2014年01月

「今月の総括」なのに来月の話を書くのも妙な話だが、来月の9日に勤務先の社長を決める選挙がある。投票権を持っているのは、社員と顧客である。

先々代の社長(以下、元社長)は社員にはあまり評判が良くなかった。なにしろ、社員には出社時間を厳守させるくせに、自分はほとんど会社に来ないような男である。座右の銘は「自分に甘く、他人に厳しい」に相違ない。言っていることだけは勇ましくて、顧客にはウケがよかったものだから、10年以上も社長の座に座っていた。

元社長は口が悪く、平気で顧客の悪口を顧客の前で言うのだが、なぜだか悪口を言われているのによろこんで応援している人がいる。会社の金で使い道のない無人島を買おうとした時なんぞはついに気が狂ったかと思ったが、寄付金を出す顧客までいた。結局、無人島は親会社が買ったが、おかげで親会社は取引先との関係が悪化した。

前社長は、元社長の懐刀だった男だ。顧客受けのよかった元社長の推薦を受けてあっさりと当選したが、金の問題でわずか一年で失脚した。会社に入る前は、他人の金の問題をあげつらって批判する立場だったのに、自分が金の問題で失脚したのは滑稽だ。たぶん、元社長の「自分に甘く、他人に厳しい」という教えを守ったものと思われる。

そこで、来月の選挙である。16人も立候補しているが、有力なのは次の4人だといわれている。

最初に名乗りを上げたのは元弁護士の男。前回の選挙にも立候補したが、次点で前社長に負けた。次点とはいうものの、前社長とは大差がついた。彼は仕事はできる男らしいが、何といっても風采が上がらないのが弱点だ。これまでの結果をみると、社長選挙は仕事ができるできない以前に風采が大事らしい。

次に立候補したのは元社長推薦の、親会社の警備員だった男である。元社長はわずか一年で失脚する人を推薦したぐらいだから、今度推薦する奴もロクなやつじゃなさそうだ。

彼は変わった男で、元警備員だから警備員を増やせとか言うのはしょうがないが、社員はおろか顧客にまで警備させようとする。さっぱり意味がわからない。たぶん、よほど肝の小さい男なのだろう。

その次は、親会社の役員をやっていた男である。元は大学の先生だったが、この会社の社長選挙に出馬し、元社長に敗北した。若い頃は精力絶倫だったそうだが、なるほど頭の形と年齢は元弁護士とあまりかわらないのに、いかにも精力的な感じがする。

最後は、別の子会社と親会社の社長だった男で、しばらく隠居して焼き物なんぞを作っていた。なんでも、会社が同族企業だった時代から、社長を務める由緒正しい家柄だったそうだ。別の子会社の社長をやっていたときは評判が良かったようだが、親会社の社長になってからはうまくいかず、あまり人望がなかった。最後は我社の前社長と同じく金の問題で辞めた。

彼を推薦しているのが、これまた親会社の元社長である。今回立候補している元親会社社長とは異なり、顧客に大変な人気があった。人望のない元親会社社長を推薦するぐらいなら、自分が立候補すればいいと思うのだが、たぶんもう飽きたのだろう。

さて、どうなることやら・・・。

多摩川の土手を散歩した(その1・穴守橋から大師橋)のつづき

さて、一旦大鳥居駅方面に行ったため、ちょっと遠回りしたが多摩川の土手に戻ってきた。ここはサイクリングロードが延々と続いている。僕は以前ここを使って通勤していた。

オフシーズンで平日の午後でもあるので自転車に乗っている人はほとんどいなかった。
多摩川サイクリングロード

しばらく歩くと、古めかしいレンガ造りの建物が見えてくる。昭和六年に造られた六郷水門である。水門の向こう側はかつて六郷用水という用水路だったが、現在は船溜まりになっている。
六郷水門

10年ほど前、このブログの前に運営していたサイトで書いたことがあるが、この水門には謎の落書きがある。
得九死一生

昭和20年4月14日に、このあたりに空襲があった。T.KUNIOさん、川に逃げこんで九死に一生を得た。それを記念して1999年11月にここに書いた・・・ありそうな話である。

しかし、この水門は雨ざらしであるにも関わらず、まったく落書きが消えていない。2002年に撮ったのが下の写真である。字の大きさや癖まで一致している。どうやら、誰かが定期的に塗りなおしていらしい。
得九死一生(2002年撮影)

