2009年09月

「ホヘボール」という新しいスポーツがあったとしよう。どんなスポーツかはどうでもいい。ボールというぐらいだから、球技なんだろう。

ホヘボールは知る人ぞ知るマイナースポーツだった。そこで、ホヘボールプレイヤーが全国から集まり、日本ホヘボール協会なるものをつくり普及運動をした。ホヘボールプレイヤーたちは、一丸となってホヘボールを世に広めようとしたのである。

10年後、ホヘボール協会の努力もあって、いまやホヘボールは誰もが知っているスポーツになった。学校の授業にも取り入れられ、国体の正式種目にもなり、オリンピック種目の候補にもなっている。

ところが、日本ホヘボール協会は、全日本ホヘボール協会(ホヘ協)と全国ホヘボール連盟(ホヘ連)に分裂した。ホヘ協はボールの色の自由化を主張し、ホヘ連はボールは白にすべきと主張したからである。

傍から見ていると、ボールの色なんかどうでもいいのだが、彼らにとっては重大な違いらしい。ホヘ協とホヘ連は対立し、お互いに自分の正当性を主張した。結果、ホヘボールは衰退した。

ここから先、ホヘボールは消滅するかもしれないし、もう一度一つの団体にもどって普及運動を一から始めるかもしれない。また、それぞれが巨大化するかもしれない。

僕はこのプロセスを「内ゲバ理論」と呼んでいる。人が集まって、一つの目標に向かっているうちは、少しの違いは乗り越えられる。目標を達成するか、達成できなくてもある程度長い時が経つと、その少しの違いが大きな違いになってくる。傍から見ていればたいした違いじゃないのに、本人たちにとっては大問題なのだ。

どんな団体であれ、どんな規模であれ、人が集まると、遅かれ早かれこの問題が起きてくる。因果なものよのう。

杜鵑・時鳥・子規・不如帰など表記が多いことで知られるホトトギスだが、ややこしいのは表記だけではない。

まず、ホトトギス・カッコウ・ツツドリはよく似ていて、郭公と書いたときは、ホトトギス・カッコウどちらの可能性もある。

中国語で杜鵑と書いた場合、杜鵑鳥(ホトトギス)と、杜鵑花の意味がある。これに気づいたのは、浦木さんの9月4日のエントリで台風12号ドゥージェンをホトトギスと書いていたのを見て、あれっと思ったからである。

僕は「ドゥージェン」が「杜鵑」だとは知らなかった。日本では、ほとんど「12号」と報道されているし、名前が入っていてもカタカナ表記だからである。しかし、以前、台風の名前の意味を調べたときに、ホトトギスはなかったと記憶していたのである。

もう一度調べてみたら、台風のドゥージェンはツツジのことだった。Wikipediaの英語版「Typhoon_Dujuan」の項では「The name was contributed by China, and is an azalea.」と書いてある。アザレアってツツジだったのね・・・。勉強になった。

そうなってくると気になるのが、なぜ似ても似つかない鳥と花が同じ名前かということだが、bidu百科「杜鵑」の項によると、古代蜀の皇帝、杜宇が死後ホトトギスになって、春が来るたびに「快快布谷(早く種撒け!・・・でいいのでしょうか?)」と血を流しつつ啼いた。この血がツツジになった・・・という伝説があるそうだ。ホトトギスの表記はこの杜宇の伝説に基づくものが多く(蜀魂・不如帰など)、「杜宇」自体も異称の一つである。

となると出典が知りたくなるが、ホトトギスの方はともかく、ツツジはよく分からなかった。ただし、李白に「宣城見杜鵑花」という詩があり、ここに鳥と花の両方がでてくる。

蜀国曾聞子規鳥
宣城還見杜鵑花
一叫一廻腸一断
三春三月憶三巴

さて、ややこしいのはこれだけではない。実は「ホトトギス(杜鵑草)」という名前の別の花があるのだ。こちらはユリ科の植物で、ツツジとは似ても似つかない。『現代漢語詞典』には載っていなかったので、おそらく日本だけの名前だろう。

ホトトギス(杜鵑草)

上のリンクによると、ホトトギス(鳥)の胸の模様に似ているから名づけられたらしいが、ホトトギスにそんな目立つ模様あったっけ。
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ラーメン屋に行って食券を買ったら、食券に「並盛り・中盛り・大盛り」と書いてあった。どれも同じ値段で、食券を出すときに、盛りを注文するのである。

