2016年12月

今年は、僕にとって、大きな出来事のない、まったく平穏な年だった。おかげで、少々退屈ではあるが、やりたいことを淡々と進めることができた。

今年はブログの更新頻度が減ってしまった。

その理由の一つは、「やりたいこと」の一つである、やたナビTEXTの作成を優先したからである。今年の初めには、『今昔物語集』は年内に天竺部が終わればいい、『撰集抄』は年内には終わらないだろうと思っていたが、すでにいずれも予想以上に進んでいる。

もちろん、早ければいいというものではない。正確であるのにこしたことはないが、今は一つでも多くのテキストを公開することを優先したいと思っている。

ブログの更新頻度が下がったもう一つの理由は、批判的な記事を書かないようにしたからである。もちろん、様々なことに対して、不満が無くなったわけではないし、諦めたわけでもない。

いくら自分の意見が正しくとも、ブログに批判的なことを書いて、それが受け入れられることは稀である。受け入れるどころか、普通は相手にされない。仮に賛同者が多かったとしても、自分の気持ちが少しすっきりとする程度のことで、解決には結びつかない。

批判できるということは、そこに〈問題〉が放置されているということである。そういう〈問題〉には必ず小さな穴が開いている。その穴を個人的に利用した方がよほど建設的である。

世の中にはそういう放置された様々な問題がある。しかし、逆に言えばそれだけチャンスもあるということだ。諦めてはいけない。諦めず、少しずつ小さな穴を突いていけば、いずれは穴は大きくなり、問題も解決するはずだ。僕はそう考えている。

具体的に書くと批判になるから、「今年の総括」というわりに抽象的な文章になってしまった。

今年もあと30分ほどで終わる。良いお年を。
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一昨年、脳梗塞に倒れた祖母が、今年の8月に病院を退院し、現在拝島の介護付きの老人ホームに入っている。祖母の家は、今は完全な空き家状態である。そこで、この家を人に貸そうということになった。

とはいえ、そこは人が60年以上住んでいた場所である。様々な〈記憶〉が、有形・無形に残っている。僕自身、書籍を始めとして、いろいろなものを置かせてもらっている。これをどうにかしないことには、人には貸し出せない。

整理はすでに8月の終わりからとりかかっていたのだが、遅々として進まず、まともにできるようになったのは11月から今月にかけてである。

最初は何をしていいか分からず、ただ無駄に右往左往していた。だんだん要領を得てきて、なんとなく「片付いてきたな」と思えるようになったのは、今月の後半である。それでも、完了には程遠い。

8月から9月は、とにかく、どう考えても捨ててよさそうなものを捨てた。これがマンションと違い、収集日が決まっているので、なかなか進まない。

10月以降は、最初に揃いでない漫画や、あまり価値の高くない本をブックオクに売った。台車に積んで90冊ほど持って行ったが、売れたのは70冊程度、一冊10円である。買い取れないと言われた20冊はむこうで処分してもらった。

その後は、ヤフオクとアマゾンで売却しようとしたが、アマゾンは全く売れないので、すべてヤフオクに切り替えた。これまで50点(揃いものや本でないものもあるので、冊ではない)程売れたが、まだまだである。

ヤフオクで本を売るのは、古書店に売るのとは違い、いちいち写真を撮って、書誌や汚れ具合、サイズのデータを取らなくてはならないから、なかなか面倒くさい。だが、そのぶん、その本を買った時のことや読んだ時のことを思い出す。

もちろん、細かくは覚えていないが、「これは○○にハマっていた時に買ったんだな」とか、「あの論文を書くために買ったな」とか、いろいろ思い出す。「何でこんなの買っちゃったんだろ」とか、「ほとんど読んでません」というのも多い。というか、そっちの方が多い。

ヤフオクで本を売るのは、なかなか難しい。売れないときは売れないし、売れるときはぱっと売れてしまう。しょうもない本が売れると、買った人に申し訳ないような気がするし、いい本が売れると、惜しいような嬉しいような、複雑な感覚になる。

