2016年10月

今月、大川小津波訴訟の地裁での判決が出た。結果は遺族側の勝訴。

大川小学校の津波訴訟 石巻市などに14億円余の賠償命令:NHK NEWS WEB
東日本大震災の津波で犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校の児童の遺族が訴えた裁判で、仙台地方裁判所は「市の広報車が避難を呼びかけたのを教員らが聞いた時点で、津波が到達する危険を予測できた」と指摘して、石巻市などに対し原告全員に14億円余りの賠償を支払うよう命じました。
この裁判では、津波の到達が予想できたかが争点になったらしい。その点では、状況を知らない僕には何もいうことがないが、これだけの犠牲が出たのだから、学校の責任が問われるのは当然だろう。

いうまでもなく、学校というところは、児童・生徒を成長させるところだ。成長の逆は死である。だから、仮にそれが判断ミスだろうと、偶然だろうと、不可抗力だろうと、児童・生徒の死は教員にとって最大の失敗であり、責任が問われるのは当然である。

だから、僕には戸塚宏氏が何人もの犠牲者を出しておきながら、いまだに教育に携わっているのが理解できない。さっさと学校をたたんで、出家しなさい。

話がそれたが、これは教員だけの問題ではない。

安全のためには、マージンが必要である。マージンとは、この津波で言えば、たとえそこまで来ないと予測されていても、とりあえず高い所に逃げるというようなことである。これが社会的に理解されていなければ、教員はその責任を全うすることができない。

こんなのアタリマエのことのようだが、最近、それが理解されていないのではないかと思うことが多いのである。

僕の勤務している都立高校では、気象庁から警報が出ないかぎり休校にならない。出ても、警報が解除されれば、そこから授業が始まる。これは、マッチョカマチョの石原都知事の時代からそうなった。

警報が出ていれば休校になるのは当たり前だ。だが、警報が出ていなくても、家を出て10分後に警報が出ることもある。警報が出なくても危険な場合もあるし、帰る最中に警報が出ることもある。定時制のような夜間の学校では、昼間よりもはるかに危険になる。駅から近い学校と遠い学校でも状況は違ってくる。一律に警報が出てないから安全というのは、どう考えても間違っている。

これはとても危険なことだと思う。石原氏は「学校は休み過ぎだ」と主張して、なるべく休ませないようにした。おそらく社会(当然、親も含む)もそれに賛同したのだろう。だが、そのために安全のマージンが損なわれているのである。

教育というと、なにやら〈鍛えること〉だと思われがちだ。暴風雨の中、学校に行かせるのも〈鍛えること〉だと思われているらしい。だが、そのために、安全のマージンが損なわれている。ちょっと前に話題になった、人間ピラミッドもそうだ。運動会の見世物のために、生徒を危険にさらしている。安全のマージンを考えたら、あんなものは到底できるものではない。

そもそも、教育は〈鍛えること〉ではないし、〈鍛える〉ために死んだら本末転倒である。暴風雨が予報されたのに、からっと晴れたとしても、死ぬよりはよほどいいではないか。

社会を構成する皆さんには、「晴れたのに、学校休みになってラッキーだったね」ぐらいの余裕を持ってもらわないと、教員としては生徒の安全を守るという、もっとも重要な責務が果たせないのである。
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先日、掃除をしていたら、いろいろしょーもない物が入った段ボール箱の片隅から、妙なものが出てきた。
jianzi1
ゴミかと思ったのだが、よく見ると明らかに作られている。フサフサの部分は、荷物用のビニール紐を割いてできていて、これだけなら単なるゴミなのだが、上のフサフサと下の黒い部分が、わざわざ穴をあけてしっかり止められている。素人の仕事ではない。

横から見たところ。
jianzi2
下から見たところ。黒い部分はゴムを何枚か重ねたもので、タイヤのチューブを切り抜いてものでできているらしい。
jianzi3
さて、「これはなんだろう」と、しばらく考えて思い出した。毽子(jianzi・ジェンズ)だ。中国留学から帰ってきた誰かからもらったのだ。