同じ値段なら、大盛りがいいに決まっている。食べきれなければ残せばよいだけだ。初めて行った店なら、並盛りがどの程度の量か分からないのだから、とりあえず大盛りにしておかないと、もうちょっと食べたかったけど意外に少なかった、なんてことになりかねない。つまり、並盛りを注文する意味は一つもないのである。

それにしても、これは不可解な値段の付け方である。この値段の付け方では、理論的には誰もが大盛りを注文するはず。ならば、選択肢は大盛りだけで良く、大盛りだけなら、わざわざ大盛りと書く必要はない。

そんなにたくさん食べたくない時に並盛りにすればいいではないか、と思うかもしれない。

しかし、この値段の付け方では、並盛りで十分の時も、大盛りと同じ金額を払わなければならない。これは割高だ。

並盛りの値段で大盛りが食べられると、一見得なように思わせておいて、実は大盛りの値段で並盛りを食べなければならないというのがこの店のやり方だ。これなら、並盛りと大盛りの値段に差があるほうがずっと良心的である。

こんな値段の付け方が成立するのは、ラーメンを食べる人に「食べ残したらもったいない」という気持ちがあるからだろう。

どう考えても、大盛りのラーメンを全部食べることはできない。しかし、食べ残したら〈もったいない〉。だから、並盛を注文する。これが唯一考えられる、並盛りを注文する理由である。

普通〈もったいない〉で利益を得るのは〈もったいない〉と思った人である。例えば、大根の葉っぱが〈もったいない〉と思って、捨てずに味噌汁に入れれば、そのぶん味噌汁の具のコストを減らすことができる。

ところが、この場合〈もったいない〉で儲かるのはラーメン屋だ。このラーメン屋は客の〈もったいない〉をかすめ取っているのである。

僕の〈もったいない〉をラーメン屋にやるのは癪なので、当然大盛りを注文した。注文したラーメンを見たときには、正直こんなに食べたくないなと思ったけど、結局むりくり全部食べちまった。

だって、もったいないからね。
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【主張】免許更新制「廃止」 教育改革後退を憂慮する
更新制度では、10年ごとに指導法や最新の教育課題について30時間(5日間)以上の講習を受ける。そして模擬授業など実技を含めた試験により、5段階で評価される。60点未満だと不合格になり、2年以内の再講習で合格しないと免許が失効する。

この講習は大学で行われる。それなのに・・・

だが教員養成課程を6年制に延ばしても、教師の質が良くなるかどうか疑問である。実際、大学の教育学部、大学院の教育内容そのものが理論に偏り、実践的でないなど課題が多い。

これは矛盾している。大学での教育に疑問を持っているのに、現役教師の講習が大学で行われることには何の疑問もないのは不可解だ。

なお、「大学院の教育内容そのものが理論に偏り、実践的でない」のは事実だと思うので、教員養成課程を6年にしても意味がないと思う。やるなら、教育実習期間を一年ぐらいに伸ばすべきである。

講習が大学で行われる以上、大学の先生が「5段階で評価」することになるが、これも、まともな評価にはならないだろう。日本の大学は「入るのが難しく、出るのが簡単」なのが特徴なのは知られている。よほどのことがない限り一番下の評価にはしないのではないか。

もし、仮に、ある大学が厳しく評価したとすると、受講する教師は、その大学の講習は避けるようになるだろう。それでは、大学が儲からない。講習が形式的になるのは目に見えている。

さて、この文章を書いていたら、たまたまLivedoorで「教員免許更新制、廃止すべき?」というネットリサーチがあるのに気づいた。


「廃止すべきではない」が圧倒的に多いが、コメントを読むと、「廃止すべき」の方が多い。つまり「廃止すべきではない」に投票した人は「やらないよりはやった方がいいんじゃないか」という程度のものなのだろう。

そこで、「廃止すべきではない」という意見を見てみる。そこには大きな誤解がある。

教員ももっと自己研鑽しろ! 子供が最大の被害者。多くのサラリーマンが今の教員と代わってもやっていけるかもしれないが、教員がサラリーマンなんてやれない。それだけ実力ないのに文句言うな。