なかなかきついが、まだまだやらねばならない。
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いままで履いていた靴がだいぶくたびれてきたので、靴を買った。僕の場合、夏はほとんどテバのスポーツサンダル、それ以外の季節はハイキングシューズを履いているのだが、今回はちょっと毛色の違うのを買ってみた。

メレル(Merrell)のジャングルモックである。
メレルジャングルモック
ご覧の通り、紐がない。

前部の両サイドにゴムが入っていて、子供の頃履いていた「ズック靴」と全く同じ構造である。だから、履くのも脱ぐのも非常に楽ちん。学校では上履きに履き替えるので、これは便利。

着脱が楽だからといって、歩いている時に脱げてしまう不安感はない。ゴムの強度が絶妙なのだろう。サイズは僕の場合普段履いているサイズと同じで大丈夫だった。

アッパーは豚革(ピッグスキン)のスエード。最初履いた時は「豚革のわりには硬いな」と思ったが、徐々に慣れてきた。一応防水性はあるようだが、念の為防水スプレーをかけたほうがいいようだ。なお、ゴアテックスを使用したモデルもあるので、そちらなら防水は完璧だ。

後ろはこんな感じ。
ジャングルモック後
ソール。メレル特有のタコの吸盤みたいなのが付いている。
ジャングルモック(ソール)
実は、このソールが少々心配だった。

これまで履いていたハイキングシューズもメレル製だったのだが、これが濡れた路面に弱かった。ビブラムソールのはずなのに、タイルやマンホールなどの濡れた硬い路面を歩くと、とたんに滑りやすくなる。タコの吸盤みたいなデザインは見掛け倒しか。

不思議なことに、同じ濡れた路面でも、土の上はあまり滑らない。ハイキングシューズはアウトドア用だから、そういう場面は想定されていないのかもしれないが、これでは日常の使用では困る。

ジャングルモックは、ウォーキングシューズなので、そこまでひどくないのだが、やはり場所によっては滑りやすい。だんだん、どこが滑りやすいか分かるようになってくるが、歩くのにそんな気は使いたくない。

しかし、なんといっても、着脱のしやすさ、履き心地の良さには代えがたい。すでに二ヶ月ほど履いているが、履き心地は包まれている感じで心地いいし、ソールも硬すぎず柔らかすぎず、歩いていて疲れない。

「ソールが減りやすい」とか、「ゴムが伸びたら終わり」とも聞くが、よほどすぐダメにならないかぎり、次もこれを買うつもりだ。

【2018/10/01 追記】
ソールが減ってゴムが伸びてきたので、新調しました。
メレル(Merrell)のジャングルモックを再び買った:2018年10月01日

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篆刻でもしましょうか(その6・┛)の続き。

さて、いよいよ仕上げ。印を捺したら、問題点を見つけて、そこを補刀する。陰影に、マジックなどで印を付けると分かりやすい。

下の写真は、後から印(しるし)をつけたもの。ついでに撃辺(周辺部の意図的な欠け)を入れる所にも印を入れてみた。
補刀A
白文の方は、線自体にはあまり手を入れず、刻り残しを取るようにした。
補刀B
朱文の方は、刻り残しを取るのは当然だが、全体に線が太くなってしまったので、全体にもう少し細くしたい。

問題はどこに撃辺は入れる場所が難しい。僕の場合、

・全体を見て白っぽい所に多く入れる。
・文字の欠けの多い所に入れる。

ようにしている。

白っぽいところに入れるのは、メリハリが必要だからである。欠けの多い所に撃辺を入れると、失敗感が無くなる。ハデに撃辺を入れるのを好む人もいるが、僕はあまりわざとらしいのは好きではないので、印刀で軽く叩く程度にする。

