2011年07月

なんだかんだで、今年もカレンダーをすべて埋めることができた。ご苦労様でした、オレ。

もっとも今年は期末考査がなかったので、前半はわりに楽に書けた。その代り、旅行に行っているときの一週間分を書いたので、これは結構きつかった。

旅行に行っている間のテーマは投資にした。これまで、なるべく投資の話は書かないようにしようと思っていたのだが(ちょっと書いているけど)、株式投資を始めて7年になり、お金以外の得るものも大きかったので、このへんで解禁することにしたのである。これからもちょくちょく書くつもり。

ところで、フランスから帰ってきてびっくりしたことがある。中国の列車事故である。

例のLightTabを持って行ったので事故と、その概要は知っていたが、ワイドショーなどでこんなに話題になっているとは知らなかった。

尖閣諸島の事件とか、反日デモなら日本が関わっているのだからまだ分かる。日本人の犠牲者がいない列車事故を、なぜこんなに取り上げるのか。

この事故を通して、日本の鉄道の安全性を検証するとか、日本にいる中国人向けに情報を伝えるというなら意味がある。しかし、報道を見ているとそうは思えない。たいがいが中国政府批判である。それは中国人がすべきことで、日本のマスコミがすることではない。

そんなに中国に関心があるのかと、ながらく中国をウォッチしてきた僕にとっては感慨無量だが、今、日本には外国の列車事故よりももっと大事な問題がある。で、そっちは今どうなってるんだい?

今月の壁紙は、もちろんフランス。

もう、お約束のエッフェル塔。ドーン。セーヌ川から撮影。
エッフェル塔(1024x768)


エッフェル塔(1024x768)
エッフェル塔(1280x1024)

芸術家の街、モンマルトルの階段。

モンマルトル(1024x768)


モンマルトル(1024x768)
モンマルトル(1280x1024)

モンつながりで、世界遺産モン・サン=ミシェル。なんかフォルクスワーゲンのポスターみたいになっちゃった。

モン・サン=ミシェル(1024x768)


モン・サン=ミシェル(1024x768)
モン・サン=ミシェル(1280x1024)

昔は「眼鏡をかけて一眼レフを首から下げているのは日本人」なんて言われたけど、今はどこの国の人もこのスタイルなので、観光地では写真が撮りやすい。ちなみにカメラは圧倒的にニコンが多い。
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パリ下水道博物館には、小さなミュージアムショップがある。そこで買ったのがこれ。
シャルル・ド・ブール

あ、乗っかっている子供じゃなくって、下のドブネズミね。シャルル・ド・ブールと命名。上の人形は、ホテルのそばにあったスーパーで買った。

ワシとドブール


で、こんな感じでド・ブールを持って記念撮影をしていたら、なにやら熱い視線を感じた。高校生ぐらいのマドモアゼル二人。ん、オレに気があるのか?

ヨメに一枚写真を撮ってもらったあと、露出がアンダーだったので、露出補正をしていたら、僕に熱い視線を送っていたパリジェンヌ二名が話しかけてきた。パリジェンヌ、二人ともニコンの一眼レフを首から下げている。

(この後の会話は、実際にはフランス語まじりの英語で行われています。パリジェンヌもあんまり英語うまくないし、僕の聞き取りも返答もいいかげんなのでかなり補正・・・というか創作入ってます。)