教師は自己研鑽していないと思い込んでいる人である。教師にも研修というものがあるのを知らないのだろう。

もちろん、自己研鑽していない人もいるだろうが、それはどの業界でも同じである。

後半は論外。サラリーマンになれる教師もいれば、なれない教師もいる。教師に代われるサラリーマンもいれば、代われないサラリーマンもいる。

日教組が諸悪の根源とまでは思わないが、教員の質という面では更新制度が無いよりあるほうがいいとおもいますよ。

日教組うんぬんはともかく、これが一般的な意見だと思う。
しかし、10年に一度の講習にどの程度効果があるのか。それにかかる時間とコストを考えてほしい。

免許があるのだから、免許を更新するのは当然だと思うけど。特にこの国の将来に大きな影響のある職業なのだからなおさら。

問題は免許更新の意味と効果である。現行の方法では効果があるとは思えない。

たった10年に一度の研修と試験くらい受けろ。キャリア通してもたった3度だろうに。

この人は、教師には研修がないとでも思っているのだろう。あるよ。

教えるべき内容は日々変化しているので、 免許の更新制はあってもよいでしょう。

日々変化しているのに、10年に一度でいいのか?
そういう変化に対応する方法は他にもあるだろう。

最近の大分の騒動で目をつけられる迄は「教員の親のコネで出来は悪いが辛うじて教育大には行ける」連中がなっていたのが、若手の教員。京都教育大生のレイプ騒動を見れば質の低さは明らか。

これは免許とは関係ない。採用時の問題である。

大学の教職課程をとった人なら分かるだろうが、あの授業の大部分は、実際の教師という仕事にとってほとんど意味のないものだ。僕は学生のころから、こんな授業受けるぐらいなら、小説でも読んでたほうがまし(文学部だったので)だと思っていた。

教育をよくしたいという気持ちは分かるが、ほとんど意味のない講習に時間と金を費やしたくない。この講習にはもっと別の意味があるんじゃないかと思うのは考えすぎか。銭儲けとか、銭儲けとか、銭儲けとか。
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レインボーマン「キャッツアイ作戦編」に続く「M作戦編」を見た。「キャッツアイ作戦編」よりもはずっと面白かった。

キャッツアイ作戦で日本人を薬漬けにしようとした死ね死ね団だったが、今度は経済テロで日本を狙う。

M作戦のM作戦のMとはMoneyのMで、死ね死ね団はお多福会なる新興宗教を利用して偽札をばらまき、日本にハイパーインフレを起こすという筋書きである・・・って、こんなの子供には理解できん。

M作戦自体、妙にリアルだが、実際に紙幣の印刷に携わっていた職人を拉致して偽札を作らせたり(紙以外はまったくの本物と一緒)、食糧難で飢えた人々が米屋を襲って生米を食べたりする細かいところがやたらとリアルだ。

さて、レインボーマンはこれをどう解決するか。偽札工場を破壊するとか、お多福会を壊滅させるというのは、すぐに想像がつく。しかし、それではすで進行したインフレと食糧難はどうにもならない。

なんと、レインボーマン、総理大臣に食料を配給制にするよう直訴するのである。でも、窓から侵入するのはちょっとどうかと思うぞ。

さて、どう考えても子供向きじゃないストーリーだが、ビジュアル面はかなり子供を意識しているようだ。

たとえば、前のキャッツアイ作戦では、仮面ライダーの怪人みたいなのは全く出てこなかったのだが(戦闘員的なのはいる)、今回はちゃんと出てくる。それもかなり癖がある怪人だ。

まず、アマゾンの魔女イグアナ。これが塩沢トキ。このころからあの芸風なのね。頭はでかくない。

イグアナの手下がまたすごい。6人いて、どれもみんなすごいんだけど、一番すごいのが大月ウルフ演じるエルバンダ

背中に変圧器みたいなの背負ってたり、電気(空中放電)をうまそうに食べたり、マザコンだったり、もう怪人にもほどがある。ちなみに大月ウルフはフジコ・へミングの弟だそうだ。

レインボーマンを見ていると、どうしてもオウム事件を思い出してしまう。でも、彼らは最初レインボーマンを目指していただろうに、なんで死ね死ね団になっちゃったんだろう。
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今月の12日(土)と13日(日)は戸越八幡の例大祭だった。いわゆる秋祭りである。

有名な浅草や神田にくらべるとあまり知られていないが、東京の品川区、大田区近辺はお祭りが盛んである。

この季節になると、毎週どこかで祭りをやっていて、お神輿が出て騒がしい。そんなわけで、今月の壁紙は、お祭り写真。

戸越のお祭りの特徴は「ごちゃごちゃ感」だと思う。戸越銀座は普段からごちゃごちゃしていて、やたらと人が多いのだが、祭りの時はそのごちゃごちゃ加減が半端ではない。

戸越八幡例大祭1(1024x768)

戸越八幡例大祭1(1024x768)
戸越八幡例大祭1(1280x1024)

何故か、子供をお神輿の上に乗せることもある。このころからのお祭り好きだから、筋金入りだ。

例大祭2(1024x768)

