2012年10月

芸術家というのは観念の世界に生きている。観念の世界というのは、「これはこうでなければいけない」という世界である。

例えば、ピカソの絵画はキュビズムと言われるが、ピカソにとっては絵画とはキュビズムで描かれなければならないものだった。

ピカソがキュビズムで描かなきゃいけないのには理由がある。キュビズムとは、立体的なものは見る位置によって形が違うのだから、ある一面だけをとらえて描くのではなく、あっちこっちから見える形を統合して描くべきだという思想である。ピカソにとってはそれが唯一の正しい絵の描き方だった。

このように芸術家の観念は、(本人にとっては)ちゃんと論理的に説明できるものだ。そしてそれは(本人にとっては)正しいことだから、それ以外は正しい芸術ではないということになる。芸術なんて勝手に作品を作っていればよさそうなものだが、しばしば論争になるのはそのためである。

しかし、それ以外の傍観者にとっては、せいぜい「そういう考え方もあるよね」という程度のことだ。

端から見ていると、この芸術家のこだわりは、感性を刺激されるものでもあるし、同時にとるに足らないどうでもいいものでもある。鑑賞者にとっては、自分好みのいい作品であれば芸術家の観念なんてどうでもいい。

もし、芸術家が政治家になったらどうだろう。この「芸術」という言葉を「政治」に置き換えてみればよい。

その人が政治家になって権力を持ったとき、その人の観念と違う観念に生きている人はどうなるか。「そいう考えもあるよね」の人はどうなるか。

いや、先日辞職した石原慎太郎さんとか関係ないですよ。マジで。

横光利一の『上海』を読んでいたら、重要人物として「芳秋蘭」という共産党員のスパイが出てきた。

『上海』は、五・三〇事件(1925年)という日本企業に対する労働争議を発端とした事件を題材にしているので、地下共産党員がでてくるのは当たり前なのだが、よく考えてみると、このころの中国共産党がどうだったのかほとんど知らないことに気付いた。

で、何か簡単に読める本はないかと思って見つけたのがこれ。

譚 ろ美『中国共産党を作った13人』 (新潮新書)


この人の本は前にも(譚ろ(王+路)美『阿片の中国史』(新潮新書):2006年02月15日)紹介した。文章が読みやすく、視点が斬新だったので、この人の本ならシロートの僕でも読めるだろうと思ったのだ。

13人とは、上海の「中共一大会址紀念館」に集まった13人のことである。現在「中共一大会址紀念館」の周りは、新天地という原宿表参道みたいなオシャレスポットになっていて、ここには以前行ったことがあるのだが、「中共一大会址紀念館」には入らなかった。中国共産党の歴史以前に、どうもああいう作られたオシャレスポットは苦手なのである。

この本は、この13人とここには集まれなかった革命家を中心に、結党時の中国共産党の状況を描いている。事件中心ではなく、人物中心に書かれていて、まさに革命家の青春群像という感じだ。

中国共産党といえば、なんといっても毛沢東だが、この本では最初に集まった13人の中では、比較的目立たない存在だったとしている。しかし、建国まで残ったのは毛沢東と董必武だけだったというのも歴史の皮肉だろうか。

同じ筆者の『阿片の中国史』では、近代中国におけるアヘンを「共通通貨」として捉えているところが斬新だったが、こちらは日本との関係に注目しているのがおもしろい。孫文や魯迅、秋瑾など中国の革命家の中に日本への留学経験がある人が多いのは知っていたが、共産党の方にもこれほど日本で学んだ人が多かったとは知らなかった。
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先日、深川不動堂へ行ったら、本堂のわきになんかカッコイイ建物がある。
IMGP6012


よく見ると、壁面が全部梵字でできている。と言うわけで、今月の壁(紙)にすることにした。何が書いてあるのかは分からない。

梵字(1024x768)

梵字(1024x768)
梵字(1280x1024)

これだけじゃちょっと寂しいので、もう一つ。
冷凍したどら焼きをひっぺがしたら、なんかキモい感じになった。

どら焼き(1024x768)

どら焼(1024x768)
どら焼(1280x1024)

