2010年05月

ついに鳩山内閣の支持率が20%以下まで落ち込んだそうだ。

自民党支持者は大喜びだろうが、これは民主党の陰謀である。喜んでる場合じゃないぞ。

そもそも、自民党政権で何代も世襲総理が続き、究極のお坊ちゃんである麻生さんの次に、政権が変わったにもかかわらず、それを上回るようなお坊ちゃんの鳩山さんが来ること自体おかしいではないか。

民主党の思惑はこうだ。とりあえず、政権交代後のクサい仕事(最初からできないと分かっている公約など)はすべて鳩山さんにやらせる。うまくいけばそれでいいし、いかなければ「やはり世襲はダメだ」として、世襲でない人にクビを挿げ替えればいい。

民主党にとっては、どちらに転んでもいいのである。いや、あの公約なら、最初からコケることを狙っていたのだろう。

鳩山さんの仕事は、できないことをできませんでしたということと、自民党の影を薄くすることと、コケることだから、とりあえず役目は果たした。さて、次は誰にするか・・・。知らんがな。

冗談で書き始めたのに、本当のような気がしてきた。

今月は忙しくてなかなか出かけられなかったので、今月の壁紙は北陸旅行のフォルダから。

奈良、鎌倉の大仏に並んで、日本三大大仏の座を全国の大仏と争う、富山県の高岡大仏。普通高岡大仏といえば↓これだが、これは昭和八年に造られたもの。
高岡大仏

高岡は銅器製造で有名で、地元の職人によって造られた大仏は、それはそれで価値があるものだが、この台座の下に木製の仏頭がある。

高岡大仏仏頭(1024x768)

高岡大仏仏頭(1024x768)
高岡大仏仏頭(1280x1024)

高岡の大仏は、延享2年(1745)年に木造で建立、文政4年(1821)焼失、天保12年(1841)に再興され、明治33年の大火災(むりやりうだつを上げさせられた話参照)で再び焼失した。この仏頭は天保12年製で、火災で焼け残ったもの。周りの小さな仏像は、本来、現在の大仏の光背に付くはずだったのだが、なぜか中止になってここにあるのだそうだ。

5月なのでこいのぼりをどうぞ。5月ももう終わりだけど。

こいのぼり(1024x768)

こいのぼり(1024x768)
こいのぼり(1280x1024)

こちらは、富山市の北前船回船問屋森家で見つけたこいのぼり。天窓から空に飛び出す機会をうかがっているように見える。
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突然だが、あなたは物を二つずつかぞえるときの「二・四・六・八・十」を何と発音するだろうか。

滋賀の法事に行ったとき、ヨメは参列者に配るお土産を紙袋に詰める手伝いをしていたのだが、このとき二つずつ「ニー・シー・ロン・パン・トー」と数えていた(のが奇妙だったというのである。ヨメは「ニー・シー・ロー・ヤー・トー」と数えるらしい。

僕も普段「ロン・パン・トー」と数えていたので、ぜんぜん不思議に思わなかった。それどころか、誰でも「ニー・シー・ロン・パン・トオ」と数えていると思っていたが、どうやらこれは滋賀方言らしい。ヨメにはこの「ロン・パン」がかなり不思議に聞こえたそうだ。

たしかに、普通に1〜10まで数えるときは「6」は「ロク」だし、「8」は「ハチ」である。

なぜ、そうなるのかよく分からないが、「六(ロク)」も「八(ハチ)」も入声音なのが関係あるのかもしれない。

しかし、入声音は日本語では促音(っ)になる(六角・・・ロッカク・八角・・・ハッカクのように)のは知っているが、撥音(ん)になるというのは聞いたことがない。このへん、音韻のことはよくわからんので、詳しい人がいたら教えてほしい。

