2012年12月

今年の目標は「勉強する」だった。

2012年1月の総括:2012年01月31日

僕の場合、「○○を勉強する」と具体的に決めると、それができないというのが経験的に分かっているので、「とにかく勉強する」ならできるだろうと思ったのだが、今度は「何も勉強しない」になってしまった。まあ、勉強させられた(教員免許更新講習を受けた:2012年08月27日)ことはあったのだが、これは自発的ではない。

心残りはもう一つある。やたがらすナビのことである。このブログは本来「やたがらすナビ」の付録のブログとして始めたのだが、今は本紙の方の更新が滞っていて、電子テキスト検索和漢籍研究ツール・DB検索など、最近作ったコンテンツは更新しているが、その他に関してはほとんど更新していない状況である。

更新しなかったのはやたがらすナビ全体が時代遅れになってきたからだ。ポータル(入り口)という概念がなくなり、もともとのメインコンテンツだったリンク集の意義が失せてきた。その割にリンク集はメンテナンスに手間がかかりすぎる。

掲示板は、誰でも国文学・中国学関連の情報を発信できるようにするのが目的だった。しかし、僕以外の投稿が増えなかったばかりか、TwitterやFacebookなどのSNSが普及して、僕ごときが情報を発信する意味があるとは思えなくなってきた。

現在、国文学関連では笠間書院広報室がTwitterで積極的に情報を発信している。研究者が直接発信する例も増えてきた。そういう人たちをtwitterでフォローすれば情報は得られる。もう掲示板で情報発信する時代ではない。

来年はこれを何とかしなければいけないと思っている。ただし、費用が広告でまかなわれているかぎり閉鎖することはないし、更新はやめても作ったページを削除することも考えていない。今は次のような方針で改造しようと思っている。

・メインコンテンツは「電子テキスト検索」「和漢籍研究ツール・DB検索」「りぞうむ文学辞典」の三つにしぼる。
・リンク集は更新停止。
・行事情報は復活させる。
・掲示板は残すが、ニューススレッドは廃止。
・もちろん「やた管ブログ」はこのまま続ける。

こうなってくると、TOPを大幅に書き換えなければならなくなるのだが、デザインが全然思いつかないんだよなー。

というわけで、今年もお世話になりました。よいお年を。

12月の大きな出来事といえば、なんといっても衆議院議員選挙である。自民党が294議席を獲得し圧勝、政権与党に返り咲いた。その一方で、投票率は59.32%、戦後最低を下回る数字らしい。

衆議院総選挙、投票率は戦後最低:THE WALL STREET JOURNAL
これは、自民党を政権の座から追いやり、民主党政権を誕生させることになった2009年の総選挙の投票率69%を大きく下回っている。
59.32%という投票率は、先日の米大統領選挙の推定投票率とはさほど変わらないが、日本の選挙としては非常に悪い。共同通信によると、これまで戦後最低の投票率は1996年の59.6%だったが、今回はそれを下回っている。

天気は良かった。特に東京は都知事選挙とも重なり、投票率は高かったはずだ。それが戦後最低の投票率である。これが何を意味しているかは簡単に分かる。

民主党が政権を取った年の総括にこんなことを書いた。
2009年の総括:2009年12月31日
僕は、来年これで民主党がコケた時が一番ヤバいと思っている。民主党が自民党の存在感を消すことに(今のところ)成功している以上、民主党がダメだから自民党にしましょうとはならないからである。
そこにあるのは、これまでにない政治不信だけ。それが一番怖い。

結局コケたのは3年後だったが、この投票率を見る限り「民主党がダメだから自民党にしましょうとはならな」かったのは当たったと言っていいだろう。

それにしても民主党のコケっぷりは無様だった。三年間で三回も首相を変え、下野直前の自民党と同じ轍を踏んだ。さらに東日本大震災と原発事故という絶好の(というと語弊があるが)チャンスにも信頼性を発揮できなかった。

僕は鳩山・菅・野田の三人の首相(と小沢一郎氏)は、それほどおかしなこと―自民党に政権を奪還されるようなこと―はしていないと思っている。だが、かならず党内に足をひっぱるやつがいた。これでは政党として信用を失うのも仕方がない。

