2011年04月

学校関係者には新学期が始まったが、僕にとってはいつもと違う新学期となった。ついに国語の授業が無くなったのだ。

すでに去年の段階で、国語の授業は週2時間(それも現代文)になっていた。書道の授業が2時間増えたので、授業時数は去年と同じ。万年非常勤講師としての収入は変わらないので、生活の心配はない。

国語の授業が無くなったのは、団塊の世代の退職が始まったのが主な理由である。

最も採用が多かった団塊の世代が退職し、僕たちに近い立場として再就職するのに伴って、非常勤講師の仕事が彼らにとられてしまったのである。書道はもともと専任がほとんどいないので、その心配が(ほとんど)ない。書道をやっていて本当によかったと思う。

これは、最初から予測できたことだから、仕方のないことである。まして、前年度と同じ収入が確保できた僕が文句をいう筋合いはない。

単に「仕事」という点で考えれば、悪いことは一つもない。面倒くさい定期考査からも解放される。そもそも、複数の教科をやるのは結構たいへんだ。

実をいうと、これまで書道をやめようと思ったことが何度もある。学校で書道を教えているぐらいで「書道をやっている」というのも図々しい話だが、僕はそれすらもやめようと思ったのである。

自分の中では、専門は国文学だというのがあって、今はほとんど休止状態だけど、いつかは戻ろうと思っている。だから、書道からは距離を置きたいというのが本音なのだ。

ところが、僕に利益をもたらせてくれるのは書道の方だった。距離を置こうとすればするほど、書道の時間が増える。お金と時間を「投資」としてたとえれば、お金と時間をかけた文学研究はまったくダメで、書道はとても効率のいいリターンがあった。

まあ、投資ってのはそういうもんだ、と納得するが、ちょっとさびしくもある。

3月は地震騒ぎで今月の壁紙をすっかり忘れてたんで、4月14日の今月の壁紙(台湾編)に続いて、諏訪湖編をお送りする。

まず、すでに書いた万治の石仏から。どれにしようか迷ったけど、この写真がこっち見てるみたいでいいかなと。

万治の石仏(1024x768)

万治の石仏(1024x768)
万治の石仏(1280x1024)

諏訪湖。南側のすわっこランドあたりから撮影。

諏訪湖(1024x768)

諏訪湖(1024x768)
諏訪湖(1280x1024)

諏訪湖の夕景。こちらは東側から。真ん中に写っているのは初島という人工島。1954年に花火の打ち上げ場として作られたらしい。人工島とはいえ、50年以上たつとなかなかの風格である。

諏訪湖の夕景(1024x768)

諏訪湖の夕景(1024x768)
諏訪湖の夕景(1280x1024)

その他、諏訪湖・諏訪大社の写真はこちら↓。

諏訪湖と諏訪大社
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地震のあと、「便乗値上げ」という言葉がよく聞かれた。今もGoogleで便乗値上げを検索すると、地震がらみの文章がヒットする。

便乗値上げ:Google

しかし、これ、言葉としておかしくないだろうか。

モノの値段は需給で決まるのが市場経済である。地震の影響で需要が高まった(もしくは供給が減った)ために値段が上がったのだから、単なる「値上げ」でいいはずである。

僕が覚えているかぎり、最初に「便乗値上げ」という言葉を聞いたのは、消費税導入の時だ。それまで税がかかっていなかったのが、3%かかるようになり、そのついでに物の値段を上げる動きを指して言ったのである。

例えば、消費税導入前、自動販売機の缶ジュースは一本100円だった。消費税が導入され一本103円になるはずが、自動販売機が1円玉を扱えないのを理由に110円になった。

この場合、需要が増したわけでもなければ、供給が減ったわけでもない。まさに消費税に便乗して値上げしたのである。

今回の地震では、交通が寸断されることによって供給が減ったり、買占めによって需要が増えたりした。正常な事態ではないが、受給のバランスが崩れている以上、それによって値段が上がるのは、何も不思議なことではない。

