2008年10月

甲南女子大学図書館所蔵『源氏物語』梅枝巻のニュースはいろいろな新聞で報道された。なんか曖昧な記事だなと思っていたのだが、やはり新発見ではないらしい。

源氏写本発見というエセ新聞報道に異議あり:賀茂街道から2
この本については、国文学研究資料館の博士後期課程の大学院生であった大内英範君(現在は研究員)が、3年も前に原本を甲南女子大学の図書館で調査をした後に詳細な考察による論文にまとめ、「伝為家筆梅枝巻とその本文」(『古代中世文学論考 第14集』、平成17年5月17日発行、新典社)と題して公表しています。
 この論文を掲載した本は、平成17年6月21日に、2冊を甲南女子大学付属図書館に寄贈しています。写本の調査に便宜を図ってもらい、写真掲載に高配をたまわったお礼としての献本です。
 また、私も3年前に同図書館で本書を調査し、大内英範君の論考を追認しています。
 その資料を、なぜ今ごろ新発見ニュースとなっているのか、わけがわかりませんでした。


そこで、もう一度報道を確認してみると、見出しや本文では、新発見とは書いていない。

新聞の記事をまとめると、

1.甲南女子大は29日、源氏物語54帖の一つで学内の書庫にあった「梅枝」の写本が、鎌倉時代中期(13世紀)のものと判明したと発表した。

2.米田明美教授が梅枝巻を田中登・関西大教授に鑑定を依頼し、鎌倉中期の1240〜80年ごろの写本と確認した。

3.勝海舟の蔵書印があった。

ということのようだ。

つまり、今回の甲南女子大学の発表は、蔵書の『源氏物語』梅枝巻の鑑定を田中登教授に依頼したら、鎌倉中期の写本だろうと言われた、というだけの話らしい。なんだつまらん。

ここで押さえておいてほしいのは、この本そのものが古いことが判明しても源氏物語の本文にとっては何の意味もないということである。

紫式部自筆の本を書き写す、さらにそれを書き写すことによって、写本は生まれる。甲南女子大本もその一つである。

仮に古い時代にソコツ者が書き写したものが残ったとすれば、それは文化財としては古くて価値があるかもしれないが、本文としては価値が低くなる。だから、写本自体の新旧は『源氏物語』本文の価値とは何の関係もない。本文の価値は、他の本と対比したりすることによって、分かる(かもしれない)のである。新聞の報道は(意図的にか)そこをごっちゃにしている。

話をもどすと、甲南女子大学本については、大内英範氏が本文も含めてすでに調査し、平成17年に論文を発表していたらしい。だから、これは新発見ではない。

新聞報道では、甲南女子大学も、古筆学の立場から鎌倉中期の写本だと確認されたというだけで、新発見としては発表していないようだ。その程度で、ここまで大々的に報道するかという気もするが(するなら、大内氏の論文の時点ですべきだ)、ここまでは齟齬がない。

ところが、一部でこれを発見と誤解したマスコミがあった。たとえば、日経新聞。

原本が残っていない源氏物語の研究を進める発見になりそうだ。

産経は、写真のキャプションで発見としている。

源氏物語「梅枝の巻」最古級の写本 勝海舟の蔵書印

もっと性質が悪いのが、産経の別の記事。これでは、「発見」が米田教授によるものと読める。

「千年紀に奇跡」「勝海舟が恋物語とは」源氏物語写本に驚きの声
同大の「梅枝の巻」の写本は、主流である「河内本」とされていたため、長年保管庫に保存され顧みられることはなかった。が、千年紀を機に再読していた米田教授はこれまでの写本と異なる記述があることに気づいた。
(中略)
 これまで寡黙とされていた紫の上と、光源氏との仲むつまじさが伝わってくる記述で、米田教授は「まさか別本では」と胸が高鳴ったという。


いちばんひどいのは時事通信。

源氏物語に新描写の別本=鎌倉中期の写本、原作に近い?第32巻、甲南女子大所蔵

こうなっちゃったのは何が問題なのだろうか。

まず、マスコミの知識不足と商業主義がある。本そのものと、本文の価値がごっちゃになっていて、スキャンダラスなものを適当に組み合わせているのである。

もう一つは、甲南女子大学の発表。古筆鑑定によって、写本の年代が分かった程度でマスコミを集めて報道させるなんてのは、商業主義以外の何者でもない。

しかし、一番いけないのは、物事をはっきり言わない人たち(その人たちにならって、誰かははっきり言いませんが)ではないだろうか。国文学の世界にはそういう人が多すぎる。マスコミは、そういう言い方が大好きで、都合よくつかわれちゃうのは周知のことである。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