個人的なことでは、何気なく書いた「波平さんの毛を守るたった一つの冴えたやり方:2012年12月10日」というエントリが、想像を絶するほどウケたのが一番印象的な出来事だった。

ウケたのは単純に嬉しいが、それだけではなく、現在のインターネット上で自分の書いたものがどのように読まれ、広まっていくかがつぶさに分かった。それについては、いずれまとめて書こうと思っている(なんて予告すると書けないんだよな〜)。

毎年恒例の「東京都の高等学校書道科教員による書展」をやります。
その名の通り、都内で勤務する高校の先生の展覧会です。

日時:平成25年1月11日(金)〜13日(日)
   午前11時〜午後6時
場所:新宿文化センター 地下1階展示室

教員展葉書(平成24年度)
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

祖母の文房具屋の閉店にともなって、いやいやながら始めたヤフオク(Yahoo!オークション)だったが、初めて出品してから一年が経った。ちなみに記念すべき最初の出品物は任天堂のシャルマントランプで100円で落札された。

その間、プレミアム会員の会費が上がったり(ふざけんなバカヤロー)したが、なんとか続けている。すでに100人以上と取引をし、10万円以上売った。今のところ特に問題は起きていない。

ヤフオクを試してみた(その1):2011年12月24日
ヤフオクを試してみた(その2):2011年12月25日

半年後の中間報告はこちら。

ヤフオクを試してみた(その3):2012年06月18日

この一年間、様々なものを売った。もともとの目的である文房具、玩具以外に、親戚のベビー用品、ヨメのカバン、僕の本やカメラのレンズなど、とりあえずいらないものはなるべく売るようにした。

一番の売れ筋はベビー用品である。これは出せばすぐに売れる。特にブランド物はあっという間に売れた。

ベビー用品にかぎらず、ファッション関係はブランド次第らしい。ノーブランドのものはかなり安くしてもなかなか売れない。

一眼レフのレンズも出せば売れる。と言ってもまだ二つしか売っていないのだが、プリセット絞りのソリゴール135mmとか、ロシア製魚眼レンズとか、マニアックなものばかりにもかかわらず、出品するとほぼ同時に入札が入った。どちらも希少価値からか、買った値段よりも高く売れた。まだ売りたいレンズがいくつかあるが、出品時に作例写真を撮るのが面倒くさい。

書籍はなかなか売れない。ブックオフあたりにありそうなものはまず売れない。何度も繰り返し出品して、国文関係のマニアックな本がやっといくつか売れただけである。とはいっても古書店に売るよりはずっと高く売れる。

主力商品の文房具で一番売れるのはそろばんである。かなり安くしているせいもあるのだが、出せばすぐに売れてしまう。算盤塾などで一般的な23桁のものだけでなく、12桁ぐらいの小さな算盤もそれなりに需要があるようだ。もともと値段が高い上に、普通の文房具屋では取り扱わなくなってきているからだろう。

一番在庫が多かったのが製図用具である。これは祖父が近所の工場に納入していたものらしい。ただの定規が定価で1000円以上したりして、ちょっとびっくりする。

現在、製図はコンピュータを使うのが当たり前になったので、製図用具はまず売れないだろうと思ってとりあえず出したが、あにはからんや、出したらすぐというわけではないがコンスタントに売れる。他にヤフオクで落札したものを見てみると、製図とは違う用途で買うらしい。それは自動車関係だったり、模型だったり、手芸だったりさまざまである。

ダメなのは置物の類である。実はこれにも売れ筋があるらしいが、そうでないものはいくら安くしても売れない。自分のいらないものは売れないの法則そのものである。

最初は面倒くさくて嫌だったが、やっているうちにだんだん面白くなってきた。ネットオークションでは売りたい人と買いたい人同士が直接値段交渉して売買する。だから一つ一つの取引にドラマがある。考えてみれば、これはプリミティブな商売そのものだ。

そういえば、一時期中学生に株式投資を学ばせる(そういえば投資教育ってどうなった?:2009年06月01日参照)とかいうのがあったが、そんなものよりも、身近な商品を売買するネットオークションをやった方がお金の教育には向いているように思う。

