2009年07月

実は今、中国の山東省にいる。このエントリは中国で書いたのではなく、予約投稿を使っている。

今年もなんとかブログ強化月間を終えることができた。ちょっと、インチキくさいエントリもあるが、なんとか毎日更新できた。よかった、よかった。

今月起きた出来事で、印象が強かったのは、なんといっても都議選での自民党敗北と、衆議院の解散だろう。自民党が負けるとは思っていたが、あれほどボロ負けするとは思わなかった。

特殊な思想をもつ人からすると、マスコミの陰謀らしいが、マスコミがいくらがんばったって、ここまでボロ負けはしない。

たしかに、麻生首相に政権の危機がやってくるほど大きなミスがあったようには思えない。漢字が読めないとか、カップラーメンの値段を知らないとか、側近がヨッパライだとか、そんなのリクルート事件とかロッキード事件に比べれば屁みたいなものだ。経済にしても、100年に一度の経済危機では、誰がやってもこの程度だろう。

たぶん、小泉元首相があまりにもまともだったから、反動が来ているのだろう。誤解のないように言っておくと、まともというのは、政策ではなく行動である。

やると言ったことはやる、やらないと言ったことはやらない、政治家としてはあたりまえのことを小泉氏はやった(すべてじゃないけど)。そして、国民はそれになれた。政治家というのは本来そういうもんだと気づいたのである。

後継の、安倍氏、福田氏は無責任にも政権を投げ出した。期待された麻生氏もなんだかはっきりしない。おまけに自民党はまとまっていないようだ。これじゃあ不信感がつのるのは当然である。山高ければ谷深しというやつだ。

もっと分かりやすく言えば、国民はもう自民党政権に希望が見出せないということである。今の自民党にはダメダメ感が漂っている。麻生さんが悪いんじゃない、自民党がダメなのだ。

そんなわけで、最近、麻生さんが気の毒になってきた。続きを読む

自己責任という言葉は嫌いな言葉ではなかった。自分で始末をつけるかわりに、自由にできる、そういうイメージがあったからだ。ところが最近はどうも不愉快な使われ方をしている。

派遣切りにあって家を失った人に対して自己責任とか、格差の底辺にいる人に努力しないのが悪いとか、厳しいことを言えばカッコイイとでも思っているのだろうか。

それが自己責任なのは事実だが、こういうことをいう人たちは「自己責任」という言葉のあとに「だから、彼らを助ける必要はない」という言葉が想定されている。だから不愉快なのである。

「自己責任」という言葉で、僕が一番最初に違和感を覚えたのが、イラク人質事件のときだ。自己責任だから助ける必要はないとまでいう無神経さ。不愉快の極みである。

あの時点でイラクにいくことに、大きなリスクがあることは分かっていた。彼らも決死の覚悟で行ったのだと思う。つまり、自己責任で行ったのである。そして捕まるところまではたしかに自己責任だ。

しかし、彼らはパスポートを持って、合法的にイラクに入国している。そのパスポートには次のように書かれている。

日本国民である本旅券の所持人を通路故障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助を与えられるよう、関係の諸官に要請する。 日本国外務大臣


日本国のパスポートをもって合法的に外国へ入った人は、「関係の諸官」(大使館員など)により「必要な保護扶助を与え」られなければならないのである。

ついでにいうと、かつては北朝鮮は例外と書いてあって、北朝鮮を旅行する人には「必要な保護扶助を与え」る義務はなかったが、今はどこの国でも「必要な保護扶助を与え」なければならないことになっている。

つまり、自己責任だろうが何だろうが、パスポートを持った人を日本国の役人は助ける義務があるわけだ。イラク人質事件の場合でいえば、全力で救出する義務がある。自己責任だから助けなくていいなんていうのは、日本はまともな国でなくていいと言っているのと同じことである。

