2017年02月

今月の森友学園(塚本幼稚園・瑞穂の國記念小學院)の問題は、いろいろ出てくるたびに、幼稚さが目に付き、腹が立つというより、あきれることばかりだった。

教育が保守的だとか、愛国心だとかはどうでもいい。その愛国心とやらを教育するのに、わけもわからぬ幼稚園児に教育勅語を暗誦させたり、ヘイトスピーチをさせたり、安倍首相を礼賛させたり、やることなすこと、すべて幼稚である。

副学園長の手紙とやらもTwitterで流れてきたが、内容も文章も文字も幼稚で見るに耐えない。子供が幼稚なのは当たり前だが、幼稚園経営者が幼稚なのだ。

おそらく、この学園長・副学園長は、ただ単に幼稚園児の番長になりたいだけで、何の教育理念も持っていないのだろう。幼稚園児の番長には飽きたらなくなったから、小学校を作って小学生の番長になろうとしているのである。

用地買収が幼稚だったから、この件は表に出てきたわけだが、それは学園だけでできることではない。連中に提灯を付けた幼稚な政治家や役人がいる。

その代表格が安倍首相と、名誉校長なるものに就任した昭恵夫人である。あれぐらいの地位になると、様々なところから、名前だけの名誉職の声がかかる。だから、単に名前だけ貸したとしても不思議ではないし、たぶんそうだろうと思う。

保守的な私立学校はいくらでもあって、政治家が名誉職をやっている学校もいくらでもある。しかし、どう考えても森友学園は関わってはいけない相手だ。自分好みの保守的な教育をしているというだけで、安易に名前を貸すのは、いかにも幼稚な所業である。

結局、安倍首相も幼稚な思想しか持っていないということだが、首相とその妻の持つブランド力は半端じゃなく大きいのだから、「騙されました」ではすまされない。

あくまで想像だが、この一件は、この幼稚な連中を利用して一儲けしようとした、幼稚でない悪人がいて、それに幼稚な連中が踊らされたということだと思う。徹底的に究明してほしいが、究明するマスコミや野党も幼稚だから、ちょっと頼りにならないな。
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最近、『今昔物語集』の電子テキスト化の作業をすると、疲れるようになった。目が疲れるというより、全身に疲れが溜まり、ちょっと長めの説話を入力すると、20分ぐらい横にならないと、疲れがとれない。以前はこんなことはなかったのだが。

もともと目が悪いので、あまり気にならなかったのだが、どうも老眼が原因らしい。これが篆刻をやると如実に分かる。ちょっと暗くなると、印面がチラチラとしてくる。目を近づけるとなおさら見えない。

不思議なことに、PCだけを使っている時には疲れをあまり感じない。PCのモニター自体が発光しているからだろう。電子テキストの入力は、活字本を見ながらなので、目がつかれるのではないか。

そこで、机の照明を買い換えることにした。今まで使っていたのは、20年ぐらい前に人からもらった、小さな蛍光灯の電気スタンドである。

amazonを見てみると、多種多様なものがある。値段も数千円から数万円まで、ピンキリ。机上を照らすという単純な道具なので、レビューをみてもあまり参考にならない。家電量販店まで見に行こうかとも思ったが、あいにく近所に品揃えのよい家電量販店がない。

僕にとって、デスクライトといえば、山田照明のZ-Lightである。子供の頃、あの自由自在に動かせるデスクライトが憧れだった。この際、子供の頃からのあこがれを買ってしまおう。
Z-LIGHT:山田照明

さすがに照明器具の専門メーカだけあって、ラインナップが幅広い。どれを買っていいかさっぱりわからん。あまりに値段がお高いのは遠慮するが、なにしろ憧れの一品、ショボすぎるのもいかがなものか。

カタログで比較してみると、どうもZ-10Nというのが一番オーソドックスらしい。写真でみた感じもいい。値段は1万円弱。高くもないし、安くもない。
Z-10N:山田照明

というわけで、来ました。中身はこんな感じ。もちろんLED。

やることは、スプリングを2つ付けるのと、クランプを机に付けること、あとは電源に刺すだけ。それにしても、ついにデスクライトまでACアダプタになったか・・・。
本体
クランプ。これを机に付けるのだが・・・。
クランプ
これが大変良く出来ている。上の丸い部分が、スタンドを挿す場所なのだが、これを回すとクランプを開いたり閉じたりできる。つまり、机の下に入り込む必要がないのだ。

クランプの横に六角レンチが見えるが、これはアームの固さを調整するためのものである。基本的にクランプそのものを付けるのに工具は必要ない。

ただし、このクランプは机のような水平面にしか付けられない。垂直面に付たい場合や、壁に付けたい場合、クランプが使えず台を使いたいときは、別売り品を買わなければならない。クランプの種類は非常に充実しているので、使えないところはほぼないと思う。
オプション:Z-LIGHT

机に付けてみた。机の上が、なんだか雑然としているのは気にしないでくれ。

昔のZ-LIGHTと比べると、非常にスマートに見える。僕の自転車(モールトン)に似ているという理由でシルバーにしたのだが、パイプの太さも同じぐらい。各パーツの動きも重すぎず軽すぎず、気持ちよく動く。
Z-10N

さて、使ってみた。

こうかはばつぐんだ!