そういう視点で見ると、白文「寒来暑往」は右下の「来」以外の三文字が白っぽい。特に「暑」「寒」は画数が多く、うまく刻れていない。ここを撃辺でごまかす。

朱文「秋収冬蔵」は、右下「収」が白っぽくなっている。このあたりに撃辺を多く入れてさらに白くする。実は、すでにワクも細くしてある。

てなことを考えて、完成したのが、これ。こういうと、一度でこうなったようだが、実は、捺して補刀してという作業を4回ほど繰り返している。前の印影よりも、印泥が付きすぎてしまったので、ちょっと印象が変わってしまった。

寒来暑往
秋収冬蔵
まだ気に入らないところもあるが、あんまり補刀して、全然違うものになってしまうのもどうかと思うので、今回はこのぐらいにして、一応完成ということにしておこう。

あとは仕上げに側款を刻る。側款とは書道でいう落款のことだが・・・印を学校に置いて来ちゃったので、これ以上できない。今年はこれでおしまい。
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篆刻でもしましょうか(その5・刻る)の続き。

刻り上がってから随分経ってしまった。申し訳ない。さて、次にすることは、いうまでもなく印を捺すことである。まずは、水で残った墨を洗い流し、乾かしてから捺す。

捺すときに、認印では朱肉を使うが、篆刻では印泥を使う。
印泥
「泥」というだけあって、一般の朱肉と違いドロドロしている。よもぎの繊維(もぐさ)と油と朱砂で出来ているそうだ。時間が経つと油が浮いてしまうので、ときどき練らなければならない。もちろん、買ったばっかりのときも練る必要がある。

印泥にはさまざまな種類があるが、西泠印社のものが一般的だ。値段もサイズも色もさまざまだが、2両装以上が使いやすいだろう。

上の写真で見ても分かるように、どろどろなので、片手で印盒(いんごう・印泥の入っている容器)を持ち、もう片手に印を持って、軽やかに繰り返し、まんべんなく印面に付ける。この時、軽やかにやらないと、印面から毛が生える。その場合は、一旦拭いて付け直したほうがいい。

印泥は付け足りなくてもダメだが、付けすぎてもダメだ。足りないと、霜降りになってしまって論外、多すぎると、カブってしまい、うまく刻れていても、線がなまくらになってしまう。気温によって硬さが変わるので、なかなか難しい。

印泥を付けたらいよいよ捺す。これを「┛(けんいん)」という。「─廚任△辰董嵶襦廚任呂覆い里巴躇奸ゴム印ではないので、下に少しやわらかいものを敷く。あくまで「少し」で、柔らかすぎるとめり込んでしまってきれいに押せない。「印褥(いんじょく)」という専用のものもあるが、なければ、硬い平らな面の上に、半紙などの紙を数枚重ねて敷いてもよい。

印を静かに真上から紙の上に置いて、力をかける。ブレないように注意しよう。離すときは真上に離すこと。人は四角いハンコを持つと、「バーン」と押したくなるものらしいが、ゆっくり丁寧にやらないと、うまく捺せない。

上手く捺せるようになるには、経験を必要とする・・・などと偉そうなことを言っているが、実は僕もあまり得意ではない。篆刻で、一番難しいのは┛だと思う。

さて、捺してみた。
寒来暑往1st秋収冬蔵1st
うーん、ちょっと印泥が足りなかったようだ。

もちろん、これで終わりではない。どちらも刻り残しがあるし、思ったように刻れていない部分もある。次は、印影を見ながら、修正を加えていく。これを「補刀(ほとう)」という。また、中の文字に比べて、まわりが真っ直ぐすぎるので、意図的に欠けを加える。これを「撃辺(げきへん)」という。

それは次回の講釈で。

篆刻でもしましょうか(その7・補刀と撃辺)に続く。
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このブログはやたがらすナビの付録のブログである。やはり、少しは文学の香りがしないといけない。