パリジェンヌ「ボンジュール、ムッシュー。写真を○×○・・・シルブブレ?」

日本男児「ん、オレの写真かい?しょうがないなー、プライベートなんだけど、シルブブレ。」

パリジェンヌ「いや、ベンチの上で○×○・・・」

日本男児「ここに座るのか?ちょっと濡れているが(雨の後だった)・・・いいよ」

パリジェンヌ「Non!ベンチの上で○×○・・・」

日本男児「あん?オレが君たちを撮るのか?」

パリジェンヌ「Non!Non!Non!Non!ベンチの上で○×○・・・OK?」

日本男児「ヨメと二人でか?」

パリジェンヌ「Non!ベンチの上で○×○・・・OK?」

と、言いつつ紙袋に入った、ドブール君を指差すマドモアゼル。これでやっと分かった。パリジェンヌドブール君を撮りたかったのだ。最初からそうすればいいのに。

僕は「OK!I understand!」と言って、ドブール君をベンチに置いた。すかさずパカパカと写真を撮りまくるパリジェンヌ。

パリジェンヌ二名


オレンジ色の服を着ている方が初心者らしく、グレーの服を着ている方が撮り方を指導していた。学校の写真部か何かだろうか。

それにしても、あれだけ僕にボケをかまされても初志貫徹するんだから、パリジェンヌってのは根性あるよなー。日本人だったら、絶対あきらめているもの。

昨日のエントリにも書いたように、パリと言えば凱旋門・エッフェル塔だが、もっと大事なものを忘れてないか。

ルーブル美術館、オルセー美術館などの美術館、ノートルダム大聖堂・・・いろいろあるが、やはりパリといえば下水道。『レ・ミゼラブル』でジャン・バルジャンがマリユスを背負って逃げたのであまりに有名である。ゴルゴ13もルパン三世もここを逃げた記憶があったりなかったり・・・。

パリには下水道博物館(Egouts de Paris)といって、このあまりにも有名な下水道の一部を見られる場所がある。ここに行かずしてどこに行く。

場所はアルマ橋(Pont de l'Alma)のたもとで、大きな表示が出ているので、行けばすぐにわかるのだが、どういうわけだか頼みの綱のGoogleMapがおかしな場所を示していて、一つ手前の橋のたもとを小一時間さまよってしまった。なにしろ地下にあるので、間違っていることにすらなかなか気づかなかったのである。なお、下の地図は正しい位置を示している。


大きな地図で見る

入口はこのキオスクみたいな所。パリミュージアムパスで入れる。
下水道博物館入口


入ってすぐはこんな感じ。上から水が滴っている(たぶん下水ではない)のがイヤな感じ。この時点では「ちょっと臭うな」という程度なのだが・・・
下水道博物館(導入)


さらに奥に入ると、ホンモノの下水が滔々と流れている。ジャン・バルジャンはこんなところを逃げたのだと思うと感動する。が、とにかくウ○コ臭い!ここなら安心して屁がこける。
パリ下水道1


こちらは見学者立ち入り禁止の場所。ゴーゴーと滝のような音がする。撹拌されているから、くちゃい!くちゃい!
パリ下水道2


ホンモノの下水道なので、マンホールもある。マンホールを下から覗いたのは生まれて初めてだ。
マンホール


一応、申し訳程度に展示物もある。なぜかデヴィッド・ボウイに似ている労働者がいた。
工人


展示コーナー。パリ下水道の歴史とか、作業員が使っていた道具、ジャン・バルジャンがどこを通ったかなんてことが展示されている。でも、パネルの下(つまり足元)には下水が流れていてくちゃい!
展示物


これはクリーニングボール。木製の玉っころで、さまざまな大きさがあり、これで下水道を掃除するらしいが、こんなでかいのどうやって引っ張ったんだろう。
クリーニングボール


入ってから、地上にでるまで30分ぐらいかかる。そろそろ娑婆に戻りたくなったことに出られるという寸法で、なかなか気が利いている。たぶん世界一臭い博物館だろう。
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今日の朝、帰ってまいりました。いきなりベタな写真をどうぞ。

パリと言えば凱旋門。
凱旋門


パリと言えばエッフェル塔。
エッフェル塔
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投資について、長々と書いてきたが、もしこれを読んでいる人が30歳以下なら、株式投資とかFXなんか考えてはいけない。可能性のある若者は、すべて自分に対して投資すべきである。

株式投資などというものは、他人に投資するものだ。僕のように一生ボンクラであることが確定してからやればいいことで、よほどお金が余っているのでないかぎり、前途のある若者のすべきことではない。