戸越八幡例大祭2(1024x768)
戸越八幡例大祭2(1280 x 1024)

この「ごちゃごちゃ感」が魅力なのだが、壁紙としては不向きかもしれない。そこで、もう少し壁紙向きのものを一つ。

お好きな人にはたまらない被写体である。なお、こちらはサムネイルを表示しないことにした。

戸越八幡例大祭3(1024x768)
戸越八幡例大祭3(1280 x 1024)

ところで、僕は毎年、この祭囃子を聴くと、国語学の鎌田廣夫先生が亡くなられたときのことを思い出す。

その時、僕は商店の二階に住んでいた。外をお神輿が通ったとき、鎌田先生のお弟子さんから電話があった。

「もしもし。あ○○。どうした?」
「鎌田先生が・・・」
ワッショイ!ワッショイ!
「え、鎌田先生がどうしたって?」
「だから鎌田先生が・・・」
ワッショイ!ワッショイ!
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春節(旧正月からの一週間休み)とか、労働節(5月1日からの一週間休み)国慶節(10月1日を挟む一週間休み)とか、中国(大陸)にはうらやましい「節」がいくつかあるが、昨日、9月10日は教師節だそうだ。これはうらやましいぞ。

教師節:中華人民共和国福岡総領事館
九月十日は中国の教師節である。教師を尊重し、教育を大事にすることは中国の優れた伝統である。紀元前11世紀の西周の時代に、中国は早くも「弟子事師、敬同與父」と唱えられ、中国の古代の大教育家孔子はなおさら「有教無類」や「温故而知新」、「学而時習之」など教育に関する一連の哲学的名言を言い残した。道業を伝授し、困惑を解明する教師は中国の人々から魂の塑造者と褒め称えられる。


子供のころ、まるで先生を全然尊敬していなかった僕がいうのもナンだけど、教師という仕事は、無条件に生徒から尊敬されていなければとてもやりにくい仕事である。

もちろん、教師はいつでも正しいとか、批判してはいけないという意味ではない。間違っていることは間違っているし、間違っていればそれを批判されるのは当然のことだ。

だが、いわれもなく、親が教師をさげすむような態度を子供の前で見せたり、学校の先生よりも塾の先生を信用するようにしむけたりするのはどうか。それが、子供の教育にプラスになるとは僕には思えない。

特に、中学校あたりだと、学校の先生よりも、塾の先生の方が上と思っている親が多い。思っているだけならいいが、そういうのは必ず生徒に伝わるものだ。

塾の先生は現役の東大生で・・・いや、東大は行ってないけど、大学に10年以上通った博士様なんですが、やっぱり現役の東大生にはかなわないですかね。

【中国ブログ】なぜ?日本に『教師の日』がない理由:サーチナ
毛丹青氏は日本に『教師の日』が存在しない理由として、
1.『教師の日』を制定することによって他の業種に対しても同様の日を制定するよう世論が巻き起こる可能性があった。例えば、『弁護士の日』や『医者の日』などである。
2.日本は儒教の教えが浸透しておらず、師を尊ぶ伝統が不完全であったため
3.日本では教師という職業は聖職ではないため


答えは3。間違いない。
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首相指名、自民は若林・両院議員総会長

テレビで自民党の両院議員総会の様子を見たけど、あの決め方はないなー。

まるで、小学校の学級委員選挙みたいだ。

立候補者が立たず、先生が「だれか推薦する人いませんかー?」とかいったら、しばらくして、クラス一のお調子者が「先生!僕は○○君がいいと思います!」とか言って、クラスで一番目立たなくておとなしい奴を推薦するの。

○○君にしても、内心嫌だなと思っているけど、断る理由もないので引き受ける。まあ、一学期だけならとか言って。

学級委員は、仕事があるからまだましだ。こちらは形だけで、どうせ首相にはなれない。それだけのことを決めるのに、このザマとは自民党も落ちたものだ。

しかも、若林さんに決まる前は白紙にしようと思ってたらしい。つまり「僕のクラスには学級委員にふさわしい人はいません」ってことだ。それじゃあ担任の先生に怒られるわな。

そもそも、今回の衆院選で自民党に投票した人は、麻生内閣を支持している人だったはず。

いかに大敗を喫したとはいえ、自民党は麻生さんを指名すべきじゃないかと思うんだけど、そこのところはどうなのよ。
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Suicaが嫌いで、絶対に使わないつもりだったのだが、WillcomがモバイルSuicaに対応したので、端末を更新するついでに検討してみた。