それにしても、こんなものにまで地方差があるとは知らなかった。
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滋賀県の北部は美しい水の流れる水路が多い。かつては洗濯などに日常的に使われていたらしい。このあたりで、自動車を運転すると、はまりそうになって怖いが、風景としてはなかなかフォトジェニックだ。

水門と巨木

この写真は、4月に法事で行ったときに、撮ったもの。味のある水門と、巨木の組み合わせが、この地方独特ののどかさを感じさせる。

ここは、滋賀県長浜市。井上靖、白州正子、土門拳、みうらじゅんが愛した国宝十一面観音でおなじみ、渡岸寺(どうがんじ)のすぐ近く。

渡岸寺の観音堂には久しぶりに行ったのだが、鉄筋コンクリート建てになっていて、名物だった地元のオッサン解説も録音されたものを流すだけになっていてちょっと残念。まあ、国宝を守るためなら仕方がない。オッサン自体は健在だったけど。

この水門の少し先に「観音の里歴史民俗資料館」というのがあるのだが、そこへ行く途中、妙なものを見つけた。

謎の裸婦像1

水路の真ん中に脚立みたいな台があって、その上に妙な形を石らしき物が乗っている。写真でみるとなんとなく分かるかもしれないが、ちょっと見ただけではよく分からなかった。反対側に回ってみて驚愕した。

謎の裸婦像2

何?よくわからない?じゃあ、ドアップで。

謎の裸婦像3

何と、全身白塗りの全裸のお姉さん(の像)がうずくまっているのである。

この人は一体ここで何をしているのだろうか。髪を洗うには、水面からの高さが高すぎる。そもそもなんで白塗りなのか。わざわざ水路の真ん中に台を作っているところを見ると、暗黒舞踏でもしているのだろうか。

塗りがところどころハゲているところが、妙になまなましい。夜中見つけたらびびるな、これ。
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理由が面白ければ会社を休める、とある会社のアイデア休暇
ウエディングプロデュースやレストランを運営しているノバレーゼは、従業員が休暇を申請する際“ユーモア溢れる理由”であれば、会社を休むことができる制度を導入している。対象となるのは3カ月以上勤務する正社員・契約社員で、休むことができるのは毎年1月1日から12月31日までの1日のみ。
 この「アイデア休暇」は2010年3月に導入し、第一号として認められた理由は「モナコグランプリに参戦します」というもの。同社では「取得前のアイデアを社員で話し合うなど、制度自体が話題にあがることで、コミュニケーションの活性化につながっている」という。


テレビを見ていたら、この会社のことが話題になっていて、どういうわけだかこの制度は好評だった。でもちょっと待て、何かおかしくないか。

「休むことができるのは毎年1月1日から12月31日までの1日のみ」ってことは、この会社は有給休暇が一日しかないか、それ以外はちゃんとした理由を言わなければならないことになる。まさか有給休暇が一日しかないわけはないから、休暇をとるにはちゃんとした理由を言わなければならないのだろう。

しかし、休暇を取るのになんで理由を言う必要があるだろうか。有給休暇は労働者の権利である。決まった日数の範囲なら、「休みたいから休む」でいいはずだ。

学校では、生徒の欠席の理由を聞く。これは、非行を防ぐとか、サボりぐせをつけないとか教育的な目的からである。それでは、会社の管理職が休暇の理由を聞く意味はなんだろう。

ウソをつくとばれやすい学校の欠席理由と違い、休暇の理由はいくらでもウソがつける。件の会社でも、ウソの理由は一回だけらしいが、ばれないウソなら何度でもやっているだろう。

気の弱い人から休暇を取りにくくする効果はあるかもしれないが、それ以上に聞く意味が感ぜられない。要するに学校の習慣をコピーしているだけなのである。それも意味がないのだから劣化コピーである。

