そんな奴が立候補して当選するとは常識的に考えられない。

でも当選しちゃった。しかも所属の自民党は大敗しているにもかかわらずだ。選挙って一体何なんだろう。

#安倍首相がはやばやと続投を表明したのも、かなりびっくりだったけど。
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ご存知のとおり、中国はニセモノ大国である。町中で売られている、日本のマンガキャラクターグッズはほとんどニセモノである。

これらは大変巧妙に似せられていて、素人目には本物と全く区別がつかない。ニセモノを見破るのは至難のわざだが、見破ることもできなくはないので、今回はドラえもんの見分け方を伝授しよう。
パチえもん
この写真は、僕が無錫市で買ったドラえもんの置物である。大変精巧にできていて、どこからどう見てもドラえもん以外の何者でもない。だが、本物と比較してみると、微妙な違いがある。なお、本物がどのようなものであるかは、ドラえもん公式サイトで確認して欲しい。

まず、比較的目立つ相違点はヒゲの本数である。ニセモノではヒゲが三本になっているが、本物のヒゲは六本で、生え方も微妙に違っている。

また、ドラえもんの特徴であるポケットが、本物では普通のポケットであるのに対し、ニセモノでは網になっている。

股間にも注目してほしい。ニセモノの股間は何故か下にだらりとたれた何かがあるが、本物にはない。

以上のように、非常に微妙な違いなのだが、ポイントを抑えれば誰でも見破ることができるようになる。これから中国へ行く人はニセモノをつかまされないためにも、是非マスターしてほしい。
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超漢字検索を試してみた。

超漢字検索とは、JIS・GT明朝・大漢和辞典収録文字・GB2312(簡体字)・Big5(繁体字)などの18万字を超える漢字や文字を検索できるソフトウェアである。検索してコピー&ペーストで文書に貼り付ければいいのだが、フォントとして持っていない字は画像で貼り付けられる。

さすがにこれだけの文字を検索するのは大変なので、検索方法が工夫してある。漢字をパーツで検索できる、部品検索で-(引く)、*(掛ける)などが使えるのである。

どういうことかというと、例えば、「聯」という字を検索したいとする。部品検索では漢字をパーツに分けて検索できるのだが、「聯」だと「耳」はいいが、つくりの方がどうにもならない。かといって、耳だけで検索するととんでもない数の文字が出てくるし、正確な画数はわかりずらい。

そこで、引き算。「聯」のつくりの上の方は糸の下の部分、つまり小をとりのぞいたものだから、「耳 糸-小」で検索すると、53文字に絞られる。

二つ以上ある場合は掛け算が使える。例えば「鸞」なら「糸*2 言 鳥」で出てくる。「蟲」なら「虫*3」だ。

部品検索には記号や片仮名も使える。たとえば「鑁」(坊さんの名前ばっかりですみません)なら、「金 ※」でOK。それっぽい記号を入れればいいらしい。

さらに画数や読みを混ぜて検索することができるので、文字をしぼりやすい。たとえば、さっきの「聯」でいうと、「耳 糸-小 れん」で53文字が26文字に絞られる。詳しくはオンラインマニュアルを読んで欲しい。

8月31日までは、キャンペーン価格で5,250円(通常6,300円)なので、欲しいひとは急げー!

永井荷風の小説などでおなじみの花街(現在は普通の商店街である。念のため)、鳩の街に行ってきた。

実は、墨田区文学散歩になるはずだったんだけど、ちょっと時間の都合と天気の都合で、鳩の街だけになってしまった。

墨田川高校校歌
で、スタート地点は、都立墨田川高校

ここの校歌幸田露伴作詞、弘田龍太郎作曲。

碑になっているのは、4番の歌詞である。なんで4番なのかなとおもってよく読んでみると、1番で川、2番で春の花、3番で秋の富士を詠んでいて、4番がそのまとめになっているのである。さすがは明治の文豪、露伴だけあって、小難しい言葉が少ないわりにうまくまとまっている。

ところで、上のページでは「いく川」となているのが、なぜか石碑では「逝く川」になっている。もしかしたら2ちゃんねらーの仕業かもしれない。


鳩の街
墨田川高校から、鳩の街までは、歩いて5分ほどである。国道6号(水戸街道)を右に曲ってしばらく行けばいい。現在は鳩の街商店街という商店街になっている。場所は分かりやすいのだが、写真でも分かるように、道幅の狭い商店街なので、気をつけていないと通りすぎてしまう。

