2017年03月

中国旅行ネタをもう少し書かなきゃならないんだけど、3月も今日で終わりなので、お約束の今月の総括。

森友学園の籠池氏の証人喚問は、飛行機の中にいたので、見ることができなかった。気がついたら、「忖度」という言葉が流行っていた。

僕はこの件は、最初から、籠池氏から役人なり政治家なりに賄賂が渡っているというような問題ではないだろうと思っていた。動く金がショボすぎる。この程度の金のために、危険を犯して賄賂を受け取る政治家や役人などまずいないだろう。

しかし、実際に起きたことは、国有地の大幅なダンピング、認可基準の変更など、もしこれを賄賂でやったら、握らせる人数が多すぎて、とても出来そうにない。金もかかるし、バレやすくもなる。賄賂以上の力を持っているのが忖度だったというわけだ。

賄賂と違って、忖度は犯罪ではない。それどころか、僕たちは忖度の中で生きている。だから、忖度が悪いなんて誰も思っていない。ところが、今回はそれが問題になっている。なぜだろう。

野球に例えてみよう。アウトかセーフか、非常に微妙なクロスプレイがあったとする。その時、審判はどう判断するか。

ものすごい形相で必死にランナーが走って来たら、ついセーフにしてしまうし、余裕ぶちかまして来たら、アウトにしたくなる。その他、個人的な好みやゲームの流れなどでも忖度するだろう。人間とはそういうものだ。意識的か無意識かを問わず、瞬時に忖度しているのである。

しかし、それが通用するのは、微妙なクロスプレイだからである。微妙でない場合、例えば、明らかにアウトなのに、忖度してセーフにしたら、単なるルール違反で、スポーツとして成立しない。

今回の忖度の問題点は、忖度でそれまでのルールを変えてしまったことである。だが、このような忖度によるルール変更は、大なり小なり僕達の社会の至る所で見ることができる。森友学園や役人・政治家だけの問題ではない。

もう一つの問題は、その忖度が森友学園の特殊な教育によるもので、それに多くの有力な政治家が信用を与えてしまったということだ。

常識的に考えれば、少子化の時代に新しい小学校を作る必要はない。ある程度遠距離でも通える高校や大学ならまだしも、近所からしか通えない小学校で、進学実績もなく、そのうえ特殊な教育をしてる学校がうまく経営できるはずがない。普通であれば、認可など下りないのが当然だ。

そこに忖度の力でルールを曲げてしまった源泉が、安倍首相を筆頭とする、特殊な教育に賛同する政治家たちである。

おもしろいことに、この連中は、森友学園の特殊な教育に賛同しておきながら、風向きが変わったら、急に逃げ出した。もともと忖度などという、フワフワした得体の知れないものに頼ってきた連中だから、風向きとともに飛んで行ってしまうのである。
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3月23日から26日にかけて、紹興と杭州に行ってきた。わずか三泊で、二箇所も行ったのは、妻がいまだにツアー脳から解けないからである。

さて、何から書こうかと思ったのだが、タイムリーに旅行中に旅行会社が潰れるという事件があったので、それにかこつけて、今回のトラブルを。といっても、てるみくらぶに比べれば、屁みたいなものである。

二日目、杭州のホテルに着いた時のこと。泊まったのはソフィテル杭州ウエストレイク。フランス資本の5つ星、やたらいいホテルである。客室はこんな感じ。
ソフィテル杭州西ウエストレイク客室
僕はこの写真の手前のベッド、妻が奥のベッドということになったのだが、妻がベッドを押して何だかヘンな顔をしている。

妻「このベッド、なんだか硬い・・・」

中国のベッドは硬いものが多い。何を今更と思って、「だって中国だもん」と答えると、妻はシーツをまくり上げて、「何コレ!」と叫んだ。そこには・・・。
ベッドにスノコ
なんじゃこりゃー!

どこからどう見ても立派なスノコである。昔の学校の渡り廊下に敷いてあったあれとそっくりだ。こんなものが何でベッドに敷いてあるのかわからない。

取り出そうと思ったが、なかなか重い。第一、こんなものを部屋に立てかけておくのもじゃまくさい。とりあえずフロントに電話したのだが・・・僕の中国語はポンコツだ。以下、実際の会話は中国語である。

僕「xxxx号室の中川だが、ベッドがダメだ。すぐに見に来てくれ」
フロント「xxxx号室ですね。どんな状態でしょうか?」
僕「どんな状態って・・・ベッドの上に・・・(スノコってなんて言うんだ?)何やら・・・・乗っている・・・。あー、とにかくさっさと見に来い!」
フロント「わかりました」