大阪で文学といえば、オダサクこと織田作之助。そして、織田作之助といえば『夫婦善哉』。
織田作之助『夫婦善哉』:青空文庫
夫婦善哉
千日前の愛進館で京山小円の浪花節を聴いたが、一人では面白いとも思えず、出ると、この二三日飯も咽喉へ通らなかったこととて急に空腹を感じ、楽天地横の自由軒で玉子入りのライスカレーを食べた。「自由軒(ここ)のラ、ラ、ライスカレーはご飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって、うまい」とかつて柳吉が言った言葉を想い出しながら、カレーのあとのコーヒーを飲んでいると、いきなり甘い気持が胸に湧わいた。
自由軒はこんな感じ。隣にケバブ屋があるのが、なんともシュール。
自由軒
入ってみた。今の大阪は〈作られた感〉がすごいが、ここは違う。ちゃんと昭和している。

他のお客さんもいたので、店内の写真は撮れなかったが、座席の配列がちょっと変わっている。店の真ん中に、テーブルが一列に並んでいて、そこに向かい合わせになって座るのだ。フィーリングカップル5対5のテーブルが狭くなった感じといえば、(若い人には分からないけど)分かるだろうか。普通の4人席も空いていたのに、妻と二人で入ったら、フィーリングカップル席に向かい合わせに座らされた。

「ここのラ、ラ、ライスカレーはご飯にあんじょうま、ま、ま、まむしてあるよって・・・」というカレー、現物は撮っていないが(僕は食い物の写真を撮るのが苦手である)、サンプルは撮ってある。たしかに、よくまむしてある。ちなみに「まむす」は韓国語でいえばビビン、中国語ではバンバンである。

卵は大盛りだと2つになる。そこへお好みでソースを掛けて、さらにビビンする。子供の頃、父がよくカレーにソースを掛けていたのを思い出す。味?食えば分かる。
織田作之助好み名物カレー
ハヤシ・・・もといハイシライスもあるでよ。やはり生卵が乗っているらしい。
ハイシライス
最近はレトルトのものも出ているので、店で食べられなくても、駅の土産物屋で買える。
自由軒レトルトカレー
実はamazonでも買える。

若女将らしい。
若?女将
柳吉は「どや、なんぞ、う、う、うまいもん食いに行こか」と蝶子を誘った。法善寺境内の「めおとぜんざい」へ行った。道頓堀からの通路と千日前からの通路の角に当っているところに古びた阿多福人形が据えられ、その前に「めおとぜんざい」と書いた赤い大提灯がぶら下っているのを見ると、しみじみと夫婦で行く店らしかった。
こちらが、夫婦善哉。今は巨大資本が経営しているらしい。
夫婦善哉(汁粉屋)
モッサモサの水掛け不動。
水掛け不動
法善寺横丁入り口。こちらの額は、藤山寛美によるもの。
法善寺横丁
こっちは、今年の1月に亡くなった三代目春団治。
JPG
さて、こんなところかと思っていたら、たまたま買ったフリカケを売っていた店もでてきた。あとから気がついたので、店の写真はない。
山椒昆布を煮る香いで、思い切り上等の昆布を五分四角ぐらいの大きさに細切りして山椒の実と一緒に鍋なべにいれ、亀甲万の濃口こいくち醤油をふんだんに使って、松炭のとろ火でとろとろ二昼夜煮つめると、戎橋の「おぐらや」で売っている山椒昆布と同じ位のうまさになると柳吉は言い、退屈しのぎに昨日きのうからそれに掛り出していたのだ。
をぐら屋
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「コッテコテの大阪」というタイトルにしたが、大阪自体がコッテコテだというのではなく、今回行った場所がコッテコテなのだ。

例えば、東京だったら泉岳寺と東京タワーと浅草をはしごしたら、コッテコテの東京になる。京都だったら、清水寺と三十三間堂と太秦映画村あたりだろうか。あえて広隆寺には行かないで、映画村に行くのがコッテコテの京都である。

まず、泊まった所がすでにコッテコテ。道頓堀近くの御堂筋沿い。着くなり、頭の中でデーンデンデンデーン、デーンデンデンデーンと欧陽菲菲の『雨の御堂筋』が流れるが、2泊3日の3日とも小糠雨など降らず、暖かくていい天気だった。