それが道義的にどうかというのはまた別の話である。しかし、地震直後の買占めによる品不足の時に、もっと値段が上がっていれば、事態はもっと早く収束したかもしれない。
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諏訪大社に行ってきた(その1・上社)
諏訪大社に行ってきた(その2・下社)
のつづき。

下社春宮の西側に砥川という美しい川が流れている。まわりはたわわに実ったスギ花粉だらけでくしゃみ連発。顔を洗わせてもらった。とても気持ちがいい。

砥川


春宮から橋を渡ると、川の真ん中にある中洲(浮島)に出る。ここには浮島社がある。もちろん御柱もある。

浮島社


浮島を抜けてさらに橋を渡って畑の間の細い道を歩いていくと・・・ドーン。

万治の石仏


万治の石仏という。なんともユニークな石仏だが、岡本太郎が絶賛したことで有名になったそうだ。
この写真の右下に「東日本大地震・・・」とか書かれた怪しい募金箱が写っている。詐欺師が置いていったものだから、絶対にお金を入れてはいけないと、地元の人に言われた。とんでもない罰当りもいたもんだ。

横顔。どこかでみたような・・・。あ、モアイだ。

万治の石仏(横顔)


「万治の石仏」という名前の由来は、万治三年十一月の銘があるためである。万治三年は1660年。

万治の石仏銘

正面をアップで。
印を結んでいる手とか、衣の模様とかの表現が、ちょっと稚拙な感じがしていい。それにしても、なんとも不思議な模様である。

万治の石仏(正面)


この石仏、見る位置や角度によって印象が変わってくる。正面から見ても十分大きいのだが、横から見るとさらに巨大。ちなみに、真後ろに回ると・・・ただの岩。

万治の石仏(横)


万治の石仏については、次のサイトが詳しい。

万治の石仏(みたらしの石仏):諏訪大社と諏訪神社
新聞に、「石仏の参拝方法が決まった」と載っていました。「よろず(何とか)…」と唱えて石仏の周りを回る、というものです。「下諏訪商工会議所がアドバイザーの提案を受けて」とありますが、こんな「安易な創作参拝作法」を(何も知らない観光客に)押しつけることに反対した役員は一人もいなかったのでしょうか。
経緯を知らないまま(踊らされて)参拝している人々を想像すると、おかしいやら哀しいやら…。後は、これが「地元の言い伝え」にならないことを祈るだけです。

お参りの仕方

Goddamn!踊らされちまったぜ!よく見たら小さく「観光協会と商工会議所が提唱する」って書いてあるじゃねえか。


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諏訪大社に行ってきた(その1)の続き。

上社の次は下社へ。下社秋宮の鳥居。

下社秋宮鳥居


この鳥居をくぐると、立派な神楽殿が見えるのだが・・・。

下社秋宮神楽殿(工事中)


なんと、工事中で書割だった。一瞬ホンモノだと思った、オレの感動を返せ!・・・などと神様に言ってはいけない。

この神楽殿の後ろに本殿がある。

下社秋宮本殿


もちろんここにも御柱がある。こちらは下社秋宮一之御柱。

下社秋宮一之御柱


こちらは二之御柱を後ろから見たところ。よく見ると、御柱祭のときに引きずられてすり減った跡があるのが分かる。

下社秋宮の御柱(裏)


秋宮の入り口のすぐわきに千尋池という池があり、そこに千尋社という神社がある。ここにも小さな御柱が立っている。

千尋社


御柱というと諏訪大社だが、実はこの近辺にある神社はすべて(と言っても、本当にすべて見たわけじゃないけど)御柱が立っている。いずれも、諏訪大社の御柱同様、後ろ側が削れている。ネット上でこの千尋社の御柱を引いている写真を見つけた。

