2013年01月

今月前半、ノロウィルスらしきものにやられた上、教員展に忙殺され、更新がままならなかった。

さて、今月、一番印象に残ったできごとは、安倍政権のいわゆる〈ロケットスタート〉である。1月30日現在、日経平均は11,138.66円、1ドルは 90.98円となっている。安倍首相の政策が市場から好感をもたれていることは間違いない。

「安倍さんは民主党とは違う」などとノーテンキなことを言っている人がいるが、今のところこれはバブルである。

こういうと、いかにも安倍首相をクサしているように聞こえるかもしれない。たしかに僕は安倍首相が大嫌いだが、現在の状況をバブルというのはそういう意味ではない。

株価だの為替だのは、現在の業績を反映したものではない。投資家は将来を見越して投資する。簡単に言えば現在業績がいいかどうかではなく、将来は現在よりも業績をあげるだろうと期待するから株価が上がるわけである。

バブル(泡)は皮の部分だけ膨らんで中が空洞の状態をいう。この空洞には気体ならぬ期待が詰まっている。そして、膨らみが大きくなればなるほど皮が薄くなり、やがてはじけて膨らみは消滅する。逆に言えば、期待に業績という中身が入れば簡単にはじけることはない。

日本が置かれている経済の状況は、まだ民主党政権のときと何ら変わらない。まだ一月しか経っていないのだから当然である。だから、まだ中身は入っていない。それが、安倍首相の政策によって期待が入って泡が膨れ始めた状態になった・・・というわけである。

つまり、安倍首相は期待を注入して膨らませることには成功したのである。ただ、中に入っているのは期待だけで実態は何も詰まっていない。だから、現在の状態がバブルだというのは正しい。

政治家にはバブルに期待を入れることしかできない。中身を満たすのは企業の業績や個人の経済活動である。半年から一年後、これらが全く回復しなければバブルははじけるだろう。

それでも、安倍首相はバブルに期待を入れ続けなければならない。このバブル、厄介なことに期待を注入するのをやめると、すぐにしぼんでしまうのである。

現在のところ「三本の矢」なるものを発表したことで、最初の期待が入った。あとは具体的に何をするかで、バブルはさらに膨れもするし、はじけもする。むやみにデカくすれば、はじけたあとが大変になるのはご存知の通りだが、かといって入れるのを怠ると、中身がつまる空間がなくなる。

安倍首相がバブルに期待を入れ続けるには、中国と良好な関係を築くことは不可欠である。そのためには、尖閣問題や憲法改正などは足枷になる。おそらく、教育改革も含めてこれらの問題にはしばらく手をつけることはできないだろう。安倍首相の所信表明演説でこれらのことにあまり触れなかったのはそのためである。

さて、安倍首相の目論見どおり、日本経済は復活するか、また、復活したらどうなるか、いろいろ想像してみたが、だんだんワケが分からなくなってきたので、今日はこんぐらいでやめておく。今月の総括じゃなくなるし。

ブログネタ
退職金が減るのイヤ!教職員の「駆け込み退職」どう思う? に参加中!
埼玉県で、二月から退職金が引き下げられるのを嫌い、一月中に駆け込み退職する教員が増えているのはご存知の通りである。辞めて当然だと思うが、どうも理解できない人がいるらしい。もっとも県知事が一番理解できていなかったからこうなったのだが。

ただ、そういうボケっぷりをはっきり言葉にする人は少ない。が、この人はやってくれた。ありがとう。これでネタにできる。けど怖いから24時間語りかけないでね。

退職金が民間より15%(平均400万円)高いとの調査により、引き下げが決まり、生徒と職場を放り出して駆込み退職した地方教員、警察の方々!公務の矜持は何処へ?:片山さつきOfficialBlog
定年直前の「高級地方教員」の給与が仮に50万円としますと、3月31日まで待って退職するのと、2月1日で辞めるのとでは、2ヶ月分の給与がなくなり、退職金が150万円減るとすると50万円の差(かなりざっくりした割り切りで計算すれば)。
 50万円が惜しくてやることでしょうか?
 生徒を放り出したと言われ、周りから、あるいはマスコミからも批判されうるであろうことは、普通の常識があればわかるでしょうに。
 「寂しい」「そういう人が一人か二人出ることはあっても、ある程度まとまって出るとは思わなかった」
 こういう考え方は甘いのですかね。地方の教員や警察官の方々に、「矜持」や「性善説」を求めるのはもう無理、ということですか?
 であれば、退職時期を規制できますか?できませんよ。誰でも、いつでも辞める自由はありますから。