派遣切りにあった人も、格差の底辺にいる人も全く同じで、クビをきられるとか、努力しないから収入が少ないというところまでは、たしかに自己責任だ。

だが、最後は国がなんとかしてくれなければ、国なんて存在する意味はないのである。「自己責任」は「助けなくていい」と同義ではない。
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米国でも筆記体は衰退の危機 ?:slashdot
1980 年代以降に生まれた世代の手書き文字はちょっと汚く、子供っぽく、そして筆記体が使われることは殆ど無いという共通の特徴があるそうだ。識字教育と特殊教育を専門とする Vanderbilt 大学の Steve Graham 教授曰く、その原因は IT 技術の発展にあるのではなく、単に人々が文字を綺麗に書くことを強制されることなく育ってきたことにあるとのこと。


あまりにも日本と同じなので、唸ってしまった。もちろん英語ではなく、日本語の話である。

僕が高校生に書道を教えていてびっくりしたのは、行書を「汚い字」とか「殴り書き」と捉える生徒が意外に多い(というか一人でもいればびっくりだ)ことだ。

ひどいのになると、先生が黒板で殴り書きしているから、自分もしていいのだろうと、ノートをデタラメな崩し方で殴り書きしているのもいる。板書が下手なのは認めるが、崩し方はそんなに間違っていないはずだ。お願いだから崩し方をまねしてくれ。

彼らが行書を殴り書きだと思ってしまう理由を推測すると、一つにはあまりにも行書にふれていないことがあるだろう。

少なくとも僕たちの世代の親は、手紙などを行書で書いていた。今見ると、間違っているものも多いが、行書のルールに則った崩し方をしている。そしてそれは、憧れの「大人の字」だった。

今の高校生たちの親はほとんど行書を使わない。実は先生も同様だ。ついでに、大人が「憧れ」でなくなれば、誰も行書を使おうとも思わないだろう。

もう一つは、デザイン書道の影響である。最近よくラーメン屋なんかでみるあれ。まったく書道の基本に反しているのだが、ああいうものを見て育てば、正しい行書とそうでないものがあるというのは分からなくなるだろう。

そして最後は、上のスラドの記事にあるように、「単に人々が文字を綺麗に書くことを強制されることなく育ってきたこと」。これも大きい。行書は中学校で習うが、ゆとり教育の影響で時間が少ないのだ。

行書は正式な文書(履歴書とか)では使えないので、書けなくったって問題ないのだが、これを時代の移り変わりとして認めていいのか、正直僕には分からない。
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ついにフロッピーディスクドライブの生産をメーカーが打ち切りへ

これはめでたい。近いうちにメディアもなくなるだろう。

学校にもよるが、多くの学校ではいまだにフロッピーが健在だ。以前は書類だったものの多くが、データで受け渡すことが多くなってきている。それはいいのだが、その際に使われるのがいまだにフロッピー。USBメモリの禁止で、ますます増えてきたようだ。

学校で扱うデータなんてものは、それほど容量の大きなものはない。メールの添付書類で十分間に合う。それなのに、いまだにフロッピーを渡され、「これに入れてきてくれ」なんてことが往々にしてある。もっとも、その程度の容量だからフロッピーが健在なのだともいえるけど。

ひどい人だと、ファイルはすべてフロッピーに入れるものだと思っていて、ハードディスクに100GB以上も空きがあるのに、フロッピーを引き出しに入れている人がいる。デスクに鍵をかけているから安心らしい。物理的に鍵をかけると安心という気持ちは分からないでもないけど、たいして安心じゃないよ。

セキュリティとか利便性以前に、フロッピーは信頼性が低い。最近のメディアは、特に低くなってきたような気がする。もらってきたフロッピーが読み出せなかったことも何度かある。

だいたい、最近のPCにはFDDが付いていないものがほとんどだし、メディアも入手が難しくなってきたのに、まだ使っていて何の問題を感じないというのが理解できない。

僕も去年ドライブが故障して、あわてて近くのパソコンショップで買ってきた。こんなの千円以内だろうと思ったら、2000円近くしてびっくりした。売れないから高くなったのだろう。2000円あれば8GBぐらいのUSBメモリが買える。いい迷惑である。