そこで思ったのだが、多くの会社にある、日本独特といわれる習慣は学校(それも小・中学校)の習慣に起因するのではないだろうか。

えらい人がスピーチしたりする(らしい)朝礼なんかまさしくそうだ。朝礼でラジオ体操まで会社まであるそうだが、これは外国人にはかなり奇妙にうつるらしい。

社員旅行とか花見も、修学旅行や遠足を想起させるし、もっと範囲を広げると、年功序列なんてまさに学校的な制度である。何の意味があるのか分からない新卒採用だって、就職が学校の延長と考えれば非常に理解しやすい。

なにしろ、僕はまともに就職したことがない世間知らずなので、この程度しか思い浮かばないが、実際に会社にいる人はもっと思い当たる節があるんじゃないだろうか。

世間知らずといえば、学校の仕事をたいして知りもしないくせに、学校や教師を批判する人がいる。よほど先生嫌いの子供だったのだろうと思っていたが、もしかしたらそうではないのかもしれない。

たぶん、こういう人は教師が嫌いなのではなく、自分の管理職が嫌いなのだろう。管理職に教師を投影しているのである。ならば、直接上司に文句をいえばよさそうだが、それができないから、自分と関係ない教師を責めることで満足するのである。
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今更な感じもするが、あちこちで絶賛されているEvernoteを試してみた。

Evernote

Evernoteとは簡単にいうと、情報管理ツールで、自分で書いたメモやWebページのコピー、写真、音声ファイルなどをWeb上にアップロードして、管理、検索できるようにするものである。

ブラウザで閲覧、アップロードできるだけでなく、専用のソフトウェアもある。普通の携帯電話では閲覧できない(無理すればできなくもないかもしれない)が、メールでアップロードすることができる。

無料で月40MBまでアップロードでき、月額5ドルまたは年額45ドルで月500MBまで使える。なお、一月あたりの転送量は決まっているが、保存できる容量は無制限。今のところ40MBでも十分余っている。

面倒くさいのでこれ以上は書かないが、詳しくはいろんなところに書かれているので、興味があったらEvernoteで検索して欲しい。

で、使ってみた。機能はシンプルなのでそれほど難しくはない。逆にシンプルなぶん、いろいろな使い方ができそうだ。例えば伝本調査に使うのはどうだろう。

調査先のコンピュータで書誌のデータと写真をEvernoteに送り蓄積し、家のコンピュータで検索・・・みたいな使い方ができる。全文検索とタグによる整理ができるので、調べた内容をわざわざデータベースに入れなおす必要もない。

調査先にインターネットにつながったパソコンがなくても大丈夫だ。携帯電話からEvernoteにメールを送ればいい。

もちろんスマートフォンならより便利だが、普通の携帯電話でもできなくはない(メールを打つのが面倒くさいが)。つまり、巻き尺とカメラ付き携帯電話があれば、十分調査ができるのである。

なんて書いているけど、実は伝本調査なんかやったことがないのだった。

誰に言うとなく言う

インターネットサイトは完成してから公開すべきである。とはいえ、諸般の事情により、やむを得ず完成しなくても公開しなければならないこともあるだろう。そういう場合でも、完成しているように装わなければならない。

具体的にいうと「工事中」というページを設けてはいけない。リンクを踏んでこれが出ると非常に腹が立つ。だいたい「しばらくお待ちください」なんて書いてあっても、いつまで待てばいいのか分からない。慇懃無礼とはこのことだ。

ページができていないのなら、リンク元にその旨を書いて、リンクさせなければいいのである。

まして、「お問い合わせ」のリンク先が「工事中」になっているのはいかがなものか。

普通「お問い合わせ」にはメールアドレスか何かが載っていると予想してリンク先を見ようとする。メールアドレスなんていうのは最初から決まっているものだ。それが工事中だと、要するに何もできていないんじゃないかと思われてしまう。

「工事中」に限ったことではないが、閲覧者が予想した結果と違う画面が出てくるのは避けなければならない。これはサイトを作るうえでの基本中の基本である。「工事中」と出ると分かってリンクを踏む人はいない。

