2013年12月

なんだか今年はあっという間に過ぎてしまった感じがする。やりたいことをやって時間が足らずあっという間に過ぎたというより、やりたいことを何もやらないうちに気がついたら年末になってしまった。

昨年の総括では、やたがらすナビをもっと充実させたいというようなことを書いたのだが、ほとんど何も手を付けられなかった。それだけではなく、今年はこれをやろうと思っていたことの大半ができなかった。別にいつもよりも忙しかったわけではない。ただ、なんとなく出来なかったのだ。

それでも、ひとつだけ良かったのは、例年よりたくさん本を読むことができたことだ。これはkindleのおかげである。

ラインナップはまだまだ満足行くほど多くはないが、読もうと思えばすぐに手に入るので、いつもの三倍以上本を読むことができた。紙の本では絶対に読まなさそうな分野の本を読むこともできた。

それを紹介することができなかったのも心残りの一つである。もともと、このブログで紹介する本は、自分がいいと思った本に限ることにしているが、これまでは読んだ本の7割ぐらいは紹介していたのに、今年はたぶん3割に満たないと思う。

細かい目標を立てて、できないというパターンが例年のお約束になっているので、今年は何も目標を立てないこととする。ただ、来年はもっと文化的な一年にしたいと思っている。

というわけで良いお年を。

今月、といってもほとんど終わりの方だったが、安倍首相の靖国神社参拝には驚いた。

首相の靖国参拝に関しては、主に中国・韓国からの反発ばかりがクローズアップされ、その結果国内的な問題が見過ごされているように思う。

問題のまず一つは、政教分離の原則に反する可能性があるということ。かつて、森首相が神の国発言で首相の座を追われる引き金になったことを考えると、靖国参拝の違憲性が全く問われないのはどう考えてもおかしい。

もう一つは戦争責任の所在を認めないことである。外国が首相の靖国参拝を批判する理由は、そこにA級戦犯が合祀されていることである。A級戦犯は、東京裁判で戦争責任があるとされた人物だが、東京裁判は占領国によって裁かれたものだから、無効だという人もいる。

しかし、彼らの言うとおり東京裁判が無効だったとしても、戦争を無駄に長引かせたことと、その結果、無条件降伏になったこと、そして戦争により国内外を問わず甚大な被害を及ぼしたことの責任は誰にあるのだろうか。結局のところ、どこからどう考えてもA級戦犯の人物と同じ人物になってしまうはずである。

靖国神社がそれを合祀するのは勝手だが、そこに一国の首相が参拝することは、戦争の責任者がそこにはいないという認識しているということになる。では戦争の責任者は靖国神社以外のどこに居るのだろうか。

靖国神社に祀られておらず、戦争の責任がある人物といえば、たった一人しかいない。昭和天皇である。

おそらく天皇が靖国神社に参拝しないのは、外交的な問題ではなく、それが天皇の戦争責任を認めることにつながるからだろう。逆に言えば安倍首相がなりふり構わず「太平洋戦争の責任者は昭和天皇です」といえば、諸外国はどうあれ、筋は通るが、もちろん彼がそんなことを言えるはずはない。

結局のところ、安倍首相は靖国神社を参拝することによって戦争の責任は誰にもないと言っているのと同じなのである。これは誰よりも靖国の〈英霊〉に対して失礼な話ではないか。

毎年恒例の「東京都の高等学校書道科教員による書展」をやります。
その名の通り、都内で勤務する高校の先生の展覧会です。
今年は20回に当たるので、墨の展示をするそうです。

日時:平成26年1月10日(金)〜12日(日)
   午前11時〜午後6時
場所:新宿文化センター 地下1階展示室

教員展はがき


右にある謎画像は、墨の拓本。「御墨」らしい・・・。
理事長から、はがきに墨の画像を入れろといわれたので、白地にスミのみのシンプルなハガキになった。

僕の作品は篆刻になる予定。あと裏打ちして額に入れれば完成。
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僕が最初にkindleでお金を出して購入したのは、創元推理文庫のラヴクラフト全集である。電子書籍自体を初めて買ったのがBookLiveの『這いよれニャル子さん』だった(逢空万太『這いよれ! ニャル子さん』を読んだ:2012年07月25日)ので、記念すべきkindle最初の買い物をラヴクラフトにしたのである。この時はまだ2巻までしか出ていなかった。