フロッピーはずいぶん使ってきたけど、これがなくなっても全然惜しくない。すみやかに消えてください。

ところで、この記事を書いている途中、こんなニュースを見つけた。

フィルム生産激減で遺跡発掘写真が大ピンチ
デジタルカメラ全盛時代にもかかわらず、古代遺跡の発掘現場ではいまだに、フィルムカメラが活躍している。デジタルカメラで撮影した画像データを保存するCDなどは湿気や熱でデータが消える危険性があるためだ。しかし、昨年のフィルム出荷量は、10年前の1割近くに激減し、遺跡写真に最適なフィルムの入手にひと苦労の状態で、半永久的な保存が不可欠な文化財写真が危機にさらされている。


何回読んでも、何が危機なんだかわからん。何度コピーしても劣化しないデジタルデータの方が保存には向いていると思うのだが。それ以前に、減塩でプリントして保存しておけばいいだけではないのか。

実は、どちらも根っこは一つで、新しい技術に対応するのが面倒だというだけの話だろう。本当はそんなに面倒じゃないんだけどね。そういう人のために犠牲になるのはたくさんだ。

前にもちょっと書いたが、僕は「○○社さん」のように法人に敬称をつけるのが大嫌いである。

法人ってのは法的人格の略で、法律の規定により「人」として権利能力を付与されたものをいう。ちなみに、生身の人間のことを法律用語では自然人という。

だから、会社などを人間とみなしてさん付けすることは決して間違いではないのだが、法律が認めてもわしは認めないので、断固としてさん付けしない。

だいたい、血も通っていないくせに、法人が優遇されすぎているのがきにくわない。税制なんかで法人自体が優遇されているのはまだ我慢できるが、なにより許せないのが、法人に属している自然人まで優遇されていることだ。

例えば、僕みたいな万年非常勤講師には、何年働いて貯金があっても、銀行はなかなか金を貸してくれない。ところが、企業の正社員に2・3年務めるだけで銀行は金を貸してくれる。

正社員だって会社を辞めるかもしれないし、会社自体存続できるかどうか分からないのにおかしな話だ。これは、法人には金を貸すが、個人には貸さないのと同じことである。

もっと簡単なことでも、単に肩書きなしの「○○さん」というよりも、「××社の○○さん」の方が信用される。これも、「○○さん」そのものよりも、法人である「××社」の方が信用されているからである。

でも、法人ってそんなに信用できるものなのだろうか。そりゃ中には金剛組みたいに、飛鳥時代から延々存在しているような企業もあるけど、一般的に企業の平均寿命は30年ほどといわれている。ほとんどの企業は日本人の平均寿命よりもずっと早く無くなる(あえて亡くなるとは書かない)のだ。なんでそんなもの信用できるか。

法人なんてもんは、自然人が集まったものに過ぎない。敬われるのはそれを構成する自然人であって、法人ではないだろう。

そんなわけで、僕は、法律がどうあろうと法人を人間とは認めないし、敬いもしない。だいたい子供にだって「さん」はつけないだろう。法人に「さん」なんてナマイキだ。
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東海寺大山墓地に行ってきた(その1)
東海寺大山墓地に行ってきた(その2)
のつづき。

実は国学者、漢学者の墓はこれだけなんだけど、入り口の案内にあった墓を紹介する。まずは渋川春海の墓。

渋川春海墓

渋川春海は江戸時代前期の歴学者で、貞享暦という日本で最初の暦を作った人。もちろん、それ以前にも暦はあったのだが、それまでは中国の暦(宣明暦)を用いており、それも823年間も使われていたため、経度差により2日も誤差がでていたそうだ。

次は井上勝の墓。

井上勝墓

明治の官僚で、日本鉄道の父だそうだ。

死後も鉄道を見守って生きたいという意向でここに葬られたそうだが、まさか背後に弾丸列車が走るとは思ってもみなかったろう。

入り口の案内によると、もう一人西村勝三という人の名前が見えるが見つからなかった。というより、蚊に食われまくって退散したので探す余裕がなかった。お詫びに業績を。

西村勝三(にしむらかつぞう 1836-1907):weblio
西村勝三 にしむら・かつぞう:ぶらり重兵衛の歴史探訪

品川白煉瓦とかリーガル・コーポレーションの創業者らしい。
品川白煉瓦ってのは、もともとこの地に工場があったらしいので、その関係だろう。それにしても墓でかいな。なんで気づかなかったんだろう。