Kindle Paperwhiteを試してみた(その1)の続き。

ハードとしてのKindle Paperwhiteは前のエントリで書いた通りだが、今回は実際に「読書体験」した感想を書く。

パッケージには本体とUSBケーブル、白と黒の二冊の小冊子が入っている。白い冊子は保証書で、黒い冊子が説明書なのだが、これにはパワースイッチの位置と充電の仕方しか書いていない。冊子になっているのは各国語で書かれているためで説明そのものは見開き2ページしかない。詳しい説明書はKindleの中に電子書籍として入っている。

買ってすぐに電源を入れると、段階を追って使い方の説明が現れる。一通り説明を読んで、Wi-Fiの設定などをすれば、準備完了。これでもう本を購入することができる。amazonから購入すると、すでにアカウントの設定は済んでいるので、IDやパスワードを入れる必要もない。3G版だとWi-fiの設定もする必要がないので、もっと簡単になる。

買った時点ではバッテリーメーターは半分ほどだが、もともと消費電力が少ないので、充電しなくてもすぐに読書が始められる。

とりあえず無料の島崎藤村『新生』青空文庫による)と有料の『ラヴクラフト全集1: 1』(東京創元社)をダウンロードしてみた。あっという間にダウンロード終了。ストアはamazonそのものなので、amazonで本を買い慣れていると使いやすい。PCで購入してKindleで読むということもできる。

文字の大きさは8段階、書体は明朝体かゴシック体、行間・余白は三段階に変えられる。見た感じは紙に印刷された活字そのもので、見慣れた液晶の文字とは違い格段に読みやすい。僕は液晶画面で見る明朝体がどうも読みにくく感じるのだが、Kindle Paperwhiteの場合は明朝体でも違和感なく読める。

kindle(フォント)

画面はマット(艶消し)になっていて、照明の映り込みが気にならず、指紋もほとんど付かない。サードパーティーから反射防止フィルムなるものが出ているが、おそらく必要ないだろう。

しおり、メモ、ハイライト、辞書(国語・英和・英英)など、読書に必要な機能もそろっている。最初、しおりのつけ方が分からなかったが、テキストの右上をタップするだけだった。辞書は本文中の語句を調べるのに使うが、単独で電子辞書がわりに引くこともできる。

Webブラウザも付いている。体験版とか書いてあるし、白黒なのであんまり役に立たないかなと思ったのだが、Gmail等に対応しているので、これで長文のメールマガジンなどを読むと読みやすい。ただし、これはWi-fiで接続したときだけで、3G接続の場合はWikipediaしか閲覧できないらしい。

総じていうと、Kindle Paperwhiteは読書に集中できるようによく考えられていて、すばらしい端末だと思う。液晶画面で長文を読むのが苦手な人も、これならストレスなく読めるのではないだろうか。

しかし、実際使ってみていくつか疑問の点もあった。

まず、紙のマニュアルがあまりにもシンプルすぎる。コストダウンのためには仕方がないのだろうが、せめてどこをタップするとどうなるかぐらいは書いて欲しかった。文字の大小、レイアウトが変えられるのは、高齢者にも読書の機会を広げる可能性を秘めているが、これでは少々敷居が高いのではないだろうか。

また、Windows版やMac版が用意されていないのも残念だ。この端末は漫画を読むこともできるが、やはり漫画は大きな画面で読みたい。レイアウトの複雑な雑誌や絵本も同様だ。ただし日本語非対応のものははすでにあるので、いずれは出てくるのかもしれない。

そして、何と言っても書籍がまだ少ないこと。一番の問題はこれに尽きる。まあ、青空文庫でも読んでゆっくり待つことにしましょう。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

amazonの電子書籍端末、Kindle Paperwhiteが来た。11月13日に注文した時点では、来年1月半ばになるという話だったのだが、前倒しになったらしい。僕が買ったのは一番安いWi-fiのみに対応したもの。自宅に無線LANルーターがあるのと、先日Willcom PORTUSを買ったので、3Gは必要なかった。