食欲の秋・・・だなぁ。
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昨日、あんな記事(池袋「純喫茶蔵王」の思い出:2012年10月23日を書いたのは、はてブで1000以上のブックマークを集めた次の記事を読んで思うところがあったからである。

長居をされる方へ:cafe moyau
長居をされる方へ | cafe moyau:はてなブックマーク

簡単に言えば、「カフェの経営者の視点で、長居をする客は心情的にありがたい」というような内容の記事に、賞賛(もしくは疑問)が集まったというようなことなのだが、詳しくは上のリンク先を見てほしい。

僕は喫茶店経営どころか、商売そのものをしたことがないので推測にすぎないが、カフェの長居客というのは店にとって本当に迷惑なものなのだろうか。

もちろん、駅前のドトールとか、スターバックスとか、低価格で立地条件が良く、絶えず客がいる店はそうだろう。客が帰ってもひっきりなしに来るから、短時間で回転がいいほど儲かりそうだ。

しかし、そうでない喫茶店はどうだろうか。例えば、昨日のエントリに挙げた蔵王は、日本で二位の乗降客数をほこる池袋駅の表通りに面しているとはいえ、地下の目立たないところにある。客の側からすると、地下というのは中が見えないし閉塞感があるから敬遠する傾向にある。そして、外にはいくらでも開放的な喫茶店がある。こういう店では普通の営業をするより、あの破格なサービスの方が儲かったのではないか。

実際には、駅前のドトールやスタバのような、絶えず客がいるような喫茶店の方が少ない。仮に満席に近いような状態になっても、それは昼食時ぐらいなものだろう。ぽつぽつと客がいるのはまだいい方で、下手をすると誰もいないような喫茶店だってざらにある。外から見て誰もいない喫茶店にはかえって入りにくいものだ。

だいたい、3時間以上いるような客がそれほどたくさんいるとも思えない。おそらく、すべての客の一割にも満たないのではないか。それを禁止したとしても、空席はそれほどできないし、長居されたからと言って余分にコストがかかるわけでもない。

つまり、利益という点でも、ほとんどの喫茶店では長居をする客はありがたいんじゃないかと思うのである。

カフェといえばフランスだが、何時間もいる客はザラにいるそうだ。中国の茶館にいたっては、お茶一杯で朝から晩まで麻雀をやってる爺さんがいる。僕自身、中国の茶館には最長で5時間いたことがあるが、何も言われなかった。

そういう店でも客の長居が原因で店の経営を圧迫したという話は聞いたことがない。たぶん、長居をしてはいけない(=店の利益が下がる)というのは思い込みにすぎず、その店の立地や業態で、長居されると利益が減る店と、増える店があるということなのだろう。そして、ほとんどの店では長居されても利益は減らないのではないだろうか。
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昔、池袋の西口から歩いて3分ぐらいのところに「純喫茶 蔵王」という喫茶店があった。ちなみに、池袋は西武デパートがあるのが東口で、東武デパートがあるのが西口である。

で、この蔵王だが、とんでもない喫茶店だった。

小さなビルの地下にある、うすぐらく怪しい店内。だが、メニューはいたって普通。コーヒーとか紅茶とかごく普通のラインナップだ。値段もブレンドコーヒー一杯が400円ぐらいだったと記憶している。ドトールなど、セルフサービスの店に比べると高いが、当時はそういう喫茶店はあまりなく、これが標準的な値段だった。

普通じゃないのはここからだ。席に着くと、テーブルにお冷と、皿と、なぜかゆで卵が置かれる。

オーダーしてしばらくすると、籠にトーストを山盛りにした店員が店内を巡り「トーストいかがですか?」と尋ねてくる。「ください」というと、一人当たり二枚(一枚を半分に切ったもの)、さっきの皿にトーストを置いていく。パンは結構厚みがあって、4枚切りぐらいの厚さにバターが塗ってある。これがなかなかうまい。

これがこの店最大の売りで、蔵王池袋店はトーストが食べ放題なのである。だいたい15〜20分に1回ぐらい、トーストを配る店員が回ってくる。客が多いと、最後の方には無くなってしまうこともあるので、僕はなるべく厨房から近いところに座るようにした。