検討する気になった理由は、

・カードを発行しないなら、保証金はいらないはずだ。
・通話料を支払うのだから、チャージしなくていいはずだ。

と思ったからである。

結論からいえば、これは大きな誤解だった。そんなわけで、やっぱりこんなのいらん。

モバイルSuica:Willcom
[登録できるクレジットカード]
「ビューカード」「JCB」「VISA」「Master Card」「American Express」「Diners Club」「JR東海エクスプレス・カード」
※ ビューカード以外のブランドのクレジットカードをご利用になる場合は、年会費1,000円(税込)がかかります(ビューカードで登録されたかたは当面の間無料です)。

年会費1000円・・・。なんで電車賃はらうのに、年1000円も余計に払わなきゃならないんだろう。これなら、保証金の返ってくるカードの方がまだましじゃないか。

さらに許しがたいのが、「ビューカードで登録されたかたは当面の間無料です」ってところ。このためにビューカードを作る気は毛頭ないが「当面の間」って何だ。期間をはっきりしないって、商売としてどうなのよ。

ケータイ+クレジットカードでチャージする
ケータイの操作により、登録してあるクレジットカードからSF(電子マネー)の入金(チャージ)が可能です。
※ 「EASYモバイルSuica会員」はご利用いただけません。
お店のレジでチャージする
駅のコンビニ「NEWDAYS」や「ファミリーマート」「ミニストップ」「ローソン」「イオン」「am/pm」の一部店舗では、カードタイプのSuicaと同様に現金での入金(チャージ)が可能です。
※ 銀行口座からのチャージはできません。

カード会社からの引き落としでも、通話料とまとめるのでもなく、チャージする必要があるのね。めんどくせえ。

この文章を読んでみると、やたらと「手数料」という単語が目に付く。JRのセコさが如実に分かる文章だ。

先払いされたお金の利息とか、券売機や自動改札機のメンテナンス料とか、切符の紙代とか、JRの方がSuicaの恩恵にはあずかれる筈だ。それを消費者に還元せず、逆に乗じて金を取ろうというのがJRの考え方なのである。

便利になるんだからそのくらいのお金を払ってもいいと考える人もいるだろう。だが、切符を買わないで改札通るのって、余計なお金を払ってするほど便利だろうか。

Suica使う人が増えたおかげで、券売機もすいてきたし、やっぱりいらないな。

先日の中国旅行のときに、ホテルで見たアニメ「喜羊羊与灰太狼」が面白かった。

中国で見たときには、ちょっと説教臭いし、絵はどことなく安っぽいし、またおなじみ中国のアレかなと思ったんだけど、帰ってからCCTVのサイトで無料で見られるのが分かり、最初から見てみたらなかなか面白かった。

喜羊羊与灰太狼

中国では、子供たちにかなり人気があるらしい。羊で画像検索すると、喜羊羊与灰太狼がやたらと引っかかってくる。

このアニメ、一言で言うなら「羊一族と狼夫婦の仁義無き戦い」である。なにしろ、羊歴3013年からの因縁である。羊歴ってのがよく分からんが、物語は羊歴3513年のことなので、500年もの長きにわたる抗争なのである。

主な登場動物はこれ↓。

喜羊羊


真ん中のでかい(本当にでかいわけではない)のが主人公の喜羊羊、左下から時計回りに灰太狼・美羊羊・暖羊羊・沸羊羊・慢羊羊・懶羊羊・紅太狼である。

あのちっともグッズが欲しくならない、北京オリンピックのアレと比べると格段にかわいらしい。

名前でだいたいどんなキャラクターか分かるようになっているのがありがたい。個人的には、なぜか頭にウ○コが載っている懶羊羊(なまけもの)が好きだ。

灰太狼が策をねって、喜羊羊たちを捕まえて食べようとするが、かならず失敗してひどい目にあい、その上妻の紅太狼にボコボコにされる、というのがだいたいのパターンになっている。

灰太狼はなかなかの発明家で、いろいろな道具や薬を使って羊を狙う。対して、羊村の村長にして、大肥羊学校の先生である慢羊羊も妙な発明で対抗する。

子供向きなので、字幕が出る。中国語の教材にもよさそうだ。

絵柄がぜんぜん中国っぽくないけど、この羊のツノに注目。日本人なら、羊のツノは丸く描くだろう。このツノはまぎれもなく中国の羊である。そんなこと、どうでもいいけど。

それにしても、回族とかウイグル族の子供がこれを見て、羊肉を食べなくなったりしないんだろうか。ちょっと心配。
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