昼はこんな御堂筋。
昼の御堂筋
夜はこんな御堂筋。
夜の御堂筋
道頓堀もグリコの看板も、ずいぶんヴァージョンアップしたものだ。こんなんワシの知っとるトンボリやない。
グリコ看板
「とーれとれピーチピチかにりょうりー」でおなじみ、かに道楽もすぐ近く。観光客はほとんど外人さん。
かに道楽
そういえば、かに道楽の近くにエビ道楽ちゅうパチもんがあったような・・・どうも見当たらん。昔はこの辺の道路には、なにかナゾの粘着物が塗ってあって、ベタベタと足に抵抗を感じたものだが・・・、今はきれいなものだ。

くいだおれ太郎もおるで。
くいだおれ人形
コッテコテ大阪といえば、通天閣に行かんわけにはいかない。
通天閣
ちゃんと登ったでー。
通天閣内部
生駒山と四天王寺が見えた。
通天閣から生駒山をのぞむ
通天閣の下には坂田三吉で有名な三桂クラブが・・・。
三桂クラブ
地下鉄のアナウンスが仁鶴師匠っぽかったんで、「四角い仁鶴がまーるくおさめまっせー」と仁鶴師匠のものまねをして歩いていたら、なんと仁鶴師匠が手を振ってくれた。
仁鶴師匠
「四角い仁鶴がまーるくおさめまっせー」といえば、上沼相談員のご自宅、大阪城も訪問した。広すぎて上沼相談員は見つからなかった。
大阪城
あと、大阪といえば551の豚まん。
551
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撰集抄』の入力が終わって、「さて、次は何にしよう」と考えた。

この流れでいくと、次は鴨長明『発心集』か無住『沙石集』・『雑談集』あたりだが、さすがにオッサンくさい隠者文学は飽きてきた。並行して入力している『今昔物語集』もしばらく仏教説話が続くし、このへんで華やかな歌物語でも読みたくなった。

というわけで、『平中物語』はじめました。

静嘉堂文庫本『平中物語』:やたナビTEXT

幸い、手元には『校注平中物語』(山田巌 水野清 木村晟・洛文社・昭和45年5月)という本がある。この本、大学の教科書用に編まれたものだが、影印・翻刻・主要注釈書5本の対校と、いたれりつくせりのとんでもない便利本である。これを使ってテキストを作成する。
欠点は古い本なので、影印の印刷が悪く、やや読みにくいこと。なぜか妙な紫色で印刷されていて、余白があるのにちょっと小さい。
平中影印
それでも、松平文庫本『撰集抄』と違い、漢字が少なく、変に気取った字母・字形を使っていないから、非常に読みやすい。どうしても潰れて読めないところは、翻刻を見ればいいので、『撰集抄』よりはずっと楽だ。

問題は文章の方で、中世説話文学脳になっているので、読んでイマイチぴんとこない部分がある。その上、『平中物語』は天下の孤本なので、ちょっと文章がおかしくても他の本が参考にできない。

幸い、『平中全講』(萩谷朴・同朋舎・1959年10月初版 1978年11月復刊 )など、いくつか注釈書を持っているので、何とかなるだろうと思っている。

始めてみたが、写本の字が美しく、目玉とノーミソが洗われる気がする。印刷がきれいだったら、もっと気分がよかったに違いない。『撰集抄』のときは、ときどき頭痛に悩まされたものだが、これならたぶん大丈夫だろう。

篆刻でもしましょうか(その4・布字する)の続き。

それでは、刻(ほ)ってみよう。使う道具はこれ。印刀という。
印刀
印刀にはいろいろなタイプがあるが、初めての人は上の写真にある永字牌の9mm一択でよい。

9mmというのは印刀の幅である。初めて見ると、かなり大きく感じられるが、これぐらいの方が力をかけやすい。使うのは角なので、これで小さな印も刻れる。印の大きさにしたがって印刀を使い分けることはあまりない。

印刀と印材があれば、刻れるのだが、印を固定する「印床」を使う人もいる。僕は基本的にこれを使わない。印を刻るときは、印材を何度も回転させるので、邪魔くさいからである。

