個人的になんだか忙しかったので、あっという間に過ぎてしまった感があるが、振り返ってみるとすごい月だった。
まず、月初めに福田首相の辞任。この人はなんだかんだいってずるずる続けるんだろうと思っていたから、びっくりした。
それにしても、安倍氏にしても福田氏にしても、なぜもっとうまく伏線を張らないんだろう。突然やめるのがかっこいいとでも思っているのだろうか。
そして、麻生氏の首相就任と、閣僚人事。自民党の茶番総裁選は全然国民の目をだませなかったようだが、二世議員が10人とは驚いた。と思ったら、中山成彬氏更迭でまた増えた。
二世議員が悪いというつもりはない。優秀な人も少なからずいるだろうし、二世だからできることも(よくわかんないけど)あるのだろう。そもそも、二世議員を当選させたのは国民である。二世議員を否定することは、民主主義を否定することになりかねない。
しかし、これほど二世ばかりになると、二世でないと議員になれないという印象を与える。これは、校長の娘にゲタをはかせた大分の教員採用試験問題も同じことである。
いろいろなところでこういうことが続けば、最初から議員になろうとか、教員になろうとは誰も思わなくなるだろう。
実際、自分がなりたいかどうかは別として、氏素性で職業が決まる国なんてのは希望がない国である。若者にやる気がないなんて、中山氏なら日教組のせいということになるんだろうが、こんな国では当然である。
その、中山成彬氏の発言。数少ない世襲でない大臣がコレだ。
ネットでは擁護している人もいるが、とんでもない話だ。これを擁護する人は、大臣が特定の組合をぶっ潰すと言ったことの重大さがわかっていない。
日教組がどうであろうと、合法の組織を為政者がぶっ潰すなんて、まともな国ではないし、それを支持するのはまともな人間ではない。
どうしてもぶっ潰したかったら、日教組を非合法にするか、憲法を変えればいいのである。それができれば、の話だが。
それから、一連のサブプライム問題。リーマンとかAIG。
これ実はたいへんなことなのだが、意外に自分に関係ないと思っている人が多い。
「金は天下の回り物」である。いまや、世界中を駆け巡っている。関係ないはずがない。
今年の9月はいろんな意味で暑かった。
まず、月初めに福田首相の辞任。この人はなんだかんだいってずるずる続けるんだろうと思っていたから、びっくりした。
それにしても、安倍氏にしても福田氏にしても、なぜもっとうまく伏線を張らないんだろう。突然やめるのがかっこいいとでも思っているのだろうか。
そして、麻生氏の首相就任と、閣僚人事。自民党の茶番総裁選は全然国民の目をだませなかったようだが、二世議員が10人とは驚いた。と思ったら、中山成彬氏更迭でまた増えた。
二世議員が悪いというつもりはない。優秀な人も少なからずいるだろうし、二世だからできることも(よくわかんないけど)あるのだろう。そもそも、二世議員を当選させたのは国民である。二世議員を否定することは、民主主義を否定することになりかねない。
しかし、これほど二世ばかりになると、二世でないと議員になれないという印象を与える。これは、校長の娘にゲタをはかせた大分の教員採用試験問題も同じことである。
いろいろなところでこういうことが続けば、最初から議員になろうとか、教員になろうとは誰も思わなくなるだろう。
実際、自分がなりたいかどうかは別として、氏素性で職業が決まる国なんてのは希望がない国である。若者にやる気がないなんて、中山氏なら日教組のせいということになるんだろうが、こんな国では当然である。
その、中山成彬氏の発言。数少ない世襲でない大臣がコレだ。
ネットでは擁護している人もいるが、とんでもない話だ。これを擁護する人は、大臣が特定の組合をぶっ潰すと言ったことの重大さがわかっていない。
日教組がどうであろうと、合法の組織を為政者がぶっ潰すなんて、まともな国ではないし、それを支持するのはまともな人間ではない。
どうしてもぶっ潰したかったら、日教組を非合法にするか、憲法を変えればいいのである。それができれば、の話だが。
それから、一連のサブプライム問題。リーマンとかAIG。
これ実はたいへんなことなのだが、意外に自分に関係ないと思っている人が多い。
「金は天下の回り物」である。いまや、世界中を駆け巡っている。関係ないはずがない。
今年の9月はいろんな意味で暑かった。