毽子とは、羽のついたシャトルを蹴って遊ぶ、中国の遊びである。中国ドラマなどにもよく出てくるが、ピンと来ない方はこちらの動画をどうぞ。


普通は上の部分は羽でできている。下の部分は、今はプラスチックの板を何枚か重ねたものだが、古くは穴あき銭を使ったらしい。
jianzi
おそらく、羽でできているのはブルジョア的に退廃したもので、これはプロレタリアート用なのだろう。たしかブルジョア用ももらったはずだが、これは出てこない。

それにしても、誰にもらったかが全く覚えていない。まあ、こんなものをくれる人は二人ぐらいしか思い当たらないんだけど。
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Kindle Paperwhiteを買ったのが2013年12月(Kindle Paperwhiteを試してみた(その1)Kindle Paperwhiteを試してみた(その2))なので、電子書籍を読むようになって3年経った。もちろん、紙の本も読んでいるが、すでに持っている本を読む以外は、電子書籍で読む方が圧倒的に多い。

Kindle Paperwhiteで活字の本を読む場合、紙の本よりもはるかに読みやすい。e-inkの画面は、紙の本を読むのとほとんど同じ感覚で読める。その上、文字の大きさ、行間、明るさを自由に設定できるので、紙の本よりも読みやすい。久しぶりに紙の文庫本などを読むと、字の小ささに辟易とする。どんなに厚い本でも重くならないから、目も手も疲れない。

ところが、検索性になると、紙の本に軍配があがる。

たとえば、読んだ本の感想文を書くとする。そのためには、本文を引用したり、読みなおしたりする必要が出てくる。一冊の本の中から、ランダムに、お目当ての部分を開かなければならないのだが、これが電子書籍は難しい。

もちろん、検索機能やしおり、マーカーなど、そのための機能はたくさん付いている。さらに、Kindleの最近のファームウェアでは、読んでいるページに重ねあわせて、別のページを表示する機能もついて、以前よりはお目当てのページを表示しやすくなった。それでも、紙の本には全然かなわない。

紙の本の場合、本の厚さによって、「〈だいたい〉この位置に付箋を貼ったのは〈だいたい〉〈こんなような〉意味だろう」と覚えている。付箋を貼っていないところでも、物理的な厚さで、「〈だいたい〉この辺には〈こんなようなこと〉が書いてあっただろう」と感覚で覚えている。

電子書籍には、物理的な厚さがないから、〈だいたい〉とか〈こんなようなこと〉が効かない。検索するなら語句を一文字でも間違えると出てきてくれないし、ブックマークも叙述の順番を間違えていると意味がない。

電子書籍を読む前は、電子書籍は検索に向くもので、通読には紙の方がいいいと思っていた。しかし、実際は全く逆である。これは意外な発見だった。



なお、漫画に関しては、タブレットの方が読みやすいので、Nexsus7を使っている。最近は漫画用Kindle Paperwhiteというのも出た。基本的な機能はそのままで、容量を大きくし、ページ送りを早くしたものだという。ページ送りが早いなら、こっちの方がいいかも・・・と思ったら、従来のKindle Paperwhiteでも、ファームウェアのアップデートで早くなるという。漫画を読まないのなら、従来のKindle Paperwhiteで十分だろう。



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先日、「横濱中華街旅グルメきっぷ」なるものを使って、横浜へ行った。この切符、東急線とみなとみらい線が乗り放題で、提携している中華料理屋のお食事券がついていて2500円という、なかなかお得なきっぷだった。

さて、赤レンガ倉庫のあたりを歩いていると、こんな建物が目に入った。
工作船資料館
工作船資料館と書いてある。最初は、「子供が夏休みの工作で作った船でも展示しているのかな」と思ったのだが、それにしちゃ看板がでかすぎる。「工作船。ハテ、どこかで聞いたような・・・」としばらく考えたら、思い出した。

もうずいぶん前のことだが、中国の漁船に偽装した北朝鮮の工作船が、海上保安庁の船と銃撃戦の末、自爆・沈没したという事件があった。Wikipediaによると、2001年のことらしい。