先月の総括も「忙しい」で始まったのだが、今月はそれに輪をかけて忙しかった。

9月は雑多な忙しさだったが、10月は私事のイベントが多くて、書きたいこともたくさんあった。それがほとんど書けていないのが残念だ。なにもリアルタイムで書く必要はないので、いずれ書きたいと思う。

社会的には、先月の総括の終わりで書いた経済問題が、より深刻になってきた。さすがに、自分に関係ないと思っていた人でも、意識するようになったんじゃないだろうか。

訃報:水原一さん83歳=駒沢大学名誉教授:毎日.jp

平家物語の研究で知られる、水原一先生が逝去されました。

ご冥福をお祈り申し上げます。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

都立広尾病院に「ER広尾」という看板が掲げられたときのことはよく覚えている。夜の散歩コースだったからだ。ERとはEmergency Roomの略である。

きっと、この中ではNHKでやってたドラマみたいに、軽いやけどを負った程度でギャーギャー騒ぐおばさんだの、銃が暴発して腕が吹っ飛んだチンピラだのが次々に担ぎ込まれ、アメリカンジョークを飛ばしながらてきぱきと処置する医者がうじゃうじゃいるんだろうなと思っていた。

このERという名称は、現都知事の石原慎太郎氏が名づけたものだ。その経緯は石原慎太郎公式サイトで見られる。

理想の救急医療体制とは?:石原慎太郎公式サイト
 駆けつけた医者は彼を診察し、尋常ではない症状から、あらゆる病気を想定し、やっとその原因にたどり着いた。彼は脳疾患だったのである。早急な手術が必要であることは明らかだ。しかし病院には、ベッドの空きがない。それ以前に、当直医は1人であり、その医者もアルバイトの研修医だったのである。この病院ではとても対処することができない。医者は至急、救急車の手配を看護婦に促した。しかし救急車が指定の病院に到着した時には、既に彼の命は絶たれてしまっていた。
(中略)
 第一弾は「東京ER墨東」として都立墨東病院に開設された。墨東病院には以前から、救命救急センターという、生命の危機を伴う患者の治療にあたるための体制が整っていた。そこに、初期救急患者(入院を必要としない救急患者)及び二次救急患者(入院・手術を要する救急患者)の初療を担当する「救急診療科」を新設することによって、あらゆる患者に対応することのできる体制を整えたのだ。新設された救急診療科では、内科系・外科系・小児科系を主体に専任医師を常時確保する体制がとられ、救急患者対応の診療室も3室から6室に増設された。

さすが、元小説家である。文学的表現で、救急医療の必要性を訴えている。ここでいう、脳疾患は症状から脳内出血と見ていいだろう。

ところが・・・。
妊婦搬送7病院が拒否、出産後に死亡 東京:asahi.com
都によると、女性は今月4日、頭痛などの体調不良を訴え、江東区のかかりつけの産婦人科医院に救急車で運ばれた。かかりつけ医は脳内出血の疑いがあると診断し、午後7時ごろから電話で緊急手術ができる病院を探した。しかし、都立墨東病院(墨田区)など7病院から「当直医が他の患者の対応中」「空きベッドがない」などと次々に断られたという。
かかりつけ医が午後7時45分ごろ、改めて都立墨東病院に電話したところ、受け入れ可能になったという返事が来たため、同病院に搬送。午後8時18分に到着した女性は帝王切開で出産し、脳内出血の血腫を取り除く手術も受けたが、3日後の7日に脳内出血のため死亡した。赤ちゃんの健康状態には問題がないという。

おいコラ。ERは名前だけか。「あらゆる患者に対応することのできる体制を整えた」んじゃなかったのか。

しかも都立墨東病院は総合周産期母子医療センターに指定されている。

怒るで、しかし。

亡くなられた女性に、東京都民の一人として、ご冥福をお祈りします。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

