5月2日のエントリに書いたが、個人的によく知っている先生(仮にI先生としておく)が今月の初めに亡くなられた。
I先生は、今年の3月まで学長を務められていた。亡くなられたのは5月の初めだから、退職してわずか1ヵ月後である。にもかかわらず、勤務されていた大学のWebSite(あえてリンクしませんが興味のある人は探してください)には、I先生が亡くなられたことがどこにも載っていない。
I先生の名前で検索しても、訃報を伝えるのは、僕のブログと笠間書院のブログだけである。
WebSiteのTOPには、九段の一等地に建てられる予定の、新校舎の完成予想図が誇らしげに掲げられている。おそらくこの新校舎はI先生が学長のときに企図されたものだろう。内部事情は知らないが、I先生が無関係なはずはない。いや、相当尽力されたことだろうことは想像に難くない。それなのに、大学のWebSiteにお悔やみなり、訃報なり、何も載っていないのはどういうわけだ。
このサイトに限らないが、WebSiteを商品カタログのような「宣伝の手段」としてしか考えていない人(法人)が多い。この場合も同じで、おそらく、お悔やみなどは大学の宣伝にならないから、載せないのだろう。
しかし、読む人はそういう宣伝がいいことしか書いていないことは織り込み済みで読む。だから、宣伝しか書いていないサイトはちゃんと読まれない。商品(この場合学校)の長所を紹介することばかりが宣伝ではないのである。
本当にWebSiteで宣伝するつもりなら、一見宣伝にならないことも掲載しなくてはならない。先月まで学長だった人のお悔やみも書けないような大学を誰が信用できるだろう。
I先生は、今年の3月まで学長を務められていた。亡くなられたのは5月の初めだから、退職してわずか1ヵ月後である。にもかかわらず、勤務されていた大学のWebSite(あえてリンクしませんが興味のある人は探してください)には、I先生が亡くなられたことがどこにも載っていない。
I先生の名前で検索しても、訃報を伝えるのは、僕のブログと笠間書院のブログだけである。
WebSiteのTOPには、九段の一等地に建てられる予定の、新校舎の完成予想図が誇らしげに掲げられている。おそらくこの新校舎はI先生が学長のときに企図されたものだろう。内部事情は知らないが、I先生が無関係なはずはない。いや、相当尽力されたことだろうことは想像に難くない。それなのに、大学のWebSiteにお悔やみなり、訃報なり、何も載っていないのはどういうわけだ。
このサイトに限らないが、WebSiteを商品カタログのような「宣伝の手段」としてしか考えていない人(法人)が多い。この場合も同じで、おそらく、お悔やみなどは大学の宣伝にならないから、載せないのだろう。
しかし、読む人はそういう宣伝がいいことしか書いていないことは織り込み済みで読む。だから、宣伝しか書いていないサイトはちゃんと読まれない。商品(この場合学校)の長所を紹介することばかりが宣伝ではないのである。
本当にWebSiteで宣伝するつもりなら、一見宣伝にならないことも掲載しなくてはならない。先月まで学長だった人のお悔やみも書けないような大学を誰が信用できるだろう。