買ってから半月ほど経ったが、本当に疲れなくなった。最高に明るくすると少々明るすぎるので、少し暗くして使っている。

電源ボタンはシェードの右端にある機械式のボタンで、これを長押しすると、明るさがゆっくり変化する。再点灯しても明るさを記憶していて、同じ明るさになる。ダブルクリックで、最高の明るさになる。

だから、しょっちゅう明るさを変える必要のある人には向かない。また、色温度(色の赤さ)を変えることもできない。そのような機能を必要とする人には向いていないと思う。


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中国の土着の信仰では、死後も現世と同じような官僚制があると考えられていた。それが仏教に取り入れられたため、仏典などにこの世界観が描かれる。『今昔物語集』の震旦部には、そんな翻訳説話がたくさん見られる。

亡くなった人は冥界で裁判にかけられ、現世での所業によって、どのような罰を受けるかが決まる。裁判官は言わずと知れた閻魔大王で、今で言う検事や弁護士などは、冥界の役人が勤める。時には証人として、現世から出廷させられることもある。

現世と同じ官僚制だから、汚職もあるし、ミスもある。面倒くさくなって証拠不十分で罰しちゃったり、書類を紛失したり、賄賂を渡されたり、ゴネに負けたり、どこかで聞いた話ばかりだ。

では、その役人はどうやって雇うのだろう。現世なら科挙で採用するが、冥界は現世の役人から優秀な人をスカウトするらしい。

『今昔物語集』巻9「震旦魏郡馬生嘉運至冥途得活語 第三十」は、嘉運という男が、冥界の記室という官職に欠員が出たため、代わりにスカウトされるという話である。

冥界の役人になるということは、現世では死ぬことなので、嘉運はなんとかして逃れたい。たまたま、現世での知り合い霍璋が、冥界で役人として働いているのに出会い、アドバイスを求めた。すると、霍璋は「『アホだからできません』と言いなさい。自分がそれを証言しよう」とアドバイスした。

冥界の王の前で、嘉運は「アホなので私には責務を全うできません」的なことをいう。霍璋も「嘉運が文章を書いているのを一度も見たことがありません」と証言する。

これでOKと思いきや、ここで冥界の王、予想外の発言をする。

「それでは、誰か他に適任者はいるか」

嘉運は陳子良という男を推薦する。ということは、自分の身代わりに死んでもらうということである。まったくひどい話だが、これによって嘉運は生き返ることができた。

冥界の役人として働いていたというと、我が国の小野篁が知られている。

『今昔物語集』巻20「小野篁依情助西三条大臣語 第四十五」

篁は冥界と現世の両方を行き来し、働いていたという。どうやら、冥界には常勤と非常勤があったらしい。嘉運は常勤、篁は非常勤である。

篁と同じく非常勤として冥界で働いていた人の話が、嘉運の説話の次に出て来る。似たような説話が続いているのは、『今昔物語集』が二話一類といって、関連する説話を対にする形式になっているからである。

『今昔物語集』巻9「震旦柳智感至冥途帰来語 第卅一」

この説話の主人公、柳智感は嘉運同様、冥官の欠員によりスカウトされる。ところが、寿命がまだ残っていることが判明し、権官に任命され、小野篁のように、現世と冥界を行き来して仕事をするようになる。「権官」というのは、仮にその官に任ずるという意味である。

冥界の役所というところは、人間の生き死にだけではなく、未来の運命なども分かるらしく、柳智感は親族や友人に様々なアドバイスをしていたが、冥界の権官として三年経ったとき、衝撃的なことを告げられる。

隆州の李っていうやつに正官を授けることになったから、君、もうこなくていいよ

常勤が来たら非常勤はクビ。講師生活25年、同じセリフを何度聞いたことか・・・。目が曇って、この先が読みにくい。

さて、柳智感は冥界へ行くことはなくなったものの、この後、現世の役人として出世したばかりでなく、脱走した囚人の居場所を冥官に教えてもらったりしている。このへんは、クビにしたらしっぱなしの現世とはちょっと違うようだ。
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AI(人工知能)が進化すると、さまざまな職が奪われるそうだ。

AIなんていうラベルをつけなくても、技術の進歩とともに、さまざまな仕事が消えていったのは歴史的事実である。例えば、電車に乗ること一つ考えても、窓口で人が売っていた切符を機械が売るようになった。それをかつては切符切りという人が切っていたが、機械が切るようになった。それらに人が必要なくなったのである。