お金の問題というのはある一面から見るのと、別の一面から見るのでは全然違って見えることがある。実際の計算とは若干違うようだが、片山氏のざっくりした計算にのって考えてみる。

片山氏の見方だと「50万円が惜しくて辞める」ということになる。50万円と職務を全うするのを天秤にかけて50万円をとるのはせこいというわけだ。僕なら十分惜しいけど、金持ちの片山氏からしたらけち臭いのかもしれない。

だが、別の一面からみると見え方が変わってくる。この教員は、1月いっぱいで辞めれば50万円多くもらえたのである。逆に言えば、50万円支払って2か月間働いていることになる。タダ働きではない。働くのに50万円も払わなければならないのである。こんなアホな話がどこにあるだろうか。

もう一つ別の面から見てみよう。今度は給料を払う側から見てみる。払う側(県知事)からすると、教員に1月いっぱいで辞められると、給料の支払い額は退職金を満額支払うより100万円少ないということになる。これでじゅうぶんオ・ト・クだが、知事はこれで満足できずに、50万円とりっぱぐれて涙目になっているのだ。まあ、なんてせこいんでしょう。

もちろん、二か月早く退職することによって、実際の教育活動に混乱が生じる可能性もある。しかし、これは、知事が(片山氏の言葉を借りると)わずか50万円を余分に取ろうと欲を出したからである。退職金の減額を100万円以下(といっても100万円ちょうどでも辞める人はでるだろう)に抑えておけばこんなことにはならなかったのである。

つまり、一方では途中で辞める教員の無責任に見え、一方では給料を支払う側の傲慢に見える。しかし、「働くのに金を払う」というどこからどう考えても間違った経済活動を、「矜持」とか「性善説」で片づけていいはずはない。

それならお前が率先してタダ働きしろよということになる。知事も片山氏もタダ働きでない以上、どちらの見方が正しいかは明白である。

責任という点で言えば、たしかに教員には職務を全うする責任がある。しかし、その上司―つまり県知事―も責任を負わなければならない。こんな簡単な計算すらできず、こういう事態を引き起こした責任は県知事にあるといっていいだろう。

片山氏は「こういう考え方は甘いのですかね。」なんてトボけたことを言っているが、「甘い」んじゃなくって「甘え」なのである。

ヨメのPCがいささか古くなってきたので、新しいノートパソコンを買った。OSはもちろん今話題のWindows8である。そしてWindows8といえば、Modern UI(旧称MetroUI)である。

Modern UIのスタート画面は言われているほど悪くない。タッチパネルならandroidやiOSよりも使いやすそうだ(僕が買ったのはタッチパネルではない)。普通のポインティングデバイスだと、画面の端から端までを使うので、動かすのが少々大変だが、それでも慣れてしまえばどうってことはない。

ただし、これはあくまでModern UIのスタート画面をアプリケーションランチャーとして見た場合である。問題はアプリケーションを起動した後だ。

Windows8には、Modern UI用のアプリとデスクトップ用のアプリがある。この二つがスタート画面上に混在している。

この二種類のアプリは、次のようになっていて起動後の挙動が違う。

・Modern UI用のアプリ…iOSやandroidのような画面いっぱいに広がるアプリ。
・デスクトップ用のアプリ…従来と同じくウインドウの中で起動するアプリ。