千尋社の柱ひきに遭遇:twitpic

秋宮から春宮までは、ちょっとあるが歩けない距離ではないので、秋宮の駐車場に車を置いたまま春宮まで歩く。

秋宮と春宮をつなぐ道路は旧中山道で、宿場町の名残が残っている。

伏見屋邸

商家の伏見屋邸

下諏訪宿本陣岩波家

下諏訪宿本陣岩波家

30分ほど歩くと、下社春宮に着く。

諏訪大社下社春宮鳥居


もちろん神楽殿は書割ではない。

下社春宮神楽殿


そして本殿。秋宮とよく似ている。

下社春宮本殿


その3に続く。
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4月5・6日に諏訪大社に行ってきた。

諏訪大社は一つの神社ではない。上社前宮・上社本宮。下社春宮・下社秋宮の四つの宮からなる。このうち上社が諏訪湖の南側にあり、北側に下社がある。

大きな地図で見る
信濃国一之宮 諏訪大社

上の地図のCが上社前宮、Bが上社本宮、Aが下社秋宮、Dが下社春宮。諏訪湖の氷が割れる現象の「御神渡り」は上社の男神が下社の女神に会うために、諏訪湖を通った跡だという。

まず、茅野駅前でレンタカーを借りて、上社前宮からお参りする。祭神は建御名方命とその妃、八坂刀売命。

諏訪大社上社前宮

こちらが、上社前宮の本殿。ちょっとした山の上にあって、鄙びた感じがいい。付近に土産物屋などがほとんどなく、観光客も他の宮に比べて少ない。

本殿の前に「水眼(すいが)」と呼ばれる美しい清流があり、ここが御手洗川になっている。

上社前宮の御手洗川(水眼)


諏訪大社と言えば、なんといっても御柱祭である。御柱祭で運ばれた御柱は、社殿の四方に立てられる。水眼の奥に見えるのは上社前宮三之御柱。

水眼と上社前宮三之御柱


諏訪大社の奇祭というと、御柱祭があまりにも有名だが、ほかにもたくさんある。中でも、上社で行われる御頭祭というのが、生臭くて壮絶だ。

御頭祭とは、4月15日に上社で行われるお祭りのことである。別名「酉の祭り」「大御立座神事(おおみたてまししんじ)」「大立増之御頭」と言われている。 現在では、鹿や猪の頭の剥製が使われているが、江戸時代に菅江真澄の残した資料に、白い兎が松の棒で串刺しにされたものや鹿や猪の焼き皮と海草が串に刺さって飾られていたり、鹿の「脳和え」「生鹿」「生兎」「切兎」「兎煎る」鹿の五臓などが供され、中世になると鹿の体全体が供され、それを禽獣の高盛呼んだといういわゆる生贄に関しての内容が残っている。また御頭祭に関して、諏訪大社七不思議の一つとして、耳裂鹿というものがある。これは前にも述べた生贄の鹿の中で、必ず耳が大きく裂けた鹿がいるというものであるという。(諏訪大社:Wikipedia)

諏訪大社御頭祭 その1:風と土の記録
諏訪大社御頭祭 その2:風と土の記録

その御頭祭でシカの頭を並べるのに使われるのが、上社前宮の十間廊と呼ばれる建物。

十間廊


上社前宮の案内図。上社前宮だけは茅野市にあるので、あちこちに「チノン」の名前がある。僕が初めて買ったデジカメがチノン製だった。

上社前宮の案内図


続いて上社本宮へ。

上社本宮の鳥居


鳥居の手前に橋があり、この下に川が流れているのだが、ここでもちょっと変わった神事がとりおこなわれる。蛙狩神事といい、この川で蛙を二匹捕まえて、生贄にするのである。それにしても、生贄好きな神様だ。

蛙狩神事:諏訪大社と諏訪神社

上社は本殿まで長い廊下がある。
上社本宮の入口


この廊下の左側にこんなものがある。
メド梃子


メド梃子(めどでこ)といい、御柱祭のとき、御柱の先端に取り付け、人が乗るものだそうだ。こんな感じ(平成十六年御柱祭)なんだけど、僕は乗りたくない。なお、このメド梃子がつけられるのは、上社の御柱だけ。男神のシンボルだという。

そして、こちらが上社本宮の本殿。先ほどの廊下の突き当たりでなく、左側にあるのが面白い。

諏訪大社上社本宮本殿


その2に続く。
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世田谷美術館で開催中の展覧会「白洲正子 神と仏、自然への祈り」に行ってきた。

