2017年12月

暮れも押し迫ったというのに、あまり忙しくない。

理由は二つある。一つは年明けの教員展が無いこと。僕は実行委員長だったので、展覧会の準備やら、自分の作品作りやら、とにかく慌ただしかった。しかし、この展覧会の最後は2014年で、もう四回目の暮れである。そんな前のことだったかと驚く。

もう一つは、今年から祖母がうちから離れた場所の介護付き老人ホームに入ったことだ。祖母が元気だったときは、暮れには2時間ぐらい家を訪問して、いっしょにテレビを見ていた。その祖母が脳梗塞で倒れたのは2年前である。これは、なんだかもっと昔のような気がしている。

やたがらすナビを始めたのは13年前。このブログは約1年遅れで始めた。こちらはつい最近のような気がする。

挙げていくときりがないが、若い時は時が同じように流れていくが、だんだん年を取ると、出来事・やっていることごとに、流れる時間のスピードが違うらしい。

さて、今年のやたがらすナビは、次の電子テキストを公開した。
振り返ってみると、最初の方の『平中物語』は、「あれ?今年だったか」という感じがするし、三年もかかった『今昔物語集』はあっという間に終わった気がする。

なお、現在は国立国会図書館本『蒙求和歌』を作成中で、以前からあった陽明文庫本『宇治拾遺物語』のバージョンアップ作業中である。

やろうと思ってできなかったことも沢山ある。現在、やたがらすナビの閲覧者は60%がスマホなどのモバイルである。しかし、デザインがモバイルに対応していない。これを何とかしたかったのだが、試行錯誤しているうちに、一年あっという間に過ぎてしまった。ついでに言うと、このブログの更新も滞りがちになってしまった。もう少し更新回数を増やしたいと思う。

個人的な話をすると、今年は、7年ぶりに国語(現代文A)の授業を担当している。これだけ間があくと、教材もかなり変わっているし(そもそも現代文A・Bなんかなかった)、自分のやり方も忘れてしまっている。実技系の書道と座学の国語では、授業のやり方がまったく違うのを再認識させられた。

おまけに学校の授業形態が少々変わっているので、どうにも戸惑うことが多かった。あるいは生徒にも迷惑をかけているかもしれない。生徒には申し訳ないが、僕としては、初心に帰れて、新鮮で刺激的な経験になった。

なにやら、どうでもいいことをつらつらと書いたが、来年も一つよろしくお願いします。そして、今年もあと一時間、良いお年を。
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最近、テレビの番組表を見ると、やたらとワクが大きくなっているのに気づく。特に12月は、番組表のワクが大きい。

以前のテレビ番組は1時間か30分が普通で、2時間は盆・暮れ・正月の特別番組や映画ぐらいだった。今はなぜだか、二時間三時間はあたりまえ。まとめ買いになるから、そっちの方が制作費が安く上がるのだろう。

見る方からすると、興味のない内容なら、その二時間は確実に見なくなるし、面白そうな内容でも二時間以上見るのはきついから、よほど興味のある内容でないかぎり最初から見ない。迂闊に見ちゃうと、2時間以上見続けるハメにあって、時間のムダ感が大きすぎるのだ。

昔みたいに、お茶の間の娯楽がテレビぐらいしかない時代は、それでもどこかしらのチャンネルを見ていた。しかし、今は別のものがいくらでもある。だったら、テレビなんか見ないで、別のことをしていた方がよほどいい。テレビ番組なんて、せいぜい一時間で、「もう少し長いといいな」と思うところでやめておいた方がいいのである。

それでも、一つだけ、テレビにしかできないことがある。

それは速報性の必要なニュースである。現場のリアルな映像と、適切な解説ができる人を呼んで、分かりやすく編集するのは、現在のところテレビにしかできないことだろう。こればかりは、いくらネットメディアが発達したとしても、テレビにはとてもかなわない。

で、今月何のニュースがあった?貴乃花親方?

うん、どうでもいいね。興味なし。
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「今月の」なんて言っているけど、先月も先々月も書いていない。まともな「今月の池上線」は、なんと2014年8月9日の池上駅以来である。何しろ「池上線」だから、池上駅で達成感があったのと、行くのが面倒くさくなって、やる気が失せてしまったのだ。

そんなわけで、蓮沼駅の方、長らくお待たせしました。まだ終点の蒲田駅もあるけど、蒲田は有名だから、まあいいでしょう。

池上線の駅は、なぜかホームの屋根が半分ぐらいしかない駅が多い。慣れていないと、大雨の日、屋根のあるホームから乗って、目的の駅についたら屋根がなくって、びしょ濡れになることもある。