ほかにもいいたいことはいろいろあるが、こういう未完成なサイトを公開しても、何の得にもならないということだけ、とりあえず言っておきたい。

2010年03月29日「今月の壁紙」のエントリで、川越の商家にある「うだつ(卯建・宇立)」の写真をUpした。

うだつは、もともと隣の家と密接する商家で、類焼しないための防火壁として作られたものだが、江戸時代以降、とくに上方で実用としての防火壁よりも装飾としての意味合いが強くなった。財力があればあるほど、立派なうだつを上げてそれを誇示したのである。

たぶん、こんなものでは、類焼は防げなかったろう。あくまで装飾だから、なくても支障がないのだが、商人というのは、ケチでも見栄っ張りだから競って立派なのを立てようとした。そんなわけで(語源には諸説あるけど)、「うだつが上がらない」というのは、出世しないとか地位が上がらないの意味になる。

ところが世の中には、むりやりうだつを上げさせられた人たちもいる。

高岡市のうだつ1

高岡市のうだつ2


これらは富山県高岡市山町の「うだつ」。うだつといえば、瓦が乗った和風のものが普通だが、こちらはレンガ造りの洋風おしゃれうだつ。これ、装飾ではなく、本当に防火壁としてちゃんと機能する。

この近辺は明治33年に大火災にあい、新たに商家を建てる際、徹底して家を耐火建築にすることを義務付けられたそうだ。土蔵造りも、防火壁もそれが理由である。普段は隠しているが、防火扉まである。つまり、うだつが上がったのではなく、上げさせられたのである。

もっとも、当時の高岡商人の財力はそうとうなものだったらしい。だから、こんなに装飾的なのだろう。

高岡市のうだつ3


こちらは北海道との通商で巨万の富を築いたという菅野家住宅。土蔵造りにレンガの耐火壁のミスマッチが面白い。この写真ではよく見えないかもしれないが、鉄製の柱も洋風。

中も見学させてもらったが、絢爛豪華な仏壇がある。
菅野家仏壇


なんとこれ、折りたたみ式で、普段は蔵にしまっておき、法事などのたびに出してくるんだそうだ(現在は常時展示)。仏壇を置くスペースは確保されているから、これも火事を恐れてのことなんだろう。
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あ、いけね。気づいたら5月に入ってた。

僕たちの仕事では4月は一番落ち着かない、忙しい時期である。

それに輪をかけて、三月の終わりから四月の初めに北陸を旅行し、半ばには法事で滋賀に行き、終わりには師匠の叙勲記念パーティーで伊勢崎(群馬県)に行きと、やたらとあちこちに遠いところに行って、今年の四月は殊更に疲れる月だった。

ついでに、なにやら面倒な仕事も舞い込み、ネタだけはたくさんできたが、書くには及ばず、ブログの更新も少なくなってしまった。

これだけあちこちに行ったということは、それだけいろいろな人に会ったということでもある。それも、全くの知らない人ではなく、滅多に会わない親戚だったり、先生、先輩、後輩だったりと、こういう機会が一度に訪れるのも珍しい。正直、旅の疲れ以上に気疲れし、毎週クタクタになったが、久しぶりの刺激的な体験でもあった。

不思議なのは、以前そういう場に行くと、人と比較して自分のふがいなさに失望したり、逆に妙に力が入ったりしたものだが、今はそういうのは全くなくなった。

例えば、誰かが出世したと聞いても、特になんとも思わない。以前はもっとがんばらなきゃと思ったり、悔しく思ったりしたものだが、全然そういう感情にはならない。

40歳を越えて自信がでてきたのかといえばそうでもなく、自信がないのは相変わらずである。かといって、何か諦めて悲観しているのでもない。悲観もなければ楽観もなく、だからといって悟ったわけでもない。ちょうどいい感じに力が抜けている。

幸い、花粉症も例年になく軽く済んだ。なんだか無駄に元気が出てきた。

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