19日、久遠の絆ファンサイトの浦木裕さんが来日するので、成田空港まで迎えに行った。

写真で見たので、顔は知っているが、なにしろ会ったことがない。浦木さんも僕の写真は見ているが、こんな写真だったり、あんな写真だったりするので、僕を見て気づくかどうか分からない。

そこで一計を案じた。成田空港の到着ロビーでよく見る、アレを用意したのである。もちろん、書道の授業中に書いたことは内緒だ。

歓迎光臨

うん、これなら誰が見ても分かるだろう。我ながらなかなかいいできだ。成田空港なら、こういうのを持っている人はたくさんいるだろうが、筆で書かれたものはないだろう。きっと浦木さんも喜んでくれるに違いない。

19日成田の到着ロビーに到着。アレ?こんなの誰も持ってねえ。持っていても、せいぜいB4判の画用紙程度。前にここから出たときは、みんな持ってたような気がしたが・・・。どっかちがう空港と間違えたか。

考えてみると、浦木さんが出てくるまで、僕はこの紙を掲げていなければならないわけで、大変恥ずかしい。カバンにしまったり、出したりして浦木さんの到着を待った。

しばらくすると、浦木さんらしき人物が大荷物を引いて現れた。一目見て分かった。横断幕ぜんぜん意味なし。だが、せっかく書いてきたのに、使わない手はない。僕は、目一杯紙を広げて、アピールした。浦木さんは、すぐに気がついた。まあ、気づくよな。

ちなみに、当日の浦木さんのエントリはこちら。僕の写真も一番下にあるけど、成田往復の疲れが写ってるなあ。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr



伝説の日中文化サロン上海・内山書店 (平凡社新書)を読んだ。

内山書店といえば、神保町の内山書店である。

今はどうか分からないが、学生時代、ここの二階で本を探していると、何故かかならずお茶が出た。お茶が出る古本屋というのはいくつかあったが、それもなじみ客がイスに座ったときぐらいで、買おうが買うまいが誰彼なくお茶を出していたのはこの店ぐらいだろう。

立って片手に本持っているときでもお茶を入れてくれるので、こぼしたらどうしようと冷や冷やしたものだ。

当時お茶を出してくれたのは、かなり高齢のおばあちゃんだった。この方、実は内山完造の養女で、東京内山書店創業者にして完造の弟、内山嘉吉の奥さんなのだが、そのときはそんなことは知らなかった。

あるとき、いつもお茶を出してもらって悪いので本を買った。何を買ったかは覚えていない。お金を払うと、おばあちゃん、レジのボタンを押した。すると、

チーン!

という音ともに、おばあちゃんが転んでしまった。一瞬何が起こったかわからなかったが、よく見るとあの引き出しみたいな部分が、社長のお腹に当たったのである。あわてて助け起こしたのを覚えている。

さて、この本によると上海内山書店では、奥にお茶が飲めるスペースがあり、そこに多くの文人・文化人・学生が集まったという。やはり誰彼となくお茶を出していたそうで、あのお茶はその名残だったらしい。

僕はこの本を読むまで、漠然と上海内山書店が日中文人の交流の場だったということしか知らなかった。上海の内山書店跡にも行ったことがあるが、銀行の壁にプレートが貼られているだけなので、ああここかという程度のものだった。

しかし、実際にはそんな生易しいものではなかったのである。この本には「伝説の日中文化サロン」などと暢気な題名が付いているが、革命家、スパイ、軍隊が跋扈する、魔都上海を舞台にしたノンフィクションサスペンスである。

それにしても、ここに描かれる内山完造の人物像は魅力的である。内山完造は、よく日中友好の架け橋などといわれるが、そんな安直な言葉では表せない。この時代に、こんな芯の通った日本人がいたとは、溜飲が下がる思いである。

分かりやすく言うと、ゴルゴ13的なかっこよさ。あ、よけい分かりにくかったか?すみません。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

中国茶器といえば、なんといっても宜興の紫砂壷である。

宜興でしか採れない土と特殊な製法でつくられる、独特の風合いは見るものを魅了するが、それだけではなく、茶の雑味を取り除くという実用的な効果もあるという。

僕もそんな紫砂壷に魅せられて、浙江省宜興まで買いに行ったことがある。今月は、僕が買った中でも傑作中の傑作を壁紙にする。

まずは正面から。普通こういうものは正面からは撮らないが、この紫砂壷には撮らずにはいられない魅力がある。(今回はあえてサムネールにしません。グロじゃないよ。)