このラヴクラフト全集、最近、3巻4巻が出たので読んでみた。2巻まで読んだ時にはよくわからなかったのだが、3巻以降でやっとラヴクラフトが描く「恐怖」の正体が分かった。

ラブクラフト(Howard Phillips Lovecraft)はアメリカのホラー小説作家である。1890年生まれで、日本の作家だと芥川龍之介(1892年生まれ)などの大正文学作家と同世代になる。ただし、ラヴクラフトの場合は、生前はそれほど評価されなかったようだ。

作品の多くは、人類が誕生するはるか以前に、宇宙からやってきた知的生命体が繁栄しており、ほとんどは絶滅、もしくは異星に去ったが、その名残や生き残りが遺跡や伝説、宗教として残っており、現代人に何らかの悪影響を及ぼすという筋になっている。ここで我々日本人は生命体の姿や、「悪影響を及ぼす」に恐怖を感じるが、ラヴクラフトの描こうとした恐怖の本質はそこではない。

ラブクラフトの作品は「クトゥルフ神話」などといわれるが、この「神話」がミソである。

「宇宙からやってきた生命体」は現在の人間とはかけ離れた、「名状しがたい」姿をしている。キリスト教の観念では、人間は神によって、神に似せて作られたということになっている。神によって作られた人類以前に、人類と同等の文明なんかあってはいけないのである。それが存在し学問的に証明されるというのが、ラヴクラフトの描く恐怖の根本になっている。

生命体が人間とよく似た姿をしていれば何も問題はない。それは神が神自身に似せて作りたもうたものであると解釈できるからである。ところが、彼らは明らかに神の作ったものではない、人間とはかけ離れた〈名状しがたい〉姿をしているから恐怖となる。

「冒涜的な」という言葉がやたらと出てくるのも最初はよく意味がわからなかったが、これはキリスト教の神を冒涜しているという意味である。人類誕生以前に、人類と同等かそれ以上の文明をもった生命体がいたというのは、キリスト教の観念からすると「冒涜的」以外の何者でもないのだ。

この宇宙の神秘を垣間見るのは、学者だというのも象徴的だ。西洋の学問はキリスト教の観念との戦いで発展していった。アメリカではいまだに進化論だけでなく創造論を教えるべきだという保守派がいるというのはよく知られている。

チャールズ・ダーウィンが『種の起源』を刊行したのが1859年、ラヴクラフトの生まれる30年前である。ダーウィンの提唱する進化論は、神が人間を作ったというキリスト教的な世界観を打ち壊す、まさに〈冒涜的な〉ものだった。この、科学によって自らが信じる〈真理〉が打ち破られる恐怖は、いまだに続いているのである。

キリスト教は聖書を解釈する宗教である。聖書は絶対的に正しいことが書かれており、それを正しく解釈することこそがキリスト教のテーマになる。西洋で文献学が確立されたのも、聖書の正しい本文を得るためである。

しかし、もとにするのが数千年前に書かれたものだから、科学の進歩とともにどうして解釈だけでは解決できない問題がでてくる。そういった矛盾がラヴクラフトの宇宙的恐怖であり、学校で創造論を教えるべきと主張する人たちである。

一方、仏教は理屈をこね回して論理を構築する宗教である。時代に合わなくなって、問題が出てくれば、そこは理屈で回避する。もちろん、経典の解釈もないわけではないが、論理の構築によって新たに経典を作ることも厭わない。その結果、たくさんの経典ができた。それが仏教的な観念と論理的に整合していれば、たとえ偽作でもかまわないのである。

仮にクトゥルフ神話のように、人類誕生以前に異星からきた文明があったとしても、仏教的な考え方では、前世の前世のそのまた前世の・・・・で済まされてしまう。自称無宗教でも、無意識のうちに生まれ変わりを信じる日本人には、ラヴクラフト作品の本当の怖さは理解できないのである。
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今月の池上線(番外編・洗足池周辺 その1)の続き。