白洲正子 神と仏、自然への祈り

何の展覧会だかわかりにくい題名だが、要は白洲正子が、随筆等で紹介した物(仏像など)を一堂に集めた展覧会である。

作品は「自然信仰」「かみさま」「西国巡礼」「近江山河抄」「かくれ里」「十一面観音」「明恵」「道」「修行の行者たち」「古面」の各テーマに分けて展示されていて、それぞれ関連する著作の抜粋が掲示されている。

国宝「粉河寺縁起絵巻」や「明恵上人樹上座禅像」、聖衆来迎寺の「六道絵」などの著名なものから、滅多に公開されない秘仏、そして白洲正子自身の所蔵する物など、バラエティに富んだ出品物で、あまり白洲正子の随筆を読んでいない僕でも楽しめた。

個人的には、昔歩いた熊野古道関連の品や神像が興味深かったのだが、そういう感動を一気に吹き飛ばす、インパクトの強い「物(ブツ)」があった。

その名も滋賀県油日神社の「ずずい子」。最後に写真が載っているサイトをリンクするが、見る前に僕の文章を読んで想像してほしい。

たらいの中に全裸の赤ちゃん(と思われる)の木像が入っている。彼がずずい子様だ。その木像は手足が可動式になっているのだが、なぜか赤ちゃんのくせに、股間にずずいと立派なイチモツが・・・。もちろんそのイチモツもずずいと可動式。

さあ、想像できたかな。ずずい子、ずずい子ラブ注入。それでは画像をどうぞ。ずずい子様は、このページの下から二番目にいらっしゃる。腰抜かすぞ。

油日神社:万葉集を携えて
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今回の台湾旅行は天気が悪かったのと、地震と花粉のないところでホッとしてボケてたんで、いつもの海外旅行ほど写真がない。そんな中から今月の壁紙。

九フンネコ(1024x768)

九フンネコ(1024x768)
九フンネコ(1280x1024)

九份(九フン)はどことなく江の島に似ているが、猫が多いのも似ている。この写真の猫は、ここで写真を撮られるのが自分たちの仕事だと思っているらしく、観光客に撮られまくっているのに全然動じない。

なお、九份は猫だけでなく犬も多い。

九フンから下界を眺める(1024x768)


九フンから下界を眺める(1024x768)
九フンから下界を眺める(1280x1024)

九份(九フン)から下界を眺めたところ。映画『悲情城市』にもこんなシーンがでてくる。いくら観光地化されても、この景色は変わらない。

天気がイマイチなのが残念だが、この辺は雨が多く、こういう天気の方が九份(九フン)らしいそうだ。

行天宮(1024x768)


夜の行天宮(1024x768)
夜の行天宮(1280x1024)

台北で有名な関帝廟。一見閉まっているように見えるが、中にはお参りの人でいっぱい。近くの地下道にあるという占い横丁には行かなかった。

その他、こちら↓に写真があります。

台湾旅行
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防災セットというのがどうにも納得いかない。なぜ、あんなにちゃちなのか。僕の場合、キャンプ用品をいろいろ持っているので、こっちの方がずっといいんじゃないかと思うものがたくさんある。

中でも、一番納得いかないのが「明かり」である。明かりは防災用具の中でも最も重要なものだろう。

今回の震災でも、街中から単1乾電池や単2乾電池が消えうせたが、不思議と単3や単4は売れ残っていた。なぜ、いまどきあまり使われない上にかさばる単1電池なんてものを使うのか。

自分で発電できる懐中電灯なんてのもあるが、電池さえなくなっちゃうようなことって滅多にあるもんじゃないし、あまり実用的とも思えない。そんなわけで、僕の野宿経験から、災害時に使えると思われる「明かり」をチョイスしてみた。

明かりには二種類ある。一つは懐中電灯のような手元を照らす明かりと、広い範囲を照らす明かりである。

【手元を照らすための明かり】

まず、絶対に必要なのは手元を照らす照明である。僕のオススメは懐中電灯ではなくヘッドランプ。探検隊とか炭鉱夫が頭に着けているアレ。懐中電灯と違い、両手が自由になるし、目線の先を確実に照らしてくれるので、一度使ったら懐中電灯には戻れない。