紫砂壷正面1280×1024
紫砂壷正面1024×768

次は横から。紫砂壷の魅力はこの写真でも十分に伝わるだろう。

紫砂壷横1280×1024
紫砂壷横1024×768

ところで、紫砂壷というのは、日本でいう急須なのだが、実はこれ急須ではない。横から写した写真を見てもらえば分かるが、柄の部分が急須にしては短い。これではここを握ってお茶を入れるのはかなり難しい。

これは吸い飲みである。病院で入院患者が寝ながら水を飲むのに使うアレといっしょ。つまり、ヒョットコの口みたいなところを、直接自分の口に差し込んで、中の水なりお茶なりを飲む。

自分から見れば、褐色の怪しい顔がドアップ、傍から見ればヘンなおっさんとディープキスである。

もちろんやってみたが・・・

マジきもーーーーーーい!
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

13日、日本のカーニバル(僕が命名した)こと池上本門寺のお会式、万灯練供養に行ってきた。なお、お会式のことは、2006年10月13日のエントリにも書いた。

アルバムは↓の写真にリンクしてある。ただし、カメラ本体のストロボで撮っているので、あまりできがよくない。
お会式


この祭りのすごいところは、そのファナティックさと雑多さにある。

万灯練供養は「全国から集まった百数十基の万灯が、深夜まで池上の地を練り歩き、報恩を捧げ」るというものだが、それぞれの万灯を持ったチームが、お囃子と太鼓で踊りまくる。なぜか纏(まとい)があるのは、かつて町火消しが参加した名残だという。

普通、祭りというものは、決まったお囃子があるものだが、これは各チーム(講中)で違っているらしい。だから、池上の駅に降りると、なにやらすさまじい音が聞こえてくる。

加えて、日蓮宗独特のうちわ太鼓の音が非常に大きい。これを叩きながら、これまた各チームで違ったステップを踏むのである。この雑多な感じが、阿波踊りなどとは違った熱狂的な雰囲気を感じさせる。

終盤の本門寺に近くなると、踊っている人たちは、だんだんトランス状態になってくるらしい。あんな踊り何時間もしているのだから、トランス状態にもなるだろう。

実は今回、初めて本堂まで行ったのだが、お経なんか何いっているか分からないし(日蓮宗の読経ってああいうものなんだろうか)、でかいうちわ太鼓叩いて走り回っている坊さんはいるしで、坊さんもかなりエキサイトしていた。

今回は休日だったので、いつも以上にすごい人出だった。本門寺お会式は江戸三大祭なんかと比べると、特定の宗派(実は、日蓮宗徒でない単なる地元の祭り好きがかなり混じっているのだが)の祭りということで、今ひとつ知名度が低いが、盛り上がり度では決して三大祭りにひけをとらないので、一生に一度は見る価値がある。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

公立小「水にありがとうと言いながら凍らせると綺麗な結晶ができる」:ああ、昔にもどりたい
水に「ありがとう」というような良い言葉をかけて凍らせるときれいな結晶ができるというオカルト的な内容が書かれた本「水からの伝言」この本を信じ込んだ教師が道徳の教育とかで使っていることが
ネットやAERAなどで問題視されていたが、NHK以外のテレビが報道するのはミヤネ屋がたぶんはじめて。

2chのコメントに「だから文系は・・・」なんてあるが、僕に言わせれば、文系(特に文学部出身)だったらなおさら、こんなヨタを信じてはいけない。

それが心のそこから感謝した「ありがとう」なのか、相手のおせっかいに対して嫌味の「ありがとう」なのか、とりあえず「ありがとう」なのか、それを文脈などによってを考える(これを解釈という)のが、文学研究の一つだからである。つまり「ありがとう」は必ずしも良い言葉ではないのである。

言葉の解釈の問題というのは、なにも文学だけではなく文系の学問全般に言えることだろう。だから「ありがとう」が良い言葉だなんてのは、その時点で聞く価値がないのである。