AIだろうが、そうでなかろうが、歴史の必然として、いずれ仕事は減っていくことには違いない。では、最後に残る人間の仕事はなんだろうか。

まず、単純労働はどんどん減っていくだろう。AIという言葉が恐れられるのは、単純労働でないところまで、機械がやってしまうということである。例えば、自動車の運転は高度な判断力を必要とするが、その判断力が今以上にコンピュータに付けば、いずれ運転手は必要なくるといった具合である。

こうして最終的に何が残るか、いろいろ考えてみた。

まず、ものを作る仕事は、すでにかなり置き換えられている。人が全く必要なくなるのは比較的早いだろう。コンピュータはそもそもノーミソの代わりになる機械だから、頭を使う仕事も早晩置き換えられるだろう。単純に作るだけ・頭を使うだけの仕事は、比較的早いうちに人がいらなくなるだろう。

サービス業はかなり後まで残るはずだ。サービス業は受け手の心理的な部分が大きく、たとえ機械がパーフェクトな仕事をしたとしても、それに対してどうしても心理的な抵抗がでてくる。しかし、これもあくまで慣れの問題で、いずれは機械がやることになるだろう。

さて、こうしてすべての仕事から、機械化できるものを取り去った時、たった一つだけ、絶対に機械にはできないものが見えてきた。

坊さん

坊さんだけはどう考えても人間以外にはできない。

いくら精巧にできていても、ロボ坊主にお経を上げられたら、成仏しそうな気がしない。クリスチャンでもないのにチャペルで挙げる結婚式の神父・牧師も、信仰心がないのだからロボがやってもたいして変わりなさそうだが、さすがにロボでは幸せになれそうな気がしない。

したがって、最後に残る仕事は坊さんである。さすがに、そうなるまでには相当かかるだろうが、何も仕事が無くなった人類は、全員坊さんになる。おそらく、56億7千万年後、坊さんしかいない現世に、弥勒菩薩は下生するのだろう。

ナム〜。チーン。
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『成尋阿闍梨母集』の電子テキスト、早くも一巻が終わった。上巻でも巻一でもなく、一巻である。

宮内庁書陵部本『成尋阿闍梨母集』:やたナビTEXT

実は今まで、上巻・下巻としていた。講談社学術文庫の『成尋阿闍梨母集』が一巻・二巻としていたので、変だなとは思っていたが、二巻の最初に「延久三年正月廿日 二巻」とあるのを見て、今までの間違いに気づき、あわてて修正した。

二巻からなるなら、普通は「上巻・下巻」である。『成尋阿闍梨母集』の場合、最初の巻も日付で始まるのだが、「一巻」とは書いていない。だから、正確には一巻はなく、二巻にだけ二巻と書いてある。

この作品、内容的には一巻で作者が書くべきことは終わっている。一巻の終わりは、「書かなくてもいいことだけど・・・」と始まり、成尋の子供の頃を描くなど、あとがき的になっている。

『成尋阿闍梨母集』一巻(10) 書き付けでもありぬべきことなれど・・・:やたナビTEXT

続く二巻は、その冒頭に、
岩倉を出でて、仁和寺へ渡りし折のことは、みな書きとどめて侍れど、なほ飽かず思えて
とあるように、一巻で書き足りなかったことを書くということになっている。

当初一巻で終わるつもりだったので、一巻には何も書いておらず、ついつい長くなっちゃったということで、二巻としたのではないだろうか。だとすれば、最初の巻を「一巻」とするのも誤りで、巻名ナシ+二巻ということになる。二巻を「補遺」とかにしなかったのは、三巻・四巻と続く可能性があるという、意気込みの現れかもしれない。

もちろん、「延久三年正月廿日 二巻」が、最初から書かれていたのが前提の話だが、成尋阿闍梨母ならありそうな話である。
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成尋阿闍梨母集』のテキストを作っていて、漢字の表記に少々悩んだ。

やたナビTEXTでは、常用漢字はすべて新字体に統一することにしている。そちらの方が読みやすいのと、検索の便を図るためである。ただし、『今昔物語集』は例外で、異体字が非常に多く、それらが使い分けされている可能性があるので、どう考えても大丈夫なものだけ新字体にしている。

さて、成尋は中国の五台山で修行するために渡宋する。五台山は旧字体だと「五臺山」である。もうひとつの聖地、天台山にも行っているのだが、こちらは旧字体でも「天台山」である。地名として「台」だったということらしい。中国語では発音も少し違っていて、天台山の台はtaiの1声、五台山の台(臺)は2声である。成尋の旅行記『参天台五台山記』は、正確に表記すると、『参天台五臺山記』となる。