さらに面白いことに、2002年の写真には「一」の下にうっすらと「九」が見える。これはズレているのではなく、右から左へと書いてあった。してみると、最初に九死一生を得たKUNIOさんが書いて、その子孫か誰かが今に至るまで書き直し続けているのかもしれない。

その先に、京浜急行の六郷土手駅と鉄橋がある。鉄橋の下には道があるが、地面との高さが低いので、かがんで歩かなければならない。上を電車が通るとすごい迫力である。
六郷土手

さらに進むと、対岸に鉄塔が現れる。鉄塔と言っても東京タワーのようなトラス構造ではなく、巨大な一本の棒が無数のワイヤーで支えられている。
ラジオ日本の送信所

これはラジオ日本(昔のラジオ関東)の送信所である。AMラジオは波長が長いので、このようなやたらと高いアンテナになる。

多摩川沿いにはたくさんの工場があるが、僕が気に入っているのがこちらの桂川精螺製作所。
桂川精螺

精螺というからには螺子(ねじ)を作っている会社である。
株式会社 桂川精螺製作所

最近は「工場萌え」などといって、工場を鑑賞する趣味があるらしいが、僕に言わせれば煙突だのダクトだのに「萌え」ているようではまだまだ甘い。工場といえばなんといっても「ノコギリ屋根」である。殺風景な箱型の工場が増えた今、こんな見事なノコギリ屋根の工場はなかなかない。

この工場の良さはそれだけではない。工場の大きさに比して不釣り合いなほど巨大なネオン看板が付いている。

螺子製造業なんて、看板で宣伝してもあまり意味がない。そもそもこんな川沿いでネオン看板を見るのは、ジョギングしている人と、散歩している人と犬ぐらいだ。それなのに、ここまで力が入っているのはなぜか。これが日本を支えた製造業の心意気というものであろう。

しかし、驚くことにこの工場の看板はこれだけではない。この写真には写っていないが、反対側にはエッフェル塔みたいな広告塔まである。

さて、ゴールはガス橋ということにした。「ガス橋」という名前は、聞きなれない人には奇妙に思うだろう。通称みたいだがこれは正式名称で、道路標識にも「ガス橋」と書いてあるし、地域住民にもそれで通じる。もともと東京ガスが鶴見製造所で製造した大量のガスを東京に供給するために作られたことに由来するらしい。

ガス橋:wikipedia

この季節、ここからは富士山が綺麗に見える。写真がしょぼいのはNexsus7で撮影したから。そのうち、ちゃんと撮ろうと思っている。
ガス橋から見た富士山


ガス橋のたもとには日本を代表する大企業、Canonの本社がそびえ立つ。ここから下丸子の駅へ向かう。
Canon本社


今回の散歩は12.34km。ひさしぶりに歩いた。
多摩川散歩
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先週の金曜日、仕事が早く終わったので、そのまま帰るのもナンだと思い、多摩川を散歩した。職場は京急沿線なので、多摩川を下流から上流へ歩いていくことにした。問題はどこから始めるかだ。

昼食を食べていないので、最初は商店街がある穴守稲荷あたりで降りようかと思ったのだが、スタート地点としてはいかにも中途半端である。かといって、羽田空港まで行くと運賃が突然高くなるし、何もない殺風景なところを延々歩かなければならない。

というわけで、運賃が上がる直前の天空橋駅で降りることにした。京急空港線の駅はすべて降りたことがあるが、天空橋駅だけは降りたことがない。が、すぐにここで降りたことを後悔した。

空港のすぐ近くだから、商店街があるとは最初から思ってはいなかったが、駅がある以上一つぐらい店があるだろうと思っていたら、これが見事に何もない。駅を降りて、眼前に広がるのは柵を隔てた空港と、無駄に広い道路と、荒涼たる空き地だけである。地図を見ないと右へ行ったらいいか左に行ったらいいかすら見当が付かない。

天空橋駅の近くに海老取川という川がある。さすがは海老取というだけのことはあって、海老のような、そうでないような匂いがする。ここは漁師町なのだ。海老取川に架かる穴守橋から多摩川まで歩いて、そこから多摩川のサイクリング道路を遡上することにした。
穴守橋

歩き始めてすぐに、対岸の消防署の方から何やら気合の入った声が聞こえてきた。2つの櫓の間にロープが張ってある。見ていると、消防署員が突然綱渡りを始めた。
綱渡り訓練

写真だと分からないが、端から端まではものの一秒ほどである。なんとなく綱渡りというものは、匍匐前進みたいにゆっくり進むものと思っていたが、思いの外早いのにびっくりした。