洗足池の東側には勝海舟夫妻の墓がある。海舟の方は「海舟」、奥さんの方は「勝海舟室」とだけ書かれ、全く同じ形状大きさで仲良くならんでいる・・・ように見えるが実は決して仲良くない。
勝海舟墓
勝海舟墓2

ここに勝海舟の墓があるのは、池の東側に勝家の別邸「洗足軒」があったためである。家は戦災で焼け、現在は大田区立第六中学校になっている。

海舟には小鹿(ころく)という跡取りがいたが、小鹿には娘二人がいただけで、男の子が生まれなかった。そして、小鹿は39歳で病死してしまう。海舟は小鹿の娘、伊代子の婿養子として、徳川慶喜の十男、精を迎える。二人の結婚後、じきに海舟は亡くなり、精は家督を相続したが、妻が早逝、その後は妾を作りまくって放蕩三昧だったらしい。

妾を作りまくって・・・といえば、海舟も五人も妾を囲っていたのはよく知られている。そのためかどうか分からないが、正妻の民子は「勝のそばに埋めてくださるな。わたしは小鹿のそばがいい」と遺言した。

明治32年(1899年)に海舟が亡くなって六年後、民子も亡くなった。遺言どおり洗足池ではなく、青山墓地に埋葬されたのだが、その後、精によって海舟の隣に改葬されてしまう。その精自身、放蕩がたたってか43歳で亡くなる。墓所は徳川慶喜の墓もある谷中墓所にあるそうだ。

池からちょっと離れて、中学校の門の前に行くと、閑静な住宅街の中に突然「鳳凰閣」という小ぶりだがフォトジェニックな建物が現れる。幾何学的な装飾はアールデコ様式の影響で、昭和の初めに建ったことが分かる。国登録文化財に指定されているが、ご覧の通り柵があり中には入れない。
鳳凰閣

この建物は、もともと晴明文庫といい、精から土地と勝家の蔵書を寄贈されたものだという。

清明文庫は宮原六郎という人が主宰する日蓮宗系の精神修養団体「清明会」が母体となって設立された。昭和八年に図書館として開館したものの、宮原の死によりわずか二年で閉鎖され、建物と土地は東京府へ、蔵書は寄贈者へと返還された。

海舟の蔵書も勝家に返還されたが、昭和22年に弘文荘から売られ国会図書館が一括購入したという。返還されなかった蔵書の一部は旗の台の「立正学園」に移管された。「立正学園」は現在の文教大学である。立正学園に移管された理由は、場所が近いということと、日蓮宗系であること以外にはわからないらしい。

それにしても、なんともいい加減な話である。清明文庫はしっかりした団体ではなかったようだし、海舟との関係もないようだ。そんなところに蔵書を託すのは、精にとって海舟なんかどうでもいいものだったか、むしろ恨みがあったのだろう。

なお、建物の鳳凰閣は、後に学研の創業地となった。本社が同じ大田区の上池台に移転して後(現在は西五反田)、学研の関連団体日本モンテッソーリ教育綜合研究所が使っていたが、2009年に大田区に売却され今に至る。

海舟関連が長くなったが、洗足池といえばなんと言っても日蓮聖人である。もともとこのあたりは「千束」だったが、身延山から常陸へ向かう日蓮聖人が池で足を洗ったので、「洗足」となったという。その日蓮聖人が袈裟を掛けたという松があるのが、妙福寺。
妙福寺


袈裟掛けの松はこれ。
袈裟掛の松


ん?六代目?
袈裟掛の松2

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前回(といっても10月だが)、洗足池駅を紹介したが、洗足池は散歩するにはなかなかおもしろいところなので、詳しく書くことにする。

洗足池駅の前にある歩道橋を渡ると、すぐに洗足池がある。どうでもいい話だが、この歩道橋、信号機がドアップで見られる。本当にどうでもいいことだけど。
赤信号

こちらがその洗足池全景。あまり大きな池ではないが一応スワンボートみたいなのがある。そういえば昔、ここでヘンなおじさんにあったなぁ(洗足池にて:2006年09月09日)
洗足池