逆に「バカ」が汚い言葉だというのも、罵倒する「バカ」と、恋人がいう「いや〜んバカ〜ん」と、間違ったことをした友人を引き止める「バカッ!」をひとくくりに汚い言葉とするのはおかしな話である。

その程度が区別できないんじゃ、水なんて相当なバカである。いや、それ以前に水に知能なんかないんだが・・・。

たぶん、汚い言葉を水に言うと、結晶が汚くなるなんて信じるやつは、恋人から「いや〜んバカ〜ん」と言われても、「オレをバカにするな!」とか言って怒っちゃうバカなんだろう。そんなバカが「水は言葉を解する」とか言っても信じることはできない。

それはともかくとして、教育に携わる者としては、こういうヨタを道徳教育に使いたくなる気持ちはわからないでもない。

小学生レベルだと「これこれこうだから「バカ」なんて言葉は使っちゃいけない」と、論理的に指導するのは難しい。小学生でなくても論理的な説明というのはなかなか理解されないものなのだ。だから、「そういう言葉を使うと、神様が怒るから」などと観念的に指導したほうが伝わりやすいのである。

ところが、公立の学校では、そういう宗教的な指導は許されない。「神様ってどんな神様だ。うちは仏様なんだが」ってことになる。だから、こういう観念的なヨタが利用されやすいのだろう。

では、教える方は信じていないのかというと、おそらく信じているのだろう。たぶん、最初は「道徳教育に都合のいい学説(本当は学説とはいえない代物だが)があるから、これを使おう」程度のものだったのが、だんだん信じるようになったのではないか。

しかし、高校までの教育では、どんなにそれが正しく思われても、定説になっていないものを教えるべきではない(授業中、興味を引くために話題に出すぐらいはかまわないと思うが)。新説を授業で教える危険性は、ゴッドハンド藤村事件が証明している。学校とは古臭いことを教える場所なのである。

水伝を授業に取り入れているのは、ごく少数だと思っていたのだが、実際信じている中学生がいたので、ここでイッチョカミしておこうと思った次第。

ところで・・・私事ですが、去る10月5日に結婚しました。身内だけの結婚式でしたので、友人などは呼んでいません。あしからず。これからもよろしくお願いします。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

いまどきこんな意味のないアンケートとってどうすんだという記事。

Macユーザーは「人と違ったことが好き」、Windowsは「普通が好き」――アスキー調査
自分の性格について、Macユーザーは「人と違ったことをするのが好き」と答えた人が最も多く51.8%、2位が「頑固」、3位が「ゴーイングマイウェイ」、4位が「クリエイティブ」だった。Windowsユーザーは「普通が好き」が最も多く41.3%、「頑固」「ゴーイングマイウェイ」「控えめ」と続いた。

別にMacユーザーを貶すわけじゃないが、「人と違ったことが好き」でMacという時点でもうダメ。人と違うのが好きなら、超漢字とか、Linux(それもマイナーなディストリビューション)にしなさい。

僕の経験でいうと、自称アーティストな人はたいがい「人と違ったことが好き」だ。芸術は、個性が重要だからそう思うのも無理もないが、人と違ったことをするからアーティストなのではなく、アーティストだから仕方なく人と違うのである。

この「仕方なく」ってところが大事で、これを勘違いしちゃうと、「オレ、人と違う、カッコイイ!!」とか「アタシってよく変って言われるの・・・」とかになっちゃうわけだが、そういう人はそう思っていること自体がカッコワルイことに気づいてほしい。

ホンモノは「普通にしたいのに普通にできない」とか、「本人、普通だと思い込んでいるが、はたから見ていると全然普通じゃない」とか、「そもそも普通とか意味わからん」とかである。

例えば、30代前半なのに鳩居堂で書道の個展を開いて「書道展って鳩居堂でやるものじゃないの?」とか言っている人のことをいう。分かりにくい例えですみません。

こういうホンモノは間違っても「人と違ったことが好き」なんてことは言わない。MacとかWindowsとか関係ない。そんなことにはこだわらない。

Macにこだわりがあるなんてのは、Windowsにこだわっているのと大差ないのである。Windowsにこだわっている人はあまりいないだろうから、こっちの方がまだましだ。

マア、何がホンモノだかよく分かんないけど。

↑このページのトップヘ