スタート画面からModern UI用のアプリを起動すると、iOSやandroidのアプリのように画面いっぱいにひろがり、x(閉じる)ボタンも_(タスクバーに入れる)ボタンも現れない。iOSやandroid同様、閉じる必要がないのだろうが、終わったら閉じる動作に慣れている人は戸惑う。
僕の買ったPCにはあらかじめEvernoteのアプリが入っていたのだが、最初使い方が全く分からなかった。例えば、Evernoteには必須の検索窓が見つからない。検索窓は普段隠されている、Modern UIの検索窓を使うのだと気づくのにずいぶん時間がかかった。
またModern UIのアプリはそうしなければならない決まりでもあるのか、メニューなどが隠されとにかくシンプルである。たしかに見やすいが、どこをどう操作すればいいのかシンプルすぎて分からないことがある。

一方、スタート画面からデスクトップ用のアプリを起動すると、何となく見慣れた(が微妙に違う)デスクトップ画面に変わり、アプリケーションが起動される。ここからあとは従来のWindowsと何ら変わりがない。デザインはちょっと違うが、基本的に今までと同じウィンドウの中で作業をすることになる。
デスクトップ用のアプリは、従来と同じくタスクバーやデスクトップ上のショートカットからも起動できる。デスクトップアプリしか使わないならスタート画面は必要なさそうだが、スタートボタンがないため、アクセスせざるを得ない。

一番困ったのが電源の切り方である。もっとも基本的な作業なのに、何も知識がなく使ったら絶対にわからない。これはちょっとひどいんじゃないだろうか。

Windows 8のシャットダウン、電源の切り方いろいろ:ぼくんちのTV別館

Windows8はとにかく直観的でなくなった印象だ。今までのWindowsだと困った時にはとりあえずStartボタンを押せばよかった。新しいStart画面はランチャーとしては便利だが、「困ったとき」の用をなしていない。なにしろ電源の切り方が分からないのである。初心者にはかえって敷居が高くなったんじゃないだろうか。


去年の12月29日にデジタル一眼レフを壊してしまった(デジカメの背面液晶が壊れた)ので、新しいのを買った。向井理が暴れるテレビCMでおなじみのPENTAX K-30である。

K-30:PENTAX RICOH IMAGING

これにしたのにはたいした理由はない。壊れたのがPENTAX K100Dだったからである。同じペンタックスのカメラなら、新たにレンズを買わなくっていいというだけだ。

PENTAXの一眼というと、K-5IIかK-30かK-01しか選択肢がなく、このうちミラーレスのK-01は「ミラープリズム原理主義」という宗教的理由から対象外。あとはK-5IIかK-30のどちらかだが、安い方でいいだろうということで、K-30にした。

デジタル一眼レフは他社のものはおろか、5年前に買ったK-100Dしか使ったことがないので、比較できない。前のモデルや、他社製品と違うかどうかは分からないが、使ってみてこれはいいなと思ったことをつらつらと書いておこう。

防塵防滴
防塵防滴でなくっても、デジタル一眼レフは動く部分が少ないので、雨風には結構強かったりするが、バッテリーやSDカードを入れる部分などにいちいちシーリングがしてあるのは心強い。

電子ダイアルが二つ付いている
K-30には電子ダイヤルが二つ付いており、Pモードでも親指側のダイヤルをくりっと回すと絞り優先になり、人差し指側のダイヤルをクリっと回すとシャッタースピード優先になる。「これ、便利ですねー」とHOSHINAさんに言ったら、昔からある機能だそうだ。

回しすぎてワケが分かんなくなっても大丈夫。シャッターボタンのわきにあるグリーンボタンを押せば
もとのPモードに戻る親切設計。他のモードや露出補正したときでも、わけが分かんなくなったらとりあえずこれを押せば元に戻るらしい。

感度優先(SV)とか、シャッター&絞り優先モード(TAV)というモードがある
感度を変えるためにはフィルムを入れ替えなければならなかった銀塩時代にはありえないモードである。

感度優先は、後ろのダイヤルを右に回すとISO感度が上がり左に回すと下がる。Pモードにして設定でISO感度を変えるのと同じだが、ファインダーをのぞいたままできるということだろう。