腹いっぱいトーストを食べて、店員が来たときに「結構です(いりません)」と言うと、皿を片づけてくれて、今度はなぜか昆布茶がでてくる。この店では何を注文しても、ゆで卵・トースト・昆布茶がセットなのである。

それだけではない。店内のテレビには映画がかかっていたり、夏場は別室で高校野球がかかっていたりした。雑誌も豊富にあった。その上24時間営業だったので、大学生のころは終電を逃すと朝までここにいた。

こういう次第なので、この店の客はみんな長居をする。長居無用なんて無縁の世界である。どう考えても店が長居するように作っているとしか思えない。

初めてこの店に行ったのは中学生の時だった。その時は父に連れて行ってもらったのだが、高校が池袋に近かったため常連になった。その後、大学、大学院と10年近く行ったが、その間サービスはほとんど変わらなかった。

大学院以降は家が遠くなったためあまり行かなくなったが、2004年ごろ閉店したらしい。
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僕は、折りたためるものが好きだ。テントやファルトボート(フォールディングカヤック)、自転車に興味を持ったのは、それが折り畳めるからである。

どんなものでも、大概のものは部品でできているのだから、家一軒であろうと、自動車一台だろうと、畳もうと思えば畳めないこともない。が、畳みやすくすると強度に問題が出る。逆に強度を重視すると畳むのが難しくなる。この兼ね合いに人間の知恵を感じるのである。

そして、折り畳めるものには夢がある。クルーザーは快適に船遊びができるが、葉山にあるのを河口湖に浮かべるのは難しい。ファルトボートは、数千円も出せば宅配便で送れるし、背負って電車で行くことも、飛行機に積んで外国に持っていくことさえできる。実際、やるかどうかではなく、できるから夢がある。

前置きが長くなった。古典で折り畳みといえば、何と言っても『方丈記』に出てくる鴨長明の草庵だろう。
所を思ひさだめざるかゆへに、地を占めて作らず。土居を組み、うち覆ひを葺きて、継目ごとに掛け金を掛けたり。もし心にかなはぬ事あらば、やすく他へ移さむがためなり。その改め作る事、いくばくの心わづらひかある。積むところわづかに二両、車の力を報ふほかには、さらに他の用途いらず。

これの復元が長明の生まれた下鴨神社の河合社にある。以前、僕も見たことがあるのだが、これをどう畳むのか、どう車で運ぶのか見当もつかなかった。

先日、ヨナデンさんという方から、僕のブログ(『方丈記』の諸本:2012年03月13日)にコメントをいただいた。長明の草庵の記事を書く際に参考にしてくださったそうだ。

ヨナデンさんの記事は、『方丈記』に出てくる住居としての草庵について書かれており、流布本と大福光寺本の違いにまで留意されていて示唆に富んでいる。

ここに、草庵の畳み方が図解されている(「コンパクトな居住装置 4」の方)。『方丈記』の記述通り、車二台に積んでいるのだが、思ったよりコンパクトなる印象を受けた。

コンパクトな居住装置 3:もうDIYでいいよ。
コンパクトな居住装置 4:もうDIYでいいよ。

実際、長明がこの庵を分解して大八車に乗せて運んだのかどうかは分からない。運んだとしても大原から日野までの一回だけだろう。一回だけなら、わざわざ運ぶ必要はない。

しかし、長明はそういう合理性よりも「もし心にかなはぬ事あらば、やすく他へ移さむがためなり。」という夢を取ったのだ。本当に引っ越しするかどうかは別なのである。
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前回(10月10日:2012年10月10日)のエントリで、台湾で売られている煙草の、ちょっとイヤラシイ警告を紹介した。

↓これですな。
注意書き


で、今日はイギリスのものを紹介する。こっちは怖い。おしっこちびりそうになるぞ。

まずはシルクカット。日本ではあまり見ない銘柄だが、オッサン世代にはル・マン24時間レースで活躍したシルクカット・ジャガーで有名。
シルクカット(表)シルクカット(裏)