この写真だと、商店街というよりも単なる路地みたいだが、結構店がある。この店がいい味を出していて、花街だったころから使っているであろう、古い建物が多いのだが、商店としてちゃんと営業している店が多い。けっこう活気があって、どことなく北京の胡同に似ているなと思った。

さて、鳩の街とくれば、「抜けられます」でおなじみ玉の井だが、残念ながら雨が降ってきたので京成曳舟から帰ることにする。

で、帰りぎわに見付けたのが、東京電力玉の井変電所。玉の井という地名は現在は使われていない(東武伊勢崎線東向島駅が玉ノ井駅)。というわけで、現在まで玉の井の名称を残す貴重な場所なのである(たぶん。ウソかも)。
玉の井変電所
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「そんなことする奴ぐらいいるだろうな」

段ボール肉まんの報道を読んだときそう思った。中国でアヤシイ露店の食べ物を食べていた人はそう思ったんじゃないだろうか。

工場で大々的にやっていたというならともかく、やった(とされる)のは路地裏の露天商だ。誰もが食べるという性質のものじゃない。捏造していた北京テレビの人もせいぜい眉をひそめる程度だと思っていたに違いない。

ところが、実際は予想外の大騒ぎ。なんと海を隔てた日本でさえ、たいへんな話題になってしまった。だいたい、騒いでいる日本人の中で、北京の道端で売っている肉まんを食べたことのあるやつ、もしくは食べる可能性のあるやつがどれほどいるというのだろう。

「これだから中国の食べ物は信用できない」って、そりゃ信用できないだろうが、段ボール肉まんはそれとは話が別だ。露店の肉まんが日本に輸入されるわけはない。

一方、震源地の中国でもかなり話題になったみたいだが、こちらはちょっと意味がちがうんだろう。露店の食べ物なんて、前々からあやしいと思っていたものが、テレビで証明されちゃったから「ホレみたことか」ってな感じになったんじゃないだろうか。それに、中国では豚肉の価格が高騰しているから、話が妙にリアルだったのがいけなかった。

僕は露店の食べ物が好きで、中国に行ったら必ず食べるが、中国人から「よくあんなの食べますね」と言われたことがある。うまいんだからしょうがない。とりあえず、火が通ったものを食べることにしているが、あやしいのは織り込み済みだ。

原料の形が残らない加工食品には、なにかおかしな物が入っているんじゃないかという疑念があるのは、普遍的なものである。ほとんどは都市伝説のたぐいだが、ときどきミートホープみたいなのがでてくるから、どんなにウソくさくても広まってしまう。

最近だと、マクドナルドの肉がミミズ肉とかいうのがあった。もっと古くは『今昔物語集』31-32に、酔っ払った物売りの女が、鮎鮨(鮒鮨みたいななれずし)の桶にゲロを吐いて、そのまま混ぜて売っちゃった目撃談というのがある。なれずしなんて、もとからゲロに似ているし、匂いも強烈だからありそうな話である。

『今昔物語集』は話の終わりを次のように結んでいる。
然れば、市町に売る物も、販婦の売る物も極めて穢き也。此れに依りて、少しも叶ひたらむ人は、万の物をば目の前にしてたしかに調へさせたらむを食ふべき也となむ語り伝へたるとや。

ようするに売っている食べ物というのは汚い物だから、できるだけ目の前で調理したものを食べよというのである。

しかし、冷静に考えてみれば、鮎鮨を売る女がみんな酔っ払っているわけはない。そんな鮎鮨にあたる確率はかなり低いのだ。段ボール肉まんだって、仮にあれが本当だとしたって、あんな凝ったわざを使って段ボールを肉に混ぜている露店商がそれほどいるとは思えない。まして、北京に行くこともない人間が騒ぐ理由はまったくない。