しかし普通のヘッドランプはかさばる。そこで、一押しはペツル社のジプカ2。白色LED4灯のヘッドランプである。



このヘッドランプ、ヘッドランプのくせに頭に巻きつける帯がない。帯の代わりに糸がリール(本体の反対側)に巻かれていて・・・

後ろのヒモがビューンと伸びる


こんな風にビューンと伸びる(写真は旧モデルのジプカプラス)。この糸はダイニーマという丈夫な糸で、10年近く使っているが切れたことがない。

さて、これを頭に装着するのだが・・・

ジプカプラスを頭に装着


かくのごとく、若干マヌケな髪型になってしまう。が、非常時にマヌケなどとは言ってられない。糸はヘルメットの上からつけられる長さになっているので、頭のでかい人でも心配ない。

ジプカが画期的なのは、それだけではない。

ジプカをモノに巻きつける


このように、いろいろなものに巻きつけることができる。これで、手元を照らすだけではなく、広範囲を照らす照明としても代用できるわけだ。ちなみに、僕はハンドルバーに巻きつけることにより、自転車のランプとしても使っている。

光量の調整(二段階)ができるので、暗くして使えばアルカリ電池で140時間持つ。バッテリーは単4×3で本体内に収納する。防水でないのが欠点だが、僕の経験では雨で濡らした程度では壊れない。

防災用具としてはちょっと値段がはるが、日常的(机の下に落としたものを探すときとか、自動車のエンジンルームを覗くときとか)にも使えるので、買っておいて損はない。

これに、前に紹介したエナジャイザーのリチウム電池を組み合わせると最強だろう。ただし、僕の持っている旧モデル(ジプカプラス)は対応していない(今知った。くやしい)。


【広い範囲を照らす明かり】

停電が長くなった時、広範囲を照らす照明がほしいこともあるだろう。ローソクも手軽でいいが暗い。そこでランタンを使うのはどうだろう。

実をいうと、僕はソロキャンプしかしたことがないのでランタンを使ったことがない。しかし、キャンプ場で隣の家族連れがランタンを使っているのを見て、あまりの明るさにびっくりしたことがある。

ランタンの燃料はガソリンとガスがあるが、非常用には家庭用のカセットコンロと共用できるものがいいだろう。例えば、イワタニのカセットガスジュニアランタンなどは、ホームセンターでは3000円前後で売っている。名目上、屋内で使ってはいけないことになっているが、気を付けて使えば大丈夫だ(あくまで非常用として)。

明るさは白熱電球70W(トイレの電球ぐらい)相当で、普通のボンベだと5時間は持つ。これも明るさの調整をすればもっと持つ。ただし、最初にマントルを付けたり、空焚きしたりという儀式があるので、買ったら一度は屋外で練習してみる必要がある。

使い方は↓こちらを参照のこと。
ガスランタンの使い方
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北投温泉に行った(その1)の続き

北投温泉は湯量が豊富ならしく、源泉が「地熱谷」という池になっている。泉質は天然ラジウム泉で、硫黄も多い。ここでは「北投石」という鉱物が産出することでも知られる。

北投石:Wikipedia

北投温泉の地熱谷


温度が高いため、池には近づけない。

立ち入り禁止


なんか、ヘンなことしてる人発見!ここは観光客がたくさんいるのだが、みんな見て見ぬふりをしている。

地熱谷とコスプレーヤー


地熱谷の入り口付近で、ステキ温泉発見!ここに入ろうと提案したが、即座に却下された。

ステキ温泉


「双人池」とか「家庭池」とか書いてあるので、たぶんここもそうだと思うが、この辺の浴場は時間単位での貸切ができるところが多いらしい。

結局、ヨメに連れて行かれたのは「亜太温泉生活館」なる、こじゃれた浴場。行く前から調べていたらしい。ここも1時間の貸切ができるが、大きな浴場もあるので、一人でも大丈夫。なお、しゃらくせえので写真は撮らなかった。

興味がある人は↓のリンクをどうぞ。日本語通じます。

亜太温泉生活館
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