何だかよくわからないが、通じたようだ。たぶんそうとうヘンな中国語をしゃべっていたと思う。

数分後、申し訳無さそうにベッドメイクの小柄な女性が現れた。スノコを見て、

「これは不要なのでしょうか?」

「(あたりまえだよ)不要!」

ベッドメイクさんは、自分より大きなスノコを抱えてすごすご出て行った。それにしても、なんでこんなものがあったのだろう。聞きたかったが、聞いても返事が聞き取れなさそうなのでやめた。

さて、もう一つ。西湖近辺のオシャレレストランに入ろうとしたときのこと。

店員に人数を告げ、席を案内してもらう。しばらくして、お茶がでてきた。さすが茶の名産地杭州だ。北京ならよくて水しか出てこない。とまあ、ここまでは想定内。

ところが、どこにもメニューがない。店員にメニューをお願いすると、テーブルの端を指さし、「これを使ってください」という。そこには・・・。
QRコード
周りの人を観察すると、このQRコードをスマホで読み取って、表示されるサイトから注文するようだ。おそらく、決済もスマホでできるのだろう。うまく使えば、一言も発せずに、メシを食って金まで払えるという寸法だ。レジがあったので、現金払いもできそうだ。

しかし、僕のスマホはネットに繋がっていない。妻のはデータローミングで繋がっているが、なんとQRコードリーダーアプリが入っていない。

いろいろ試したあげく、どうにもならないことが分かり、僕は逃げることを提案した。妻は、「悪いから一言断ってから・・・」とかぐずぐず言っているが、「こういう時は、黙って逃げるのが中国のしきたりだ」とか、嘘八百、なだめすかして店を出た。当たり前だが、何も言われなかった。

よく観察してみると、そういう店は店頭に表示があるのが分かった。どうやら、ちょっとオシャレな店は、ほとんどこの方式らしい。昔からある食堂や、逆に高級そうな店は従来通りである。

それにしても、言葉が通じなくて逃げたことは何度かあるが、喋らなくていいのに逃げるハメにあうとは思わなかったよ。スマホ大国恐るべし。
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現在老人ホームに入っている祖母の家を貸すことになり、そこにあった僕の私物を始末している。大部分は書籍だが、ブックオフとヤフオクでだいぶ減らした。

それでも、絶対に売りたくない本はある。そういう本と自転車・カヤック、その他もろもろのごちゃごちゃとしたものを引き取らなければならない。とてもじゃないが、今住んでいるマンションの部屋には入らない。

そこで、やむなく貸し倉庫を借りることにした。幸い、今住んでいる所から、徒歩10分程度で行ける場所に見つけることができた・・・のだが、一畳ぶんのスペースしかない。月7000円(これでも安い方だった)である。さすがは大都会だ。ちょっと郊外にいけば、月7000円も出せば、コンテナが借りられる。

毎月7000円の出費が増えることと、一畳という狭さに、少々悩んだものの、背に腹は代えられない。借りることにした。

手続きは、場所の指定から身分証明まで、すべてネットでできる。2・3日して、宅配便でカードキーが送られてきた。便利な時代になったものだ。

場所は、最寄り駅から徒歩数分のビルの中にあり、部屋に入るにはカードキーがないと入れない。その部屋が、スチール製のパーティションで区切られていて、そこにはナンバーキーがかかっている。トランクルームの中はこんな感じ。
トランクルーム

さて、僕の家からは650メートルしかないのだが、祖母の家からは1.5キロもある。ここをどうやって運ぶかが問題だ。

最初はレンタカーでも借りて、一気に持って行ってしまうかとも思ったが、そうすると、次に引っ越すまで開封されないダンボールが山積みになるだけだということは、経験上分かっている。さいわい春休みで時間があるので、ちまちまと台車(愛称べんり君。知の重み:2008年04月06日参照)に乗せて運ぶことにした。

なにしろ往復3キロである。本は重いので、ダンボール4つが限界だ。本を入れるためのスチール本棚も運んだ。ガラガラととんでもない音を立てて、180cmの本棚を積んだ台車は進む。最初はどうなることかと思ったが、なんとか終わった。

最初は一畳程度で大丈夫かと心配だったが、本棚2つとカラーボックス一つを入れたおかげで、祖母の家に置いてあったぶん全部入れてまだ余裕がある。収納家具というのはたいしたものだ。

とてつもなく面倒くさい作業だったが、あらためて自分が何を持っているのか確認できたのはよかった。きれいに入れなおしたので、自分の部屋よりもどこにどの本があるか分かりやすくなって、なかなか気分がいい。