シャッター&絞り優先モード(TAV)というのは、最初意味が分からなかったが、前後のダイヤルを使って、シャッタースピードと絞りを設定すると、自動でISO感度が設定される。

僕は基本Pモード、ときどき絞り優先の人なので、あまり使うことはないと思うが、選択の幅が広いというのは安心感がある。

単三電池が使える
前のK100Dを選んだのは、電源が単三電池だったからという理由が大きい。単三電池なら、万一の場合でも、たいてい手に入るし、他の単三電池を使う機器と併用できる。前に紹介したエナジャイザーのリチウム単三電池を使えば
、邪魔な充電器を持っていく必要がなくなる。

K-30の場合、付属の充電式のリチウムイオン電池が基本だが、別売りの単三電池ホルダーを買えば、単三電池4本で駆動できる。
ただしこのホルダー、単なる電池ホルダーの癖に3000円以上もするのが難点だ。


1000円ぐらいの互換品もあるらしい。どちらかは買うつもりだが、ちょっと悩みどころだ。



電子水準器付き
後のモニターに電子水準器を表示することができる。普段あまり使う機能ではないが、水平、垂直を正確に出さなきゃいけないときとか、超広角で撮影しなきゃいけない時に便利。
水平だけなら、ファインダー内に表示することもできる。

今のところ特に不満はない。まあ、前のカメラが6年前のだから、当たり前か・・・。

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愛川純子・田中圭一 『セクシィ仏教』(メディアファクトリー新書)を読んだ 。




前に紹介した(『セクシィ古文!』を読んだ:2008年07月22日)、W田中先生による『セクシィ古文』のシリーズ。

あれ?題名から「!」が取れてる。装丁も違う。と思ったら、新書になったのか・・・。



仏教では、セックスをどう扱うかというのが大きなテーマになっている。この「どう扱うか」というのがミソで、これは必ずしもストイックに超克すべきものとは限らない。性欲なんて、どうにもならない本能的なものだし、もともと理屈好きのインド人が考えたことだから、いろいろな考え方ができるのである。

本書では、そういった一般にはあまり知られていない、仏教の教義をめぐるエピソードから、『日本霊異記』や『今昔物語集』などの仏教説話まで、分かりやすく紹介している。一般の持つ仏教のイメージとは違う一面を見ることができるだろう。

加えて、お約束の手塚治虫パロディの大家田中圭一先生の挿絵付。『セクシィ古文』からすると、ちょっと自重気味になっているような気がするが、たぶん気のせいだろう。

このシリーズ、『セクシィ仏教2』と『セクシィ川柳』というのも出ているらしい。よほど売れたんだろうな。

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今年の教員展に出した作品はこれ。ショボイのはいつものことなのでご勘弁を。

白居易 対酒僕は和歌や漢詩のような韻文を読むのが苦手だ。韻文は書かれていない部分を考えなければならないから、散文よりも読むのに時間がかかる。そのうち面倒くさくなって読み飛ばしているうちに、わけがわからなくなってやめてしまうのである。

そこで、画期的な方法を思いついた。臨書しながら読むのである。書きながらだと、どっちにしても時間がかかるから読み飛ばすことはない。書いた成果が残るので、どこまで読んだという達成感がある。さらに書の練習にもなる。難点は注釈がないので、自分の解釈が正しいかどうか、即座には分からないことだろうか。

何にしようか考えて、粘葉本『和漢朗詠集』を臨書することにした。粘葉本『和漢朗詠集』なら書道史的な価値が高く、首尾そろっているからである。実は書として評価の高い写本で、すべてそろっているものというのは意外に少ないので、これぐらいしか思い浮かばなかったのだが。

『和漢朗詠集』は分量が手頃なのもいい。どうも僕は物事長く続けるのが苦手なようで、あまり長いと途中で挫折する可能性が高い。もちろん『和漢朗詠集』もそれなりに分量があるのだが、とりあえず和の方(和歌)だけ書いて、漢(漢詩文)の方は読むだけにした。