キンドル(スクリ−ンセーバー)
これはスタンバイ状態で〈スクリーンセーバー〉が表示されている。スクリーンセーバーといっても、パソコンのそれとは違い静止した絵で、スタンバイ状態にするたびに読書に関係した美しい絵(ペンとか活字とか筆とか・・・)がランダムに出る。

実際にはスクリーンをセーブする意味はないので単なる飾りだが、これがなかなか楽しい。包装も含めて、こういう演出がすごくよく考えられている。なお、液晶ではないので、この絵を表示してもバッテリーは全く消費しない。

キンドル裏面

裏面は、ゴムのような質感で、触り心地がいい。指紋が付きやすいが、片手で持っても滑りにくくて持ちやすいように工夫されている。

キンドル(サイズ比較)


幅は文庫本より9mmほど広い。片手で握るにはやや幅が広いように感じるが、スマホのように握りこんで操作するわけではないので、これでいいのだろう。重さは213g(3Gモデルは222g)で、400ページの文庫本と同じぐらいの重さである。

実際に電子書籍を読むとき、縦書きの場合は左手の人差し指から小指にKindleを乗せ、画面の左端を親指でタップしページを繰る。当然、横書きの場合は逆になる。これは直感的には分かりやすいが、縦書きの本をよむときには利き手でない手(左手)でページを繰ることになり、少し扱いづらい。設定で逆にできるようにしてほしいと思った。

キンドル(厚さ)

比較対象が僕の指で分かりにくいかもしれないが、厚さはこんな感じ。一番左がUSBコネクタで、ここから充電したり、PCから内部のストレージにアクセスしたりする。真ん中の小さい穴がLEDで充電しているときのみ点灯する。一番右がパワースイッチ。これ以外、何もついておらず、電源を入れる以外の操作は画面をタッチしておこなう。タッチの感度は良好だが、e inkの特性上、ときどきもたつくことがある。

パッケージにはUSBケーブルが付いているだけなので、kindleだけを買った場合、PCに接続して充電することになる。AC電源から充電する場合は、amazon純正の電源アダプターを買うか、手持ちのUSB対応ACアダプタを流用するしかない。本体には、USBコネクタの右隣にLEDが付いていて、充電の状況が分かるようになっている。

このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

僕の場合、どういうわけか知らないが、過酷な物の使い方をしているときは壊れないのに、なんでもないときに壊れることが多い。

昨日、愛用の一眼レフデジカメ(Pentax K-100D)の背面液晶が壊れた。昼食前までは何にも問題がなかったのに、帰ってきたらこのありさま。キラキラして、なんだかとっても綺麗だが、これでは何の役にも立たない。
背面液晶

どこかにぶつけたのは間違いないが、ぶつけた記憶が全くない。当たり所が悪かったのだろう。

このカメラは、これまで結構過酷な使い方をしてきて「あ、これはやっちゃったかな?」と思う場面も結構あった。2010年の中国自転車旅行なんかは、結構なスピードで砂山に激突してひっくり返ったから、これは間違いなく逝っただろうと思ったが、どこも壊れていなかった。もっとも、この時はカメラより自分が壊れなかった方が幸いだったのだが。

それが、今回のように何でもないときに壊れるのである。そういう旅の途中で壊れるよりはずっといいのだが、こうあっさり壊れると釈然としないものを感じる。

それにしても、背面液晶がない―つまりすぐに確認できない―というのは不安なものである。銀塩時代はどんな写真が撮れているか現像するまで分からないのが当たり前だった。そんな時代から、10年も経っていないのに、ちゃんと撮れているか不安でしょうがない。

とはいえ、背面液晶が壊れたからといって、写真が撮れないわけではない。このまま使おうかとも思ったが・・・ああ、設定ができねぇ。ダメだ。買おう。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

日本維新の会の橋下徹氏はグッドモーニング以外の英語が喋れないらしい。

僕の英会話「放置したのは自民政権」 維新・橋下氏:朝日新聞デジタル
ゆとり教育を許してきたのは自民党政権だ。英語教育も、僕なんか10年たってしゃべれるのはグッドモーニングだけ。(中略)アジアで英語をしゃべれないのは日本人だけ。僕も国際会議に呼ばれる。中国人も韓国人もベトナム人もタイ人も英語べらべら。僕だけ通訳がついている。みんなゲラゲラ笑いながら英語で会話している。僕は通訳入っているから1分後にゲラゲラ笑う。何でこんな人間になってしまったのか。日本の英語教師が英語をしゃべれないからだ。総入れ替えしたらいいが、教員組合は認めない。放置していたのは自民党政権じゃないか。