海老取川では、もう一つ面白いものを見つけた。
看板の残骸

民家の庭先に建つ朽ち果てた巨大な鉄骨製の構造物。これは看板の残骸である。今では想像できないが、かつてここには企業の看板がずらっと並んでいたらしい。

この看板は『喜劇 女は度胸』(1969年)で見ることができる。山田洋二原案、森崎東監督、主演ではないものの渥美清が出演(とはいえ、目立ちすぎるので、どう見ても主演なのだが)とくれば、だれがどう考えても『男はつらいよ』みたいな人情映画を想像するが、まったくそのとおりである。

しかし、『男はつらいよ』が子供にも見せられるのに対し、『喜劇 女は度胸』はとても子供に見せられる代物ではない。下品な寅さんといえば分かりやすいだろうか。そしてこの映画の舞台が羽田・蒲田(京急蒲田)界隈なのである。

『男はつらいよ』の葛飾柴又がノスタルジックに美しく描かれるのに対し、『女は度胸』の羽田や蒲田は猥雑で混沌としている。僕は『男はつらいよ』よりも『女は度胸』の方が好きだ。『男はつらいよ』の葛飾柴又は綺麗すぎるし、寅さんは純情すぎる。

『女は度胸』には海老取川の風景がさかんに出てくるが、現在とは違い川端には看板がずらりと並び、その後ろにマッチ一本で簡単に燃え上がりそうな家が所狭しとひしめいている。まるで東南アジアのスラムみたいだ。今は全く面影がないが、その名残がこの構造物なのである。

海老取川をどんどん下ると多摩川と合流する。すると、合流地点に場違いなやたらと目立つ赤い鳥居が見える。これがかの有名な穴守稲荷の鳥居である。
鳥居

この鳥居は、戦後、空港拡張の際にGHQが移動しようとしたものの、工事関係者に死傷者が多発したため、祟ると畏れられ、長らく空港の駐車場にあった。その後、1999年にここに移されたそうだ。

僕が子供の頃、空港の駐車場に建つこの鳥居は少年雑誌のオカルト特集の定番だった。なにしろ、ずらりと車が並んでいる近代的な景色の中に、場違いな鳥居が建っているのである。これほど、人智を超えた禍々しい力を感じさせる写真はなかった。

ここから多摩川を上流方面へ歩いていくのだが、土手から一本離れた道を歩いてみた。ここには道沿いにレンガで作られた古い堤防の跡がある。
羽田・旧レンガ堤:多摩川流域リバーミュージアム

レンガ堤防1

ところどころにある堤防を乗り越えるための階段。
レンガ堤防(階段)

増水時に閉める門の跡。陸閘(りっこう)というらしい。
レンガ堤防(門)

このレンガ堤防、道路側からみると膝の高さぐらいしかないので、こんなんで役に立つのかと思うが、川側からみると、それなりの高さがある。土盛りで埋まっているのだろう。現在の堤防ができるまで水害から住民を守る役に立ったのはもちろんのこと、空襲の際には川へ逃げた人たちを火事から守ったという。
レンガ堤防(川側)

レンガ堤防ぞいをしばらく歩くと、大師橋が見えてくる。川上から見て多摩川に架かる最後の橋である。
大師橋

現在架かっているものは平成3年に架け替えられたもので、1939年(昭和14年)に作られた古い橋の欄干が土手に残されていた。
大師橋旧欄干

ここで、空腹が極限に達した。このまま土手をあるいていても食事をするところなどないのは分かりきっているので、一旦大鳥居駅前まで行き、休憩を兼ねて昼食を摂った。

この散歩、まだまだ続くのだが、このブログもここで休憩にさせてもらおう。なお、今回歩いたルートはこちら。
多摩川散歩
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毒入り冷凍食品の犯人が逮捕された。動機はまだ分かっていないが、待遇への不満と工場の人間関係の可能性が指摘されている。

農薬混入、会社への不満ほのめかす:TBS News i
工場ではおととしの4月、「能力型」の賃金体系が導入されたことにより、阿部容疑者のボーナスは下がっていましたが、会社側の聞き取り調査に対し、阿部容疑者が「自分はボーナスは上がったが、不満を持っている人がいる」と事実と異なる説明をしていたことも新たにわかりました。また、人間関係についても、会社側の聞き取り調査に対し「自分の製造ラインは仲良くやっているが、他の製造ラインでは人間関係のトラブルがあった」と、他の製造ラインの職員の個人名を挙げ、自分の周りではトラブルが起きていないと強調していたということです。