そうやって臨書しているうちに目に留まったのがこのフレーズ(『和漢朗詠集』巻下 無常)。白居易の七言絶句「対酒」の最初の二句である。仮名の練習をしていたのに、なぜか漢字になってしまったのが自分らしいといえば自分らしい。

蝸牛角上争何事(蝸牛角上、何事か争ふ)
石火光中寄此身(石火光中、この身を寄す)

このころ、野田前首相による衆議院の解散があった。「デンデン虫の角の上みたいな小さいところで何争っての?」みたいな感じが、自民党と民主党の争いを想起させたのである。そこで、これを今年度の教員展作品にしようと思いついた。ただし、これは粘葉本『和漢朗詠集』の臨書ではない。

書作品にすることを考えると、この文句はあまりよくないようだ。まず、最初の字を小さくするのが条幅作品のセオリーだが、「蝸」は画数が多すぎてどう崩しても小さくならない。それに「牛」「上」「争」「事」「中」「身」のように縦画の目立つ字が多く、変化をつけるのが至難の業である。

なんとかまとめようと努力したが、僕の力ではこれが限界だった。写真で見るとイマイチまとまっていないのがよく分かる。40過ぎてこの程度しか書けないと思うとナサケなくなってくる。

しかし、多少作品になりにくかったとしても、書きたいという意欲が湧いた〈言葉〉を書きたい思っている。『墨場必携』あたりから作品にしやすい〈文字〉を選ぶのは、公募展作家にでもまかせておけばいい。この句の解釈については近いうちに改めて書きたいと思う。

今回の教員展の作品はこちらをどうぞ。

第19回教員展
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大阪市立桜宮高校の生徒が部活動で、体罰を受けた翌日に自殺した事件については、もう少し早く書きたかったのだが、ノロウィルスらしきものにやられていたのと、例の教員展のせいで、PCの電源を入れることすらままならなかった。少し時間ができたので、取り急ぎ書くことにする。

この事件については、ただ〈びっくりした〉という他ない。

もちろん、教師だって人間だから、カッとなってつい生徒を毆ってしまうということはありえる(僕はないけど)。そして、そういう体罰で処分されたという話も聞いたことがある。

しかし、この教諭の場合は、部活の指導として日常的に暴力をふるっていたらしい。それも、広義の体罰―例えば、理不尽なしごきとか、長時間の正座とか、精神的な罰とか―ではなく〈殴る〉という、誰がどう考えても立派な体罰である。

こんな昔ながらの体罰は僕の周りでは寡聞にして聞かない。正直そんなのは前世紀の遺物だと思っていた。体罰は徹底的に撲滅されたから、橋下市長や石原慎太郎氏のような、体罰肯定論者が出てくるのだろうと思っていたのである。

しかも、やっていたのは教員免許を持ち、教員採用試験に合格した教諭である。部活の指導が上手いから指導を委託された一般人でも、教員採用試験を何度も落ちたすえに試験制度に悪態をつくボンクラ非常勤講師でもない。体罰が禁止されていることを熟知しているはずの立派な教育者である。

さらに、この教諭が47歳だったことにも驚く。この人がいつ教員になったのか分からないが、大学卒業後すぐだったとしても、教員生活のほとんどは体罰は無条件でいけない時代だったはずである。かつて生徒をボコボコ殴っていた先生が、わずか三年で「君たちのころとは時代が違うから絶対に手を出すな」と言った話は以前に書いた。(体罰でイジメは解決するか:2012年08月14日

これはどういうことだろう。体罰の有無には地域差があるのか、普段の教育活動と部活では違うのか、この学校が特殊だったのか。

今、一番知りたいことである。
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最近、一人不買運動をやっているので知らなかったが、マクドナルドが「ENJOY!60秒サービス」なるキャンペーンをやっているらしい。注文から60秒以内で商品が出てこなければ、バーガーの無料券がもらえ、間に合ってもコーヒーの無料券が出てくるんだとか。