この駅の場合、さらに屋根のある部分が短く、ない部分(蒲田側)が異常に狭い。3両編成のうち、満足に屋根があるのは1両ぐらいじゃないだろうか。大雪で間引き運転していた朝、この駅のホームがすごいことになっていたのを見た記憶がある。
蓮沼駅(ホーム)
ホーム終端。「係員以外立入禁止」と書いてあるが、立ち入る奴は100%改札から出ないで逃げるつもりだろうからこんなことを書いてもムダ。
蓮沼駅(ホーム終端)
池上線名物、ホームの電信柱。以外に新しく平成14年製。屋根を支えているのは例によって廃レール。
ホームの電信柱
水飲み場は、これまた池上線名物土管式。
水飲み場
改札はいずれも五反田方面にある。これが五反田方面行き改札。
蓮沼駅(五反田方面改札)
蒲田方面行き改札。
蓮沼駅(蒲田方面改札)
駅の両端は踏切なんだけど、池上線にしては幅の広い踏切である。とくに、改札のない蒲田方面の踏切は広い。
蓮沼駅(蒲田方面踏切)
池上線の踏切警報機は、ここ数年でどこから見ても丸く見えるという画期的なものに変わりつつあるが、ここは昔ながらの警報機。
警報機
五反田方面の踏切は、車通りが多いせいか、警報機もこんな感じでたくさん付いている。
蓮沼駅(五反田方面踏切)
駅の周りは、池上線おやくそくの商店街だが、道幅が広いので、けっこう間延びして見える。
商店街
さて、あとは蒲田駅だけだが・・・さて、いつになることやら。
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先日、大田区内の公園の入り口で、奇妙なものを見つけた。
三人の銅像
ヒッポリト星人に固められたウルトラ兄弟みたいな、子ども二人とおばあさんの銅像である。なんといっても、手前の男の子が奇妙だ。
ゲートボールをする少年
最近はあまり見かけないが、ゲートボールといえば、かつては年寄りのスポーツだった。もちろん、子どもがゲートボルをしちゃいけないという法はないが、野球のヘルメットらしきものをかぶってゲートボールをしているのは奇妙だ。

素直にバットでも持たせればいいんじゃないかと思うが、深夜、遠目でバットをもった野球少年を見たら、ホンモノの子どもだと思って通報する人もいるかもしれない。深夜に練習している野球少年ならまだましで、暴漢がベンチのおばあさんを襲う所だとでも思われたら、通報しないまでも、近くを通った人の精神衛生上よろしくない。

そもそも、このおばあさんは何故ここにいるのだろうか。そう思って、おばあさんの座っているベンチをよく見て合点した。これは野宿者避けだ。
おばあちゃんの銅像
横になれないように、ベンチの3分の1ぐらいのところに太い角材が取り付けてある。おばあちゃんの左側にも、わざわざ毛糸の玉が置いてあり、ベンチを短くして寝られないようにしている。

まわりを見ると、この公園のベンチでまともな形をしているのはこれだけで、あとは一人がけの、間違っても横にはなれないような形になっている。
他のベンチ
おそらく、この銅像たちは、野宿者を入れないために、ここに設置されたのだろう。人がいると思えば、心理的に入りにくくなる。仮に入っても、ベンチでは寝られない。ほのぼの少年少女とおばあさんではなく、ホームレス避け案山子である。

東京はここ10年ぐらいで、間に手すりがあったり、カマボコ型に湾曲していたりする、寝られないベンチが増えた。それらは、一見、アートの姿をしているが、どれもみな東京都民の冷たい心の結晶である。
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幸福の木(ドラセナ マッサンゲアナ)に花が咲いた。幸福の木という観葉植物の花が咲いたというのは、果たして瑞兆か凶兆か。

11月23日、気がついたら幸福の木に黒いカリフラワーみたようなものが・・・。なんじゃこりゃ。
幸福の木の花1
寄りではこんな感じ。
幸福の木の花1(つぼみ)
12月2日、どんどん先っぽが伸びて、カリフラワーみたようなものは、だんだん白くなり、つぼみっぽくなった。
幸福の木の花2
寄り。
幸福の木の花2(つぼみ)
12月12日、先っぽはどんどん伸びて・・・。
幸福の木の花3
ほぼ満開。
幸福の木の花3(開花)
花は夜咲くものらしく、昼はつぼみに戻ってしまう。

花が咲いている間は、強烈な香りがする。夕方、家に帰ってドアを開けると、玄関から一番遠いところに置いてあるのに、この匂いが漂ってくる。もちろん、悪い匂いではない。悪い匂いではないのだが・・・なんだか強い香水付けた夜の女という感じだ。
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現代では、漢字とひらがな、カタカナを交ぜて書くのは当たり前のことだが、江戸時代以前はそうではなかった。漢字と平仮名(もしくは平仮名のみ)か、片仮名と漢字のどちらかである。これは、平仮名を使う層と、片仮名を使う層が別であったことを意味している。