さて、池上線洗足池駅に面した中原街道から時計まわりに回っていくことにする。まず、西側に千束八幡神社。
千束八幡神社

ここは『平家物語』の宇治川の先陣争いで有名な、名馬「池月」生誕の地として、以前紹介したことがある。(大田区と平家物語:2008年04月30日
池月はプライドが高いから、ひ弱な奴は乗せてくれない。だから、この神社には筋力アップのための腹筋ベンチが備え付けてある。洗足池の周りをジョギングしている人が結構いるが、あれは全部池月に乗るためにやっている。
腹筋ベンチ

腹筋ベンチ説明

真北にはもうひとつ神社がある。池には付き物の弁天様。洗足池駅側から見ると、ちょうど向こう岸に当たり、真っ赤な色が湖面に映える。
弁天様

お参りすると、足元に「手荷物」と書かれた台があった。これが手荷物なのか、ここに手荷物を置けというのか。まあ、後者である可能性が高いが、「手荷物」とだけ書かれてもなんとなく置きにくい。
手荷物


長くなったので、明日に続きます。
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そろそろ年賀状の季節になったが、昨今はノルマを課された郵便局員が、年賀状を売りさばくために自腹を切って買い取るという、「自爆営業」なるものがあるらしい。

これはもちろん郵政民営化に伴うものである。民間になったのだからノルマは当然という人もいるが、果たしてそうだろうか。

年賀状などというものは虚礼の最たるもので、メールが普及した上にこれだけ不景気が長引けば、出さなくなるのが当然である。以前より売れなくなるのは当たり前で、それでも売ろうと思うなら、何らかの根本的な対策を建てなければならない。そしてそれは、責任ある上層部の人が考えるべきことだ。

すでに商品として終わっているものを、末端で売る人がいくら努力したところで売れるはずはない。だから、彼らが自分で買い取るなどという、アホなことが起こるのである。つきつめて言うと、「自爆営業」の一番の問題は、売上を上げるための努力と責任を、末端の販売に関わる人に押し付けていることである。

売るための戦略を考えるのは、今までと違うことをやる以上、当然リスクがつきまとう。失敗すれば何もしないよりも利益が得られないかもしれない。しかし、それを考える立場にある人はリスクを負う責任があり、それだけの地位と収入を得ているはずだ。

もともと公務員は、ルーチンワークの得意な人間が出世するようになっている。リスクを取って成功しても給料が上がるわけではないし、逆に失敗すれば税金を使っている責任が重くのしかかる。日々の決まった仕事を堅実にこなすのがよい公務員だから、逆に言えば斬新なアイディアを出してリスクを取るのは忌むべきことなのである。

そんな彼らが、いきなり民営化されても、長年そうして働いてきたノーミソの中身はかわらない。年賀状を売る方法なんて、いくらでも工夫できそうなものだが、ルーチンワークで出世した人には、せいぜい販売員にノルマを課すことぐらいしか思い浮かばないのである。

もっとも、その「民間」だって事情はたいして変わらないことだろう。ブラック企業と言われる会社の存在はそれを如実に示している。

「民間になったのだからノルマは当たり前だ」などと言っている人には、「じゃあ、そのノルマでおたくの会社はさぞかし業績が上がったんでしょうな」とイヤミの一つでも言いたくなる。
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原善広『日本の路地を旅する』(文春文庫)を読んだ。

中上健次の作品を読んだことのある方ならご存知と思うが、彼は非差別部落を「路地」と呼んでいた。本書の題名にもなっている「路地」も非差別部落のことである。

上原善広氏自身、大阪の被差別部落出身で、自らのルーツをたどるために、北は北海道から南は沖縄まで全国の「路地」を探訪している。本書はそれをまとめたものだが、単なる紀行文ではなく、自らの出自と感情などをからめた随筆になっている。「自分探しの旅」というと、少々軽薄に聞こえるかもしれないが、この作品は本当の意味での〈自分探しの旅〉になっている。