はたして、英語が苦手なのは教員組合と自民党のせいだろうか。

問題は「しゃべれる(できる)」の定義にある。さすがにグッドモーニングしかできないのでは、しゃべれないと言っていいだろうが、まともに中学卒業した人ならそんなことはあるまい。会議ができなければしゃべれることにならないのなら、日本人は英語がしゃべれないと言っていいだろう。しかし、その定義だと英語を母国語とする国以外の国民は、たいがい英語がしゃべれないということになる。

10年前、初めて北京に行ったとき、露店のタバコ屋で煙草を買おうとした。そのころ、中国ではセブンスターやキャメルなど外国たばこをたくさん売っていた。これらのパッケージは日本で売っているものとほとんど同じで、セブンスターなら「Seven Stars」、キャメルなら「CAMEL」と書いてある。

ところが「セヴンスター」とか「キャメル」と言っても相手はヘンな顔をするばかりで、いっこうにタバコが出てこない。発音が悪いのかとおもって、何度も言いなおしてみたがだめ。しかたがないから陳列されている中に「北京」という中国煙草があったので、それを買った。地名なので「ベイジン・Bei3jing1」なら言えたのである。

何日か経って「セブンスター」は「七星(チーシン・qi1xing1)」、「CAMEL」は「駱駝(ルオトゥオ・luo4tuo)」でなければ通じないと分かった。もちろん箱には「七星」とか「駱駝」という表記は一切無い。英語ができないというのはこういうのを言うのである。

大抵の日本人は、Seven StarsもCAMELも難なく読める。それどころかアメリカなりイギリスなりに飛行機で行って、一週間ぐらい泊まって無事帰ってくるぐらいの英語力はあるだろう。これは十分「日本人は英語ができる」といっていいレベルだと思う。

それでも英語ができないと思うのはなぜか。教育も含めていろいろ要因はあるが、一番の原因は言葉が通じないことに慣れていないからだと僕は考えている。

日本にいる限り、日本語が通じないということはまずない。方言によって相手の言っていることが分からないということはあるが、たいていの場合分かるようにしゃべってくれるし、向こうはこちらの言っていることが分かる。だから言葉が通じるのが当たり前という感覚があり、通じないときに相手の意図をくみ取ろうとする気持ちがない。ひどいときは外国語で話しかけられると逃げてしまう。

中国人は通じなくてもなんとか聞き取ろうとする。田舎の爺さんに話しかけられて、「ごめんねー、オレ中国語できないんだよー。」とか日本語で言っても真面目な顔をして聞いている。絶対に分かりっこないのに。そういう時、相手は「听不懂」とか言うがそれでも聞こうとする。「听不懂」は「聞き取れない」というような意味で、外国語だけでなく方言などで聞き取れないときにも使う。

中国は方言の差がはげしく、同じ中国人同士でも住んでいるところが違えば、全く話が通じないことがザラにある。一応、普通話という共通語はあるものの、お年寄などでは全く話せない人もたくさんいて、テレビドラマなどでは字幕が出ることも多い。

彼らにとって、言葉の通じない人と会うのはそれほど珍しいことではない。だから分からないながらも、なんとか聞こうとし相手の言っていることを理解しようとする。地続きで、狭い地域にたくさんの言語がひしめき合っているヨーロッパでも、事情は同じだろう。

自称英語ができない日本人は、相手の言っていることを100%聞き取ろうとする。100%聞き取ろうとすると、聞き取ることに精一杯になって、相手の仕草や様子にまで目がいかなくなる。結果、何を言っているのか分からない、ノーミソのスイッチOff、逃げる・・・ということになる。

しかし、日本人同士の会話でも相手の言っていることを100%聞くなんてことは、よほど大事な話でないかぎりない。文脈や状況で判断して、重要でなさそうなところは聞き流しているというのが実際だろう。