ENJOY!60秒サービス:MacDnald's
日頃ご利用いただくお客様にもっと愛されるマクドナルドでありたい。そう願う気持ちをカタチにしたサービス向上キャンペーン“ENJOY!60秒サービス”を実施します。
お会計終了後から商品お渡しまでの時間を砂時計(ドライブスルーはタイマー)で計測し、もし商品のご提供に60秒を超えてしまったら、ビッグマックなどバーガー類の無料券をプレゼント!
サービスと品質でみんなをもっと笑顔にしたいから。マクドナルドはこれからもがんばり続けます。

これのどこが「ENJOY!」なんだろう。

店員をENJOY!させてもしょうがないので、客のことを指しているのだろう。しかし、客のすることと言えば、砂時計を黙って見つめるだけである。楽しいか、砂時計。

時間というものは気にしなければ速く過ぎるが、気にすると長く感じるものだ。注文してから一分で出てくれば十分に早いが、砂時計を見つめていれば長く感じるんじゃないだろうか。楽しくないぞ、砂時計。

そして、間に合ったら間に合ったで、さらに詰まらん、砂時計。

間に合わなかったときにくれる「ビッグマックなどお好きなバーガー無料券」というのも、一見太っ腹だが、実はかなりケチ臭い。

なにしろ、この無料券を使うためには、2月7日までにもう一度マクドナルドに行かなければならないのである。行ったら、バーガー一つもらって帰るというわけにはいかず、大抵の人はドリンクや追加のハンバーガーなどを購入するだろう。なんだ、また客に金を使わせようというだけじゃないか。

もしかしたら、店員がENJOY!なのかもしれない。時間内に出すなんて、なかなかスリリングで面白そうだ。でも、中が盛り上がって、客が白けるのは最悪である。

実際どうなのか分からないが、60秒で出すために品質が下がっているという話もある。たとえ実際には下がっていなくてもそう感じても不思議ではない。

【やはり無理があった】マクドナルドの「ENJOY!60秒サービス」が酷い:Togetter

どこからどう考えても、何も楽しくない。せめて間に合う直前に、ときどき店員がわざとらしくコケるとか、客が銀玉鉄砲で妨害できるとかすれば少しはENJOY!できるかもしれないが、それはそれであまり気分のいいものではない。

最近マクドナルドがやっていることは、どうにもセンスが悪い。

僕がマクドナルドの一人不買運動をやっているのは、「お客様のため、待っている時間に注文を考えられるように」という理由で、カウンターのメニューを廃止したからである。実際に買ってみると、頭上のメニューは非常に見にくく、なるべく単品で買わせないように仕向けているのがありありと分かった。それだけならまだしも、これを「お客様のため」とかいうのが許しがたい。

商売というのは利益を優先するものだ。だが、それが見えてしまうと、客は離れていく。客をナメてはいけないよ。

自分の子供はおろか、近くに甥も姪もいないので、今まで一度もお年玉というものをあげたことがない。今年、親戚のショータくんが5歳になる(満4歳)ので、あげてみた。人生初のお年玉である。

ところがポチ袋がない。去年まで売るほどあったのだが、全部フリーマーケットで売ってしまった(フリマで文房具を売った:2011年11月13日参照)のだ。

仕方がないので、開いていた近所の100円ショップを捜したが、どうもいいのが見つからない。なんだか無駄に絵が多いか、逆に何も書いていないのしかない。とりあえず白紙のものを一束買ってきた。

しかし、このまま筆で「お年玉」とか書いても面白くない。なにしろ相手は子供である。ここで僕の創作意欲が火を吹いた。

ポチ袋(表)ポチ袋(裏)


で、ヨメの実家に来ていたショータ君にあげてみた。お年玉ですよ、ハイどうぞ。

・・・・

反応が薄い・・・。

ショータ君もこれが人生最初のお年玉で、その上少々寝ぼけていた。ヘンな紙袋をもらっても、何が何だかさっぱりわからなかったらしい。

何事も初めて同士というのはうまくいかないものである。
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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
中川 聡

トグロビーヘー

※このヘビは僕が描きました。著作権を主張しませんので、年賀状を出し忘れた方はご自由にお使いください。
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