今回の片付けで、一つだけ、絶対に出てくると思っていたものが出てこなかった。
プーアル茶

葛的先生の結婚式でもらった普洱茶である。プーアル茶というものは、古いものほど旨くなるという。もらったのは10年前(Extreme bridal dinner Yeah!:2006年08月06日参照)だから、かなり旨くなっているはずなのだが・・・・。

一体どこへ行っちまったんだろう。
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撰集抄』が終わって、そのころ同時に進行していた、『今昔物語集』も震旦部付仏法だったこともあり、少々仏教説話に食傷気味だったから、『平中物語』・『成尋阿闍梨母集』と、ちょっと毛色の違うものをやった。

なんとなく飽きていた仏教説話だが、『今昔物語集』も震旦部の最後の巻「震旦 付国史」になって、不思議と仏教説話を読みたくなった。というわけで、次のやたナビTEXTは鴨長明作の仏教説話集『発心集』をやることにした。

慶安四年版本『発心集』:やたナビTEXT

鴨長明が専門だったわけでも、好きなわけでもないが、これで、『方丈記』・『無名抄』・『発心集』と、主要な散文作品はすべてやたナビTEXTに収録されることになる。

『発心集』は、わりと最近、角川文庫から新版が出たので、テキストとしては入手しやすいが、決してお安くはない。僕の調べた限りでは、ネット上に電子テキストもない。



底本は新潮日本古典集成『方丈記・発心集』や旧角川文庫と同じ、慶安四年版本。版本なので、あちこちの画像データベースで見られるが、とりあえず名古屋大学所蔵のものが使いやすそうなので、これを底本にすることにした。

名大システム 古典籍内容記述的データベース(名古屋大学図書館)『発心集』

この版本、漢字(楷書)片仮名交じりで、字も大きく、ルビと句点まで付いているので、ある意味現代の活字本よりも読みやすい。翻刻をするのはそれほど難しくないが、校訂本文の方が少々悩む。

底本の味を伝えるためには、漢字をそのまま生かしたいのだが、やはり読みにくく、他のテキストと統一感がなくなり、検索が難しくなる。同じページに翻刻があるから、そのへんは、読みやすさ優先で大胆に書き換えていこうと思う。

『成尋阿闍梨母集』の電子テキストを公開しました。例によって、翻刻部分はパブリックドメイン(CC0)で、校訂本文部分はクリエイティブ・コモンズライセンス 表示 - 継承(CC BY-SA 4.0)で公開します。

宮内庁書陵部本『成尋阿闍梨母集』:やたナビTEXT

底本は宮内庁書陵部本で、影印は書陵部所蔵目録・画像公開システムを使用しました。これは、現在、大阪青山歴史文学博物館に所蔵されている、定家本を丁寧に書写したものとされています。伝本はこの2つしかありません。

非常に美しく書かれていて読みやすく、文章も一部意味不明の語が含まれる以外はそれほど読みにくくないので、スイスイと翻刻が進みました。今一部で流行しているらしい翻刻の練習にもオススメです・・・・が、終盤に行くにしたがい、アレ?なんだか読みにくくなったような・・・。

この本、最初は10行で書かれています。これが書き出し。字そのものも美しく、字間にも行間にも余裕があって、仮名書道作品みたいです。
4左
ところが途中(書陵部所蔵目録・画像公開システムの48コマ左)から11行になります。まあ、一行増えただけなので、やっている最中は気づきませんでしたが・・・。
48左
終盤に差し掛かって(61コマ左)、「アレ?読みにくい。なんかヘンだぞ」
数えてみたら12行になっていましたが・・・
61左
ついに、14行に(62コマ左)。字もずいぶん小さくなりました。最初の余裕はどうした!
62左
このあとは、しばらく13行と14行が混在するのですが、最後の丁(69コマ左。オーラス70コマ右は2行で終わり。)で、何事もなかったかのように、しれっと11行に戻ります。
69左
大阪青山の紹介ページを見ると、最初の一丁の写真があって、書陵部本と全く同じ字詰めになっているので、定家本の段階からこうだったのでしょう。

行数が変わることはたまにありますが、こんなに変わるのは見たことがありません。あの定家が、「うわ、やべぇ。紙が足んねぇ。」とか言っているのを想像すると、思わず笑ってしまいます。

ボランティアによるウェブディレクトリ、DMOZがついに終了するらしい。

DMOZ
DMOZ終了のお知らせ

今となっては「ウェブディレクトリ」から説明しなければならないだろう。ウェブディレクトリとは、簡単に言えば、巨大なリンク集である。

GoogleやBingなどの検索サイトは、クローラーとよばれるプログラムが自動的にWebページを巡回・収集してページをコピーし、そこから入力されたキーワードに従い、検索結果を出力している。キーワードに対し、どのページをどの順番で出すか、すべての判断はコンピュータが行っている。