九州南西海域工作船事件:Wikipedia

事件の顛末はよく覚えていないが、当時、見せしめ的にお台場の船の科学館で戦利品を展示したさい、たくさんの見物者がおしかけたことは覚えている。実は僕も見に行こうと思っていたのだが、面倒くさくて行きそびれてしまったのだ。そのあと、ここへ引っ越したらしい。

というわけで、入ってみた。中にあったのはやはり小学生の工作船ではなく、北朝鮮の工作船。入口側がバウ(船首)。漁船としては普通の大きさなのだが、建物の中に入っているので、やたらと大きく見える。
バウ
船体には銃撃戦のあとがあちこちにある。わざわざ「人のいないところを狙った」という説明がある。
弾痕
スターン(船尾)は開くようになっていて・・・。
スターン
中に木造の子船が入る格納庫がある。これで船内のスペースはほとんど潰されていて、人の居住空間はほとんどないそうだ。
格納庫
この中に入っていたのが、こちら。
小船
もちろん、普通の漁船はこんな構造にはなっていない。下にゴムボートが写っているが、これは日本のアキレス製。

日本製といえば、電子機器はほとんどが日本製、それも大変懐かしい代物だった。無線機はicom製。特殊なものではなく、ごく普通のアマチュア無線用。
icomリグ
これまた懐かしい、シャープのポケコンとJ-Phoneの携帯電話。携帯電話は当時としては普通だけど、日本の工作員(というか、当時の工作は覚醒剤密売なので密売人)と連絡をとるためのものだろう。
ポケコンと携帯電話
武器も展示されている。
ak
なんでロケットランチャー構える兵士がわざわざ覆面しているのか。
ロケットランチャー
船は上から見られるようになっていて、これは操舵室。写真右手にはエンジンがあるが、なんかよく分からんがもんげーエンジンだそうだ。
操舵室
NEXSUS7の写真はどうも美しくない。このときにかぎって一眼レフを持ってこなかったのだ。だって重いんだもの。
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だんだん卒論・修論の締め切りが近づいてきて、やたがらすナビのPVが増えだした。古典文学電子テキスト検索でテキストを探したり、Googleあたりで検索したら、やたナビTEXTの電子テキストがヒットしたということが多いようだ。

卒論の締め切りまでは十分時間があるので、今の時点で、やたナビTEXTの本文をそのまま論文に引用するということはないだろう。名の知れた、紙の注釈書などに当たって、それを引用するのではないだろうか。

だが、切羽詰まってくると、そうもいかなくなる。時間の関係で他の本に当たれず、やたナビTEXTの本文を直接引用しなければならないことも出てくるだろう。そのような場合、どうすればいいか。

どんな場合でも、引用で重要なことは、テキストの出元を明確にすることである。紙の本であれば、書籍の名前、校訂・注釈した人の名前、発行元、発行年月日を明らかにする。

『宇治拾遺物語』本文は、新日本古典文学大系『宇治拾遺物語』(三木紀人他校注・岩波書店・1990年11月)による。
おおむねこんな感じである。細かい書き方は人によっていろいろあるので、指導教授の書き方を参考にしてほしい。

Web上のテキストを引用する場合であっても、同様の要素さえあればよいということになる。

やたナビTEXTでは、校訂者の名前は、各テキストのトップページにある。いまのところすべて僕なので、「中川聡」としておけば問題ない。書籍の刊行日にあたる、最終更新日は各本文ページの一番下にある。Web上のテキストは、URLが所在になるので、それも書いておくべきだろう。
最終更新日
宮内庁書陵部本『今物語』第52話を例にとると、
『今物語』第52話本文は、宮内庁書陵部本『今物語』第52話(やたナビTEXT・中川聡校訂・2015年1月5日・http://yatanavi.org/text/ima/s_ima052)による。
こんな感じでいいのではないだろうか。

しかし、残念ながら「中川なんていう得体の知れない奴の作った電子テキストなど引用してはいかん」という先生がいるのも事実だ。僕としては、十分研究用に使えるものを作っているつもりだが、なんの実績もないのだから、そう言われても返す言葉がない。