物語や和歌・日記文学などは、ほとんどの作品が漢字平仮名交じり(というか平仮名漢字交じり)である。しかし、説話集の場合、キングオブ説話集であるところの『今昔物語集』をはじめとして、漢字片仮名交じりの作品も多い。今、本文を作成している、国会図書館本『蒙求和歌』もその一つである。なお、影印はこちら。

国会図書館本『蒙求和歌』:国立国会図書館デジタルコレクション

『蒙求和歌』は、タイトル通り「和歌」が含まれるが、やはり漢字片仮名交じりで書かれている。ところが、冬部第15話「虞延剋期」は、なぜか和歌だけ平仮名で書かれている。写真右をめくると、和歌と次の恋部の目録が現れる。
『蒙求和歌』虞延剋期
国会図書館本の和歌は本文と同じ書き方で、二字程度下げ、一行で書かれるのが通例なのに、ここは平仮名二行で書かれている。

それにしても上手い。見事な連綿である。まわりの片仮名や漢字と比べると、水を得た魚のような書きぶりだ。

ここだけいきなり平仮名になったのはなぜだろう。ちょっと理由が思いつかないが、冬部の最後の歌であることと、ちょうど改丁してすぐだから、ここだけ見ると、それほど違和感はない。むしろ、こちらの書き方の方が自然な感じがする。

ところが、恋部(冬部の次)を翻刻していて驚愕した。恋部第10話「飛燕体軽」である。
飛燕体軽
ここは通例通り、二字下げの一行(一番左の行)で書かれているのだが、よく見ると「クモヒは(者)るか(可)に」と、なぜか「はるかに」だけが平仮名で書かれている。漢字片仮名平仮名交じりである。こんなヘンな書き方は見たことがない。
クモヒはるかに
まだ半分弱しか翻刻していないので、他にもこのような例があるのかもしれないが、どうにも意味が分からない。

しかし、ここまで翻刻して、「どうもこの書写者は片仮名が苦手そうだな」という感じがしている。「ワ」と「ハ」の区別がついていないようだし、似た字や漢字との誤写も多い。もとが漢籍なので、めったに使わないような漢字も多くて、これが見たこともない形を取っていることもある。

だから、たぶん珍しい漢字や書き慣れない片仮名ばっかり書いていて、ストレスが溜まっちゃったんじゃないだろうか。ストレスが溜まったあげく、いきなり得意な平仮名で歌を書いて発散したり、無意識のうちに平仮名が混じっちゃったりしたんだろう。少々安直だけど、今のところはそんなふうにしか思えない。

いや、ストレスが溜まっているのは、翻刻している僕なんですけどね。
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今月は運転免許の書き換えに行ってきた。

幸い勤務先は京急沿線で、鮫洲の試験場からは近い。鮫洲の駅を降りて、試験場のある出口から出ると、小さな商店街がある。昔は代書屋が立ち並んでいた。今時代書屋もないだろうと思ったら、一軒だけ開いてた。店主とおぼしきオッサンが店の前をうろうろしていたが、まだ需要はあるのだろうか。

通りを抜けて、試験場の前に出てびっくりした。建物が建て替わっているのだ。建て替わっているだけではなく、あきらかにデカくなっている。ちなみに、かつての試験場は、この写真の右手の低い建物の部分だけで、今は立体駐車場になっている。
運転免許センター

前の建物は中途半端に古くて、いかにもお役所っぽい、いい味を出していたのだが、すっかり近代化されている。だいたいお役所のやることは、外見は近代的だが、中はダサいというのが定番だが・・・。
中
中もApple Storeと見まごうほどオシャレ。

手続きも以前にくらべてずっと簡単になった。まず、証明写真がいらない。書類もきわめて簡素化されているので、ものの数分もあれば書き込める。これじゃ代書屋なんか必要ない。それぞれの手続きの後、どこへ行くかも分かりやすい。

唯一手間取ったのが講習である。ゴールド免許なので、講習の時間は短いのだが、待っている時間が長かった。タイミングが悪かったらしい。こればっかりはしょうがない。

さて、以前の試験場には、昔の学食みたいな、いい味を出している食堂があった。前に来た時は、昔懐かし、どうみても体によくなさそうな緑色のクリームソーダを飲んだ記憶がある。あれはどうなったんだろう。さすがにApple Storeには無いか・・・。
食堂
あった。あいかわらずいい味出してる。今回も何も食べなかったけど。

最後にひとつだけ忠告。視力検査に落ちても、更新手数料は帰ってこないので、視力に自信がない人は、確認してから行ったほうがいいよ。
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