もちろん、将来金融業に就きたいと思うなら話は別だ。それなら投資自体が将来への投資になる。しかしそうでないなら、自分のやりたいことにお金を使った方がよい。もしやりたいことがなかったら、やりたいことを探すためにお金を使えばいい。

若い人はお金がない。そんな中から投資をしても満足なリターンは生まれない。例えば10万円投資して10%騰がれば1万円しか儲からないが、1000万円なら100万円である。同じ10%でもこんなに違うのである。それなら、10万円で海外旅行でもした方がよほどためになる。

もう一つ、理由がある。若い人がやると、投資がギャンブルになりがちだということ。投資の怖いところは、やり方によってはギャンブルになってしまう。

ギャンブルと投資の違いは勝つ確率の違いである。ギャンブルは圧倒的に勝つ確率が低く、かならず胴元が勝つようにできている。株式投資の胴元は証券会社である。証券会社は取引の回数が増えれば手数料で儲かるから、頻繁に売買させようとする。

若い人は自制がきかない。そこが若さの特権なのだが、投資で自制がきかなくなると、売買の回数が増え、ギャンブルになる。お金を失うばかりか、そこから得るものはなにもない。

心配しなくても、どんな勉強であれ、ちゃんと勉強していればある程度のお金は稼げるようになる。ある程度お金がたまって、余裕ができたら、そのお金で他人に投資すればいいのである。
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投資をしているうちに、お金をはらうことは、寄付と融資と投資の三種類しかないことに気付いた。

まず、寄付だが、これは見返りを求めずにお金を払うことである。見返りを求めないのだから、減るばかりで返ってこない。それでいいのが寄付。

融資は人に金を貸すことである。期限までに金を返してもらい利息をもらう。返してもらえれば確実に利息が付く。ただし、返せなかった場合はゼロになる。銀行の預金も、こちらが金を貸しているのと同じことなので融資である。

そして投資。これは将来増えることを予想して金を払う。これまで話した株式投資も、将来お金が増えることを見込んで金を払い株を買う。

ほとんどの買い物が投資である。例えば、授業料を払って学校に行くのも、将来、払った以上に稼ぐことを目論んで学費を払うのだから投資である。食べ物を買うのも、死なないため(死んだら働けない)の投資であり、CDを買う(若干古いか)のもリフレッシュして元気に仕事をするための投資である。

このように考えると、お金を使うのにシビアになってくる。これを買うことで、自分にどれだけのリターンがあるかと考えてお金を使うようになった。

別にそんなに難しいことを考えるのではない。例えば、カバンを買うとする。まず、そのかばんが本当に必要かどうかを考える。すでにあるもので十分なら買わない。無いなら、どんな大きさでどんな形が自分に必要なのかを考えて候補を絞る。最後に候補を実際に見て、それが何年ぐらいもつか、想像したのと同じか、価格は適正か考えて買う。

こうして物を買うと、買ってから後悔することがほとんどなくなる。長く使えるので、買った後で安くなってもさほど悔しくはない。

たいがいのものは、そうしているうちに欲しくなくなる。僕ぐらいの年になればたいがいのものは持っているからである。そしてだんだん物欲自体が無くなってきた。

なんだかけち臭いようにも思えるかもしれないが、ただストイックに節約するとか、安いものをあさるのと違い、これが意外と楽しい。

まあ、ケチといえばケチなんだけど。
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今日は、僕がなぜ中国株取引を始めたかを書こう。

2000年、2002年、2004年と一年おきに中国に行き自転車旅行をした。自転車旅行だから、普通の旅行では見えないところもたくさん見えてくる。

まず、最初の旅で、日本に伝えられている中国情報がいかにねじまがった物かが分かった。二回目の旅で発展の速さに驚いた。三回目で確信した。

三回目の自転車旅行は河北省だった。地域は違うが河北省は最初の自転車旅行の時に通ったところである。河北省は北京のすぐ近くにありながら、農村が多く、富は北京に吸い取られ貧しい地域である。2000年に河北省を通った時、たしかにその貧しさが感じられた。2004年でも、やはり貧しさは感じられたが四年前と何かが違う。