被差別部落の問題はいわば現代のタブーになっている。特に被差別部落そのものが少ない東日本に住む人には、ピンとこない人が多い。僕も小学生だったか中学生だったかのときに同和教育を受けたが、どこか外国の話のようで理解できなかった。差別をしてはいけないというのは分かるが、なぜ忘れられつつある差別をわざわざ教えるのか、これは逆に差別を助長するのではないかと、比較的最近まで思っていた。

ところが、意外にも部落差別は身近なものであることに気付かされたことがあった。僕のルーツは滋賀県である。滋賀県は全国的にみても被差別部落の多い地域で、本書によると東日本の被差別部落には滋賀から移住させられた人も多いという。

個人的に何があったか、詳しくは書けないが、身内の様々な出来事、言動から、差別というものの根深さを知った。それは「俺は差別と黒人が嫌いだ」というエスニックジョークそのものだった。それ以来、風化で差別を無くすことは不可能だと悟った。

〈路地〉そのものは現在では風化しつつある。しかし、差別意識は様々に形を変えて生き残っている。それを理解するために、部落差別の少ない地方の人にこそオススメしたい作品である。

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リナックス型宗教を普及したい:優しい唄歌い

正直、上の文章には何一つ賛同できないのだけど、Linuxと宗教は似ていると思った。「宗教みたい」という言葉はしばしば侮蔑として使われることがあるが、ここではそういう意味ではない。

Linuxの元になったのはUnixというOS(厳密にいうと違うが)である。そのころ、Unixはワークステーションとかサーバーなどに使われていた。それらのコンピュータは個人で買える代物ではく、限られた人だけが使うOSだった。宗教で言うと、ユダヤ教やバラモン教である。これらの宗教は、それぞれユダヤ人・アーリア人のための宗教で、三大宗教のベースとなった。

パソコンの性能が上がるにつれ、自分のPCでUnixを動かしたいという人がでてきた。しかし、Unixのライセンス料は高い。そこでヘルシンキの大学生リーナス・トーバルズ君はUnixと同じ動きをするOSをUnixのコードを見ないで作った。これがLinuxである。リーナス君はこれを誰でもライセンス料を払わずに自由に使えるようにした。

これはキリスト・マホメットがユダヤ教から、釈迦がバラモン教から出てきたことに喩えられよう。本来限られた民族の宗教だったユダヤ教・バラモン教が、彼らの登場によって世界的に広まる契機になったのである。リナス君の登場でUnixが広まったように。

ただし、これはあくまで契機にすぎない。登場したときのLinuxもそうだった。最初は Solarisなどの商用OSこそが本物のUnixで、Linuxはまがいものという感じだったのである。将来、LinuxがこれらのOSを駆逐し、スパコンのOSにまで使われるとは、教祖のリーナス君自身思わなかっただろう。

先ほど「Unix同じ動きをするOS」と書いたが、リーナス君が作ったのはカーネルと呼ばれるOSの心臓部だけである。宗教でいえばキリストの新約聖書、マホメットのコーラン、ブッダの仏典(仏教はちょっとややこしいが、ここではとりあえず仏典としておく)である。

このリナース君の作ったカーネルをもとに、様々な人たちによって様々なOSが作られた。それらはLinuxカーネルという「経典」は共通しているが、考え方や用途が違う。Linuxというのはそれらを総称した名前である。ちょうど、宗教が経典の解釈や時代、社会情勢によって分派したように。

仏教で喩えるなら、真言宗がFedora、天台宗がDebian、使いやすさをモットーにDebianから分かれたUbuntuは鎌倉新仏教である。FedoraもDebianもUbuntuも、考え方は違うがすべてLinuxである。真言宗も天台宗も鎌倉新仏教も仏教であるのと同じように。

修行を要するSlackwareはチベット仏教で、Linuxを使っていると感じさせないandroidは正月の初詣みたいなものだ。お寺で柏手を打つ女子高生を見たことがあるが、あれはたぶんiOSと区別がついていないのだろう。「それ、iPhoneじゃなくてGARAXYだよ」と教えてあげたくなるが、イヤなオッサンになりたくないので我慢している。