この事件が発覚した時、2007年の中国製毒餃子事件を想起した人も多いはずだ。冷凍食品に農薬、工場での個人による犯行と共通点は多い。そして犯人が正社員ではなかったということも共通している。

毒餃子事件の場合、犯人の動機は「長期間、臨時工として勤務しても正社員にしてもらえなかった」というものだった。このとき、僕は次のように書いた。

毒餃子事件から得られる教訓:2010年03月27日
犯行の動機が「長期間、臨時工として勤務しても正社員にしてもらえなかった」という理由ならば、むしろ日本製品の方が心配になってくる。
まさか、日本人は絶対にそんなことしないなんて思ってないだろうな。一人いればできちゃうんだよ。こんな犯罪は。

容疑者の動機が待遇だとしたら、まさにこの不吉な予言が的中したということになる。いや、明確な動機がなくても待遇が心理に働きかけたのはほぼ間違いないだろう。

かつて待遇の不満は労働組合がまとめて雇用主にぶつけて解決していた。しかし、現在では組合は弱体化し、労働者は正規雇用と非正規雇用に分断されている。仮にその会社に労働組合があったとしても、非正規雇用の人は不満を雇用主にぶつける手段がないことが多い。

そういう人の中から、こういうテロリズムに走る人が出てきても不思議ではない。最近話題になっているバイトテロも、本人たちは意識していなくても、多くはこの文脈だと思っている。

テロというと、思想犯というイメージがあるが、このテロに思想はない。思想がないからたちが悪い。

餃子に毒を入れようが塩を入れようが、待遇が改善するはずはない。あるのはただ会社に復讐したいという「気分」だけである。悪を悪と思わない思想犯は恐ろしいが、それでも思想があるだけ先が読める。こういう思想のない犯罪は、どこで何を起こすか分からないからより恐ろしいのである。

非正規雇用の待遇をもっとまじめに考えないと、こういう事件はこれからも増えるだろう。これは雇用主だけでなく、労働者の分断を受け入れてしまった労働組合の責任でもある。

さて、中国の毒餃子事件の犯人だが、今月の20日に無期懲役が言い渡された。これを受けて菅官房長官は「こうした事件が二度と起こらないように再発防止対策が講じられると期待したい」とコメントしたそうだ。失笑を禁じ得ない。

「再発防止対策を期待」 毒ギョーザ事件判決で官房長官:朝日新聞デジタル
日本で10人が中毒症状を訴えた中国製冷凍ギョーザ事件で元臨時工員に無期懲役の実刑判決が言い渡されたことについて、菅義偉官房長官は20日午前の記者会見で、「こうした事件が二度と起こらないように再発防止対策が講じられると期待したい。中国政府から我が国の大使館に事前連絡があった」と述べた。

前回のエントリ(川島幸希『国語教科書の闇』(新潮新書)を読んだ:2014年01月16日2014年01月16日)を書いているとき、石原千秋氏が国語教科書は道徳的な観点から作られているという主張をしていると知って驚いた。

石原氏にかぎらず、国語は実は道徳なのではないかと思っている人は多い。前に「国語の苦手な人の言い訳」という記事を書いたが、ここでも国語は道徳じゃないかと言っている人がいた。

国語の苦手な人の言い訳:2012年03月24日
そもそも1を選ぶ根拠を「国語」の科目で教わってない。
また、『最も正しい』の意味するところも
人として を100%明確に指しているとは断定できない
仮に、 人として正しいと思うもの を指すとしても
これを学ぶ科目は「道徳」である。

この場合、道徳的に解釈しても、論理的に解釈しても同じ答えになる。道徳的に解釈し○をもらった生徒は、「なんだ国語は道徳的な教科だったのか」と思い込むのだ。

道徳的な解釈は楽だ。なにしろ何も考えずに道徳に照らし合わせれば答えられるのである。国語が道徳的な教科であるというのは、実は先生の希望ではなく、むしろ生徒の希望なのである。

しかし、本来小説というものは、道徳で片付けられないところにある。『羅生門』の下人は、最初はすぐれて道徳的だが、死者の髪を盗んでいた老婆の話を聞いて、道徳を捨て生きるために追い剥ぎになる。盗みはいけない。だが、生きるためには盗まなければならない場合もある。さて、どうするか。