母国語である日本語でさえそうなのに、外国語を100%聞き取るなんて不可能だし、そんな必要などどこにもない。僕の経験では、全体の2割から3割ぐらい聞き取れれば、日常的な会話は成立する。

言葉が通じないことに慣れること。一見逆説的だが、これこそ日本人が「英語ができる」と言えるようになるカギだと僕は思っている・・・まあ、僕もできないんですけどね。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

昨日書いたエントリがえらいことになっている。

波平さんの毛を守るたった一つの冴えたやり方:2012年12月10日

こんな泡沫ブログで、はてブ、Tweet、いいねが3ケタ、Google+は・・・まあいいや、PV、UUともに1万越えの満員御礼である。いや、マジで驚いた。本当にありがとう。

件のエントリはちょっと思いついたことを書いただけで、続きを書くつもりはなかったが、ここまで読んでもらえたとなれば後には退けぬ。桜新町に行って波平さんの毛を実見してきた。

サザエさん一家の銅像は、東急田園都市線桜新町駅の出口にある。桜新町駅は地下駅で出口は西口と北口、南口の三カ所がある。そのすべてにサザエさん一家の銅像が立っていて迎えてくれるが、全員そろっているのは西口だけで、北口にはワカメとカツオ、南口にいはサザエとタラしかいない。つまり、波平さんがいるのは西口である。

西口と銅像の関係はこんな感じ。写真には写っていないが、ひっきりなしに記念撮影をする人がいる。(写真はすべてクリックすると大きくなります)

波平・カツオ・ワカメ・フネ


切れている右の方にサザエ・タラ、マスオがいる。

サザエ・タラ・マスオ


場所を見ると分かると思うが、ここで波平さんの毛を抜くのはかなり勇気がいる。たまたま工具を持っていたヨッパライが引っこ抜いたというわけではなさそうだ。

ではいよいよ波平さんの毛をクローズアップしてみよう。波平さんの毛はすでに植毛され、天を目指して雄々しく屹立していた。

まず長さだが、定規を持っていかなかったので、タバコで代用した。長辺は8.5cmである。

波平の毛の長さ


付け根はこんな感じ。

波平の毛の根本


もうちょっと被覆がちゃんとしているのかと思ったが中が丸見え。びっくりするほど普通のワイヤーである。これはたしかに抜きたくなる。

付け根は差し込んであるだけに見える。白いのは接着剤だろう。新聞記事に「ねじ込んだ」と書いてあったので、ネジ山が切ってあるのかと思ったが、どうもそのようには見えない。おそるおそる引っ張ってみたが、びくともしない。

恐らく犯人はプライヤーか何かで摑んで引き抜いたのだろう。あまり力が入りにくい高さなので、像に登ったのかもしれない。そんなことはカツオでもしないだろう。失礼なやつだ。

意外だったのは、見た目に反してこの毛(ワイヤー)が柔軟だったことである。この柔らかさを表現するのは難しいが、鼻の穴に思いっきり突っ込んでも、クシャミはでるが鼻血はでないレベルといえば分かりやすいだろうか。

もっとも、この位置にあって、硬いワイヤーは危険すぎる。あるいは特殊なワイヤーなのかもしれないが、この柔軟さが抜きやすくしているようにも思える。

実は波平は超剛毛という記事を見たので、ワイヤーの硬さが商品化を阻むんじゃないだろうかと思っていたのだが、これなら大丈夫。長さ的にも、安全性でも、ケータイストラップ・キーホルダー・栞、どれにしても申し分ない。

ここで、ふと隣を見て驚愕した。毛が生えているのは波平さんだけじゃなかったのだ。

こちらはワカメちゃんの後頭部。

ワカメ後頭部


タラちゃんの後頭部。

タラ後頭部


それぞれ三本ずつ生えている。素材は波平さんのと同じようだ。ワカメは北口に、タラちゃんは南口にもいるので、ワカメ・タラで12本、波平を足して13本である。これでは三種類の商品をつくらなければならない。

でもワカメちゃんとタラちゃんの毛に商品価値があるとは思えないので、作らなくってもいいか・・・。

と、グダグダで終わったところで、最後まで読んでいただいた皆様に感謝をこめて、壁紙を差し上げます。
題名は「偽りの地平線」。他のサイズが必要でしたら作ります。

偽りの地平線(1024x768)