僕の場合、印刀をこんなふうに持つ。僕の持ち方は全くの自己流なので、参考にならないかもしれないが、ようは印刀の角の部分で刻る。
僕の持ち方
上の写真では、手前に刻っていくことを想定している。

印刀は刃物だから、刃のある方向にしか刻れない。横から見るとこういう動かし方になる。
印刀を動かす方向
刃物を使い慣れている人なら、自然にPush方向に動かすが、そうでない人はPull方向に動かしてしまいがちだ。こちらには刃がないので、キズが付くだけである。僕はこれを「峰打ち」と呼んでいる。

上から見たところ。印刀は右に少し傾ける。この図はちょっと傾けすぎたかもしれない。最初の写真ぐらいがいいだろう。
印刀と線の関係
白い線が刻った痕である。手前方向に刻っていくと、右側が直線になり、左側に波ができる。

Fig.2は手前に向けて刻る方法を描いているが、手前から向こうでも、横でもかまわない。日本人はFig.2の方向に刻る人が多いが、中国人は右から左に刻る人が多いそうだ。当然、左利きの人は左右が逆になる。

次に印材を180度回転させて、反対側から刻ると・・・
一本の線を刻る
このような線になる。あとは真ん中の黒く残った部分を適当にさらってやれば、一本の線が完成する。線の幅が狭いときは真ん中は残らない。

ゴム印ではないから、あんまりきれいに刻れていても面白くない。刻る音がごりごり聞こえるぐらい大胆にやる。多少の欠けは気にしない。味である。大概の失敗は味でごまかすのが篆刻の基本である。

さて、全部刻ると、こんな感じになる。
刻りあがり

ここでは、白文の刻り方を例にとったが、朱文はこの応用でできる。直線になる方が文字の線に、波の方が余白になるようにすればいい。

さて、それでは捺してみましょう。
篆刻でもしましょうか(その6・┛)に続く。
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篆刻でもしましょうか(その3・印稿を作る)の続き。

印稿ができたら、それを印面に書き込む。これを「布字」という。いよいよ印材の登場だ。

説明するまでもないが、印を刻る石を印材という。一個数百円のものから、何百万円もするものまであるが、よほどの大富豪でないかぎり、浙江省産の青田石(せいでんせき)や内モンゴル産の巴林石(ぱりんせき)などを使う。

参考のため、アマゾンのアフィリを付けておくが、硬さや不純物に個体差があるので、できるだけ通信販売ではなく、書道具屋で買ったほうがいい。石の質は経験を積めばある程度見極めがつくが、こればっかりは簡単に説明できない。おおむね、食ったらうまそうに見える石は刻りやすい。青田石の場合、良い印材ほど舟和の芋ようかんに似ている。


さて、いよいよ印材に書き込むわけだが、その前に、印面を平らにならす作業をしなければならない。

800番ぐらいの耐水ペーパーを平らな面に置き、水をかけて印面を磨く。鏡やガラスなどの上がよいと言われる。丁寧にやらないと、四隅がまるくなってしまうので注意。円を描くように丸く磨く人と、前後に磨く人がいるが、僕は前後に動かす派である。


昔は買ってきた印材の面が、どう見ても平らでなかったり、のこぎりで切ったキズがあったりして、荒いペーパーから細かいものへ順番にかけていったものだが、最近は最初から平らになっているものが多いので、それほどしつこくやる必要はない。

さて、印面を磨いたら、白文なら朱墨を、朱文なら墨を印面に塗る。あとは、前回の印稿と同じ。印稿の文字を左右反転させて、鏡で確認しつつ何度も修正しつつ書き込んでいく。口で言うと難しそうだが、篆書は水平・垂直・左右対称が基本なので、それほど難しくない。このとき、印稿よりもいい感じになっちゃうことがあるが、それはそれでよい。

で、できたのがこれ。
布字布字2

さて、次回はいよいよ刻ります。刻りまくります。
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