それでも「市町に売る物も、販婦の売る物も極めて穢き也」なのである。本当に人間って800年前からちっとも進歩してないんだな。

ところで、段ボール肉まんの映像をスクープしたのは、CCTV(中国中央電視台)って伝えられてたと思うんだけど、いつのまに北京テレビになったのかな。

昨日のエントリバフッフッ!で、邦訳日葡辞書を調べていたら、なぜかムーディ勝山の右から左へ受け流すの歌が気になってしまい、そんなのないだろうなと思いながら、「受け流す」を引いてみた。

Vqenagaxi,su,aita 打ち込んで来るのを、自分が傷つけられないように脇へそらす。または、敵の刀などをそらして滑らせるような具合に自分の刀の上に受け止める。例、刀を受け流す。刀で打ち込んでくるのに対して身をかわす、あるいはよける。¶また、比喩。相手が怒って、取り乱して話すのを穏やかな態度で辛抱して聞く。

日葡辞書が書かれたのは1603年。そのころには、すでにこの使い方があったようだ。いや、ムーディの歌は本当に何かやってくるのだから、本来の使い方なのか。

それはともかく、ポルトガル人宣教師が使う辞書だから、右から左へ受け流す機会も多かったろう。「ボーズガオコッテイタケド、ミギカラヒダリニウケナガシマシタ」とか言ってたに相違ない。
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平家物語の「宇治川の先陣」で、擬声語・擬態語を抜き出せという問題を出したら、「ざつ(ザッ・一文字にざつと渡いて)」とか「どつ(ドッ・一度にどつとぞ笑ひける)」という正解に混じって「ばふつ」という答えが結構な数あった。他にも「ばふつふつ」というのもある。

よく読んでみると、どうやら↓を誤読したらしい。
佐々木太刀を抜き、馬の足にかかりける大綱どもをばふつふつとうち切りうち切り、

もちろんここは「大綱どもをば、ふつふつと」と読むべきである。だが、「ふつふつ(フッフッ)」より「ばふつふつ(バフッフッ)」の方が、丈夫な大綱を切っている迫力がある。

ちょっと感心したが、もちろん×。佐々木高綱はそんなナマクラ持ってないのだ。
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猫を償うに猫をもってせよ越智治雄のことなどのエントリで、長谷川泉氏の著作についてこんなことが書いてあった。
ところで長谷川泉という人は、医学書院の社長をしながら日本近代文学の研究をしていたが、どうも、どういう人だか、よく分からない。鴎外と川端の研究がやたら多いのだが、その題名が、どんどん珍奇になっていった。


*川端文学の味わい方 明治書院, 1973
*現代文章の味わい方 明治書院, 1974


なんか、「味わい方」とか「機構」とか「側溝」とかいう言葉を、妙な風につける人だったようで、そのネタが尽きると、「涓滴」とか「管窺」とか「点滴」とか「盛儀」とか「燦遺映」とか、よく分からん言葉が飛び出してくる。

たしかにだんだん珍奇になっていって面白いのだけど、「味わい方」は明治書院の「味わい方叢書」なるシリーズ物で長谷川氏のネタではない。

僕が持っている『徒然草の味わい方』(佐々木八郎・昭和48年9月)の巻末広告(『川端文学の味わい方』も載っている)によると、「日本人の生活の中に深く根をおろした文学・芸能などの幅広い分野に取材し、たのしく味わうための基礎的な知識とポイントを、やさしく解説した鑑賞入門シリーズ」らしい。

カバーにも広告が付いていて、こちらは「作法叢書」。「味わい方叢書」が、鑑賞なのに対して、「作法叢書」は『小説の書き方』だの『詩の作り方』だの実作の叢書になっている。このころ明治書院では「方」がブームだったのかな。

それにしても、「作法叢書」に『横書き文の書き方』ってのがあるんだけど、何が書いてあるんだろう。すごく気になる。句読点の打ち方とかだろうか。
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抱っこもOK!赤ちゃんパンダに変身したチャウチャウ―北京市

これはすごいねぇ。

チャウチャウがこんなにパンダに似ていたとは思わなかったよ。
でも、食用犬。

テクノカット(80年代流行ったもみ上げをさっぱり落としちゃうヘアースタイル)の起源がYMOだという、資本主義陣営による妄言が喧伝されているが、テクノカットの本当の起源は周恩来同志である。

これをごろうぜよ。モノクロだが、人民服は赤くない。

テクノカット周恩来
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