小説を通して国語の教師が伝えたいところは、まさに道徳では片付けられないところにあるのだが、「さて、どうするか」には道徳的な解釈も含まれる。かくして、国語教師は「こいつたぶん何も考えてないんだろうな」と苦々しい気分で○を付けるのである。

生徒たちが道徳的に解釈するのには、簡単に答えを得たいというだけでなく、それである程度正解を得た経験があるからだろう。それではなぜそうなるのか。

ここに教科書の特性がある。教科書は中学生なり高校生なりに向けて編集されている。だから、そこには自ずと道徳的な枠がある。前回のエントリで紹介した『国語教科書の闇』によると、暴力・セックス・禁止薬物などの描写があるもの、政治や宗教に深く関わる内容はタブーだそうだ。『こころ』の自殺ぐらいがギリギリの線なのだろう。

したがって、国語の教材で使われるテキストは、道徳的に解釈できるものが多くなる。しかし、それはたくさんある解釈の一つにすぎない。それも文学作品の読み方としてはあまりいい解釈ではないことが多い。

僕の経験ではそういう考え方で答えている生徒の成績は、決して悪くはないが、飛び抜けて良くもない。何も考えていないから、道徳的な考えでは答えが導き出せない問題には答えられないのである。
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川島幸希『国語教科書の闇』(新潮新書)を読んだ。

教科書批判というものは、センセーショナルに書かれる割には、全くの的外れでどうしようもない駄文が多い。書いている人が、中学・高校教員としての経験に乏しく、教科書の特性をほとんど理解していないからである。

この本も、なにしろ「国語教科書の闇」などという刺激的なタイトルだし、帯の煽り文句も挑戦的なので、「よし、ならば返り討ちにしてくれよう」とクソミソに批判するつもりで買ったのだが、意外にも(というと失礼だが)まともな本だった。

国語教科書の闇(帯)


本書は、芥川龍之介『羅生門』、夏目漱石『こころ』、森鴎外『舞姫』という現代文のいわゆる定番教材をめぐって、それらがなぜ、どのように国語教科書に採用されたか、いつからどのように定番化していったかを、綿密な取材と考察をもとに書いている。また、問題の前提となる、どのように教科書として出版されるかとか、教科書が各学校でどのように採択されるかなども丁寧に書かれている。

もちろん、「闇」というからには、それらの定番教材に対する批判が結論にはなっているが、それよりも、穿った説に対して、しっかりとした根拠を持って反論していて、良心的に書かれている。

たとえば、石原千秋氏は『国語教科書の思想』(ちくま新書)で「『羅生門』も『山月記』も『こころ』も『舞姫』も、「エゴイズム」はいけません」といういかにも道徳的なメッセージを教えることができる教材」だから「国語教材にうってつけ」で、どこかに「道徳的な教訓が含まれていることが「定番教材」の条件」だと言っているという(引用部分は本書から孫引き)。それに対し、本書では教員、編集者双方からインタビューをとり、これを否定している。実は石原氏のような妄言が出てくることを期待してこの本を読み始めたのだが、代わりに論破されてしまった。

僕は、教材が定番化することは悪いことではないと考えている。それが教材として使われ続けたのにはいくつもの理由があることで、それを明らかに超えるものがなければ、わざわざ変える必要はないと思っている。しかし、それ以前に世代を超えて、日本の教育を受けた人なら誰でも読んだことのある作品があってもいいじゃないか。もちろん、その作品がそれにふさわしいかは常に検討されなければならないが。

それにしても、やっぱり紙の本は文章が書きやすいね。

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毎年恒例の教員展(今月は1月10日〜12日)だが、今年の出品作品は篆刻にした。

最近、何か書きたい衝動にかられた言葉や詩を書くようにしている。しかし、今回は12月になってもそういうものがなかった。締め切りが近づいて、いよいよ何か書かなければならないとなって、ふと閃いた。それが千字文である。

千字文は、漢字1000文字を重複することなく一文字ずつ使用し、4言250句の詩にしたものである。簡単に言うと、漢文版のいろは歌みたいなもで、梁の武帝(502〜550)が周興嗣に命じて作らせたものとされる。古くから書道の手本や、漢字を学習するためのテキストとして使われた。

四句だから、篆刻の印面に収めるにはちょうどいい。対句になっているので、白文(字が白)と朱文(字が赤)で対にするといい感じだ。今年は思いついたのが遅かったので、「天地玄黄 宇宙洪荒 日月盈昃 辰宿列張」の四句だけだが、この調子で毎年続けていけば、最後まで62年かかる。107歳まではネタ切れの心配がない。これは素晴らしい。