偽りの地平線(1024x768)
偽りの地平線(1280x1024)
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

また、桜新町の波平像の毛が抜かれた。

波平さん像、また髪の毛抜かれる…3度目:YOMIURI ONLINE
東京都世田谷区の東急田園都市線・桜新町駅周辺に設置され、地元住民らに親しまれている漫画「サザエさん」一家の銅像のうち、波平さんの1本しかない髪の毛がなくなっていたことが分かった。
 5月にも2度抜かれており、像を設置した桜新町商店街振興組合は「故意に抜いたことが分かれば警察に被害届を出す」と憤る。

こうたびたび抜かれると、日本人のモラルがどうのとか、大変ウザい話がでてきたりもするが、三回抜いたのが全部別人だとしても三人、全部同一人物だったら一人。アホが一人〜三人いればこんなのはできてしまうのである。そんなのに日本人のモラルを問うてもしょうがない。

とはいえ、抜かれては植えるのいたちごっこじゃ話にならない。3回あれば4回目もあると考えるべきで、今後どうすればいいのか対策を考えてみた。

まず、毛がどのように生えているかである。現物を見ていないので詳しくは分からないが、上のYOMIURI ONLINEの記事によると「頭頂部にねじ込んで接着剤で固定していたワイヤ製の髪の毛(長さ約10センチ)がなくなっているのに気がついた。」と書いてあるので、頭頂部のネジ穴に髪の毛がねじ込んであるのだろう。

まず考えられるのが、溶接してくっつけてしまう方法。ねじ込みとは違い、簡単に抜くことはできない。

しかし、この方法ではホームセンターでごく普通に売っているカナノコやヤスリで切れてしまう。太さによってはペンチとかニッパーで切ることもできるかもしれない。

そこで、もっとスマートな方法を考えてみる。

抜かれて困るのは、第一に損害が発生するからである。これに着目してみる。

波平さんの毛の原料は、上の記事によるとごく普通のワイヤーらしい。おそらく短く切った既製品のワイヤーにねじ込み用の金具を付けてねじ込んであるのだろう。だとすれば、原料そのもののコストはそれほど高くないはずだ。

これがそれなりにコストがかかってしまうのは、一品物だからである。ならば量産すればいい。もともとの原材料が安いのだから、1000本も作れば、一本数十円から100円ぐらいにはできるはずだ。

しかし、ねじ込む方の波平さんは一人しかいないから、一本のコストは下がっても全体のコストは上がってしまう。第一、これ以降抜かれなければ999本は無駄になってしまう。それでは999本をどうすればいいか。

そこで、波平さんの毛を売るのである。桜新町商店街や、長谷川町子美術館でお土産として売る。携帯ストラップにしてもいいし、キーホルダーでもいいし、本のしおりでもよい。安く見積もっても一本300円ぐらいで売れるだろう。今なら話題になっているし結構売れるんじゃないだろうか。

あとは抜かれているのを見つけ次第、すかさず商店街の人がねじ込むだけである。その代金は波平さんの毛の売り上げで十分まかなえるだろう。なにしろ1本売れれば2本抜かれても損害はでない。これで損害は限りなくゼロに・・・どころかプラスになる。

量産の効果はもう一つある。それは波平さんの毛の希少価値が減ることである。アホ犯人がアホ友達に「オレ波平の毛持ってんだぜー」と自慢しても、桜新町に行けばいくらでも買えるのだからなんの自慢にもならなくなるのだ。

こういう犯罪は、実際には波平さんの毛が欲しくてやるのではない。話題になるから面白がってやるか、人を困らせたくてやるのである。

ならば、話題にできなくするか、誰も困らなければいい。上記の方法なら、話題にもならなくなるし、誰も困らない。仮に繰り返し植えたそばから抜かれて話題になっても、商品としての波平さんの毛の宣伝になるだけだ。

いずれ波平さんの毛を抜くやつはいなくなるだろう。
このエントリーをはてなブックマークに追加 Share on Tumblr

↑このページのトップヘ