固有名詞は新字体にこだわらないという方針もあるので、最初は旧字体の「五臺山」にしようと思ったが、これもちょっと問題があることに気づいた。現在、日本でも中国(大陸)でも、「五台山」と表記しているのだ。「五臺山」にしてしまうと、一般的な表記である「五台山」で検索がヒットしなくなる。

今のところ、本文では「五臺山」にして、注釈で「五台山」としている。これならどちらでもヒットするが、字を変えただけの注釈というのもマヌケな話である。

さて、これを書いていたら、台湾に住んでいる知り合いから、ちょっと面白い写真を見せてもらった。台湾の高雄駅の入場券である。
月台票

「月台」とはプラットホームのことで、「この券でプラットホームまで入れますよ(乗車はできません)」という意味である。本来、「月台」は月見のための台なので、「入場券」よりもお見送り感がある。

それはさておき、券の上部にある、「臺湾鐵路局」が「臺」を使っているのに、なぜか「月台」は日本の新字体と同じ形を使っている。この場合、「天台山」とは違い、「月臺」で問題ないはずだ。

簡体字を使う大陸と違い、台湾は繁体字にこだわっているというイメージだったが、よく使うにもかかわらず画数の異常に多い「臺」は、俗字として「台」を使うことが多いらしい。この場合、活字なんだから、「臺」でよさそうな気がするけどね。
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平中物語』の次の電子テキストは、僕の脳内会議により、『成尋阿闍梨母集』に決定した。

宮内庁書陵部本『成尋阿闍梨母集』:やたナビTEXT

以下、脳内会議の議事録。

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中川A:次は『平中物語』からの歌物語つながりで『大和物語』はどうか。『大和物語』は説話集という見方もできるので、これまでの流れから違和感がない。

中川B:『大和物語』の電子テキストは、すでにいくつかあるから重要度が低い。ここは再び中世隠者文学の流れに戻して、『発心集』か『無名抄』はどうか?

中川C:『大和物語』は長いしつまんねぇ(失礼)。写本が読みにくくて、辛気臭いオッサンの文学はもう飽きた。しばらくやりたくない。

中川A・B:じゃあ、何がいい?

中川C:オッサン文学は飽きたから、バアサン文学はどうか?『成尋阿闍梨母集』なんかどうよ。

中川A・B:『成尋阿闍梨母集』は日記だ。これまで説話を中心に電子テキスト化してきたのに、これはどうか。

中川C:成尋阿闍梨の母は散逸宇治大納言物語の作者とされる源隆国の姉だから、説話と関係あるっちゃある。

中川A・B:いやでも・・・。日記あんまり得意じゃないし・・・。

中川C:我々の師匠はもともと日記が専門ではないか!それに、短い!読みやすい!ネット上にない!ハイ、これで決定!

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気がついたら、はや2月も5日になってしまった。なにやら忙しくて、1月は4回しかブログを更新しなかった上に、5日に先月の総括を書く体たらく。

さて、1月はなんといってもドナルド・トランプアメリカ大統領の就任でもちきりだった。就任直前は、「まあ、ああは言っても、実際に大統領になったら大人しくなるんだろう」という期待が多かったようだが、就任直後からトンデモ大統領令を連発、「やっぱ、マジキチかも?」に変わってきた。しかし、他の人があんなことをやれば、「マジキチだ!」となるが、それでも「かも?」で済んでしまうのも、トランプならではである。

僕は結構前からトランプを知っていて(面識があるという意味ではない)、数年前ニューヨークへ行った時に、ラガーディア空港にトランプ専用機が駐機してあるのを見つけて、やや興奮ぎみに「ホラ、あれトランプの飛行機だ!本当にあるんだなぁ」と隣の妻に言ったところ、妻は「トランプ?何それ」と言っていた。カメラを持っていたなかったので、残念ながら写真はない。

昔、深夜にやっていたアメリカのプロレス、WWE(当時WWF)をよく見ていた。見え見えの台本とハデな演出が面白かったが、オーナーのビンス・マクマホンとトランプがそれぞれレスラーを雇って対決させ、負けた方が髪を剃るとかいうアホな試合があった。

トランプは相当プロレスが好きらしい。英語はよくわからないが、それでも演説の様子がプロレスっぽいのはよく分かった。ちなみに、ビンス・マクマホンの妻、リンダ・マクマホンはトランプ政権でアメリカ中小企業庁長官に指名されている。

考えてみれば、政治なんてプロレスみたいなものだ。観客の知らない筋書き―アングルというそうだ―が設定され、観客はそれを見て、ある時は怒り、あるときは喜ぶ。政治だって、国民の知らないアングルがたくさんあって、それを知らずに国民は怒ったり賞賛したりしている。

なにしろ、プロレス好きのトランプだから、いろいろアングルを考えているだろう。問題は、日本の政府が、トランプのアングルを知っているか、そもそもアングルに組み込まれているかである。
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