ものすごくストレートにいう。やたらとデブが多かったのである。最初の旅では、田舎には限られた人以外、僕より太っている人なんかほとんどいなかった。もっとも、最初の旅以降、僕の方は痩せたのだが・・・。

本当に貧しいと、太ることができない。そういう人たちが、少々お金ができると太るようになる。もっと豊かになると、今度は健康に気を使い再び痩せ始める。漫画に出てくる太った貧乏人というのは、実は社会が豊かな証拠である。

そのころ日本では、中国の都市と農村の経済格差が進んでいて、農村の人の不満は爆発寸前だと報道されていた。格差が開いているのはウソではないだろう。だが、その頃伝えられていたように、貧しい人はますます貧しく、富める人はますます富むということではない。貧しい地域もそれなりに豊かになっているのである。

ここで僕は、なんとかこの発展にイッチョカミする方法はないかと考えた。最初に考えたのは中国で商売をすることである。だが、そのためには今の仕事をやめなければならないし、そもそも商売の経験も中国語もできないので、上手くいく自信がない。

そうこうしているうちに、近々人民元の切り上げがあるだろうという観測が流れた。それまで、投資というものを一切してこなかった僕は、これを契機に中国株を始めることにした。いろいろ、調べていくうちに、香港株式市場に上場している株が取引きしやすいと知った。

銘柄を見ると、トイレの異常に汚かったガソリンスタンドがある、クソまずいカップラーメンのメーカーがある、ヘンな自動車をつくっている自動車メーカーがある、自転車で走ったことがある高速道路まで・・・。どれを買っても儲かりそうな気がした。

はたして儲かったか・・・それはヒミツです。
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前の話と矛盾するようだが、投資家は自分が儲けることだけを考えるべきである。誰かのためにとか、国のためにとか考えてはいけない。

もし、そんなふうに考えるのなら、投資などせずに寄付すればいい。人にいいことをし、自分も金を儲けようなどというのは図々しい話である。

例えば、最近「水源投資詐欺」というのがあるそうだ。「日本の水源を外国資本から守ろう!」とか何とか言って投資を募る。金が集まったらドロン。

その外国資本とやらが水源を買うから価値が上がるのに、買えないように守ったら価値は上がらない。そもそもが矛盾しているのに、愛国心を満たして、さらに自分も儲けようとするから騙されるのである。

投資という行為は極めて資本主義的なことだ。その根底には、誰もが自分の利益を追求すれば、自然と良い方向へ向かっていくという思想がある。だから、誰かのために投資するというのは、最もやってはいけないことなのである。

例えば、今回の震災の後、僕は初めて日本企業の株を買った。震災で株価が下がったからである。それ以外の理由はない。だが、結果的にその会社、ひいては震災で疲弊した日本を応援していることになる。

これまで、僕は中国・台湾企業の株を買ってきた。日本の企業よりもそっちの方が儲かりそうだと思ったからである。

外国企業の株を買うことは、外国を応援していることになるから、特殊な思想を持つ人からは反日と言われるかもしれない。しかし、それは間違っている。

例えば、仮に中国が日本に戦争を仕掛けたとしよう。僕は損してでもすべての中国株を売却するだろう。もちろん、僕だけではない。世界中の投資家は中国から資金を引き揚げる。そうなれば、中国は改革開放以前の貧乏国に逆戻りするだろう。外国に投資をするということは、人質を取っているのと同じことなのである。

投資家に国境はない。愛国心もない。ただ、豊かになりたいという欲望があるだけだ。そして、それを否定することは資本主義を否定することに他ならないのである。
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ボンジュール!
少々ベタですが、凱旋門をどうぞ。

あれ??写真が上がってない…
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