このようにイギリスのタバコは警告が両面に書かれており、表(どっちが表だかよくわかんないけど)は写真版になっている。黒枠に「Smoking Kills」もインパクトがあるが、煙草で汚れた肺の写真の方がはるかにインパクトがある。

もっとも、こんな写真は学校の掲示板に貼ってある保健ニュースとかで、一度くらいは見たことがあるだろう。

もっとインパクトがある(というより怖い)のがこれ。こちらはスターリングという銘柄らしい。日本では見たことがない。

スターリング(表)スターリング(裏)

最初は何の写真だか分からなかったが、「喫煙者は早死するよ♥」とか書かれているので、死体写真であることが分かる(ホンモノかどうかは分からない)。たぶん、イギリス人には一目瞭然なのだろう。連休明けの朝にでも買って、これが当たったら仕事をする気が失せそうだ。

この写真、箱を展開してスキャンしたものだが、よく見るとタバコの箱にしてはどこかヘンな形をしているのが分かるだろうか。実はこれ、10本入りなのだ。

煙草は普通20本入りである。だが、イギリスでは試供品みたいな10本入りのものをよく見る。煙草が高いので、10本入りで安くあげるということなのだろう。しかし、一箱の本数を変えたからといって、吸う量が減るわけではない。朝三暮四とはこのことだ。

イギリスのタバコが高いのは知っていたので、日本から持って行った。これはゴミあさりして見つけたのである。
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10月10日は二松学舎の創立記念日である。

以前は体育の日とかぶっていて、休日が一日少なくって損をしている気がした。もちろん、体育の日の方が後からできた。創立は明治10年10月10日。たぶん、わざとゾロ目にしたのだろう。

歴史的にはもっと大きなことがあった。10月10日は双十節といい、辛亥革命が勃発した日である。辛亥革命と言えば孫文(孫中山)。

まずはTシャツ。葛的先生の台湾土産。もうちょっと控え目だったら着られたが、さすがにこれを着て外を歩く勇気はない。サイズはぴったりなのに。
孫文Tシャツ

続いて、一昨年、福建省で買ってきた孫文肖像入り煙草。その名も金台湾(Golden Taiwan)。「記念台湾光復六十周年」と書いてある。いくらで買ったか忘れてしまったが、それほど高くなかったと思う。
孫文煙草(金台湾)

なんだか神々しく光っちゃってる。光復と懸けてあるのだろうか。

裏は台湾の地図。それにしても、なぜ大陸でこれを売っているんだろう。
金台湾(裏)

この煙草、中身も不思議で、なぜか普通のタバコよりも早く燃え尽きる。葉っぱの量が少ないのかもしれない。味は・・・正直にいうとマズかった。

台湾とタバコといえばこちら。
注意書き

もはや孫文も双十節も関係ないが、注意書きに注目。これ、今や世界中で見るようになった煙草の害を書いた注意書きなのだが・・・。上のふにゃっと曲がったアレがアレをさしている。つまり、タバコを吸うとアレが弱くなっちゃうよということだ。
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中国でペットボトル入りのお茶(緑茶・烏龍茶)を買うときには注意しなくてはならない。砂糖が入っていることが多いからである。夏の暑い日、冷たいお茶を飲もうとしたら思いっきり甘かった・・・関西でトコロテンを注文したら黒蜜がかかっていたのと同じぐらい寂しい気持ちになる。

温かいお茶には絶対に砂糖を入れないのに、ペットボトルのお茶には入っているのは日本人にとっては不思議と言う他ないが、当の中国人にしてみると、日本のペットボトルお茶が甘くないのが不思議なようだ。

中国オタク的疑問「なんで日本のペットボトルのお茶は砂糖入ってないの?」:「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む

なぜ、このような違いがあるのか。上のリンク先にもいろいろ挙がっているが、僕は日本でミネラルウォーターが普及する前にお茶が普及したからだと思っている。

30代以下の人は知らないだろうが、昔は日本でも自販機で売られる飲料はすべて甘かった。コーラやスプライト、オレンジジュースなどはもちろん、日本特有の缶コーヒーもベタベタに甘かった。