その場合、『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』以外のテキストには全て付いている「翻刻」を使えばよい。この翻刻は底本の改行や改丁もそのままにしてあるが、そのへんは適当につなげること。
翻刻
翻刻は底本をそのままテキストにしたものである。ゆえに、著作権は存在しないというのが僕の考え方(翻刻に著作権はない:2012年03月17日参照)だから、翻刻を引用する場合、
『今物語』本文は宮内庁書陵部本による。

だけでよい。簡単に言っちゃえば、自分で翻刻したことにすればよいのである。

翻刻を引用する場合、僕の名前を書く必要もない(書いてもいいけど)。自分が翻刻したことにするのを気がとがめるなら、底本の影印(各テキストのトップページに書いてあり、ほとんどWeb上で見られる)にあたって、翻刻が正しいかどうか確認すればよい。もし間違っていたら、その場所をメールでもTwitter(@yatanavi)でも何でもいいので、僕に教えてくれるとありがたい。

『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』は・・・なんとか工夫して乗り切ってくれたまえ。

それでは、成功を祈る。
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2016年9月の総括で書いたように、やっとマンションの改修工事が終わった。これでベランダを使えるようになったのだが、ここで一つやっておかなければならないことがある。ハト対策である。

工事期間中は、なんやかんやと人が出入りしていたので、ハトが来ることはほとんど無かったが、それでもすでに糞が落ちている。今、何もしなければ、ベランダはすぐに鳩の巣になってしまうだろう。

思えば、ハト対策をやったのは2010年である。あれから6年以上経っている。ハト対策も、よりバージョンアップしなければならない。6年前の対策は、次のようなものだ。
ハト避けの作法:2010年02月22日
BlogPaint
この写真のうち、ハトよけグッズは全く役に立たなかった。これは不要。手すり上部のテグスはそれなりに効果があったようだが、張っていないところから侵入する鳩がいた。金網は効果絶大だったが、手すりのベランダ側に付けてしまったので、金網の外側が鳩の糞だらけになってしまった。

一番の問題は、対策をかいくぐってきたチャレンジャーくんの糞の掃除できなかったことだ。ハトは糞があるとそこに入っていいものと思うらしい。そこで、手まめに掃除できるようにしなければならないのだが、ハトの糞は意外に落ちにくい。

以上の留意点から、ハト対策Ver2.0をほどこしてみた。まず、ハトの侵入経路を確認してみよう。
侵入経路
ダイレクトにベランダに入るAコースは対策が難しいが、このコースを取ることは、鳩の習性上ほとんどない。対策すべきは、一旦手すり上部にとまってから入るBコースと、手すり下部から潜り込むCコースである。

まず、Cコースから対策する。Ver.1では金網を張っていたところである。
手すり下部
ここには、ダイソーで売っていた鳥よけネットを敷き詰めてみた。手すり下部の空間にぴったりあっている。11枚購入したので合計1188円。ここから入ってくることはまずないだろう。ぎりぎりに設置したので、外側もとまりにくいはずだ。

これだけだと、すぐ上の部分から入られてしまう。写真をよく見るとわかるが、ここにはテグスが一本張ってある。これで大丈夫だと思うが、まだ入ってくるようなら、もう一本か二本テグスを増やす。それでもダメならネットを張ることにする。

次はBコース対策だ。ここは従来と同じ方法で、テグスを一本張る。テグスは鳩の目には見えないので、とまった瞬間足を取られてビビるという寸法である。これが意外と効果がある。
クランプ
張る位置は前回よりもちょっと外側にしてみた。これは吉と出るか凶と出るか分からない。ダメなら元の位置(手すりの真上)にもどす。クランプもダイソーで2枚216円だが、ダイソーにはこのサイズしかないので、手すりの中央に張り替えるときは、大きいのを別の店で買ってこなければならない。

これで入ってくるのはAコースだけとなった。ダイレクトに入ってくるのは少数派だが、確実に糞を落としていく。糞があると、そこは安全な場所ということになり、Aコースを取るチャレンジャーくんが増える。これはこまめに掃除するしかない。