宗教の話にもどすと、長い伝統を持つ宗教は、歴史の波にもまれてあらかたバグ取りが終っている。問題を起こすのは、たいがい伝統的な宗教からフォークされ、宗教本来の姿に立ち返るのを口実に、バグまで戻しちゃった宗教である。これを原理主義という。

ある日、僕が学校から帰ってきたら、テレビの前に妙な機械が置いてあって、ヨメが歌を歌っていた。

オン・ステージ本体


ヨメはひとくさり歌い終わると、僕にマイクを渡し、「何歌う?」と聞いてきた。「何歌う」じゃねぇよ。なんだその機械は。

この日はフルに授業があった。フルといっても、1時間目から6時間目だけではない。その後、別の高校の定時制で4時間。思いっきり労働基準法違反なので、某所から是正が求められているほどだ。

僕の授業は書道なので、しゃべりっぱなしではないが、それでももう必要以上に声を出したくない。第一、この時はまだ風邪が治ったばかりの病み上がり状態である。オマケに僕はそれほどカラオケが好きではない。

「いや、まっっっっったく歌いたくないんだが・・・」
「拓郎歌って!拓郎!前、歌った時上手かったじゃん、拓郎」
「いや、吉田拓郎なんか歌ったことないし・・・誰だよ、それ」

もう手遅れである。ヨメがリモコンを操作すると、テレビから吉田拓郎の「結婚しようよ」が流れてきた。マイクを押し付けられた。

「ぼくの髪がぁ〜 肩まで伸びて〜」
熱唱するわたくし

仕方なく歌う。喉が痛い。それにしても「結婚しようよ」なんて初めて歌った。案外歌えるもんだ。

さて、吉田拓郎の謎はあとで説明するとして、この「オン・ステージ」なる簡易カラオケマシーン、強要さえされなければなかなか面白い。

取り付けは極めて簡単。テレビにビデオデッキが接続できれば、なんの問題もないだろう。曲は買った状態で、850曲入っている。童謡から演歌、歌謡曲はもちろんのこと洋楽まで幅広いジャンルを抑えている。恐らくカラオケでよく歌われる曲をセレクトしてあるのだろう。これに50曲まで追加料金なしでダウンロードできる。もちろん、お金を払えばもっとダウンロードできる。

歌っているときの画面はこんな感じ。曲は著作権問題を回避するため「金毘羅船々」(実はLivedoorBlogはJASRACに著作権使用料を払っているので、著作権問題はない)。

歌詞

「金毘羅船々」なのに、なんでクリケットの絵なのかよくわからないが、背景はスライドショー式に変わっていく。ここに自分の撮った写真を入れることもできるらしい。

普通のカラオケ同様、白い文字が黒くなっていくが、それだけではなく、声が出ていないと緑、音程が低いと青、高いと赤くなる。採点機能も付いていて、三段階に厳しさが変えられる。

最終的にはこんな画面が出てくる。もちろん、点数に応じてメッセージが違う。他にも簡単なゲーム機能なんかも付いていて、なかなか楽しい。しつこいようだが、強要されなければ。

採点


もちろん通信カラオケに比べれば歌える曲に限りがあるが、通信環境がなくても歌える手軽さは魅力である。本体もそれほど重くないので、パーティ会場にテレビさえあればカラオケができるのもいい。実際この機械はすでにヨメの実家に行ってしまった。

問題は曲のダウンロードである。セキュリティ的にちょっとまずい方法を使っているらしく、Windows8ではうまくダウンロードできなかった。ドライバのインストール(それも少々トリッキーな方法が必要)まではできるのだが、サイトにログインできないのだ。うちには7やVistaはないので分からないが、XPを使うと難なくダウンロードできた。

さて、拓郎の謎だが、歌っているうちに分かった。たしかに僕は一度も吉田拓郎の曲を歌ったことがない。だが、ムッシュかまやつの「我がよき友よ」とか、森進一の「襟裳岬」とか、吉田拓郎が作った曲なら歌ったことがある。これが拓郎の歌い方に似ていたらしい。

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