そのころ、ミネラルウォーターは売っていなかった。そのへんでいくらでも水道の水が飲めるのに、わざわざミネラルウォーターを買う奴なんて、よほどの金持ちでもないかぎりいなかった。まして、自販機で売っても買う人はいなかっただろう。日本にも甘くなければ売れない時代があったのである。

甘くない飲料で、最初に出てきたのは烏龍茶である。烏龍茶をボトルに詰めて売ったのは日本が最初で、中国でもサントリーブランドの烏龍茶が売られている。これが日本人の口にあった。

烏龍茶が成功したのは、日本人の口にあったというだけではなく、それまでにない飲料だったからだ。緑茶や麦茶はだれでも家で作るもので、原価がわかっている。これを缶やボトルに詰めてもまず買う人はいない。烏龍茶は緑茶・麦茶以上に安いはずだが、当時の僕たちには原価が分からないから、お金を出して買うのに抵抗がなかったのである。

そのうち、これなら緑茶もいけるんじゃね?麦茶もいけるんじゃね?コーヒーも?となって、最後にミネラルウォーターが自販機にならぶようになった。だが、そんなのつい最近のことだ。それでも、茶系飲料の方が売れているのは、いまだにただの水にお金を出すのには抵抗があるからだろう。

中国では、水道水を直接飲めないので、ペットボトル入りの水が早くからあった。水といっても必ずしもミネラルウォーター(鉱泉水)ではなく単なる沸かし水の物も多い。当たり前だが砂糖は入っていない。

中国でペットボトル入り烏龍茶や緑茶が出てきたのはそのあとである。中国では温かい烏龍茶や緑茶に砂糖を入れる習慣はないが、冷たいお茶を飲む習慣もない。ペットボトルのお茶はお茶ではないのである。そして、甘くない飲料としてすでに水やお茶がある以上、砂糖を入れないと売れないということになる。

さらにつきつめると、日本だろうと中国だろうと〈甘いものに価値がある〉という観念があるということだろう。僕の父はいまだに甘くない飲料を自販機では買わない。
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古文書や古典の写本、版本に使われる文字(平仮名と漢字)のことを「くずし字」ということがある。検索すると「くずし字を解読する」とか「くずし字字典」などが引っかかるので、一般的な言葉になっているようだが、僕はこの言葉に違和感を感じる。

くずし字:Google検索

「くずし字」を書く側である書道では、この言葉は一切使わない。

書道では「仮名」と言えば即「くずし字」を指す。漢字なら「行書」とか「草書」という。行書と草書をまとめて「行草」といういい方もする。ついでにいうと「つづけ字」といういい方もしない。二文字以上文字をつなげることを「連綿」といい、仮名は基本的に連綿で書く。

「崩す」とか「崩れる」という動詞なら使わないこともない。例えば、同じ行書でも草書に近い崩れたものもあれば、楷書に近い崩れていない物もある。このように行書・草書で「崩す」ということはあるが、「楷書を行書に崩す」といういい方は基本的にしない。「基本的に」というのは、楷書から学ぶ初心者に対して便宜的に使うことがあるからだ。

「くずし字」というからには「何かをくずした字」ということになるが、これは一体何をくずした字なのだろうか。

現在使われている仮名や漢字(楷書)をくずした字というなら、それは完全な間違いだ。江戸時代以前は大概「くずし字」で書かれていたのである。漢字の楷書はあったが用途が限られており、平仮名と雑ぜて使うことはなかった。平仮名は「くずし字」から現在の書き方が生まれたのだから、今の書き方を「固め字」とでもいう方が正しいだろう。

文字の成立でいうと、たしかに平仮名は漢字の草書が〈くずれて〉できたが、それはあくまで長い年月をかけて〈くずれた〉のであって〈くずした〉のではない。仮名のもとになった草書は隷書(一部篆書)が〈くずれて〉できたものだが、これも誰かが〈くずした〉わけではない。

どう考えても「くずし字」という言葉が適切だとは思えない。かといって現代人になじみのない仮名や草書を総称する言葉はない。

総称がない以上、「くずし字」という言葉が使われるのも仕方がないかと思う反面、やはり「平仮名や漢字(楷書)をくずしてできた」というニュアンスを含むこの言葉を使うのには抵抗がある。

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