千字文は古勝隆一さんの「文言基礎」で読んだのだが、途中で仕事が忙しくなって挫折してしまった。これを機会に62年かけてゆっくり読めば、挫折する心配もないだろう。

この機会に、篆刻カテゴリを作った。篆刻の話もボチボチしてみたいと思う。

刻千字文(全体)


天地玄黄 宇宙洪荒
天地玄黄宇宙洪荒

日月盈昃 辰宿列張
日月盈昃辰宿列張


なお、今回の展覧会の様子はこちらをどうぞ。
2013年度教員展
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石川台駅では降りたこともなければ、近くを通ったこともなかった。ただ電車で通り過ぎるだけの駅で、僕にとっては五反田から順番に駅名を言っても、蒲田から順番に駅名を言っても、つい飛ばしちゃうような駅である(石川台のみなさんすみません)。

しかし、この駅とその周辺はドラマのロケなどでよく使われているらしい。中でも最も有名なのが小津安二郎監督の遺作となった『秋刀魚の味』(1962年)で、石川台駅のホームが使われている。
秋刀魚の味

52年前の映像だが、駅名の看板以外、現在とほとんど変わっていないのに驚く・・・などと、したり顔に書いているが、実は『秋刀魚の味』に使われたというのは、このエントリを書くときに知ったことなので、肝心の撮影場所は撮っていない。

これが石川台のホーム。池上線のホームとしてはありがちな木造で、屋根が途中で力尽きてなくなっちゃうのも池上線のお約束。『秋刀魚の味』は屋根のない部分で撮られた。
石川台ホーム


その屋根のない部分に、ホームをまたぐ巨大な門のような鉄塔が現れる。「東京電力千鳥線」と書いた札が付いている。鉄道にも送電線にも詳しくないのだが、こんなにヌケヌケとホームに建っている高圧鉄塔は今まで見た覚えがない。
高圧鉄塔

下から見たホーム

鉄塔の足元にはオウムが「のぼるのはやめましょう」などと注意を喚起している。こういうのは「登るな!キケン!」とか書いた方がいいと思うが、駅のホームに立ってる罪悪感から強く出られないのだろう。
のぼるのはやめましょう

送電線はさらに続く・・・。
下から見た高圧鉄塔


世の中には考えもしないマニアがいるもので、この鉄塔と送電線についても詳しく書かれたページがあった。興味のある人はこちらをどうぞ。
千鳥線その1:送電線を追って
東急池上線の高圧線(鉄塔)はいつ頃から背が高いものになった?:XWIN II Weblog
続・東急池上線の高圧線(鉄塔)はいつ頃から背が高いものになった?:XWIN II Weblog

駅の入り口はこんな感じ。こちらは蒲田方面のりば。
石川台駅蒲田方面のりば

五反田方面はこちら。
石川台駅五反田方面のりば


五反田方面が坂になっていて、ここもよくドラマの撮影などに使われるらしい。
石川台踏切と坂


池上線といえば商店街だが、ここの商店街は駅の出入口ではなく、ちょっと蒲田方面に行ったところにある。「石川台希望ヶ丘商店街」という名前だが、「希望ヶ丘」は地名ではない。
石川台希望ヶ丘商店街

商店街の沿革:石川台希望ヶ丘商店街
昔はしばしば河川の氾濫で被害を被ったという大田区の雪谷界隈。現在の東急池上線石川台駅周辺は、高台(丘)になっているという立地から、こうした水難を逃 れて多くの人々が、逃げ込んできたという。そんな苦難のなかでも明日に希望を持ってゆこうと励ましあう人々によって、いつしかその一帯(丘)は「希望ヶ丘」と呼ばれるようになったそうです。

商店街に続く高架の下に、地元の小学生による絵があった。
小学生の絵

上の絵は商店街に向かって左側で、空の絵になっている。右側は海で人魚が泳いでいるのだが・・・
人魚

あのエビのしっぽみたいなのを脱がせてみたい・・・汚れたオッサンはついイヤらしいことを考えてしまった。

次は雪が谷大塚です。
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あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
中川 聡
年賀状


※馬の絵は、徐悲鴻(1895−1953)による。水墨画で馬といえばこの人というぐらい有名な人物。
※篆刻は僕の作品。といってもPCで描いただけで実際には刻っていない。今年は篆刻の話なんかも書こうと思っている。なお、この作品はご自由にお使いください。
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