掃除用具はナイロン製の庭箒しかなかった。ホウキでは、ゴシゴシと力を入れて洗えないため、べっとりと着いて固まっているとうまく落ちない。そこで、デッキブラシを買った。近所のホームセンターで780円。
デッキブラシ
もっと小型のものや、オシャレなものもあったのだが、ここは学校のトイレにあるような、ガチのデッキブラシにした。何事も意気込みである。

というわけで、合計2184円。100均をつかったので、かなり安く上がった。ヘイ!バッチコーイ!
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本日、『今昔物語集』天竺部の入力を完了しました。

『今昔物語集』天竺部:やたナビTEXT

本朝世俗部(巻21〜31)・本朝仏法部(巻11〜20)・天竺部(巻1〜5)・震旦部(巻6〜10)という順番で入力していますので、あと震旦部を残すのみとなりました。「残すのみ」といってもまだ182話もあるので、半年以上はかかると思います。

天竺部にしても、震旦部にしても、本朝部と比べると、等閑視されている感があります。天竺部や震旦部がオリジナリティに欠けるのは事実ですし、身近な日本の話題を扱った本朝部に興味が持てるのも事実です。

しかし、こうやって丁寧に読んでみると、天竺部もなかなかバカにできません。まず、巻1〜3のまとまった仏伝の翻訳は、日本が仏教が盛んな国であるにもかかわらず、『今昔物語集』以外には見られません。その『今昔物語集』も、近代までほとんど読まれなかったのですから、日本に仏伝の翻訳は存在しなかったに等しいことになります。『今昔物語集』は何を目指していたのでしょうか。

天竺部の出典は、漢訳仏典や漢籍になりますが、必ずしも忠実に訳されているものばかりではなく、現存しない文献を参照したらしきものや、筆者がアレンジしたと思しきものなど、さまざまです。さっぱり方針がわかりませんが、それが『今昔物語集』の味になっています。

なお、天竺部の詳しい出典考証は、新日本古典文学大系『今昔物語集一』(今野達校注・岩波書店・1999年7月)の付録、「出典考証の栞」と「出典考証」にあります。ご参考まで。


『今昔物語集』は、成立の事情や、作者など、基本的に分からないことだらけですが、天竺部や震旦部からアプローチするのが近道かもしれないな、とボンヤリ考えています。

さて、一千余話もある『今昔物語集』ですが、なんとなく傾向が分かってきました。

1.長い説話ほど面白い。
2.各部の終わりの巻(巻5・巻20・巻31)に面白い説話が多い。

『今昔物語集』から面白い説話を探したい人は、参考にしてください。

書けない時というのはあるもので、今月は本当にブログを書けない時だった。振り返ってみると、6回しか更新していない。あわててむりくり更新したが、後の祭り。おまけに9月の総括を今書いている始末。

9月の総括を今書いているのには理由がある。6月から始まった、マンションのメンテナンス工事が、昨日でやっと終わったのだ。マンションというものは、15年に一度程度、大メンテナンスをするものらしい。

6月・7月はベランダのある側ではなかったので、生活上たいした影響がなかったが、8月に入って、ベランダ側の工事に移り、窓の外には足場、昼間は工事の人がベランダで作業という状態が続いた。
足場
昼間もカーテンを閉めなきゃならない生活で、うっとおしいことこの上ない。風向きによっては、溶剤の匂いが入ってくるので、迂闊に窓も開けられない。しかも、もっとも工事の盛んな7月の終わりから8月は夏休みで、家にいがちだった。

このついでに海外にでも逃亡したかったのだが、足場が組んであるので、防犯上、長い間留守にはしたくない。ベランダが使えないから、洗濯物も思うように干せず、今年の9月は雨が多かったので、うっとおしいことこの上ない。

それがやっと終わった。足場も完全に撤去され、見晴らしも良くなった。ひさしぶりに足場のないベランダに出てみると、なんかちょっと怖い気がする。

ともあれ、これからは気候も良くなるだろうから、もっと更新回数が増える・・・といいな。

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