これだけの写真を撮るのに、ずいぶん蚊に食われてしまった。夏はやめておいた方がいいかもしれない。

写真はPicasaにUpしておいたので、興味のある人は見てください。

東海寺大山墓地
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東海寺大山墓地に行ってきた(その1)の続き。

まず墓地に入って目に付くのは沢庵宗彭。さすがにでかい。

沢庵宗彭墓

さすがは漬物の名前の由来になった人物だ。墓石が巨大漬物石になっている・・・と思いきや、我らが県居大人の墓も巨大漬物石だった。

その県居大人、賀茂真淵の墓はこれ。沢庵に勝るとも劣らない広さ。

賀茂真淵墓1

賀茂真淵墓2

県居大人の墓をお参りしたあと、ちょっと雰囲気の違う墓を見つけた。本居内遠奥都伎。こんなの入り口の案内になかったぞ。

ちなみに、この墓石の形式は神道式で、「奥都伎」ってのは「おくつき」と読む。「墓」の意味である。

本居内遠墓

本居っていうぐらいだから、宣長の何かだろうと思って撮ったのだが、この人、本居宣長の養子、本居大平の養子で、豊穎の父である。失礼ながら、大平と豊穎は知っていたが、内遠は知らなかった。

本居内遠(モトオリ・ウチトオ):ようこそ宣長ワールドへ

さらに、墓地を回っていると、今度は小さいながらやたらと迫力のある墓石にあった。これまでのような庭付き一戸建てではなく、他の墓と同じように無造作に建っているのだが、隷書の陽刻はなかなか目立つ。

南郭先生墓・・・江戸中期の儒者にして文人服部南郭先生じゃないか。これも書いてなかったぞ。

服部南郭墓

右の少し小さいのは、奥さんの墓である。この墓地には同じ形式の墓が密集してあり、服○○とか、○○服とか書いてある。服部南郭の流れの人なのだろう。

服部家墓

その3に続く。
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品川の東海寺大山墓地に行ってきた。

ここはかなり前に、散歩している最中に見つけて、賀茂真淵の墓があるのを知った。その時はカメラを持っていなかったので、今日、カメラを持って撮影してきた。

場所はこちら。

より大きな地図で 古典文学散歩 を表示

地図を見ると分かると思うけど、山の手線と東海道線・新幹線の三角州みたいなところにあって、おそろしくにぎやかな墓地である。

東海寺大山墓地入り口

入り口はこんな感じで、線路のわきを通っていく。その入り口にはこんな案内が。

東海寺大山墓地の案内

賀茂真淵のほかに、(異説はあるが)たくわん漬けでおなじみ沢庵和尚の名が見えるが、これはこの寺の最初の住職が沢庵だったからである。
あと、よく分からない名前が並んでいるが、それはそのとき解説する。

東海寺大山墓地までの道

で、こんな感じで線路際の細い道を抜けると・・・。

東海寺大山墓地入り口

墓地の入り口に到着。さすがは沢庵和尚、別格あつかいで、ここの墓地の入り口にすでに石碑が建っている。

沢庵墓道

つづきは、その2で。
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今月の壁紙は、夏休み特別企画。管理人壁紙を差し上げます。

中川聡
中川聡@管理人その1(1280x1024)
中川聡@管理人その1(1024x768)

中川聡
中川聡@管理人その2(1280x1024)
中川聡@管理人その2(1024x768)

笑わば笑え。
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今日は銀座鳩居堂で開催されている、伊藤忠綱展に行ってきた。

伊藤忠綱展1

伊藤忠綱展2

伊藤忠綱展は今週日曜日(26日)まで。
入場無料どころか、自作の詩箋までくれる。
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