しかし、昔はそうではなかった。サイトを作ると、検索サイトに申請する。検索サイトの人は、載せるのに適当か判断して、適当ならサイトの人の判断でカテゴリ分けして載せていた。初期にはさまざまなウェブディレクトリがあったが、次第に淘汰され、Yhoo!Japan(現在のYahoo!カテゴリ)とDMOZが大手で、サイトを作るとそこに申請するのがお約束だった。

「Yahoo!はともかくDMOZなんか知らないよ」という人も多いと思うが、DMOZのカテゴリは自由に使うことができたので、別のサイトに埋め込まれていることが多かった。例えば、かつてはGoogleディレクトリというのがあったが、これはDMOZをそのまま載せているだけだった。

やたがらすナビを始めた時は、すでにGoogleの時代になっていたが、それでも、ウェブディレクトリに登録する必要があった。これに登録されていると、Googleなどから信頼性の高いサイトと見なされ、検索結果の上の方に出ることができたのである。

Yahoo!Japanには当然申請したのだが、通らなかった。当時はリンク集が主力のコンテンツだったので、リンク集にリンク集は入れないという方針があったのかもしれない。しかし、その後、サイトが充実してから申請してもやはり通らなかった。その時、別のリンク集サイトは掲載されていたので、理由は全く分からない。

DMOZの方は最初から諦めていた。審査が厳しい上に、ボランティアの人材が少なく、やたがらすナビの入りそうな過疎カテゴリでは、まず掲載されないと聞いていたからである。

ところが、ある日、申請していないはずのDMOZに登録されているのを発見した。誰かが申請したのか、ボランティアのエディタが自分の判断で入れてくれたのかは分からないが、本当にうれしかった。その後、現在のサーバーに引っ越した時、URLの変更にも速やかに対応してくれた。

僕自身、ほとんど使っていなかったが、DMOZには感謝しかない。エディタの方、長い間ご苦労様でした。

というわけで、記念にスクリーンショットを載せておこう。このページもじきに見られなくなる。
DMOZ

就職活動が解禁になったそうだ。

就職活動といえば「面接官」だが、この言葉はどう考えてもヘンだ。そもそも「官」は役人という意味である。公務員の採用ならともかく、私企業なら「面接員」とでもいうべきだろう。どう考えても、言葉としておかしいが、それ以外の言葉を聞いたことがない。

しかし、最近、『今昔物語集』の震旦部を読んでいて、これは冥官のイメージなのではないかと思うようになった。

冥官は、中国の民間信仰で、人の死後行くと考えられていた冥界で働く役人である。閻魔王が総理大臣や知事とすると、その下で働く官僚から小役人まで、すべて冥官ということになる。

『今昔物語集』に登場する冥官は、コネで便宜を図ったり、賄賂をもらったり、書類を紛失したり、最近良く聞く話ばかり。役人というものは、どこの国でも、どの時代でも、現世でも、冥界でも、みな同じようなものだと感心させられる。

面接官も、面接や希望者の資料をみて、将来の行く先を決めるのだから、やっていることは冥官によく似ている。行先は地獄というのも同じだで、地獄にさえ入れてもらえない人が死にたくなるのもしかたのない話かもしれない。しかし、冥官同様、面接官にも責任感なんて一つもないので、そんな連中のために絶対に死んではいけない

役人でもないのに役人風の名前が付いているものといえば、前にも書いた、「万引きGメン」を思い出す。そのときは、『Gメン75』の影響だと思いこんでいたが、ひょっとしたら、これも冥官のイメージなのかもしれない。

なにしろ、罪人をしょっぴいて、連れてくるのが仕事なのである。政府に雇われていなくても、イメージとしてはよく似ている。

どうも、役人的な名称に、人に威圧感を与えるイメージがあるようだ。そこまで考えて、「教官」という言葉を思い出した。

「教官」といえば、我々オッサンにとっては、『スチュワーデス物語』の堀ちえみのセリフである。このドラマは83年開始で、当時の日本航空は半官半民だったから、教官で差し支えない。自動車教習所の先生も、しばしば教官と呼ばれるが、これも私企業とはいえ、運転免許という公的な資格の審査を代行するのだから、「官」でもいいだろう。

しかし、僕は都立高校に勤務しているが、都立高校の先生のことを教官とは言わない。「職員室」とはいうが、公立学校で「教官室」といっている学校を僕は知らない。どこの都道府県でも、「教員採用試験」であって、「教官採用試験」とは言わない。

たぶん、奉るべき、公務員っぽい仕事を、日本では「官」と言っているのだろう。「教員」をやっていて、どうも奉られていないような気がしていたが、それは喜ぶべきか、悲しむべきか。
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